バタンッッ!!
クラピカは館から帰宅するや否や、ベットに突っ伏した。
少し気を張りすぎていたのかもしれない、モニター越しに見た漢の存在も気になるが今はまず渡されたリストの中から一つを手に入れ認められ、雇われることを第一に考えなくてはならない。
少し開けられた窓から足元に風が吹くのを感じ、カーテンと呼んで良いのかどうかも疑わしい布が少し揺れ、古びた造りの簡素なホテルに泊まっているクラピカの部屋の扉が音もなく空いた。
クラピカ「ノックくらいしたらどうなんだ?」
やれやれ顔で身体を起こすとそこには片手に紙袋を持った長髪の漢がにこやかに立っていた。
「もし寝てしまっていたら起こしたら悪いと思ってね」
クラピカ「 まったく………」
「食事、まだなんだろ?ちょっと待ってろ」
特に警戒しない様子を見るに顔見知りなのであろうか、一応古びたフライパン、やかんと質素なカップやお皿など簡単な調理器具はあるようだがキッチンと呼ぶには簡素な台に紙袋から取り出した硬そうなフランスパンを置き、一つだけ設置されたフライパンの乗ったガスコンロの火をつけ、その上にバターを落とす。そして慣れた手つきでフランスパンへ手刃を。
さも鋭利な刃物で切られたかのように2cmくらいの厚さにカットされたフランスパンを香ばしいバターの香りと共にジュージューと音を立てだしたフライパンへ敷き詰めていく。
その間に袋から取り出したサラミをカットし、丁寧にひっくり返したパンの上に置き、上から細切れのチーズをパラパラと塗していった、フライパンを火から離すと今度は水を入れたやかんを火にかける。
フライパンへ手を伸ばし一欠片のパンを口へ運び、咀嚼しながら片手にはフライパン、片手には一欠片のパンのスタイルでクラピカの居るベットの方へやってきて持っていたフライパンを突き出す。やれやれ顔で首を横にふるクラピカは顎をしゃくりこれまたダイニングと呼べるのかは甚だ疑問の残る、小さなテーブルと椅子が2脚ある方向を示した。
漢はなべ敷き代わりにそのテーブルに置いてあったニュースペーパーを下敷きにフライパンを置き、クラピカがベットから身体を起こしたのを確認すると、コーヒーを煎れにキッチンへと戻っていった。
クラピカが椅子に腰掛け、パンに手を伸ばしていると漢がコーヒーと白いお皿をクラピカの前に置き、対面に座り、口を開いた。
「で、お疲れのようだが収穫はあったのかい?」
クラピカ「一角族の頭蓋骨、龍皮病患者の皮膚、エジプーシャ石墓埋蔵品のミイラ右腕…etc」
聞かれた質問に答えずにクラピカが渡されたリストにあった品々を羅列していると漢が遮った。
「ん?何を言ってるんだ?」
クラピカ「これらの内のどれかを期日までに持ってこれたら正式に採用だそうだ」
「なるほどね…それは難しいことなのかい?」
クラピカ「さてな、それが理解できるような人間にだけはなりたくはないがリストの中に女優の毛髪という品もあった、その辺りならハンター証を使えばそう難しいことではないだろう」
「便利なものなのだな、ハンター証というものは」
クラピカ「採用されてからが本番だ、一筋縄では行かなそうな漢もいたしな」
「ほぅ…お前の口からそういう言葉が出るとはな」
クラピカ「コレクターは常に2つのモノを欲している。一つはより珍しく貴重なアイテム、もう一つは自分のコレクションを自慢できる理解者。人体収集家同士の横の繋がりがあるはずだ、反吐の出る欲望を比べ合う下衆共の交友録、必ず手に入れて一網打尽にしてやる!」
クラピカの眼が緋く染まっていく過程を眺めながら漢が宥めた。
「おいおい……そんなに興奮するなよ、師匠からお前が無茶しないように頼まれてるんだからな」
クラピカ「それはそちらの都合であろう」
そしてクラピカの瞳を見ながら漢は思う
(本当に綺麗な色だな……「緋の眼」とはよく言ったものだ。見ていると不安になるほど美しく深い緋色の瞳、それは底なしに揺らいでいるようにも見え、その一瞬一瞬で燃えるように色を変えてゆく、男色の趣味も収集癖もない俺でさえ触れてみたいと思ってしまう程だ………)
よく見るとこの漢の両腕には紐のようなものが手首から螺旋状に巻きついている。長袖のジャージのような服装をしているのでその紐がどこまで続いているのかは定かではないが両手の袖口から少し紐が覗いているのが確認できた。
腹ごしらえが終わると疲れているところ悪いのだが……と漢が切り出した。クラピカもそれは想定内だったようで、上着を椅子に掛けると椅子から立ち上がり。テーブルやベットを部屋の隅へ移動させ、数メートル四方のスペースをベットを立てかけることでやっとのことで確保すると太極拳のようなゆっくりとした動きで組手が始まった。
その速度は時間が経過する程に増してゆき、速く、激しく、重くなり、二人の立つ床が汗で水たまりが出来るまで続けられると、どちらからともなく終了した。
これは古武道に伝わる流々舞(るるぶ)という稽古で技の流れを確認するため、あえて緩やかに攻防を行う組み打ちである。緩やかに行っていたのは最初だけであったがこれを参考に二人はそれにオーラを込めて行っている。「凝」を使い必要に応じて攻撃力、防御力を加減し攻防力の変化、「流」を可能な限り早く行う。これが戦闘における攻防の基礎となる。
同等の技量を持つもの同士でないと有効な効果を得られない為にオーラの総量や攻防力の移動に関してこの二人の実力は拮抗しているようだ、師匠という言葉から察するに同じ師の元で念を収めたのかもしれない。ビスケの元にいる5人も組み打ち相手を変えながら日夜この修行にも精を出しているようだ。
目的を終えると、ちゃんとシャワー浴びてから寝ろよと一声掛け、漢は明日も頼むと部屋を後にした。
◆鎬昂昇(コウショウ=シノギ)◆
鎬流空手の使い手で「紐切り鎬」の異名を持つ。
紐切りとは体内に存在する無数の紐(血管、リンパ管、腱、神経など)鎬の技はこれらの紐を文字通り断つ。
幼少期から激しい修行を積み主に手足の指が特に強く鍛え上げられたことにより手刀足刀、抜手を「斬撃」と呼ばれるほどの切れ味に昇華させており、その手足から繰り出さられる攻撃が当たれば相手を「斬る」ことさえ可能な斬撃拳と呼ばれるほどの威力を発揮するまでになった。地下闘技場の正戦士である。
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鎬昂昇は徳川氏の図らいで旅団の襲撃で敗れた戦士が異世界へ渡っていくのを見送っていた。
徳川氏はその力を信じて止まなかった地下闘技場戦士の敗北がよほど許せなかったのか加藤、末堂、刃牙の葬儀の後に復讐に燃える独歩が自分も範馬勇次郎が旅立った世界へ向かう手配をしてくれと直談判しに来たのを一度は止めたが連日、神心会への襲撃、範馬勇次郎の所在の噂を聞いて押し寄せてくる猛者達の対応に、ついには覚悟を決めたのか、異世界への装置、研究へ、私財の40%もの巨万の富を投げうって装置の安全性の確認や量産、改善を行うように図ったのであった。後に徳川光成氏は
「ワシも見てみたくなったんじゃ、皆の勝利や試合をな」
と顔をクシャクシャにした笑顔で語った。
この日は愚地独歩と渋川剛気が新たに開発された複数人乗れる機体で異世界に出発する日であった。丸みを帯びたおうぎ形のような機体に4〜5人の複数が座れる座席がある。最も一回ずつ一機で飛び立つのにも未だに莫大な、それこそ途方もない費用が掛かる為、複数人が搭乗できるように図らい、作らせたものであったが、既に異世界へと出発してしまった花山は実験段階の機体で構わないと凄まれ、先だって一人乗りの機体で既にこの刃牙の世界から姿を消している。
徳川は烈、昂昇、克己も時を同じくして異世界へと向かうのかと考えていたのであるが、烈は中国武術界の頂点、齢146を数える郭海皇が危篤ということで中国武術省へ緊急招集を掛けられ、昂昇は見送り、克己は神心会の長となった今、身が重たくなってしまい親父には少し遅れるがしっかりと業務を片付けてから後に必ず向かうと言う。
そして今日は来ないと思っていた鎬昂昇とその兄、鎬紅葉が見送りにやってきた為に昂昇に気が変わったのかと聞いたところ、それに関しての返事はなく昂昇はどこかうわの空であり、二人の出発を見送った後、徳川に簡単な挨拶をし研究所を去っていった。そして徳川は兄の紅葉を呼び止め、自身の屋敷に招き、お茶を振る舞っていた。
兄の紅葉は天才外科医として活躍しており光成の専属医も務めているがその肉体は極限まで鍛えられていて、ヘヴィ級ボクサーの瞬発性、スプリンターの機動性、アマチュアレスラーの柔軟性、マラソンランナーの耐久性の全てを併せもつ完全なものだ。
刃牙や昂昇に敗れてはいるがあの範馬勇次郎でさえ、そそられていたという賛辞を贈ったほど超肉体、それを本日はスーツに収めているが窮屈そうな胸部は不自然に発達し上腕や脚部もパンパンに膨れており、依然鍛錬を怠っていないことが見てとれる。出されたお茶を正座をしながら両手で持ち丁寧に口元へ運ぶ所作は美しいものであったが、一息つく間もなく光成が口を開いた。
光成「弟の鎬昂昇のことなのじゃが……腕の具合が良くないんじゃろうか…?」
紅葉「いいえ、腕は完全に完治しております。例の事件の後の5名は医学的、生物学的に診ても過去に前例が無い程の異常とも言える回復力で全員がすでに__」
光成「それではなぜじゃッッ!なぜ昂昇は…何というか…こう牙を抜かれたような__」
光成が表情をコロコロと変えながら、言葉を選ぶようにモジモジとしていると紅葉が再びをお茶を啜り、結論に近い言葉を発した。
紅葉「つまり___腑抜けになったのかと?」
光成「いや・・そこまではいってはおらんッッ!ただのぅ___」
紅葉「病室で弟はいつも遠くを見ていました__」
光成「それは・・空手家にとっての命とも言える、腕をいとも簡単に折られ、もて遊ばれたと聞いているからのぅ」
紅葉「全てを諦めているようでもあり、何かを待っているようでもありました__鏡みたいに冷たい偽物の表情の奥で身体だけがそこにあるかのような__」
光成「うむぅぅ・・」
頷いていいのか、頷いてはいけないのか、明らかに年長者であり権力者である光成が、自身の主治医ということもあるがなぜか自分よりも頭の切れるこの紅葉の雰囲気に呑まれ、いつも遜ってしまう。
紅葉「ただ__昂昇が待っているものは他人には与えられないことは確かです。それが何なのか私にも昂昇自身でさえ判らないのでしょう__」
光成「ワシはあんな姿見てられんわ……」
光成は地下闘技場の戦士達のことをまるで自分の息子たちのようにでも思っているのか、深いため息を吐きだした。それは本心からくるものだろう。
本日一番の残念顔を披露したところで次の紅葉の言葉で一点、そのギョロギョロした瞳を三日月のように細め、本日一番のクシャクシャの笑顔を見せる。
紅葉「___今夜、試合を組んで頂けますか?」