キルア「つーーことは・・・グリードアイランド落札までに少なくとも倍は用意したいんだけど行けそうか?」
とりあえずの状況は整理できたキルアが刃牙に問いかける。
最低落札価格は89億ジェニーとなっていたが競売というシステムを取っている以上は軍資金が大いに越したことはない。
ゴン「オレとキルアも手伝えるかな?」
刃牙「あぁ頼む!世界中から注文が殺到してて困ってるんだ。二人が入ってくれたら生産スピードは数倍になるよ。」
キルア「ビスケにも声かけたらどうだ?アイツのマッサージがあればオーラも回復できるし、まぁ相当吹っ掛けて来そうだけど……」
刃牙 「その手があったかッッ!!」
既に6人が結託し、そこにビスケも加わり体制はさらに磐石になりそうであった。
キルアが携帯を取り出し、そういえばアイツもヨークシンに用があるって言ってたなとつぶやきビスケへコールする。
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ビスケ「あら、久しぶりだわさ!元気してた?!」
キルア「あぁ、ちょうど今ビスケの話になってさ」
ビスケ「系統別の修行は毎日ちゃんとやってる?!」
キルア「やってる、やってるから」
ビスケ「ゴンはちゃんと苦手な変化系の修行もしてる!?」
キルア「あぁーー!!わーったからちょっと話を聞いてくれ!」
久しぶりの原石達からの連絡についつい老婆心が出てきてしまい、早口で捲し立てるビスケにキルアが本来の目的を告げる
キルア「今みんなとヨークシンで合流したところなんだけど、ビスケも用があるって言ってたろ?もし近くにいるなら合流しないか?ちょっと仕事の話もあるんだ」
ビスケ「・・・・・みんな?そこにアホドッポもいるわささ?」
キルア「あぁ、ゴウキもあとリオレオってハンター試験で一緒だったヤツもいる」
ビスケ「・・・・・ドッポに代わって!!」
キルア「ドッポに?」
ビスケ「いいから早く代わってちょうだい!!!」
然りげ無く名前を間違えられたレオリオが突っ込む間もなく、キルアは電話越しのビスケの声のトーンから底知れぬ何かを感じたため、素直にご指名の愚地独歩へ電話をパスする。
独歩 「おぅ、どうかしたかい?」
ビスケ「このハゲーーーーー!!」
ビスケの罵声は電話を持つ独歩の周囲にいた皆に耳を凝らさずともよく聞こえた。
電話を耳から離し、先ほどの罵声でダメージを受けたのか耳に指を突っ込みながら嫌々な皺を眉間の辺りに寄せながら答える
独歩 「ずいぶんな挨拶だ・・・・」
ビスケ「おい!このハゲチャビン!アンタ、ズシに何言ったわさ!!ウイングが手塩に掛けて育ててたのに今部屋に引き篭もりっぱなしで何を言っても聞く耳持たずに黙々と・・」
独歩 「ズシ?あぁアイツは若いのになかなか見込みがあるからな。黙々となにしてるんでェ?」
ビスケ「よく分からない記号を書き続けてるわさ!!部屋中紙だらけよ!おかげでウイングも自信喪失して引き篭もりになりそうだわさ!」
独歩 「ハッハッハッ、こいつはいい!まるで若い頃の俺を見てるようだぜェ」
ビスケ「アンタねぇ・・・・」
刃牙とゴン、キルアの3人が一旦ビスケの修行を終え、クジラ島へ向かってから数日後。
独歩と渋川はいつものようにビスケにみっちりと扱かれていた。
その合間合間に感じる視線。もちろん3人は気が付いていたが、その視線に敵意は微塵も感じられなかった為にそのまま放っておいた。むしろ逆に尊敬の念を持って熱い視線を注がれていたようだ。
その視線の正体はズシ。ウイングの弟子として天空闘技場で心源流拳法と念を極めるべく日夜トレーニングに精を出していた。幼いながらも既に150階にさしかかろうとしていることからその実力は明白だ。ただ……ある試合を見てからというものこの少年は修行に身が入らなくなっていた。
天空闘技場で行われた1戦。カストロvs独歩、この試合を目にしたことがこの少年の運命を大きく変えることになった。
目を奪われた。
武神、愚地独歩の美しいまでの所作、そしてどこまでも泥臭いその姿に。
たった1戦の出会いはズシにとって心源流拳法との決別を意味した。独歩の道着に書かれている神心会。 それをマジックで自分の道着にも書くことでウイングに伝えたつもりになっていた。
ズシ(師範、申し訳ないっす!だって・・・見つけてしまったんすッ!!)
だが「神心会」いくら調べても何の足取りもつかめない。肝心の独歩もあの試合以降姿が見えなくなってしまった。
困り果てたズシがあるとき買い物帰りのビスケの後ろ姿を見た。独歩の姿が見えなくなってから同様にビスケや刃牙、キルア、ゴンの姿も見ることがなくなったのでもしやと思い声を掛けようとしたが、早い、早い、とても追いつけずに姿を見失ってしまった。
だがビスケが消えて行った方向だけはわかる、闇雲にその方向へずっと歩いた。
そしてついに見つける。
髪はないが神々しい所作で汗を流す、武神愚地独歩の姿を。
数日間は遠くからその動きを見守るだけで声を掛けるのも躊躇われた。
それから数日後、ついに視線に嫌気がさした独歩が声を掛ける。
というのも最初は遠くから隠れて見ていたズシは日に日に距離は近くなる始末、最後の方はもはや隠れているのかどうかなどわからない程、荒地のはずの荒野に緑の枝を持って、匍匐前進のような体制で熱視線を送っていた為、気が散って仕方なかった。独歩が動くたびに隠そうともしない感嘆の声が耳に入るし、荒野で緑は余計に目立つ。
独歩「なんだァ?てめェ・・・」
ズシ「押忍!自分ズシといいます!師匠!自分、天空闘技場で師匠の試合を見て痺れたっす!弟子にして欲しいっす!」
渋川「カッカッカ、独歩よ、見込みありそうな童っぱじゃないか」
渋川が自分の事ではないと無責任な言葉を発する。
独歩は頭を掻きながら、面倒くさそうとも照れているとも取れる態度で答えた。
独歩「弟子ってもよォ、俺も今は見習いみたいなもんだからな・・・」
ズシ「師匠!!」
独歩がやんわりと断りを入れるが、ズシはメラメラと燃えた瞳で真っ直ぐに独歩を見つめる。
ズシ「ちなみに師匠の流派は何ですか?自分は心源流拳法っす!」
独歩「腕に覚えがあるのか、ならお前にはお前の師匠がいるんじゃないか?俺は神心会空手だ」
ズシ「からて?自分もそれに入りたいっす!!」
独歩「・・・流派を変えるってのは並大抵の覚悟がないと出来んぞ?」
ズシにとってその言葉は火に油を注ぐごとく、文字通りに瞳の炎が大きくなっただけであった。
渋川「まぁ、流派を変える変えないはひとまず置いておいて、空手を少し教えてやったらどうじゃ?」
ズシ「押忍!光栄っす!」
独歩が俺も今修行中だから面倒は見れないぞ?と溜息をつきながら構えをとる。
両足を肩幅程度に開き正面に左拳を突き出す。そして握った右拳は掌を上向きに、脇腹の横へ。
ふぅーと聞こえるように息を吐き時間が止まったと思えるほどの静寂に全神経が包み込まれる。
足の指先から足首、膝、股関節、腰、背、肩、肘の関節をフルに使い、右の拳が放たれ、左の拳があった場所へ、左の拳は元々そこにあったかのように脇腹の横へ。
武神、愚地独歩の正拳突きである
その動きを見て、ズシは額から汗を垂らし、口を開けたままフリーズしてしまった。
独歩「こいつを1万回、左右と合わせて2万回。毎日だ」
独歩はそう言い放ち、渋川へ手をこまねきその場を逃げるように去っていった。
渋川と独歩がズシから30メートルほど離れた辺りで
ズシ「押忍!!!!」
やっと現実に帰ってきたズシの大きな声が聞こえ、渋川が笑った。
※※※
小指から順に握って行き、親指は人差し指と中指に掛かるように。
小指と親指で、薬指・中指・人差し指を挟むように固く握り、そこから力を抜いた状態が拳となる。
半身で構え、引き手をしっかりとり突きを繰り出す。上半身だけでなく腰の回転を意識し
放つ。
ここまでは一度見ただけでクリアをした。すでにズシのいる場には汗で地面の色が濃く変わり、踏み込みの際に生じる地面との摩擦で土がめくれあがっている。
師匠である愚地独歩に課せられた毎日2万回の正拳突き、気をととのえ 、構え、放つ。
この一連の動きを毎日、2万回。
最初は深夜まで及んだ苦行であったがひた向きに突きだけを放つ毎日。尊敬する師匠が最初に教えてくれた型。ズシにとっては唯一の繋がりだ。腕が上がらなくなり、肩は熱を持つ。筋肉が気持ちとは裏腹に痙攣をし、出さなければならない足も鉛のように重くなり前に出ない。
ただこの苦行でさえズシにとっては喜びでしかなかった。
ズシ「師匠に近づくっす!!」
そんな毎日が続いた。日に日に慣れる体。いつしか日が沈む前には2万回のノルマを終えることが出来るようになった。そして考える時間が増えた。
独歩がヨークシンシティに旅立つ数日前。あの日以来姿を見せなかったズシが先回りして正座をしていた。
独歩「おや?あの時の坊主か、こんなところで何してやがる?」
ズシ「押忍!師匠、言われた通りあの日から毎日正拳突き2万回続けたっす」
独歩「・・・・?お前…本当にあれから毎日2万回続けたっていうのか?」
独歩は押し付けた無理難題を既に忘れていたようだ。ちょっと見て欲しいっす。そう言うとズシは鍛錬の賜物である正拳突きを独歩に披露する。
ズシ「セイ!ウリャ!」
教科書に載せてもいい程の見事な正拳突きだった。
独歩「ほう・・・見事なもんだ。これで俺が教えることはもうないだろ。精進しろよ」
そのままその場を去ろうとしたがズシの一言で足が止まった。
ズシ「光栄っす!ただ・・・拳って本当にこれでいいのかなって気になって聞きに来たっす」
独歩はその一言に驚愕した。自分も正拳突きを打ち続けていつも疑問に思っていた。拳の形はこれでいいのか。そしてその答えにたどり着いたのは齢60歳。この少年は10そこそこでその疑問を抱いていた。それも空手に触れてまだ間も無い。
独歩はズシの肩に優しく手を置き、胸元から紙とペンを取り出した。
そこに何かを書きズシに渡す。
ズシ「0.9???師匠、これは一体なんすか?」
独歩「俺の世界での数字だ、その後に9を書き続けるといつか1になる。いつか、必ず1になる」
ズシ「1に・・・なるんすか?」
独歩「あぁ、悪いな、元の世界だったら弟子にして稽古つけてやりたかったが、まだオイラも強くなりてェんだ、精進しろよ」
ズシ「元の世界?」
独歩はズシの頭を優しく撫で、笑顔を向けヨークシンシティに旅立って行った。
書き続けるという言葉を言葉のままに鵜呑みにしたズシは今も0.9の続きを部屋に引きこもり書き続けてている。
ズシ「0.99999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999....................」