持久走と走り込みのダブルコンボを喰らった日から2日後。
夜の8時、織部はジャージに着替えて、朝登校する際に小梅たちと合流するいつもの交差点にいた。
4月が始まって間もないので、まだ夜は少し肌寒い。白い街灯が、暗くなった学園艦の道を照らしている。
柔軟体操をしながら、織部は辺りを見回す。
今朝、根津と一緒にここへきて小梅、斑田と合流し、ほんの数時間前の帰宅する際に小梅、斑田と別れた。ここ数日で見慣れたこの場所も、夜になるとまた違った感じがする。
やがて、織部の下に駆けてくる人が1人やってきた。目を凝らしてみれば、その人物は見覚えのある黒のジャージを着ている。
「こんばんは、春貴さん」
「こんばんは、小梅さん」
小梅は織部と挨拶をすると、その場で織部と同様に柔軟体操を始める。
小梅の準備が整ったところで、織部の隣に立つ小梅。2人が見据えているのは、街灯しか明かりのない目の前に広がる暗い道だ。
「では、行きましょう」
「うん、分かった」
「疲れたら無理せずに、遠慮なく言ってくださいね」
そう言って小梅が先行して走り出す。織部は小梅とスピードを合わせて横に並ぶ形で走りだす。小梅は織部の体力があまりないことを考慮して、走るスピードがかなり抑えられている。織部でも十分追走できる速度だ。
こうして織部と小梅はゆっくりと、夜の黒森峰学園艦を走り出した。
小梅は週に2,3回のペースで、夜のジョギングをしている。
その理由は基礎体力をつけるためであるが、毎日はできない。戦車道の訓練は毎日あって、訓練内容によってはジョギングができないほど疲れてしまう時もある。それにあまり気合を入れて走りすぎると、翌日疲れの余り起き上がれなくなってしまうからだ。
毎日となると少し難しいが、週に2,3回程度であれば続けることができる。だからこのペースでやっているのだ。
走るルートは一応考えてはいるが、いつも同じルートだと味気ないので時々変えることもある。
今走っているのは住宅街の中だが、少し走れば商店街に入る。
「まだ大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫」
小梅は度々、こうして織部の事を気にかけて話しかけてくる。織部は特に嘘をつく事もせず、まだ大丈夫であることを伝える。
走り始めてからおよそ15分ほどで、商店街にやってきた。商店街は特有の街灯も相まって、先ほど走っていた住宅街よりも明るく感じられる。
学園艦における店舗というものは大きく分けて3種類。スーパーマーケット、個人商店、コンビニの3つだ。学園艦における大体の食料品と、簡単な衣料品は学園艦内で栽培、養殖、製造されている。その他の物資は、物資を運ぶ専門の船が接舷したり、港に寄港する際に船に積み込まれる。
スーパーマーケットは、品数は豊富だがレパートリーはあまりなく、商店街は種類は沢山あるものの仕入れている数は少ない。そしてコンビニは、スーパーマーケットでも商店街でも買えないようなものを売っている。そんな形で、釣合が取れていた。
今2人が走っている商店街も日中は賑わっているのだが、陽も落ちてしまった今、多くの店はシャッターを閉めて営業を終えている。学園艦の上で利用客にも限りがあるので仕方ないのだが、どこか寂しさを感じた。
商店街の長さはおよそ500m。その商店街をおよそ数分ほどで通り抜けると、また暗い住宅街に戻る。
商店街を抜けると左折し、さらに進むと今度は整備された小川に突き当たる。
小川の脇には整備された遊歩道が敷かれており、小梅と織部は並んでその遊歩道を走る。静かな夜に小川のせせらぎが聞こえ、とても落ち着いた気持ちになる。走り続けていて少し火照った身体が、夜の空気とこの小川のせせらぎで涼しくなる。
だが、身体が涼しくなってもスタミナは回復しないので、どうしても少し速度が落ちてしまう。
「あ、少し休憩しましょうか」
織部の速度が落ちたのを素早く感じ取った小梅が、速度を落とす。織部はその厚意を甘んじて受ける事にし、同じように速度を落とす。
少ししてから2人は立ち止まり、近くにあったベンチに腰掛ける。
「ごめんね・・・僕も一緒に走らせてもらって、それにペースも合わせてくれるなんて・・・」
ベンチに座り、呼吸が整ったところで織部が小梅に話しかける。
だが、織部の言葉を聞いて小梅は首を横に振った。
「春貴さんが謝ることは無いですよ。春貴さんの力になりたいと思って、私が春貴さんを誘ったのがそもそもなんですから」
力になりたい、と言われて織部はふと思った。
これまで織部が小梅に真摯に向き合ってきたのは、小梅の悲しそうな表情の理由が知りたいというのもあったが、その根っこにあるのは小梅の力になりたかったという気持ちだ。
その小梅から今、力になりたいと言われて織部は、小梅はやはり変わったと思う。
そして今までは分からなかったが、小梅は元来友達想いで心優しい性格をしているというのだなと、織部はそう思った。
助けられなかったとはいえ、皆から糾弾されていたみほを助けようとしたことからも分かるが、何よりこうして織部の力になりたいと自分から考えて、それを行動に移すのだから、実行力もあると見える。
「ありがとう、小梅さん」
5分ぐらい休憩してから、2人は再び走り出した。この川沿いの遊歩道は結構距離があり、しばらくの間はこの道を走った。
途中すれ違う人はおらず、今は織部と小梅、2人だけの時間を過ごしている。
やがて、目の前にフェンスが現れた。どうやらこの先は演習場になっているらしい。
遊歩道もここで途切れ、ここから左へ行くと学園艦外周の遊歩道へ、右へ行けば住宅街の方に入る。
小梅は左へと曲がり、織部もそれに続く。
少し走れば、2日前に戦車道の時に走り込みをした遊歩道へと出てきた。すぐそばには、速度無制限のアウトバーン。さらにその向こうには、星明りが輝く夜の空と、海が広がっている。
しかし、この遊歩道は街灯がポツポツとしか建っておらず、道は薄暗く。2日前の走り込みで走った際は陽が出ている状態だったのでまだ視界が利く状態だったのだが、今はそれも難しい。
とにかく視界が利かない以上、何があるかは分からないので慎重に走るべきだ。
そう織部が思った矢先に、アクシデントが起きた。
「あっ!」
隣を走っていた小梅が躓き、転倒する。
織部は少し小梅を追い抜く形になってしまい、慌てて立ち止まって小梅の傍へ駆け寄った。小梅は、辛そうに足首を抑えている。
小梅が躓いた箇所には、少し段差のようなものができている。昼間なら気付けたのだが、この暗さでは見つけられないのも仕方ないだろう。
「大丈夫?」
「大丈夫・・・・・・っ・・・!」
織部が問うと、小梅は何でもないように答えようとする。しかし口では大丈夫と言っているが、小梅の表情は苦しそうに歪んでいる。足首を押さえているあたり、怪我をしてしまったに違いない。
「・・・・・・ちょっと、ごめん」
織部は小梅に断りを入れて、小梅の足元に回りジャージの裾をめくる。見れば、少し赤く腫れてしまっていた。挫いてしまったらしい。
「・・・・・・これじゃ、走るのは無理そうだね」
「いえ、大丈夫です・・・」
小梅の主張を、織部はやんわりと首を横に振って否定する。
「これ以上無理に走っても、傷が余計に痛むだけだよ」
優しく諭されてしまい、小梅は何も言うことができなくなってしまう。
織部はゆっくりと立ち上がり、周りを見渡す。
「・・・・・・戻るしかないね。歩ける?」
「・・・・・・」
小梅は立ち上がろうとするが、脚に力を入れようとすると挫いた箇所が痛む。歩く事もままならなかった。
それを見て、歩くのも無理そうだと判断した織部は、参ったなぁと思う。
捻挫はたとえ症状が軽くても、少し休んだだけでは治らないだろうし、ちゃんとした手当てをしなければならない。だが手当をしようにも手元には何もないし、それを調達しようとしても、小梅をここに置き去りにするわけにもいかない。
ならば織部が小梅を連れて、戻るしかない。
だが、小梅は足を怪我していて歩く事はできない。
ではどうする?
答えはすぐに見つかったが、それは少し織部には・・・いや、男にしてはハードルが高すぎるものだった。
(・・・・・・やるしか、ない)
だが、このままぐずぐずしていては小梅の症状が悪化しかねない。
だから、織部は腹を決めて小梅に背を向ける形で、小梅の前に屈みこむ。
「・・・・・・え?」
小梅は最初、織部の行動の意味が分からないようだったが、やがて理解する。が、それが意味するものはとてつもなく恥ずかしいものである事もまた、同時に理解した。
「えっと・・・・・・それは流石に・・・・・・」
「いや、小梅さんは歩けない・・・。支えて歩くのも少し難しい。なら、この方がいいと思って」
織部は前を向いたまま話す。織部の顔は今、赤くなってしまっていて、こんな顔は流石に小梅に見せるのが少し恥ずかしい。
やがて小梅は、意を決したように織部の背中にくっつき、肩に手を置く。織部は、その小梅の脚―――膝の裏辺りを持ち、ゆっくりと立ち上がる。
おんぶだ。
「・・・・・・じゃあ、歩くよ」
「・・・・・・はい」
織部はゆっくりと、来た道を引き返す。
くどいようだが、織部は体力が無い。だから自分で言いだした身ではあるものの、多大な体力を消費する、人ひとりを背負って歩くというのは織部にとっては苦行にも等しい。先ほどまで走っていたのだからなおさらだ。
人を背負うというのは織部も初めての事だったので、最初に小梅を背に立ち上がった時は、どうにか後ろにひっくり返りそうになるのを堪えた。
しかし体力を要する事は当然分かっていたし、女性に向けて重いというのはデリカシーに欠ける。だから織部は、黙々と前へと歩き続ける。
そして、それ以上に懸念すべきことがあった。
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
背中越しとはいえ、小梅が背中に密着しているこの状態は、織部も少し恥ずかしい。
少し目をずらせば、織部の肩に置かれている小梅の細く白い手が見える。背中には、小梅の着ているジャージのものではない、何かふんわりとした感触がある。それについては深く考えないことにした。
そして何より、織部の右肩に小梅が顎を乗せる形で頭を置いている。それはつまり、超至近距離に小梅の顔があるということだった。自分の使っているものとは違う、小梅の髪からシャンプーの香りがほのかに匂い、小梅の吐息がものすごく近く感じられる。
それらの要素が、織部から集中力を奪っていく。
「・・・・・・・・・・・・」
思えば、小梅とここまで距離を詰めた事などなかった気がする。花壇の前で本音を告げ、小梅の方から抱き付いてきた事はあったが、今のように顔まで近づいているということは無かった。
加えて織部は、女性経験があまりない。思春期に突入した時も、それ以前も勉強漬けで、その後はいじめに遭い不登校、復帰後も勉強あるいは友達との交流。さらに高校に進学しても女性との付き合いはほとんどなかった。それ故、こうして女性と密着している状況に出くわす事自体が初めてだったのだ。
春休みに小梅に話しかけた事も、下心などなく純粋に小梅の事を心配していただけの事であり、あれも織部からすれば相当に勇気のいる事だった。
「は、春貴さん・・・」
織部に背負われている状態の小梅が、恥ずかしそうに声を発する。小梅だって、こうして血のつながりの無い男におぶさっている事など経験した事がないだろうに。
ちらっと織部が小梅の顔を横目に見れば、小梅の顔は赤く染まってしまっている。それは決して、足の痛みなどではないという事が織部にも分かる。
「ご、ごめんなさい・・・。私、重くて・・・・・・」
「い、いやいや。全然そんな事無いって」
自嘲気味に話す小梅の事を慰めようと織部が言うが、説得力に欠けてしまう。織部の歩くスピードは通常よりも遅いし、小梅の脚を持つ手も少し震えているのが織部自身分かる。
「と、とりあえず・・・小梅さんの部屋まで送るよ。どこにあるの?」
「え?そんなのいいですよ、春貴さんの迷惑ですし・・・」
織部の申し出を小梅は慌てて否定する。
だが、織部は首を横に振る。
「迷惑なんかじゃないよ。僕はただ、小梅さんの事を助けたいんだ」
「・・・・・・!」
織部の言葉を聞いて、小梅は言葉を失う。
何か失言をしてしまっただろうかと織部は思うが、それはともかく早く小梅を部屋に送り届けなくては。ろくに手当てもできていないのに挫いたのを長時間放置するのは流石にマズい。一刻も早く小梅の部屋に戻って、何らかの処置を施さなければ。
と、そこで。
「?」
織部の肩に置かれていた小梅の手が首に回る。
そして、織部の首元に顔を寄せる小梅。そろそろ織部と小梅の顔がくっつきそうになる。
「・・・・・・ありがとう、春貴さん・・・」
織部は歩きながら、小梅の言葉に耳を傾ける。
「私、あなたにずっと助けられっぱなしで・・・・・・何もできなくて・・・」
「・・・・・・」
織部の事を強く、抱きしめる小梅。背中に当たるふわりとした感触が強くなるが、そんな事はもうどうでもよかった。
「私・・・・・・ダメですよね、こんなんじゃ・・・」
「そんなことない」
小梅が悲しそうに言うが、織部が即座にその言葉を否定する。
その強めの言葉を聞いて、小梅も『え・・・』と言葉を洩らす。
「前にも言ったと思うけど、小梅さんは強い信念をもって、辛い状況に耐えながらもここに留まっている。ダメだなんてことは無い」
それと、と言いながら織部が少し体をかがめて体勢を少し整え、再び歩き出す。
「小梅さんは、今の状況を変えようと自分から動くことができている。根津さんと斑田さんに声を掛けたのもそうだし、僕の事をジョギングに誘ってくれたことだってそう・・・。何もできていないなんてことも無いよ」
織部からは、小梅の顔は見えない。何せ、織部の顔の真横に小梅の顔があるのだから。
けれども、小梅は少し嬉しそうな顔をしているというのが、なんとなくだが分かる。
「そんなに自分を卑下しない方がいい。空しいだけだから」
住宅街の方から走ってきた道を逆戻りする織部と小梅。その道の少し先に、あの整備された小川が見える。その先を、織部はじっと見つめたまま歩く。
小梅は、その織部の言葉が真剣味を帯びているのを感じ取る。やはり、織部自身もいじめられた時にそのような事態に陥ったのだろう。
でもこれ以上、小梅は何も言わない。ただ目を閉じ、さらに織部の顔に寄り添う形でこう言った。
「・・・・・・ありがとう」
涙はもう、流れない。
その後、道中で休憩を何度か挟み、そして小梅から案内してもらい、ようやく小梅の寮に着くことができた。
小梅はここまでで大丈夫と言っていたのだが、まだ見るからに足の痛みは引いていないし、このまま無理に歩かせて症状を悪化させるのも悪いと思ったので、織部は部屋まで送る事にした。
小梅の暮らす寮の外見は、織部の寮とはまた別だったがそこは別に気にしない。
エレベーターで目的の階まで昇り、降りてからはまた廊下を歩く。もう遅い時間であったため誰とも出会うことは無かったし、会わなくてよかったと織部も小梅も思っていた。もし見られれば、あらぬ疑いをかけられるに違いないと思っていたからだ。
そして、『赤星』と書かれたプレートが掲げられている部屋の前に到着した。
小梅がカギを開けて、織部がドアを開き中へと入る。
「少し散らかってますけど・・・」
そう言って小梅が、部屋の電気を点ける。暗かった部屋が明るくなり、部屋の全貌が明らかになった。
間取りは織部の部屋と同じだが、家具の位置や色合いが違う。織部の部屋はシックなタイプの色合いだが、小梅は女の子らしいパステルカラーでまとまっている。床にはちり一つ落ちておらず、散らかってるなんてとんでもない、十分片付けられていた。
ともかく織部は、ベッドに小梅を下ろして横にさせる。
「湿布とかはある?」
「あ、そこの机の下に・・・・・・」
横になりながら、小梅が机の下を指差す。そこには小さな木箱が置いてあった。織部が断りを入れてその箱を手に取り、蓋を開ける。中に入っていたのは絆創膏や胃薬などの医薬品で、湿布も入っていた。
使用期限を見て問題ないことを確認すると、小梅の下へと寄り、またジャージの裾をめくって患部を露わにする。そして、静かに優しく湿布を貼る。
瞬間、今まで熱かった患部が冷やされて、小梅は思わずふぅと息を吐く。
「軽い捻挫みたいだからそんなにひどくはないけど、あまり温めてもだめらしいし、風呂は止めた方がいいね」
「・・・そうですね、今日は身体を拭いて寝る事にします」
そこまで言って、小梅が顔を赤らめる。それと同時に、織部も気づいた。
この場に織部がいては、小梅が体を拭けないという事に。
「・・・・・・じゃあ、僕はこれで。ゆっくり休んでね。」
「・・・・・・あ、春貴さん」
踵を返して部屋から出ようとしたところで、小梅に呼び止められる。振り返ると、小梅は申し訳なさそうに笑っていた。
「ごめんなさい・・・私が誘ったのに、こんなことになっちゃって・・・。それに、ここまで連れてきてもらって・・・・・・」
「小梅さんは何も悪くないよ。僕がやりたくてやったんだから」
そこで織部は、自分は全く気にしてない、不快に思っていないと証明するためににこりと笑ってみせる。
その織部の顔を見た小梅は。
「春貴さんは・・・・・・本当に・・・」
そこで言葉を切って、穏やかな笑みを見せてこう告げた。
「心の強い・・・・・・優しい人なんですね」
その言葉を聞き、その顔を見た瞬間、織部の顔が熱くなるのを感じた。
思わず口に手をやるが、それが逆に小梅には不審に思えてしまったらしい。小梅が首をかしげると、なぜか織部にはその所作も可愛らしく見えてしまう。
小梅の顔を直視することができず。
「じゃ、じゃあ僕はこれで・・・。なんかあったら、連絡してね」
「あっ・・・・・・」
小梅が何かを言おうとしたが、織部はそのまま部屋を出て、つかつかと廊下を歩き階段で1階まで降りて、エントランスで大きく息を吐き、壁に背中を預ける。
天井を見上げ、顔を手で覆う。
まだ顔は熱い。
『心の強い・・・・・・優しい人なんですね』
優しい笑顔であんな言葉を言われたのは初めてだ。
その言葉が心の中にこだまし、心から消えない。
そして小梅の笑顔もまた、忘れられない。
連鎖的に、ここまで小梅を背負ってきた時の事を思い出す。
超至近距離で小梅の声を聞き、吐息を顔の近くで感じ、背中に小梅の感触があって―――
「!!!」
頭を振って邪な考えを払おうとする織部。
考えがまるで変質者のそれだ。
変な事を考える頭を冷やすために、とりあえず外に出る織部。涼しい海風が織部の身体を撫でるように吹く。
(・・・・・・もしかしたら)
1人の少女の言葉が胸に響き、その言葉が心に残っていて、その子との思い出が突如奔流のようにあふれてくる。
それはさながら―――
(いや、それは違う・・・・・・)
だが織部は、その自分自身の抱いているような感情を否定する。
“そう”と決めつけるのはまだ尚早だし、もしそうだったとしても小梅からすれば迷惑かもしれないからだ。
だって、織部と小梅はまだ出会ってからそれほど時間も経っていなくて、そんな人からの想いなんて信用ならないだろうから。
とにかく、変な考えを頭から追い払うために、少し自分で走ろうと思い、暗くなった道を走り出す。
小梅は、織部が部屋を出て行った後も、ドアの方を見ていた。
ふと足元を見ると、そこには織部の貼ってくれた湿布がある。少し触れてみると痛みがあるが、織部が貼ってくれたことを思い出すと、痛みもわずかだが引いてくる。
「春貴さんは・・・・・・」
走っている最中に自分のミスでこけた小梅の事を助け、さらに怪我を心配して寮まで送って、そして湿布まで貼ってくれるとは。
自分の事を顧みない行動をとった織部に、小梅は感謝しきれない思いだった。
そして、思い出すのはここに来るまでの道中、織部におぶさっていた自分の事だ。
「・・・・・・!」
あの時はとても恥ずかしかった。まさか男の人におぶさるなんてこと、一生無いだろうと思っていたのに。
でも、あの時感じた織部の背中は、自分よりも少しだけだが大きくて、温かかった。
そして何より、安心した。
「もしかして、私は・・・・・・」
ここ数日、織部とは随分といろいろあったと思う。
でも、織部からかけられた言葉も、織部が小梅に対してどんな行動をとったのかも、全て覚えている、全部大切な思い出だ。かつて孤独を感じていた時のように忘れたい事など1つも無い。
どれも、忘れたくはないものだ。
1人の男性の事を想い、その人との思い出を大切にし、さらに言動全てが輝いて見える。
そんなのまるで―――
「まさか、そんなことはないか・・・・・・」
だが小梅は、その自分自身の抱いている感情を否定する。
“そう”と決めつけるのは尚早だし、もしそうだったとしても織部からすれば迷惑かもしれないからだ。
だって、小梅はもう織部に色々世話になってしまったのだから。
とにかく、変な考えを頭から追い払うために身体を拭こうと考え、小梅は汗を拭くためのウェットティッシュを取り、ジャージのジッパーを下した。
オシロイバナ
科・属名:オシロイバナ科オシロイバナ属
学名:Mirabilis jalapa
和名:白粉花
別名:
原産地:南アメリカ
花言葉:恋を疑う、内気、臆病
10話過ぎてもまだ1週間過ぎていない・・・
作中の時間の進みが遅い事に関しては大変申し訳ございません。