「あ、あのさ、紗夜」
「何蒼夜」
その日は2人で孤児院で使う物の買い物に行っていた。私と彼の手には袋が一つずつ握られ、2人を挟むようにあった。2人の間にあったら蒼夜に荷物が当たるかもしれないと思っての判断。どうやら彼も同じことを考えていたらしい。
チラッと視線を向ければその距離は10cmほど。
触れられそうで触れられなくて、何も持っていない手はとても落ち着かなかった。
そんな時に呼ばれた名前に少なからず動揺する。
彼は数m後ろにいた。
「紗夜に渡したいものがあるんだ」
「渡したいもの?」
「うん。これなんだけど…」
差し出され真っ先に見えたのはシルバー。受け取り見れば三日月だった。
「……どうしたのこれ」
「知り合いにそういうの作れる人がいて作ってもらった。ちなみに俺とペアなんだ」
彼の胸元には同じものがあって、ペアという単語に少なからずドキドキする。
「どうして私に?」
「あー、えっと、その、なんだ…」
彼は空いている手で自身の頭を掻いた。
その頬は赤くなっていてちょっとだけ期待が膨らむ。
「さ、紗夜。今から言う言葉は一度しか言わないからちゃんと聞いてね」
「ええ」
胸が高鳴ってうるさい。
けど彼の声はやけにクリアに聞こえた。
「紗夜!」
「は、はい!」
「俺は、君が好きだ。ずっと隣にいてくれませんか」
声は上擦るし告白というよりは完全にプロポーズ。だけど真っ直ぐなその言葉が私は嬉しかった。それを口にしようとしたのだが緊張で上手く声が出なくて首を縦に振ることしかできなくて。ペンダントを両手でキュッと握る。
でも彼はそんな返事でよかったみたい。
荷物をその場に置き去りにして抱きしめられる。昔より明らかに大きくなっている彼の身体はものすごく温かかった。
「…ありがとう、受け取ってくれて」
「……私の方こそ、ありがとう」
「そのペンダント、俺だと思って大切にしてくれ」
「…そうするわ」
身体を離し私は荷物を置く。握っていたペンダントを着けた。
似合っている?と聞けば似合ってるよと返ってくる。
「帰るか」
「ええ」
荷物を持ち直し孤児院へ向かって歩き出す。
寂しかった手は隣に並ぶ彼の体温を感じて私の方からも力を入れるのだった。
♢♢♢
目を開けば知らない天井。だるい身体に痛む額。
これは失敗した。崖から落ちた後誰かに助けられて運ばれてきたのだろう。ならここは別荘のどこかの部屋ね。
「……なんて夢、見てるのかしら」
自分のことながら呆れてしまう。
曇っていた視界を指で拭うも微小ながら零れ続ける。拭くことは諦め首を少し動かした。そこには見慣れた黒髪。
目を見開き身体を起こした。だるいとかもはや関係ない。ただ彼がいるという事実だけあればよかった。
イスに座り、ベッドに突っ伏す彼は目を閉じていた。
「…蒼夜」
返事はない。当然だ。寝ているのだから。
あどけない寝顔に声が震えてしまう。三日月がキラリと光った。まるで私に笑いかけるように。
手を伸ばす。そのまま彼の頭に手を置いて撫でた。知っている触り心地、昔から変わらないそれに溢れていた涙が止まらなかった。
「…っ、記憶だけ置いていくなんて、卑怯よ」
私は
貴方と初めて会った日も
貴方と初めて遊んだ日も
孤児院で過ごした日々も
告白してくれた日も
貴方がいなくなった日も
全て覚えているというのに。
貴方はその記憶どころか私達のことすら覚えていない。
幼なじみの日菜のことも
両想いだった私のことも
きっと撫子さんたちのことも
何もかも変わってしまった。
クールに頭良さそうに振る舞う蒼夜なんて知らない。
貴方はもっとバカで真っ直ぐで不器用で優しくてイタズラ好きでかっこよくて。
そこが大好きだったのに。
「はやく、戻ってきて。抱きしめてよ、蒼夜」
こんなに近くにいるのにその温もりが感じられないなんて。
それが胸を締め付けられる程苦しいなんて。
誰も教えてくれなかったわよ。
恋心って感情を私に教えたんだから、責任取りなさいよ。
取ってくれないと、困るわ。
私は貴方無しじゃ生きていけないんだから。