そうなん△   作:オリスケ

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第12話

 訪れた本当の静寂は、すでにひび割れていた私の心を、たやすく打ち砕いた。

 なでしこはもう、一言も喋らない。顔を背け、たき火を背にうずくまっている。

 死んだように動かない背中。そこから放たれる明確な拒絶の意志に、私の精神は凍り付く。

 

 

「……ごはん、できたよ。なでしこ」

 

 

 食事の時だけ、なでしこはたき火の方を向く。

 魂の抜けた表情は一気に何歳も年をとったようで、直視する事を拒む。一方のなでしこは、まるで私なんていないかのように、黙って器を取り、背を向けて汁をすする。

 最後の焼き肉のタレを湯に溶かしたスープ。とうとう調味料すらも底をついてしまった。それに今更、嘆く気も起きない。

 

 

 日が落ち、やがて夜が来る。辺りが闇に包まれ、身を切るような冷たさが、一層深まる。

 なでしこの背中から、白い光が漏れている。なでしこはケータイを開いて、何かを見ているらしかった。

 ここからは、画面もなでしこの顔も見れない。ただ、点いては消える画面の光で、彼女が今も生きている事を知るだけだ。

 ……何を見ているんだろう。私みたいな奴に、教えてくれる筈ないけど。

 

 

 視界が霞む。意識が朦朧とする。

 お腹が空いて苦しい。

 寒い。寒い。たき火は顔を痛めるばかりで、心が寒い。

 眠気など来ない。耐え難い空腹と、ちぎれるような冷たさが、私の身体を静かに打ちのめす。

 何をするのも怖くて、苦しい。

 ただ、何もせず、火を見つめ続けることしか……。

 

 

「……」

 

 

 ――私は、どうしようもない馬鹿だ。

 

 

 足を折って、無理矢理に元に戻されたなでしこが、苦しんでいない筈がないだろう。

 食いしん坊な彼女が、ほんの少しの肉で不満一つも漏らさなかった事に、何の疑問も沸かなかったのか?

 たかがシュラフのあるなしで、冬の寒さが変わるとでも?

 同じ時間を過ごして、同じ苦しみを分かちあっているのに。

 なでしこが元気だと、本気で勘違いしていたのか?

 悲しいのは自分だけと思いこんでいたのか?

 元気に振る舞うなでしこに、私の苦しみも知らずにと憤っていたのか?

 

 

 恥ずかしい。情けない。

 愚か者だ。見下げ果てた愚図だ。

 何を見ていたんだ。何を考えていたんだ。

 救いようのない。私は、本当に、どうしようもない馬鹿だ。

 

 

 馬鹿な私は、なでしこを傷つけてしまった。

 助かるかもしれないという希望は、なでしこが必死になって、絶やさないようにしてきた火だった。

 その火は、もうない。

 私が消した。身勝手に絶望して、相手の気持ちも考えずに打ちひしがれて、なでしこの最後の希望をへし折り続けた。

 この絶望は、浅ましい私への罰だ。

 私はここで、飢えて凍えて死ぬ。大切な友達を傷つけて、絶望にたたき込んだまま。

 なでしこの笑顔を二度と見れず、修復できない溝を抱えたまま、"独りぼっちの二人"で死ぬ。

 

 

 

「っ……」

 

 

 私には、嫌だと思う事すら許されない。

 嗚咽すら漏らせず、静かに涙がこぼれ落ちる。

 

 

 怖い。寂しい。死にたくない。死にたくない。

 一人になって今更、押し潰されそうになる。

 達観した気持ちなんて嘘だった。諦めて、死を受け入れるなんてできなかった。

 私はただ、なでしこに全部押しつけて、甘えていただけだった。

 今魂を滅多打ちにするのは、私が気づきもせずにはぐらかしていた恐怖だ。

 なでしこが必死に笑顔を作って耐えていた絶望だ。

 それを全部、私がぶち壊したんだ。

 

 

 死ぬべきなのは、私だ。

 あんな酷い事を言う奴は、この世から消えてしまえばいいんだ。

 死ね、愚図。死んでしまえ。

 愚かな私には、独りぼっちの死がお似合いだ。

 地獄に落ちてしまえばいいんだ。

 苦しい。辛い。辛い。

 涙が後から後から、零れ出てくる。

 出す資格のない情けない弱音が、心の中で反響する。

 

 

 辛いよ、なでしこ……。

 死にたく、ないよ……。

 

 

 二人に開いた亀裂は余りに深く、謝る事すら許されていない。

 それでも、私は見苦しく、なでしこを求めてしまう。

 一人だと押し潰されてしまうから。怖くて怖くてどうしようもなくなってしまうから。

 こんな中で、なでしこは笑ってたのか?

 ごめん、なでしこ。気づいてあげられなくてごめん。

 私が馬鹿だった。どうしようもない屑だったよ。

 だから、どうか謝らせて欲しい。許して欲しい。

 ちゃんとお話できなくてごめん。ひどい事言ってごめんと、どうか謝らせて。

 

 

 そして、また笑顔を見せて。

 寂しいよ、なでしこ。

 嫌だよ。なでしこに嫌われたまま死ぬなんて。

 こんな近くにいるのに、離ればなれなんて。

 一人は辛いよ、なでしこ。

 死にたくないよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自虐と、謝罪と、絶望。

 絶え間ない自己嫌悪と恐怖がぐるぐると渦巻いて、私の心を黒い渦の中に溶かしていく。

 火傷した頬を涙が伝い、塩の線を引く。いつの間にか朝を迎えていた。

 思考が霞む。たき火が淡い光の粒になって視界を漂う。

 魂が身体から引き抜かれるような感覚がして、その度に、痛いほどの空腹に呼び戻される。

 地獄のループ。感覚が朧気になるのに、苦痛はますます存在感を強め、私をいじめ抜く。

 それなのに、死はまだ来ない。目の前に佇んだまま、私が苦しむのを楽しんでいるように感じた。

 

 

 死の虚脱感と、生の苦しみ。意識が離れ、引き戻される。極限状態の私の魂が、やじろべえのように行ったり来たりを繰り返す。

 瞼が痙攣し、ピントがうまく合わない。そんな私の目は、自然となでしこの方に向いた。

 横に寝ころんだなでしこは、あれから身じろぎ一つしていない。いつの間にか脱ぎ捨てたシュラフが、そこらに転がっている。

 

 

「……」

 

 

 

 

 ――なでしこだけでも、生きて欲しい。

 

 

 絶命間際の私の頭の中は、混沌の果てに、その考えにたどり着いていた。

 どんな言葉で謝ったって、なでしこは私を許してくれないだろう。

 私は許されないまま、死んでしまうだろう。

 

 

 ……けれど、なでしこは違う。

 なでしこはいい奴だ。二度と笑ってくれなくても、最高の友達だ。

 いつでも明るくて、皆を幸せにできる奴だ。

 彼女は、こんな状態でも諦めなかった。こんなどうしようもない私を助けようと、気丈に振る舞ってくれた。

 生き残ることを願い、楽しい日常に戻ることを夢見ていた。

 

 

 なでしこが、ここで死んでいいわけがない。

 なでしこの願いを叶えたいと、心の底から思った。

 せめてもの罪滅ぼしに、私はなでしこを助けたかった。

 

 

 

 

 ピクピクと痙攣する瞼を持ち上げ、私は眼球を動かす。

 たき火を挟んだ反対側に、薪割り斧が落ちていた。

 沢山薪を割ってくたびれた鈍色が、朝の光を受けて白く輝いている。

 

 

「……」

 

 

 きっと。

 とても苦労するし、凄く痛むだろう。

 腕も、足も、何回も叩きつけないと、骨は折れないに違いない。

 

 

 やるなら、そう、頭がいい。斧を木にくくりつけて、頭突きしてやるのだ。

 三回くらい思い切りやれば、頭蓋骨だって割れるだろう。

 

 

「……」

 

 

 馬鹿げた考え。

 けれど、それをすれば……なでしこは生きてくれるだろうか。

 愚かな私の、罪滅ぼしになるだろうか。

 どうしようもない愚図な私の代わりに、幸せになってくれるだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ねえ、なでしこ。

 私を使って、生きてくれる?

 

 

 




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感想へのお返事はできていませんが、とても嬉しいです。執筆の原動力になります。





最後までお付き合いいただけると幸いです。
もう少しで、おしまいです。
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