月明りが陽光よりも物事を明らかとするように覚(おぼ)ゆることがあるのは、色濃い影を生じぬからであろう。
明暗に区別が生じぬ故に、より全容が詳(つまび)らかとなることもある。
「本年度伍個伝筆頭刀使の衛藤可奈美様とお見受け致します」
そうと声をかけられたのは、闇と光が限りなく混然とする、そのような月の夜道であった。
可奈美は一人。
相手も一人。
共に石橋のたもとに立っていた。
何時からあるかも知れぬ、苔むした古い石橋である。
橋下は川であったが、溝と言ってしまってもよいほどの川幅しかない。橋の両端で向き合って声を発しても、対話に差支えはない。その程度の架橋であった。
「貴方は?」
「名乗る程の名を持ちませぬので、秘とするをご容赦下さい」
「ええと。じゃあ、刀使さん。私に何か用かな」
「……勝負一本を所望」
ズラリと、無名の刀使の佩刀が、月光に露わとなる。
(……!)
可奈美の通う美濃関学園は、伍個伝においてもトップクラスの御刀保有数を誇る。可奈美たちはその実力に応じてその貸与を許されており、分けても可奈美は、美濃関学園の至宝とも云うべき千鳥を腰間に帯びる。
可奈美の級友、柳瀬舞衣なども美濃関の名宝、孫六兼元を帯びる。その他、概ね都内に出向してくる刀使たちの保持する御刀を、可奈美はその目で見てきている。
それらに比しても、その無名刀使の佩刀は……
(……業物だ)
その一言に尽きた。
名刀、ではない。業物なのである。
名刀、は見れば分かる。素人目にも明らかな名刀というのは存在するし、可奈美は当の千鳥を帯びた人間だ。
一方業物というのは、斬ってみなければ分からない。然るべき人が定められた試斬を行って、業物かどうかを定める。
しかし稀に、一目で業物と分かる御刀も存在する。目の前の御刀がまさにそれだった。
(触れただけで真っ二つにされそう…)
これ程の御刀を帯びる刀使とは何者なのか。
一体どのような剣を遣(つか)うのか――
(いやいやいや。待て待て待て)
思考が危ない方向に行くところだった。
「試合したいってことだよね。私一応美濃関の生徒だから、学校の監督外で勝手に試合出来ないんだ。練習試合の申し込みだったら……」
伍個伝の伝えは、正しく天下のお留流。他流試合も私闘も禁じられている。
(よしよし。よく言った。よく我慢した衛藤可奈美)
可奈美は内心で、自制心をなでなでする。
「それが、こちらの事情で、学校を通じての試合は出来かねます」
「え」
このようなすげない返事では、折角の自制心も虚しかった。
「……事情って? 今ここで御刀抜き合わせちゃったら、喧嘩と同じになっちゃうし、後ですっごい怒られるんだよ。貴方の学校でも同じだと思うけど…貴方、どこの学校?」
刀使は帯剣するときには基本、制服を着用する。制服を着ずに帯剣すればお巡りさんに職務質問されてしまうのだ。お巡りさんには私服の刑事なんてあるけど、刀使にそれはない。特別祭祀機動隊は、警視庁の機動隊と同様に出動するときは任務中か訓練中かだ。
然るに目の前の無名刀使は、制服を着ていない。
私服で御刀を帯びている。
伍個伝の生徒なら、校則違反であるはずだ。
「学区を名乗ることは出来かねます」
「どうして?」
「今よりの私の行いは、学友や恩師母校に迷惑となるからです」
「やっぱり、喧嘩じゃない。私、喧嘩は嫌い。ね、明日学校に来てよ。そうしたら試合も、させてもらえると思う。私も頼んでみるから」
「それも、出来かねます」
「どうしても、ここでやらなきゃダメなの?」
「はい」
はい、と答えながら無名刀使が斬り込んでくる様子はまるでない。
可奈美が抜き合わせるのを待っているようであった。
このことから、可奈美を斬ることも、可奈美を倒して名を挙げることも目的としていない。
純然たる、業と業、刀と刀の試し合いが目的であると知れる。
正直、それに応じるにやぶさかではない。というか、実のところ、可奈美はとてもわくわくしていた。新陰流衛藤可奈美の名は、刀使のコたちの間ではかなり有名だと思う。それに名指しで挑んできたということは、相応の頼むところがあろう。
その手の業物で、どのように受け、どのように斬るのか。
叶(かな)うのならば、今この場で見てみたい。
「ではこのように致しましょう」
無名刀使は、このようなことを言い出した。
「私は私服で御刀を所持しています。ひょっとしたら不法に所持しているのかもしれません。私は盗人なのかも知れません。衛藤さんはそれを見咎めて職務質問したところ、抵抗された。如何でしょう」
「……私喧嘩は嫌いだけど、嘘も嫌い。ねえ。もう一度聞くけど、今ここでじゃあなきゃ、どうしてもダメなの? 私だって貴方の剣を見てみたい。ホントだよ。だけどこんなじゃ、私も千鳥も気持ちよく試合えないよ」
嘘ではない。本当にそう思っているし、それをそのまま伝えた。
「……分かりました。じゃあ、こう致しましょう」
誠を込めた言葉は、無名刀使の心も動かしたかも知れない。
「一手ご指南下さい、衛藤さん。通りすがりの刀使に、どうしてもと乞われて稽古を付けた、それならば申し訳が立つでしょう」
「……そういうことなら、うん、分かったよ」
真面目な刀使だ、と可奈美は思った。
少し、十条姫和(じゅうじょう・ひより)ちゃんに似ているかも知れない。ちょくじょうけいこう(漢字で書けない)な所とか。
(だから多分、訳があるんだ)
十条姫和にも、相応の理由があったが如く。
そこまで考えるともう放って置けない気持ちに、可奈美はなっていた。
(抜刀……写シ)
無名刀使の佩刀に続き、美濃関の至宝千鳥が、月光に白刃を現わす。
呼吸をするように写シを張ることが出来る者は、伍個伝においても数える程しかいない。
対して、無名刀使は……
「……写シを張ってよ」
千鳥を正眼にとりつつ、可奈美は求める。
無名刀使は写シを行っていない。
やる気がない、ということではない。その手の業物は可奈美に応じ、正眼となっている。
平正眼であった。
相正眼、ということになる。ただし、間合いは遠い。
迅移を行う、刀使の間合いであった。
「写シしないと、怪我じゃすまないよ」
「気遣い無用にて、御頼み申し上げます」
言いつつ、無名刀使はしずしずと、間合いを詰めてくる。
(迅移なら斬り込んでいけるのに……)
迅移が出来ない刀使である、というオチではあるまい。
ではそれをしない、ということに何か意味があるのか。
分からない。
分からないが一つ言えることは、分からないことを考えていては、それは迷いになるということだ。
だから考えないことにした。
(迷った剣で勝てる相手じゃない)
足さばきでもう分かった。
(古流とは違う。全日本剣道連盟流……剣道だ)
国内で広く行われる剣道は、刀使ならば誰でも学ぶ剣である。これを基本としつつ古流の理合を合わせて学び、御刀を手にした後は古流の門派を名乗るのが刀使のスタンダードだ。剣道は基本、竹刀打ちであり、古流は日本刀を用いる為、御刀を取っては古流を名乗るのである。
しかしまれに、剣道の理合を御刀に工夫する強者も存在する。
眼前の相手がまさにそれだ。間違いなく相当な実力者だった。そうでなければ、あのような御刀を手にすることは出来はしない。
(……よし)
可奈美は決断した。
自らも写シを解いたのである。
「……!」
無名刀使は、動揺したようであった。
狙い通りだった。
迅移。一息に踏み込む。狙いは――
「む!」
可奈美の手に御刀は無かった。素手であった。
迅移を行うのに必要な御刀、千鳥は中空を舞っている。事もあろうに、可奈美は白刃を構えた相手目掛けて、御刀を捨てて飛び込んだのだ。
徒手空拳となった左手が柄中を。右手が柄尻を捉えたと見た瞬間、魔法のように、無名刀使の業物は、可奈美の手へと移っていた。
柳生新陰流に見られる、無刀取りの妙技である。
「……!」
無名刀使は、我が刀に拘らなかった。
刀は別にあったからだ。可奈美が投棄した千鳥が地面に落ちる前に、無名刀使は見事ダイレクトに柄中を掴んでいた。
(なんて判断力!)
可奈美は舌を巻く。
簡単にねじり捕れたのは恐らく、掴まれたと思った瞬間手を離したからだ。そうしなければ、ねじられた指をやられかねないと悟ったからだ。そしてなにより、変に抵抗するよりも可奈美の中空に手放した千鳥を取った方が手堅いと判断したからだ。
世にはまだ、このような刀使が居るのか。
(すごい……すごい!)
無名刀使と可奈美はそれぞれの御刀を手に、再び相正眼となる。
数秒前を鏡を映したようであった。
無名刀使と可奈美は、橋を挟んで彼我の位置を入れ替えて正眼に構えていた。ただ、互いの御刀の持ち主が、これも入れ替わっていた。
「……」
「……」
これで双方、写シも迅移も使えなくなった。
完全に互角となったのである。
可奈美は刀使としての業全てを失った。一方可奈美の相手は、ハナからそれを遣(つか)おうとしていなかった。つまり失うものが多い交換劇になったわけだが、可奈美の目は輝いていた。
すごい相手だった。こんな相手とやり合えるんだったら、迅移も写シも安いものだ。写シが無ければ、斬られれば死ぬこととなるわけだが、そんなことはすっかり忘れていた。
そのまま向かい合うこと、幾瞬か。数秒であったか、数分であったか知れぬ時間の後、ふと無名刀使が剣を引く。
(……!?)
なにをしてるんだ、止めるのか、これからじゃないか。
そんな思いが顔に出たのかもしれない。
無名刀使は莞爾と微笑んでいた。
そのままするすると橋のたもと――可奈美がさっき居たところまで下がっていくと、そこで恭しく、千鳥を横たえる。柄を左に向けて横たえれば、それは恭順の印となる。柄を左に置いた刀を掴んでも逆手となってとっさに抜けないし、また相手からは順手となって即座に抜けるからである。
「ありがとうございました」
「あ、ちょっと」
深々と頭を下げて、無名の刀使は無名のまま、茫然とする可奈美に背を向けた。去り行く歩みに、迷いはない。
「ちょっと待って! ねえ貴方の御刀! ねえ!」
可奈美がわめいても、無名刀使のものだった業物を頭の上でぶんぶん振って見せても、とうとう振り向くことはなかった。
***
「……どうして、みんないるの」
「どうしたもこうしたもあるか」
「かなみんがタイホされたっていうから来たデース!」
「いつかやると思ったが、とうとうやったか」
「……カツ丼美味しそう」
「可奈美ちゃん。どうしたの。なにがあったの。怒らないから正直に話して」
「ひどいよ皆!」
最初に可奈美に応じたのは十条姫和で、続いたのは古波蔵エレン(こはぐら・-)。あおっているのは益子薫(ましこ・かおる)、既に関心が食べ物に行っているのは糸見沙耶香(いとみ・さやか)、最後にトドメを刺したのが綾瀬舞衣(あやせ・まい)である。
「わるいな、来るって聞かんでな、こいつら。ま、悪気はないと思うから」
身元引受人となったのは長船女学園学長、兼任刀剣類管理局局長代行の真庭 紗南(まにわ・さな)である。むろん役職上警察に顔が効く。ぶっちゃけ彼女だけで話は済むはずであった。
「これがニホンのポリス! ねえねえこの奥どうなってるデスカ? 見ていイ?」
「おいポリさん。ついでだからこいつに部屋片づけるように言ってくれねーか。他人事でも気になるレベルなんだが」
「いいにおい。カツ丼は好き」
「お前ら出てけ!」
ガラピシャン、と局長代行がなにしに来たか分からない連中を閉め出して、残ったのは駐在と局長代行、姫和、舞衣のみとなる。
「で、何があったんだ? 巡を追って話せ」
「はい。ええと……」
言われるままに、可奈美は一連の顛末を話す。
「それで、そのコ自分の御刀忘れて行っちゃって……ちょっと考えたんだけど、やっぱり返さなきゃって……」
「それで、抜き身を引っ提げて繁華街をのし歩いていて市民に通報された、と」
はああああ、と盛大に溜息を付いたのは姫和である。
「だって! 千鳥の鞘はあるけど、あのコの御刀の鞘は、あのコが持って行っちゃったんだもん!」
「だからといって、抜き身のまま持ってたら銃刀法違反だって、授業でもならったでしょ? 後先考えないのは、可奈美ちゃんの悪い癖よ」
「うう。舞衣ちゃんに言われたら一言もないよ。いつも御免ね、迷惑ばっかり」
「私の時も、そうだったしな」
「あう……舞衣ちゃんには足を向けて寝れません。ほんと御免なさい」
「まあ食え。駐在さんの心づくしが冷めないうちにな。腹減ってんだろ」
「……いただきます」
局長代行に言われるままに、可奈美は、割り箸を割った。
「……で、局長代行。その御刀に心当たりは」
「むう……こいつは之定(のさだ)じゃあないか」
「之定って……あの!?」
「ああ。柄を抜く道具が無いから銘は見れないが、間違いないだろう。新刀の頂点、最上大業物と云われた……」
「「和泉守兼定(いずみのかみかねさだ)!」」
舞衣と姫和が声を揃える。
***
一夜の後、可奈美たちは、スマホのナビを頼りに、見知らぬ下町の通りを歩んでいた。
最初は独りで行くつもりだったが、心配だからと舞衣が同行を申し出、舞衣が行くならと沙耶香がくっつき、舞衣と沙耶香が行くならとエレンと薫がセットで同梱され、全員行くというのに自分だけ行かないのもおかしいからと結局姫和も付いてきた。
つまり結局、腐れ縁の6人が全員雁首そろえることとなったのである。
そうでなくても刀使は人目を引く。
太刀袋にも入れず段平を持ち歩いているのだから当たり前だが、それ以上にこの6人が一緒に歩くと目立つことこの上ない。
第一に古波蔵エレンは中学生女子として並外れた長身である上に金髪碧眼、それが日本刀を持って長女(おさじょ)の制服を着ているのだから、このままコスパに入っていっても違和感がない。
第二に益子薫だが、所持する御刀が登録されている中でも、尺重量共に最大クラスの弥々切(ねねきり)である。これを6人のなかでも小柄な薫がしょって歩いていれば、もう薫が本体なのか弥々切が本体なのかわからない。人が歩いているのか御刀が歩いているのか最早判別し難いレベルである。
異様に衆目を引く長女の二人をさておいても、糸見沙耶香はCGじゃないのかというぐらいの完璧美少女だし、柳瀬舞衣は中学生にして美女という表現が似合うほど大人っぽい。
ついでに言っておくと姫和だって地味に美少女だし――
「……おい。今失礼なことを考えていただろう」
「え! なんで分かるの!」
「本当に考えていたのか!」
「た、タンマタンマ! こんなところで抜かないでぇ!」
6人がさらに悪目立ちするまえに目的地に着いたのは幸いだった。
「ここの筈デス」
個人経営と思しき、小道場であった。
「町道場か。まだこのようなものがあるんだな」
「空手道や、合気道では珍しくないけど、剣道とかは基本、町の体育館とかでやることが多いから……」
一見はどこにでもあるプレハブで、竹刀打ちの音や矢声が聞こえてこなければ、道場とは気づくまい。流儀や道場の名を示す看板のようなものもない。
入口は、サッシの引き戸である。
「たのもー、でいいかな」
「道場破りかw」
「草が生えマース」
「いいから可奈美は黙ってろ」
「ねえ最近、私の扱い酷くない?」
「ノックかな」
「中はお稽古中だし誰も気づかないと思うから…」
結局ごめん下さいと断りを入れて、少しだけ入口を開ける。
中を伺ってみると、建物の見てくれとは対照的に、ピカピカに磨き抜かれた羽目板の上で、豆剣士たちが竹刀を振るっている。
「何かな? 刀使さん」
可奈美たちに気づいたのは入口付近で座っていた、中年男性である。私服であるから、恐らく豆剣士たちの親御さんであろう。
「ここは刀使さんが稽古に来るようなとこじゃないよ。子供だけだからね」
「いえ、稽古じゃあなくて、ここの人に会いに来たんです」
「ここの人?」
「はい。あの、久世勢至(くぜ・せいし)さんは、こちらに?」
***
「久世勢至……菩薩の名を持つ娘か」
和泉守兼定の刀使の名は、特別刀剣類管理局の名簿に、簡単に見つけることが出来た。
端末に映し出された顔写真入りの味気ないデータに、真庭紗南局長代行は、声に出して呟く。
勢至の名の元となったと思われる勢至菩薩は、仏尊の一種である。
聖は悟りを開き、神仏となって天へ登る。剣聖と呼ばれる者たちも、聖の一種であるからには更なる高み、更なる地平を目指し、余人の及ばぬ焉(いず)くかへと旅立っていく。
しかしまれに衆生救済を志し、現世に留まる者も居る。菩薩と云われる者たちがそうである。分けても勢至菩薩は水瓶(すいべい)の冠を頂き、その知恵をもって衆生を救うとされる仏尊であった。
親の子に託した想いが、窺い知れる名であった。
(ま、私らが出る幕じゃあ、ない)
若いもんの面倒は、同じ若いもんに見させるのが一番。
(それでダメなときは、まあダメになった時に考える)
(若いもんのケツをもってやるのが、あたしら大人の務めだからな)
もちろん、ダメと思った奴に仕事を任せるはずもない。
出来ると見たから、やらせているのだ。
(頼んだぞ、衛藤可奈美――)
***
刀使の一般的な年齢は中学生程度で背格好は小学生高学年とさして変わらず、稽古の列に入って仕舞えば、現役刀使であった久世勢至も、目立って大柄というわけではなかった。
それに面小手胴を身に着けていた為、一目で区別は出来なかったのである。
「その節は、どうも」
それが勢至の開口一句であった。
「いつかはばれるだろうと思いましたが、昨日の今日もう現れるとは思いませんでした」
「一応、私たち警察ですから。それより、なんかごめんなさい、稽古中に押しかけちゃって」
人差し指でほっぺを掻きかき、可奈美は苦笑する。
「兼定、それも二代目兼定なんてすごい御刀なんだもん。持ち主は調べればすぐに分かるよ。でも良かった。剣を辞めたわけじゃないんだね」
「はい」
「あんな風に御刀を置くから、もう剣は持たないつもりなんじゃないかと思ったよ。あの後貴方の事追いかけたけど、追いつけなかったから仕方なく……」
「ここを突き止めて、御刀を返しに来た、と」
「うん」
「天下の往来で、本身の刀で貴方を、名指しで襲った私にですか」
「……うん」
「失礼ながら、正気の沙汰とは思いかねます。私が再び御刀を手にしたなら、また貴方に挑むかも知れない。いや見境をなくして、関係のない罪もない人を襲うかもしれない。貴方方は私に任意同行を求めるべきだ。或いは、逮捕するべきだ」
「それは……」
「それは我らも指摘したのだ。可奈美を名指ししたのなら、何等かの意趣があったのではないか。意趣が無いのであれば、それは辻斬りだとな」
可奈美を引き継いだのは十条姫和であった。
姫和は道場の隅で向き合う二人より少々離れた位置で、立ったまま壁に背を預けている。
話が聞こえないほど離れておらず、かといって刀が届くほどには近くない、そのような距離である。
腰間の小烏丸を置いてはいない。要するに、勢至が事を起こせばすぐさま対応出来る間合いを取っているのである
「だが可奈美はこういうのだ。「御刀を左腰にしてるひとに、悪い人はいない!」とな。全く愚かしい」
「愚かしくないよ! ホントのことだもん!」
「これだ。愚かしいと言ったが、この一念にこの十条姫和、救われたことが有る」
先の五校戦の折、試合中に当時の折神家当主、折神紫(おりがみ・ゆかり)を御刀で斬り付けた姫和を咄嗟に救ったのは、可奈美が荒魂を紫の内に見たからというのもあるが、それよりもなによりも、正義でない刀使はいないという一念があったからであろう。
刀使が好きだ、と言い換えてもいい。
「可奈美はな。剣術が好きだし、同じく剣術を好きであろう刀使が好きなのだ。人間、好いたものの為ならば身体を張ることもする。それ故可奈美は刀使と見れば見ず知らずでも力になろうとするのだ。久世勢至、お前が刀使であるならば、可奈美は力になろうとするだろう。止めても無駄だ。何せ当人が好きでやっていることだからな」
「あはは…どんだけ見境ないのかなぁ私。でも言っておくけど、姫和ちゃんのことは、刀使の中でも特別好きだよ」
「ぐ……よくそんなことを人前で臆面もなく言うな全く……」
「だってホントのことだもん」
「噂通りの方のようだ、貴方は」
勢至の耳にどんな噂が耳に入っているのか、ちょっと気になるけどそんなことは後だ。今日ここに来た目的を果たさなければ。
「これ、返す」
改めて向き直った可奈美が、勢至の正面に柄を右手に横たえたのは、和泉守兼定ではなかった。
「……お待ちください」
勢至が即座に右手で抜き打てるよう横たえられているのは、美濃関の名宝、千鳥であったのである。
「お待ちください。それは……それは困ります」
「受け取ってもらわなきゃ私が困るよ」
「しかし……」
可奈美の言わんとするところは明白だ。
本当に千鳥をくれてやろうと言っているのではない。千鳥と之定が主を入れ替えた、あの橋のたもとの立合いの続きをやろうと言っているのである。
もし今勢至が千鳥の柄を右手で掴めば、可奈美は我が手に残った之定を抜く。
そっくりそのまま、あの時の再現の斬り合いが始まるのだ。
「半分はね。私があのままじゃやだって思ったからだよ。でももう半分は、貴方がこういう立合いを望んでるんじゃないかって思ったから」
「……真剣勝負になると、分かって言っているんですか」
真剣にやる、とか真剣勝負とかいう言葉は現代では、真面目にやるというほどの意味に使われるが、本意を伝えるとは言い難い。真剣での決着の意味するところは斬った斬られたであり、互いの死生である。勝負を分けるのは、生死であるのだ。
「分かってる。分かってないかも知れないけど、でもいいの。貴方が御刀を置いていった、その訳をどうしても知りたいと思ったんだもん」
「貴方にとって私は、見ず知らずの刀使の筈」
「見ず知らずでも刀使だもん。放っとけないよ」
「貴方はやはり噂通りの方だ。それに、私の見立て通りの方のようだ。……私がこのような立合いを望んでいると貴方は言った」
「うん」
「……悔いはありません。お借り致します」
久世勢至が、千鳥をその手に掴んだ時、衛藤可奈美の兼定もまた、最上大業物と呼ばれた不吉の刃を、白日のものとしていた。
***
やはりこうなったか、というのが久世勢至の所感だった。
ここに現れたからには立合いにはなるだろう。そう思っていた。怪我人が出るかも知れない。そうだとしても止められぬであろうとも。
子供の相手をしていた舞衣たちも、相手をされていた子供たちまでも、何かを感じ取ったか、粛と事の成り行きを見守っている。
本身で向かい合ったからといって騒ぐ者は居ない。子供から大人に至るまで、ここに在るのは皆、剣人であるのだ。
「んん? 斬る気か?」
「斬らない」
呟いたのは益子薫で、断言したのは糸見沙耶香である。
(流石は糸見沙耶香)
その見立ては正しい。
可奈美は兼定を中段正眼としているが、勢至には分かる。相手を斬ろうという構えではない。
そもそもが、可奈美の剣というのは人を斬ることを念頭としていない。
よって可奈美の剣に殺気はない。相手を斬る、必ず勝つの気迫の代わりに可奈美がその身に沈めるのは斬らない覚悟、その結果我が斬らるるならばそれも善しとする覚悟である。
斬るつもりはない。ただ勢至が斬りやりやすいように、御刀を構えた。そのように見えた。
一方の久世勢至自身は……
(弓矢八幡の御差配か)
そう思わずにはいられない。
今可奈美の手に在る和泉守兼定は、全ての御刀がそうであるように、もともとが、勢至のものではなかったものなのだ。
刀使と御刀には、刀使と御刀の分だけの出会いがあり、関わり合いがある。
思い起こせば、先代兼定と勢至が出会ったのは、あの橋のたもとだった。
「君」
「……はい?」
「君は刀使か?」
「ええ、そうですが」
「いい目をしている」
「……は?」
「これをやろう。要らないなら捨ててくれ」
あの橋のたもとで出会った刀使が、そんなセリフとともに投げて寄越した御刀が、和泉守兼定であったのである。
先代和泉守兼定と言葉を交わしたのは後にも先にもこれが最後で、今どこで何をしているかは全く不明だ。色々聞いて回ってみれば、先代も、そのまた先代も、似たような授受の仕方であったと云うから、兼定の刀使の伝統であるとも言えるかもしれない。
御刀は刀使を選ぶと云うが、兼定に限れば、投げて渡せば事が済んでしまうということらしい。栄えある最上大業物の刀使の名を投げて渡された勢至は、以降それに相応しい力を、大会においうても実地においても示してきた。勢至自身、相応しい刀使となろうと努めてきた。
しかし、努めれば努める程に。
勢至は感じるようになったのだ。
(これは私の力ではない。兼定の力だ)
御刀は使い手を刀剣聖(とうけんひじり)の域へと誘う。写シを行えば突かれようと斬られようと死なず、迅移を行った打ち込みは、人に防げるものではない。
文字通り、世の常の技ではない刀使の技を五個伝に学ぶほどに、違和感は大きくなっていった。
(これは人の力ではない。神の力だ)
やがて違和感は慄(おのの)きへと変わっていく。
刀使として得た技は果たして、己の技なのか。刀使として強くなったとして、 己は果たして、強くなっているのか。強くなっていないとしたならば、己は一体なにをしているのか。
五校戦予選たる選抜戦に、兼定より以前に己の帯びていた名も無き御刀で出場した勢至は初戦で手もなく敗れ、結果確信を得る。
兼定を得て、己は弱くなったのだと。
(そして私は、あの橋に立つようになった。かつて兼定と出会った、あの橋に……)
最初にここを差し掛かった刀使に、兼定を譲ろうと考えたのだ。
むろん己より弱い刀使に譲ってやるつもりはなかったが、予選において一勝も出来なかった己より劣る刀使は居ないだろうとも考えた。
そして……なんたる僥倖か。最初に現れた刀使は、予選で美濃関代表となり、本選を決勝まで進み、その後大荒魂討伐の勲功を挙げた衛藤可奈美であったのである。
天下の衛藤可奈美なら、次代兼定として申し分ない。
(あの橋のたもとで、全てケリは着いた。そう思っていた)
この状況は一体なんであるのか。
兼定を付き返してくるならともかく、真剣取っての果し合いとなろうとは予想だにしなかった。
(あの時の続きをさせてくれるというのか……しかし……)
勢至があの時剣を引いたのは、ああいう形であっても兼定を可奈美に譲るという目的が達せられたのもあるが、一つには、新たな兼定の主を、万が一にも棄損することがあってはならないからであった。
互いに写シを張れなくなった状況でなお続けたとして、そうなれば己が斬ることも、斬られることもあろう。斬れば可奈美の身が傷つくし、斬られれば可奈美の人生が、人血で汚れる。それを避けたのである。
しかし、可奈美は再び現れた。
勢至の事情を知りたい、知って力になりたいと言って、話を聞くのではなく、勢至の望みを叶えたいのだとあの橋の斬り合いの続きに誘(いざな)った。そのために、我が御刀である千鳥を貸すことまでした。
今、可奈美は、昨日まで勢至の御刀であった兼定を構えて、何時でも斬ってこい、どうとでも斬ってこいと待っている。
(この人でよかった)
勢至は思った。
(やはりここは斬られておこう)
斬られてやるより他にない。
(この人に斬られるならば……)
兼定を預かって頂き、その末堂々の立合いの末敗死となれば、勢至は近い未来、衛藤可奈美が再びその名を成した時、共に語り継がれることとなろう。
一介の元刀使として過分なものを頂いた。
(悔いはない)
勢至が瞑目した時であった。
「写シ……」
「……?」
対敵の可奈美が呟いた。いや、唱えたのだ。
あの時のように写シを張れ、と言っているのかと思ったが違った。
可奈美は写シを行うために、「写シ」と唱えたのだ。
むろん、写シは張れていない。千鳥と契約を結んだまま、昨日の今日出会ったばかりの他の御刀に認められるはずもない。そうでなくても御刀を得てよりのち写シが張れるようになるには下手をすれば数年、とうとう張れずに刀使としての生命を終える者もいるのだ。
可奈美と千鳥の域ともなれば、特に注意を払わなくても、抜刀と同時に写シを張ってしまえる。わざわざ写シと口に唱えて張るのは、最初の御刀を手にした時くらいだろう。
「写シ……!」
それを、兼定でやろうとしている。
昨日手にしたばかりの兼定で、可奈美はやろうとしているのだ。
(……む)
可奈美の身に違和感が生じる。水面(みなも)の鏡像の如くこの世に滲み出る、これは確かに写シを張った刀使の気配、と見たのは一瞬でそれはすぐに、幻と消えてしまう。
「写シ……! 写シ!!」
最早呟いているとも唱えているとも言えない。可奈美は叫んでいた。
(何をやっている!)
兼定を構えてはいるが、写シに注力している可奈美は今や気の毒なほどに隙だらけだった。
斬ろうとすれば何時でも斬れる。写シを張れたとしたなら確かに有利。しかし、張るまでに斬られでもしたら全く無意味であろう。
「死ぬ気なのか! 止めろ! おい、止めさせろ!」
可奈美に訴えても、脇で立ち会っている姫和らに訴えても、止める気配はない。可奈美がどういう挙に出ても、納得している。そういう風であった。
「くそ……!」
斬るか。
それが出来ぬなら……
「兼定!」
手元を離れた御刀に言葉が届くのかどうか分からない。届いたとして、そもそも兼定にどうして欲しいのか、勢至自身も分からなくなっていた。己にとっての、兼定にとっての救いとは何であるのか。
(……兼定ッ!)
不明であった。しかし、勢至の声に応えるかのように、現世の可奈美が揺らめき、その存在が明滅する。
写シの気配だった。
「……はっ……はあっ……はぁっ……」
他者の御刀である兼定で、可奈美がついに、写シを行い得たのである。
(衛藤可奈美……あなたは……)
兼定を握る可奈美の指先から滴り落ちる汗は、写シを行っている故現世の道場を濡らすことはない。ただただ、発汗のおびただしいことが窺い知れるのみである。
「……どう? やりやすく……なっ、た?」
この短い言葉を発するのにも、普段の倍ほどではと思われる時間がかかっていた。
ただでさえ、写シには体力を消耗する。それを、千鳥と契約したままの状態で、昨日手にしたばかりの兼定と行った代償は少なくなかった。
「何故だ」
「……だって。あんなかお、するんだもん……」
可奈美に斬るつもりはなかった。だが勢至は斬られてやるつもりだった。それを見取ったか。
「写シが、あるから、だい、じょぶ……さあ、やろう」
さあやろうもなにも、虫の息ではないか。
あれは御刀を振りかぶっているつもりなのか。少しも持ち上がっていない。いやもう持っているのが精いっぱいではないのか。
「止めろ。もう無理だ」
「いく、よ……」
可奈美は斬り込んだつもりだろうが、それは全く、勢至の以遠だった。
何もないところに振った御刀の、その重みに耐える体力すら、可奈美に残されていなかった。柳瀬舞衣が飛び込んで支えなければ、そのまま横転して羽目板に頭を打ち付けていたに違いあるまい。
その舞衣らと勢至の間には、糸見沙耶香が両手を広げて立ち塞がっている。可奈美と勢至の尋常の立合いであることを鑑みてか、御刀を抜いてはいない。
「おい。止めとけよ」
「分かってマス」
益子薫と古波蔵エレンは、対照的に坐したまま一歩も動いていない。エレンの袖口より黒く焼かれた棒手裏剣が覗いていたのを気づいたものは、恐らく薫のみだろう。
「……御刀をお収めあれ。この勝負もはやこれまで」
「……」
無言のままに、パチリと白刃を鞘に納めたのは十条姫和である。
勢至の真後ろであった。おかしな真似をすれば、勝負の最中であったとしても無言で刺し貫いていただろう。可奈美の為ならば、人斬りの汚名も躊躇いなく被るつもりであったようだ。
「本年の五個伝筆頭刀使殿は、良き友をお持ちだ」
「本年の五校戦は没収試合故、公式にそうなってはいない。私に勝利したわけでもないしな。このさい、その筆頭刀使に勝ってしまったお前が、それを名乗ってもいいのではないか」
「なに?」
「立っているのはお前だろ、久世勢至」
「セイジの、TKO勝ちですヨ」
「勝負無し、と御頼み申し上げます」
勝ったと喜ぶ気にはなれない。
一合も合わせぬうちに勝手に倒れられては勝負もなにもないであろう。
「……ごめんね」
「……可奈美ちゃん! 気が付いたの?」
「いつも御免ね舞衣ちゃん……無理しすぎちゃった……やっぱり、千鳥でないと写シは無理みたい……」
これが可奈美か、というほどに弱々しい声であった。
折神家当主、紫に見られるように二本の御刀を同時に操る者は居るが、それが容易いことではないことを、一同は思い知らされる。
「写シは無事行われた。貴方は名実ともに兼定の主となられた」
「違うよ」
可奈美は断言した。
「私一人じゃあ、写シは出来なかった。貴方が兼定に呼び掛けたからだよ」
「私が……?」
「そうだよ。兼定は貴方に応えた。私には分かる」
弱々しいうちにも、可奈美の声は筋一本が通ったものであり、勢至は茫然と、我が手の千鳥と可奈美の手の兼定を見比べる。
「いいコだよ。だから、一緒に居てあげて」
「……貴方はまさか、それを言うために……」
「んーん。最初は、もやもやしてただけだった。けど、でも立ち会ってみて気付いたの。私は貴方に刀使で居て欲しい――きっと、刀使の誰かが刀使でなくなっちゃうと、私は寂しいんだ」
「――…」
「来て良かった……気づけて良かった……言えてよかった……」
涙は悲しい時ばかりのものではない。喜びに流すこともあるだろう。しかし、昨日の今日に知り合ったばかりの名も無き刀使の為に流すそれとは、如何なるの涙であるのだろう。御刀は刀使を刀剣聖の域へと誘うが、この衛藤可奈美とは、その御刀、雷切千鳥(らいきり・ちどり)とは――
「……刀剣菩薩(とうけんぼさつ)」
「……え?」
「いえ。何でもありません。それよりも…やはりこれは、貴方がお持ちになるべきだ」
未だ兼定を握ったままの可奈美の右手。その兼定に並べて今まで我が手にあった千鳥を横たえる。
「御刀千鳥の功徳により一切衆生を御救い召されよ」
勢至の呟きは誰の耳にも聞こえることはない。
可奈美は千鳥の柄を掴み、それに従い勢至も、兼定の柄を掴む。
善く二つ胴、三つ胴を裁断する無類の業物は、一昼夜を経て、何者も斬ることなく一滴の血も流さず、己が鞘へと戻ったのである。
***
数日を経た後。
先日は千鳥と兼定、二振りの御刀を携えた路地を、独り可奈美は歩む。
数日前と異なるのは、御刀は腰の千鳥のみであり、あの時一緒に歩んだ仲間はおらず、代わりに可奈美が、大きな荷物を携えていることであった。大きさなりの重さがあるらしく、時々持ち替えたり、両手で持ったりをしている。
「やっと着いた……自転車、取り寄せようかな……」
じっとりと汗をかきながら、辿り着いたのはやはり、例のプレハブの名も無き道場であった。
「たのもー!」
ガラ、バンとサッシの引き戸を開けると、竹刀打ちの音が一気に大きくなる。
「あ、可奈美だ!」
「若せんせー、可奈美が来たよー!」
既にすっかり、可奈美は顔なじみとなっていた。
「来ましたか」
「うん来た! さあやろ!」
言って太刀袋から取り出したのは、御刀ではない。
竹刀であった。
「防具は?」
「うん。引っ張り出してきたけど、実は、着け方に自信がない……。千鳥を継ぐ前には、時々着けたことあったんだけど……」
「そのくらい教えますけど」
「あとでっ! それより、ねえ!」
「……本当に噂通りの人だな貴方は」
小手を外し、面紐を解くと、久世勢至は微笑んでいた。
「ずっと気になってたんだけど、私の噂ってどんなの?」
「首は三つ、腕は六本」
「なにそれ!」
「口から火を吐き、目からは怪光線など――」
「嘘!」
可奈美の頭の中では、やっぱりそうだ、あいつなら有り得る、とか言いながら九条姫和と益子薫が何度も頷いている。だいたい分かった。きっと噂の出どころはあのコたちだ。帰ったら問い詰めないと。
「あの、私も竹刀でいいんですか?」
「いいよ」
「本当に? 御刀でなくても?」
「……いいよ」
可奈美が目をやると、道場正面には太刀置きが備えられ、そこには白鞘の打刀が安置されている。
最上大業物、和泉守兼定の今の装いであった。
「何時か最上大業物に分相応と認められたなら、また兼定を、元の拵えに納める。そのつもりなんだよね」
「はい。ただ、ここの道場のコたちに、私より相応しいと思える者が現れたなら譲ろうと思っています」
「……ちょくじょーけいこー」
「……え」
「分かった! 勢至ちゃんの出身校は、平城なんだ!」
「それは、内緒です。ですがどうして?」
「きっとそうだ。うん。平城の生徒はみんなそうだって此花さん言ってた!」
「平城の生徒に何か恨みでもあるんですか、その方は」
「うん、あると思う! 百年の恋もとか、愛しさ余ってとか色々あるんだきっと!」
まるで友達同士のように語らう二人が道場中央に進んで抜き合わせたのは、そろって竹刀であった。
勢至は地稽古を命じていたが、小さな生徒たちは輪になって、中学生のお姉さんの試合稽古を見守っている。
「面小手胴しか打ったらダメって不自由だね」
「それが剣道の対錬ですから。理由があってこうしていることが、やってみれば分かりますよ」
「うん。それは思った。自分も相手も同じ構えで同じところを同じコースで狙ってる。摺り上げたり出花を打ったりの工夫をしないとどうにもならないから、自然とそれが身に付く。練習になるよ」
「じゃあいっそ、構えを正眼、打突部位を面に限定してやってみますか」
「いいね! やろう!」
にっ、と可奈美が笑う。
応じて、勢至が微笑む。
「私たち、強くなろうね。兼定のためにも」
「強くなりましょう。もし、私が兼定を手にした暁には……」
「ふふ……楽しみ!」
楽しみだ、と勢至も思った。
何時か可奈美と、同じ刀使として向き合える日が来ると良い。そう思える己が居る。そう思えることが喜ばしい。実は最初から、兼定と別れることなど望んでいなかったのかも知れなかった。
(貴方のお陰だ、衛藤可奈美)
聖は悟りを開き、神仏となって天へ登る。剣聖と呼ばれる者たちも、聖の一種であるからには更なる高み、更なる地平を目指し、余人の及ばぬ焉く(いずく)かへと旅立っていく。
しかしまれに衆生救済を志し、現世に留まる者も居る。菩薩と云われる者たちがそうである。
(衛藤可奈美……不思議な刀使だ……斬るのではなく守る、いや、救う剣)
(貴方の剣を、名付けて呼ぶならば――)
己にもいつか再び、兼定を手にするときが来るだろう。
もし、その時が来たならば。
いや、その時を手繰る為にも、今は――
「いざ!」
「いざ!」
若き二人の刀使の矢声が、道場に響いた。
了
なんとか、アニメオンエア中にもう一本書くことが出来ました。
6人そろっているところを書きたかったので強引に詰め込んでますw 最終回までにあと一本は…無理かもしれません(;^_^A
アプリ版をやる暇がないので全く触れていませんが、そのうちにはなんとかしたいです。
それでは、出来れば近いうちに。