アメリカ合衆国に存在するアリゾナ州立刑務所(別名:ブラックペンタゴン)収監される囚人は全米中の凶悪犯、その中でも選りすぐりの犯罪者達の巣窟となっている。
ブラックペンタゴンと言われるのもそうした犯罪のエリート達が集まることから揶揄してそう呼ばれていた。その厳戒体制が敷かれている刑務所に続々と黒塗りの車が入って行く。
第44代アメリカ合衆国大統領バラク・オズマ氏の乗る専用車。「キャデラック・ワン」を囲むような陣形でゲートを潜り抜けた。オズマの表情は物凄く軽やかでご機嫌にジョークをこぼしたりしながら通された部屋に入室する。
部屋の主はミスター・アンチェイン(繋がれざる者) ビスケット・オリバであった。
囚人でありながら、豪華な自室を持ち、食事はもちろんの事、酒、タバコも嗜み私服での生活。優秀なハンターとして依頼があれば自ら凶悪犯罪者をハントしに行く。
事実このアリゾナ州立刑務所に収監される凶悪犯の多くはこのオリバがハントした者たちである。
高級なソファーに腰掛け、葉巻を咥えたその姿に驚く素振りさえ見せず、オズマは対面に腰掛けた。
オリバ「再会を祝して用意させたんだ、まぁ飲みな」
乱暴に開けられたシャンパンをグラスへと注ぐ。ラベルに書かれていた文字から判断するにクリュッグ・クロ・ダンボネの1995年ヴィンテージであろう。女性のウェストほどもあろう巨大な腕を動かし片手で注がれたそれをオズマは唇を湿らす程度に嗜んだ。
オズマ「久しぶりだな、変わりはないかい?」
オリバ「あぁ、退屈してはいるがな、また日本にでも行きたいものだ」
後ろに控えるオズマの秘書がチラッと腕時計を確認したのを見たオリバが深い溜息をついた。
オリバ「教育がなってないな、対談中に時計を気にする素振りを見せるなんて秘書として最低だ」
オズマ「まぁそんな事を言ってくれるな。彼はこう見えてとても優秀な人材だ。それに場所が場所なのだ分かってくれ、そうそう長居もできない。早速本題に入らせて貰おうか」
オリバ「ハッハッハ!先ほどの非礼を詫びよう、全く持って優秀な秘書だ。」
オズマの秘書が表情を変えずに目を閉じた。そしてオリバが続けた。
オリバ「要件はおおよそ理解している。コードネーム《アポロ21》俺に一体何をさせようっていうんだ?」
オズマ「・・・・・・ッッ!?驚いたよ……キミのその情報網にはな…これでも国家機密事項なんだが…」
オリバ「米軍の特殊施設が日本の徳川光成氏と共同して、時空の研究をしているっていうことは数年前から引っ掛かっていたんだ、ましてやあの老人は原人だ宮本武蔵だと面白いことに色々と関わってきやがる。チェックしていない訳がないだろう。日本に訪れた来訪者とファイティングゴット、愚地独歩、ジャパニーズヤクザ、花山薫が戦った映像も入手してあるぜ。」
オズマ「キミに隠し事は出来ないようだな………」
オズマが息を飲む。ミスターアンチェイン(繋がれざる者)として、全米の犯罪者への抑止力として今は機能しているためその存在を認知し、このようなデタラメな生活を見て見ない振りをしていたがさすがにここまでの武力を携え、その知識量と博識さも脅威となればいずれアメリカにとって範馬勇次郎並みの存在になるのではないかと静かに震え、今度は喉を潤すようにグラスを口へ運んだ。
オズマ「説明が省けて助かるよ……異世界。かつて行なわれた人類初の月への有人飛行計画。アポロは当初、20号まで予定されていたが予算の関係で17号までしか遂行されなかった、それを受け継いでつけられたコードネーム《アポロ21》このプロジェクトに私からはキミを推薦したい。早い話がハントだ。」
オリバ「誰をハントしろと?」
オズマの顔がにやけている。次の言葉を発したくて仕方がないように唇の端を緩ませ、目尻が下がる。
オズマ「オーガこと、ユージローハンマ。キミの友人だよ。」
オリバ「ハッハっハ!!感情が顔に出てるぜ、大統領。」
オリバ「詰まる所、地上最強の生物、オーガと地上最自由である俺、アメリカにとっての目の上のタンコブの両者を厄介払いしたいって訳だろ?」
ニヤニヤしながらオズマがそれを否定する。
オズマ「全く!何を言っているんだキミは?!ユージローハンマと米国は友好条約を結んでいる。言うなればキミと彼の関係と同じだよ。ハントと言ったが私達はキミに彼を連れ帰って欲しいのさ。」
オズマが大げさに人差し指を立て、チッチッチと大袈裟なジェスチャーでそれを否定する。だがその顔は笑いを堪えきれないという風に口元が緩んでいた。そこで秘書がもう一度腕時計を確認すると、オズマはそれを合図にしたかのようにオリバにも聞こえるように秘書に時間を確認し、それを聞き、芝居掛かった態度でおっと、もうこんな時間かっと立ち上がった。
オズマ「詳しいことは局長に既に話してある、書類もまとめてあるから確認してくれ、シャンパンをご馳走様。またの再会の際には私が故郷のビールを用意させて貰うよ、またがあればの話だがね。それでは健闘を祈る」
むすっとした顔で葉巻を咥えたままのオリバをオズマは一度も振り返りもせずにその部屋を後にし
帰りの車の中では上機嫌で鼻歌を歌っていた。自身の任期中に2つの難題を片付けたという自分に酔っている様である。
オズマ「ジョージにもビルにも出来なかった偉業を私は行ったんだ!分かるかい?外部に漏れたら信用を失うどころではない、国が潰れてもおかしくない危険を私が未然に払ったんだ!それも地上最強と地上最自由を2つともだ!歴代の大統領の中で国民に語られずとも、その功績は永遠に評価される偉業をまさか私の任期中に全うできるとはね!ハッハッハ!徳川氏には感謝してもしきれないさ!ハッッハッハ!」
オリバは自室でモクモクと雲を作りながら、シャンパンを飲み干した。
突然の大統領の訪問から大方当たりはつけていたが……オリバの頭の中ではマリアに何と説明したらよいかを考えていた。この計画に興味がないわけではなかったのだ。知識欲もさることながらビスケット・オリバは体験主義者だ、何でも自分で経験したことを信じ、それをこの眼で見たいという欲求はあった。
範馬勇次郎が先立って旅立ち、その後も続く者も多いという話は聞いていたので彼が帰ってきて話を聞いてから自分も異世界へ向かおうと旅行気分で考えてはいた。ただオズマのこのやり方がどうも気に入らなかったようだ。
オリバ「秘書は優秀だがlame duckは変わらねェな。オーガ帰ってこないと思ってやがる……フッフッフ!いいだろう……俺とオーガにビールを奢らせてやるぜ。待ってなオズマ」
決意を決め、自信にみなぎった顔をしたオリバ。しかし一転頭を抱え、再びマリアに対する説明を考えていた。
ハッ!!呃啊フンッ!!喝啊ハッ!!呃啊フンッ!!
黒竜江省、白林寺。中国武術界における高位の称号「海王」を受け継ぐ者を多く輩出しており、言わずと知れた中国武術界での名門である。
多くの者達が大量の汗を流し、掛け声を出しながら訓練に勤しんでいた。いつもと何ら変わらない百林寺の日常だ。その上空をパラパラと音と風を撒き散らしながらヘリコプターが旋回している
烈海王は困惑していた。
聞かされていた中国武術界の頂点である郭海皇の危篤、日本にヘリを寄越してまでの緊急招集。
齢146を数える高齢ということもあり、既に覚悟はしていた。だが、このありふれた日常風景には疑問を抱く。
与える影響の大きさから下の者達には伝えられていなかったのか?否、運ばれた場所にそもそもの問題だ。
病院ではなく、古巣の百林寺。
上空からロープを垂らし、それをつたい、勢いよく器用に着地をした。
出迎えた巨漢はご存知、劉海王。この漢もまた100歳を超えておるが鍛え込まれた肉体から、その年齢は想像できない。魔拳、烈海王を育てた名手である。そしてその巨体の背後からパチパチパチと乾いた音が聞こえてくる。
烈「やはりですか……」
郭「信じた?のぉ?信じた?」
烈のレリコプターからのロープを使った着地に賛辞を贈りながら、その枯れ枝のようなか細い腕で、手を叩いて笑っている。劉海王は分が悪そうに片手で頭を掻いていた。
別室で豪勢な食事を摘みながら、ムスッとしたお馴染みの顔で烈海王が座っている。目の前に出された油淋鶏(鶏肉の甘酢がけ)をモニュモニュと音を立て咀嚼しながら話を聞いているようだ。テーブルを囲むのは郭海皇、劉海王、烈海王、そしてもう一人。
劉「まぁそう怒るな烈よ、緊急の呼び出しっていうのはあながち間違いじゃないのだ。」
烈「老師の死を引き合いに出すなど、あんまりではないかッッッ!?」
竹を割ったような性格の烈がこうなることは薄々と感じていた劉はその迫力に少々たじろいでいる。
劉「それは私のアイデアではなくて・・・」
郭「ホッホッホ、説明の手間が面倒臭くてなァ、だがお主は迅速にこの場に来た。それで良いのじゃよ」
烈「そこまでして私を日本からここに呼び出した訳を未だ聞いておりませんッッ!それに・・・」
烈が視線を送った先に座して、スープを啜っている漢には見覚えがあった。
大擂台賽にて中国連合軍として共に戦った漢。
郭「儂が120の時の子、春成の親友の龍君じゃ、覚えておるか?」
忘れる訳がなかった。勝敗で言えばビスケット・オリバに負けはしたものの、そのポテンシャルは相当なもの。そして、この醸し出す雰囲気は格闘士としてのものではなく、常に生死の境で立っているような独特の近寄り難さと、眼には常に殺気が漂っている。9歳の時に師と出会い15歳〜19歳まで全台湾擂台賽で連続優勝。記憶が確かであれば、台湾の黒社会のルール無しの賭け試合で25年間無敗を保ち、表裏合わせると15歳のデビューから30年間無敗。あの範馬勇次郎が刃牙に「学べ」と言ったほどの漢。
烈「凶人・龍書文、忘れるも何もその名は幼き時から聞いておりました。先のオリバ氏との一戦も結果ほどの実力差はなかったとみております………いえ、決して全米最強を過小評価するつもりはありませんが、むしろ実力では書文氏が優勢。10度戦い一度勝てるか…その一度をオリバ氏が強引に引き寄せたというような立会いであったと感じております。」
ピクっと書文の瞼の上の筋肉が動いた。だが表情は変わらずにスープをまた一口。
郭「終わった立会いにケチをつけるのもなんだが、儂も同じような見立てをしておる」
書文「結果が全てです……。」
謙遜するように書文が口を開いた。
郭「まぁそんなことはいいんじゃが、烈よ、証明してはみんか?」
烈「何をでしょう?」
郭「ケチのついてしまった我ら中国武術の強さをじゃ」
烈「ご存知だったのですね………」
強さの証明。その言葉を郭海皇の口から聞いた途端に烈は全ての状況を理解した。自身が異世界からの来訪者に手も足も出ずに敗北をしたことが既に耳に入っていること。そして新たに身につけた新しい力。それを今すぐにでも発散したいという事。
烈「願ってもないッッ!!まだ私を信じてくれているッッ!!その期待に応えますッッ!!」
郭「徳川氏から既に話は聞いておる、中国と徳川家の永い歴史の中での語られぬ事実、公になれば歴史が変わるほどの重大な秘密がある。その証拠の一つと引き換えにここへ2つの機体を手に入れておる。ホッホッホ。本来は来るべき外交の切り札として我が国が長年抱えていたものではあったのだが、無理を言って儂が掻っ払ってきたんよ。本当は儂が行きたかったんじゃが、海皇の儂が席を外すわけにもいかんのでな」
烈「ご懇意に感謝致します。ですが機を待たずとも私は向かうつもりでした」
郭「わかってないようじゃの、ここ中国から行くということに意味があるのじゃよ。お主と龍君の二人にだ」
その言葉の意味を飲み込み、烈は立ち上がった。そして中国武術そのものと言っても良い郭海皇へ深々と頭を下げ、対面に座っていた龍書文の元へゆっくりと近づき、手を差し出したのだ。
差し出された手を前に書文も立ち上がりその手をガッシリと握り返した。
その刹那ーー
烈「御免ッッッッ!!!」
手を握ったまま烈が書文の腹部へ掌底打ちを一撃見舞った。書文の体は宙へ浮き、後方へ飛ばされそうになったが烈が握り締めたままの手に力を込めその場に留まらせる。書文の顔は苦痛に必死に耐えているような苦悶の表情を覗かせるがその場へ倒れてしまいそうになるのを気力だけで辛うじて保っているようだ。膝が震えている。烈が握っていた手を離し、脇の下へ両手を入れ抱えあげるようにし、再び椅子へ座らせた。
劉「烈ゥッッ!!貴様何をしているのだッッ!!」
一見血迷ったのかと思う程の烈の奇行に、師である劉海王が怒りを露わにする。
烈「これは最低限必要な事。それほど強く打ってはおりません。書文氏、そう気を張らずに今はゆっくり眠ってくださって結構です」
その言葉を合図に龍書文は瞼を閉じ、意識を失った。
郭「今一瞬違う気配がしたような……まぁなんでもいいが仲良くやりんさい。」
烈「はい!必ずや中国拳法の最強を証明して参りますッッ!!」
満面の笑みで烈が応えた。