ずっと、あなたと   作:征嵐

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 実は予定の半分くらいの長さだったりする。理由? (ゴリラとゼノイフとその他リアルで)疲れたから。


邂逅2

 「あっつ···。」

 

 季節は初夏。時刻こそ夕暮れだが、西陽に照らされながらの強行軍は、長旅に慣れた体とはいえ流石に堪えた。

 

 「申し訳ありません、マスター。私が転移魔法を使えたら良かったのですが···。」

 「いえ、貴女は悪くありません。ただ、「運が悪かった」だけですよ。」

 

 さっき──と言っても数時間前だが──出会った魔剣使いの言葉を借りて、沈んだ表情のティナ=エンプレスを慰める。

 

 「さて、と。確か、魔界ギルドと魔剣機関への魔物の出現報告は、魔剣少女でも可能でしたか。」

 「はい。マスター。」

 「では、手分けして事に当たりましょう。なるべく日没までに、やるべきことを終わらせておきたいので。」

 

 行動分担はこうだ。私が「卸し先」と商人ギルドに謝罪に行き、続いて宿と食料を確保。ティナ=エンプレスが魔界ギルドと魔剣機関に魔物の報告と、「()()()死んだ」という報告。その後、私が合流して魔剣使い登録を済ませる、と。

 

 「では、行動開始。」

 

 首尾よく行動指針も決まり、指示を出し、ティナ=エンプレスが去っていったところで、私の気分は急降下した。

 

 「謝罪かぁ···やだなぁ···。はぁ···。」

 

 私が悪い訳ではない──いや、運が悪いというのは、商人にとっての生命線である「信用」に関わる大きな()()だ。頭を下げて挽回できるなら、幾らでも下げようじゃないか。

 

 

 

   ◆   ◆   ◆

 

 

 

 と決めたものの、私はリーマの大通りに面した建物のドアの前で、既に数分ほど立ち尽くしていた。

 

 積み荷が何なのかは詳しく聞いていなかったが、違法性のない、それでも希少な魔石の一種だとは教えられていた。それを今になって意識し出したことで、「これは不味いのでは?」という考えがより濃厚になったからだ。

 

 「よ、よし。行こう。」

 

 三度、ドアをノックする。基本的に鍵の掛かっていない、一般に解放されている建物だが、謝罪という改まった状況下では、そうするべきだと感じたからだ。

 

 「失礼します。魔界商店仲介部の者ですが。」

 「あぁ、商人さん? どうぞ、開いてるわよ。」

 

 ここ数年の担当が私から変わらないからと、私の呼び名となった呼称と、それを使う穏やかな声色に安堵しつつドアを開けると、嗅ぎ慣れた消毒液の匂いが漂ってきた。一見しただけでも10台以上並ぶベッドには、既にカーテンの掛かっているものが幾つかあった。

 

 そのうちの一つから、起伏に富んだ肢体を白衣に包んだ、豊かな赤毛の女性が姿を見せた。ギルド公認の魔剣医師であり、今回の卸し先である、クランベリーさんだ。

 

 「今、大丈夫でしょうか?」

 「えぇ。発注した魔石なら、いつも通り、裏の倉庫に──あら?」

 「申し訳ありません!!」

 

 深く、腰を折る。一気に頭に血が廻り、視界がボヤけるのを無視して、そのまま言葉を繋ぐ。

 

 「つい数時間前、魔物に襲われて荷車を離れた際に、野盗に荷物を悉く奪われてしまいました。全て、私の責任です。」

 「顔を上げて、商人さん。」

 

 穏やかな、微笑すら混じる声色に引かれ、姿勢を戻す。

 

 「いえ、魔剣使いさん、と、お呼びした方が良いかしら? それとも、幽霊さん?」

 「え? ど、どうして分かったんですか?」

 

 悪戯っぽく笑ったクランベリーさんに、驚きを隠せずに問いかける。

 

 「ついさっき、ある魔剣使いが「流石に可哀想だから、出来るだけ修復してやって欲しい」と、魔物に食い荒らされた死骸を運び込んで来たのよ。迷惑極まりないから追い返そうとしたんだけど···これが、目に留まってね。」

 

 そう言うと、クランベリーさんは白衣のポケットから、材質のよく分からない、黒いペンダントを取り出した。

 

 「それ、は···。」

 「貴方のよね? 商人さん。」

 「···はい。」

 

 全てを見透かしたようなクランベリーさんの目を見て、私は全てを語った。一切を騙らずに。

 

 

 

   ◆   ◆   ◆

 

 

 

 病院を出て、近場のカフェに入ってから、私はクランベリーさんが気になっていた話を語って聞かせた。中でも、職業柄か、魔剣と魔法については特に食いついていた。

 

 「魂の物質化、ね。」

 「はい。信じられないでしょうが──」

 

 本当だと。目でそう主張すると、クランベリーさんはまた微笑した。

 

 「いえ、商人さんが、そんな嘘を吐くとは思えないわ。私としては、商人さんがこうして無事なら、貴方の肉体的な死を公表して、事を荒立てるつもりもないわ。でも···魔石を取られたのは痛手ね。」

 「はい。本当に申し訳──」

 

 重ねて頭を下げようとした私の肩を、クランベリーさんはやんわりと掴んで止めた。

 

 「だから、謝罪は要らないわ。それより、商人ギルドに問い合わせて、もう一度例の魔石を先方に発注出来るか、確認してもらえる?」

 「はい、勿論です。もし不可能であれば、私が野盗から魔石を取り返す所存ですし、お許し頂けるのでしたら、今回の不手際のお詫びとして、私が運賃無しで配送させて頂きます。」

 「そう? それは有難いわ。でも、疲れたでしょうから、今日はもう宿に戻って休んだら?」

 

 そうは行かない。そう示すため、私は首を横に振った。

 

 「私の所為でこうなったのです。出来るだけのことはやっておきたいですから。その証左という訳ではありませんが、宿探しもこれからでして。」

 「そうなの!? でも、この時間からだと、もうこの辺りの宿は軒並み埋まってるわよ? 都市の中の方は高いし、裏側は治安が悪いし···。」

 

 表通りで治安が良く、そのうえ比較的安価なこの辺りの宿は、夕暮れには殆どの部屋が埋まってしまう。たとえそうなろうと、先に各方面に謝罪するのが道理だと、私はそう思っていた。のだが。

 

 「うわ、しまった···。」

 「ど、どうしたの?」

 

 今までは自分一人だったから、そのままの考えで「最悪、野宿でいいか。都市の外壁沿いなら、魔物や野盗も出ないだろうし。」と思っていたが、今は私一人ではなく、ティナ=エンプレスという素敵な同行人が居るのだった。となれば、宿を取りたいのだが、彼女を連れて裏通りに行けば必然的に···うん、却下だ。となれば、やはり都市中心部の、少し高価な宿を取るしかない。

 

 「うーん···予算が跳ね上がるけど···仕方ないか。」

 「商人さん?」

 「あ、失礼しました。」

 

 頭を下げ、ちらりと時計を見て立ち上がる。

 

 「すみません、商人ギルドや魔剣機関への報告がありますので、これで。」

 「待って、商人さん。」

 

 伝票を持って立ち上がると、クランベリーさんも続いて立ち上がった。

 

 「宿で困ってるなら、うちのベッドを使ってもいいわよ。」

 「え? ホントですか?」

 

 魔界病院には、確かに複数のベッドがある。大規模作戦が発令されているならともかく、平時の今はそこまで埋まることもないだろう。寝床だけでも使わせて貰えるなら、ありがたいことこの上ない。

 

 「いえ、ですが、ただでさえご迷惑をおかけして、これ以上は──」

 「勿論、ただで、なんて言わないわよ。商人さん?」

 「···条件はなんです?」

 

 タダより高いモノはない。そう教え込まれてきたが故に、吊るされた蜘蛛の糸を払ってしまう。だが譲渡ではなく交換となると、途端に油断して手のひらを返してしまうのは商人の悲しき性か。裏を読まなくていいのは助かるが。

 

 「貴方の魔剣を見せて欲しいの。勿論、マスター同伴で構わないから。」

 「···貴女が得た情報を、私にも開示して頂けるのでしたら。」

 「いいわよ。交渉成立ね。」

 

 

 

   ◆   ◆   ◆

 

 

 

 「つ、疲れた···。」

 「お疲れ様です、マスター。」

 「あぁ、うん。エンプレスもお疲れ様···。」

 

 魔剣機関で魔剣使い登録をしようとしたところ、「あ、それ魔界ギルドの管轄なんで。そっち行ってください。」と言われ、素直に従えば、今度は「え? それ魔剣機関の仕事だよ?」と言われ、どういうことかと魔剣機関に詰め寄ると、「それはおかしい」と魔剣機関の職員同伴で魔界ギルドへ行き、最終的に異口同音に「良くわからんから、ユグドラシルの魔剣機関本部に行って?」と言われた。

 

 「うぼぁー···。」

 「もう、マスター。お顔が溶けているみたいですよ?」

 

 確かに、自分でも表情筋が制御できていないのがわかる···疲れた。

 

 「報告ありがとうエンプレス。その上、馬と、荷台満載の食料まで買ってきてくれて···。」

 「いえ、このくらい、魔剣として当然のことですから。···いえ、どちらかと言えば、花嫁の仕事に近いのでしょうか?」

 「さぁ? 私には妻が居ないから、その辺は良くわからないよ。」

 

 エンプレスが買ってきてくれた──魔界ギルドが魔物災害による保険適用可能案件だと判断してくれたので、実質無料だが──馬車の御者席に座り、手綱を握ったままぐでーっと背中を伸ばす。

 

 「マスター、商人ギルドへの報告は、もう終わったのですか?」

 「あぁ、うん。無事で良かったって言われたよ。特に叱責の類いも無し。むしろ、私が魔剣使いとして野盗から魔石を取り返すなら、最大限の援助をするとまで言ってくれた。」

 「無事で良かった···ですか。」

 

 曖昧に笑った彼女の顔を見て、私は失言を悟った。

 

 「エンプレス。君は、私のために"こうした"んだろう? なら、それは恥じることでも、後悔することでもないはずだ。···それとも、私は死んでいた方が良かったかな?」

 「そっ、そんなことはありません!! 私はマスターがこうして存在してくれて、本当に良かったと思っています!!」

 「それは良かった。私だって、君がこうして側にいてくれて良かったと思っているよ。じゃあ、悪いことなんて一つも無いじゃないか。」

 「···そう、ですね。」

 

 エンプレスはそう言うと、顔を赤くして伏せてしまった。な、何か恥ずかしいことを言ったか? いや、大丈夫なはず···。

 

 「と、ところでマスター。その話し方は···。」

 「え? あ、すみません。疲れていたので、つい気が緩んでしまいました。」

 「い、いえ、むしろ、そちらの方が良いです!!」

 「そうですか···そうかな?」

 

 確かに、敬語よりも普通に話した方が話しやすいし、他所他所しい感じもしない。何より、ずっと一緒にいたエンプレスに対して、敬語というのもおかし──くはないな。ずっと私のことを守ってくれていたのだから、尊敬して当然だ。だが、当の彼女が「普通に話してほしい」というのであれば、敬意を忘れずに、それでも普通に話した方が良いのではなかろうか。

 

 「そうです。」

 「じゃあ、そうするよ。これで良いかな? エンプレス。」

 「はい、マスター。」

 

 彼女は、とても綺麗に笑ってくれた。

 

 

 

   ◆   ◆   ◆

 

 

 

 結論から言って、私は魔界病院に泊まることはなかった。日が沈み切るより早く、いつも利用している宿屋の一室が都合よく空いたからだ。とはいえ約束は約束──という訳ではなく、ただ単純に、私が魔剣について、エンプレスについて知るために、エンプレスには魔界病院に行って貰っている。カルテのコピーを持ち帰らせてくれるよう交渉し、それを条件としてエンプレスを調べることを認めたわけだ。

 

 そろそろ帰ってくる頃合いだろうか。そう思ったところで、部屋の扉がノックされた。

 

 「マスター、ただいま戻りました。」

 

 優しい、涼しげな声をドア越しに聞き、書いていた手紙を置いて立ち上がる。ドアを開けると、エンプレスが僅かに草臥れたような顔をして立っていた。

 

 「どうしたの? 疲れてるみたいだけど。」

 「いえ、大したことではありません。···ただ、マスターから離れて行動すると、私の燃費の悪さも相俟って、魔力が足りなくなるので···。」

 「魔力欠乏ってこと? 大丈夫なの?」

 

 エンプレスの目を覗くと、私の心配が伝わったのか、彼女は少しだけ笑った。

 

 「こうしてマスターのお側にいれば、すぐに回復しますから。大丈夫ですよ。それよりマスター、夕食はもうお済みですか?」

 「え? あぁ、いや、エンプレスが帰ってからにしようと思っていたんだ。一応、もう作ってあるよ。」

 「そう、ですか。」

 

 エンプレスは少しだけ残念そうな顔をして、すぐにまた笑みを浮かべた。

 

 「では、夕食にしませんか? 私は食事の要らない身ですが、もしよろしければ、マスターの手料理を食べてみたいです!」

 「···まぁ、構わないよ。ただし、自己責任でね?」

 

 私が作る料理は、カロリーと栄養価に重点を置いた、いわゆる「マズメシ」だ。食えれば良い、消化できれば良い、体に良いならそれで良い。マズメシメイカー三原則の全てを満たす私の食事は、辛うじて「メシ」の範疇に収まっている、と評されることすらある。

 

 

 この日に何があったかは、私の名誉の為に伏せさせていただく。が、今後、食事を作るのはエンプレスの仕事になったとだけ言っておこう。

 

 

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