◆ヌメーレ湿原◆
通称’’詐欺師の塒’’この湿原にしかいない珍奇な動物達、その多くが人間を欺いて食料にしようとする狡猾で貪欲な生き物である
二次試験会場へはここを通って行かねばならないようだ。サトツが言っただまされると死にますよという言葉の意味を湿原に入り、その一生を終わらせる瞬間に初めて理解した受験生も多い事であろう。
この湿原の生き物はありとあらゆる方法で獲物を欺き補食をしようとする。
標的を騙して食い物にする生物達の生態系…それこそが詐欺師の塒とよばれるゆえんであった。
実際にこの湿原を通り二次試験までたどり着くことが出来た受験者は148名でスタートから三分の二程の受験者の多くはこの湿原でリタイアをすることとなった。
すぐ前を走る受験生の姿が霞む程の深い霧に包まれた湿原には狡猾な捕食者が多くいた。
背中に群生するヒトの姿に似た苺を使い霧で迷いこんだ人間を襲う巨大な亀や、地中に姿を隠し大口を開けて獲物がその上を通るのをひたすら待つ生物、不思議な飛び方で獲物を眠らせ生きたまま幼虫の餌にする催眠蝶など、多くの詐欺師のような生物が受験生の夢と命を狩りとった。
そして、深い霧に紛れて一人の漢が動き出すッッッ!!!
シルエットからも読者に存在を解らせてしまうその漢ッッッッ!!曰く、地上最強の生物ッ!曰く、オーガッ!!範馬勇次郎、その人であった。
やっと地下道から外にでることが出来た勇次郎は、すぐに人ゴミを離れ、なさねばならぬこと、排便を行える場所を探していたのであった。
起死回生の浮殿手(うどんでぃ)の歩法も既に限界を感じ始めていた。
そしてもう一人…霧に乗じて多くの受験者をトランプを使いまるでそれを鋭利な刃物のように操り、殺戮を楽しむ男がいた。
44番の奇術師ヒソカである。
眼にも留まらぬ早さで、確実に息の根を止める事ができる急所を最速で最短に切り裂いてゆく、その動きに一切の無駄はなかった。そして、気がつくとその毒牙はいつの間にか列から逸れてしまっていた、レオリオとクラピカにも向けられた。
気が狂っている…そう思わせる程の大きな笑い声をあげ、「君ら全員不合格だね♦」
試験官ごっこでもしているつもりであろうか?地面に倒れる受験生に対して言い放つ、その場に立っていたのはヒソカを除く三名
403番のレオリオ、404番のクラピカ、78番の武道家チェリー、
無知な子供が蟻を潰すかのように受験生と戯れていたヒソカであったが、その三名の命も奪おうと78番のチェリーの頸動脈を切り裂いた。次はどちらにしようかな?などと考えている所に
ゴソゴソ…ゴソゴソ…
茂みをかき分けてその場にやってくる何かの気配を感じて手を止めた。
その茂みから出てきたのは今まさに排便をする為のベストポジションを見つけ、一張羅を脱ぎ捨て、全裸でファイティングポーズならぬ排便スタイルをとろうと、浮殿手(うどんでぃ)を解除しようとしていた、範馬勇次郎、その人であったのだ。ファーストコンタクトから勇次郎に惹かれていたヒソカは大方の状況を理解していたので、股間をパンパンに膨らましながら
ヒソカ「君とは万全の状態でお手合わせ願いたいね♥うん、君たちも合格♥」
万全の状態というと今の勇次郎とヒソカの状況からしたら別の意味に聞こえてしまう。
どうやらヒソカは好敵手となると男女関係なく興奮を覚える生粋の変態ピエロだったようだ。ギンッギンッッに膨らました股間を一番楽なポジションに据えると、電話を片手に二次試験会場へと向かってゆく
戯れに時間を割き過ぎてしまい、視界に試験官のサトツの姿を捕らえることは出来なくなっていたが、どうやら受験生の中に知り合いが居るようだった。
肛門括約筋に全てのステータスを振っている今の勇次郎ではなく、万全の状態で本気で戦いたいという生粋の変態ピエロ、いや、戦闘狂ヒソカ。天才的とさえ言える身のこなしと、叩き付けられた殺気の凶暴さに、助かったとばかりに胸を撫で下ろすクラピカとレオリオは勇次郎の登場に心底感謝した。
レオリオ「はぁ~助かったぜオッサン!あんたが来なかったら俺の人生ここで終わってたと思うぜ!けど何で全裸なんだ?」
クラピカ「まるで生きた心地がしなかった。私からも礼を言わせてくれ、だが、なぜ全裸なのだ?」
人は見かけによらないぜ!と信頼の証のように勇次郎の肩に腕を回そうとしたレオリオであったが、先ほど向けられたヒソカからの殺気とは比べ物にならない程の凝縮された殺気を感じ取り素早く距離をとった。いつ如何なる衝撃に備え得るだけの覚悟で括約筋に力を注いでいるが、事前に避けられる衝撃は少ないに越した事はない。
勇次郎はただ排便をする為のベストポジションを探していた所にたまたま居合わせただけであったのだが、結果としてこの2人を救ったような状況になってしまい、戸惑っていた。ましてや早く二次試験会場まで行こうぜ!とばかりにハリーアップを促すレオリオに殺意すら芽生えていたが、今は便意しか湧かない。
プルプルと震えながら、細心の注意を払いつつ一張羅に身を包んだ。人前で便を垂れるなどという愚行は範馬の名を背負うものとして絶対に起こしてはならないのであった。
しぶしぶ、再度、力を振り絞りながら浮殿手(うどんでぃ)でヒソカの匂いを辿り会場へ向かう。
レオリオとクラピカはこの最強の助っ人について行けば何も怖いものはなく、二次試験会場につけると確信していた。そうこうしている内に、多くの受験生の姿が見えだした。
ずいぶんあっけなく二次試験会場に到着したレオリオとクラピカの姿を見つけると駆け寄るようにゴンが笑顔で走ってきた。
その時、括約筋に力を入れながら、勇次郎は異なる世界にいる息子の事を考えていた。
「~~~~~ぁぁっっ」
勇次郎が父親としての尊厳と一触即発の攻防を繰り返していた、その頃。
地上最強の生物という偉大すぎる称号を持つ範馬勇次郎の息子。
範馬刃牙は大口を開け、欠伸をしていた。
皆の記憶にも新しい、あの日行われた地上最強の親子喧嘩、親子喧嘩と呼ぶにはスケールが大きすぎた。どの家庭と比べても、規模、水準、その全てが最高レベルのそれを終えた刃牙は抜け殻のように日々に辟易していたのであった。
戦闘中でも、食事をしていても、最愛の人を抱いているときにだってそう。
こみ上げた欠伸。
この欠伸を誰か止めてくれ…そう願いながらひたすらトレーニングにて己の身体を苛め抜く日々。
あの日以来、勇次郎の姿を見ていない。時折、異常とも言える程の親バカ振りを発揮したりもするが、普段から父親甲斐のある人物ではなかった為、何の疑問も感じずに日々の欠伸に耐えていた。
それは刃牙だけではない、本当の意味での強者と言われる漢達は表の世界でスポットライトを浴びているプロの格闘家ではなく、徳川家十三代目当主で日本では屈指の権力と財力を誇る、徳川家の末裔の老人が所有する東京ドームの地下格闘技場で日夜行われる熾烈な戦いの為、ここ日本に多く集まっているのであった。
こちらも記憶に新しい、最凶死刑囚達が敗北を求めこぞって日本へ訪れたのもその為であった。
その際に徳川氏に指名された地下闘技場戦士の刃牙を含めた5人。
世界最大の勢力を誇る空手道団体・神心会空手の総帥 「虎殺し」「人食いオロチ」などの異名を持つ、武神 愚地独歩。
実戦合気柔術「渋川流柔術」の開祖。近代武術の最高峰とまで言われる。達人 渋川剛気
若干15歳で五代目藤木組系暴力団花山組二代目組長に就任した、素手喧嘩(ステゴロ)の天才。喧嘩師 花山薫
中国武術界における高位の称号「海王」を受け継ぐ 中国拳法の達人。 魔拳 烈海王
この者達もまた刃牙同様に欠伸をかみ殺しながらの日々を送る毎日であった。
刃牙はいつものように自宅の地下室でトレーニングをしていた。仮想、対、範馬勇次郎戦を想定したイメージトレーニング。イメージは現実となり次第に見えてくる父親の姿。
表情までは見えないがそこにはまさしく地上最強の生物、範馬勇次郎がそこにいた。
小細工は一切なし、お決まりのファイティングポーズから高速での左ジャブを放つ、拳が届くより先に刃牙の視界が真っ暗になる。撃ち込む前に勇次郎の張り手が刃牙の顔面に叩き付けられていたのだった、状況を把握するより先に吹き飛ばされ身体は壁に打ち付けられた。ダメージの大きさから精神が乱れたのか勇次郎の姿は消えてく。
既に何時間経過しただろう、トレーニングの締めはいつもこれ、勇次郎を相手にスパーリング。
絶対的強者の父に一矢報いる為、刃牙の中でこの幻影の父はいつしか実力以上の実力を持ってしまっているのかもしれない…
ストライダム「精がでるな…」
地下へ続く、はしごの上から覗き込むように大柄な白人が刃牙に声を掛けてきた。この白人は勇次郎があちらの世界に行った時に一緒に居た人物だ。
ストライダム「呼び鈴を鳴らしたんだが、応答がなかったので悪いが上がらせて貰った。」
刃牙 「キャプテンストライダム!お久しぶりです!」
ストライダム「トレーニング中に悪いが、少し上がってこれるか?」
ペットボトルの水をガブガブと飲みながらハンドタオルで汗を拭き、ストライダムに日本茶でもいいっすか?と健気に接待をする。かまわんでくれと、既にちゃぶ台を前に座しているストライダムは刃牙にも座るように促した。
こう畏まった場はあまり好きではない刃牙は欠伸をかみ殺しながら座した。
とても言い難い事なんだが…とストライダムは勇次郎が今どのような状況にあるかを刃牙が理解出来るように何度も丁寧に説明をした。ストライダムと勇次郎の関係性は世間一般の親友という括りからは大きく逸脱してはいるが、地上最強の生物とまで言われている者の感覚が一般とかけ離れているのは仕方ない、形は違えども親友と言って良い関係なのだろう。
複雑な心境ではあるが、友として親友の願いを聞き入れたという大義名分はある。
地上最強の生物という異名を誰よりも誇らしく思っていたのは刃牙と同等とも言ってよい。だから勇次郎には常に闘争を求めていて欲しかった。だが…息子の立場となった時にはそれは違うだろう、ましてやその息子は勇次郎を超える為に産まれた時から日夜トレーニングをしているのだ。帽子を脱ぎ刃牙に向かい、額を畳に擦り付けた。米国では馴染みの薄い、土下座である。
日本では最上級の謝罪を意味するこのポーズをプライドの高い米国人のストライダムが行っている意味を考えて欲しい。
ストライダム「スマナイ、本当にスマナイ」
刃牙 「ちょっと待ってくれよ!そんな土下座なんて辞めてくれ」
自分が止めていたら…自分が止めなかったから…ストライダムが泣きながら刃牙に頭を下げ続ける。
立ち上がり狼狽する刃牙であったが辞めさせようとしても辞めないので、深い溜め息をついて、再び対面に胡座をかいた。
数分経過しただろうか、頭を上げないストライダムに対して刃牙が放った言葉は意外であった。
刃牙 「羨ましいぜ……」
ストライダム「ワット……???」
刃牙が欠伸をしながら放った言葉は罵声でも怒声でもなく羨ましいの一言であった。この場に来ると決めた時からストライダムはなぜ止めなかったと、殴られることさえも覚悟していた。批難も全て受け入れようと。そう思っていたので虚をつかれ顔を上げてしまう。
ストライダム「帰ってこないかもしれないんだぞ…?もう会えないかもしれない…」
刃牙 「でもそれはオヤジが望んだこと、あんたが謝ることじゃない」
ストライダム「いや…しかし…私が口を滑らせなければこんなことには…」
刃牙 「一緒だよ、一緒。」
ストライダム「一緒とは…?」
刃牙 「あんた、あいつを誰だと思ってんだ?地上最強の生物だぜ?他の世界があるって知ったらそれはそっちでも地上最強の生物にならないと可笑しいだろ。」
ストライダム「確かに…」
刃牙 「遅かれ早かれ、オヤジはそこに行ったと思うよ。研究所をぶっ壊してでもね」
「それに帰って来れないって決まった訳じゃないんだろ?タイマーで1年後だっけ?アイツは殺しても死にはしないよ」
ストライダム「確かにそうだ。あの漢がそう簡単に死ぬわけはない。悲観的な事ばかり考えてしまった。1年後に帰ってくる可能性もある」
父親に関して話をしている刃牙はどこか誇らしげであった。心配など微塵もしていないのは虚勢かまたは私に気を使っているのか…幼い頃から知っている刃牙に殴られることまで覚悟して話をしに来たのに、慰められる始末…友の息子の成長を密かに喜んだストライダムだが
次の瞬間言葉を失うことになる。
刃牙 「行く、俺も行くよ。」
ストライダム「ワット……???」
父親がその世界に居るなら、自分もそこに行く。なにか可笑しいことでも言ったかい?という表情をする刃牙に対して、必死の説得を試みるもそれは無駄となる。先ほどは謝らなくていいと言っていたのに早速、手の平を返して捲し立てる、範馬の血を色濃く受け継いだ若干18歳のこの少年に、オヤジが良くて俺がダメっていうのは可笑しいだろと難癖を付けられる。
ここまで来ると脅迫に近い。ましてや原因は自分にある…そこを責められるともう手に終えない。
絶対にこの少年は譲らないだろう。だがそれ以上にまだ見ぬ世界の強敵に目を輝かせている節もある。
ストライダム「血は争えんな…」
そう笑うと、先ほどまで欠伸を噛み殺していた刃牙の表情が変わったッッ…!!!
瞬間、汗が吹き出るッッッ!!!
異常とも言える新陳代謝を誇る刃牙であったが、座している場で急に汗が吹き出ることはない…これはトレーニングで掻く汗とは質が違う。瞳孔が開ききった刃牙は呼吸を整える為の息吹をした。
最初は何か自分が失言でもしてしまったのかと思って焦ったストライダムであったが、どうやら原因は他にあるようだ。
そして…
PIーーーーー!!PIーーーーー!!!!!
ストライダムの専用の携帯電話、緊急連絡ブザーが刃牙の部屋に鳴り響く
刃牙の欠伸は止まっていた…