4.母の愛情
また、そのまま寝ていたようだ。
横島君のご両親に今回のことを連絡をするべく、立ち上がる。
電話を探しながら時差に気を付けないとすでに就寝しているかもしれないと思う。
「いや、ちょっと待てよ。時差の前にナルニアってどこにあるんだ?」
そもそも、ナルニアって地球上のどこにある国なんだろうか
元の世界ではナルニアなんて国はなかったはずだ。通称国連、国際連合加盟国を全て覚えている訳も当然ないがナルニアなんて国は聞いたこともない。
こちらから行こうにも場所がわからない、それに場所がわからない以上どれだけ時差があるかもわからない。
御神苗君の精神を受けているせいか、非常に冒険心が疼く、一度は行ってみたい。
そういえば、ザンス王国もどこにあるんだろうか、イメージ的には太平洋の孤島という感じだが
これも元の世界には無い国だ。
元の世界では命懸けになるような未知の世界なんて無かったが、この世界は体の奥底からぞくぞくするような好奇心が沸き立ってくる。
深呼吸をして一旦気分を落ち着ける。
いま、高揚したところで何の意味もないし、横島君は極貧生活だったはずなので冒険に行く金も無いだろう。
まずは一つ一つ問題を解決していこう。まずは電話を探さないと・・・
電話機を見つけたので、時差のことは忘れて電話してみよう。運がよければ電話に出てくれるかも知れない。
数コールした後に繋がった。
「もしもし、横島さんのお宅ですか?」
「おい、お前忠夫か?美神さんから連絡があって除霊中の記憶喪失と聞いたぞ、大丈夫なのか」
「自分自身に関することはほとんど記憶にありません。あなたは僕のお父さんなんですか」
「お、お父さんってお前、いつも親父って呼んでいただろう!」
「落ち着いてください。僕自身も記憶が失くなり混乱しているんです。」
深いため息が受話器越しに聞こえる。
「そうか、まずは自己紹介をしよう、お前の父の横島大樹だ、母は百合子という。」
「いったい、どんな状況なんだ?」
「先程も話しましたが、自身に関することは殆ど覚えていません。ただ日常生活を送る分には問題はなさそうです。」
「そうか、やはりこんなことになるなら、首に縄をつけてもいっしょに連れてくるんだった・・・」
「百合子が美神さんからの電話のあと、すぐに日本に出立した。日本時間の明日にでも病院につくだろう」
「今後の話は百合子としっかり話してくれ」
電話越しに誰かの声が聞こる
「大樹さーん、誰と電話なのー?」
「すまんな忠夫、俺はいまとても忙しいから じゃぁな」
そう言ってブツっと電話が切られる
まさか一人息子がこんなことになっているのに・・・
明日来日してくれるようなので、今日はゆっくり休むとしよう。
翌日になり、百合子さんが朝から来ることはないだろう思っていたが、来院したのは夕方になってからだった。
そして開口一番でこう言ってきた。
「美神さんのところは、今日付で辞させてもらったよ。」
「退職金の代わりと言ってはなんだけど、治療費と慰謝料ももらってきて上げたからね。」
そうか、来院が遅くなったのは、美神さんところによってきたせいか、流石に行動が早いな。
「あなたが、僕の母の百合子さんですね。」
「美神さんのところのアルバイトについては、分かりました。僕も記憶がない状態では危なくて仕事ができませんからね。」
「いずれやめようとは思っていました。それに今彼女にはあまり会いたくないので貴方にお願いしようと思っていました。」
同じ容姿でまったく違う性格の息子はそう告げてくる。
事故だったとは言え一人息子を日本に置いて来たことに対する怒りが今更のように自身に湧いてくる。
途中に可愛い感じの看護師さんが病室に訪れても、これまでのように見向きもしない。
あれだけ美神さんに拘っていた子なのに、まったく未練がなさそうなんて本当に人が変わってしまったようだ。
私の直感がこの子は忠夫ではない、そんな感じがした。
それでつい口からこんな言葉が溢れでた。
「あなたは本当に忠夫なの?」
その言葉を聞いた瞬間、忠夫がとても辛そうな顔をした。
やはり親に信じてもらえなかったのはつらかったのだろうと私はその時そう思った。
しかし、意外にも忠夫からは別の言葉が出てきた。
「すみません、貴女の息子の忠夫君は今はいません。無論この身体は遺伝子上は貴女の子供で間違いありません。」
「ただ記憶や経験を喪失しているので、僕は忠夫君の抜けた身体が自己防衛的に作り上げたゴーストのようなものです。」
「実際には違うかもしれませんが、僕はそう感じています。」
「忠夫君の記憶が復活したら、僕はその時に消える、そのような幽霊のような代物なんです。」
「怪我が回復したらいずれ忠夫君は戻ってきます。安心してください。」
「それまで僕が忠夫君のフリをして代わりに学校にいけば、彼の学歴にも傷はつきません。」
そうやって、私を安心させようと怪我が治れば忠夫は戻ってくる、大丈夫だと言葉は少ないが必死にこの子はいっているが、
私の母としての直感はすでに忠夫はこの世にいないように感じていた。
それにこの優しい子は私の為に嘘をついているとも思った。
「貴方に名前はあるの?」
彼にそう尋ねた。
「僕は過去のない幽霊みたいなものなので、名前はありません。先程も言いましたが生命維持のための幽霊みたいなものです。」
そう答えてくる彼のなんでもなさそうな顔を見て、忠夫のことがオーバラップしただ抱き締めて泣いた。
「もうわかってしまったわ、忠夫はもうこの世にはいないのね。」
彼はそんなことは無いと言いかけたが、すまなそうに被りを振り
「僕にもわからないんです。彼の記憶が戻ってくるのかどうか」
「ただ、あなたが本当に辛そうなので、僕はこのまま消えればいいと今は思っています。」
「僕が消えれば、きっと元の忠夫君に戻ると思うから」
そう言って彼はおずおずと私を慰めるつもりなのか抱き締めてきた。
「あなたは優しい子なのね。そうだわあなたは優と名乗りなさい。」
「忠夫の双子の弟ということにすればいいわ」
名案だとばかりに百合子さんがそんなこと言ってくる。
「百合子さん、名を付けるという行為はこの世で最も強い言霊なんです。その存在を肯定して在り方まで決めてしまう
そんな行為なんです。忠夫君が戻ってこれなくなりますよ。」
百合子さんの泣く姿をみて、自分は偶然とはいえ忠夫君の身体に憑依するなんて、なんと馬鹿なことをしてしまったんだと思い、諭すように百合子さんに告げる。
「もう名前をつけてしまったわ、あなたは横島 優なのよ。忠夫の双子の弟の優、忠夫とは違いナルニアにいっしょに着いてきたの」
百合子さんに名づけられた瞬間、この世界に認められたように存在が固定されたような感じがした。
今まで半分夢のことのようだったふわふわした感じが失くなり、この世界に対して現実感が増した。
「まずは怪我を早く治しなさい。怪我が治るまでは日本にいるわ、だって優が心配なんだもの」
そういって、百合子さんは笑いながら頭をなでてくる。
自分が僕になった瞬間だった。僕は息子を亡くし、とても悲しいはずなのに、僕の事を肯定し認めてくれた百合子さんを絶対に裏切ることはできない。
病室を出ていこうとする。百合子さんに声をかけて引き止める。
「これは言わないでおこうと思っていました。これ以上貴方たちの家族を壊すつもりは毛頭ありませんでした。
しかし、百合子さんに対する裏切りは僕は許せそうにありません。大樹さんがこれをチャンスとばかりに浮気しているみたいです。」
優がそんな事を言ってくる。流石にうちの宿六も可愛い息子が記憶を失っている時にそんなことはしないだろうと思うが、万が一ということがある。
安心を得るために、一応彼に電話をかけてみた。
「おう、忠夫か父さんいま忙しいから後にしてくれ」
すぐに背後から声が聞こる
「大樹さーん、もう今いいところなんだから電話なんてでない・・・」
「あなた、忠夫が記憶を失って別人のようになっているのに、何をしているのかしら?
もういいわ、あなたには愛想が付きました。その彼女と仲良くしてなさい。離婚よ私は優と日本で暮らすわ」
「ゆ、百合子!?それに優って誰なんだよ」
「あなたには関係ないわ、あとで弁護士をよこすわ」
それだけ告げて電話を切る。
一人息子が怪我をして、まして記憶喪失になっているときにあの宿六は浮気だなんて、完全に愛想が尽きたわ。
夫は元はただの他人だが、優は家族だ。それに優は私を裏切らないと言ってくれた。
忠夫がいなくなったことは本当に悲しいが、同じ容姿の性格もいい優がいてくれる。
「ふふ、あぁ私の可愛い優、あなたと暮らすにはあのアパートは狭すぎるわね。さっそく他を手配しないと、それにあのバカに離婚届をおくらなくちゃ、待っていてね私の優」
あれ?なぜか百合子婦人がヤンデレ気味になってる・・・