俺のダンジョン攻略は間違っている 作:アカウントパージ
「帰れ帰れ。お前みたいなガキはもう間に合ってんだよ」
そういってドアを閉められるのを、俺はただ眺めるしかなかった。
「しまったな…まさかこんなに難航するとは…」
どうやら俺は少年、と言ってもいい背格好をしているようで、戦闘系のファミリアは今の所全敗だ。神に会える事も少なく、もし会ったとしても、『顔が暗い』だの『ひょろい』だの『無個性』だのとバッサリと断られる事がほとんどだ。
「ふう…」
俺はそろそろぱんぱんになってきた足を休めるために建物の影の場所に腰を下ろした。
もうすでに太陽は真上まで迫ってきている。半日ほど歩き回ってファミリアに入れてくれそうな神を探したのだが、それらはすべて徒労に終わっている。戦闘系に入りたい俺だが、そんな俺自体が戦闘をあまりしたことのないような華奢な身体に少年のような見た目をしているから、戦闘系ファミリアはすべて門前払いだ。
目を閉じる。疲れた身体が暗闇に沈んでいく。すると同時に、俺は何か得体のしれない恐怖にさいなまれる。
昨日の夜も同じだ。目を長く閉じていると、このように恐怖が身体全体にまとわりつく。一体何に恐怖しているのかは分からない。自分に対してなのか、それとも他者に対してなのか、それすらも。
ただ一つだけ分かることは、俺はそれに恐怖すると同時に、それの事を深く憎んでいる、という事だけだ。何故憎んでいるのかも分からないが、ただ心を黒く染め、突き動かす何かが俺にはある。
「っ…はあ…はあ…」
耐えられる直前まで耐えて、そして俺はゆっくりと目を覚ました。
「わっ」
そして、目の前に白い何かが迫っているのが見えて、咄嗟にそれを掴んでいた。同時にかわいらしい声が頭上から落ちてくる。
顔を上げると、そこには一人の少女がいた。黒い髪の毛を二つに纏めて、白い服を着た少女だ。
「…すまない」
すぐに白い何かがその少女の手だと理解し、手を放す。
「いや、いきなり触ろうとしたから、びっくりしたんだろう?こっちこそごめんよ。ただ、ちょっとうなされているようだったから、ついね」
「…ああ…少し悪い夢を見ていたんだ。起きたからもう大丈夫だよ」
「そうかい?それはよかった」
上半身を壁から持ち上げ、そして少女と改めて目を合わす。そして俺は目を微かに見開いた。
「…あなたは神か?」
「ん?…ああ、そうだよ。ボクは神ヘスティア。ヘスティアファミリアの主神さ!」
胸を張る少女―――否、神ヘスティア。俺はすぐに立ち上がった。
「神相手に無礼を働いた。許してほしい」
「いやいや、そんなに畏まらなくてもいいんだよ?神とはいっても、ちょっと前に地上に降りてきて、友神の元でグダグダしていたら追い出されて、つい最近やっと一人ファミリアに入ってくれる子ができたような、へっぽこ神様だから…だから…」
「…よくわからないが、そんなに落ち込まないでくれ」
自分で言って自分で傷つくという高度な自虐を披露してくれた神ヘスティアに、俺はついそんなことを言ってしまっていた。
「君は優しいいい子だね…だけど大丈夫さ!ボクの唯一の子どもであるベル君とは、そりゃもうラブラブだから!これはこれで幸せな日常だようん!」
どうやら空元気ではない、本心の言葉のようだ。見た目的には幼い少女が無邪気にもほほを緩ませてはしゃいでいるように見えて、ほほえましい。
「それはそうと、どうしてこんなところで寝ていたんだい?」
「ああ…それは…ファミリアを探していたんだ。だが、どこも門前払いで…少し休憩している所だ」
「…ほう?」
ヘスティアの目がキランと光ったような気がした。
「なるほどなるほど、君は冒険者志望という事だね?」
「ああ、そうだな。俺は冒険者になりたい」
「ほうほうほう!」
神ヘスティアは胸をそらして、こうのたまった。
「なら簡単だ!ボクのファミリアに入るといい!」
「…あなたのファミリアに?」
思ってもみなかった言葉に俺は目を何度か瞬かせた。
「ああ!零細ファミリアでいいのなら、だけどね。さっきも言ったけど、ボクのファミリアは本当に小さいんだ。だからいつだって人材不足だし、なんだったら常時ファミリアに入ってくれる人募集中状態なんだよ!」
「ね?どうかな?どうかな?」と手を両手で包み込んで顔を寄せてくるヘスティアに、俺は一つ頷いた。
「…もし入れてくれるというのであれば、喜んでついていこう」
「本当かい?!やったあ!今日はごちそうだぜベル君!」
ここにはいない誰かに祝砲を上げつつ、ヘスティアはこちらに顔を向けた。
「ボクはさっき言ったけどヘスティア。君の主神になる神だ。君の名前は?」
「俺はシュウ。ただのシュウだ。…よろしく頼む、神ヘスティア」
こうして俺はヘスティアファミリアへと加入することになったのだった。
・
「凄いです、神様!こんなに早く新しい団員を連れてくるなんて!」
「ふふーん!そうだろうそうだろう!ボクにかかれば団員を増やす事くらいなんともないのさっ!惚れ直してもいいんだぜ、ベル君…?」
「流石です神様!」
二人してはしゃぐ目の前の二人から、俺は視線を外した。
何の飾り気もない灰色の壁。ボロボロな家具。狭い部屋。
どれもこれも見た事のないものばかりだが…少なくとも、昨日泊まったギルドの休憩室よりかはずっと快適じゃなさそうだ。
「あ、僕はベル。ベル・クラネルって言います…その、よろしくお願いします!」
「ああ、ベル。俺はシュウだ。こちらこそよろしく頼む」
握手を交わす。これから同じファミリアの仲間となるのだ。顔と名前はしっかりと頭の中に叩き込む事にする。
「さて、顔合わせも済んだし、さっそく『神の恩恵』を刻もうじゃないか!シュウ君?とりあえずベッドに寝転がって、背中を見せてくれないかい?」
「ああ、そのことなんだが…」
俺は自分の背中を見せた。
「あれ?もう『神の恩恵』がある…?こ、これは一体どういう事だい、シュウ君…?」
「ま、まさか…もう他のファミリアに…?」
「違う、そうじゃない。説明をするから、神ヘスティアもベルも泣かないでくれ」
そして俺は今までの事を語って聞かせた。
「なるほどなるほど…記憶喪失に、ガワだけの『神の恩恵』…うーん、一体どういう事なんだろうね…?」
「記憶喪失…そんな…」
神ヘスティアは思案顔を、ベルは心配そうな顔を浮かべた。
「シュウ君、大丈夫なの…?その、記憶がないなんて…」
「辛くはない…といえばウソになるが。ただ、そこまで悲観している訳じゃない。確かに記憶はないが、俺が俺であることに変わりはないと思うから」
「…!そっか…」
初対面の人間に対して、心配したり安堵したりする。あったばかりだが、ベルは真っ白な人間なのだと俺は思った。
「…ただそうだな。俺は知らなければいけないと思っている。背中に刻まれた『神の恩恵』は、俺がファミリアに―――この街に関わりがある事を示しているはずなんだ。きっと失った記憶もそこにあるように思う。だからこそ―――俺は冒険者になってみたい。
自分勝手な理由ですまないが…」
「何を言うんだ。もう君は僕の子どものようなものだ。その君がそう思うのなら、ボクはその願いが叶うように全力で応援しよう。できる事と言ったら、『神の恩恵』の更新か、話を聞いてあげるくらいなものだけどね」
「僕も手伝うよ。新しい仲間なんだから、何でも頼ってね、シュウ君!」
「…ありがとう、二人とも」
神ヘスティアが言うに、『神の恩恵』を刻む分には何ら問題はないようだ。逆に途中まで刻まれているから自分の仕事が少なくなったという程だった。
「よし、できた!これが君のステイタス…だ、よ…」
『神の恩恵』が刻まれて、神ヘスティアがステイタスの内容を記した紙を笑顔で見て、そして固まった。
「どうしたんですか神様?」
「…ま、魔法…」
「へ?」
「魔法が発現してるんだよ…!凄い、凄いじゃないか、シュウ君!」
「ええ!?魔法って、あの魔法ですか!?」
「何故ベルの方が驚いているんだ…?」
俺は神ヘスティアから紙を受け取る。
~~~~~
シュウ
LV1
力:I0
耐久:I0
器用:I0
敏捷:I0
魔力:I0
《魔法》
【理導/開通(シュトラセ/ゲーエン)】
・詠唱式なし
・魔力の量により範囲増減
・手に触れたものの構成を解析する
・把握した物体に魔力を同調・変質させ破壊する
~~~~~
「中々優秀な魔法じゃないかい?」
そうは言われても、比較対象も知らない俺には分からない。だが、便利なものだとは思うが。
「ぼ、僕にも見せてほしいな…なんて」
「こらこらベル君!ステイタスはとっても大切なものなんだから、例え同じファミリア内の仲間でもそう易々と見せていいものじゃないって教えなかったっけ?」
「うっ…え、エイナさんにも耳にタコができるくらい教えてもらいました…」
「だろう?なら我慢するんだ」
「はい…」
しぼんでしまったベル。俺は別に見せてもいいと思っているが、神ヘスティアの言葉を無視するわけにもいかない。
「ベル。そう落ち込まないでほしい。一緒に戦うのなら、どうせいつか見る事もあるだろう?」
「…!そ、そうだね!」
すぐに元気を取り戻したベルに、俺は微笑む。ふと神ヘスティアに目をやると、小声で「ぐっじょぶ!」と言って親指を立てた。
「さてさて!『神の恩恵』も無事刻めたことだし!そろそろ歓迎会でも開こうじゃないか!これを見てくれドーン!」
「こ、これは…!?じゃが丸君じゃないですか…!?それもこんなに一杯!」
「余ってくれたのを店主さんがくれたのさ!たくさんあるからみんなでお腹いっぱいになるまで食べよう!」
「それじゃあ、シュウ君加入にかんぱーい!これからよろしく、シュウ君!」
「よろしくね!」
「ああ。よろしく頼む、二人とも」
こうして俺はヘスティアファミリアに無事加入できる事になった。
果たして冒険者になる、という選択は、合っていたのか間違っていたのか。
それは分からないが、この二人と一緒ならば頑張れそうだ。俺はそう思った。