ハイスクールD×D ~赤と紅と緋~   作:フレイムドラゴン

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第12話 元カノ、倒します!

 地下の祭儀場から聖堂に戻った俺は、アーシアを長椅子の上に寝かせる。

 

「アーシア、しっかり!? ここを出れば、アーシアは自由なんだぞ! 俺や明日夏たちと、いつでも一緒にいられるようになるんだぞ!」

 

 ゆっくりと目を開けるアーシア。

 微かに上がった手を俺は両手で握りしめる。

 握りしめた手は、とても冷たく、生気が感じられない。

 

「・・・・・・私、少しの間だけでも、お友達ができて幸せでした・・・・・・」

「何言ってんだ! 全部終わったら、遊びに行こうって約束したじゃないか!? 連れていきたいとこ、いっぱいあるんだからな! ゲーセンだろ、カラオケだろ、遊園地だろ、ボーリングだろ、他にはさ・・・・・・あれだよあれ、ほら! そうだ、明日夏以外のダチにも紹介しなきゃ! 松田、元浜って、ちょっとスケベだけど、すっげーいい奴なんだぜ! 絶対、アーシアと仲良くなってくれるからさ! 皆でワイワイ騒ぐんだ! バカみたいにさ!」

 

 涙が止まらない。

 笑いながら話しかけているはずなのに涙が止まらなかった。

 わかってる。理解できている。この子は死ぬんだと。

 それでも否定したかった。こんなことは嘘に決まっている、と。

 

「・・・・・・この国で生まれて、イッセーさんや明日夏さん、千秋さんと同じ学校に行けたら、どんなにいいか・・・・・・」

「行こうぜ! いや行くんだよ! 俺たちとさ・・・・・・!」

 

 アーシアの手が俺の頬を撫でる。

 

「・・・・・・私のために泣いてくれる・・・・・・私・・・・・・もう、何も・・・・・・」

 

 アーシアは涙を流しながら微笑んでいた。

 

「・・・・・・ありがとう・・・・・・」

 

 頬を触れている手が静かにゆっくりと落ちていった。

 アーシアは微笑みながら、その言葉を最後に動かなくなった。

 

「・・・・・・アー・・・・・・シア・・・・・・」

 

 アーシアが死んだ。

 

「なんでだよ? なんで死ななきゃなんねぇんだよ? 傷ついた相手なら誰でも・・・・・・悪魔だって治してくれるくれぇ、やさしい子なのに!?」

 

 俺はアーシアを抱きしめ、教会の天井に向かって叫ぶ!

 

「なあ、神さま! いるんだろう!? この子を連れていかないでくれよ!? 頼む! 頼みます! この子は何もしてないんだ! ただ友達が欲しかっただけなんだ!」

 

 天に訴えかけても応じてくれる者はいない。

 

「俺が悪魔になったからダメなんスか!? この子の友達が悪魔だからナシなんスか!? なあ、頼むよ、神さまァァァッ!?」

 

 悔しさに歯嚙みした。

 俺は弱い。俺は無力だ。

 もっと力があれば・・・・・・アーシアを救えるだけの力があれば・・・・・・!

 今更後悔しても、アーシアは目を覚まさない。笑わない。

 

「・・・・・・悪魔が教会で懺悔?」

 

 唐突に投げつけられる言葉。

 

「・・・・・・タチの悪い冗談ね」

 

 振り向くと、地下の階段からレイナーレが上がってきていた。

 その体はボロボロで、息遣いも荒く、肩にはナイフが刺さっていた。

 

「・・・・・・ほら、見てこれ。あなたのお友達にやられたのよ・・・・・・」

 

 レイナーレは憎悪に塗れた表情をこちらに向けていた。

 明日夏がやったのか、あれ?

 ていうか、明日夏は! 木場や小猫ちゃんは!

 レイナーレは、肩に刺さっているナイフをおもむろに掴む。

 

「・・・・・・クッ・・・・・・ああぁ・・・・・・ッ!」

 

 絶叫をあげながら、強引にナイフを引き抜き、ナイフを投げ捨てた。

 

「・・・・・・でも、見て」

 

 レイナーレが肩の傷に手を当てると、淡い緑色の光が発せられ、肩の傷を塞いでいく。

 

「素敵でしょう? どんなに傷ついても治ってしまう。神の加護を失った私たち堕天使にとって、これは素晴らしい贈り物だわ」

 

 そう言いながら、他の傷も治療してしまう。

 

「これで私の堕天使としての地位は盤石に。ああ、偉大なるアザゼルさま、シェムハザさま、お二人の力になれるの──だからこそ、許せないわ! お二人の力になれる至高の堕天使たるこの私に、あそこまで傷を負わせられ、屈辱を味合わされたあの男を! だから、あの男はただでは殺さないわ。私以上の屈辱を味合わせ、苦痛に苦しませ、この私に懺悔させてあげたところで、じっくりいたぶってから八つ裂きにしてあげるわ!」

 

 レイナーレは明日夏に対する憎悪の感情を包み隠すことなく口にする。

 レイナーレの言葉から察するに、明日夏たちは無事のようだ。ここに来ないのは、未だにあの大勢の神父たちと戦っているからだろう。

 

「そのためにも、あなたを利用させてもらうわ。彼はあなたのことが大事なようだからね。目の前であなたをいたぶれば、たいそう苦しむでしょうね。そのためにも、抵抗できないように、あなたの手足を引き裂いてあげるわ。もちろん、じっくりいたぶってからだけれどもね。恨むなら、彼を恨みなさい。彼が余計なことをしなければ、あなたもそんなに苦しむこともなかったでしょうにね。安心して。あの男が苦しむさまを見たら、すぐにそこで寝ているアーシアのもとへ送ってあげるわ。アーシアも、天国で寂しくならないでしょ──」

「──うるせぇよ」

「?」

 

 俺はレイナーレの長ったらしい会話を遮る。

 

「・・・・・・堕天使とか、悪魔とか、そんなもん、この子には関係なかったんだ!」

神器(セイクリッド・ギア)を宿した選ばれた者の、これは宿命よ」

「何が宿命だ! 静かに暮らすことだってできたはずだ!」

「それは無理」

「何が!?」

神器(セイクリッド・ギア)は人間にとって部に余る存在。どんなに素晴らしい力であろうと、異質なものは恐れられ、そして爪弾きにされるわ」

 

 アーシアの悲しげな表情と言葉が脳裏を過ぎる。

 

 ──悪魔も治療できてしまう力を持つような者は異教徒だと。

 ──私、友達がいないので・・・・・・。

 

「仕方ないわ。それが人間という生き物だもの。こんな素敵な力なのにねぇ」

「でも俺は、俺と明日夏と千秋はアーシアの友達だ! 友達としてアーシアを守ろうとした!」

「でも、死んじゃったじゃない! アッハハッ! その子、死んでるのよ? 守るとか、守らないじゃないの! あなたたちは守れなかったの! 特にあなたは! あのときも、そしていまも!」

「・・・・・・わかってるよ・・・・・・だから許せねぇんだ・・・・・・! おまえも・・・・・・そして俺も! 全部許せねぇんだ!」

 

 レイナーレへの、そして無力な自分への怒りが沸き上がる中、部長の言葉が脳裏を過ぎる。

 

 ──想いなさい。神器(セイクリッド・ギア)は、持ち主の想う力で動くの。

 

「返せよ」

 

 ──その想いが強ければ強いほど必ずそれに──。

 

「アーシアを返せよォォォォォッッ!!」

 

 ──応えてくれる。

 

Dragon(ドラゴン) booster(ブースター)!!』

 

 俺の叫びに応えるように、神器(セイクリッド・ギア)が動き出す。

 いままで鳴っていたのと違う音声が鳴り、俺の体に力が駆け巡る。

 

「ウオオオオオオオッ!」

 

 力任せに、レイナーレに殴りかかるが、レイナーレは華麗にそれを避ける。

 

「だから言ったでしょう? 一の力が二になっても、私には敵わないって」

 

Boost(ブースト)!!』

 

 再び音声が鳴り、俺の中の力がさらに高まる。

 

「デエアアアアアアアッ!」

 

 もう一度殴りかかるが、これも避けられる。

 

「へぇ、少しは力が増した? いいわ。少し遊んであげるわ」

 

 そう言いながら、レイナーレは光の槍を手元に作り出していた。

 

「フッ!」

 

 ズシャァッ!

 

「がっ!?」

 

 レイナーレの投げた槍が、俺の両足の太ももを貫いた!

 貫かれた太ももが、内側から焼かれるように痛かった!

 

「光は悪魔にとって猛毒。触れるだけで、たちまち身を焦がす。その激痛は悪魔にとってもっとも耐え難いのよ? あなたのような、下級悪魔では──」

「──それがどうした?」

 

 俺は光の槍を掴む。光によって手のひらを焼かれるが、構わなかった。

 

「こんなもん、アーシアの苦しみに比べたらァァァッ!」

 

 手を焼かれながらも、槍を引き抜いた。

 

「・・・・・・どうってことねえんだよ!」

 

Boost(ブースト)!!』

 

 さらに籠手から音声が鳴り響く。

 

「大したものねぇ? 下級悪魔の分際でそこまでがんばったのは褒めてあげる。でも──」

「っ!? 力がっ!?」

 

 全身から力が抜けていき、その場で尻もちをついてしまう。

 

「──それが限界ね。下級悪魔程度なら、もうとうに死んでもおかしくないのに。意外に頑丈ね? でも、おかげでいたぶりがいがあるわ!」

 

 レイナーレの嘲笑いが耳に入る中、俺は──。

 

「──神さま・・・・・・じゃダメか、やっぱ」

 

 いつの間にか、そう口にしていた。

 

「・・・・・・悪魔だから魔王か? いるよな、きっと。魔王。俺も一応悪魔なんで、頼み聞いてもらえますかねぇ?」

「何ブツブツ言ってるの? あまりの痛さに壊れちゃった?」

 

 レイナーレの嘲笑を聞きながら、激痛に耐えながら足に力を入れる。

 

「・・・・・・頼みます。あとは何も・・・・・・いらないですから・・・・・・!」

 

 そして、徐々にだが確実に立ち上がる。

 

「そんな!? 嘘よ!?」

 

 レイナーレは立ち上がった俺をみて、信じられないものを目にしたような顔をする。

 

「・・・・・・だから、こいつを──一発殴らせてください!」

「立ち上がれるはずがない!? 体中を光が内側から焦がしてるのよ!? 光を緩和する能力を持たない下級悪魔が耐えられるはず──」

「ああ、いてぇよ。超いてぇ。いまでも意識がどっかに飛んでっちまいそうだよ。でも・・・・・・そんなのどうでもいいくれぇ──てめぇがムカつくんだよォォォォォッ!!」

 

Explosion(エクスプロージョン)!!』

 

 新たな音声が鳴り響いた瞬間、籠手の宝玉が光り輝き、籠手の形状が変化した。

 そして、いままでにないほどの、強大な力が全身を駆け巡った。

 

「この波動は中級・・・・・・いえ、それ以上の!? あ、ありえないわ!? その神器(セイクリッド・ギア)、ただの『龍の手(トゥワイス・クリティカル)』がどうして!?」

 

 なんのことだかさっぱりだが、レイナーレはひどく怯えているようだった。

 

「ひぃぃっ!? うっ、うう、嘘よっ!?」

 

 俺がレイナーレを睨んだ瞬間、レイナーレは光の槍を慌てながら投げつけてくる。

 

 バキィン!

 

 俺はそれを、籠手を装着した腕の横殴りで弾き飛ばす!

 

「っ!? い、いやぁっ!?」

 

 レイナーレはこちらに背を向け、逃げるように翼を羽ばたかせて飛び上がろうとしていた。

 俺は一気に近づいて、そんなレイナーレの腕を掴む。

 

「ひっ!?」

「逃がすか、バカ!」

「私は・・・・・・私は至高の──」

「吹っ飛べ! クソ天使ィィィィィッ!!」

 

 レイナーレの顔面に鋭く、拳を打ち込む!

 

「あああああああああああっっ!?」

 

 後方に吹っ飛んだレイナーレは、教会のステンドガラスを突き破って、外まで吹っ飛んでいった。

 

「はぁ、はぁ、ざまーみろ──ぐっ」

 

 レイナーレを殴り飛ばし、完全に力を使い果たした俺はその場に倒れこもうとした瞬間──。

 

「──っと。大丈夫か、イッセー?」

「・・・・・・明日夏・・・・・・?」

 

 明日夏が俺の肩を抱き、持ち上げて俺を支えてくれた。

 

「一人で堕天使を倒しちゃうなんてね」

 

 もう片方の肩も、木場が支えてくれる。

 

「よー、おせぇじゃねぇか、イケメン共?」

「悪い。さっさとあの女に引導を渡したかったんだが・・・・・・」

「キミの邪魔をするなって、部長に言われてさ」

「・・・・・・部長に?」

「その通りよ。あなたなら倒せると信じていたもの」

 

 声がするほうに振り向くと、リアス部長が壁に背中を預けて佇んでいた。

 

「用事が済んだから、ここの地下にジャンプしてきたの。そしたら、祐斗と小猫と明日夏が大勢の神父と大立ち回りしているじゃない」

「部長のおかげで助かりました」

「さすがは『紅髪(べにがみ)滅殺姫(ルイン・プリンセス)』と呼ばれるだけありますよ」

「な、なんだ、そのルイン・プリンセスって?」

 

 ものすごく物騒な名だな。

 

「部長の異名だよ。その一撃は、あらゆるものを滅ぼす。そこから、そう呼ばれるようになったんだ」

 

 そんなヒトの眷属になったんだ、俺は・・・・・・。

 

「イッセー、その神器(セイクリッド・ギア)?」

「あっ、ああ。いつの間にか、形が変わってて」

「赤い龍・・・・・・そう、そういうことなのね」

「部長?」

 

 部長が俺の神器(セイクリッド・ギア)を見て、何かを得心したようだ。

 

(部長は、おまえの神器(セイクリッド・ギア)が『龍の手(トゥワイス・クリティカル)』ではなく、別のものだと踏んで、それを確認するうえで、堕天使との戦いを見守っていたんだ)

(そうなのか!?)

 

 俺の神器(セイクリッド・ギア)が『龍の手(トゥワイス・クリティカル)』っていうのじゃないと。

 

「・・・・・・部長。持ってきました」

 

 小猫ちゃんが外から何かを引きずってやってきた。隣には千秋もいた。

 小猫ちゃんが引きずっている何かを見ると、それは俺が先程吹っ飛ばしたレイナーレだった。

 ていうか、小猫ちゃん。持ってきたって、完全にもの扱いですか・・・・・・。

 

「イッセー兄、大丈夫!?」

「ああ、大丈夫だよ。この通り、生きているよ」

「・・・・・・よかった・・・・・・!」

 

 うっ、また千秋が泣きそうになっちゃてるよ。ホント俺、千秋に心配かけっぱなしだな。

 

「・・・・・・うっ・・・・・・」

 

 気がついたのか、レイナーレが目を開ける。

 

「はじめまして、堕天使レイナーレ」

「・・・・・・うぅっ・・・・・・」

「私はリアス・グレモリー。グレモリー家の次期当主よ」

「・・・・・・グレモリー一族の娘か・・・・・・!」

「どうぞお見知りおきを。短い間でしょうけど」

 

 レイナーレは忌々しそうに部長を睨むが、途端に嘲笑うかのように口元を歪ませる。

 

「・・・・・・してやったりと思っているんでしょうけど、私にはまだ協力してくれている堕天使たちがいるわ! 彼らが来れば──」

「来ないわ」

 

 部長はレイナーレの眼前に何かを放る。

 それは黒い羽だった。

 それを見て、レイナーレの表情が曇る。

 

「あなたのお友達は、そこにいる千秋が片付けてしまったわ」

 

 レイナーレは千秋のほうに振り向く。

 その瞳は、部長以上に忌々しいものを見るかのようだった。

 そして、その視線は明日夏にも向けられる。

 

「・・・・・・たかだか人間風情の忌々しい兄妹が、よくも・・・・・・!」

「あなたたちの最大のミスは、人間という浅はかな理由で明日夏と千秋の二人を甘く見すぎたことね。あなたのお友達に至っては、調子に乗って、千秋の逆鱗に触れるという愚行まで冒したわ」

 

 それってつまり、千秋一人で複数の堕天使を倒したっていうのかよ!

 

「以前、ドーナシークにイッセーを襲われたときから、この町で複数の堕天使が何かを企んでいることは察してたわ。私たちに累を及ばさなければ、無視しておいたのだけれど、調べてみると不審な点が目立っていたの。それで朱乃と共に直接確認してきたの。私たちを甘く見ていたのか、あなたのお友達があっさりと喋ってくれたわ」

「部長。じゃあ、俺のために」

 

 部長が言っていた用事ってのは、それだったのか。

 なのに俺ってば、部長に失礼な態度を取っちまったよ。

 

「そして、堕天使レイナーレ、あなたの敗因は、イッセーのことも甘く見すぎていたことよ」

「・・・・・・なんですって?」

「この子、兵藤一誠の神器(セイクリッド・ギア)は、単なる『龍の手(トゥワイス・クリティカル)』ではないわ」

「何っ!?」

「持ち主の力を十秒ごとに倍加させる、魔王や神すらも一時的に超えることができる力があると言われている、十三種の『神滅具(ロンギヌス)』のひとつ、『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』」

 

 部長の言葉を聞いて、レイナーレは驚愕の表情を浮かべる。

 

「・・・・・・神をも滅ぼすと伝えられている忌わしき神器(セイクリッド・ギア)が、こんな子供に・・・・・・!」

 

 俺の神器(セイクリッド・ギア)って、そんなにとんでもないものだったのか!

 

「どんなに強力でも、パワーアップに時間を要するから、万能ではないわ。相手が油断してくれてたから勝てたようなものよ」

 

 調子に乗らないように、部長に釘を刺された。

 確かに、パワーアップに時間がかかるんじゃ、万能じゃないか。

 強力だけど、弱点も多い、と。

 

「さて、消えてもらうわ、堕天使さん」

 

 部長はレイナーレに向き直し、冷酷に告げる。

 

「イッセーくん!」

「っ!?」

 

 突然、俺の耳に聞き覚えのある声が聞こえた!

 

 

―○●○―

 

 

 堕天使レイナーレは、いつの間にか、俺と千秋にとっては忌々しく、イッセーにとってはいろいろなものをえぐりかねない姿になっていた。

 

「助けて! あんなこと言ったけど、堕天使としての役割を果たすため仕方がなかったの!」

「・・・・・・夕麻ちゃん・・・・・・」

 

 そう、その姿は、レイナーレがイッセーに近づくために演じた、イッセーの初めての彼女、天野夕麻になっていた。ご丁寧に、服装も、イッセーとの初デートのときのものだった。

 レイナーレ・・・・・・天野夕麻はイッセーに媚びるように命乞いを続ける。

 

「ほら、その証拠にこれ、捨てずに持っていたの!」

 

 イッセーに見せたのは、腕にはめているシュシュ。それは、初デートのときにイッセーが買ってやったものだった。

 

「忘れてないわよね!? あなたに買ってもらった・・・・・・」

 

 イッセーが忘れるはずがないだろ・・・・・・最悪な意味でな。

 

「・・・・・・っ・・・・・・なんでまだ、そんなもん持ってんだよ・・・・・・!」

 

 それを見て、イッセーはとても辛そうに悲痛な表情を浮かべて顔をうつむかせる。

 

「どうしても、捨てられなかったの! だって、あなたが・・・・・・!」

 

 イッセーは俺と木場の支えから抜け、天野夕麻に歩み寄る。

 それをどう捉えたのか、天野夕麻は表情を輝かせる。

 

「マズい! 明日夏──くん?」

 

 木場がイッセーを引き留めようとしたのを、肩を掴んで止める。

 

「必要ねえよ」

 

 止める必要なんてないんだからな。

 

「私を助けて!? イッセーくん!」

「・・・・・・・・・・・・おまえ・・・・・・どこまで・・・・・・!」

 

 イッセーは踵を返す。ちょうど、部長と対峙するように。

 それを勝手にそう捉えたのか、天野夕麻はますます表情を輝かせる。

 

「えっ?」

 

 だが、イッセーはただただ、部長の横を通り過ぎ、天野夕麻から離れるだけだった。

 それを見て、途端に天野夕麻・・・・・・いや、堕天使レイナーレは顔を青ざめさせていく。

 バカな奴だ。レイナーレとして命乞いをしていれば、まだイッセーは迷っただろうにな。

 

 ビュオオオオオオオッ!

 

 そんなレイナーレを暴風が襲い、レイナーレは教会の壁に叩きつけられる。

 暴風は止むことなく、風の暴力はレイナーレを襲う。

 これは、千秋の『怒濤の疾風(ブラスト・ストライカー)』か。

 風が止み、風の暴力から解放されたレイナーレは、力なく床に落ちた。

 

「これ以上・・・・・・これ以上イッセー兄の・・・・・・イッセー兄の心を弄ぶなッ!」

 

 千秋がレイナーレの所業で許せないことは多々あるが、その中でもっとも許せないこと──それはイッセーの心を弄んだこと。

 いまのレイナーレの行いは、千秋のその逆鱗に触れる所業だったのだ。

 俺はというと、もう怒りを通り越して、呆れしかなかった。

 千秋は鋭い形相でレイナーレを睨み、トドメをさそうと黒鷹(ブラック・ホーク)を構える。

 そんな千秋の肩に、部長は手を乗せる。

 

「もういいわ、千秋。こんな薄汚れた女のために、あなたが手を汚す必要はないわ」

 

 千秋をなだめた部長は、レイナーレの前に立つ。

 

「・・・・・・ひっ・・・・・・!?」

「私のかわいい下僕に言い寄るな。吹き飛べ」

「あああああ──」

 

 ドンッ!

 

 部長の破滅の魔力は、レイナーレの断末魔ごとレイナーレを跡形もなく消し飛ばした。

 あとに残ったのは、飛び舞うレイナーレの黒い羽──そして、聖堂の宙に浮かぶ緑色の光を放つふたつの指輪、アーシアから奪った『聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)』だった。

 部長は『聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)』を手に取る。

 

「これを彼女に返しましょう」

「・・・・・・はい」

 

 イッセーは部長から指輪を受け取り、長椅子に横たわるアーシアの指にはめる。

 

「・・・・・・部長、すみません。あんなことまで言った俺を、部長や皆が助けてくれたのに・・・・・・! 俺、アーシアを守ってやれませんでした・・・・・・!」

 

 イッセーは涙を流しながら、謝罪を口にする。

 

「明日夏、すまない・・・・・・! おまえが色々してくれたのに、全部無駄にしちまった・・・・・・!」

 

 俺はイッセーの隣でしゃがみ込んで、嘆き悲しむイッセーの肩に手を置く。

 

「・・・・・・謝るなよ。謝らなきゃいけないのは、俺のほうだ。俺の見通しが甘すぎたせいで・・・・・・!」

 

 アーシアを連れ出されたのは、俺の見通しの甘さが招いたことだ。

 アーシアを守る気があるんだったら、常に彼女のそばにいるべきだった。

 いや、それ以前に、俺がこだわらず、ドレイクの力を積極的に使っていれば、結果は変わってたかもしれなかった。

 

「・・・・・・明日夏は何も悪くねぇよ・・・・・・! 悪いのは、弱かった俺のせいなんだ・・・・・・!」

「・・・・・・イッセー兄・・・・・・」

 

 嘆くイッセーを慰めるように、千秋がイッセーの肩を抱く。

 だが、イッセーの肩を抱く千秋も、アーシアの死に涙していた。

 

「・・・・・・·いいのよ。あなたはまだ悪魔としての経験が足りなかっただけ。誰もあなたを咎めはしないわ」

「・・・・・・でもっ・・・・・・でもっ、俺・・・・・・っ!」

「・・・・・・そうだ。部長の言う通りだ。・・・・・・そうさ・・・・・・力を持ちながら、何も守れなかった俺のほうが罪深いんだ・・・・・・」

 

 一度、おまえを死なせた。そして、今度はアーシアを・・・・・・。

 また・・・・・・俺はダチを守れなかったんだ・・・・・・!

 

「・・・・・・明日夏もいいのよ。力を持っていようと万能じゃない。それは、誰でもそうなのよ。どうしても、及ばないところがあるものなの。だから、あなたも気に病むことはないわ」

 

 部長は俺のことも慰めてくれるが、俺たちのアーシアの死による悲しみが癒えることはなかった。

 たとえ短い間であろうと、アーシアは俺たちの友達だったのだから。

 

「前代未聞だけど、やってみる価値はあるわね」

「「「えっ?」」」

 

 部長はあるものを取り出す。

 

「これ、なんだと思う?」

「・・・・・・チェスの駒・・・・・・?」

「・・・・・・正確には、『僧侶(ビショップ)』の駒だ。そして・・・・・・『悪魔の駒(イービル・ピース)』だ」

「『悪魔の駒(イービル・ピース)』って・・・・・・まさか!?」

「『僧侶(ビショップ)』の力は、眷属の悪魔のフォローをすること。この子の回復能力は、『僧侶(ビショップ)』として使えるわ。だから、このシスターを悪魔に転生させてみる」

 

 アーシアを長椅子から床に寝かせ、その胸の上に『僧侶(ビショップ)』の駒が置かれる。

 

「我、リアス・グレモリーの名において命ず。汝、アーシア・アルジェントよ。いま再びこの地に魂を帰還せしめ、我が下僕悪魔と成れ。汝、我が『僧侶(ビショップ)』として、新たな生に歓喜せよ!」

 

 イッセーのときと同じように、『僧侶(ビショップ)』の駒がアーシアの胸に沈んでいった。

 

「ふぅ」

「部長、アーシアは?」

「黙って」

 

 アーシアの神器(セイクリッド・ギア)も、アーシアの中へと溶けていくように入り込んでいった。

 

 ピクリ。

 

 僅かに体が動き、次に目蓋がゆっくりと持ち上がった。

 

「──んぅ・・・・・・」

「アーシア!」

「・・・・・・あれ?」

「っ、部長!」

「私は悪魔をも回復させるその力が欲しかったから、転生させただけ。あとはあなたが守っておあげなさい。先輩悪魔なんだから」

 

 アーシアは何が起こっているのか、理解していない様子であたりをキョロキョロと見渡し、イッセーや俺たちを視界に捉えた。

 

「・・・・・・イッセーさん? 明日夏さんに千秋さんも? あの、私──」

 

 怪訝そうにしているアーシアをイッセーは抱きしめる。

 

「あとで説明してやる」

「ああ。だから、いまは帰ろう、アーシア」

 

 

―○●○―

 

 

「「ふわぁ〜」」

 

 旧校舎の廊下で、俺とイッセーは同時にあくびをしてしまう。

 あくびをしてしまうのは、朝に弱い悪魔であるイッセーは当然として、俺も昨夜(さくや)は無茶をしすぎたのが祟ったのか、まだ体の疲れが抜けきっていなかったからだ。

 にも関わらず、俺たちはいつもよりも早く登校していた。

 部長に朝早くに部室に来てほしいと言われたからだ。

 イッセーはわからなかったようだが、俺と千秋は、だいたい察せた。

 何度もあくびしながら歩いていると、部室の前に到着した。

 

「おはようございまーす」

「「おはようございます」」

 

 ドアを潜ると、部長がソファーに座って優雅にお茶を飲んでいた。

 

「あら、ちゃんと来たようね。傷はどう?」

「はい。アーシアの治療パワーで完治です」

「うふ、『僧侶(ビショップ)』として、早速役立ってくれたみたいね。堕天使が欲しがるのも頷けるわ」

 

 あのあと、イッセーのケガをアーシアに治療してもらったあと、アーシアは部長が預かることになった。

 大方、色々と手続きをするためだろう。

 ふと、イッセーが部長に訊く。

 

「あのぉ、部長」

「なあに?」

「そのぉ、チェスの駒の数だけ、『悪魔の駒(イービル・ピース)』ってあるんですよね?」

「そうよ」

「てことは、俺と同じ『兵士(ポーン)』って、今後あと七人も増えるってことなんすか?」

 

 ああ、なるほど。イッセーが気にしているのはそれか。

 

「あ、でも、これ以上、ライバルが増えるのは〜なんてぇ、あはは──ああぁっ、冗談っス! ほんの冗談!」

 

 本音を漏らしかけて、慌てて手を振るイッセーに言う。

 

「安心しろ。そんなこと気にする必要はねえよ」

「え?」

「明日夏の言う通りよ。私の『兵士(ポーン)』はイッセーだけよ」

「えっ、それって・・・・・・」

「人間を悪魔に転生させるとき、転生者の能力次第で、消費する『悪魔の駒(イービル・ピース)』の数が変わってくるの」

 

 部長はイッセーの後ろに回り、イッセーの首に腕を回すように腕を組み、イッセーを抱く。

 

「私の残りの駒は、『騎士(ナイト)』、『戦車(ルーク)』、『僧侶(ビショップ)』がひとつずつ。あとは『兵士(ポーン)』が八つ」

「その八つの『兵士(ポーン)』で、おまえは悪魔に転生したんだ」

「お、俺一人で八個使ったんですか!?」

「それがわかったとき、あなたを下僕にしようと決めたのよ。それだけのポテンシャルを持つ人間なんて、滅多にいないもの。私はその可能性にかけた。『神滅具(ロンギヌス)』のひとつ、『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』を持つイッセーだからこそ、その価値があったのね」

 

 『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』か。確かに、堕天使が危険視するだけの力を持った神器(セイクリッド・ギア)だな。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 千秋はどこか不安そうな表情をする。

 『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』は確かに強力だ。強力だからこそ、あらゆる危険が伴う。

 千秋はそれを心配しているのだろう。

 

「『紅髪(べにがみ)滅殺姫(ルイン・プリンセス)』と『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』、紅と赤で相性バッチリね」

 

 部長はイッセーの顔を自分のほうに向け、その頬を撫でる。

 

「最強の『兵士(ポーン)』を目指しなさい。あなたなら、それができるわ。私のかわいい下僕なんだもの」

「・・・・・・最強の『兵士(ポーン)』。くぅぅ、なんていい響き! これで野望にまた一歩──」

 

 最強の『兵士(ポーン)』という称号の響きに感慨ふけるイッセー。

 

「えっ?」

「あ」

「っ!?」

 

 刹那、部長がイッセーの額にキスした。

 

「お呪いよ。強くおなりなさい」

「ウォォォッ! 部長、俺、がんばります!」

 

 イッセーは部長のキスにテンションが高々になっていた。

 ふと、隣にいる千秋を見る。

 

「ぅぅ」

 

 若干、涙目になりながら不機嫌そうな表情をしていた。

 

「っと、あなたをかわいがるのはここまでにしないと。千秋と、それに新人の子に嫉妬されてしまうかもしれないから」

「嫉妬?」

 

 もう手遅れですよ、部長。

 千秋はすでに現在進行形で不機嫌ですし、途中から後ろにいる少女も不機嫌そうですよ。

 

「イ、イッセーさん・・・・・・」

「ア、アーシア!」

 

 背後から声が聞こえ、振り向くと、千秋と同じように涙目で不機嫌そうにしているアーシアがいた。

 

「・・・・・・そうですよね。リアスさん、いえ、リアス部長はお綺麗ですから。そ、それはイッセーさんも好きになってしまいますよね・・・・・・」

 

 この反応に言葉、どうやら、そういうことみたいだな。

 

「ダメダメ! こんなことを思ってはいけません!」

 

 あっ、マズい。

 

「待て、アーシア──」

「ああ、主よ。私の罪深い心をお許しを──あうぅっ!?」

「──遅かったか」

 

 お祈りをしようとしたアーシアは、突然、悲鳴をあげて頭を抱えて蹲ってしまう。

 

「ど、どうした!?」

「急に頭痛が・・・・・・」

「当たり前よ。あなたは悪魔になったのよ」

「悪魔が神に祈ったりすれば、そういうことになるから、今度からは気をつけろよ」

「うぅ、そうでした。私、悪魔になっちゃったんでした」

「後悔してる?」

「いいえ。ありがとうございます。どんな形でも、こうしてイッセーさんや明日夏さん、千秋さんと一緒にいられることが幸せですから」

 

 笑顔で言うアーシア。俺とイッセーは少し照れくさくなってしまう。

 ふと、千秋がアーシアの前に立つ。

 

「アーシアさん」

「どうしたんですか、千秋さん?」

「私たちは友達です──だけど、イッセー兄のことはこれとこれで別です。負けませんから」

 

 千秋の宣戦布告にアーシアは慄く。

 

「はうぅぅ、強力なライバルがもう一人・・・・・・負けたくありませんけど・・・・・・負けちゃいそうですぅぅ・・・・・・」

 

 安心しろ、アーシア。たぶんだが、現状はおまえのほうが優勢だと思うぞ。

 まぁ、ライバルが増えれば、千秋も少しは積極的になるか?

 

「なあ、明日夏。二人はなんの勝負をしてるんだ?」

 

 こいつは・・・・・・と言いたいところだが、しばらくはイッセーにこっち方面のことに触れさせないほうがいいかもしれない。

 こいつの心にはたぶん、まだレイナーレ──天野夕麻のことが楔となって根づいているかもしれないからな。

 

「それより、その格好・・・・・・」

 

 おそらく、さっきから気になっていたであろうアーシアの格好を指摘するイッセー。

 アーシアの格好は、ここ駒王学園の制服姿だった。

 

「あっ、に、似合いますか?」

「ああ、似合ってるぞ! なあ、二人とも?」

「ん、ああ、似合ってるぞ」

「うん。似合います」

「ありがとうございます!」

「じゃあ、アーシアはこの学園に?」

「私の父は、この学園の経営に関わってるし、これくらいなんてことないわ」

 

 最近になって、この学園が男女共学になったのも、そういうことなのだろうか?

 

「おはよう、イッセーくん、明日夏くん、千秋さん」

「・・・・・・おはようございます、イッセー先輩、明日夏先輩、千秋さん」

 

 部室に木場と塔城も入室してきた。

 あの戦い以降、二人とも、イッセーに言われた通り、イッセーのことを「イッセー」と呼ぶようになっていた。

 俺たちだけに挨拶したってことは、俺たちが最後みたいだな。

 

「あらあら、皆さん、お揃いね」

 

 副部長も入室し、これでオカルト研究部の部員が全員揃った。

 

「さあ、新人さんの歓迎会ですわよ」

 

 副部長が押している台車には、豪勢なホールケーキが乗せられていた。

 その後、俺たちは時間ギリギリまでアーシアの歓迎会で大いに騒いだのだった。

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