とある飛空士への遠望 作:江華
木々の合間から刺す強い木洩れ日の眩しさで目が覚めた。アカハはゆっくり体を起こし周囲を伺う。鬱蒼とした亜熱帯樹林に辺り一面囲まれている。体中が軋んで痛い。頭も割れる様に痛く、また混乱が頭の中に渦巻いており自分が何故この場にいるのか咄嗟に思い出せない。
ーーそうだ。不意を突かれて堕とされたんだ。
アカハはようやくいくつかの断片的な記憶が思い出す。アカハは敵ウルベラによって尾翼を穿たれたあの後、墜落する中目まぐるしく反転する操縦席からなんとか風防を開き、飛び出た。しかし脱出に手間取り飛び出た時はかなり高度が落ちていた。アカハはそれにより予想より速いスピードで林に落ちてしまったのだ。
ーーかなりの速度で落ちた。意識も失う訳だな。
手首や足首などを回して怪我を確認するが奇跡的に大きな怪我はしていない。アカハは体に大きな障害は無いと知ると次はこれからの事を思案した。
ーーまずはこの島はどこにあるかだよな…
先程まで戦闘していた空域は紅萊王国領空だからこの島は紅萊領で間違いは無い。アカハにとって問題なのはこの島が有人島なのか、無人島なのかという事だった。ふと、アカハは密集した木々の間から緩やかな斜面の上に開けた草地が覗いているのを見つけた。
ーー行ってみるか。高台が見つかるかも知れない。
この島を俯瞰するまでは行かなくとも、周囲の島々が見れたらこの島がどこにあるか分かる自信がアカハにはあった。海上地形航行法と呼ばれる技術がある。上空から見た様々の数、形、島同士の距離、位置関係などの地形情報を自身の記憶と経験、航行図に照らし合わせ、現在位置を特定し、飛行するのだ。防空任務で幾度となく付近の空域に出撃していたアカハは地図を見らずとも周囲の島を見れば今自分がどこにいるか割り出せた。意を決したアカハは長く続く斜面をゆっくりと登っていった。
たどり着いた、開けた草地は予想通り視界が開け、遮るものが無い高台だった。草地の最も高い位置を探るべく、更に向こう見ると大きな岩場があった。
ーーここらで一番高い位置にあるな。
そうアカハが確信し、一歩を踏み出した瞬間だった。
「止まれッ‼︎」
突然、背後から鋭く、硬い声音の言葉。アカハは反射的に振り返る。視線の先には、見慣れない飛行服を着た兵士が一人立っている。帽子とゴーグルで顔は見えづらいが、その手には遠目でもはっきり分かる程の拳銃の銃口は鈍い光を放ちながら、こちらに向けられていた。距離は10mと言った所だろうか。先程までアカハが登って来た斜面の木のそばに立っている。
ーー敵かッ!?
幸いアカハ腰のホルスターには拳銃が入っている。応戦しようと思えば出来そうだが、
「動くな!両腕を頭の上へ挙げろ」
相手はそれを許してくれないらしい。身動き出来ていない状態なので背は相手に向けている。ゆっくりと腕をあげていると、背後からこちらに近づいてくる足音がした。
ーーいいぞ、そのままもっと近づいてこい…
アカハには秘策があった。その為には相手を出来るだけ引きつける必要がある。相手の息遣いが聞こえる程の位置まで近づき、足音が背後で止まった、その瞬間。アカハは身を目にも止まらぬ速さで身をかがめると同時に足を背後に繰り出し、相手の足元を蹴り払う。紅萊王国式武闘術の一つ、足技を中心とする柔足という武闘術だ。
ーーとった!
アカハは相手が倒れこむと同時にホルスターから拳術を抜き取り体を反転させ、倒れ込んだ相手に拳銃を向けた。が、しかし相手もただでやられた訳では無いらしく、体勢を大きく崩しながらも銃口だけはアカハに向ける。二人はピタリと止まった。両者とも銃を互いに向けあっている状態。二人の間にひと時の静寂が流れる。アカハはふとある違和感に気づいた。
ーーまさか、女か?
アカハが顔を合わせたその相手は、紛れもなく女だった。歳はあまりアカハとは離れていない少女で、蒼色がかった瞳に薄く引き伸ばされた唇、ほんのり赤みがさした頰。視線を誰かに固定されたかのようにアカハの瞳は、今の状況も忘れて、その少女の瞳に吸い込まれていた。
「……何者だ?敵か?所属は?何故このようなところにいる?」
はっと邪念を払う様にかぶりを振って、アカハは静かに言葉を発した。先程から依然として互いに銃口をむけあっているのは変わらない。少女は視線を強め、表情を硬くしながら言葉を発した。
「ーー紅萊王国軍人は他者に名を問う時は自分から言うのが礼儀では無いのか?私が聞いていた物とは随分と違っているようだな」
流暢なソルバローザ語で答えが返って来た。
ーーソルバローザ人…?敵では無いのか。
一触即発の状況でも物怖じする様子は無いが、それは殺意から来るものでは無い事をアカハはなんとなく察した。アカハは拳銃を下げる。
「………失礼した。紅萊王国空軍大央海方面航空団第36防空隊所属のミヤキ・アカハ下級空尉だ。防空任務に従事していたところを撃墜され、この島に降下した」
そこまで言い終わり、アカハは拳銃を人差し指と親指でつまみ、遠心力を使って拳銃を少女の奥の草地に投げ捨てた。
「まあ、なんだ。空の男なんでな。陸の戦いは苦手なんだ」
冗談めかしてそう言うと、少女も少し表情を緩め、手に持った拳銃を下げる。どうやら敵では無いと判断したらしい。
「たしかに、同感だ…私も名を言わねばな」
「え?」
「シルフィーナ・エアハルトだ。階級は君と同じく少尉。所属はソルバローザ王立海軍大央海方面艦隊、空母「アイソリード」第117艦上航空隊だ」
「ソルバローザ…?そう言えばソルバローザの派遣艦隊の噂を確かに聞いたことがある…」
ソルバローザ連合王国は紅萊の南方に存在する国家であり、東方からのアルビザーノの脅威に対して軍事同盟を結んでいる友好国だ。艦隊派遣の話は戦争の介入に及び腰だったソルバローザ海軍が動いたと少し前に聞いて、印象に残っていた。
「ああ。戦争が思ったよりも長く、しかも紅萊がやや不利に展開しているからな。直接の介入に及び腰だった上層部もやっと重たい腰を上げた訳だ」
「成る程な…」
するとシルフィーナは急に黙り込む。
「どうかしたのか?」
やや視線を下にやりながら口をもごつかせる。
「いや…こんな所ではなんだ、日も暮れて来たし、どこか休める場所を探そう。その…ここは絶海の孤島だ、協力者がいる事に越したことは無い」
俺はその若干赤がさした頰を見て、この絶海の孤島にいるのは、俺と目の前の少女だけなのだと言う事を思い出した。