そうなん△   作:オリスケ

6 / 16
ただでさえ読む気が失せる内容なのに、更新さえ遅いとか……
本当に申し訳ないと思っている(メタルマン並感)


書き出した以上、終わらせないのはいけない。



6

「――ん」

 

 

 瞼の裏側に、早朝の銀色の光が透けてくる。重い瞼を持ち上げると、たき火の燃えさしが目に止まる。火はずっと前に消えていたのか、もう煙すら上がっていない。

 冬の山の朝は絶対零度だった。瞼に霜が乗っているのか、瞬きをする度にパチパチと小さな刺激が走る。

 身体が冷え切っていた。白い息を吐き出す唇が震えている。飲み水のために、大事なシュラフを壊してしまったツケだ。ブランケットの防寒機能なんてたかが知れている。

 あと数時間このままでいたら凍死してしまうかもしれなかった。次からは、薪はもっと沢山くべておかなければ。

 

 

「……水は、どうなったかな」

 

 

 生命線のシュラフを犠牲にしたのだ。上手くいってくれなければ、困る。

 一度目覚めると、容赦ない冷たさが肺を通り、身体を内側から冷やして意識を覚醒させる。不自然な体勢で寝たせいか、動く度に間接が軋んで、ひどく堪えた。

 

 

 幸いにも、即席で用意した水の調達方法は、しっかりと機能してくれた。置いていた鍋の八割程が水で満たされ、薄い氷の膜を張っている。漏斗状になったテントの天幕の先端には、大きなつららができていて、澄んだ水滴がポタポタと鍋に落ちていた。

 胸の支えが取れた気分だった。少なくとも、これで喉が渇いて死ぬ事はなくなったのだ。

 私は急いでなでしこに駆け寄ると、みのむしみたいに丸まったなでしこを揺すり起こす。

 

 

「やったよ、なでしこ! うまくいったぞ!」

「ひゅわあああ!? 痛たああい!?」

「あああごめん! 嬉しくて、つい……」

 

 

 本気で痛がるなでしこに、私の心臓がぎゅっと縮こまった。

 水が手に入った喜びは、なでしこの目に浮かんだ涙で、たちまち雲散霧消する。浮かれていたとは言え、流石に迂闊すぎたと、私は自分を戒める。

 

 

 

 

 心優しいなでしこは、私の謝罪を何のてらいもなく受け入れ、水が手に入ったという報告を心から喜んでくれた。私の倍以上に喜んでくれる姿に、何となく救われた思いを抱く。

 新しく作ったたき火で、朝食のスープを作った。クーラーボックスの肉を半パックに、味付けは焼き肉のタレのみ。あんまりにも味気ないスープだったが、一口飲み込むと、身体の内側にぽうと火が灯り、冷えて固まっていた内臓や筋肉が解れていく。温かいスープに、全身が喜んでいるようだった。

 

 

「生き返るねえ、リンちゃん」

「ああ……ホント、生き返る」

 

 

 にへ~と笑うなでしこに、私も小さく笑い返す。

 相変わらず凍えるほどの寒さだったが、見上げた空は青く、さんさんとした日差しが射し込んでいた。日なたに身体を投げ出すと、じんわりと熱が身体の外側に染みてくる。

 穏やかな朝だった。もしキャンプ場でこんな朝を迎えられたら、最高の一日の始まりになったことだろう。

 

 

「んー。ケータイ、やっぱり圏外だね」

 

 

 寝転んだなでしこが、青空にケータイを翳してぷらぷらと振る。

 

 

「ちょっとこのあたり散歩したら繋がるとか……ないかな、やっぱり」

「ないんじゃないかな……なあ、なでしこ」

「どうしたの、リンちゃん?」

「なんで、こんな近いの?」

 

 

 ケータイを上空にかざしたなでしこの顔が、私の超至近距離にあった。

 なでしこはわざわざ、ほっぺたがくっつく程の距離まで近づいて、私と並んで横になっている。ケータイをふりふりと振る度に、服が擦れてこそばゆい感触がする。

 

 

「ホラ、電波が繋がれば、みんなにメッセージを送れるでしょ?」

「そこはまず119じゃ……うん、そうだな。それで?」

「そうしたら、皆に『遭難なう』って写真を送ろうと思って」

「元気すぎかよ」

 

 

 条件反射的に突っ込んでしまうも、なでしこはどこまでも本気だった。

 

 

「だって、あきちゃんもあおいちゃんもえなちゃんも、みんなすっごく心配してるし、私たちの事を気にしてると思うよ。どこで何してるのかって」

 

 

 ビー玉のような澄んだ目が私を見つめ、柔らかく微笑んでくる。

 

 

「だから、帰ったらすっごくお話しないといけないんだよ!」

「……え?」

「きっと、質問攻めにあっちゃうよ。一日話したって終わらないよ。どんな風に過ごしたのか、どうやって帰ってきたか、全部話してたらすっごく大変なんだから!」

 

 

 屈託の無い笑顔が、なでしこが本気でそう思っていることを教えてくれる。

 生き残るかどうか、助けが来るかどうか。

 そんな薄暗い賭け事なんて微塵も考えずに、なでしこは『その後』の事を考えているのだ。

 

 

 私が言葉を失っている内に、なでしこはぐっと体を寄せてきた。私の反対側の肩を掴んで、引き寄せる。

 お餅のように柔らかいほっぺたが重なる。私の心臓がどきんと跳ねた。

 

 

「はい、チーズ!」

 

 

 何か言う間もなく、なでしこはケータイのインカメラでシャッターを切った。

 画面には、笑顔でピースを作るなでしこに、訳も分からず目を丸くした私の、少し赤くなった顔。

 その写真を大事そうに眺めて、なでしこは笑った。

 いつもの通り、屈託無く。どこかも分からない山間の、押し潰されそうな静寂の中で。

 

 

「ちゃんと皆に伝えないと。わたしたち、こんなに大変な目に遭って、リンちゃんはこんなに頑張ったんだって!」

「……」

 

 

 腹の底が震えた気がした。

 訳も無く感極まって、涙が出る代わりに、身体の中の悪いものが全部吹き飛ばされたように感じられる。

 必ず助かるとか、きっと生きて帰るとか、そんな励ましさえ馬鹿らしく感じられる。

 この時私は、本当に、心の底から、彼女の友達になれて良かったと思えた。

 そんな万感の思いを胸に、私もいつも通りに、溜息と一緒に唇を綻ばせる。仕方ないなぁと、困ったように。

 

 

「……だな」

「でしょ? 遭難なんて、そうそうできる事じゃないもんね!」

「そうそうあってたまるか」

「あはは……ね、リンちゃんのケータイも貸して」

 

 

 そうして、なでしこは私のケータイでも、同じように写真を撮った。今度は私もぶきっちょに笑って、胸の横でピースを作って。

 

 

「電波がないと写真も送れないから……これでおそろいだね、リンちゃん」

 

 

 なでしこの満面の笑みと、対照的な自分の固い笑顔。

 表情は違うけれど、二人のケータイに、同じ写真が入っている。

 深くは言わなかったけれど、これはきっとお守りなのだろう。

 生きて帰れるように、ずっと笑っていられるようにと、なでしこの優しさが詰まったプレゼントだ。

 私は待ち受けにその写真を選んだ。いつか本当に電波が通った時のために電源は切っていたけれど、時々、思い出したようには起動して、その写真を眺めた。

 

 

 

 

 二人の笑顔が見られる内に、きっと帰れるという願いを込めて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――その日は、それ以上何も起こらなかった。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。