“穢れ”し少年の吸血記 〜聖騎士の息子は、真祖の少女に救われた〜   作:ダート

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第二章 異国のサムライ
吸血鬼の耐久力


「……………………」

「……………………」

 

 あたたかな陽を浴びて、草原が風になびく音を聞く。音はだんだん近づいてきて、気持ちのいい風が体を撫でた。

 

「…………ルカぁ」

「んー?」

 

 気の抜けた声が出た。張りのない、力の入っていない声。今のオレはそんな声しか出せない。

 

「平和だなぁ……」

「うん。のどかだねー」

 

 ふへぇと力の抜けた声がして、隣でぽすんという音がする。緑の柔らかな絨毯に、ルカも身を沈めたらしい。それをぼんやりと認識して、まどろみに全てを委ねる。

 どうやら眠る必要がなくなったこの体だが、こういう時間は精神の健康の面でとても良い。

 

 さて、ルミィナの家に迎えられた(歓迎はされていないが)オレも、ここに来てはや10日。

 その間一体なにがあったかと言うと…………これが、なにもなかった。

 

 いっさい、まったく、みじんも、なんらの特筆すべき出来事もなく、拍子抜けするほどいたって平和にやっていた。

 

 ひがな自室で本を読み、それに飽きれば日向ぼっこ。そしたらたまにこうしてルカがやってきて、そのまま2人でごろごろと過ごす。

 

 平和そのものだ。とても、吸血鬼だとバレたら国中から狙われる身とは思えない。

 

 だか、まあ考えてみれば当然だ。オレたちのことはバレてないし、ここには敵もいないんだ。

 平和でけっこう。ずっとこうであってほしい。

 

「……………………」

 

 オレは小鳥の(さえず)りを聞きながら、風の運んでくる草花の香りを目一杯に吸い込んで、ゆっくりと吐き出した。まどろみにも似た感覚。時間がゆっくり、ゆったりと流れていく。

 

 いつまでそうしていたのか、オレのまどろみは不意に顔へと差した影で終わりを迎えた。

 

「ん?」

 

 ルカかと思って、目を開ける。

 すると、オレの視線はこっちを見下ろすルミィナと交差した。

 

 

- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

 

 

「耐久、試験……?」

 

 ルミィナが口にした言葉にどこか不穏な響きを感じて、オレは恐る恐る訊き返した。

 

「ええ。坊やも自分の身体の限界は知っておきたいでしょう? どの程度の脅威になら耐えられるのかは理解しておかないと、いざと言うとき不利になるわ」

「それは、まあ……」

 

 たしかに、この身体がどういった攻撃にどの程度まで耐えられるかは知っておきたくはある。自分にとっての“危険”と、一般人とのそれ。その隔たりを理解しておかなければ、すぐにボロがでる。身を守る場合にも、自分の限界は必須情報だ。それに、これはなかなか自分では確かめられないものでもある。つまり、ルミィナの提言は部類としては有難い有益なものになるだろう。

 

 ただ、そのためにあえて傷つくことには多少の抵抗は感じるけど……。

 

「……で……どうやってその耐久試験てのをやるんですか?」

「物理的耐久力はルカちゃんに確かめてもらいましょう。魔法は私が担当してあげる」

 

 ルミィナの言葉に頷きを返して、立ち上がる。

 

「じゃあ、いつにします? その試験」

「ルカちゃんがやる気になったとき、ね」

 

 ルミィナの視線がオレから外れ、気持ち柔らかなものへと変わった気がした。オレもその視線を追い、寝転がりながらノビをするルカを視界に納めた。

 

 この10日間で学んだことだが、ルカはとても気分屋な少女だった。気分が乗れば唐突に行動し、興味がなければ置物と化す。

 ただ、言わせて貰えばこの性格の半分はルミィナという過保護な保護者に責任がある。

 

 オレに対する小言や、たまに向けられる殺気。冷淡な対応と、およそ生物に向けるものではない視線。魔女と呼ぶに相応しいオレへの険しい扱いに比べて、ルカに対しては魔女が聖母へ転身する。

 そうしてさんざん甘やかしてきた結果、ルカという気まぐれさんが醸造されたのだろう。

 

 だが、今日のルカはやる気のある方のルカだった。オレたちの話を聞いていただろうルカは、パッと起き上がるなり腕を振り、肩をまわして“やる気”をアピールしている。

 ストレッチなんて必要としないルカにとって、これはただの感情表現だ。

 

「あら、やる気充分ね。それじゃあルカちゃん。遠慮なくやってあげてね」

「うん! 見ててねルミィナ。アトラはルミィナが言うよりずっと強いんだよ!」

 

 ね!という信頼の眼差し。そうも自信を持たれては、こちらとしても応えないわけにはいかないだろう。

 

「ああ! なんでも来い!」

 

 胸を張って返す。我ながら、戦績一戦一敗全負けとは思えない態度だった。

 

 その後、取り敢えず切断はまたの今度にして、今回は純粋に殴打にしようというルミィナの言葉で、何も持たないルカと向かい合っている。

 オレとしては、むしろ『切断』なんて言葉が出てきたことにひと言あったのだが、この後控えている魔法への耐久試験のことを考えて言葉を飲み込んだ。

 

「じゃあ、いくから!」

「おう……って、まった。どこを殴るんだ?」

 

 自然な流れで、淀みなく拳を振り上げたルカへ、待ったをかけた。狙いを定める視線は、当然のようにオレの顔へと向いている。

 

「? どこって、顔……でしょ?」

「いやいやいや」

 

 いくらなんでもいきなり顔面殴打は勘弁して欲しいし、なぜこうも躊躇がないのか。

 その後ルカと侃侃諤諤(かんかんがくがく)と議論という名のお願いをした結果、胸を殴るという結論に落ち着いた。

 オレとしては肩辺りにしておいて欲しかったが、これ以上見た目華奢な女の子であるルカにあれこれ注文しては、必要以上に怯えているように見える気がしたので飲み込んだ。

 

「さて、それじゃあルカちゃん。徐々に力を強めるやり方でお願いね。いきなり全力だと坊や、死ぬわ」

 

 ルミィナの大げさな言葉を、ルカと2人で笑って聞き流す。さすがにそれは無い。ルミィナはあれで心配症なのか、はたまた遠回しにバカにしているのか。

 前者はあり得ないから、消去法で後者だろう。

 ここで消去法になる辺り、今のオレとルミィナの関係性をよく表しているのではないだろうか。

 

「じゃあ、いくね。ルミィナもちゃんと見てて!」

「ええ、始めてちょうだい」

 

 ルミィナはひらひらと手を振って、何処からか出現した木製の腰掛けに体重を預ける。

 

 そうして今度こそ、オレの『耐久試験』が始まった。

 

 

- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

 

 

「えい」

「ッ——と」

 

 気の抜けた声に遅れて、細い指を折り畳んだ拳が胸に打ち付けられた。

 

 たしかな衝撃。

 一瞬浮いた体は、すぐに緑の絨毯へと着地する。

 

「うん、ぜんぜんへーきだね!」

「あ、ああ。一瞬浮いたけどな」

 

 見たところ、今の衝撃でオレの体は何歩かの距離を後ろへと運ばれていた。あの華奢な体から繰り出された突きが、オレをここまで飛ばすとは……やっぱりこうして見ても信じられない気分だ。

 信じられないついでに言うと、こんな衝撃を「うっ」くらいで耐えてしまう体にも感覚がついていかない。

 

「今のはどれくらいの強さだったんだ? 結構強かっただろ? 普通の人間ならどうなってたんだ?」

「う~ん……どうなのかな……ルミィナー」

 

 ルカは数秒だけ視線を中空へ漂わせてから、見物人へと意見を求める。

 答えはすぐに返された。

 

「良くて胸骨粉砕。悪くて即死ね」

「ハ————」

 

 つい、笑みが溢れた。

 別に楽しいわけじゃ無い。ただ、おかしかった。

 そんな力を「えい」で出せるルカも、そんな衝撃を胸をはたく程度で済ませる自分も、冗談としか思えない。

 

 だが、これで少しだけ安心できた。

 これはつまり、『聖具』さえ使われなければオレもルカも実質無敵ということだ。

 そこだけは喜ぶべきだろう。

 

「つまり、オレの耐久力は十分なわけですね。じゃあ、次はルミィナさんですか?」

 

 少し自信を持ってルミィナの前へ立つ。

 こうなると、魔法ならどうなのかが俄然気になってくるし、何より【魔女】の魔法を見てもみたい。

 

 この10日間で、目の前の魔女がどういった存在なのかは読んでいた。というより、世の常識を身につけようとすれば、イヤでも分かる。

 読んだときは我が目を疑った。まさかこんな性格でシグファレムの『魔法師組合』の長で、『司教会』の特別顧問なんて言うんだから信じられない。

 

 そんなルミィナはオレに一瞬視線を向けてから、呆れたようにため息を吐いた。

 

「この試験の趣旨をもう忘却できるだなんて、もはや才能ね」

「はい?」

 

 ルミィナの指し示す先を見る。

 そこには“次”に備えてやる気満々のルカが、「いつでもいけるよ」という視線をよこしていた。

 

「『限界を知る』————それが試験の趣旨よ。坊やが血を吐いて、もうやめてと泣きじゃくるまでやらないでどうするの?」

「————」

 

 視線を戻す。暗い悦びを宿した視線と対面した。

 

(ああ、やっぱりこうなるのか)

 

 どこか納得した。

 なんとなく機嫌の良い魔女の様子は、そういうことだったのかと。

 

「泣きもしないし、もうやめてなんて懇願もあり得ませんよ」

 

 不愉快な視線を視界から切る。

 苦痛への覚悟を決めて、ルカの前に立った。

 

「ッシャア! 来い、ルカ! ルミィナさんにおまえの眷属の強さを見せてやれ!」

「っ! ————うん‼︎」

 

 要するにヤケだった。

 オレのやる気を見て、ルカが目を輝かせると同時に、オレは最近聞いていなかった音を聞いた。

 本能の報せ。警鐘の音だ。

 

「あ、いや、とはいえいきなり全力は————」

「ヤアッ!」

「ゴぇあッ⁉︎」

 

 3度。それがオレの身体の限界だった。


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