「それでは蒼夜。あとは任せます」
「はい」
別荘の一室。目の前で眠る彼女の着替えを済ませた黒服の女性(名前は人数が多すぎて覚えていない)は部屋から出て行った。
部屋には俺と氷川紗夜の2人だけ。
とりあえずベッドの真横に設置した椅子に腰をかけ彼女を見つめる。
綺麗だと思った。
整った顔は誰が見ても美人だと言うだろう。普段はキリッとしているという目もクールな表情もない。あるのは子供のようなあどけない寝顔。
「…かわいいな」
つい緩んでしまう頬を直す。そして彼女の頭に手を伸ばした。
肌ではない感触。額に皺が寄ったのがわかる。
可愛らしい寝顔に似合わない包帯。それは数十分前に巻かれたものだった。
「おねーちゃんが死んじゃう!」
そう言ったのは氷川紗夜の妹、氷川日菜だった。
血相を変えて出て行く彼女を追いかけ辿り着いたのは海。氷川日菜の予想通りそこに氷川紗夜はいた。
ただ普通ではなかった。見ればわかる。とてもフラフラしていた。
崖の上で海を前に薄く笑って、何もかも諦めたような顔をして。
気が付けば走っていた。手を伸ばしていた。身体の傾く紗夜の後に続いて海に落ちる。
青いはずの海は赤かった。理由はすぐにわかって力なく沈む彼女を引き上げ岸に向かって泳ぐ。
変な落ち方をしたのか身体がヒリヒリしていた。
岸に上がり紗夜を抱き抱えれば既に黒服達が待ち構えていた。どうやら俺たちの騒ぎを聞きつけていたらしい。タオルやらなんやら応急処置するための道具を揃えていた。
お嬢様たちはというと、狼狽して泣きそうになっていた。日菜も遠くから同じようにしている。
当たり前か。バンドのメンバーが、友達が、先輩が、姉が、こうなっているんだから。
「どうして俺は、氷川紗夜を助けたんだろう」
それは心からの疑問だった。
確かに氷川紗夜は死にそうに見えたし実際飛び降りた。
だけど俺はそれだけの理由で人を助けるようなやつだったか?崖から飛び降りたら危険なことくらい理解している。現に目の前の彼女が怪我をしているし。下手したら本当に死んでいたかもしれない。
なのにどうして俺はそのリスクを背負ってまで飛び降りた?
相手は今日会ったばかりの女の子。命をかける必要性なんて…
「やっぱりどこかで……お前は俺のことを知っているのか…?」
彼女と以前会った記憶はない。
けど日菜と紗夜の言動に胸元で光るペンダントがそれを否定する。
「…なあ紗夜様、お前は俺のなんだって言うんだよ」
答えの出ない問いにため息をつく。
椅子の背に持たれ、壁にかかる時計の針を眺めていた。
短めです。
コメント下さった方々ありがとうございました!!!!