機動戦士ガンダム外伝「細雪舞う記憶の彼方」 U.C.0083-0086 作:そらむし
宇宙世紀0083 地球 ユーラシア大陸北部
敵の待ち伏せを察知したハークレイは味方との合流の最中、ヒルドルブと会敵する。事情の分からぬまま戦闘へ突入しこれを撃破。
果たして自分達は何と戦っているのか。疑念を抱きつつもハークレイは部下たちの元へ急ぐ
ビームサーベル二本、七十五ミリスナイパー・ライフル一丁、それが《ジム・スナイパーⅡ》に残された武装だった。背中のマウントアームが可動し、スナイパー・ライフルが右脇からグリップを保持できる位置まで展開する。
右手の平のコネクタをライフルのグリップに接続するとコックピット内のコンソールに接続状態が表示された。
どうやら先ほどまでの戦闘でデバイス内のシステムに不具合が生じたらしい。使えない事は無いが動作が不安定だった。特に照準システムは致命的で、おそらくマニュアルでしか使えない。ライフルも満足に使えないとなると近接戦闘が主体となるだろう。
距離が近くなったからか、サブディスプレイがレーダーに僚機を検知したことを伝えてきた。そこに映っていたのは―。
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[施設敷地内 南側 陸戦型ジム コックピット内]
「ゆくぞ。信念を持たぬ飼い犬共」
無線から聞こえる冷たい声を聞きながら、マニックスは素早く状況を確認する。
撃破されたのは五番機、隊長機が別行動中の今、取るべき行動は―。
「
素早くストックを立てバルカンを両手で構えると《グフ・カスタム》へ向かって斉射する。
地面を抉る百ミリ口径がその灰の機体に届く瞬間、それがゆらりと動いた。
グフの機体背面と脚部から大量のスラスター光が閃いたかと思うと、周囲の雪が大量に巻き上がった。視界が一気に白に覆い尽くされる。
がむしゃらに前方へ射撃するが手ごたえがない。マニックスは素早くコンソールを操作し視界をサーマルに切り替える。
刹那、視界一面、熱源を示す赤に染まった。
「遅い」
先ほどの声が
グフの足裏から伝わる全体重が、ジムの肩部装甲へ喰いこんでいく。
「なんだこの速さは⁉」
ジムを踏み台にしたグフが再び宙を舞う。
舞い上がった雪の中から飛び出した灰の巨躯、そのバックパック部分の装甲がスライドし、外気に熱を排気した。
自由落下の最中、腰裏へラックしたダガーを素早く
放たれた刃の先、後退中だったジムは咄嗟に腕にマウントされたシールドを構えそれ受けるが、シールドに深々と突き刺さった二本のダガーは間髪を入れず爆ぜた。
破壊力こそ無いものの盾を失ったジムの巨体がよろめく。
四番機の援護射撃を空中で身をひねりながら回避すると、よろめく三号機の陰に入るように《グフ・カスタム》が着地した。射線に重なった僚機を前に、思わず四号機の射撃が止まる。
「
必死に叫ぶ声もむなしく、シールドの小爆発から立ち直った三番機の胸部装甲、コックピットの位置から黒い刀身が飛び出した。
さながら血潮のようにその切っ先から機体のオイルが滴る。
バイザーの光が消え、四肢がだらしなく下がった機体が地面へ崩れ落ちた。グフは右手首から展開した細身の刀身を一振りし、格納する。雪面に振り払ったオイルの三日月模様が浮かび上がった。
あまりにも一瞬で撃破された僚機を前に、四号機のパイロットは血の気が引いていくを自分で感じた。
勝てない―、という思いだけが頭の中を支配していく。
「何ボケッとしてんだ‼止まるんじゃねぇっ‼」
音割れするほどの怒号とともにマニックスのジムがグフへ迫る。その気迫で我に返ると、四号機は慌てて援護射撃を行う。
サーベルを抜き放ったマニックスは機体の姿勢を低く保ち射線を確保しながら、踏み込みとともに強烈な切り上げを放った。
《グフ・カスタム》はそれを後ろへ身を引く最小の動きで
攻撃を見切られ、懐に入られての強烈なカウンター。しかしマニックスは寸でのところで
「さっきの化物みてぇな動きは連続しては使えないようだな、おい」
一斉射。頭部のバルカンすらも、フルトリガーで撃ち放つ。その銃口が放熱中のグフのバックパックを捉えた。被弾した背面から黒煙が上がる。
「少しはやるようだがッ―」
しかしそれに動じることなく、灰の巨躯は回転する勢いを殺さないまま、自らの足横から新たな刀身を取り出すと身を捻るようにそれを投げつけた。縦回転する刀身は飛来する銃弾の隙間を掻い潜り、その銃身へ突き刺さる。
「何⁉」
マニックスの驚嘆とともに、ジムの右腕を巻き込んで大きな爆発を生んだ。機体が倒れ込む。爆発の衝撃でコックピット内の右モニターがひび割れ破片がはじけ飛んだ。コンソールがショートしたようで、噴き出す黒煙に思わずマニックスは顔をかばう。
倒れ込むジムを尻目に体勢を立て直した《グフ・カスタム》は、爆砕ボルトに点火し背中のバックパックをパージした。増設分のスラスターを排した背中に通常のグフタイプと同様のスラスターが露わになる。
「使えぬなら捨てるまで。貴様らを屠る程度ならこれで―十分‼」
ぎらり、とグフのモノアイが離れた四号機を捉えた。残っている脚部増設スラスターを展開させ、一気に加速する。
「来るなぁぁ‼」
もはや恐怖が先に立つ。照準が定まらない。対峙するグフがなぜか巨大な何かに思えた。それほどのプレッシャー。迫る悪鬼にたまらず背を向ける。―戦ってはいけないと本能がそう告げていた。
「戦場で敵に背を向けるなど‼」
腰横から大ぶりの剣を右手に抜き放ち、左手を逃げるジムへ差し向ける。鋭い駆動音とともに左手首から細身の刀身が射出された。
刀身にはワイヤーが接続されており、そのアンカーがジャンプの体勢に入っていたジムの左肩を捉えた。
貫通した刀身が一部展開し
右手に持った剣を地面に突き立てると、左腕部の内部機構が激しく駆動しワイヤーを巻き取り始めた。グフの体は慣性で前へ引っ張られるが、突き立てたソードで地面を砕きながら持ちこたえる。
左半身を引かれバランスを失ったジムは突き飛ばされるように引き寄せられてきた。
ジムの体が地面を離れた瞬間、アンカーの接続された左手を自身の右へ手繰り寄せる。同時に、突き立てたソードを引き抜き左下段に構え直した。
両手を交差させる格好。
刹那―
二つの機体が交錯した。グフが勢いよく両手を振りぬく。空中で成す術もなく肢体をさらしたジムは腰から両断され、分かれた体はそれぞれグフの左右で爆発した。
アンカーが蛇のように空中をのたうちながら、しゅるり、と手首へ収納された。
「ちくしょおおおおおおおおおおおお」
マニックスの悲痛な叫びが周囲に響いた。届くはずもない頭部のバルカンを撃ち放ち、その顔横から大量の薬莢を吐き出す。
叫びの中でそれすらも撃ちきると、排莢機構がむなしく空転した。地面から上半身だけを起こした満身創痍のジムはこれで武装の全てを失った。
「動けよ‼このポンコツが」
必死に操作するが、駆動系すら反応しない。機体の脚一つ動かせない中、重々しい足音がこちらへ近づいてくるのが聞こえる。
「―腐りゆく連邦に属するには」
無線から響く冷声。コックピット内の正面モニターもあちこちがひび割れ、ほとんどが映らない。唯一割れず残ったパネルに上から、見下ろすモノアイの眼光が映りこんだ。
「おしい腕だった」
悪鬼が、ジムの正面で立ち止る。
「我々の行く正義の礎となれ」
「この化け物が」
処刑を行うかのように重々しく振り上げられる剣を、マニックスは睨みあげたまま毒づいた。出血が流れ込み、潰れて無い方の目でモニターの横を見やると、写真の中に笑う家族の事を思った。
―その刹那。静かな雪の大地の静寂を一つの銃撃が切り裂いた。
ライフル機構内の小爆発とともに発射される弾丸は、その銃身内の螺旋に沿って回転を始める。吐き出された弾丸はその回転力を保持したまま目標に向かって突き進む。
空を切る音とともに飛来した弾丸は今まさに振り下ろされる寸前の剣をはじき飛ばした。
「なんだと―」
灰の《グフ・カスタム》を駆るオールドマンが振り返った先。
機構がスライドし、はじき出される空の薬莢が弧を描いた。まだ煙立ち上る銃口とともにこちらを見据える蒼の機体は。
「無事か⁉マニックス軍曹」
ハークレイ少尉の声が無線に響いた。
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[施設敷地内 南側 ジムスナイパーⅡ コックピット内]
続けてもう一射、グフへ向かって発砲する。遮蔽物がない状況は不利と察したのかグフがマニックスの機体から離れた。
ハークレイは膝をついていた機体を立ち上がらせると、バックパックから噴射剤を吐き出し機体をジャンプさせた。
マニックスのジムの傍らへと着地する。
対して向こうのグフはこちらを睨んだまま、脚部のスラスターを使って距離を取った。
飛び退った程度であの機動性とは。しかし、今はともかく―。
「応答しろマニックス軍曹」
「…生きてるよ、おかげさまでな。」
無線に返答があった。弱弱しくはあるが無事なようだ。
「他の皆はどうした?」
「やられちまった。奴だ。すまねぇ…オレがいながら」
「…そうか」
改めてグフにメインカメラを向ける。向こうもこちらを見据えたまま、傍らに突き刺さった剣を引き抜いたところだった。
「動かないようなら機体を捨てて脱出しろ。この座標はすでに本部に送信済みだ。もうすぐ応援が来る。オレが奴を足止めする」
「了解。…奴は尋常じゃない。無理はするなよ、隊長」
通信が途切れた。伏せったジムを背後に背負う形でグフに向き直る。
「―ディビット・オールドマンだな」
腹の中に渦巻く感情を理性で押し殺しながらながら問う。
「ああ、そうだ。…もっとも戦場で名など意味を持たぬが」
「この一連の事件、これは一体どういうことだ。あなたには説明の義務がある。おとなしく投降しろ」
スナイパーライフルの銃口をまっすぐに突きつける。
「戯言を」
「繰り返す。軍法会議に出廷し、一連の事件について証言する義務がある」
「軍法会議だと…?笑わせるな。今の連邦に善悪を裁くことなど、できるはずもない」
「―どういう意味だ」
目的は読めないが、今は時間を稼ぐ必要がある。少しでも喋らせる事ができれば。
「若き士官よ、貴殿も一年戦争におけるジオンの悪逆は知っているだろう。人類史に残る悪夢、コロニー落としを。現に、今まさにこの瞬間にもそれを行った連中は生き残っている。残党として、この世界のどこかでのさばっているのだ」
無線から淡々と聞こえていた言葉に鋭さが増していく。冷たい刃物を突き付けられたような妙なプレッシャー。
「今の連邦には奴らを狩り尽す気などないのだ。組織の中にいる限り私の悲願の成就はあり得ない‼」
「そんなことは―」
無い、と言い切れずに言いよどむ。
「今の連邦の上層は選民思想に傾倒している。スペースノイド、アースノイドなどと、あんなものは残党狩りの皮を被っただけの偽善者たちだ。正義の名を借りて、自分たちに都合の悪い存在を抹殺しようとしているだけの狭量な輩に過ぎん。本当の正義を為したいならば、今を生きる人類すべてを思うなら、ジオンを一人残らず撃滅しなければならないのだ‼」
言っていることは間違ってはいない。ただ…一つだけ、解せないものがある。自分の中の理性が少しずつ綻んでいくのを感じる。
「そのために、同胞を…オレの部下をも殺したのか」
静かに怒りがこみ上げる。
「これから行く私の道行は血塗れになるだろう。しかし軍人の本懐を遂げるためには、少数の犠牲は仕方のない事だ」
「少数…だと…?どの口が軍人の本懐などと語るんだ‼あなたのその機体は?今まさに討とうとしているジオンの力じゃないか。そんなものに頼ってまで正義を語るのか‼」
「この数年間、北の大地でひたすらに時を持っていた。正義を行うには力がいる。水面下で動くために自らが拿捕した機体を集め独自に戦力を整えたまでの事。振るう剣の見てくれなど関係ない。人々が求めるものは結果だ」
オールドマンが続ける。
「上層の異変を感じ取った一部は、あろうことかジオンの残党と通じ始めている。私は理由がどうあれ、人類史最悪の虐殺を行った奴らを許す気はない。目先の事しか考えていない連邦は、この先二つに割れるだろう。しかしそのどちらにも私の正義は無いのだ‼私は私のやり方で正義を貫く。立ち塞がる者は何であれ全力を持って排除する‼」
《グフ・カスタム》が剣の切っ先をこちらへ差し向ける。
時間稼ぎの事など、もうどうでもいい。理性ではない何かが自分を突き動かす。
「軍人の矜持は…守る事だ。たとえどのような命でも救う義務がある。力を持った我々は、その使い方を間違ってはいけない。力でのみ成される正義が正しいはずが無い‼少なくとも、オレはそんなものは認めない‼」
ライフルの照準を佇む悪鬼へと合わせる。対峙した両者の中央、ずっと離れた山際に明るい光のラインが走る。太陽が差す光が薄暗い夜明けの空に境界を描く。差し込んだ光が二つの巨体を頭の先から照らし始める。
「その甘さがやがて全てを殺すのだ」
「やってみなければ分からない」
「―承知した。貴殿を撃墜する」