土曜日の真っ昼間。ついさっき目が覚めた俺はリビングにあるソファでテレビを見ていた。流れてくるニュースの内容はいつもと全く変わらない。ヒーローとヴィランの話題ばかりだ。よく飽きもせずずっと同じような報道ばかりしてるな、と他人事のように思っていた。
「ご飯できたから運ぶの手伝って~」
キッチンから小町の声が聞こえる。俺には勿体無いくらいのよく出来た妹だ。
「何悩んでんの?」
考え事をしながら黙々と昼ごはんを食っていた。小町の作るものは常に美味い。
「あー。進路どうすっかなあと思ってな」
さすが小町。ポーカーフェイスの得意な俺の表情を一瞬で見抜くとは。まあ千葉の兄妹なら普通か。小町が悩んでいたら俺もすぐさま気づく。むしろ悩みを抱える前に気づくまである。
「え! まだ決めてなかったの?」
「候補は決めてる。俺の将来設計を考えるとヒーロー科あるとこなんだけどな」
俺の将来の夢は働かないこと。ヒーロー科があるところに進学し、将来性のありそうな奴らと知り合いになりいい感じに援助してくれねえかなという考えのもとだった。達成するのに立ちはだかる問題は当然のごとくスルーだ。俺がぼっちだとか無償で金くれる奴なんていないだとかは一旦置いておく。
ヒーロー科ってのは不思議な事にヒーローにならなくても、就職の幅がかなり広がる。普通科と比べてヒーロー科出身の方が就職率が圧倒的に高いという記事をまとめで見た。就職するかは別として選択肢が多くて困ることはない。
「個性のこと気にしてるの?」
そう。理性の上ではヒーロー科が安定と考えている。ただ俺の個性がその選択を留めようとする。実際に中学では個性のことで、人間性まで蔑まされたり貶められたりされていた。このご時世個性が全てと言っても間違いではない。だから仕方のないことなのだが。割り切れるもんでもない。
「でもさ。結局ヒーロー科ないとこに行っても同じことになるんじゃないの? お兄ちゃんのことだから個性をずっと隠し通せるとは思えないよ。困ってる人がいたら助けようとしちゃうでしょ?」
俺が黙っていると小町が再び話しはじめた。まあその可能性は高いかもしれない。中学でも隠し通せなかったのだから、ヒーロー科がないとはいえ個性バレは十分ありえる。ただ可能性はゼロではないのだ。すがりたくなってしまうのも無理はないと思う。
「あのなぁ。何回も言うが助けようなんて高尚なこと考えたことすらねえよ」
「は~あ。ほんとに捻くれ者なんだから。小町だけはちゃんと理解してあげてるからね」
呆れたような表情の小町もかわいいな。だけど、どうしようもねえなこいつみたいな目は流石にどうなんだ小町よ。
「んーこれはひとりごとだけどね。お兄ちゃんがヒーロー科行ってたらすごい自慢になるよね」
「わかった。雄英目指すわ」
「極端すぎでしょ!?」
俺は次の日さっそく、朝礼前の人が少ない時間を狙い声かけた。
「緑谷。ちょっと昼休み時間もらえるか?」
「え? いいけどどうしたの?」
「あー。ちょっと今はな」
俺が口ごもると緑谷はすぐに察したようだ。こいつとは何の縁か時たま会話をする仲だ。友達と呼べる仲ではないが、ぼっち同士通じるところがあったのだろう。俺が用事だけ告げて席を離れると、緑谷は再びノートとにらめっこを始めていた。ヒーローについて独自で情報を事細かくまとめているらしい。以前に軽く見せてもらったことがあった。その内容はネットで調べるよりも、情報量が多いのではないかと思うレベルだった。一言で言えばヒーローオタクってやつだ。
それから俺はホームルームが始まるまでの間をずっと机に伏せて待った。
昼休みに入り、皆各自思い思いの行動に移る。教室で友達同士おしゃべりをしたり、サッカーボールを用意してグラウンドまで群れてかけていく奴らもいる。普段の俺は昼休みが終わるまで、誰も来ない校舎裏のベンチでのんびりと過ごしている。
立ち上がり教室を出る際に緑谷の机を指でとんとんと叩いて目配らせをした。俺が教室を出ると緑谷も後ろからついてきて、横並びになる。俺が何も喋りださないのを見て、緑谷も黙々とついてくるようにしたようだ。変に気を使われるよりよっぽど楽だ。
「悪いな突然。ちょっと相談したいことがあったんだ。前にさ、ちらっと雄英を目指すって言ってただろ? 俺も雄英目指そうと思ってな」
「え!? 比企谷君が雄英目指すって本当!? 全くそんなイメージなかったよ!」
まあそういう素振りを見せなかったから当然だな。小町に言われたというのもあるが、候補に雄英は入っていたのだ。倍率が異常だし学力的にも厳しそうだったのであまり気は進まないが、中途半端なところに行くよりかよっぽどいい。雄英を卒業した生徒には確実に成功の道が待っているとも聞いたことがある。ヒーローを仕事としない生徒たちも雄英卒業者というネームバリューだけで引く手あまたという話だ。
「で、まあ都合いい話だとは思うが、今のうちにどんなことしてるかとか教えてほしくてな。文系教科に関しては俺も教えることはできると思う」
「僕はもちろんいいよ。同じ学校目指してるんだし一緒に頑張ろうよ!」
緑谷の快い返事に内心で安堵のため息をついた。慣れないことをするもんじゃないな。変に疲れてしまった。とはいえ、自分ひとりの力で雄英に受かるとは思えなかった。他人に頼るというのは正直好ましくないが、緑谷はまた別だったんだろう。俺自身が行動に移せていることに少し驚きを感じていた。まあこいつは悪いやつじゃないし、中学最後の生活くらいこういうのもありかもな。
それから俺達は週に何度か勉強会のようなことを始めることとなった。お互いに苦手分野がかぶっていなかったので効率的に勉強は進んでいた。放課後に人とつるむというのは最初は気苦労が多かった。しかし、慣れとは怖いもので最近では特に何も感じなくなっている。
「……今日の新聞のことなんだが」
俺が話を切り出そうとすると、緑谷は椅子からはねて驚きを現している。
「やっぱあれお前だったのか」
緑谷は小さくうなずく。
少し気になっていた。新聞の小さな記事の一つに緑谷と思われる少年の写真があった。ヴィランに囚われていた少年を助けたらしい。詳しい状況はわからないが無個性で身を挺して助けに行くというのは生半可な度胸ではない。なんとなく本人かどうか気になっていただけで特に追求するつもりはなかった。
「……気になってたんだけどさ、比企谷君って無個性の僕を馬鹿にしたことないよね。それってどうしてなの?」
深刻そうな声色に教科書から目を離す。俺の対面に座っている緑谷に視線を向ける。
「なんだ? 馬鹿にされたかったのか?」
「そうじゃないよ! そうじゃなくってさ……。唯でさえ雄英目指してるってことで色々言ってくる人がいるんだよ。比企谷君もわかったでしょ。加えて僕なんて無個性だ」
担任に俺らの進路がバラされてしまった時のことか。あんときは嫌な空気だったな。
「雄英の受験資格に個性必須なんて書いてねえだろ」
個性必須なのに無個性が受験しようとしているなら、ただの馬鹿だけどそんな前提条件はない。つまり無個性が受験したところで何もおかしいことはないんじゃねえのか。これじゃまるで俺が緑谷をフォローしているみたいだ。
「あはは、確かにそうだね。ずっと悩んでた僕がアホみたいじゃないか。比企谷君、絶対雄英入ろう!」
「……おう」
突然燃えはじめた緑谷に俺はそっけなく返すしかなかった。