真っ白な霧の中、私は一人で何もするわけでもなく佇んでいた。周りは何もない。ただ同じ風景が広がっていた。
夢だということは分かっていた。彼がいなくなってから何度も見ている夢だ。
「紗夜」
そこに聞こえてきた男性の声。名前を呼ばれたこともあり振り返るとそこには彼がいた。
首に私とお揃いを身に着け見慣れた顔で笑っている。
一方の私は喜ぶわけでもなくゆっくりと近づいてくる彼のことを見ていた。
「どうしたの仏頂面なんかして。俺に会えたのにその反応は酷くないか?」
「…何か用かしら」
「用がないと話しかけちゃダメなの?」
今の貴方に話しかけられるのが嫌と言ったらどんな反応をするのだろうか。
そんな度胸私にはないけれど。
「……ダメよ」
「どうしても?」
「ええ」
「それはどうして?」
わかっているくせに聞いてくるのは性格悪すぎではないか。そう言いたかったのに距離が数センチのところまで迫ってきている彼を見て驚いてしまった。後退しようとすれば彼は私の顔を両手で抑え強引に引き止めた。
「逃げるなんて感心しないな。俺がこうなっちゃたのは紗夜のせいでしょ?」
「っ!」
「紗夜が俺を見捨てたから」
何食わぬ顔で平然とそう言う彼に私は狼狽する。この仕打ちは何度目か覚えていないが毎回動揺していることだけは覚えていた。
「見捨てたわけじゃないわ!あれは偶然…」
「今更言い訳なんて見苦しいんじゃないか?」
言い訳じゃない。事実だ。なのにどうしてそんな蔑んだ目で見てくるの。
「あの日、紗夜がいなければ」
___違う。
「あの日、紗夜を助けなければ」
___やめて。
「あの日、君が代わりに」
___それ以上は!
「いなくなってしまえばよかったのに」
♢♢♢
目が覚めればそこには見慣れた天井があった。
ガバッと身体を起こせば息が切れていた。全身から汗が噴き出して正直気持ち悪い。今すぐにお風呂に入りたくなる。
けどそこから動けるほどの気力は私にはなかった。
『紗夜のせい』
『紗夜を助けるんじゃなかった』
『紗夜がいなくなればよかったのに』
今までの言葉が私に襲い掛かって来る。その言葉たちを聞きたくなくて両手で耳を抑えた。周りの音が何も聞こえないほど強く。けどそれに反比例するように私を責め立てる声はより一層強くなっていった。
涙が止まらない。身体が震える。心臓は走った後のようにうるさい。
痛くて苦しくて辛くて痛くて。喉が詰まり嗚咽が漏れる。最後の抵抗にと吐き気を必死に堪え目を閉じた。
あの日の彼の姿が瞼の裏に張り付いて離れてはくれない。
『なんで君なんかがのうのうと生きている』
___やめて
『俺への恩を仇で返すのか』
___やめて!
『やっぱり君は何もできない屑なんだね』
___お願いだからもう!!
「おねーちゃん!!!!」
「ッ!?」
目を開けばそこには日菜がいた。私の肩に手を置いて心配そうに私の顔を覗き込む。
両耳を塞いでいたはずなのに聞こえたということは相当大きな声を出したのだろう。両親に驚かれるに違いない。
けど日菜の顔を見たことで安心した。
「っひ、な………」
両手を離して日菜の腹部辺りを掴む。弱々しいそれを日菜が強く握ってくれた。
「大丈夫、大丈夫だよおねーちゃん」
「…っ、は、……ぁっ」
それでも震えは止まってくれない。抱きつくように倒れこめば彼女はそれを受け止めてくれた。彼女の方からも抱きしめてくれる。
安心したせいか急に眠気がやって来てそのまま瞼を閉じた。
お願い、行かないで。
私を置いて行かないでよ。蒼夜。
♢♢♢
「…寝ちゃった、かな」
抱き止めたおねーちゃんはまた眠ってしまった。これは初めての経験じゃないからなんとか対応できてるけどやっぱり何度経験してもこんな姉の姿は見たくないものだ。
寝息を立てるおねーちゃんをベッドに寝かし直す。さっきまでの辛そうな顔はしていなかったから少し安心。
けど起きた時にどうなるかわからないから不安だ。
こうなったのはきっと
汗で張り付いた前髪をかきあげる。そして首元のそれに目を向けた。
三日月があたしを嘲笑っているように見える。それに乾いた笑いが出た。
おねーちゃんがペンダントを外すことはほとんどない。どんな時でも身に着けている。シンプルで使いやすいってことはもちろんあるんだろうけどそれ以上に離したくないんだと思う。おねーちゃんがペンダントを外すのはお風呂の時くらいだ。
もしかしたら学校の時も外しているかもしれない。おねーちゃん風紀委員で真面目だし。
けど寝てる時も着けてるなんてどれだけ彼のことが好きだったんだろうか。あたしがあげたとしてもここまで大切にはしてくれないのに。
「ズルいなー…」
あたしの声は酷く室内に響いていた。