また、この話で書かれているあの時の真相はあくまで、筆者独自の解釈です。
予めご了承ください。
少し織部より遅れて報告書を書き終えた小梅は、急ぎ足で隊長室へと向かっていた。もうすぐ陽は完全に沈み、外は暗くなってしまうだろう。
待たせてしまうと申し訳ないので、小梅は急いで隊長室に向かう。
だが、隊長室の前にたどり着くと、真っ先に目に入ったのは、壁に背を預けて腕を組んで立っているエリカだ。エリカの表情は、何か考え事をしているようで険しい。
それを見て小梅は、エリカに尋ねた。
「どうかしたんですか、エリカさん?部屋の外で・・・」
「・・・織部が隊長に何か話があるみたいで、席を外すように言われたのよ」
「そうだったんですか・・・」
しかし、副隊長のエリカを同席させないような話とは、何だろうか。それほどまでに重要な話のか、それとも個人的なものなのか。
小梅も気になったが、今はエリカの言う通り話をしている最中なので小梅も入る事はできない。大人しく、エリカと一緒に部屋の外で待つことにした。
「・・・・・・気になるわね」
「?」
だが、エリカがボソッと呟く。
エリカは、みほが黒森峰を去ってからみほの代わりに副隊長になり、戦車道の際はまほの傍で補佐を務めていた。みほが去る以前からも、戦車隊では車長として高い実力を誇っていてまほから一目置かれていた。だからまほと接する機会もそれなりに多く、今こうして合理的に副隊長を務めている。
だが、そんなエリカがまほから『席を外してほしい』と言われたのは初めての事だ。最初は異を唱えようとしたのだが、基本的に上下関係を大切にするエリカも隊長の命とあらば従わないわけにもいかないので、大人しく外に出た。
そして、ずっと2人が何の話をしているのかを推測し、考えていたのだ。
「・・・何の話をしているのかしら」
「さあ・・・・・・」
まだ黒森峰に来てからまだそれほど時間も経っていない織部が、唐突にまほに話があると言ってエリカを外に出して、今織部はまほと2人きり―――
「まさか!」
エリカが何かに感づいたように目を見開く。小梅は何事かとエリカに目をやる。
エリカは、とんでもない事に気付いてしまったようにわなわなと震えていて、口元に手をやっている。
一体、どんな予想をしたというのか。小梅も少し気になってエリカの方を見て、目で『どうしたんですか』と問いかける。その視線に気付いたのか気付いていないのかは分からないが、エリカは唇を震わせながら、言葉を紡いだ。
「・・・織部・・・告白する気かも」
エリカの脈絡も突拍子もない予想に、小梅も肩透かしを食らう。一体どういう理屈でそんな結論に至ってしまうのか。
とりあえず、その発想に至った経緯を聞く事にする。
「な、なんでまた・・・・・・」
「・・・・・・西住隊長はとても魅力的な人よ。一目惚れしてしまう可能性だって十分にあり得るわ」
分からなくもない。小梅も1年以上まほの下にいたので見慣れてしまったが、まほは非常に整った顔立ちに、魅力的な身体と、同性からも羨ましがられるような外見をしている。さらに文武両道、西住流の後継者で国際強化選手という輝かしい戦績も併せ持つ。それ故に学内の女子からの人気が高く、バレンタインデーの時はチョコを大量に貰っていて、時には告白されるなんてことも多々あるぐらいだ。
女性からもそうなのだから、当然男も心惹かれるような存在だろう。
「しかも織部・・・前に一度隊長と食事をしたそうじゃない。それで一層惚れたって言う可能性も・・・」
「・・・・・・」
前に何度か、小梅はエリカの私服を見た事がある。良く言えば随分と育ちの良さそうな服を着ていた記憶がある。
それに黒森峰女学園は、戦車道の強豪校という点以外にも、レベルの高いお嬢様学校として名を馳せている。
これらから推測できることは、エリカは相当なお嬢様―――しかも箱入り娘の部類に入るのだろうと考えられる。
エリカは恋愛などしたことも無いだろうから、推測でしかものを言えないのだと、小梅は思った。
先ほどの安直とも言える発想も、そう考えればまあ頷ける。
「・・・・・・・・・・・・」
しかし、なぜかエリカの推測でしかない言葉を聞いたら、小梅の胸がちくりと痛んでしまう。
その理由はやはり、織部の事を好きであるからだ。
同時に覚えるのは、もしも織部が本当にまほに告白をしてしまったら、という恐怖にも似た焦燥感だ。
もし、織部がまほに告白でもしたら、小梅のこの内にある大きな気持ちはどうしてしまえばいいというのだ。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
小梅が1人であれこれ考えていると、エリカが隊長室のドアに耳をくっつけて中の話を聞こうとしていた。
それは流石にやめておくべきだと小梅は思う。
「エリカさん・・・それはちょっと・・・・・・」
「黙りなさい、中の話が聞こえないでしょ」
エリカは普段は落ち着いているのだが、一度スイッチが入ってしまうと他のものには目もくれずそれに集中するタイプ、直情的な性格をしていた。
こうなったエリカはてこでも動かないだろう。小梅は、エリカを扉から引き離すのは諦める。
そして、小梅も中の織部とまほに『申し訳ない』と謝りながら扉に耳をくっつける。
(・・・・・・春貴さんが、隊長に告白するとは思いたくないけど、心配だから聞いているのであって・・・)
と、誰に対して説明しているのか分からないような口調で小さく呟く小梅。
それは置いておき、小梅は中から聞こえてくる会話に意識を集中する。
『・・・赤星小梅さんの事についてです』
織部の言葉を聞いたまほは、織部の顔が恐怖や怯えなどに染まってしまっているのに気付いた。
そんな顔をしている理由は、薄々とだが分かる。
まほは自分の立場を弁えているつもりだ。自分がこの黒森峰の戦車隊でどんな立場なのか、戦車道の世界ではどんな存在なのか、そして自分はどう思われているのかを大体理解しているつもりだ。
その人物と向き合って話をしているのだから、怯えるのも緊張するのも無理はない。
だが、聞きたいことが小梅の事だとはどうしたことか。
「赤星の何を聞きたいんだ?」
「・・・・・・赤星さんを、どうするつもりですか」
「どうする、とは?」
まほが問うと、織部は制服の裾を握って俯く。
今から自分の言う事は恐らくおせっかいかもしれないし、もしかしたら織部がそれについて言及したことで逆に小梅の立場が危うくなるかもしれない。その事実に今更気付いて、織部は軽はずみなことをしてしまったと後悔してしまう。
けれど織部は、ここまで話して『やっぱりいいです』とは言えない。それは時間を割いてくれたまほに対しても失礼だ。
それに、もしも小梅の立場が悪くなったりでもしたら、その時は全力で織部は小梅の味方をすると心に誓っている。『全力で阻止する』と小梅にも言った。
だから、決して織部は小梅の事を見捨てるつもりはない。
「・・・・・・赤星さんは僕が来た時から、模擬戦では審判、通常訓練では監視と、戦車には乗りませんでした。おそらく、何らかの理由があって戦車には乗っていない、あるは戦車から降ろされたのだと、僕は思っています」
「・・・・・・・・・・・・」
「新入隊員の皆さんが育っていき、その人たちが赤星さんの実力を超えてしまえば、赤星さんは戦車隊から除隊されてしまうのではないか、と僕は不安に思ったんです」
実際、小梅自身からどうして戦車を降ろされたのか、推測ではあるもののその理由を聞いてはいるのだが、それは今言ってはならない。
そして今、織部はまほの口からついて出てくる言葉を聞くのが怖かった。
何も言ってこないまほの言葉を待つのが、怖い。それなりに空調が聞いており心地よい風が吹いていて過ごしやすい温度のはずなのに、背中に汗が滲んでいるのが分かる。
さらにまほがどんな顔をしているのかを知るのが怖くて、視線を下に逸らしてしまう。
「いや、そうはならない」
だが、まほが発した言葉は、織部の推測を否定するものだった。
それを聞いて、織部の視線が上がり、まほに向けられる。織部が無意識のうちに握りしめていた拳も、解かれていた。
「君は、去年の戦車道全国高校生大会の決勝戦の事を知っているか?」
「・・・・・・はい。テレビで見ていました」
「・・・あの時、対戦していたプラウダの戦車から攻撃を受けて、川に落ちた戦車がいた事も知っているか?」
「ええ」
知らないわけがない。小梅自身の口から、教えられたのだから。
「あの戦車の車長は、赤星だった。赤星の戦車が落ちてしまった事で、後ろにいたフラッグ車のみほ―――元副隊長が赤星たちを助けようとし、戦車を降りた。それでフラッグ車は撃破されて、我が校は優勝を、10連覇を逃した」
淡々とその時の事を語るまほの顔は、悔しそうに見える。
彼女は去年も黒森峰戦車隊を隊長として務めていたのだから、他の誰よりも優勝を逃したことを悔いていて、誰よりも深刻に考えていたに違いない。
「我々が勝てなかったそもそもの原因は、赤星の車輌が川に落ちてしまった事だ。雨で天候が悪かったうえに、走行していた道も状態が悪かったとはいえ、川に落ちたのは不注意から来たものだ。だからその責任を取らせる形で、赤星たちをしばらくの間戦車から降ろし、雑務や補助的な役割を任せて、信用を取り戻すように命じた」
「・・・・・・・・・・・・」
それは、やはり想像の通りだった。そしてその雑務や補助的な役割とは、模擬戦での審判や、毎日の訓練の報告書の作成、さらに戦車の手入れなどだろう。
しかしそうだとすれば、あの全国大会から実に10カ月以上たった今も戦車に乗せないというのは、罰則としては少々長すぎると織部は思っていた。
小梅の性格から、信用を回復するために任された役割を、怠惰な態度でやっていたとは考えにくい。現に、この前織部が最初に小梅と審判を務めた時、小梅は真剣に審判を務めて、報告書も分かりやすく丁寧に、そして綺麗に書いていたではないか。
「だが、それともう一つ、理由がある」
「?」
まほの続く言葉に、織部は耳を傾ける。前のめりに聞き入りそうになるが、そこは流石に場を弁えて辛抱する。
「赤星は恐らく、自分のせいで黒森峰が10連覇を逃したという事に対する責任を強く感じている。それと同時に、あの時川に落ちてしまった事で、戦車に対する忌避感―――一種のトラウマを抱いているのかもしれない。そう思い、しばらくの間戦車には乗せないでいたんだ。機を見計らって、また戦車に乗せようと思ってる」
まほが少し俯き、やがて顔を上げて織部の顔を見る。
「来週から、新入隊員たちが正式に配属される事になる。赤星には、新入隊員たちの指導をしてもらおうと思ってる」
「・・・・・・じゃあ」
「赤星は車長として実力もそれなりにあるし、それ以外の役割・・・審判や報告書の作成も難なくこなせる。それらの指導をしてもらおうと、思っていたところだ」
だから、と言ってまほは手を組んで椅子に背を預ける。
「赤星を除隊させるという事はしない」
部屋の外でその言葉を、織部とまほの話を聞いていた小梅は、冗談抜きで涙を流しそうになった。
それは、自分が戦車隊から外されるという不安が取り除かれたことによる安心感から来るものもあるが、それ以上の気持ちもある。
それは、織部が小梅の身を真剣に案じていて、西住まほという自分たちとは住む世界が違うような相手に対しても物怖じせず、小梅の今後の事を聞いた事が、嬉しかったのだ。
織部は『同じように悩み落ち込んでいる人の事を放っておけない』という言葉通り、小梅の事を心配してくれていたのだ。
思わず肩を震わせ、涙が流れそうになるのを堪える。
隣にいたエリカは、肩を震わせている小梅に気付いてふっと小さく笑う。
どうやら織部が気になっているのは、まほではなく小梅の方だったらしい。
織部がまほに告白するかもしれないという心配も取り除かれたので、ドアから耳を離し大人しく待とうとしたが。
「・・・・・・・・・・・・・・・え?」
まだなお中の様子に耳を傾けている小梅が呆けたようにつぶやいた言葉を聞いて、エリカもまた先ほどと同じように耳を扉にくっつけ、中から聞こえてくる話声に集中する。
自分の唇が笑っているのが、織部自身にも分かる。
織部の心配は、小梅の心配は、全て取り越し苦労だったようだ。
緊張感が失せて、肩の荷が下りた事で、織部は1つ息を吐く。
「・・・・・・そうでしたか・・・。よかった・・・」
そこで、ふっとまほが笑った、ような気がした。
「・・・・・・随分、赤星の事を気にかけているようだな」
そう言われて、無礼だとは知りながらも織部は視線を逸らして頬を掻く。まさか正直に小梅が好きだからなんて言えるはずもないので、はぐらかす。
「・・・・・・赤星さんは、ここに留学してきたばかりの僕に色々な事を教えてくれましたし、僕に優しく話しかけてきてくれました。だから、その赤星さんの事が心配で・・・・・・」
「・・・なるほど」
まほは一応それで納得したらしい。
「・・・正直、赤星の事は気にかけているつもりだった。だが、この前君と赤星が一緒に登校して、赤星が笑っているのを見かけて、安心したよ」
そう言えば黒森峰に来たばかりの時、小梅たちと一緒に登校している際なんだか視線を感じたような気がしたが、あれはまほのものだったのか。
だが、まほのその安心したような言葉を聞いて、織部の心の中にはまた疑問が芽生える。
小梅の事を考えて、戦車に乗せないでいたという事は、まほはちゃんと人の事を気遣うことができるという事になる。特に自分の隊員の事をまほは真剣に考えているということが分かる。この前織部が倒れて保健室に運ばれた時も、まほは謝ってきた。それは、仮とはいえ織部もまた黒森峰戦車隊の一員だったから、という理由が大きいのだろう。
そこまで考えると、やはりどうしても小梅のあの言葉を思い出してしまう。
『黒森峰の隊長であり、みほさんの姉であるまほさんも、糾弾されるみほさんの事を庇う事もせず、守ろうともせず・・・・・・』
「織部?」
考え込んでいると、まほから声を掛けられてしまった。
「まだ何か、聞きたいことがあるのか?」
「あ、いや・・・ええと・・・・・・」
織部は、“それ”を聞くか聞かないか迷う。
多分だが、高確率で“それ”を聞くとまほの機嫌を悪くしてしまう。そうなれば、織部の今後の身の振り方も少々真剣に考えなければならないだろうし、最悪の場合は強制送還されるかもしれない。
ここは聞かない方が賢明だ。
しかし。
「こうして、面と向かって2人だけで話せる機会も、あまりないだろう。自分で言うのもなんだが、私は他の皆と比べると少し忙しい身だからな。今のうちに、聞きたいこと、聞いておきたい事は聞いた方がいいと思う」
まほに言われ、踏みとどまっていた織部の背中が、とんと押されたような感じがしてしまう。
だから織部は、聞く。
聞いてしまう。
「・・・・・・西住隊長は、赤星さんの事を真剣に考えていたという事は分かりました。でも、それでまた一つ、疑問が生まれました」
「疑問?」
織部は、まほから視線を逸らし、少し下の方を見ながら言葉を紡ぐ。
「・・・・・・どうして、赤星さんの事を真剣に考えられたのなら・・・」
今でも、織部の理性は『聞くな』と言っている。心を引き留めようとしている。叫んでいる。
けれど、織部の言葉は止まらなかった。
「・・・・・・どうして、西住みほ元副隊長の事を、守らなかったんですか」
まほの肩が、ピクッと動いた。
まほの周りの空気が変わったのが分かる。
織部は今、間違いなく、まほの中の触れてはいけないものに触れてしまった。
「・・・・・・・・・どういうことだ」
先ほどの柔らかい雰囲気が全く感じられない、捉え方によっては怒りをにじませるような声を聞き、織部は胃袋が縮んだような感覚になる。だが、ここで黙っていては余計状況を悪化させかねない。だから、この疑問を口にしてしまった事に最大級の後悔を感じながらも、素直に言うほかない。
「・・・・・・西住隊長は、去年の決勝戦で優勝を逃した原因を作った西住みほさんが学校から糾弾され、他の生徒から心無い言葉を浴びせられて傷ついて痛いにもかかわらず、一切擁護しなかったと、聞きました」
その情報の出どころは小梅なのだが、それは口が裂けても言えない。この疑問はあくまでも織部自身の中にある疑問であり、それに小梅を巻き込むわけにはいかないからだ。
「先ほどの赤星さんの処遇を聞いて、西住隊長は優しい人だというのが分かりました。なら、どうして西住みほ元副隊長を庇わなかったのか、それが疑問に思えてならなかったんです」
「・・・・・・・・・・・・・・・そうか」
まほが、小さく息を吐く。
怒っているんだろうか、怒っているんだろうなぁ、と織部は思っている。何せ新参者の自分が、いきなりこんなことを聞いたのだから、無礼にもほどがあるだろう。
そろそろ、真剣に強制送還されるのではないかと心配し出したが、俯いていた顔を上げたまほの表情を見て、織部は少し驚いた。
あのまほが、戦車道の訓練中は真剣な表情を決して崩さないまほが、少し悲しげな表情を浮かべていたからだ。
「・・・・・・これから話す事は、他言無用にしてもらいたい。これを厳守できるのであれば、その理由を話そう」
織部は、自分で言うのもなんだがこういう約束事はよく守っていると思っている。その真面目な性格もそうだし、相手に嫌われたくないという気持ちがあるからだ。
織部だって今の自分の立場が惜しいし、悪印象をまほに与えたくもないので首を縦に振る。
「・・・・・・・・・・・・・・・はい」
その返事を聞くとまほが立ち上がり、応接スペースのソファに織部を通す。これから話す事は、長くなってしまうという事だろう。
まほに向かい合う形で織部も座る。
「・・・・・・先ほど織部の言った通り、黒森峰が10連覇を逃した原因は、フラッグ車の車長だったみほが赤星の車輌の搭乗員を助けるために戦車を降りて、司令塔を失い動けなくなったフラッグ車を狙われて撃破されたからだ」
「・・・・・・はい」
それもまた、小梅から聞いていた。
織部は、黒森峰の外部から来たにも拘らず、黒森峰の戦車道の事情に深くかかわっていることになるのだが、それは一先ず置いておく。
「そして、それが原因でみほが皆から糾弾されていたのも、私は知っていた。みほは副隊長だったからな。戦車隊の中でも露骨ではないがみほの事を悪く言う輩がいた事も、知っていた」
「・・・・・・だったら」
知っていたにもかかわらず助けないというのは、流石に冷酷すぎる。だが、そうなれば先ほどの赤星に対する気持ちと行動、さらにはまほ本来の性格と矛盾する。
「・・・・・・だが、庇わなかったんじゃない。庇えなかったんだ」
「・・・・・・え?」
しかし、意外なまほの言い方に織部は身を乗り出す。
まほの言い方では、本当はみほの事を庇いたかったというニュアンスが含まれているように聞こえる。
「・・・・・・知っているとは思うが、西住流は何があっても前に進み続ける流派、犠牲無くして勝利は得られないという考えが根付いている。そして、西住流の影響を大きく受けているこの黒森峰の戦車隊も、同じような考えがある」
隊長の私自身西住流の人間だからな、と冗談めかしにまほが言うが、今は笑えない。
「あの決勝戦で川に落ちた赤星の戦車は、黒森峰が勝つための犠牲になった、と西住流は捉えていた。だから、その犠牲を救おうとしたみほが、勝つことを貴ぶはずの西住流のみほが責められるのも、仕方がない事だった」
「・・・・・・」
「だが、黒森峰から、それも試合に参加してもいない、それどころか戦車道をやっているわけでもない生徒からも責められるのは、少し私も腹が立っていた。当事者でもないのに、あの試合に出ていたわけでもないのに、戦車に乗る者の覚悟や気持ちを全く知らない者が好き勝手に責め立てる事が、悔しくて腹立たしかった」
今明かされる、あの時のまほの感情を聞いて、織部も驚く。
やっぱりまほも、1人の少女だったというわけで、妹が責められていることに対していい感情を抱いてはいなかった。
ではどうして、まほはみほの事を庇わなかったのか。
「だが・・・・・・私は黒森峰の隊長で、西住流を体現しているような存在だ。その私がみほを庇ってしまえば、みほの行動は間違っていなかったと証明するようなもので、それはつまり・・・西住流の教えそのものが間違っていると周りに誤解されかねない」
「・・・・・・あ」
西住流には犠牲無くして勝利は得られないという考えがある。
だが、周りから見ればみほは、その犠牲を助けようとするために行動を起こし、黒森峰を敗北へと追いやった。
そのみほを、西住流を体現しており、西住流の後継者でもあるまほがみほを庇い、みほの行動は間違ってはいなかったと言ってしまえば、それはすなわち西住流の考え、教えを否定する事に繋がる。
そうなれば、西住流に対する不信感を生み出してしまい、黒森峰戦車隊もさらに混乱してしまうだろう。
自分たちの信じていた教えや考えは、間違っていたのだと。
「・・・・・・それに私はあの頃、信用が失墜してしまっていた黒森峰戦車隊を立て直す事に必死になってしまっていたから、みほを気にかけることができなかった・・・。これは、言い訳に近いな」
自省するかのように言うまほに、織部は『いえ・・・・・・』という弱気な言葉しかかけられない。
「みほは、師範―――私のお母様からも非難された。その時私は、お母様の側についた。それは私が西住流の跡取り筆頭であるし、私自身西住流そのものであると自負していたから。加えてお母様に歯向かう事を、私自身心のどこかで恐れていたからだ」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・周りに西住流の教えが間違っていると思われたくなかったから、私はみほを庇えなかった」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・私と同じ西住流だからと、私の妹だからと、1年生であるにもかかわらず副隊長を任せ、あれやこれやと負担をかけ、挙句みほを庇う事も、守る事もできなかった・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「結果みほは黒森峰を去ってしまい、戦車道とは無縁の学校へと転校した・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「私は、妹のみほと西住流のメンツを天秤にかけて、私は西住流を選んだ」
まほは失笑し、そして、言った。
「姉として、失格だな」
悲痛な表情で語るまほの気持ちは、西住流の人間ではなく、本来黒森峰の人間でもない織部の想像を絶するものだろう。
織部みたいな外部生が聞いていいような、触れていいような話ではなかった。
今さらながら、この話を切り出したことを後悔し、そしてまほにも辛い事を思い出させてしまった事を申し訳なく思う織部。
「どうしてだろうな、君にここまで話せたのは」
悲しみの混じった笑みを浮かべるまほ。織部はその顔を直視できず、俯いてしまう。
「君はあの時まだ黒森峰にいなくて、黒森峰戦車隊の事情を深く知らなかったから、かもしれない。今はもう全てを知ってしまっているが」
「・・・・・・一つ、言わせていただいてもいいでしょうか」
「?」
織部がおずおずと言葉を紡ぎ出す。
そして、小さく息を吸い込んで、織部個人としての気持ちを告げる。
「・・・みほさんの行動は、確かに西住流としては間違っていたかもしれません。でも、人として間違った行動はしていなかったと僕は思います」
「・・・・・・・・・・・・」
まほは何も言わない。織部の言葉を待つ。
「命の危険な状況に陥った人を、迷いもせず助けに行くなんて、誰にでもできる事ではありません。それをやってのけたみほさんは、人として間違った事はしていない、むしろ正しい事を、誇れることをしたというのが僕個人としての意見です」
そこで、まほの表情を覗う。まほは真剣な眼差しで織部の事を見ており、織部の話を集中して聞いている。
「・・・・・・西住隊長、あなたはどう思っているんですか?みほさんの行動を」
織部に問われたまほの答えは、決まりきっていた。
「・・・・・・私も同じだ。みほは、人として正しい事をしたと思っている。姉としても、誇らしい」
それを聞いた織部は、小さく笑う。
「さっき、西住隊長は言いましたよね?みほさんを庇えなかった、と。という事は、あなたは本心ではみほさんを助けたいと、庇いたい、と思っていたんですよね」
「ああ、その通りだ」
織部の言葉にまほは即答して頷く。
「そして、みほさんが矢面に立たされているのを見ているのが辛かったと」
頷くまほ。
「守りたいという気持ちがあったのなら、妹のみほさんが責められて辛い気持ちがあったのなら、あなたにも妹を想う気持ちがあったという事です」
まほの目が、僅かに見開かれる。
「あなたは、姉失格なんかじゃない」
そこまで言ったところで、織部は出しゃばりすぎてしまったと気付き頭を下げる。
そしてここで、深入りしてしまった事を謝る。
「・・・・・・元々部外者の僕が黒森峰の事情に深入りし、あなたに辛い事を思い出させてしまって・・・申し訳ございません」
「・・・・・・いや、気にしなくていい」
「・・・・・・どんな罰も処遇も、受ける覚悟です」
あのまほに、年上で、世界レベルの実力者であるまほに偉そうに諭すような真似をするなど、分を弁えていないにもほどがある。そして、おそらくは黒森峰の多くに知られてはならないだろうみほとまほに関する真実を知った以上、織部も今後自由に動けるかどうかは定かではない。
黒森峰から去るように言われても、おかしくはない。
織部はその覚悟を持ったうえで、全てを聞いたのだ。だから、どんな罰も受ける覚悟はできている。
だが、まほはふっと笑った。
「・・・・・・心配しなくていい。君を悪いようにはしない」
「・・・・・・?」
「君は戦車道連盟と黒森峰、そしてお母様―――西住流師範に認められてここにいるというのは既に知っている。ここまで来るのに、多大な努力や積み重ねてきたものがあるのだろう。その上でここに来た君を、無碍に追い払う事などしないさ」
「・・・・・・・・・・・・」
口ではそう言っているが、内心何と思っているかは分かったものではない。
他人の、特に身分が自分とは違う者の言っていることを素直に信用できないのは、織部のいじめられて以来染み付いてしまっている悪い癖だと自覚している。
だが、まほは嘘をつくような人間ではないというのはもう分かっていた。なのであまり深く疑いはしない。
「・・・・・・みほには、まだ私の気持ちを伝えてはいない。伝える前に、みほは黒森峰を去ってしまったからな」
まほの気持ちとは、本当はまほ自身みほを守りたかったということだろう。
そして伝えたい事とは、あの時のまほの本音と、守れなかったことに対する謝罪の気持ちだろう。
だがみほは、まほの考えとみほに対する想いに気付けず、まほに見捨てられたと早とちりしてしまい、それ以外の要因も重なって黒森峰から去ってしまったのだから。
「いつかはみほに直接会って、この気持ちを伝えたいと、そしてあの時守れなかったことを謝りたいと思っている」
真実を知り、もはやただの留学生という立場ではなくなった織部は、まほから真実を聞き出して話させてしまった責任と言うものがある。
だから織部は、まほの言葉を、決意を、背中を押して認める。
「僕は、まほさんを応援しますよ。いつか、その気持ちを告げられるといいですね」
話は終わり、まほは部屋の外で待機しているであろうエリカを呼び戻そうとした。
だが、部屋の外にいたのは報告書を持っていた小梅だけで、エリカの姿は無かった。小梅にエリカがどこにいるかを聞いてみると、『気分が悪くなって先に帰り、隊長には申し訳ないと伝えてほしい』と小梅が伝言を預かっていた。
織部はその小梅の言葉に何ら疑問を抱かなかったが、まほは違ったらしい。何かを考えるかのように、顎に指をやっていた。
しかしまほは疑問を一先ず置いておき、小梅の報告書を預かって織部と小梅は帰っていいと指示を出す。
指示を受けた2人は、教室へ鞄を回収し、今現在帰路に就いている。
「・・・・・・春貴さん」
「何?」
帰り道で、小梅が春貴に話しかけてきた。
今日の模擬戦の事でも聞いてくるのかと思いきや、当てが外れた。
「・・・・・・ちゃんと私の事を、考えてくれていたんですね」
「・・・・・・・・・・・・え」
頭が真っ白になってしまう。
このタイミングで、まほと話をした後でそんな言葉を言われて、どうしてこんなことを言われるのか、その理由はすぐに分かった。
「・・・・・・聞いてたの!?」
「・・・・・・はい」
あのまほとの話が聞かれたという事は、色々と厄介だ。
とりあえず目下最大の懸念事項は、みほとまほの真実だ。あれは、口外するなと言われているし、もし他の皆に知られたら状況は決して良い方向に転がりはしない。
「・・・・・・西住隊長の話は―――」
「大丈夫です。誰にも言いませんから」
まあ、小梅は決してこのような重要な話を吹聴するような性格ではないと分かっているので、それに関しては安心する。
それともう一つ気がかりな事は、織部が小梅のこの先の事を心配し、まほに直接小梅をどうするのかを訊ねたあの話を聞かれたのだ。
できればあれは小梅には聞かれたくなかったし、それだけ小梅を気にかけていたという事で、織部が小梅に向けている感情にも気づかれてしまう可能性が非常に高い。
他人への好意、恋心とはその相手には、自分から言わない限りは決して知られたくないものだ。でなければ、相手の自分を見る目が変わってしまい、これまで通りの関係を維持することができなくなって、その想いを告げる事が困難になってしまうから。
織部が小梅を好きだという事が気付かれているか、それが気がかりだった。
「・・・・・・春貴さん、本当に・・・私の事を考えてくれていたんですね・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
とりあえず、織部の恋心は知られていないようだ。けれど、本人に聞かれていたのはすさまじく恥ずかしい。
心の中で恥ずかしさに悶えていると、右手に柔らかい感触。
突然の感触に驚いて織部が自らの左手を見れば、小梅の左手が繋がれていた。
小梅も勇気あるものだったようで、顔が赤くなっているのが街灯に照らされて分かる。
そんな小梅が顔を織部の方に向けて、微笑み、こう言った。
「・・・・・・本当に、ありがとう」
織部は、言葉では返さず行動で答えを示すことにした。
小梅に向けてにこりと笑い、繋いだ手をギュッと握り、いつも別れる交差点まで共に歩いた。
キク
科・属名:キク科キク属
学名:Chrysanthemum morifolium
和名:
別名:
原産地:中国
花言葉:真実(白)
確認も混めて。
この作品のメインヒロインは、小梅です。小梅です。
感想・ご指摘等があればお気軽にどうぞ。