ずっと、あなたと   作:征嵐

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 遅々とした


対人1

 「うわぁぁぁ!?」

 

 冒険都市リーマの近郊に、鬱蒼とした、公式に「死林」なんて名付けられる密林がある。だが、大仰な名前に反して、しっかりと整備された道と、信号弾、それに証明弾に、道を囲む柵まで設置されている。

 

 その天然の要害に、一つの悲鳴が響く。──デジャヴだろうか。人間サイズのムカデじみた魔物に追われる男がひとり。いや、前回は熊型と狼型の二種二匹だったか。今回は、ムカデ型が一種だけだ。ただし、火属性、水属性、風属性、光属性、闇属性の五色だが。それも、一匹づつなどではなく、無数に、波打つ濁流(カラフル)と化して襲いかかってくる。

 

 「エンプレスっ!!」

 「はい、マスター!!」

 

 だが、違っているのは魔物の種別だけではない。獲物も、だ。

 

 「ふっ!!」

 

 男が手にした黄金の大鎌を振るい、地面へ横一文字の断層を刻む。一匹のムカデにも掠めず、その万に上ろうかという無数の足の一本も切り落とさずに。魔物の知性では、およそ脅威と見なされないハズれた斬撃。だが、ムカデの奔流は、その断層の数センチ手前で綺麗に停止した。

 

 「···気付くのか。驚きだ。」

 

 ギチギチと威嚇音を漏らす、いや、もはや威嚇音のコーラスを奏で始めたムカデの楽隊に、エンプレスの峰を突きつける。

 

 「これは、境界を切り裂く魔鎌"ティナ=エンプレス"。大人しく引き返すといい。」

 

 

 ──死線、という言葉がある。戦場などで、生き残るか、それとも死ぬか。その境目のことを指す。そして、その言葉にはもうひとつ意味がある。文字通りの意味が。

 

 強制収容所や軍の拘留所、軍の基地などの重要施設において、「このラインを越えたら殺せ」という、絶対防衛ライン。つまりは。

 

 「"死ぬ線"だ。文字通りの。これより先は貴様らの死地。獲物と捕食者の境界が崩れた、相互不安定の戦場だ。」

 

 昆虫ベースの魔物は、元となった昆虫の本能に従い、その種の生存を第一に考える傾向がある。故に、群れの規模が大きければ大きいほど、対処は難しく、容易い。

 

 分かりやすく言い直すと、群れの規模が大きくなると、当然、対抗戦力はより多く必要となる。が、群れを鏖殺し得る戦力を揃えれば、奴らは群れの存続を第一として、一切の戦闘なく、勝手に引く。

 

 「どうする。決めるのはお前たちだ。」

 

 言いつつ、エンプレスへと魔力を流していく。活性化した魔力は、魔力敏感な魔物にとって、大きなプレッシャーになるはずだ。

 

 ギチリ、と、大顎が軋み──ムカデ型の魔物たちは、左右の木立へと消えていった。

 

 「ふぅ···こんな感じでいいかな。」

 「はい、マスター。お疲れ様でした。」

 

 そのまま私はエンプレスの顕現を解き、一人で魔鍵都市ユグドラシルへと向かった。

 

 

 

   ◆   ◆   ◆

 

 

 

 魔界きっての大都市、魔界の大地に剛然と突き立つ"魔鍵ユグドラシル"の側に栄える、魔鍵都市ユグドラシル。数多の主要機関の本部に加え、他国に本部をもつ組織が複数の支部を設置するほどの大都市だ。

 

 私は整然と乱立する──この表現が一番しっくり来るほどの建造物群の合間を縫い、他の建物とは、土地的な意味でも規模的な意味でも一線を画した建物へ向かった。

 

 「すぅ···よし。」

 

 意を決し、重厚な扉についたドアノッカーを三度叩く。

 

 数秒だけ待つと、温和そうな、優しげな声が聞こえてきた。

 

 「あぁ、やっぱり商人さんですね、ロールお嬢様がお待ちですわ。」

 

 豊かな栗毛のメイドさんが扉を開き、招き入れてくれる。視界を覆う、膨大な量の知識──本の森。実は読書家である私にとって、ここはある種の天国だ。心穏やかに本が読めたら、の話だが。

 

 「おかえり、商人。ちゃぁんと仕事が全うできたのよね? えぇ、そうでしょうとも。でなければ、この私の──『司書王』ロルリアンレットの元へ顔を出せる訳がないもの。」

 

 幼く、甲高い声が私を出迎える。待っている、というのは、どうやらリップサービスではなかったらしい。流れるように跪き、頭をたれる。彼女こそが、今回の仕事の「卸し元」であり、魔王の一人。魔界屈指の強者だ。噂によれば、彼女に使える先ほどのメイド──ププッピマリーさんだけで、ユグドラシルじゅうの魔剣使いを鏖殺できるらしい。

 

 「ご機嫌麗しゅうございます。司書王陛下。本日は──」

 「あら、随分と大仰なのね、商人。この前のように気さくに「ロール」と呼んで構わないのよ?」

 「···その節は、大変なご無礼にもご寛恕頂きまして──」

 「商人。」

 「···は。」

 

 特段強い訳ではない口調に遮られる。声色こそ変わらず愉しげだったが、内心はそこまで愉しんでいない──どころか、僅かに気分を害したようだった。何か不味い反応をした覚えはない。あのくらいの会話は、今までに何度となく交わしている。

 

 「貴方···そう。()()()()()()、神淵天赫の黒き竜王、境界の破壊者、ティナ=エンプレスを。」

 「···はい。」

 

 それが、彼女を不快にさせた原因なのだろうか。

 

 私の困惑をよそに、司書王の名を冠する彼女は、その知識の片鱗を語りだした。

 

 「ティナ=エンプレス。強力な補助スキルも特筆して高いステータスもないものの、保有する特異な性質によってランクSSと評価される魔剣。カテゴリは大鎌。属性は光。とはいえ、カテゴライズ···線引きなんて、境界を切り裂く魔剣には、なんら意味のないモノだけれどね。···でも、その様子だと、そこまでレベルは高くないし、熟度も低い? どうして? 商人の魔力量の限界という仮説は···いえ、二十年も一緒に居たのよ、親和性はかなり高いはず。量が質を凌駕することはない、原則よ。落ち着きなさい、ロルリアンレット···。」

 

 いや、自分の世界に没頭してしまった。

 

 「お嬢様。」

 「えぇ、分かっているわよ、マリー···。魔核の稼働が中途半端だったから、経験が蓄積されていないのかしら。この仮説は即座に反証できないわね···。なにより情報が足りな過ぎる···。」

 「お嬢様?」

 「なんなのよマリー。今は···」

 「お客様のことをお忘れでは?」

 

 上を向いて考え込んでいた司書王陛下の眼球だけが、ぎょろり、と、こちらを向く。

 

 「あぁ、そうだったわね。」

 

 まるで、無くしていたものをどこに仕舞ったのか思い出したかのような、何かが抜け落ちたような声だった。

 

 それは、もう使()()()()()と思っていた鼠が、()()()()()()()()()()()と気付いた研究者のようで──。

 

 「ところで商人。魔石はちゃんと届けられたのかしら?」

 「···いえ。魔物に襲われた隙を、情けなくも野盗に狙われまして。大変──」

 「構わないわ。」

 「申し訳──は?」

 

 素頓狂な声を上げ、その勢いのまま、顔を上げてしまう。

 

 「別に構わない、と言ったのよ。ただ、そうね···強い魔剣の情報は、私としても捨てがたいの。どうせ「自分で取り返してきます」とでも言うつもりなんでしょう? こちらが提供する記録装置を付けていってくれるのなら、仮に失敗したとしても、それ以外の賠償は要求しないわ。」

 「···ありがとうございます。」

 

 

   ◆   ◆   ◆

 

 

 二日ほど用意に費やし、私は三度、死林へと戻ってきていた。

 

 「今のところ、追っ手や監視はありませんね、マスター。」

 「そうだね。···に、しても、本当にこれは必要なのか···?」

 

 これ、という言葉が指すのは、私の体を覆う全身鎧(フルプレート)のことだ。対魔剣だとどこまで通用するのか怪しい──どころか、何の魔力も付与されていない以上、紙みたいな代物だ。とはいえ、野盗程度が魔剣を持っているとは思えないし、警戒すべきは、鎧の隙間を縫って急所を突いてくる鎧殺し(アーマー·ピアース)の方だ。

 

 では質問だが、私の武器は何だ? 意思を持った武器、武器の極致たる魔剣の、その頂点に位置するSSランクの大鎌、ティナ=エンプレスだ。

 

 ではさらに質問だ。顕現前ならいざ知らず、魔剣として十全の状態の彼女が、そんな至近距離への接近を許すだろうか。離れれば鋭い刃が首を刈り、近づけば硬い柄が体を折り、後ろに回り込めば尖った石突が胴を抉り、喩え取り囲んでも、回転する断頭の大鎌は例外なく刑を執行する。

 

 つまり、私が攻撃を食らう道理が無いのだ。ならば、重厚な金属の鎧など、ただの枷にしかならない。

 

 「と、いうのが、私の主張な訳なのだけれど、エンプレス。」

 「マスター、私を信用して頂けるのは本当に嬉しいのですが、それとこれとは別です···。」

 

 もう、と、呆れた様子のエンプレスは、その純白のドレスの裾を揺らして歩きながら、言葉を続ける。

 

 「そういえばマスター、例の記憶装置は持ってきていないのですか?」

 「え? いや、もうばっちり準備済みだよ。ほら。」

 

 金属製の、体温で熱を帯び始めたヘルムを取る。そのままエンプレスの目を覗き込むと、合点が行ったようで、エンプレスは瞳に理解の色と、次いで嫌悪の色を宿した。

 

 「瞳に仕掛ける記録術式ですか。趣味の悪い魔法ですね。」

 

 何が気に食わなかったのか、エンプレスがむくれて、私とは反対側を向いてしまう。

 

 「あ痛。」

 

 ぺし、と、花のような香りと共に、ツインテールの片割れが私の顔に直撃した。そこまで勢いよく顔を動かした訳ではないから、どちらかと言えばくすぐったく、別段痛くはなかったのだが、条件反射で声を漏らしてしまう。

 

 「あ、すみません、マスター。」

 「いや、大丈夫だよ。」

 

 すぐさま振り向き、心配そうにエンプレスが見つめてくる。そう言えば、彼女はどうしてツインテールなのだろうか。女性の髪型について造詣が深い訳ではないが、一般的に彼女くらいの年齢ならば、もっと落ち着いた──いや、外見的に10代後半から20代前半だろうと勝手に思っていたが、彼女は実際のところ何歳なのだろうか。

 

 「ねぇ、エンプレス。」

 

 好奇心には抗えない。私は疑問を晴らすべく声を掛け──

 

 「マスター。お話は、また後ほど。」

 

 それを、鋭い、敵意に満ちたエンプレスの声に遮られた。

 

 「敵か。」

 

 問いかけつつ、肯定を半ば確信しながらヘルムをかぶり直す。バイザーを下ろし終えたタイミングで、エンプレスが魔剣少女としての顕現を辞める。即座に私の右掌に硬い感触が現れ──輝く大鎌が顕現した。

 

 『はい、マスター。とはいえ木立の中では戦いにくいですから、ここは。』

 「そうだね、エンプレス。ここは──ッ」

 

 思いっきりエンプレスを振りかぶり、魔力を流し込む。長年、一緒にいたこともあって、私の魔力はエンプレスにとって最適なように変質している。

 

 ──いや、私の···魔剣を「使う側」であるマスターの方が変質するのかよ、と、私もそう思った。だが、司書王陛下が言うには、それが普通らしい。太い枝に細い枝を叩き付ければ、細い方が折れるのは道理でしょう? とは彼女の言葉だ。

 

 魔剣とは、道具である。何かを壊すための、或いは、何かを守るための、ツールに過ぎない。だが、それは「人間が彼女たちより上位である」ということにはならない。人間と似た姿形を象るからといって、人間と意思の疎通ができるからといって、人間に使()()()()からといって、それは「人間が勝っている」ということではない。元より、彼女たちはヒトを殺せるもの、殺すためのモノだ。

 

 「純粋なもの」というのは、それだけで素晴らしく、何者にも勝っているという。蛇には毒がある。鷹には爪が、鮫には顎が。人間にも拳がある。だが、それらは所詮「獲物を弱らせる」「獲物を捕らえる」「殺して食う」という目的のための手段に過ぎない。だが、彼女たちは違う。

 

 「食う」ために──すなわち、「存在する」ために「殺す」ような生温い存在ではない。

 

 彼女たちは「殺す」ために「存在する」。

 

 武器の本質は破壊であり、兵器の本懐は殺戮にある。純粋な、ただ「殺す」という目的のために存在する彼女たちは、こと戦いにおいて、絶対的な上位者である。

 

 そんな魔剣の中でも特級のエンプレスと、一介の商人だった私。どちらが下位──「折れる側」かと言えば、当然、私だ。

 

 「ふっ!!」

 

 膨大な魔力を消費しながら、エンプレスを一閃する。空中を一周しただけの刃には、何の手応えも返ってこない。

 

 私を囲むように潜む気配から、微かな困惑が漏れ出し──気配が消える。

 

 「さて、風が吹く前に離れようか。エンプレス。」

 「えぇ、マスター。それに、伏兵の数と前情報の数が合いません。敵の本隊も探さなければいけませんね。」

 

 またエンプレスが魔剣少女として顕現し、並んで歩き出す。数分ほど歩いたとき、少し強めの──木立が揺れる程度の風が吹き、背後から無数の木の倒れる音が聞こえてきた。

 

 

 

 

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