春に芽吹く梅の花   作:プロッター

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曙升麻(アスチルベ)

 学園艦から港へと伸びるタラップを、織部と小梅、そして同じクラスの根津と斑田、さらに戦車道で交流ができた直下と三河が歩く。

 

「2週間ぶりの陸地だな」

「いやぁ、色々買い物したいねぇ」

 

 久々の陸地を見渡しながら根津が呟き、直下が背伸びをしながら歩を進める。

根津は赤のセーターにクリーム色のミディスカート、直下は青のシャツに白のジャケットと紺のデニムを着ている。

 

「今どのへんだっけ?」

「ええと、ここは・・・・・・」

 

 三河が、どの港に寄港したのかを斑田に尋ねる。斑田は、周りを見て目立つ建物を探す。

 三河は緑のロンパース、斑田は白のワイシャツに青のチノパンだ。

 

「ここは・・・・・・大型のショッピングモールがあるのか」

「お昼もここで食べれそうですね」

 

 スマートフォンでこの寄港地の情報を見る織部と、そのスマートフォンを覗き込む小梅。

 織部は、白のシャツに黒のジャケットと青のスキニージーンズ。小梅は、薄いオレンジ色のペプラムトップスに白のゴアードスカート。

 1週間前に戦車道博物館に行った時とは違って今は全員私服だった。戦車道博物館とは違い、寄港先での外出は全員制服でなければならないという暗黙のルールも無い。真面目な雰囲気の空間に縛られていたせいか、今日のような息抜きの日は、皆黒森峰のしがらみから解放されたいようで、こうして私服を纏っている。

 織部は、当初制服で来ようとしたのだが、1人だけ制服だと逆に気を遣ってしまうと直下に言われたので、仕方なく私服で来ることにした。

 6人はタラップを降りて、港に足を踏み入れる。

 

「さて、どうする?」

「買いものでしょ」

 

 根津がどこへ行くかを聞いてみると、直下が当たり前のように言う。織部を含むほかの人も異論はなかったので、先ほど織部が調べた大型のショッピングモールへと向かう事にした。

 そして織部は、どうしてこうなったのか、昨日の事をふと思い出す。

 

 

 

「これにて訓練を終了する。明日はしっかり休養を取るように。休む事も立派な訓練だ」

『はい!』

 

 まほの言葉で戦車隊の訓練が終わり、全員が解散となった。隊員たちは、やっと緊張から解放されたという風に、大きく息を吐いたり腕を伸ばしたりしながら後者へと戻って行く。

 見学だけとはいえ、織部も1週間続いていた戦車道が一区切りついた事で、ほんの少しだが心が軽くなった。だが、しほによって倒れてしまった事に関しては、もはや黒歴史ともトラウマとも言わんばかりの思い出となっている。

 とにかく、そのことを少しでも忘れたいと思い、明日の休日はゆっくりしようと思っていた。

 織部が校舎へ向かう近くで、直下が斑田に話しかけていた。

 

「明日どうしようか?」

「寄港するし、出かけるのもいいかもね」

 

 黒森峰学園艦が寄港するペースはおよそ2週間に1回と、他の学園艦と比べると短い間隔で寄港する。その理由としては、黒森峰学園艦そのものに原因があるとされている。

 黒森峰学園艦の住民数は全体で約10万人。これは全国の学園艦の中でもトップクラスであり、住民の多さに比例して物資の消費も早い。だから、不足した物資を積みこむために寄港する間隔が狭いのだ。航行中に物資を運ぶタンカーが接舷して、直接物資を補給する事もあるにはあるが、タンカーの航行ルートを黒森峰学園艦の航行ルートに合わせるというのは割と手間がかかるので、大体の物資は寄港する際に補給する。

 さらに寄港する間隔が短いのにはもう1つの理由がある。それは、黒森峰学園艦に暮らす住民の、心のゆとりを作るためだ。

 黒森峰学園艦はドイツと所縁のある学園艦で、そこで暮らす住民もドイツ人のように勤勉で真面目、強い責任感と正義感を持っており、あまり融通が利かない性格の人間が多い。だからこそ、皆ストレスをため込みやすい性質だったりする。黒森峰学園艦の薬局では、胃薬の売り上げが一位だとかいう信憑性があるのかないのか分からない噂まで流れている始末だ。

 噂の事はさておき、ストレスを溜めやすいからこそ、息抜きが必要だった。いくら速度無制限のアウトバーンがあっても、それだけでストレスを解消できるとは到底思っていない。

 だから、息抜きの機会を増やすために黒森峰学園艦は寄港する間隔が狭いのだ。

 

「あー、ショッピングもいいかもね」

「ショッピングか、いいな」

 

 直下がつぶやくと、それを耳ざとく聞き取った三河が会話に参加する。そしてごく自然に根津も会話に加わった。

 

「じゃあ明日は皆で出かけよっか」

「いいね、そうしよう」

「私も、それでいいと思う」

「じゃ、何時にどこで待ち合わせる?」

 

 どうやらあの車長4人組は、明日は港町でショッピングを楽しむ方針で行くらしい。

 女の子に限らず、女性と言うものは買い物が好きというのは全国共通らしいな、と織部は心の中でだけ思った。

 さて、自分はどうしよう。

 

「あ、そうだ赤星さん」

 

 そこで直下が、同じように校舎に向かい近くを歩いていた小梅にも声を掛ける。

 

「はい?」

「赤星さんも一緒にどう?」

「・・・・・・へっ?」

 

 言葉をかけられた小梅は、信じられないものを見るような目で直下の事を見る。が、直下は決して冗談で話しかけているのではないのが表情から分かる。傍にいる根津、斑田、三河も同じような表情だった。

 

「・・・・・・・・・いいんですか?」

「もちろん」

 

 確認するように、遠慮するように小梅が聞き返すが、直下は笑顔で頷き、他の皆もまた笑って首を縦に振った。

 

「・・・・・・では、ご一緒させてください」

 

 小梅が笑顔を浮かべて、深々とお辞儀をする。それを見ていた織部は、感慨深い気持ちになった。

 織部が最初に会った辺りは周りの人を信じられず、自分から距離を置いていたというのに、今では周りから先ほどのように普通に休日を一緒に過ごそうと誘われるまでに至っている。

 もはや、出会ったばかりのおどおどした、もの悲し気な表情を浮かべていた小梅の姿はない。あるのは、優しい笑顔が可愛らしい一人の女の子だ。

 

(・・・・・・・・・・・・)

 

 と、そこまで考えて織部は頭を押さえる。

 なぜだか、自然と小梅の事を見てしまいがちになってしまっていた。いや、今日に限らずここ数日なぜか小梅の事を目で追う事が多くなってしまっている。

 もちろん、出会った時から小梅の悲し気な仕草が気になっていたというのもあるのだが、その悲しさが無くなった今でも気になって仕方がない。

 どうしてなのかと唸っているところで。

 

「あの、もしよければなんですけど・・・」

「どうかしたの?」

「春貴さんも、誘っていいですか・・・?」

 

 なんか聞き捨てならないような言葉が聞こえた気がする。織部は改めて小梅たちの方を見るが、根津たちは別に不快な表情をしてはいない。

 

「いいよいいよ。大勢で出かけた方が楽しいし」

 

 三河がそう言ったが、皆も同意見らしい。それで小梅は安心したようで、織部の方へと歩み寄ってきた。

 

「春貴さん・・・・・・あの・・・・・・」

「・・・・・・」

 

 足を止めて、小梅に正対して話を聞く織部。何を話していたのか、織部を何に誘おうとしていたのかは聞こえていた。けれど、あえて聞こえていなかったふりをする。

 

「もしよければ明日・・・・・・皆さんと一緒に、出掛けませんか?」

 

 縋るような、懇願するような小梅の瞳、そして根津たちの挑むような期待しているような視線を受けて、織部の頭の中から『断る』という選択肢が消滅する。

 

「・・・・・・分かった、行こう」

 

 

 

 そして今、こうして織部は小梅たち5人と一緒にショッピングモールを訪れている。

 昨日小梅から誘われた時、織部の頭には『断る』という選択肢はなかったが、『断ったら小梅はどんな顔をするだろうか』とは考えていた。多分だが、小梅は悲しんでしまうだろうというのは容易に想像がつく。

 女の子を泣かせるなんて男としてはタブーであるので、誘いを断るわけにはいかなかった。

 それに、小梅が悲しむ顔を織部は見たくないという考えが織部の根底にある。一緒にジョギングをした日に見た小梅の笑顔を見たからか、小梅の悲しむ表情を見ると織部の心も痛む。

 小梅が悲しむと、なぜか織部も悲しくなってしまう。

 どうしてこんな気持ちになってしまうのか織部には分からない―――いや、分かりかけていた。

 

「織部、どうかした?」

「へ?いや、なんでもないよ」

 

 だが、難しい顔をしていたのが不審に思われたのか、根津から声を掛けられる。

 すでに織部たちはショッピングモールにたどり着いており、今は館内マップを前にしてどの店に行こうかと思案しているところだ。

 このショッピングモールはかなり規模が大きく、ほぼすべてのジャンルの店舗があり、映画館まであった。

 三河が『この映画気になってたんだよね~』と映画の上映スケジュールを見ながら呟く。その後ろから根津が『おっ、面白そう』と覗き込む。一方で、斑田と直下は映画に乗り気ではないらしい。

 

「映画館ってなんか眠くなっちゃうんだよね」

「分かる、それで映画の内容半分も覚えてられなくて」

 

 乗り気でない人に映画を強要するというのは良くないので、映画組と買い物組に分かれることになった。三河と根津が映画、直下と斑田が買い物だ。

 

「どの映画を見るんですか?」

「これにしようと思うんだけど」

 

 小梅は映画にするか買い物にするか悩んでいるようで、三河にどんな映画を見るのかを聞く。三河が指差したのは、最近話題になっている恋愛系の映画だった。

 三河や根津はそう言った映画とは縁遠いと思っていたのだが、意外にもそうでもなかったらしい。しかし深くは詮索しない。

 

「・・・・・・私も、見ようかな」

 

 小梅はその映画が気になったらしく、映画を見る事に決めたらしい。

 織部はと言うと。

 

「じゃあ僕は、直下さん達と一緒に行くよ」

 

 織部は、先ほど直下と斑田が言っていたように映画館で映画を見ていると眠くなってしまう性質だ。アクション映画など音がすごい映画ではそうならないが、多分それほど大きな音が出ないであろう恋愛系となれば話は別だった。

 少々高めな料金を払って映画館に入っても、眠ってしまい内容が頭に入ってこなければ何だか損した気分になってしまうので、今回は遠慮しておくことにした。

 だが、この時小梅がなぜか少ししょんぼりとしたような表情をしている事に織部は気付いていない。

 映画組が予め回りたい店を選んでおき、買い物組は極力そこを避けるようにして見て回る事に決まる。映画が終わるのは12時すぎなので、映画組と買い物組は映画が終わったあたりの時間に映画館の前で待ち合わせる事になった。

 そして、2組に分かれて行動を開始する。この時、小梅が名残惜しそうに織部の事を見ており、織部もまた小梅の視線に気づいて小梅に小さく手を振った。

 

 

 織部と直下、斑田は特にあても無くショッピングモールを練り歩く。

 日曜日なので家族連れが多く、おまけに広いため少し離れると迷子になってしまいかねなかった。

 

「さて、どこ回ろうか」

「そうだねぇ・・・」

 

 織部は別にどこへ行くかなどとは決めていなかったので、斑田と直下の行くところについてくスタンスを取ろうとする。

 その直後、横合いから犬の鳴き声が聞こえた。唐突な事に織部はもちろん、斑田と直下もびっくりした。けれど、その泣き声がペットショップから聞こえてきたものだったので、驚いて損したと3人は思う。そして、興味本位でそのペットショップに入ってみた。映画組のここに行きたいというリストには入っていなかったので問題ない。

 子犬や子猫、ハムスターやリスなどの小動物、さらにペット用品を販売しており、愛くるしい姿を見ることができる。

 

「可愛い・・・・・・」

 

 直下がガラスケース越しの子猫を、頬を赤く染めて見つめている。人差し指をガラスにくっつけると子猫はその指に鼻をくっつけるかのようにガラスに近づく。直下が『ほぁ~』と声にならない声を洩らした。

 一方で斑田は、別のショーケースに入れられている子犬にゆるみ切った表情を見せている。そんな斑田の様子を子犬は珍しそうなつぶらな瞳で見つめていた。

 2人とも結構すさまじい顔をしているのだが、それは言わぬが花と言うものだ。

 織部も適当に中を見てみる。子猫がこちらを見てガラスに足をつけているのが可愛らしい。

 織部の実家はペットを飼ってはいないし、寮もペット禁止であるため、動物と触れ合う機会は皆無だった。だから、このペットショップという空間も織部からすれば異空間だし、加えて傍に気心の知れた女子がいるというのだからなお妙な感じがする。

 しばしの間直下と斑田が小動物の可愛さを堪能したところで、ペットショップを出る。入店してからおよそ30分ほど経っており、思った以上に長居したと思う。

 

「やっぱり猫可愛いかったなぁ~。私はやっぱり猫派」

「私は犬派かな。織部君は?」

「僕は・・・・・・犬派かな」

 

 ペットショップを後にした3人の話題は、犬派か猫派かだった。とはいえ、直下が猫のショーケースを、斑田が犬のショーケースをかじりつくように見ていたので大体見当はついていたが。

 

「そう言えば、西住流の本家って、犬飼ってるんだよね」

「え、そうなの?」

「うん、柴犬を1匹。名前は知らないけど、笑ってるような顔してる犬だよ」

 

 本家で飼っているという事は、まさかしほも世話をするのだろうか。あの西住しほが犬と戯れている姿など織部にはまるで想像できない。

 しかし、犬とは忠誠心のある生き物で、ちゃんとしつけをすれば飼い主に忠実になる。その点を踏まえると、西住流にピッタリ、と言えるかもしれない。

 

「時々隊長も散歩するって聞いた」

「想像できないよねぇ」

 

 そんな事を話しながらぶらぶらと歩いていると、続いてやってきたのは100円ショップだ。ここに寄りたいと言い出したのは斑田の方で、少し小物系を揃えたいとのことだった。

 学園艦にも100円ショップはあるのだが、向こうは規模が狭く品数も少ない。反対にここははるかに広いし、品数も多かったので、色々見て回ることができる。

 織部としても、少し見てみたいと思うところはあったので後に続く。

 

「こんなものも100円で買えるのか・・・」

「驚きだよねぇ」

 

 織部が商品棚を見る横で、直下が一緒に見物する。

 調味料やお菓子なんかは、もしかしたらスーパーよりも得かもしれない。普段使える日用品やアイデアグッズも100円で売ってるのだから、需要が高まっているのも頷ける。海外から来た観光客がおみやげを100円ショップで買うなんて話も聞いた事がある。

 

「うちって大体100円ショップで揃えちゃうな。食器とか文房具とかも。家計に優しいし」

「ああ、それはそうかも。僕の所も百均で揃えればよかったかな」

「でもこういう店のものってあんまり長持ちしないって思われがちだからね」

「確かにそんなイメージがあるな。最近はどうなんだろ?」

「そうでもないよ、意外と物持ちがいいし」

 

 織部と直下がそんな話をしている傍らで、斑田は既に買い物を終えたらしく、手にはレジ袋を提げていた。

 

「そろそろいくよ」

「あ、うん」

「分かった」

 

 斑田に促されて、織部と直下が店の外に出る。

 そして次はどの店に行こうかと歩いている最中、直下が織部に話しかけてきた。

 

「織部君って結構話しやすいんだね」

「そう?」

「いやぁ、知っての通り黒森峰って女子校だからさ、男子と話す機会なんてほとんどなかったんだよ」

「そうね、だから最初はちょっと話しかけるのも勇気が必要だったけど・・・。でも話しかけてみたら普通に話せる人で安心したって言うか」

「そんな僕を未知の存在みたいに言わなくても・・・・・・」

 

 確かに織部も、そう言ったところはある。黒森峰は戦車道の強豪校として全国に名を馳せているし、それを差し引いても黒森峰はお嬢様学校なので、そこに所属する女子と普通に話をするなんて恐れ多かった。

 だが、小梅や根津、斑田たちと話をすると無駄に心配する必要も無かったぐらい、問題なく話すことができた。彼女たちだって自分と同じ人間で高校生だったのだ。

 もしも留学中独りぼっちだったらどうしようという心配も杞憂に終わってしまったので、安心だ。

 織部たちはそんなことを話しながら、次の店へと向かった。

 

 

 

「いやぁ、面白かったねぇ」

「恋愛ものってあんまり見ないけど、確かにな」

 

 12時すぎ、無事映画を見終えた三河と根津、そして小梅の3人は映画館から出てきた。待ち合わせ場所にまだ織部たちは来ていない。

 三河と根津、小梅は途中で眠ったりなどせず、ちゃんと最後まで映画を見届けて、今こうして3人で出てきたところだ。

 

「赤星さんはどうだった?」

「・・・とても、心温まる話でした」

「だよねぇ。特にヒロインが結ばれた時の感動と来たらもう・・・!」

 

 映画のストーリーは、旅先で出会った男女が恋に落ちるが、ヒロインは難病に罹り何年もの間寝たきりになってしまう。そんな中でも主人公は真摯にヒロインに向き合い、毎日のようにヒロインの下へと通いつめる。やがてヒロインが成功率五分五分の手術を受けることとなり、手術は成功しヒロインは見事快復して主人公と結ばれた、といった感じだ。

 小梅はこの手の映画を見た事がなかったので、最初に三河がこれを見たいと言った時は、興味本位で見てみたいと思い三河についてきたのだった。

 けれど実際見てみれば、すごく引き込まれる内容だったし、見てよかったと思える映画だった。

 だったのだが、一つ気がかりなことがあった。

 

(・・・・・・どうして春貴さんの事を、思い出すんだろう・・・)

 

 映画の中にいる主人公は、寝たきりになってしまったヒロインを見捨てず、毎日のように会いに来て話をして、手術を恐れるヒロインの事を優しく励まし、手術が成功して施術室から出てきたヒロインの事を優しく抱きしめていた。

 だが、その主人公の姿を見る度に、なぜか小梅の頭の中で織部の姿がちらついたのだ。

 どうしてそう考えてしまうのか、小梅は何となくだが掴めていた。

 織部は黒森峰にやってきた最初の頃は、小梅に真摯に向き合い話を聞き、アドバイスをしてくれたり、大事な事を教えてくれたりしてくれた。

ヒロインに真摯に向き合う主人公の姿が、織部と似ていたから、主人公に織部を重ね合わせてしまったのだろう。

 しかしそれは、後から思い返してみると―――

 

(すごい、恥ずかしい・・・・・・)

 

 たまらず顔を押さえる小梅。それを見て根津が心配そうに声を掛けた。

 

「どうした赤星、大丈夫か?」

「大丈夫、大丈夫です・・・・・・」

「気分でも悪いの?」

 

 三河にまで心配されてしまったが、別に気分が悪いわけではない。むしろその逆で、なぜか心が温まったのだ。感動的な映画を見たからというのもあるし、それよりももっと別の“何か”を考えてしまったからだ。

 そこで、向こうから見知った3人がやってくるのが見えた。

 

「・・・・・・・・・」

 

 だが小梅はなぜか、その3人の姿と様子を見たとたんに、またあの胸の痛みに襲われた。

 小梅が目にしたのは、斑田、直下と楽しそうに話している織部の姿だ。手には、どこかの店で買ったものが入っているのであろう買い物袋を提げている。

 

「ごめん、待たせたね」

「全然。そっちはどんなとこ回ったの?」

 

 斑田が声を掛けると、三河は気にしてない風に答え、映画を見ている間にどの店に行ったのかを聞く。

 

「まあ色々とね。ペットショップとか、百均とか」

「あー、ペットショップか。私も見たかったな」

「じゃあ後でまた行く?」

「いいね、行こうよ」

「小梅さんは?」

 

 正体が分かりかけている胸の痛みに苦しんでいたところで突如織部に声を掛けられ、小梅はうろたえる。

 

「え、あ・・・すみません、考え事をしてて・・・何の話を・・・?」

「このあとペットショップに行こうかって話。小梅さんはどう?」

 

 そんな小梅の事情などつゆ知らずに織部が笑って話してくれる。

 それだけ、ほんのそれだけのことなのに、小梅の胸の痛みは引いていった。

 

「・・・そうですね、私も行きたいです」

「じゃ決定。その前にまずはご飯だね」

「三河・・・さっきポップコーン食べただろ」

「あれは別腹だよ」

 

 三河が小梅の答えを聞くや否や歩を進めて、1階のフードコートへと降りていく。織部たちもその後に続いた。

 

 

 フードコートは多くの店が出店しており、和洋中にファストフードなどなんでもござれな感じである。

 織部たちも、それぞれ思い思いの料理を注文して、同じテーブルで食べて、それぞれ話に興じている。映画は面白かったかとか、ペットショップにどんな動物がいたのかとか、またあの映画を見たいとか、他愛も無い話をした。

 そんな中で、小梅は織部と向かい合う形でミートパスタを食べていた。しかしその表情には少しばかりの陰りが生じており、パスタを食べる手も遅い。

 そんな折、向かい側に座る織部が小梅の顔を覗き込んできた。

 

「小梅さん、大丈夫?気分でも悪いの?」

 

 だが、意識していた織部の顔がいきなり眼前に現れたので、小梅は慌てて顔を逸らす。

 

「い、いえ・・・何でもないです」

 

 そして逃げるようにパスタを食べる小梅。織部は少し小梅の態度を不審に思ったのだが、やがて自分のラーメンへと視線を移す。

 どうしてこんな態度を取ってしまうのか、織部は分からなかった。

 だが、そこでたこ焼きを食べ終えた三河が気楽そうに言った。

 

「そう言えば、織部君と赤星さんって、2人とも名前で呼んでるよね」

 

 今さらながら、他の誰もが触れていなかった事柄に触れられて、織部と小梅は動揺する。

 その話に最初に乗ったのは斑田だ。

 

「確かにそうね・・・。気づいたらもう2人、名前で呼び合ってるんだもの」

「前々から思ってたけど、結構2人って付き合い長いのか?」

 

 根津も気になったようで、隣に座る織部に話しかけてくる。

 だが、その理由を話すのは少し憚られるものだ。何せ、そもそも織部が小梅を名前で呼ぶようになったのは、織部が小梅の事過去を聞いたうえで小梅を安心させるためと、小梅と対等な立場でありたかったからであり、小梅もまた、同じような理由だ。

 けれどそれを話すうえでは、恐らくこの場の全員が知っているであろう、小梅の過去、ひいては去年の全国大会決勝戦の事を思い出させてしまうのは必至だった。せっかく和んできた場の雰囲気を曇らせるわけにはいかない。

 だが、織部と小梅が黙っていると、直下がとんでもない発言をかましてきた。

 

「まさか付き合ってたりして」

 

 その直後、4人の視線が織部と小梅に殺到する。

 だが、そんな事実は存在しないので、2人は顔を赤くしながらもこう答えた。

 

「「付き合ってない(ません)!」」

 

 織部と小梅の主張に、4人は苦笑する。4人も本気でそう思っているわけではないようで、『ですよねー』と言った具合にまたおしゃべりや食事に戻る。

 しかしこの時、小梅は内心では凹んでしまっていた。

 意識していた織部から、『付き合っていない』とすっぱり切って捨てられたからなのだが、織部とは付き合っているわけではないので凹むことは無いはずなのに、なぜかそれが少しもの悲しかった。

 どうしてそんな気持ちになってしまう?

 

(やっぱり私は・・・・・・)

 

 一方で、織部も少しばかり傷ついてしまっていた。

 『付き合っていない』と否定したのは事実だったから仕方がない。小梅にもそれを否定する権利は当然ある。というより小梅は否定するしかない。

 だが、普段あまり声を荒げない小梅があそこまで必死になったのは予想外だった。

 それほどまでに、織部と付き合っていると思われるのは嫌だったのだろうか。

 小梅とは色々話をしたのだが、それでも小梅にとってはただの知人程度の存在だったという事か。

 

(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・今、何を考えた?)

 

 今、織部は小梅に特別に思われていると思い込んでしまっていた。

 それはとても、他人から見れば烏滸がましい事だ。

 けれどどうして、そう思ってしまう?

 それは、織部自身も小梅の事を意識していたという事に他ならない。

 思わず、額を押さえる織部。だが、それが不審に見えたらしく、今度は小梅が織部の顔を覗き込んできた。

 

「は、春貴さん・・・?どうかしたんですか・・・・・・?」

 

 だが、織部はとっさに顔を逸らす。

 

「・・・・・・何でもないよ」

 

 この2人のやり取りを見ていた根津、斑田、三河、直下の4人は、特に示し合わせたわけでもないが全員こう思っていた。

 

((((こりゃ、時間の問題かな))))

 

 

 

 昼食を終えた6人は、まずは映画組も寄りたいと言っていた、レディース服の店舗へと向かった。だが、この店で織部にできる事は何もないので、大人しく店の外で待つことにする。

 およそ数十分後、満足いく買い物ができたようで5人は笑顔でそれぞれ袋を手に提げて店の外に出てきた。

 続いて皆が訪れたのは書店だ。昨今は電子書籍が流行り出し、紙媒体が衰退しつつあるという風潮があるが、それでも紙媒体の需要は割と高い。だからこういう書店もそう簡単に無くなりはしないだろう。

 書店で中を見回っていると、斑田が話しかけてきた。

 

「織部君ってどんな本読むの?」

「んー・・・色々読むかな。小説も漫画も、とくにジャンルは問わないよ」

「漫画とか読むんだ。意外・・・」

 

 とは言っても、織部が留学するにあたって黒森峰に持ってきたのは数冊ほどの小説で、漫画の類は持ってきていない。

 そして今、織部には欲しい本も無かったので、なんとなく店の中をぶらぶらと歩く事にする。

 一方、直下と小梅はそれぞれ本を1冊ずつ買っていた。直下はファッション雑誌、小梅は文庫本サイズの本を1冊。どうやら小梅は、先ほど見た映画の原作となった小説を買ったらしい。

 買い物が終わったのを確認すると、次に訪れたのは戦車道ショップだ。ただ、ここは別に買い物をするというわけではなく、ただ店の中を見て回るだけだ。

 世間一般では戦車道は、茶道・華道・書道と比べるとマイナーな存在であり、競技人口は全盛期と比べると減少しているのが実態だ。それでも、一部の選手とファンの根強い人気があって戦車道は今も続いている。独自の流派が存在し、競技人口は世代や年齢を問わず、大会も開かれているので人気がないということは無い。今この戦車道ショップにも、織部たちの他に何人かお客が入っている。

 黒森峰学園艦にも戦車道ショップはあるが、規模はここよりも少し狭い。本物の軍服のようなジャケットやコート、戦車の部品のレプリカ、戦車のプラモデル、さらにシミュレーションゲームなんてものも置いてあった。壁際にはテレビが設置されており、スポーツニュースが流れている。

 

「そういえばさ、昨日私見たよ。隊長の出てたニュース」

「ほんと?」

 

 三河がテレビを見上げながら、ふと呟いた。その話に食いついたのは斑田。2人の会話を聞いて、織部も昨日の訓練の事を思い出す。

 昨日の訓練では、テレビ局が取材に来ていた。事前の説明も無かったので織部を含む隊員は少し驚いたが、カメラが回っているからと言って目立つような行動などはせず、いつも通りの訓練を貫いた。

 そのテレビ局が、昼休憩の際に隊長のまほにインタビューをしたと、まほの近くにいた三河が言っていた。インタビューの内容は分からなかったので、昨日そのスポーツニュースを見たらしい。

 

「『戦車道の強さの秘訣は?』って質問に、『諦めない事と、どんな状況でも逃げ出さない事です』って答えてた」

「さっすが隊長。クールだねぇ」

「後、『西住流に逃げるという道はありません』って」

「よく言ってるよね~」

 

 三河たちが、昨日のインタビューの事を話している傍らで、小梅はなぜか、ほんの少しだけ悲しそうな顔をしていた。

 その顔の真意は織部にはつかめなかったが、この話をこのまま続けるのは少しマズいと思い強引にでも話題と場所を移すことにした。

 

「そろそろ移動しようか。ペットショップにも行くんでしょ?」

「お、そうだった」

 

 織部の提案に対して特に疑問を抱かなかった4人は、ペットショップへと向かう事にする。

 そしてこの時、小梅は織部が自分を気遣ってくれたことに気付いた。だから、織部と視線が合った時、小梅は織部に優しく微笑む。

 織部も、小梅が織部の考えに気付いたと認識し、大丈夫と言った具合に手を小さく挙げた。

 そして6人は、ペットショップへやってきた。店員が、またやってきた織部、直下、斑田の姿を見て少し驚いた様子を見せたが、織部はすまなそうに苦笑する。

 直下と斑田は、先ほども見たショーケースを覗き込んでいる。どうやらあの2人は、あの2匹を気に入ったらしい。

 三河と根津も、それぞれお気に入りの動物を見つけたようでそれぞれショーケースを覗き込み、『可愛いなぁ』などと呟きながらガラスをつついて中の犬や猫の興味を惹こうとしている。

 小梅はと言うと、ショーケースの中にいる小さな柴犬を見つめていた。その小梅の顔は雄弁に『可愛い』と言っている。

 織部は先ほどの昼食の時、小梅と気まずい空気を作ってしまい、少し微妙な距離ができてしまったので、何とかして小梅との距離をまた縮めたいと思った。

 だから織部は、少し恥ずかしかったが、小梅の隣に立って同じショーケースを見る。そして、先ほど直下と斑田が話していたことを小梅にも聞いてみることにした。

 

「・・・・・・小梅さんは、犬派?それとも猫派?」

 

 織部の質問に、小梅は少し悩むそぶりを見せてからやがて答える。

 

「猫も好きですけど、どちらかと言えば・・・犬派、ですね。忠誠心があって、賢くて」

「僕も、犬が好きだね。大体小梅さんと同じ理由で」

「・・・そう、なんですか」

 

 織部と似たような理由で犬が好きという事実に、小梅は少し嬉しくなる。

 

「でも、学園艦で寮暮らしだから飼えなくて。実家でも飼っていなくて・・・。いつか飼ってみたいなぁって思ってるんです」

 

 こんな自分本位な夢を語っても織部は迷惑だろうとは思っていたが、小梅はショーケースの中にいる子犬の事を見つめながら話を続ける。

 

「でも、犬を飼う事になったとしても、責任をもって育てられるか、しつけられるかが心配で・・・」

「それは、大丈夫なんじゃないかな」

 

 小梅の言葉に、織部が答える。

 大丈夫というのは、飼うことへの不安やしつけ云々の事だろう。

 しかし、何を持って織部は大丈夫と言っているのか。

 

「小梅さんは優しい人だから、誠意をもって接すれば、おのずと飼う犬も答えてくれると思うよ」

「・・・・・・・・・」

 

 織部に言われて、小梅はまたショーケースの中を覗く。子犬が何か物欲しげな目で小梅の事を見つめていた。

 

「私は優しくなんて・・・」

「優しいよ。それだけは言える」

 

 どうして、と言った風に小梅が織部の方を見る。

 織部は少し恥ずかしそうに頬を掻きながら、呟く。

 

「前に小梅さん、僕の事を『心の強い優しい人』だって言ってくれたでしょ?」

 

 その言葉は小梅自身も覚えている。何せ、色々あったジョギングをした日の事だったのだから。

 

「人の事を素直に褒められるのは、優しい人にしかできない事だと僕は思ってる。それに、みほさんの事を救いたかったのも、やっぱり小梅さんが優しいからだ」

「・・・・・・・・・」

「それに僕が倒れた時、看ていてくれたんだもの」

 

 だから、と言って織部は改めて小梅の顔を見据える。

 

「小梅さんも、心優しい人だよ」

 

 呼吸が止まったような気がした。

 時が止まったような感覚に陥った。

 面と向かって、微笑みながらそんな言葉をかけられて。

 自分の事を、心優しいと言ってくれて。

 それはとてもシンプルな言葉だったけれど、どんな言葉をかけられるよりも嬉しくて。

 

「さて、そろそろ帰ろうか。時間もいい感じだし」

 

 根津が腕時計を見ながら告げると、ショーケースに張り付いていた直下と斑田、そしてハムスターのケースを見ていた三河が我に返ったかのように根津の方を見る。織部も、店の中にある時計を見れば、そろそろ日没が迫っているような時間だった。随分とペットショップに長居していたらしい。

 

「じゃあ、帰ろうか」

「・・・・・・・・・はい」

 

 織部が小梅に告げると、小梅は少し呆けたように返事をして織部たちと共に、ペットショップを後にした。

 

 

 学園艦に戻るまでの間、私はずっと春貴さんの背中を眺めていた。

 春貴さんは、根津さんや直下さん達と何かを話しているみたいだけど、今の私には何を話しているのかは聞こえない。

 今私が考えている事とは、ここ数日で私の中に芽生えた、ある感情だ。

 春貴さんと話をして、皆で戦車道博物館に行って、一緒にジョギングをして。

 春貴さんと一緒に過ごして、思い出を重ねているうちに、私の中でこの感情は、知らない間にどんどん大きくなってきていたみたいだ。

 春貴さんの言葉が胸に強く残り、春貴さんとの思い出が私の頭を駆け巡って、春貴さんの笑顔が忘れられない。

 映画を見る前に、春貴さんと別行動となってしまった時は少し悲しくなった。

 それは、春貴さんと一緒に過ごしたいと思っていたからだ。

 映画を見た時、ヒロインに真摯に向き合う主人公の姿に、春貴さんの姿を重ねてしまった。

 直下さん達と楽しそうに話をしている春貴さんを見て、少しだけ胸が痛んでしまった。

 それは、嫉妬していたからだ。

 でも、さっきのペットショップで、春貴さんから『心優しい人』と言われて、呼吸が止まるような思いになった。

 そして、同時に胸が張り裂けてしまうくらい、鼓動が早くなってしまった。

 今なら分かる。

 どうしてそうなったのか。

 それは全て。

 

 

 春貴さんに恋をしているから。

 

 




アスチルベ
科・属名:ユキノシタ科チダケサシ属
学名:Astilbe × arendsii
和名:曙升麻
別名:泡盛草(アワモリソウ)
原産地:ドイツ
花言葉:恋の訪れ、自由
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