「..........なんでこんなことに」
ユウスケは黒雪姫と分かれた後、とぼとぼと帰路についていた。
自分から直結して確かめる、なんて言ったのだ。そんなことを言う勇気などない。そもそも、異性と直結とは少なくとも客観的に見れば恋人と思われてもおかしくない。千百合がそれを了承するのかも怪しい。
「というか、何て切り出せばいいんだ..........ストレートに“直結してくれ”とか、いや......何か言い訳でも考えるか」
などと、試行錯誤しているといつも人の少ない公園に梅郷中の制服を着た女子がベンチに座っているのが見えた。
「あ..........チユ」
「ゆ、ユウ」
お探しの人物、倉嶋千百合だ。
探す手間が省けたが、見つけたら見つけたで戸惑ってしまう。
「よ、ようチユ。どうしたんだこんなとこで。」
若干顔を強ばらせながらもユウスケはチユリに話しかける。
「..........別に、なんとなく」
チユリはそっぽを向いて悲しそうに返した。
「..........あのさ、隣座ってもいいか」
「うん」
ユウスケはチユリの左側に腰を下ろした。横目でチユリを見るが、やはりこちらを見ずに悲しそうに俯いている。
「ち、チユ」
「何?」
「俺、お前に謝りたいことがあるんだ。だけど......その....上手く言葉にできないかもだから....直結させてもらっても....いいか?」
「..........いいよ、ケーブルある?」
チユリは拗ねたような顔で尋ねてきた。
「..........無いな。」
ユウスケはポケットやカバンを漁ってみたが、偶然持ち合わせていなかった。
「じゃあ、これしかないけど」
チユリが取り出したのは、およそ長さ30センチのケーブル。
「..........え?」
数秒フリーズした。
「お前まさかいつもこれで直結してるのか....?」
「違うわよ!タッくんは1メートルのやつ持ってるもん。」
いやいや、でもなんでよりによってこんな長さ?
「するんだったら、早くしてよ。」
「ああ.....わかったわかった。」
ユウスケはとりあえず自分のニューロリンカーに片方のプラグを挿した。もう一方を挿そうとするが、届かない。実は2人の距離は7、80センチくらいは離れている。これでは届かない。
とりあえず、ユウスケはチユリの横にもっと近づいた。そして、なんとか挿すことには成功した。しかし..........このケーブルの長さ故に仕方のないことだが、2人の距離が近い。肩が触れ合うくらい近い。
なんか.........罪悪感がこみ上げてくる。いや、これはそう、チユの無実を証明するための行為だ。うん。やましい気持ちなどひとかけらもない。
ユウスケはそう己に言い聞かせると、ゆっくり思考発声を行った。
『あの......怒ってるか、さっきのこと』
『少しね、いや怒ってるっていうより悔しいって思ってる。』
『悔しいって?』
ユウスケの問いにチユリは黙ったままだった。いや、正確には思考発声をしなかった。
その隙にユウスケは当初の目的のチユリがシアン・パイルかどうかを確かめにかかった。しかし、この時点で目的はほぼ達成できている。チユリがシアン・パイルならこの場で直結などさせるはずがない。ユウスケは一応確認と考え、メモリを漁る。
『あたし、2年前ユウが引っ越すって聞いて凄く悲しかった..........会えなかったらどうしようって。
でも....昨日ユウに会えて、また話ができて凄く嬉しかった.......これ以上ないくらい幸せだった。』
『チユ......』
ユウスケはチユリの言葉に胸を痛めながら、フォルダを開いていく。
『でも、ユウがあの人と、黒雪姫さんといたとき何だかズキズキした気持ちになった。ユウが戻ってきたとき、もう遠くに行ってほしくないって思ってたのに......いなくなって、また会って、またいなくなったら、もう無理だよ。耐えられない。』
チユリは両目から大粒の涙を流しそれが膝の上に置かれた両手の甲に何滴も落ちていた。
『だってよ..........お前には彼氏がいるだろ。俺が引っ越すほんの少し前に、お前がタクに告白されたって言ったときも俺、どうしたらいいのかわからなかったよ。でも、タクと付き合った方がお前にとっては..........』
『あたしは!あたしは......タッくんもユウも同じくらい大事なの!そんなの関係ないよ!』
突然、チユリが怒鳴るような声で言った。
『俺には関係あるんだよ......俺みたいにロクに勉強も出来なくていつもテストじゃほぼ最下位くらいで、人付き合いも悪いやつより......成績は学年1位で剣道も都大会優勝のタクと付き合った方がいいだろ......』
ユウスケは苦々しい表情で返した。
『でも、あたしは2人と一緒にいたい!また昔みたいに3人で楽しくやっていきたいよ!!』
『チユ..........』
『ごめん......無理だよね。あたしたちは少しずつだけど変わってる......いつまでも一緒にはいられないね。』
『チユ、俺は......』
ユウスケはそこまで言って止めた。アプリケーションインストールフォルダのアイコンを確認していたがそこには《ブレイン・バースト》はなかった。
どれも一般的なものばかりだ。ユウスケは少し安堵した後、続けた。
『俺は......悪かったって思ってる。お前の気持ちに気づかなくて......こんなに悩んで、苦しんで、戸惑ってたのに......』
『ううん。謝らなくていいよ。』
『チユ......俺は遠くに行ったりしない。離れてても俺たちは幼なじみだ。もしも遠くに行っても必ず帰ってくる..........安心しろ。』
ユウスケの口調は弱々しかったが、チユリは目に涙を浮かべたまま微笑んだ。
『うん。信じてるよ、ユウ。
..........信じてる。』
ユウスケはフォルダとチユリの顔を1回ずつ見る。
ついさっきまでチユリが黒雪姫の敵、シアン・パイルではないかとほんの少しだけでも疑った自分がどうかしていたのだと思い知った。最初から信じていた。
大丈夫だ。やっぱりチユはシアン・パイルじゃない。
そして、チユリに見えないように動かしていた指が1つのフォルダを開いたとき、ある違和感に気づいた。
先程からこのフォルダだけ反応が重い。2人は改めて言うのもなんだが、30センチのケーブルで直結している。ラグが起こることはないと思うのだが。
しかし、それが何なのか気づいたとき、ひどく驚いた。
こいつは......バックドア....!!
チユリのニューロリンカーはそれによって外部から接続され、彼女の視聴覚情報を盗んでいるのだ。今、この瞬間にも。
そう、これでシアン・パイルがマッチングリストに現れない理由がわかった。
シアン・パイルはチユリのニューロリンカーにバックドアを仕掛けることで、チユリと同じ梅郷中の学内ローカルネットに接続している黒雪姫に対戦を挑んでいたのだ。そうすれば自在にマッチングリストに出現、消滅が可能となる。チユリがガイドカーソルの軌道上にいたのはむしろ当然だ。だってシアン・パイルはチユリのいた座標と同じところから出現していたのだから。
ユウスケはそれを瞬時に分析すると、怒りが湧き上がってくるのがわかった。
こいつ........!!
ユウスケは感情を顔に出さないようにそれを消去しようとしたが、踏みとどまった。
ここで、これを消去すればシアン・パイルにも気づかれるだろう。それでは奴のリアルを割るのは困難になる。今は放置しておいて、次の奴の襲撃のときに手を討とう。そう考えて、ユウスケはウィンドウを閉じた。
そして、ユウスケは安心と困惑の感情が入り混じったまま、プラグを抜いた。
地の文やら感情表現やらを増やしていたら予想以上に長くなりました。話の本筋に入っていくのは一体いつになるのやら。
では、これからもよろしくお願いします。