黒コートアバターから、無色──といっても完全に透明ではない装甲のアバターへとユウスケの身体は変化した。
視界上部には2つのアバターネーム、《クリスタル・スパロウ》と《シアン・パイル》の名前があった。
そして、それとほぼ同時に対戦相手のタクムのアバターが見えた。
こいつが、シアン・パイル──!!
頭部は横にスリットがいくつか入り、中央に一本線が入っている。大柄な肉体に屈強な四肢、そして極めつけは右手の巨大な武器が付いており、先端から金属の棒が突き出ている。
「へぇ、驚いたよユウ。一体いつバーストリンカーになったんだい?そんなひ弱なデュエルアバターをこしらえてさぁ。」
いつものタクムの口調とは違う。冷ややかな、軽蔑するような口調だ。
「タク......お前がチユのニューロリンカーにバックドアを仕掛けたのか?」
「そうだよ。」
さも当たり前のように返したタクムにユウスケはくってかかる。
「あいつの視聴覚を勝手に盗んでたのかよ!?」
「何を怒ってるんだい?チーちゃんは僕の彼女じゃないか。直結くらいするよ。
直結を許してる以上何をされても問題ないってことだろ?」
「だからって......そんなことしていいのか!!」
「君に言われたくないなあ、君だってあのときチーちゃんに難癖つけて直結したんだろ?しかも勝手にメモリを漁った。そうだろ?」
「お前と一緒にするな。」
ユウスケは低い声で返す。
「なあ、ユウ。君にはわかるかい?僕の気持ちが。僕はチーちゃんに告白する機会を狙ってた。2年前、君が引っ越すって聞いたときにチーちゃんに勇気を出して告白したんだよ。
それなのに.......君のことを考えて、躊躇われたんだよ。」
「..........!!」
ユウスケは歯軋りさせながら黙り込んだ。
「わかんないよね?成績も悪くて、喧嘩に明け暮れてた頃の君よりも成績も運動も真っ当にできる僕を選んだ方がいいことくらいすぐにわかるのに。
君なんかと一緒になったらチーちゃんが可哀想だよ。」
「お前........何を言ってるんだ.....!?チユはお前のそんな表面だけしか見ないような奴じゃないことくらいわかるだろ!!」
「かもね。でも君の言うその表面もチーちゃんは好きになったってことさ。僕はちゃんと努力して成績は学年1位、剣道じゃ都大会優勝っていう実績を残したんだ。誇らしい彼氏じゃないか。」
タクムは、はははと愉快に笑う。しかし普段の爽やかさなど感じられない。気味が悪いだけだ。
ユウスケはその姿を憐れむように見ていたが、すぐにそっと言葉を発した。
「誇らしい彼氏?バカ言うなよ。」
タクムはふいにせせら笑いを止め、ユウスケに向き直る。
「バカ?何がだい?」
「お前は加速の力を使って、ズルをしてるだけだ。
そんなのは勇気とも努力とも呼ばねえ。ただの自己満足だ。」
ユウスケの言葉にほんの少しタクムはため息をつく。
「へぇ........いいよユウ。じゃあ本当に自己満足かどうか今ここで証明してやるよ!!」
ユウスケはタクムのその言葉が響くのとほぼ同時に前方に走り出した。
相手は純粋な青系。ならば十分距離をとれば倒せる。そう考えてユウスケは反応の遅れたタクムの腹部を捉える。
すると、タクムの、シアン・パイルの右腕の巨大なパイプの先端がユウスケの顔面に突き出された。しかし、距離はそこまでない。かわせる──!!
ガシュン!!
それを嘲笑うかのようなことが起きた。突然その金属でできた針が打ち出された。ユウスケは反射的に顔を右側にずらしたがその鉄杭は左肩を削り取った。それと同時にユウスケの右拳はタクムの腹部に一撃くらわせる。
タクムは後ろによろめき右腕の杭はもとに戻った。ユウスケは先程の攻撃を受けて体力ゲージが2割は減少している。それに対してタクムの体力ゲージの減りは1割弱。
そもそも相手がレベル4でなおかつ近接の青だと聞いたときから苦手だとは思っていた。レベル差はもちろんだが、それ以前に青系は物理攻撃特化が多いのでダメージが洒落にならない。
しかし、それとはまた違う。シアン・パイルは青系で、さらにリーチが長い。分が悪いにも程がある。
とにかくこの狭い通路では相手の攻撃の回避は難しい。なんとかして広いところに出なくては。
「ハハッ、何だい?この程度であんな大口叩いてたのかい、ユウ!?」
ユウスケはバックステップしてタクムから距離を離す。
しかし、それでも相手の射程範囲内にいるのは間違いではない。しかし、これなら──
ガシュン!!
再び鉄杭が発射されると、ユウスケはタイミングを読み完全にかわした。そして、そのまま走って近くの階段から上に登る。
タクムは鉄杭を引き戻すが、距離が遠かったせいか、引き戻すまでに少し時間がかかり、再度の攻撃には間に合わない。
レベル差はあっても走る速さはクリスタル・スパロウに分があるので、ユウスケは息切れしながら屋上に着いた。そこにはかなりの数のギャラリーがいた。タクムが呼んだのだろうか?いや、そんなことはどうでもいい。今は眼前の敵に集中だ。
煉獄ステージの壁はクリスタル・スパロウでは壊せない。だがここならば回避する分には有利なはずだ。すると、屋上にエレベーターが到着しそこからタクムは現れた。
「考えたね。この広い場所なら十分戦えるってわけか......クリスタル・スパロウ。」
「ああ、さっきみたいにはいかねえぞ、シアン・パイル。」
「ハハッ、案外小賢しい真似をするねえ、君らしいよ。」
「お互い様だろっ!!」
今度はタクムが走り出して右手の鉄杭を胴体に向けて放つ。胴体ならば頭を狙ったときのように容易に致命傷を外せはしないだろう、と考えたのだろう。
ガキィンッ!!
直後、ユウスケの左足はタクムの右腕を蹴り上げ、照準を上にずらした。放たれた鉄杭は虚しく空を裂き、再装填が始まる。ユウスケはそこを逃さず右拳で腹部に、右足で脇腹にダメージを与える。
タクムはよろめき、笑う。
「くっ......少しはやるみたいだね。だけどこの程度じゃ効かないよ!!」
タクムは右腕を今度は振り回した。発射のタイミングを予測させないためだろう。おそらく切っ先をこちらに向けられれば即座にその鉄杭がユウスケを襲うだろう。
ユウスケは冷静に振り下ろしてきた右腕のパイプ部分を両腕で抑えると左足で膝蹴りを与える。再びよろめいたところで今度は頭、足にも攻撃を繰り出す。とうとうタクムは膝をつき、うずくまる。
「ハァ..........ハァ......ハァ、どうした、タク!?終わりかよ!!」
ユウスケはうずくまったままのタクムを殴ろうとするが、次の瞬間タクムの顔が前を向き、状態を仰け反らせスリットの奥の眼がぎらっ!と輝く。
「かかったな!!《スプラッシュ・スティンガー》!!」
ガガガガガッ!!
シアン・パイルの胸元の装甲が開きそこから大量の杭が発射された。
「ぐあっ!!」
ユウスケの身体に突き刺さった杭は貫通し、体力ゲージを大量に奪った。ユウスケは後ろに仰向けに倒れる。
「ハハッ、動けないだろ?ほぼ全ての攻撃を喰らったんだ。無理もないよ。」
「お前......最初からこれが狙いで......」
「いやいや、さっきのは正直に驚いたよ。あんな回避をした奴は初めてだ。それは誉めてあげるよ。でも、所詮は《スパロウ》──ただの小うるさいスズメってことさ。」
タクムの皮肉めいた言い方にユウスケは反抗する。
「..........言ってくれんじゃねえかよ、お前の攻撃こそ小うるさいだけだぜ。」
口ではそう言ってみたが、今ので体力ゲージは4割は削られ、3割弱しかない。対してシアン・パイルは今のところ体力ゲージは4割強。
今のラッシュを繰り返せば覆せないでもないが、先程の必殺技で全身が痺れるように痛い。長い間戦い離れしていたせいか、あるいはレベルが3つ上の物理攻撃特化アバターの必殺技をまともに喰らったせいなのか、理由はさておき今のままでは回避は難しい。早くコンディションを立て直さないと。その考えをタクムが見逃すはずもなく──
ガシュン!!
「がああっっ!!」
シアン・パイルの鉄杭がクリスタル・スパロウの腹部に突き立てられバキィッと嫌な音を立てて貫通し、ユウスケのささやかな体力ゲージは残り1割に持っていかれる。
タクムは右腕を乱暴に振り回し、ユウスケを遠くに投げ飛ばした。
「無様だねえ、ユウ!ちょっと運がよかったからって調子に乗りすぎだよ!!レベル1の君が、僕に勝てるわけないのにさあ!!」
タクムは勝ち誇り高らかに叫んだ。
「くっ..........そっ......」
ユウスケは腹部を押さえて立ち上がる。タクムはそれに多少驚きはしたもののゆっくりとした足取りでユウスケの元に向かう。
「何だよ?見苦しいなあ、いい加減負けを認めたらどうなんだい!?」
「......誰が、認めるかよ..........」
「いつもそうだよね、ユウ。君は負けず嫌いだ。だからああやってチーちゃんをたぶらかして弄んだんだ!」
タクムは必死に訴えるように言った。
「僕はまともな神経を持ってるからね。君とは違うよ。好きな女の子が別の男に──君に靡いているなんて知ったら憎くもなるさ。もう消えてくれよ、ユウ!!」
タクムの悲痛な叫びが響く。
するとユウスケは大きく低い声で深呼吸した。
「タク、お前はチユのことをわかっていない。」
「......!?何だい、負け惜しみか?」
「違えよ、本気だ。お前はチユのことをわかっていないし、わかろうともしていない。」
「......そんなこと言い切れるのかい!?」
「言い切れるさ、お前はチユの表面しか見ようとしていない。悲しんでたとか、戸惑ってたとか、靡いてたとか言ってたよな!
お前はあいつの表面だけ見て、表面だけ好きになって、表面だけで判断して、勝手に恐がって加速の力に頼った、ただの臆病者だ!そんな奴が理解してるだなんて言う資格はねえ!!」
タクムは押し黙る。すると、
「黙れ......黙れ黙れ黙れ!!今更そんな綺麗事言っても無駄なんだよ!!これで終わりだ!!」
タクムは鉄杭をユウスケの顔面に突き付ける。
「............っ!」
ユウスケは悟った。終わりだ──!!
もう回避はできない。ましてや拳や足は届かないし、届いてもそのダメージでは体力ゲージは削りきれない。
ごめん、姫──俺はお前を守ってやれなかった。でも、ブレイン・バーストを失っても加速の力が消えるだけだ。あいつとまたやり直せばいい。またもう一回友達としてやり直せば、問題は──
『ユウスケ君。私はキミが好きだ。』
姫......何だよこれ、幻聴かよ。
『ユウスケ君、さよならは言わない。私は信じているよ、キミとまた会えるのを。』
いや、幻聴じゃない。俺が心のどこかで考えてるのか。
そうだよな、姫。俺はお前にブレイン・バーストを失ってほしくない。俺はまだお前に返事を言ってない。
お前に好きだって言ってない──
「フゥ........やっと終わった。」
タクムは目の前に起こっている煙を眺めながら呟いた。
「この距離ならかわせないだろう。まったく手間取った──!」
次の瞬間、タクムは凍りついた。煙が晴れてもクリスタル・スパロウの姿がないのに彼の体力ゲージは残っている。
馬鹿な──!確かに捉えたはず。
ギャラリーもザワザワしながら辺りを見渡すと、ある1人が「あそこだ!」と上を指差した。
それは煉獄ステージの屋上にある空に伸びる巨大な柱。その一番上にいたのは無色の装甲で形成され、身体に白を基調とした所々黒い模様の入ったマントを着たデュエルアバター。いや、着ていると言うよりアバターと一体化していると言っていいだろう。
見れば分かる。クリスタル・スパロウだ。
ギャラリーの連中も驚き、口々に何か言っている。
「何だ!?いったいどうやって!?」
「ジャンプ、いやワープか?」
「もしかしたら幻覚技ってことも......」
すると、ギャラリーの1人の眼鏡にノートパソコンを持ったアバターが驚きながら言った。
「あ、あれは......《加速アビリティ》.......だ。」
「か、加速アビリティ!?」
「ああ、 色のない装甲、白を基調としたマント、そしてあのスピード.......そうか、あいつは.......アバターネームを知る者は限られていたが、これは間違いない」
焦りつつも眼鏡を掛け直す。
「奴は......クリスタル・スパロウは......かつて加速世界最速と恐れられた加速アビリティの使い手..........レベル9のバーストリンカー..........《無の王》だ!!」
「何!?」
「嘘だろ!!」
「消えたんじゃなかったのか!?」
「でも何でレベル1になってんだ!?」
「わかんねえ!とにかく、は、早く本部に連絡を!」
ギャラリーがざわめいている間にユウスケは地面に着地する。
「あああ........!!」
タクムは怒り狂ったようにユウスケを睨む。
「何なんだよ、キミは!!今更そんなアビリティを身につけて!!」
「..........悪いな、タク。話は終わりだ。決着つけようぜ。」
「望むところだ!!《ライトニング・シアン・スパイク》!!」
シアン・パイルの右腕の鉄杭が今までにないほどの速さでなおかつ、かなりの距離を縮めるかのように迫ってくる。
ユウスケはそれを見て、初めはゆっくりと、それからは急激に加速を繰り返しながら突進する。
そしてその鉄杭が眼前に迫ったところで最小限の動きで下によけてそれから鉄杭と地面の隙間をくぐるように接近する。
クリスタル・スパロウの右拳がシアン・パイルの腹部を下から突き上げる。シアン・パイルの巨体は3、4メートル飛んで背中から地面に落ちた。
シアン・パイルの体力ゲージと必殺技ゲージは残り5%程度となった。
シアン・パイル戦決着!
ようやく主人公のアビリティ復活です。固有名は後で考えますが、今回は《加速アビリティ》で通しておきます。その名の通り速度を上げる。つまりは加速度を与えるみたいな感じです。物理に詳しい方はツッコむところがあるかもしれませんが、すいません。細かいところは目をつぶってください(>_<)ヽ
余談ですけど、偶然本文の文字数が5555文字になってます。なんか5に縁でもあるのでしょうか。まさか!通知表オールg(ry)
それでは、これからもよろしくお願いします。