傷口の包帯が取れるようになった私はRoseliaの練習に復帰することにした。ギターを背負って家を出る。
正直復帰はもう少し先にしようかと迷っていた。
ケガをしてろくに練習できていなかったし今の私の演奏がRoseliaのレベルに達しているとは思えなかった。
多分湊さんから「ケガが治ったならとりあえず一度練習に顔を出してほしい」というメッセージが来ていなかったら今日も休んでいたことだろう。
復帰最初の練習は万全になってからがよかったが仕方ない。
「おーい!紗夜ー!」
明るい声だった。振り返るとそこには湊さんと今井さんの姿があった。今井さんは笑顔で手を振っている。
「湊さん、今井さん、おはようございます」
「おはよう紗夜」
「おはよ〜。紗夜、もう傷は大丈夫なの?」
「ええ。傷口は塞がりましたから大丈夫ですよ」
とは言え念のためガーゼで抑えている。前髪で隠れているから見えないだろうけど。
「よかったぁー。心配してたんだからね〜」
「心配をおかけしてすみませんでした。わざわざお見舞いにも来てくれたんですよね。日菜から聞きました。すみません私が受け取れなくて」
私が病院に出ている間に今井さんが代表してお見舞いに来てくれたらしかった。お見舞いの品を持って来てくれたのだと日菜から聞いたがきちんとお礼を言えていなかったので今言う。
変わらず今井さんは笑顔だった。
「全然いいよ。病院なら仕方ないもん」
「ありがとうございます」
「あれ、あこと燐子も選んでくれたんだから後でお礼言っておきなよ」
「わかりました」
「紗夜。送っていた新曲、聞いてもらえた?」
「ええ。とてもいいと思いました。ギターのフレーズ、考えておきますね」
そんなことを話しているうちにスタジオに着いた。
受付に行けば月島さんがいた。笑顔で手を振っている。
「まりなさんおはようございまーす」
「おはようございます」
「受付、お願いします」
「おはようみんな。紗夜ちゃんは久しぶりだね。元気だった?」
「はい。おかげさまで」
「燐子ちゃんたちならもう中に入ってるよ」
月島さんが教えてくれた部屋に私たちは足を運ぶ。
扉を開いて、目に入った人数は三人だった。仲良さそうに談笑している。
一人は宇田川さん、もう一人は白金さん。そして、私の想い人。
扉の前で固まってしまう。
「あっ!紗夜さん!おはようございます!」
「ちょっとあこー?アタシたちもいるんだけど?」
「ご、ごめんリサ姉!紗夜さんが来てくれたのが嬉しくて!」
「あははっ。いいよいいよ」
「‥‥‥みなさん‥‥‥おはよう、ございます‥‥‥」
「皆様おはようございます」
「蒼夜また敬語になってるよ」
「すみません。やはり慣れなくて‥‥‥」
何がどうなっているのよ。目の前で繰り広げられるやり取りに私は動揺を隠せなかった。
二人がRoseliaのメンバーだからいるのはわかる。けどどうして蒼夜がいるのか。わからない。
蒼夜と仲良く話す宇田川さんと白金さん。普通に挨拶を交わす蒼夜と他のメンバーたち。今井さんが蒼夜を呼び捨てにしている。それに敬語を外してほしいという願い。
何もかもが私にとって異常でしかなかった。
「紗夜?どうかした?」
扉の前に突っ立ったままの私に今井さんが声を掛ける。
それにぎこちなく答えた。
「‥‥‥な、んで、彼がここに‥‥‥」
「なんでって‥‥‥えぇ!?もしかして日菜から話聞いてないの!?」
日菜から何か蒼夜に関することを聞いた記憶がなかったので首を横に振った。
「私たちは日菜に頼まれて蒼夜をしばらくRoseliaの練習に参加させることにしたのだけど‥‥‥」
「聞いてませんよそんな話」
どうして日菜は私にそんな重要なことを教えてくれなかったの。今の彼は昔の彼と違って関わりにくい存在だと知っているくせに。
「お久しぶりですね紗夜様。お怪我の方はもう大丈夫なのでしょうか」
「っ‥‥‥ええ。大丈夫、です」
様付けで呼ばれることに胸が痛んだ。
「それならよかったです」
「ほーら紗夜。とりあえず中に入りなよ」
扉を押さえて私を中に入れてくれる紳士さなんて知らない。
「それで今日は何するの?」
「今日は昨日蒼夜がまとめてくれた直すべきポイントを徹底的にやろうと思うわ」
「はい。まずは『BLACK SHOUT』ですが、全体的には問題ないのですが細かいところを指摘すると‥‥‥」
どこがダメなのか指摘できる蒼夜なんて知らない。
「課題点がいっぱいだぁ‥‥‥」
「‥‥‥が、頑張ろう‥‥‥あこちゃん‥‥‥」
「大丈夫です。あこさんと燐子さんならできますよ」
そんな顔で笑う蒼夜なんて知らない。
「紗夜様。紗夜様への課題ですが‥‥‥」
「‥‥‥どうして」
「え?」
「どうして私だけ様付けなのよ」
知らない貴方が増えるからつい口にしてしまった言葉。
困惑顔の彼。多分私は悲しそうな顔をしていることだろう。
「‥‥‥では紗夜さんと」
「紗夜よ」
「はい?」
「紗夜って呼び捨てで呼んで。敬語もいらないわ」
「で、ですが‥‥‥」
「呼んでくれないのなら無視し続けるわ」
自分でも無理矢理だと思った。有無を言わせない発言。
けどそんなことは関係ない。
単純に嫌だったのだ。そんな他人行儀な呼び方は。
前の蒼夜がそうであったように、明るく元気な声で紗夜って呼んでほしかった。それなのに。
「‥‥‥わかったよ、紗夜」
知らない低くて落ち着きすぎた声。私に無視されると言われてもオーバーなリアクションはどこにもない。ほほ笑まれても困ってしまう。
本当にこの人があの蒼夜だって言うの。
認められない、認めたくない。
けど私がその顔を忘れられるわけがない。
その三日月を忘れられるわけがない。
肌身離さず持っている記憶とペンダント。
でも貴方が持っているのはペンダントだけ?
ねぇ、本当にそれだけ?
何も覚えていないの?
撫子さんや義弟妹たち、日菜や私と過ごしたことも全部?
楽しかった、嬉しかった、幸せだった、悲しかった、苦しかった、そんな記憶も全部?
お願い嘘だって言って。ドッキリだって。本当は何もかも覚えているよって笑い飛ばして。
今なら許す。どんなことでも許すから。
だから蒼夜お願いよ。また私の隣で__。
「さ、紗夜!?え、なんで泣いて!」
「紗夜さん!?どこか痛むんですか!?」
気づけば涙が溢れていた。拭いても拭いても流れ続ける。四方から聞こえる私を心配する声に首を横に振った。
これが何に対するかはわかっていた。
けどそれは言ってはいけない禁断の言葉。
言えば貴方が傷つくと知っている。
それでも思ってしまったんだ。
今の蒼夜より昔の蒼夜がいい。
今の蒼夜の人格が消えてなくなればいいと思ってしまった。そうすれば前の蒼夜が戻って来るんじゃないかって。
最低だ。この一年で築かれた人格。クールで真面目、忠誠心の強い執事。それだって彼と変わりないのに。
私のせいで蒼夜はこうなっているのに、私はその彼を否定している。
想い、記憶、人格、罪悪感。
それぞれが私の脳内を交差する。
行きつく答えは、やっぱり