春に芽吹く梅の花   作:プロッター

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天竺牡丹(ダリア)

 夕方。戦車道が終わり、織部たちは帰路に就く。

 昨日までは織部と小梅、そして根津と斑田と、織部のクラスメイトだけで帰っていたのだが、今日は違った。

 

「いやぁ、やっぱり戦車の整備は疲れるねぇ」

「本当、特に履帯が重いのなんのって」

「直下のヤークトパンターは特に履帯が外れやすいからな」

「呪われてたりして」

「そんな非科学的な・・・」

 

 今ここには、先に述べた織部のクラスメイトの他に、直下と三河もいる。聞けば、この2人は同じクラスで、根津と斑田、小梅とも面識があったようだ。だからこうして、普通に皆で帰っている。

 事の発端は、戦車の整備中に話が盛り上がった織部と直下が流れで一緒に帰ることになり、そこで根津と斑田に小梅、そして三河とばったり会ってそれで全員で帰ろうという事になったのだ。

 

「みんな、車長をやってるんだね」

「ええ、最初に適性試験を受けて、どのポジションに向いているのかを調べて、それから黒森峰の保有する戦車の数を考慮して振り分けられるんです」

「そうだったんだ・・・・・・」

 

 ここにいる女子が全員、それぞれ車長を務めているという事に、少し感動する織部。

 実力で車長になるのではなく、それぞれの能力に応じてポジションを割り振られるというのは、適材適所と言うヤツだろう。

 もし自分が戦車に乗るとしたら何だろうな、と織部はろくでもない事を考えていると、三河がちょっと気まずそうに話を切り出してきた。

 

「ちょっと聞いたんだけど・・・」

「どうした、急に」

「明日・・・・・・師範が来るらしいよ」

 

 その言葉を聞いた瞬間、織部を除く5人の周りの空気が凍り付く。

 織部はどうしてこんな雰囲気になっているのかが分からなかったが、この中でも一番ショックを受けているのは斑田だった。

 すがるように手を震わさせて三河に問う。

 

「え、それ・・・・・・本当・・・?」

「・・・・・・さっき、西住隊長が副隊長に『明日は師範が来るから・・・』って話してた」

「冗談だろ・・・・・・」

 

 根津も手で頭を押さえている。

 小梅も不安そうな表情になってしまっているし、直下だって形の良い眉が垂れてしまっている。そしてこの話を振った三河本人も少し青ざめていた。

 

「師範って言う事は、西住しほさん・・・?」

「そうです・・・」

 

 織部が確認するように聞くと、小梅は気弱そうに答える。

 織部はしほには会った事はまだないが、戦車道連盟理事長の児玉からは、『鉄の心を持った人』と説明を受けている。

 

「会った事はまだないけど、どんな人なの?」

「「「「怖い人」」」」

 

 織部が問うと、根津、斑田、三河、直下の4人は揃ってそう告げる。小梅も、曖昧に笑っているが、おそらくは同意見と言う事だ。

 

「目を逸らしたら最後、生きては帰れない・・・」

「まるで重戦車に砲身を突きつけられたような恐怖・・・」

「口答えなどしようものなら、終わり・・・」

「その威圧感だけで人を倒せそう・・・」

 

 恐怖映画のキャッチコピーのような事を言っているが、いくら戦車道で有名な西住流の師範だからと言ってそこまで怖いものだろうか。

 

「いやぁ、でもあの西住隊長も恐れる人だよ師範は」

「西住隊長が?」

 

 西住隊長―――まほの高校生離れした経歴と肩書はもちろん知っている。食堂で一緒に昼食を摂った時はあまり感じなかったが、戦車道の時にまほは黒森峰戦車隊隊長の名に相応しく凛々しく、そして逞しく振る舞っている。

 そんなまほさえも恐れるような人物だと聞くと、むしろ逆に会ってみたくなる。

 そう考えていたところで交差点に差し掛かり、ここで直下と三河が別れる。彼女たちは同じ学生寮に住んでいるらしい。

 その後は、前と同じように織部と小梅、根津と斑田の4人で帰る。だが、話題はやはり師範しほの事、ひいては明日の訓練の事だった。

 

「明日は確か、砲撃訓練だったっけ」

「外したら、絶対何か言われそう・・・」

 

 根津も斑田も怯え過ぎではないかと、織部も心配になった。

 そこで織部は、小梅にも話を聞いてみる事にする。だが、まだ夢の事を忘れてはいないので少し恥ずかしい。けれど、いつまでもこんな事では支障が出てしまう。

 

「・・・小梅さんは、どうなの?」

「・・・・・・そうですね・・・こう言ってしまうのは何ですけど、やはり師範は怖い方です」

 

 小梅ですら“怖い人”と称するとは、いよいよもってしほの恐ろしさに興味が出てきてしまう。

 ただし、織部もしほには会いたかった。

 なぜなら、黒森峰への留学を許可してくれたのは、黒森峰女学園の校長と、その後ろに就いている西住流の師範であるしほだからだ。

 黒森峰への留学を許可してくれたことに対するお礼をまだ直接言えていないので、会ってそれを言いたい。

 相手がどれだけ怖い人だろうと、最低限の礼を尽くすのがマナーと言うものだ。

 

 

 翌日、迎えた戦車道の時間。

 織部たち隊員は整列して、隊長のまほから今日の訓練内容についての説明を受ける。

 だが、西住しほらしき人物の姿は見えない。ただ単に遅れているだけなのか、それとも来ることができなくなってしまったのかは分からないが、それに気を取られてはならない。

 まほも、しほが来るとは言ってこなかったので、昨日の話は三河の聞き間違いかなと織部は思った。

 だが、そんな事を考えているうちにまほが指揮を下し、隊員たちが格納庫に停車している戦車へと乗り込んでいく。

 今日の訓練内容は、スケジュール表にもあった通り砲撃訓練。

 戦車に乗らない織部は、審判用の高台から練習を見学してレポートを書くようにと、双眼鏡を渡された。

 織部は指示に従い、双眼鏡を首に提げて高台へと向かう。

 その織部の後ろには、同じように小梅がついてきていた。

 

「そういえば・・・小梅さんは練習に参加しないの?」

 

 一昨日の訓練も、今日と同じような砲撃訓練で、そして小梅もまた織部と同じように高台からの見学だった。

 昨日の整備の際はよく見ていなかったが、織部は今日もまた小梅が一緒に見学をする事に少し疑問に思ったのだ。

 だが、その質問は逆に小梅を苦しめてしまったようで、小梅の表情が陰る。

 そして、その表情を見た瞬間、織部の心がズキッと痛んだ。

 

「・・・・・・実は私・・・戦車には乗ってないんです」

「え・・・・・・」

「・・・・・・あの全国大会で川に落ちて以来・・・」

 

 なぜ戦車から降ろされたのか、想像はつく。

 黒森峰からすれば、そもそも小梅の戦車が川に落ちたせいでフラッグ車の車長であるみほが戦車を降り、助けに行ったのだ。周りから見れば小梅たちも悪いと思うだろう。

 その責任を取らせる形で戦車から降ろしたと考えれば筋は通る。

 そして、恐らくそう決定したのは、隊長のまほだ。

 

「・・・・・・悔しくは、ないの?」

 

 織部の問いかけに、小梅は逡巡するが、やがて口を開いた。

 小梅は戦車隊にいる以上、立派な戦車乗りの1人だ。しかも、あの全国大会ではⅢ号戦車の車長を務めていたのだから、多少なりとも悔しいとは思うだろう。

 悔しくない、と言ってしまえば小梅が戦車隊にいる意義を失ってしまう。

 

「・・・・・・・・・・・・悔しい、ですよ」

 

 小梅の言葉に、織部はどこか安心していた。

 まだ小梅は、戦車道に対しての意欲が残っている。

 

「でも、仕方ないです・・・」

 

 だが、小梅が悲観的な言葉を続ける。

 

「黒森峰が10連覇を逃したのは、よくよく考えてみれば私が川に落ちたせいなんですから・・・。それで私が戦車から降ろされたのも、仕方ないです・・・」

 

 小梅は、自分が戦車を降ろされた理由を分かっていた。そしてそれを、仕方が無いと受け入れてしまっている。

 でも、小梅の中には戦車道に対する意欲が、熱意がまだ残っている。

 織部はその小梅の想いを無駄にしたくはない。

 

「・・・・・・ごめんなさい、私はこっちなので・・・」

 

 そう言って小梅は、織部が登る高台とは別の高台へと向かって行った。

 織部は、少し悲しげなその背中に向けて何も言葉をかけることができず、織部もまた自分も指示された高台へと昇った。

 高台は練習場を一望できるようになっており、今回は荒野での射撃訓練だったので意識を荒野に集中する。

 双眼鏡を覗き込めば、十数両の戦車が荒野へと向かっている。先頭を走るのは隊長であるまほの乗るティーガーⅠ。その後ろに副隊長エリカのティーガーⅡ。さらにその後ろに多種多様な戦車が続く。

 前と同じように音や振動なんかは凄いんだろうな、なんて思っていると。

 カン、カン。

 何か音が聞こえてきた。

 金属と硬いものが当たるような音だ。織部はその音を直感的に、誰かがこの高台の鉄製の階段を上っていると思った。

 しかし、訓練が既に始まったこんな時間に一体誰が?

 けれど織部はそれについては一旦置いておき、移動を続けている戦車隊に目を向ける。戦車は、横一列に等間隔で並び、その先にある的へと砲塔を向けている。あと少しすれば、砲撃が始まるだろう、と思っていたところで。

 

「!?」

 

 ゾクッ、と得体の知れない悪寒が走る。

 一体、なぜそんな感覚に陥ってしまうのか。

 そして今なお、階段を上る何者かの足音は聞こえており、その音は徐々に大きくなっていっている。確実に、織部のいる頂上へと近づいていた。

 まさか、謎の悪寒の正体とは、この今なお階段を上ってきている何者かによるものだというのか。

 そんな悪寒を感じさせるような人物とは一体、誰だ?

 気づけば織部は、目線を戦車隊から足下の階段に向けていた。まだ砲撃の音は聞こえてこない。

 次第に階段を上る足音は大きくなっていき、やがてその階段を上ってきた人物が姿を現した。

 まず最初に、長く艶やかな黒髪が目に入った。次に、その人の顔が明らかになるが、その瞳はとても鋭く、僅かに皴があるが顔のパーツから年上の女性だというのが分かる。その人の体つきは、女性的なメリハリのある体に黒いスーツを纏っている。その服装がさらに大人びた雰囲気を醸し出していて、織部よりははるかに年上だというのが分かる。

 だが何より、この女性の放つ威圧感は何だ?この女性からは、ただならぬ威圧感が感じられる。

 気づけば織部の心臓はバクバクと高鳴っていたし、汗が額と背中から噴き出していた。

 そこで織部は、昨日根津たちが言っていたことを思い出す。

 

『その威圧感だけで人を倒せそう・・・』

『まるで重戦車に砲身を突きつけられたような恐怖・・・』

『明日・・・・・・師範が来るらしいよ』

 

 さらに、この前戦車道博物館で歴代隊長の写真を見た時、ある一人が今織部の下にやってきた女性と似たような顔つきをしていた気がする。

 となると、もしかしてこの女性が―――

 

「あなたが、織部春貴さん?」

 

 この女性が何者なのか、分かりかけたところでその女性から声を掛けられた。

 

「え、あ、はい・・・・・・」

 

 織部は気の抜けた返事を返す。しかし、彼女の鋭い―――隊長のまほよりも鋭い視線を向けられて、目を逸らせない。

 織部がここにいる事は、恐らくは校長、あるいは隊長のまほから聞いたのだろう。

 

『目を逸らしたら最後、生きて帰れない・・・』

 

 昨日直下の言っていた言葉を思い出す。あの時は大げさな、と思っていたのだが、あながち嘘でもなかったなと織部は内心思った。

 確かにここで目を逸らすと、取り返しのつかないことになってしまいそうだった。

 

「私は西住流の師範、西住しほです。会うのは初めてね」

「あ、初めまして・・・・・・」

 

 言葉自体は柔らかい雰囲気がするのだが、声が低いので怒気を孕んでいるように聞こえてならない。

 もはや本能だけで挨拶をする織部。

 けれど織部は、しほが織部の黒森峰への留学を許可してくれたことを思い出し、そのことを話す。

 

「あの・・・・・・今回は、僕の黒森峰への留学を許可してくれて、ありがとうございます」

 

 その言葉だけは、例えしほの事が怖くても、その威圧感に怯えようとも、素直に頭を下げて告げる。

 目を瞑っていたので分からなかったが、しほから放たれる威圧感が、少しだが緩んだ気がする。

 

「頭を上げなさい」

 

 別に織部は怒られているわけではなく、ただお礼を言っただけなのだが、しほの言葉を聞いて自分が怒られている感覚に陥りそうになる織部。

 頭を上げると、しほは既に練習場へと目を向けていた。

 

「後学のためにここへ来たのだから、戦車道の訓練は真剣に見る事よ」

「・・・・・・はい」

 

 織部は今回の演習を見た感想をレポートに記さなければならない。そのためには訓練を全部見届けなければ書けないだろう。

 だが、隣に尋常じゃない威圧感を放つしほがいるせいで、訓練に集中することができない。双眼鏡を握る手には汗が浮かんでいるし、鼓動も高鳴って胸が張り裂けそうだ。

 戦車の砲撃音が響くが、それすらも緊張感が振り切っているせいで聞こえてこない。

 今だけ、時が進むのが非常に遅く感じられてしまう。

 そんな状態―――西住しほの放つ強烈な威圧感に中てられる事数時間、ようやく戦車道の訓練も終わった。既に陽も傾いていたのだが、昨日までと比べると倍以上の時間がかかっていたような気がする。

 半ばしほから目を離す形で試合を見ていた織部の額は、汗で湿っていた。

 

「終わりのようね」

 

 だが、しほが唐突に言葉を発したのでビクッとしてしまう織部。それを知ってか知らずか、しほが織部に話しかける。

 

「あなたは、多くの人たちが認めた特例という形で、黒森峰への半年の留学が許可されている身。それを忘れないでおきなさい」

「・・・・・・はい」

 

 そう言ってしほは、階段を下りて行った。

 

「・・・・・・・・・・・・はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・」

 

 しほの前で満足に呼吸することもできなかったせいで、思い出すかのように呼吸をする織部。

人生でも一、二を争うぐらい緊張した環境から解放された事で、身体から力が一気に抜ける。

 膝から力が抜け、体勢を立て直すことができず、そのまま織部は倒れこんでしまった―――

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・・・・?」

 

 目を開くと、知らない天井が目に入った。

 そして鼻を突く、消毒液の香り。

 周りが白いカーテンで仕切られている。

 どうやら、ここは保健室らしい。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 情けない話だ。まさか、しほの威圧感に押され、緊張から解放されたことによる疲労感と過呼吸で倒れてしまうなんて、体力が無いにも限度というものがある。

 最後に記憶しているのは、あの高台で倒れたところだ。そして今保健室にいるという事は、あの場から誰かが自分を運んでくれたという事になる。

 戦車道の勉強をしに来たというのに、しほから『多くの人たちから認められているということ忘れるな』と言われたばかりだというのに、その戦車道で迷惑をかけてしまうとは本末転倒。

 とにかく、この事はすぐに謝るべきだと織部は思った。具体的には、隊長のまほ、それに自分をここまで運んでくれた人に。

 今が何時なのかは分からないが、周りがカーテンで仕切られていては時計も見えないし、外の景色も見えない。

 だから、起き上がってカーテンを開けようとしたところで、布団が少し重い事に気付く。

 その違和感に気付き、自分の身体―――お腹の辺りに目を向けると。

 

「・・・・・・すぅ・・・・・・すぅ・・・・・・」

 

 布団にうつ伏せで、タンクジャケットを着たままの小梅が眠っていた。

 起こそうとするが、小梅の安らかな寝顔を見て織部も起こす気が無くなってしまう。

 しかし、どうして小梅がこんなところで眠っているのだろうか。

 それは単純に小梅が織部の事を心配しての事だというのはおおよそ見当がつくのだが、まさか小梅がここまで運んできてくれたのだろうか。

 そうだとしたら、小梅にも謝らなければならない。

 しかし小梅を起こすに起こせない織部は、小梅の心地よさそうな、安らかな寝顔をじっと見つめる。

 同時に、織部の心の奥底から、愛おしいという気持ちが込み上げてくる。

 

(・・・・・・・・・・・・何なんだろう、この気持ち)

 

 昨日、夢に小梅が出て来て変に意識してしまい、今こうして小梅の寝顔が可愛らしく、愛おしいと思えてしまう。

 少し前の自分からすれば、考えられないような事だ。

 頭ではどうしてそんな気持ちを抱いてしまうのだろうかと考えているのだが、それよりも心は、愛おしい小梅に触れたいと願っていた。

 今までも抱き付かれたり、おんぶをしたり、手を握ったりしたのだから今更少し触れるぐらいのことに何の遠慮があるのかと思うが、織部は心の中で『ごめん』と言いながら手を小梅の頭へと伸ばし、優しくその頭を撫でる。

 

「ん・・・・・・・・・・・・春貴さん?」

 

 それで目が覚めてしまったのか、小梅が目を開き体を起こす。

 

「あ、ごめん・・・・・・起こしちゃったかな」

 

 小梅が体を起こし、織部の顔を見ると、心底安心したような表情を浮かべてくれた。

 安堵や不安が入り混じったその表情は、むしろ綺麗だと織部が思った矢先に。

 

「よかった・・・・・・本当によかった・・・・・・!」

 

 小梅が織部に抱き付いてきたのだ。

 あの時、花壇の前で話をした時と同じように、小梅に抱き付かれた織部。だが、あの時とは少し違い、織部は小梅に対して原因が分からない愛おしさを抱いている。だから、ものすごく恥ずかしいし、それに愛おしいという気持ちがさらに湧き上がる。

 だが、小梅がここまで喜んでくれているという事は、どうやら織部は小梅に多大な心配をさせてしまったらしい。それはこんな状況でもわかる。

 だから、織部はまずはこう言う。

 

「・・・・・・心配させて、ごめん」

「・・・春貴さんが倒れているのを見て・・・・・・とっても心配しました・・・・・・」

「・・・・・・本当に、ごめん」

 

 小梅が織部の事をぎゅっと抱きしめる。織部もそれに応えるように、小梅の背中に手を回して優しく抱きしめる。

 そこで、気になっていたことを聞いてみた。

 

「・・・小梅さんが、僕をここまで運んできてくれたの?」

 

 そう聞くと、小梅は織部から身体を離して事情を説明する。

 小梅はどうやら、訓練が終了しても格納庫に戻ってこない織部の事を不審に思い、織部のいた高台を昇って、織部が倒れているのを発見したらしい。

 そこでまほに急いで連絡をし、駆けつけてきた根津と共に織部を下まで運び、そこから担架で保健室に運ばれた。

 

「・・・・・・一体、どうして倒れてしまったんですか?」

 

 小梅に聞かれて、織部は返答に詰まる。

 実際はしほの威圧感に中てられたことによる過呼吸と疲労が原因なのだが、素直に言ってしまうと脆弱と思われるかもしれない。

 だが、織部は小梅の純粋な瞳を見て、嘘がつけなくなってしまう。

 

「実は・・・・・・」

 

 結局織部は、全部正直に話すことにした。

 織部が倒れた理由を聞いた小梅は、あははと苦笑する。

 

「根津さんや斑田さんの言っていた事って、あながち間違いじゃなかったかもしれないですね」

「まったくだね・・・・・・」

 

 織部も苦笑する。最初、根津や斑田、三河に直下の話を聞いた時は『そんなバカな』と思っていたのに、今自分はこうして倒れて保健室に運び込まれている。

 これも笑いの種として戦車隊で話されるかもしれないが、まずはその前に迷惑をかけたまほたちに謝るべきだった。

 そう思い起き上がろうとするが、小梅に手を掴まれた。

 

「今はまだ、楽にしていた方がいいですよ」

「でも、西住隊長に謝りに行かないと・・・」

 

 織部がすぐに立ち上がろうとするが、小梅はそれを優しく引き留める。

 

「今何時?」

「7時半過ぎです。2時間ぐらい眠っていましたけど・・・多分隊長はこちらに来ると思いますよ」

 

 織部が時間を聞くと、小梅は腕時計を見ながら答える。

 本来ならばもう下校時刻は過ぎており、生徒はみな帰ってしまっているはずなのだが、まほも残っているというのだろうか。そうなれば、余計まほに迷惑をかけてしまっていることになる。

 まほと、そして自分の事を看てくれていた小梅に対して申し訳ない気持ちがさらに込み上げてきてしまうが、その時だった。

 織部のベッドを囲っていた白いカーテンが、外から開かれる。そして、そこに立っていたのは、タンクジャケットではなく黒森峰女学園の制服を着たまほとエリカだった。

 

「気がついたか」

 

 まほが織部の顔を見て、安堵したように告げる。しかし隣に立つエリカは、少し不機嫌そうだ。まあ、戦車道を勉強しに来た織部が倒れて戦車道に迷惑をかけてしまったのだから、仕方ない事だ。

 

「先生の話じゃ、重度のストレスと疲労だそうよ。まったく、曲がりなりにも戦車隊の1人が、情けない」

「面目次第もございません」

 

 エリカの言葉に、織部は素直に頭を下げざるを得ない。そして先生とは恐らく保健の先生の事で、織部がしほの威圧感に中てられて倒れたとは気づかれてはいないようだ。

 

「すみません、自分の身体が弱いせいで、こんな迷惑をかけてしまって・・・戦車隊の皆さんにも心配をおかけして・・・・・・なんとお詫びしたらいいのか・・・」

 

 まほに向けて頭を下げる織部。

 まほがしほほどではないが厳しい人物だというのは知っていたので、何らかの叱責を受ける事は予想できるが、意外にもまほの口からついて出たのは。

 

「いや、こちらにも君の異変に気付けなかった責任がある。すまなかった」

 

 ここに来るまでに聞いたイメージや肩書からは想像できない、まほの優しい言葉に織部は拍子抜けする。隣に立つエリカも、まほの言葉を聞いて『仕方ない』とばかりに肩をすくめている。

 割とお咎めが少なかったことに織部が安堵するが、同時にある事を思い出した。

 その思い出した事とは、2つの小梅の言葉だ。

 

『黒森峰の隊長であり、みほさんの姉であるまほさんも、糾弾されるみほさんの事を庇う事もせず、守ろうともせず・・・・・・』

『私が戦車から降ろされたのも、仕方ないです・・・』

 

 もし、今目の前にいるまほが素の姿であり、先ほどのまほの言葉が本心だとすれば、どうしても引っかかってしまう。

 訓練の前に小梅の言った、小梅を戦車から降ろした事はともかく、矢面に立たされているみほの事を庇わなかった事が、どうしても理解できない。

 だが、それは今聞くべきことではない。ただでさえ訓練中に倒れてしまい迷惑をかけてしまったというのに、その上余計な詮索をして印象を悪くしたくはなかった。

 

「次の休日はゆっくり休んだ方がいい。せっかく寄港するのだし、出かけて気分転換をするのもいいかもしれない」

 

 確か、黒森峰の航行スケジュールに寄れば、次の日曜日は寄港するらしい。日曜日は戦車道の訓練も無いので、十分に体を休めることができる。

 

「赤星も、無理のないようにな」

「あ、はい」

「では、私はこれで」

 

 そう言うとまほは、エリカを連れて保健室を出ていった。

まほたちが保健室を去って少ししてから、織部と小梅も保健室を出て帰路に就いた。

陽はとうに落ちてしまっていて、道を照らすのは電柱に取り付けられた街灯のみ。そんな薄暗い道を織部と小梅は並んで歩いていた。

 しかし、お互いに相手の顔を見れずにいる。

 お互いに知らない事だったが、織部も小梅もあの夜のジョギングでの事を明確に覚えているし、おまけに織部は夢に小梅が出てきてしまった事で変に意識してしまっていた。

 だが、並んで帰っているあたり忌避感情を抱いてはいないという事は明らかだ。

 結局、お互い何も言えないままいつも別れる交差点に差し掛かる。そして、必然的に小梅と織部はそれぞれ別方向へと向かう事になる。

 

「じゃあ、僕はこっちだから・・・」

「あ、はい・・・では・・・・・・」

 

 織部は小梅と別れると、足早に自分の寮へと戻る。

 だが、脳を支配しているのは『なぜ』という言葉だった。

 なぜ、小梅に対して後ろめたい気持ちになってしまうのか。

 なぜ、小梅の事を考えると切ない気持ちになってしまうのか。

 なぜ、小梅が夢に出てきたのか。

 分からないことだらけだった。

 今のように、1人の女性の事を想い、そして悩むことなど人生では一度も無い。

 というか、夢に小梅が出てきてしまったせいで小梅の事を考えてしまう事が増えた。

 一体なぜ、小梅の事を意識してしまうようになったのか、それが分からず悶々としながら織部は寮の自室に戻った。

 

 

 小梅は、ドアを閉めて鍵をかけ、部屋の明かりを点ける。1年以上住み続けていて見慣れてしまった部屋が、小梅を迎え入れる。

 だが、同時に小梅は思う。

 あの時織部も、この部屋に来たのだな、と。

 そう思うと顔が熱くなる。

 昨日今日と、織部の事を、織部との思い出を振り返るたびにこうして顔が熱くなってしまう。

 まったく、どうしたことだろうか。

 鞄を床に置き、ベッドに腰かけて足下を見る。足の痛みはもうすっかり無くなっていて、日常生活に支障はない。腫れも引いている。

 だが、どうしてだかその挫いた場所を見る度に、織部の事を思い出してしまう。

 小梅が夜道で躓き足を挫いて、織部が小梅の事を背負って部屋まで送ってくれた。

 あの時小梅は、織部の身体に密着して・・・・・・

 

「っ・・・・・・!」

 

 無性に恥ずかしくなってしまい、ベッドに倒れこんで目を閉じる。

 だが、目を閉じても織部との思い出が瞼の裏側に映し出される。

 その中でも、花壇の前で織部に自分の過去を告白した時の事と、織部に背負われた時の事を鮮明に思い出してしまう。

 胸が高鳴り、切ない気持ちになってしまう。

 

(これは・・・・・・・・・・・・)

 

 なんとなくだが、自分の抱いている気持ちが分かってきた。

 なぜ、織部の事ばかりを考えてしまうのか。

 なぜ、織部の事を想うと切ない気持ちになってしまうのか。

 

(・・・・・・・・・・・・好き、なのかな)

 

 心の中で問うが、答えるものは誰もいない。




ダリア
科・属名:キク科ダリア属
学名:Dahlia spp
和名:天竺牡丹
別名:―
原産地:メキシコ、グアテマラ
花言葉:不安定、移り気、気品、華麗、優雅
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