「質問したいのだが」
「……なに」
あからさまに「話しかけてこないで」オーラを出しているレーヴァテインへ平然と話しかけている男こそ、ブラックキラーズと称されるキル姫たちを従える黒奏官、愛称クロちゃんである。
「コダイ君から聞いたのだが。お前たちキル姫は、ババ抜きするときはビリの方が嬉しいのか?」
「……はぁ?」
椅子からずれ下がり、もはや背中で座っているような状態だったレーヴァテインの口から漏れたのは呆れの声だった。
「馬鹿じゃないの?」
「だろうな。俺もそう思う」
「私が馬鹿だって言ってるのは、マスター。貴方のことなんだけど」
噛み合っていそうで噛み合っていない会話を成り立たせるべく、レーヴァテインは早々にクロの間違いを正した。
「なぜだ? あぁ、なるほど。そんな一般常識的なことも分からないのか、という意味か。失礼した」
「ふっざけんな! そういう意味じゃない!」
思わず身体を起こしたレーヴァテインが怒鳴る。
「何事?」
キッチンで洗い物をしていたアルテミスが顔を覗かせた。
「聞いてくれるか、アルテミスよ。私は疑問に思っていることがあってな」
「その前に、マスター。私のことはラストとお呼びくださいと何度も……」
「なぜだ? お前はアルテミスだろう」
「ですから、何度も説明している通り、私は『七つの大罪』を背負うブラックキラーズの1人、“色欲”の業を背負うアルテミスなのです」
「つまり要約するとアルテミスだろう?」
「ですから」
「何度言っても無駄じゃないかな、ラスト。マスターはこの件に関してボクたちの意見を聞いてくれた試しが無いからね」
食い下がるようにして説明しようとするアルテミスの後ろから、パラシュがひょっこりと顔を出した。
「……グラトニー。しかしですね」
「パラシュか。洗い物は終わったのか?」
「終わったよ。ちゃんと食器乾燥機の電源もオンにしてある」
アルテミスとパラシュの会話に普通に割り込んできたクロへ、気分を害した様子も無くパラシュは答える。
「そうか。では、鼻先の泡を拭ってくるといい」
「えっ!?」
クールな表情を浮かべていたパラシュは一瞬で顔を真っ赤にさせてキッチンへと消えていった。
「それで、何の話だったか」
「貴方の頭の中はお花畑って話よ」
クロに対し、レーヴァテインは辛辣な言葉を吐き捨てた。
「駄目よ、スロウス。マスターに対してそのような言葉を使ってはならないわ」
「あはは、今のスロウスの顔はベリィバァッド! マスターに見せる顔じゃないね~!」
「……グリードと、プライドか。帰ってきたのね」
舌打ち1つ。帰宅したティルフィングとフライクーゲルから視線を外し、レーヴァテインが席に座り直す。洗濯物を取り込んでいたマサムネとロンギヌスもリビングへ戻ってきた。
「帰ってきていたのか、グリードとプライドよ」
「……何を買ってきたのですか」
マサムネとロンギヌスは、ティルフィングが下げた買い物袋に興味津々だ。
「カァァドよ!」
「トランプね」
やたらと良い発音をするフライクーゲルでは伝わらないと思ったティルフィングが言い直した。
「トランプって……、ちょっとマスター。まさか」
レーヴァテインがジト目でマスターを睨む。クロは素知らぬ顔だ。
「……どういうことです? 私たちは何の説明も無く買い出しを頼まれたのですが」
ティルフィングが首を傾げた。
「私、説明するの嫌だからね」
「……仕方ないな」
パラシュが鼻を綺麗にして戻ってきたのを確認し、ブラックキラーズの面々を席に着かせる。クロは、あらためて先ほどまで話していたババ抜きの件をブラックキラーズの皆に聞かせた。
「はぁ……?」
そして、ティルフィングのこの表情である。
「なるよね。なるなる。私が悪いわけじゃない」
レーヴァテインが1人うんうんと頷いている。
普段個々任務に出ていることが多いブラックキラーズの面々が全員招集され、何事かと思っていたにも拘らず、打ち明けられた質問が要約するとこれだ。
キル姫ってババ抜きは負けた方が嬉しいの?
アホか、とティルフィングは言いたかった。
「我々は勝利のみに価値を見出します」
と、立派な胸を張るアルテミス。
「ね。負けるなんてあり得ないから」
と、だるそうに頬杖をつくレーヴァテイン。
「ウィナーこそがこの世の心理だよ、マスター」
と、はしゃぐフライクーゲル。
「負けて嬉しいはずがありません。嫉妬の炎で悶えそうです」
と、顔に影を落とすロンギヌス。
「主君に勝利を捧げられぬ者が喜ぶ? 理解できんな」
と、鼻を鳴らすマサムネ。
「まあ、分かりきった質問だったよね」
と、肩を竦めるパラシュ。
以上を踏まえ、ティルフィングがクロへ向き直った。
「と、いうわけです。話を聞くに、そのマスター・コダイに従うエンシェントキラーズの面々は、少々たるんでいるのでは?」
「なるほど」
クロは重々しく頷いた。
「では、せっかくティルフィングとロンギヌスに買ってきてもらったのだ。一度試してみることにしよう」
……。
「……そんな、このボクが負けるなんて」
激戦に次ぐ激戦。激しい罵詈雑言の果てにババの呪いから抜け出せなかったのはパラシュだった。
普段は仲が悪いわけでは無い。むしろ、ブラックキラーズに分類されるキル姫の中では、仲が良い部類に入るだろう。しかし、ひとたび戦いになれば話は別だ。それが例え、ババ抜きという遊びであったとしても。
「ふん、そなたの怒りはそんなものか」
「はははははっ!! その顔!! さいっこうにサァァァッドな顔!! 堪らないね!!」
「あー、だるかった。どうせ負けるならさぁ、粘るのやめてくんない?」
「勝利への欲望に溺れた結果ですね。そのまま朽ちても構いませんよ」
「ふふふふ……、嫉妬される身というのも悪くはないですね」
容赦なく死体蹴りを敢行する自分の仲間にため息を吐きつつ、ティルフィングが散らばったトランプを纏めながら言う。
「ご覧になった通りです。ご理解頂けましたか、マスター」
「うむ。そうだな。泣くな、パラシュ」
「うええええ、ボ、ボクの大罪はぼ、ぼうしょくで! ほ、ほんとうなら、本当ならぜんぶ、ぜんぶたいらげて」
「うむ、うむ。分かっているぞ。私はお前の価値を知っている」
「ふええええええん」
むせび泣くパラシュの傍に寄り、クロはそっとパラシュの身体を抱きしめた。
ぎりっ。
異音に眉を潜めたクロが顔を上げる。別に何が変わったわけでもない。パラシュを除く残り6人のブラックキラーズは、無言でじっとクロとパラシュの様子を眺めている。
「どうかしたか?」
「別に」
レーヴァテインがそっぽを向いた。
が、すぐに視線を戻す。
「グラトニー、せっかくだから再戦のチャンスをあげようか」
怠惰のレーヴァテインからは想像できないような提案だった。
「ふぇ?」
涙と鼻水でべとべとになったパラシュが顔をあげる。
「……武士の情けだ。もう一戦してやろうではないか」
「うんうん。ラァストチャァンス、だよ?」
マサムネとフライクーゲルも頷いている。
「結局嫉妬していたのは……、認めない。認められません」
ロンギヌスは既に戦闘態勢。
そして、ティルフィングに至ってはショットガンシャッフルをしていた。
「二戦目です」
そう言い、目にも留まらぬ速さで人数分の手札を配っていく。
その日から。
ブラックキラーズたちがババ抜きをする時は、なぜか勝ち上がると悔しがるようになるのだった。
「……お前たち、先ほどまで自分が言っていた内容を憶えているか?」
その異様な光景に、クロは首を捻るしかなかった。