ファントムオブキル 短編集   作:まりごのまりも

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【ホワイト】ウェディング

「スイハぁー、ちょっと来てくれー」

 

 リビングにひょっこりと顔を出したマスター・コダイがスイハを呼ぶ。テーブルを挟んでミネルヴァと何やら話し合っていたスイハが顔を上げた。

 

「あ、すまん。取り込み中だったか?」

 

「いえ、平気です。今日は協会からの招集命令に応じていたのでは?」

 

「ああ、その件でお前に知らせておきたいことがあるんだ」

 

「……私にですか? 分かりました」

 

 少しだけ首を傾げたスイハだったが、すぐに首肯する。

 

「よし。それじゃあ俺の書斎で話そう」

 

 立ち上がったスイハにそう声を掛けつつ、コダイがリビングから出ようとしたところで。

 

「あら? 私と運命を共にしてくれなかったマスターじゃない。もう帰ってきたの?」

 

 コダイの後ろからそんな声が届いた。

 

「ラグナか。いきなり後ろから声を掛けないでくれよ。びっくりするじゃないか」

 

「全然びっくりしてないじゃない。ランチの約束をすっぽかしたマスターさん」

 

 ジト目で睨んでくるラグナロクに、コダイは思わず頬を掻く。

 

「それに関しては悪かったと思ってるよ。すまなかった」

 

 そして素直に頭を下げる。

 誠実な対応を見せるコダイ相手に、ラグナロクは気まずそうに視線を彷徨わせた。

 

「……そんな素直に謝られると、私が悪者になっちゃうじゃない」

 

 ラグナロクも、コダイが教会に呼び出されてやむを得ず約束が守れなかったことは知っている。頭では分かっているが、感情が理解してくれない。乙女心というものは複雑怪奇なモノなのである。

 

「ちょっと意地悪な言い方をしていたわね。私の方こそごめんなさい」

 

 コダイの謝罪を聞いてようやく感情の整理がついたのか、ラグナロクも頭を下げた。

 

「ところでマスター君の足元にある大きな箱は何なのかな~?」

 

 コダイとラグナロクのやり取りが一通り終わったと考えたのか、ラグナロクの後ろにいたフライシュッツが会話に加わってきた。

 

「シュッツ、ラグナと昼飯に行って来たのか?」

 

「そだよ~、マスター君が行けなかったのは残念だったね~」

 

「おい、私もいるのだが」

 

 ラグナとシュッツの陰から、グラーシーザが不機嫌そうな顔を覗かせる。その様子に思わずコダイは手を伸ばした。

 

「あ、こら」

 

「はっはっは、愛いやつめこのこの!」

 

 グラーシーザの綺麗な金髪をひとしきりくしゃくしゃにした後、コダイは改めてスイハに声を掛ける。

 

「よし、それじゃあ行くか」

 

 コダイの書斎は2階にある。スイハを連れて階段を上り始めたコダイだったが、足音がやたら多いことに気付いて後ろを振り返った。

 

「……何でみんなついてくるの?」

 

「別にいいじゃない。聞かれて困ることでもあるの?」

 

 と、初っ端からもはや開き直り気味のラグナロク。

 

「だって箱の中身が気になるんだも~ん」

 

 と、野次馬根性丸出しのフライシュッツ。

 

「何となくだ」

 

 と、興味の無い振りをして失敗しているグラーシーザ。

 

「え、えっと、マスターの書斎に忘れ物をしたような気が……」

 

 と、嘘を吐こうとしてもその性格故にしどろもどろになるミネルヴァ。

 

「……まあ、いいけど」

 

 言い分はどうあれ、こうなった場合は梃でも動かない面々である。考えを改めさせるのは不可能と判断したコダイは、もはや引率者といった有様で自らの書斎の扉を開けた。

 

「あれ? マスターじゃないですか! 帰っていたんですね!」

 

「あはは! 間に合わなかったねー、ネス」

 

「クレスが邪魔してくるからです! あぁ、お兄ちゃんが帰ってくる前にお掃除終わらせたかったのに……」

 

 書斎には、エルキュール、ダモクレス、そしてネスがいた。どうやら気を利かせて書斎の掃除をしてくれていたらしい。コダイは礼を言いつつ、抱えていた大きめの箱を自分のデスクに置いた。

 

 期せずしてエンシェントキラーズが全員揃ったところで、コダイは口を開く。

 

「スイハ」

 

「はい」

 

 命じられることも無く、エンシェントキラーズ達はコダイを前にして横一列に並んでいる。名前を呼ばれたスイハは、列から一歩だけ前に出た。

 

「今日、俺がラグナロク協会からの招集命令に応じていたことは知っているな。今回呼ばれた理由は……、お前についてだ」

 

「……はい」

 

 一瞬だけ「何かやらかしたのか?」と思ったスイハだったが、お咎めならば他のキル姫達の前では言わないだろう。自分のマスターが、そういった吊し上げまがいのことをするような性格では無いことくらいスイハも分かっている。

 

 十分な沈黙が訪れた後、コダイは急に両手を広げて叫んだ。

 

「喜べ! お前専用の新しい衣装が完成した!!」

 

 ……。

 ……、……。

 ……、……、……。

 

 はんのうがない。

 まるでしかばねのようだった。

 

「ちょっと、スイハ!」

 

 あくまで小声で。それでも焦りを感じさせる小さな叫び声で、ラグナロクがスイハの名を呼ぶ。それでも反応しないスイハに、一番近くに立っていたダモクレスが軽い足蹴りを食らわせた。

 

「あうっ!? ……、……え?」

 

 お尻を蹴られて前のめりに倒れ込みそうになり、それでも持ち前のバランス感覚で持ち直したスイハが、ようやく我に返った。

 

「え、え、え!?」

 

 我に返ったかと思われたが、動揺からは抜け出せていなかった。

 

「専用衣装!? 私の!?」

 

「そうだ! お前のだ!」

 

 思わず自分を指さしながら叫ぶスイハに、笑いながらコダイが応える。

 

 皆、スイハの気持ちは分かっていた。エンシェントキラーズの中で、スイハだけが戦闘用の衣装の替えが無かったのだ。

 

 ラグナロクは正月の振袖。

 フライシュッツとグラーシーザはバレンタイン衣装。

 ミネルヴァとエルキュールはクリスマス衣装。

 そして、ダモクレスとネスはハロウィン衣装。

 

 スイハだけ、一張羅のまま。

 それでも、スイハは文句を言わなかった。1人、また1人と同僚が新しい衣装を貰っていく中、スイハは喜ぶ同僚を笑顔で祝福し続けた。

 

 そして。

 ついに。

 

 ようやくスイハの番が回ってきたのだ。

 

「わたしの……、私の、衣装」

 

 呆然と、スイハはコダイの後ろ、デスクの上に置いてある大きめの箱を見つめている。

 

「そうだ。お前の、お前だけの衣装だ。こっちへおいで。開けてみるといい」

 

 コダイが道を譲り、手のひらを箱へと向けた。

 

 一歩。

 また一歩と。

 スイハが箱へと近寄っていく。

 震える手で箱の蓋へと触れた。

 

 ラグナロクは、そんなスイハの様子を微笑ましい顔で見つめながら、整列する自分たちのもとへとやってきたコダイへと声を掛ける。

 

「ようやくね」

 

「すまんな。お前達にも色々と気を遣わせた」

 

「ううん、私たちは平気よ。だって素敵な衣装を貰っただけだからね」

 

「そう言ってくれると助かるが……」

 

「その代わり。当然、あの子の衣装は待たせた分、良いモノにしてあるんでしょうね?」

 

「そりゃもちろん。気に入ってくれるといいんだが」

 

 慎重な手つきで蓋を開けたスイハが、箱の中を覗き込んでいる。首を傾げたかと思うと、その両手をゆっくりと箱の中へと差し入れる。

 

「でも、この時期の衣装って何かしら。夏も近いし、水着とか?」

 

 ラグナロクがコダイへとそう聞いた直後、スイハの口から声にならない悲鳴が漏れた。

 

「なになに!? どんな衣装だったの!?」

 

「私も見たいです!」

 

 一目散にダモクレスとネスがスイハのもとへと駆け寄る。それにミネルヴァやフライシュッツ、エルキュールも続いた。

 

 その様子に苦笑しつつ、ラグナロクも向かおうとして。

 

「……ウェディングドレスです」

 

「は?」

 

 スイハのその言葉に、足を止めた。

 

 見れば、駆け寄ったダモクレス達も笑顔のまま凍り付いている。エルキュールに至っては、駆け寄った姿勢のまま、綺麗に硬直していた。

 

 純白のそれを抱きしめながら、スイハがコダイへと向き直る。

 

「ウェディング、ドレス……、本当に、私の、なのですか」

 

「当たり前だろ? 専門のデザイナーに頼んで用意させた特注だぞ。世界でただ1つ。お前のためだけに用意されたウェディングドレスだ」

 

「嬉しいです! マスター!!」

 

 硬直した仲間達の間をすり抜けるようにして駆け出したスイハは、その勢いのままコダイの胸へと飛び込んだ。

 

「おー! そんなに喜んでくれると俺も嬉しいぞ! まさかスイハから抱き着かれる日が来ようとはな! これは大金を叩いたかいがあったというものだ!!」

 

「も、もう! マスターの、ばか」

 

「あー、それいいね。きゅんきゅん来るわ」

 

「なんですか、それ。ふふふ」

 

「ははは」

 

 抱き合いながら笑い合う2人。

 

 頬を染めながらも、はにかんだ笑顔を浮かべるスイハを見て、コダイはようやく肩の荷がひとつ下りた気分になっていた。

 

 これでエンシェントキラーズ達は、専用衣装をそれぞれ1つずつ手に入れたことになる。

 

 つまり、みんな平等。

 当分の間は衣装関係の事で悩まされずに済む。

 めでたしめでたし、と。

 

 コダイは、そう思ったのだ。

 

 

 

 残念ながら、そんなわけがないのだが。

 

 

 

「……マスター」

 

 その、地獄の奥底から聞こえてくる怨念の籠った声。

 

 一向に離れようとしてくれないスイハをあやしながら、コダイはその声の主へと目を向ける。そこには一見笑顔を浮かべつつも、頭にどでかい怒りマークを浮かべたラグナロクが立っていた。

 

「これはいったい、どういうことなのかしら」

 

「……どうって、ただ、スイハ専用の衣装を用意しただけだろう?」

 

「なんでよりにもよってウェディングドレスなのかって聞いてるのよ!!」

 

 ラグナロクが吠えた。

 その声に、はっと他の面々も我に返る。

 

「随分な言い草だな、ラグナ。お前らしくも無いぞ。さっきお前が言っていたんじゃないか。待たせた分、良いモノを用意したのかって」

 

「限度ってものがあるでしょう!! 段階をすっ飛ばし過ぎなのよ!!」

 

「そーだ! そーだ!!」と、ラグナロクの後ろにいた面々も叫んだ。

 

「私なんてハロウィン衣装なんですよ!! ただのネタ衣装じゃないですか!!」

 

「おいこらネス! そんなことを言う子に育てた憶えはお兄ちゃんには無いぞ!! 発言には気を付けろよな!!」

 

 ネスのあんまりな物言いに、思わずコダイも叫び返した。

 

「私は割とあの衣装気に入ってるんだけ――」

 

「クレスちゃん。文句が無いのなら、ちょっと黙っていて貰えるかなぁ?」

 

「あ、はい」

 

 フライシュッツの威圧に負けたダモクレスが、大人しく引き下がる。

 

「これは由々しき事態です。マスターとはしっかりとした話し合いの場を設ける必要があると提案します」

 

「ミネルに賛成だよ! 希望はまだ死んでない!!」

 

「クリスマスコンビは何の文句があるんだよ。衣装来た時『可愛い可愛い』叫んでたじゃないか」

 

「そ、それとこれとは話が別です」

 

「そうですそうです!」

 

 顔を赤くしながら反論するミネルヴァに便乗するエルキュールである。

 

 じりじり、じりじり、と。

 コダイとの距離を詰め始めるキル姫たち。

 

 流石にこの空気はやばいと感じたコダイだったが、残念ながらスイハは未だコダイに張り付いたままだった。

 

「スイハちゃん! そろそろハグやめてもらえるかな!?」

 

「えへへ、ますたぁますたぁ」

 

「可愛い!! こんなデレるのスイハって!! 俺知らなかったんだけど!!」

 

「話を変えないで貰おうか。そうやってのらりくらりと話題を変えようとするのが貴様の正義か、マスター」

 

「怖い怖い!! 落ち着けグラシー!! 雰囲気が敵対する相手に向けるものになってるから!!」

 

 グラーシーザからの威圧に負けたコダイは、いっそのことスイハを抱きかかえて逃走しようかと思ったが、既に遅かった。

 

 出入口を塞ぐような位置を確保したラグナロクが、笑顔を浮かべたまま言う。

 

「さあ、マスター。私たちと運命を共にしよっか」

 

 かつて。

 コダイとラグナロクが初めて出会った時にも言われた言葉。

 

 あの時に感じた高揚感のようなものはまるでない。

 ただひたすらに深い絶望感を感じながら、コダイは小さく頷いた。

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