機動戦士ガンダム外伝「細雪舞う記憶の彼方」 U.C.0083-0086 作:そらむし
切り立った山は雪に覆われ、ひしめき合う針葉樹の森もその葉に厚く雪を積もらせていた。
そんな大陸北部の独特な山間部の間、唐突に雪原が広がる場所があった。
夜明け前の薄闇の中、隊列を組んで進む巨大な五機の影。
粉雪がちらつく中、積もった雪面に照らされ浮かび上がるそれらは青と白のツートンカラーで構成されていた。
先頭を行く偵察兵装のジムが振り向きつつ歩みを止めた。
「隊長。北東方向に人口の構造物を発見」
「了解。全機停止。」
ウィリアム・ハークレイ少尉は自らが駆る《ジム・スナイパーⅡ》を制しつつ、無線へ声を向けた。隊長機を取り囲むように隊列を組んでいた四機の《陸戦型ジム》もその場で立ち止まり、周囲警戒へ移行する。
「規模は?」
ハークレイはコンソールを操作し周辺地形データを呼び出しつつ問い返した。たしかこの辺りは人の立ち入らない山間部が続いていたはず。
「かなり大きいです。管制塔らしきものを確認。廃棄された軍航空施設かと」
再度確認するが、やはり登録された地形データにはそのようなものは見当たらない。地図に載ってない施設。
さてどうするか、と思案したところへ「大将」と粗野な声が無線に響く。
「おそらくありゃ、西暦以前の名残だろうよ。ここは『第一』の奴らの庭みたいなもんだ。奴らがデータベースに登録されて無い施設を知っていても不思議は無ぇ」
そこで仲良くバーベキューでもしてるんだろう、とエディ・マニックス軍曹が豪快に笑う。マニックス軍曹とは三年前にここ北方戦線に赴任した以来の付き合いだが、その経験の豊富さと判断力は確かなものだ。
年上の部下を持つことに最初は戸惑いもあったが、現場たたき上げの意見には助けられる事も多い。――もっとも、がさつで粗っぽい所と酒癖の悪さが難点だが。
「曹長の言う通り、『第一部隊』が潜伏している可能性は十分にある。どのみち調査は必要だろう。該当施設の位置を本部へ連絡、これより我々は施設の調査にあたる」
コンソールを操作し、本部へ作戦を申請する。そこへ
「隊長、いいでしょうか」
と神経質そうな声を上げたのは先程の偵察兵装のジムパイロットだった。この小隊で最年少である彼の索敵能力は、熟練兵にも引けをとらない。
「どうした伍長」
「この任務は本当に捜索まで、でしょうか?我々は『第一部隊』と…友軍と、交戦するのでは」
不安げな声色なのは無理もない事だった。一瞬間が空き、無線を聞いている全員が聞き耳を立てている事がわかる。どう伝えたものか。
しばし逡巡した後、ハークレイは腹の決まったように話し出す。
「二日前のヴォルクタ基地が襲撃された事件についてだが、状況的に外部からの攻撃ではなく内部からの破壊工作、と尉官以上には共有されている。真意は分からないが、状況によっては戦闘もあり得る」
無線越しに息をのんだ気配があった。だろうな、と言わんばかりの鼻を鳴らしたような音も混じる。
「裏切り…という事でしょうか?あの英雄、オールドマン大尉が」
「分からん。経緯はどうあれ、我々の仕事は身柄を拘束し軍法会議にかけることだ。その途上で彼らが武力を行使してくるなら、こちらも相応の対応をする。いいな?伍長」
「…は。了解であります」
不安を拭い切れないものの一応の納得はしたような声色に、「いいかよ新入り」と粗野な声が続く。
「まぁあれだ。連邦のお偉いさんも第十五機械化混成部隊の虎の子、『第一』が裏切ったとあっちゃ面目丸潰れなんだろう。特に北方の英雄、オールドマンが裏切るのは体裁が悪い。まぁご近所さんのオレらがこうやって家出ネコ探ししてるわけだが、どうせ俺らはこの後ちょーっと手を汚す事になるぜ。するとあら不思議、オールドマンは後日適当に理由をつけて戦死。英雄の裏切りという事実は闇の中って寸法よ」
茶化すような口調にハークレイが憮然とたしなめる。
「マニックス軍曹、まだ裏切りだと決まったわけじゃない。もしそうであっても首謀者と思われるオールドマンの身柄は確保しておきたい。向こうが武力抵抗しないかぎり、基本的には確保を最優先とする。いいな?」
軍曹のへいへい、了解、という声聞きながらコンソールに目を向けると本部から作戦了承の旨が届いたところだった。
「おしゃべりはここまでだ。これより作戦行動に入る。」
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[施設外周 北側 ジム・スナイパーⅡコックピット内]
「“こちらコード
「“こちら
「”了解。こちらは手はず通り、施設北側狙撃可能ポイントに到着。巣穴から出てくるウサギがいるなら、その足を止める。定刻○四:○○より作戦開始。南側から捜索、奴らをこちら側へ追い立ててくれ”」
「”出てくるのがか弱いウサギちゃんならいいけどなぁ。A002了解”」
皮肉に笑うマニックスを尻目に、ハークレイは回線をオープンにした。
「総員傾聴。仮に戦闘になった場合だが、ヴォルクタから持ち出された武装から鑑みるに『第一』の戦力はせいぜいMS一機に装甲車程度だろう。しかし相手はあのオールドマンだ。状況が不利だと判断したら無理せず撤退しろ。そちらの現場判断はマニックス曹長に一任する」
「なぁに。こっちは四機もいるんだ。戦闘になってもそうそう負けは無いさ」
楽観的な意見にハークレイは口を開きかけるが、神経質な声が割り込んだ。
「軍曹、前向きなのはいいのですが。オールドマン大尉は何でも一年戦争の開戦、アイランドイフィッシュの戦闘においてファイターでザクを十機以上落としたエースだとか。ここ北方戦線に来てからも戦果を挙げていますし、敵に回った場合決して油断できる相手では無いかと」
「そのエース様がいてもコロニーの落下は防げなかったってことかい。…いや、むしろそんな負け戦で武勲を立てちまったからこんな辺ぴな場所に飛ばされたってわけか。――つまらない話を聞いちまったな。」
マニックスは少し声を低めたが、気を取り直すように言葉を続けた。
「まぁ、相手がどんな化物でも最悪の場合はケツまくって逃げるだけさ。少尉も俺達も。なぁ大将」
「ああ。ただ、伍長の言う通りだ。あまり無茶言って若いのを振り回さないように」
「オレからすれば新入りも隊長も変わらないくらいの若造だぜ」
「今のは聞かなかったことにしてやる」
とハークレイはさらりと言い返す。戦闘前に気分をほぐすのはこれくらいでいいだろう。
「各機時間まで待機。通信終わり」
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ウィリアム・ハークレイ少尉は狭いコックピット内で目を開けた。――定刻。一つ深呼吸をする。メットのバイザーを下ろす。
右手を一度握り込んで感触を確かめると操縦桿を手繰り寄せる。夜明け前の薄い闇の中、木々が深い斜面の中腹で《ジム・スナイパーⅡ》の巨躯が静かに狙撃態勢に入った。
眼下の雪原を見下ろす。足元から伸びる緩やかな斜面を下った先、広大な雪原の片隅に軍施設は存在した。
フェンスに囲われた地上施設は内接直径が五キロメートル程の八角形であり、その中心を横切る滑走路が基地を南北に区分している。
ハークレイはリヤシートの後部へ右手を伸ばし、狙撃用のスコープを眼前に引き出した。同時に機体頭部の狙撃バイザーがスライドし高精度センサーに切り替わる。
ここからは滑走路より手前側、基地北側が一望できた。主に更地で広大な面積が広がっていたが、そこには整然と何かが並び雪を被っていた。
狙撃スコープを使って初めて分かったがそれらは廃棄された輸送機や戦闘機などの残骸であった。
「墓場…か」
かつて大空をかけたであろう兵器が朽ちていく情景に思わずハークレイは一人ごちた。滑走路を挟んだ向こうである南側は兵舎や格納庫などが遮蔽物となり、ここからでは射線が通らない。
もしそこで戦闘になった場合、滑走路を超える必要がある。
トリガーに手をかけ、視界内に動く気配がないか集中しつつハークレイはこちらへ追い立てられる獲物を待ち続けた。
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[施設敷地内 南側 陸戦型ジム(偵察兵装)コックピット内]
偵察兵装ジムのコンソールに逐次表示される観測データに目を凝らす。
「周囲警戒を怠るな。もし奴さんがいた場合、各個撃破を狙ってくる。効率は悪ぃが全員離れるなよ」
マニックス曹長のどら声が無線越しに聞こえる。いつもはいい加減な上司だが、こと戦闘になると長年の経験に裏打ちされた判断力は非常に頼もしい。
ハークレイ少尉は階級こそ上で戦局眼はあるもののまだ年若く、実戦経験ではマニックス曹長の方が圧倒的だ。
「こちら
声を上げた瞬間だった。コンソール右手のパネルが警告音を発した。
「――ッ。熱源反応‼二時方向、数は一‼急速に近づく‼」
反射的に声をあげた。この速度は異常すぎる。
「周囲警戒‼どこだ⁉」
マニックス曹長の怒号が聞こえる。しかしその間にもコンソールに示された赤い輝点はこちらへまっすぐに突っ込んでくる。
「距離十‼接敵します‼」
夢中で叫んだ。しかし意識はそこで途切れる。かろうじてマニックスの”地下か⁉”という無線が聞こえたような気がした。ただ、そこまでだった。
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「地下か⁉」
マニックスは思考が現実に追いついた瞬間、前に飛び込むように回避行動をとった。もはやそこに思考は無く、長年の戦いで身についた勘がそうさせた。
背後の爆音とともに通信が乱れ、爆風で機体が前に突き飛ばされる。振り返りメインカメラを向けると、A005がいたであろう場所の地面に大穴が空いていた。そこから爆炎が立ち上っている。
「全員無事か‼」
マニックスの問いに応答する声は二つ。伍長は‼と周囲に目を走らせたマニックスはふと自分の機体が何かを蹴飛ばした感覚で下を見る。そこにはA005の破壊された頭部が転がっていた。
「野郎‼どこからやった‼」
その怒声に応じるかのように、周囲に低いスラスター音が響いた。
地面に空いた大穴、その爆炎の中からゆらりとせり上がる影があったのだ。
重々しい地響きとともに陽炎の中に降り立つその巨躯はまるで―地獄から這い出た悪鬼そのものであった。
「なんだ…こいつは…?」
マニックスは生唾をのみ込んだ。
黒煙と陽炎の中、グレーの雪上迷彩色をした《グフ・カスタム》のモノアイが鋭く光る。
「まずはひとつ」
冷たい声がスピーカーのノイズに混じって聞こえた気がした。それともこれは恐怖が作り出した幻聴だったのだろうか。灰色の巨躯がすでに撃ちきったバズーカの砲身を傍らに突き立てる。
「ゆくぞ。信念を持たぬ飼い犬共」
――惨劇が始まった。