「僕と、いや俺と紗夜は一体どんな関係だったんだ」
真面目な顔で蒼くんは言った。
おねーちゃんのことを話すのは別に構わない。だけどその前に一つ確認しないとね。
「おねーちゃんとは話せたの?」
「いいや」
「そっか」
ならおねーちゃんがあれ以上調子を狂わせていることはないか。よかった。
でもあたしが説明するとなるとね、思うことも色々ある。
自然に思い出してくれるのが一番いいんだけど、この様子じゃ無理かな
「‥‥逆に聞くけど、何なら覚えてるの」
これ次第で話せる内容の幅も広くなる。
けどこれで何も覚えていないんなら言えないことの方が多い。
「正直な話、お前らに会うまでは何も覚えてなかったんだ。
覚えてるのは名前くらいで、自分のことなんか何もわからなくて。だからこそ俺を助けてくれたお嬢様にずっと仕えようと思ってた。
けど紗夜と会って、紗夜に泣かれて、驚いたけどすげえショックだったんだ。だから紗夜が死にそうだった時に自分の身なんか考えずに助けられたんだと思う。
なあ日菜。俺と紗夜って特別な関係だったんだろ?恋人、とか。まあ俺の片想いって可能性もあるけど」
「‥‥なんだ。覚えてるじゃん」
やっぱり記憶なんかなくたって蒼くんとおねーちゃんは強い絆で繋がってるんだ。
そんな堂々と真っ直ぐ、間違いないとでも言いたげな態度。蒼くんはもう自分の気持ちに気付いているのかな。気付いてるよねきっと。
多分蒼くんはずっと、出会った時からおねーちゃんのことが大好きだったんだろうな。
相思相愛。二人にピッタリな言葉だ。
「隠すことでもないしいっか。うん、そうだよ。おねーちゃんと蒼くんは恋人だったんだ」
「‥‥そうか」
蒼くんは納得した様子だった。少なからず微笑んでいるようにも見える。
「その自覚はあったんだ」
「自覚、っていうかそうじゃないと助けた理由に見当がつかないと思っただけだ。
いくら目の前で人が死にそうになってたとしても自分の命と引き換えにって言われたら絶対に助けない。
そんな屑みたいなのが俺だ。
だから命かけて紗夜を助けたという事実。しかも身体が勝手に動いちまったとなれば認めざるを得ないだろ」
「‥‥おねーちゃんのこと、ホントに好きなんだね」
「そうみたいだな」
記憶がなくても全く変わらない。その笑顔が今は辛かった。
「それ以外に覚えてることはないの?」
「‥‥ああ。なんか悪い」
「いいよいいよ。ゆっくり思い出していけばいいし。あーでも、おねーちゃんには言わない方がいいかもね」
恋人だったことを思い出してもいない状況で言われてもおねーちゃんは困るだろうし、これ以上落ち込ませたくもない。
「蒼くん」
「なんだ?」
「おねーちゃんとの、まあおねーちゃんだけじゃないけど。今までの記憶が戻るまであたしが手伝ってあげるよ」
「え、いいのか?」
「当たり前じゃん!むしろ手伝わせてよ!」
キョトンとする彼に笑いかけた。
「蒼くんは覚えてないと思うけどあたしたち幼なじみだったんだよ?困った時はお互い様だって言ったじゃん!」
「‥‥ありがとな」
蒼くんは片手で後頭部を掻きはにかんだ。
胸の奥が痛んだのはきっと気のせいだ。
♢♢♢
「おねーちゃん」
「日菜?」
蒼くんと別れた後おねーちゃんがいる部屋へと向かった。部屋の中を覗けばおねーちゃんがベッドに横になっていた。声を掛けるとこちらを向く片割れに笑いかけた。
「身体大丈夫?気分とか悪くない?」
「ええ。大丈夫よ」
あたしの疑問におねーちゃんはいつも通りのテンションで答えた。でもすぐにあたしから視線を外す。
おねーちゃんのことだからあたしに顔合わせづらいんだろうなー。あんな変な別れ方しちゃったし。
あたしはベッドに腰かけて包帯越しにおねーちゃんの頭を撫でた。
小学校の時はあたしが撫でられる側だったから少し変な感じ。でも悪い気はしなかった。
「‥‥ごめんねおねーちゃん」
「‥‥どうして日菜が謝るのよ」
「だっておねーちゃんのこと助けられなかったから。ううん、そうじゃないよ。あたしがおねーちゃんの異変に気付けなかったのが悪いんだ。あたしがおねーちゃんのことちゃんと見てたらこうはなってなかったでしょ?」
「‥‥日菜は、優しすぎるわ」
「それはあたしじゃなくておねーちゃんでしょ」
おねーちゃんの行動すべてが蒼くんのことを思い過ぎているが故だと知っているから。だから責めることなんかできないししようとも思わない。
だってあたしがおねーちゃんの立場でも同じことしてたと思うから。
「‥‥でもやっぱり、怖かったよ。今回は本当にいなくなるかと思った」
今までは全部寸前のところであたしが止めに入れたからどうにかなってたけど昨日のは違った。
自然とおねーちゃんを撫でていない方の手に力が入ってしまう。
「‥‥ごめんなさい」
「謝らなくていいって。でもお願いだからもうやめてよ」
蒼くんだって見つかったんだしこれ以上おねーちゃんが傷つく必要はない。
そうでしょおねーちゃん。
「あたしはまた昔みたいに笑い合いたい。蒼くんも合わせた三人で。だから先にいなくなろうとしないでよ」
「‥‥ごめんなさい日菜。もうやらないわ。約束する」
そう言っておねーちゃんはあたしに手を伸ばした。
頬を触られる。何か指を動かしている感覚がした。
「だから日菜。私のために泣かないで」
「え‥‥」
どうやらあたしは泣いていたらしい。おねーちゃんに言われるまで気付かなかった。
でも人間不思議なもので自覚すると自分じゃ止められない。
おねーちゃんの手を振り払って目を擦る。でもそれは治まってくれない。
そんなあたしを見かねたおねーちゃんはベッドから起き上がり抱きしめてくれた。
「‥‥ダメね。妹を泣かせるなんて姉失格よ」
おねーちゃんの言葉にあたしは首を横に振った。
「ありがとう日菜。私のことを諦めないでくれて」
優しく呟くおねーちゃんはあたしの頭を撫でてくれる。
それに何よりも安心した。おねーちゃん独自の温もりは変わらない。
何年経ったってやっぱりおねーちゃんはおねーちゃんだ。
そう思っておねーちゃんの背中に手を回した。