機動戦士ガンダム外伝「細雪舞う記憶の彼方」 U.C.0083-0086 作:そらむし
蒼の《ジム・スナイパーⅡ》を駆るハークレイの正義。
決して交わらない2人がついに交錯する。
そして、剣戟を見上げる小さな二つの瞳。
それぞれの戦いが最終局面へと加速する。
「きれい…」
目の前で繰り広げられる二体の巨人による剣戟。朝日に照らされ、ダイヤモンドダストを纏うその姿に、何も言葉が出なかった。しかし、2つの小さな瞳が見上げるのも束の間。
―それは突然に起きた。
隣から聞こえた悲鳴。見ると彼女が頭を抱えてうずくまっている。
「大丈―⁉」
彼女の肩に手をかけた瞬間。引き込まれるような感覚とともに、視界が暗転した。
眼を開くと、無限に広がる暗闇があった。まだ目を
周りには何もない。必死に彼女を探すが、周囲には誰もいない。この空間に放り出されたのは自分一人だけだった。
―背後からの轟音。
振り向くと
その戦闘機に追いすがるように一つ目の巨人が一機、駆け抜けていく。目でその軌跡を追うと、巨大な壁に沿うようにその姿を消した。首を折れんばかりに見上げると、目の前に現れたその人工物が巨大な構造物であることに気付く。自分はこれをよく知っていた。
スペースコロニー・アイランドイフィッシュ。
ふと気づくと、周りが光にあふれている。暗闇に線を引くようなスラスタ―光。音もなく、その身を散らせる爆発光。青い地球を目前にした宙域。―ここは戦場だった。
『ダメだ‼機動性が違いすぎる‼こちら
『撤退って言ってもどこに引けばいいんだ?―ちくしょう、まただ‼あの一つ目め‼』
『ケツにつかれたっ‼振りきれない‼誰か‼誰かぁー‼』
戦場は混沌を極めていた。
ミノフスキー粒子のせいでノイズが乗った無線は先刻から指揮系統の役割を維持できていない。代わりに、戦場の只中の断末魔を拾い上げていた。
「こちら
「こちら
一機の戦闘機が横に並走した。コロニーに取り付けられた核パルスエンジンの破壊ミッションのために出撃し、3度目のトライを終了したところだった。敵の防衛網の戦力は数だけ見れば大したことは無いが、問題はその中身だった。人型機動兵器モビルスーツ。その圧倒的な機動性は地球連邦軍の戦闘機を遥かに凌駕していた。
「潮時か。W002、母艦まで撤退しろ。残された時間はわずかだが、私はもう一度敵包囲網を抜け、目標へアプローチする」
「そんな―⁉単機では無理です」
「我々の背中には地球が、そこに住まう人々がいる。軍人の本懐は守る事なのだ。ここは引けない。何より―地球には家族がいるしな」
「では私も同行します。私も軍人です」
「お前はまだ若い。この戦いが終わった後を見据えるのだ。一つ目との交戦データは貴重だ。命令する。この戦場で散った仲間の分まで生きて、次に伝えろ」
「しかし―」
「安心しろ。私は死に行くのではない。軍人の責務を果たしに行くだけだ。―また後で会おう」
スロットルを押し込むと、W002を振り切るように加速する。
無線が不明瞭だ。ミノフスキー粒子のせいでレーダーもろくに使えない。頼れるのは自分の目と長年培われた勘のみ。
―正面に人影を捉えた。
ぽつりとあったそれは、加速とともに大きさを増す。遠近感の捉えづらい宇宙では、遠目だとモビルスーツを人と錯覚する。しかしその頭部に、明確に悪意あるモノアイがぎろりとこちらを睨んだ。
―ヘッドオン。
機首をまっすぐに向け、機銃を掃射する。対応が一歩遅れた一つ目は回避する動きをとった。機体をロールさせ、そのまま相手の真横をすり抜ける。
「ついて来い」
操縦桿を目いっぱいに引くと、機体の機首が跳ね上がった。垂直に上昇加速する。
バルカンを放ちつつ、一つ目がそれに追随してくるのを背後に感じると、さらにスロットルを押し込んだ。
―一転。
スロットルを一気に引き下げ、エアブレーキを操作する。機首横からスラスターが起き上がり、進行方向に逆噴射をかけた。
はじかれたように失速した機体はその場で宙返りする形となる。右足を踏み込むと機体後方のベクターノズル絞られ、空中機動にひねりが入る。下から迫ってくる一つ目に対して、一番投影面積の小さい側面を向ける軌道。追いすがるように一つ目から放たれたバルカンは機体の上下へ逸れていった。
「―沈め」
下側へ捻りこみ、その機首が一つ目を捉える。刹那、機銃から出た二つの火線が目の前の巨人を爆発させる。爆炎の中をくぐると、機体の両翼にその残火が尾を引いた。
「どけ‼お前たちの相手をしている時間は無い‼」
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スペースコロニー後方、核パルスエンジンを視認した。相変わらず無線は不明瞭でノイズを伝えてくるばかりだった。一瞬、自分の名を呼ばれた気がしたが―おそらく気のせいだろう。
まだあきらめていない戦闘機が何機か残っていた。散発的にだが、それぞれ敵を引き付けている。
「皆、その身を賭しても守る物があるという事か」
ここからでも見える青い地球を一瞥し、機体を加速させ、敵の包囲網へと突っ込む。核パルスエンジンに取りつくことができれば―。
二体の敵機がこちらへ気づき、発砲してきた。放たれたバズーカはガスの尾を引いてこちらに向かってくるが、あえてそちらに機首を向ける。機銃でそれを破壊すると、爆炎を目くらましにして一気に距離を詰める。
一つしかない目に、驚愕の色が浮かんだ気がした。それを尻目に、追い抜きざまに後方へミサイルを見舞う。片方の爆発にもう一機も巻き込まれたようだったが、振り返って確認することもなく、ひたすらに加速した。
もはや敵に構っている時間は無い。包囲網の穴を見つけ、ひたすらに火線をかいくぐりながら目標へ肉薄する。上下、左右が目まぐるしく入れ替わる視界。後方に3機背負う形になりながら、ついに射程にそれを捉えた。
巨大な構造物はもはや接近しすぎて壁にしか思えない。そこへ取り付けられた目標、核パルスエンジン。機体に残っているミサイルは熱誘導式のもので、あれ以上の熱源はないだろう。
祈るようにボタンを押し込んだ。
機体の両翼から4つのミサイルが放たれ、まっすぐに突き進む。
目標のすぐ間近にいる直掩機が気付いたようだがすべてのミサイルは止められまい。これで―。
見届ける視線の先、四つのミサイルに火線が集中するが、そう捉え切れるものではない。一つ、二つと破壊されていくが、二つが最終防衛網を抜ける。
しかしいち早く、それを察知していた一つ目がいた。迎撃をかけていた手を止め、突進するミサイルに対して加速する。
―まさか。
「やめろぉぉぉぉぉっ」
叫ぶのもむなしくその身をミサイルの進行方向へ投げ出した。眩い光とともにその機体が爆発した。誘爆した核融合炉は大きな衝撃を生み出し、残りのミサイルもすべて誘爆させた。体当たりによる確実な迎撃。
「そうまでして―そうまでして、コロニーを落としたいのか⁉人を殺したいのか‼貴様たちは‼」
叫びながら操縦桿を引く。もはや残る武装は機銃しかない、こうなったら、こちらも特攻をかける。
「そちらが命がけで奪いたいというならば、こちらは命がけで守るまでだ‼」
機首を向けなおした途端、接近アラートが鳴り響いた。後ろに背負っていた一つ目に追いつかれていた。キャノピーから見上げたもはや目と鼻の先、ヒートホークを振りかざしたモノアイと目が合う。
「なんだと⁉」
一瞬が引き伸ばされた中、もはや打てる手は存在しなかった。こんなところで―。
刹那、コンソールにもう一つの接近警報が鳴り響く。ミノフスキー粒子下でもレーダーに表示されるほどの近距離、こちらへ急速に近づく反応。それは―。
「隊長ぉぉぉぉぉっ」
W002が今まさに熱斧を振りかざす一つ目の背中に体当たりを敢行した。寸前、かろうじて
「すみません―」
という声が無線に入った気がした。
一つ目を巻き込んだ爆風に煽られ、機体が弾き飛ばされる。ようやく姿勢を立て直し、状況を把握するが、W002と一つ目の残骸が浮かぶばかりだった。
「馬鹿野郎‼なぜ―⁉」
顔を上げ、見まわした戦場に違和感を感じる。―戦闘の光が止んでいる。
「一体―?」
そこへ無線が入った。もっとも恐れていた、その内容。
『阻止限界点突破‼繰り返す阻止限界点突破‼』
「まさか…」
周りの一つ目も戦闘をやめ、満足そうにコロニーを見送る。―戦闘が、時が止まったような不思議な静寂。全てが、慣性に身を任せ流れていく。
「嘘だ…やめてくれ…」
青い地球へ向かって手を伸ばす。ノーマルスーツの首からかけられたドックタグが宙に浮かぶ。その鎖にはロケットが繋がれており、開いたその中にはオーストラリアに残してきた妻と8歳になる娘が笑っていた。
「ああ…そこには家族がいるんだ。なんでもする…私は、私は……あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
耳をつんざくような絶叫。悲嘆と後悔、様々なものが入り混じる叫び。キャノピーの内側を拳で叩く。家族がいる星すら、部下すら守れない自分。
「―満足か?貴様らは‼貴様らがぁああああああああああああああああああああああああ」
機銃を撃ち放つ。
満足そうに宙を漂う一つ目は抵抗もなく次々に撃墜されていく。役目は終わったと言わんばかりに。こちらの無力さをあざ笑うかのように。
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締め付けられるような胸の痛み。感じた事の無い絶望が自分の中に入ってくる。遠くから聞こえる剣戟と地響き。気がつくと、宇宙空間はどこにもなく、白一色の大地に元の通りに立っていた。音が一気にクリアになる。現実に引き戻された感覚。
―誰かの絶望が、この戦場にいる誰かの強い思念が感応したのか。
「うう…」
目の前でうずくまる少女は深刻なダメージを受けていた。紛い物の自分とは違い、かなり深い所まで感応したようだ。あまり変わらない背丈で、彼女の頭を胸に抱く。
蒼と灰の巨躯が舞う戦場を見上げる。
―彼女だけは守って見せる
<続く>