機動戦士ガンダム外伝「細雪舞う記憶の彼方」 U.C.0083-0086 作:そらむし
宇宙世紀0083 地球 ユーラシア大陸北部
ここ北方戦線におけるエリート部隊『第一部隊』が突如自らの基地を破壊し、軍を出奔。
ハークレイが率いる小隊はその捜索のために廃棄された軍航空施設の調査を開始。
小隊主力であるジム4機は施設南側から捜索を始めるが、そこに謎のMSが乱入した。
一方その頃
ハークレイは施設外周北側の木々に囲まれた斜面中腹で
追い立てられる獲物を狙撃すべく、単独で待機していた。
[施設外周 北側 ジム・スナイパーⅡコックピット内]
基地の反対側で唐突に火の手が上がった。
明らかな戦闘の狼煙にハークレイは夢中で無線を呼び出した。
「“こちらハークレイ‼応答せよ
「”―ら―。―不明―撃。―急…”」
無線が不明瞭で聞き取れない。必死にコンソールを操作する。
「ミノフスキー粒子濃度が戦闘レベルまで達している⁉」
この数分間で爆発的に数値が上昇していた。自然界ではこんなことは起こり得ない。
ならば考えられることは一つだった。
「人為的な粒子散布――まずい‼」
ハークレイは操縦桿を目いっぱい引き、蒼白の巨躯を立ち上がらせる。完全にしてやられた。
向こうはこちらを迎撃する用意があった。そして何より戦闘状態になったということは。
(向こうには勝算があるってことか)
狙撃スコープを払いのけると、連動して搭乗している《ジム・スナイパーⅡ》の狙撃バイザーが跳ね上がり、バイザー下のデュアルアイが露わになる。
コックピット内のモニターが切り替わり通常視界を映し出した。――部下たちが危ない。
構えていた七十五ミリスナイパー・ライフルを背中にマウントさせ、フットペダルを踏み込む。
スラスタ―の噴射とともに、機体が勢いよく斜面を下り始めた。木々の間を縫うように加速する。
機体が斜面を抜けると同時に深く膝を折り、さらなる加速姿勢をとった。
脚部に増設されたスラスタ―に点火し、巻き上げた雪の中から飛び出す。
雪原の平地を滑るように滑走する。
「間に合ってくれよ…」
--------------------------------------------------------------------------------
基地の北側、廃棄された航空機の間を縫うように、ホバー走行によって滑走する巨躯があった。
「ここを抜ければ滑走路へ出る。射角が取れるポイントは…―ッ‼」
ハークレイは機体に急制動をかけた。右の視界の端にマズルフラッシュの火炎を認めたのだ。
盾を前面に構え、姿勢を低く半身になる。
空を切る音。瞬間、機体の前方に着弾し地面が爆ぜた。
その一帯を衝撃と砕けたコンクリートの破片が襲う。
盾から伝わる衝撃にコックピットを揺らされながら、ハークレイは機体を滑走路横にある廃棄された輸送機の影に滑り込ませた。
輸送機に機体の背を預けたまま、狙撃スコープを引き出しモニタを観測モードに切り替える。
機体頭部の小型センサーユニットが展開し、素早く上部へ伸びた。
輸送機の影から顔を出したセンサーは滑走路上にいる敵機を捉え、その姿をコックピットのモニターに映し出した。
「タンクタイプ⁉なぜジオンが!?」
真っ白な雪上迷彩をしていたため発見が遅れたが、ヒルドルブと呼ばれるその機体は滑走路の端に陣取り、こちらへ向けたその砲塔から煙を立ち上らせていた。
完全にこちらが後手に回ってしまった。悠長に狙撃態勢には入らせてくれないだろう。
「ともかく、ファースト・ショットを外したのは痛かったな」
聞こえもしないだろうが、同じ狙撃手として一言皮肉を言うのは忘れなかった。
二千メートル先で火炎が閃く。
ハークレイは咄嗟に機体をロールさせながら滑走路へ躍り出た。――瞬間。
先程までいた場所が輸送機ごと打ち抜かれた。
片手をつき体勢を立て直す。射撃間隔は約二十秒―、狙いすました一撃でそれならばいい腕だ。
地面へついた右手に機体の体重を乗せ前傾姿勢をとる。
狙撃バイザーが跳ね上がり、デュアルアイが滑走路の直線上、真正面から対峙した敵機を睨んだ。
次の射撃までに距離を詰めれば―。
フットペダルを全開にした。加速Gが全身を塗りつぶす。
「―懐にはいるッ」
ヒルドルブの砲身がギリギリと下がり《ジム・スナイパーⅡ》を捉える。
ハークレイは腰後部のラックから百ミリのバルカンを取り出し右手に構えた。
銃身を左手のシールドに乗せてトリガーを引き絞る。有効射程外からの威嚇射撃。
放たれた弾丸は敵機に届かないものの、手前に着弾し雪を舞い上げた。目くらましには十分。
敵のレティクルに捉えられないよう、左右へのスラロームを続けつつ一気に距離を詰める。
はるか前方、火炎が閃くと同時に左手前の地面が抉り飛ばされた。もはや着弾までの時間差が無い。
抉られた地面を機体をひねりながらスラスターで迂回し、ぐるりと最小の動きで前を向く。
ターンの最中、振り払うようにバルカンのマガジンを排出し、リロードする。
敵機まで千と二百。次の砲撃を避ければ――届く。
敵もそれを分かっているのだろう、装弾は終えているはずだが撃ってこない。
ここから先は見てから避けることは不可能な範囲だ。
極限の心理戦。右か、左か。激しく操縦桿を繰りながら、決して思考を止めてはならない。
こめかみから汗が伝った。数秒間のやり取り。
「―‼」
ペダルを踏み込み、左に機体を傾けた。滑走路の横幅をいっぱいに使い大きく弧を描く軌道。
同じスナイパーだからこそ分かる心理。
ヒルドルブの砲撃が轟いた。もはやマズルフラッシュの火炎と着弾、衝撃は同時。
「ここだ‼」
バルカンを投げ捨て、全てのバーニアを逆噴射する。
足裏から展開した姿勢固定用のスパイクがコンクリートの地面に突き刺さり、路面を砕きながら急制動をもたらした。
全速力から一転、速度ゼロまでの減速にGで血液が沸騰する。
一瞬意識が遠のくも、炸裂する地面の衝撃が機体の真横を叩き、直撃を免れた事を知った。
ヒルドルブから放たれた砲弾は地面を砕き数十メートルもの直線状の破壊をもたらしたが、しかしシールドを構えうずくまる《ジム・スナイパーⅡ》はその爪痕の傍らで健在だった。
はっきりいって賭けだった。
同じ狙撃手として、自分がトリガーを引くであろうタイミングでの急制動。
最後の一瞬での射撃偏差は、速度から鑑みて機体横幅三機分ほどだっただろう。
その限られた距離内で停止することができれば、避けられるのは道理。
しかし想像よりもかなり無茶だった。機体状況を示すモニターが各フレームの過負荷を訴えてきている。敵機の銃口を目の前に停まるのは肝が冷えたが、とにかく賭けには勝った。
敵が使用しているのは榴散弾と呼ばれる弾だ。着弾と同時に炸裂し広範囲を破壊できるその砲弾は、この距離まで近づけば自らをもその範囲に巻き込んでしまう。
これで主砲は使えまい。満身創痍の《ジム・スナイパーⅡ》を立ち上がらせると、ハークレイは手元のコンソールを操作した。
「タンクタイプのパイロットに告ぐ。今すぐ投降せよ。」
外部スピーカーで呼びかけるが反応は無い。しかし応じるがごとく、ヒルドルブはその機体を格闘形態へと変形させた。露わになったモノアイの下には牙のならんだ真っ赤な口がペイントしてあり、真っ白な機体に凶悪な笑みが浮かんだ。
「第一部隊か?」
重ねた問いに答えは無かった。返答、とばかりにその巨体が突っ込んでくる。
「問答無用か」
スロットルレバーを倒し、こちらも倒れ込むように加速をかけた。
ビームサーベルを抜き払い、機体をヒルドルブに突進させる。
ヒルドルブの最大の武器は、驚異的な射程を誇る主砲を除けば、その質量と馬力である。
通常サイズのMSならばまともにぶつかり合うだけで圧壊するだろう。また雪上での移動に特化したその履帯も相まって、その巨体からは想像つかないほどの加速で突進してくる。
その気迫に怖気づくことなく、こちらも《ジム・スナイパーⅡ》を正面から踏み込ませる。
「―ッ‼」
助走による勢いのまま、交錯する寸前にフットペダルを踏み込み、スロットルを全開にする。
背部スラスターから噴射剤を吐き出し、蒼白の巨躯が宙を舞った。重々しい噴射音とともに雪を巻き上げ、機体がヒルドルブの直上を取る。
右手に持ったビーム・サーベルを逆手に持ち替え、重力落下とともにタンクの中央めがけて刃を振りかざした。コックピットはあえて外す。
この角度からの攻撃ならば向こうは対処不可能。取りつくことさえできれば無力化できるはず―。
刹那。背後から衝撃が走り、空中でバランスを崩した機体はそのまま地面へと落下した。
完全に不意を突かれ、受け身も取れずに地面へ叩きつけられる。
落下する視界の端に映ったのはヒルドルブの巨体から跳ね上がる長大な何か。
地面への衝撃とともにそれが何かを理解する。こちらの背面を打撃したのはヒルドルブの砲身だった。自身の直上まで跳ね上がりこちらを打撃したのだ。
可動範囲を見誤ったこともそうだが、もはや狙撃に使えない主砲にそんな使い方があったとは。
幸いにしてビームサーベルのグリップは握ったままだ。再度サーベルを展開し一刀を構える。
今の一合で分かったが向こうは戦いに慣れている。思い切りも良い。加えてこちらはタンクタイプの性能を測りかねている。
半端な策では全て潰されるだろう。接近戦に持ち込めば―という見込みは少し甘かったか。
履帯で雪を巻き上げながら、大きく旋回し再びこちらへと突進する巨体。
―考えろ。策が通じないのなら、さらに策を重ねろ。瞬間ごとに、思考で奴を上回れ。
腰部にラックしてある予備のマガジンと破壊工作用のC4を全てパージする。マシンガンは失ってしまった。弾はもう不要だ。
機体を右前方へ踏み出す。すれ違いざまに横一線に薙ぐためにサーベルを構え走り出す。
突進するヒルドルブの機体に武器は無く、無防備にただ加速し突撃してくる。
(速度だけだ。交錯の瞬間にビームサーベルを合わせる――)
操縦桿を握る手に力をこめる。しかし迫る巨体を前に疑念がよぎった。この機動性を生かして主砲が使える距離まで後退しない、その理由――。
瞬間、研ぎ澄ませた神経はヒルドルブ機体後部からせりあがる変化を見逃さなかった。
「させるか‼」
応じる。ヒルドルブの機体後部からせりあがったそれは、もう一対の腕であった。
ウェポンを固定接続した大型アームは次の瞬間灼熱の光を形成し、その左右の隠し腕に刃幅の広いヒートブレードを展開させた。
突進する機体の右に回り込んだハークレイは振り下ろされる対の熱剣に恐ろしい速度で反応して見せた。
ヒルドルブの左ブレードを構えていたビームサーベルで受け止めると、空いた左の手で自らの腰横からグリップを逆手に引き抜いたのだ。
瞬時に下向きに形成されたビームサーベルはヒルドルブの右ブレードをも受け止め、左右からの挟み込みを受ける形で鍔迫り合いの状態となった。
ぎりぎりと力は拮抗するが、しかし出力が違いすぎた。《ジム・スナイパーⅡ》の華奢な体がじりじりと押し戻されていく。
積雪と凍った路面では踏ん張りもきかず、堪えた姿勢のままなすすべもなく押し戻される。
額から汗が伝うのを感じつつ、ハークレイはスラスタ―に点火した。一瞬持ち直す。―がしかし。
(―まだ足りない⁉)
相手の出力が圧倒的だった。減速はしたものの少しずつ押されている。
「あと三秒。…二、一。スラスタ―出力臨界‼」
点火したスラスターの出力を確認すると、機体の足元をちらりと見やる。口の端が少しつりあがった。
「――ッ」
鍔迫り合いを強引に払うと、右のスラスターだけを強制的に落とし左右の均衡を狂わせた。
機体が急速に右に倒れ込んだ。
瞬間、機体の眼前に履帯を覆う装甲側面を捉える。すかさず両の手のサーベルを刺しこんだ。
「どうだぁぁぁぁぁぁぁっー‼」
再び左右のスラスターを全開にし、すれ違うようにその巨体から離脱するとともにビームサーベルでヒルドルブの左履帯に長々と真一文字を刻み込んだ。
右半身を雪面に激しく引きずる衝撃の中、ヒルドルブの機体から火を噴く音を耳で聞く。
雪面に仰向けに転がったままメインカメラだけを向けると、ヒルドルブの巨体は左の履帯を失いながらも、強引にこちらへ回頭したところだった。
そのモノアイと正面に伸びる巨大な銃口がこちらを捉えた。まずい。ヒルドルブから離れすぎてしまった。
そこは狙撃手だけに許された
「――くっ…」
躊躇う暇はなかった。手元のカバーを外し、トリガーを引きながらボタンを押し込む。
決着は一瞬だった。ヒルドルブの三十センチ砲が火を噴く。同時に、その巨体の真下の雪が盛り上がった。
刹那、巨大な火柱が上がる。地面から生じた破壊はヒルドルブをのみ込み、その機体を爆散させた。
しかし撃ち出された砲弾は爆散する火炎の中から飛び出す。断末魔のような風切り音とともに飛来した弾は《ジム・スナイパーⅡ》の顔横を掠め、はるか後方へ着弾する。
そんなはずはなかったが、背後からの爆風が直接体の芯に吹き抜けた感覚がした。思わず身震いする。
―生きた心地がしなかった。ようやく息をつき機体を起こす。交錯の前、自分がパージした爆薬の地点に上手く誘導できたのが幸いだった。
「死んだ…か」
まだくすぶる残骸を確認する。できれば尋問するべきだったが、手を抜けばこちらがやられていただろう。
しかしあまりにも不可解な事が多い。『第一』が消息を絶った場所での襲撃。
そして襲ってきた機体は明らかにジオン系のもの。たった今自分は何と戦い、何を殺したのか。
再び地面が揺れた。基地の南側からだった。考えるのは後だ。
ハークレイは無言のまま機体を翻し、部下の元へ急いだ。
~次回予告~
ディビット・オールドマンの駆る《グフ・カスタム》は阿修羅のような気迫とともに
小隊に襲い掛かる。
明かされるその真意。それぞれの正義。
そして雪上で切り結ぶ2つの巨人を見上げる、小さな瞳。
次回、――物語は交差する。
0083地球編 完。