「魔石ゴールド?」
聞き慣れない名前に、私はおうむ返しに尋ねた。
「えぇ、そうよ。貴方が奪われ、そして取り返したのは、その加工済みインゴット。」
無事に商品を魔界病院に送り届け、商人ギルドへ報告も済ませ、一泊し、それからようやく魔鍵都市ユグドラシルへ戻り、世界図書館へ報告に来た。この工程をたった二日で済ませたことに対する褒美、と、私は今、司書王陛下直々にレクチャーを受けている。図書館のテーブルを挟み、手元に紅茶と資料を置いて、話すこと数十分。
講義の内容は、私たちが奪還した魔石の希少性と、その用途について。
「魔石ゴールドは、物理的には比較的柔らかいの。けれど、化学的、時間的には非常に強固。溶けず、朽ちず、錆びない。」
「じゃあ、オブジェとかに使えそうですね。」
相槌以上の意味のない台詞に、司書王陛下はくすくすと笑いを漏らした。
「この私でさえ手に入れるのに苦労する代物よ? まぁ、作れても卓上サイズ程度でしょうね。」
「あ、あはは···。」
そんな代物を奪われた奴がいるらしいですね。えぇ。まったく、誰なのか見当も付きませんが。
「それはそれとして、商人。報酬よ。」
「あ、ありがとうございます。」
分厚く膨らんだ書類封筒を渡される。報酬ということは、ちょっと良い仕事の依頼か、何かの権利書か、その辺りだろうと見当を付け、開く。
「え、っと······?」
設計図──というより、何かの理論を記した論文だろうか。ぱらぱらと捲ると、古文書の写しと思われる、意味不明な文字の羅列も散見された。何かの図面のようなものと、これは···レシピだろうか。材料と比率がびっしりと書き込まれた紙も挟まっていた。
「陛下、これは···?」
「仕事の依頼よ、商人。今度も簡単な運搬作業だから安心なさい。」
今度は一枚だけ、紙がテーブルの上を滑って目の前で止まった。
「拝見します。──おや。」
また、魔界病院宛てだった。運ぶのはこの資料の束だけみたいだし、楽な仕事だ。報酬は破格──という程でもないが、荷物も軽い、道もそこまで遠くも危なくもない簡単な運搬作業にしては、かなり高額だった。「報酬」と謳うだけはある。
「承りました。陛下。」
頭を垂れ、色々と面倒な──とはいえ、いつもよりは簡単な準備のため、図書館を出る。
「あぁ、そうだったわ。商人。」
「はい?」
その直前に、司書王陛下から呼び止められた。
「道中、気を付けなさい?」
「···ありがとうございます。」
これは何かあるな。断定したっていい。賭けてもいい。絶対に何かある。
例えば、そう。魔物に襲われるとか、野盗に襲われるとか。
◆
「う、わぁぁぁぁぁぁ!?」
冒険都市リーマ近郊に、「死林」と以下略。現在、私が必死こいて逃げているのは、例によって魔物に追われているから──なのだが。ここで、「ではない」と、傍点付きで言えない辺りが、なんとももの悲しい。閑話休題。
私
「あ、なんか毛色の違う魔物がいつぞやの狼型の魔物を追いかけてる。いいぞー、やれやれー。」なんて、気楽に傍観していたはずなのだが、魔物がこっちに逃げてきたとき、状況が変わった。
毛色の違う方──つまり、追跡者の方は、どうやら無差別主義者らしく、二足歩行でも四足歩行でも等しく憎悪しているらしい。骨の顔に殺意を宿し、何だかよく分からない咆哮を上げ、肉体言語で一言。
破砕音を上げ、それから風切り音が聞こえる疾速の一撃が、咄嗟に顕現し私を押し倒したエンプレスの上を掠めていく。つまり。
「死ね」と。そう言った。
「GYAU!?」
回想に耽っている間に、一緒に逃げていた狼型の魔物が断末魔を上げて切り裂かれる。少なくともエンプレス並みの鋭さを持つらしいあの刃物は、いわゆる刀。叩き切ることで攻撃する剣とは違う、触れれば切れる、「切る」ということに重点を置いた武器だ。出来ればあまり相対したくない相手でもある。
「曰く、刀は斬鉄すら可能とする鋭さを持ち、甲冑を裂き肉を斬り、その上骨にまで食い込み、抜けなくなることもあったらしい。何が言いたいかわかる?」
「すみません、マスター。私にはマスターの意図するところが···」
「うん。つまりね。」
カタナ ヤバイ。
魔核元素という上位元素で構成される魔剣と、半ば物質界に存在しない私。どちらもただの刀には切れない存在ではある。が、高濃度の魔力を浴び続けて変化した(と思われる)魔物の攻撃を食らって無事かどうかは定かではない。
「三十六計?」
「逃げるに如かず、ですか。」
いえす。エンプレス。
「せーのっ!!」
エンプレスを顕現させ、一閃する。境界を切り裂く魔鎌が空間をなぞり、「隔てるもの」としての境界を作り出して魔物の進路を阻み──
「今だ、逃げるぞ!!」
私たちは、一目散に逃げ出した。
◆
「って事がありまして。あ、コレにサインを。あとコレが今回ご依頼のモノです。ご確認を。」
「はい、確かに···はい。」
「ありがとうございます。」
無事に魔界病院まで書類の束を送り届けた私は、クランベリー医師に道中の出来事を話していた。
「ふむふむ···なるほどね、ロールお嬢様はコレを作るために···じゃあアレは···うん···」
「クランベリー医師? 大丈夫ですか?」
と、いうか、話終えるや否や、クランベリー医師は送り届けた書類とにらめっこを始めてしまったのだが。
「あぁ、ごめんなさい。今の話は、一応魔界ギルドに伝えておいた方がいいわよ。私の考えが正しければ──貴方の出会ったソレは。」
「そ、ソレは···?」
ごくり。
「古代文明の遺物にして、現代文明を食い尽くすもの。魔剣に成れなかった、哀れな怪物──『冥獣』。」
「めい、じゅう。」
知識として、その名前は知っていた。だが、私の知る冥獣とは、クランベリーさんも言った通りの、『文明の破壊者』だ。一国を滅ぼした冥獣、魔王を打ち倒した冥獣、大陸を消し飛ばした冥獣、一度世界を滅ぼした冥獣···と、まぁ、とにかくスケールの大きい怪物、のはずだ。地元ではちょっと有名な密林で、魔剣使いにも負けるような魔物相手に粋がるような、そんなチンピラみたいな存在ではないはずだ。それに、何より。
「おかしいですよ。冥獣は、古代文明の遺跡にしか居ない筈じゃ──」
「えぇ、だから···『ある』んでしょうね。あそこに。」
──あそこに。死林に。古代文明の遺産が。冥獣の住みかが。
「···魔界ギルドに行ってきます。」
「えぇ。よろしくね。」
何の前触れもなく、何の理由もなく、いきなり冥獣が起動する訳はない。何かが、或いは誰かが、何かのはずみで、或いは故意に、冥獣を起動したことになる。どういう状況で、あるいはどういう意図で、そんなことを。
それに、もし、誰かの意志が介在したのなら、そいつは──人類の、文明の、世界の敵だ。
「クソ···」
私は悪態をつきながら、魔界ギルドの扉を叩いた。
あらかじめ言っておくとコレ書きたいから書いただけの自己満だから、なんの通告もなく主のギルドメンバーとか知り合いの魔剣使いとかが出る可能性あるです。ごめんね!