春に芽吹く梅の花   作:プロッター

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紫丁香花(ライラック)

 全国大会の1回戦は全て終了し、次は2回戦となる。2回戦の第1試合は、1回戦第8試合から4日後だ。

 黒森峰女学園は2回戦の第3試合、継続高校と戦う。継続高校は戦車道四強校から外れているが、戦車道が盛んと聞いているし、1回戦を勝ち抜いたのだからそれなりに強いのだろう。

 だがやるべきことは、黒森峰の取るべき戦法は変わらない。戦況によっては変わるだろうが、基本的なスタンスは圧倒的な火力と装甲を持って相手を叩き潰す電撃戦だ。

 黒森峰が知波単に勝った時、既に相手は継続高校だという事は分かっていたので、2回戦に向けての作戦会議は知波単戦の翌日に行われた。

 そして、2回戦の投入可能戦車数のレギュレーションは1回戦と同じ10輌なので、2回戦に参加する車輌は1回戦と同じくメンバーの交代も無く全車続投だった。

 1回戦の前もそうだったが、試合に向けての作戦会議は織部も参加している。

 まほによれば、継続高校は手強い相手であり、去年の練習試合でも手を焼いたという。

 継続高校の主力であるBT-42突撃砲は主砲口径114mmで機動力も高く、とても厄介だ。他にはソ連製の車輌を複数所持しており、さらに快速戦車のBTシリーズも所有している。過去に行われた練習試合では、高い機動力で敵戦車隊を翻弄する戦法を取り、さらにその複雑な動きで常にフラッグ車を守りながらも攻撃を多方向から仕掛けてくるという。

 黒森峰の基本スタンスは先ほど述べたような電撃戦。さらには敵戦車の挑発に乗せられることなくフラッグ車の位置を見失わずに追撃し、多方向からの攻撃に対しても対応するという事になった。

 織部は作戦会議に参加して、黒森峰だけにとどまらず全国大会で過去に行われた試合を全て記録している黒森峰の情報の充実ぶりに感心したし、そして1回戦の作戦会議でも思った事だが、彼我の戦車の口径と貫徹力と装甲、さらに機動力などの全てのスペックを考慮した上で作戦を練るまほを含めた戦車隊のメンバーには本当に頭が上がらない。

 いくら戦車道の事をちょっと齧ったぐらいの織部でも、作戦を考える頭までは持ち合わせてはいない。

 その高い計算力と判断力、思考力は自分と同じ高校生のものなのかと、織部は恐れにも似た感情を抱いてしまう。

 

 

 そして、継続高校戦を2日後に控えた日。

 1回戦を突破した程度では、黒森峰も浮かれてはいない。戦車隊に所属しているか否かを問わず、黒森峰の生徒たちの多くは、自分の学校の戦車隊の強さを知っている。戦車隊に所属している者はもちろんの事、属さない人だって黒森峰が戦車道で非常に強いという事は知っている。黒森峰にいる人間は皆、黒森峰戦車隊に絶対の信頼を置いている。相手にもよるが、よほどの事がない限り1回戦ぐらい勝って当然とばかりに安心しきっていた。

 9連覇という偉業を成し遂げたからこそ、絶対の信頼を置いているからこそ、その信頼を裏切ったみほは糾弾されてしまったのだ。

 だが、去年の決勝戦でのアクシデントの事を知っている2、3年生からすればそのアクシデントを引き起こしたみほがいないことから、今年こそは大丈夫だろうと思っている。

 今年こそは優勝できる、また連覇の道を歩き出せる、と思っている。

 そんな全国大会期間中にもかかわらず校内の空気もそれほど普段と変わらない中で、今日も昼休みの訪れを告げる鐘が鳴る。

 生徒たちは各々席を立ち食堂へ行ったり、事前に用意した昼食をお気に入りの場所で食べようと教室を出たりする。中には数人で固まって教室で食べる者もいた。

 織部は普段ならば食堂へ行き、自分の気分に合うメニューを頼んで同じクラスの根津と斑田や、戦車道を通じて仲良くなった直下や三河と食事をする。

 だが、今日は勝手が違った。

まず、織部が今向かっているのは食堂ではない。目的地は、黒森峰女学園本校舎のすぐそばにある戦車の格納庫だ。

 重い扉を開けると、静かに戦う時を待っている何輌もの戦車がいた。その巨大な鉄の塊の放つ威圧感は、圧倒されるほどだ。

 織部はそんな格納庫の中を進んでいく。多くの戦車の間を縫うように歩き、そしてその人物はいた。

 

「ごめん、待たせちゃって」

「いいえ、大丈夫ですよ」

 

 織部は、小梅と待ち合わせをしていたのだ。

 どうして同じ学校の中で、しかもこのようなあまり人の寄り付かない場所で待ち合わせをしていたのか。

 その答えは、小梅の手の中にある白い布に包まれた小さな箱にあった。

 

「ちょっと回りくどかったかもしれませんけど・・・・・・」

「まあ、事情が事情なだけに仕方ないよね」

 

 言いながら、織部は小梅の傍に歩み寄り、丁度椅子くらいの大きさの木箱に座る。そして小梅もその隣に座って、持っていた小さな箱の1つを織部に渡した。

 その白い包みを膝の上に乗せて、静かに丁寧に包装を解く。中から現れたのは、薄いピンク色の中くらいの箱だった。その箱の蓋を開くと、中には。

 

「・・・・・・わ」

 

 まずその箱の左半分には、白いご飯。右半分には、唐揚げとアスパラのベーコン巻、ほうれん草のおひたしと小さく切られたリンゴ。

 至極理想的な、お弁当だ。

 

「・・・もしかして、全部手作り?」

「・・・はい」

「すごいね・・・・・・僕にはとてもできそうにないや・・・」

 

 小梅も同じように自分の分の包みを開けて弁当箱を開く。そして2人そろって手を合わせ、『いただきます』をする。

 織部は先ほどの授業と授業の間の休み時間に、小梅から『お弁当を作ってきましたので、一緒に食べましょう』と誘われたのだ。せっかく作ってきてくれたのだから、その厚意を無駄にしないために織部はその誘いに二つ返事で乗る。

 だが、人目につくような場所で食べるのは少し恥ずかしい。

 それと、小梅に対する去年の全国大会優勝を逃した非難の目や陰口がまだ完全に消えたわけではない。小梅が明るさを取り戻したことでそれらも鳴りを潜めているが、ごくたまにそんな輩を見る事がある。

 その小梅が唯一の男と弁当を食べているところを見られれば、調子に乗っていると非難されるやもしれない。

 織部の前では小梅も明るく振る舞っているが、内心ではどうなのかは正直なところ、把握できていない。その小梅の事を考えて、今こうして戦車の格納庫というあまり人の寄り付かない場所で食べることにしたのだ。

 さらにそれを悟らせないために、あえて2人とも別々にここまでやってきたのだ。

 回りくどかったが、一応念には念だ。

 それは置いておき、まずは唐揚げを1つ口に含む。カリッと揚げられていて、ほのかな

にんにくと醤油の味がする。

 

「・・・うん、美味しい」

「それは良かったです」

 

 どれをとっても美味しい。織部の口に合わないものなど1つとしてなかった。パクパクと食べていく織部を見て、小梅も微笑む。

 半分ほど弁当を食べたところで、織部がふと自分の目の前にある戦車を見上げる。

 その戦車は、隊長のまほが搭乗するティーガーⅠだというのは見た目で分かったが、よく見るとまほの戦車とは違うのが分かる。

 まほのティーガーⅠの車体番号が『212』なのに対して、今目の前にあるティーガーⅠの車体番号は『217』だ。数字の色も、赤ではなく白である。思い返してみれば、この車輌は練習には1度も出ていない気がする。

 

「この車輌って、誰のなのかな」

 

 だから、ぽろっとそんな疑問を口にする。

 ところが、その織部の何気ない言葉を聞いた途端、小梅の箸が止まった。それを視界の端でとらえていた織部は、気になったので小梅の方を向く。

 小梅は、少し寂しそうな悲しそうな表情をしている。そこで織部は、何か自分がマズいことを言ってしまったという事に今更ながら気付いた。

 

「あ、ごめん・・・僕・・・・・・」

「・・・いえ、春貴さんは悪くありませんよ」

 

 そこで織部も箸を置く。小梅が、目の前にいるティーガーⅠを見上げながら、思い出すように告げた。

 

「この車輌は・・・・・・みほさんが乗ってた車輌なんです」

 

 今はもうこの学校にいないみほの事を思い出して、感傷的になってしまったのだろう。織部は弁当箱を膝の上に置き、小梅の背中を優しく撫でる。

 

「みほさん・・・・・・すごく優しい人だったのに・・・・・・」

 

 いつかみたく背中を撫でられて気持ちが落ち着き、自分の気持ちや思いを素直に吐き出せるようになったのだろう。かつてを思い出すように、言葉を小梅が洩らした。

 

「・・・小梅さんは、みほさんと仲が良かったんだっけ」

「・・・・・・はい。クラスは違いましたけど・・・戦車道では割と交流がありました」

 

 ぽつぽつと、小梅が黒森峰にいた時のみほの事を話しだす。

 みほは、入隊当初はおどおどした性格が目立っていて、姉であり隊長でもあるまほから副隊長に指名された際、先輩方からは割と不評だった。

 自分たちを差し置いて副隊長になったのに、あの頼りない性格は何なのかと。

 あんなので黒森峰の副隊長が務まるのかと。

 だが、同期のメンバーからすればみほのそんな性格は親しみやすいと捉えられていたらしい。そしてそう感じていたのは小梅も同じだった。

 隊長であるまほは厳しく、本人は自覚していないだろうが言動も威圧感があるので、近寄りがたいイメージがあった。

 しかしみほはそれとは正反対で、ほんわかとした柔らかいイメージと少しドジな一面が逆に親近感を持てるという事で、同期メンバーは割とみほに対しては親しくしていた。たまに、食事を一緒に摂る隊員もいたという。小梅も数回ほど、昼食を食堂で一緒に摂った事があるという。

 ただし、みほは自分が誇り高き黒森峰戦車隊の副隊長であるという自覚を持ち、西住の名を背負っている以上は姉と同じようにしなければならない、という強迫観念に近い感情を抱いていたせいで、中々積極的に皆に話しかける事は難しかったようだ。食事だって、自分から誘うのではなくほとんど誘われてばかりだったらしい。

 親しい間柄の人が、友達がほとんどいなかった。

 そして、あの全国大会決勝戦でみほが間違いを犯してしまった事により、先輩方からの風当たりは前よりもはるかに悪くなってしまった。

 そして戦車隊に属していない小梅やみほの同級生は、ある事無い事、流言飛語やイメージを鵜呑みにしてみほを責め立てた。

 しかし一方で、戦車隊に所属していてみほの事―――みほがどんな性格でどんな人物なのかを知っている隊員たちは、みほの事を責めはしなかった。その中には当然、小梅も含まれている。

 みほの性格を知っているからこそ、みほがあの時どうしてそんな行動をとったのかを理解できて、みほの気持ちも知っているからこそ、責められなかった。

 だが、小梅がそう考えていたように、みほを庇えば自分たちもまた先輩隊員や学校から責められることも分かっていた。みほの事を庇う人の数は、みほを責める人よりも圧倒的に少なかったからだ。

 みほに庇う事も、近づき守る事もできず、ただ手をこまねいて事態を見ているだけで時は過ぎてしまった。

 

「・・・・・・みほさんって、慕われてたんだ」

「主に、私たち同期からですけどね・・・。三河さんや根津さんは、1年の誇りだって言ってました。直下さんや斑田さんも、口ではそう言わなかったけど、同じだったんじゃないかなって思います」

 

 まほのように隊員全員から慕われているのではなく、決して多くはないけれどそれなりの人数から慕われていたみほ。

 でも、自分の立場や姉との比較のせいで、親しい友達は作れなかったというのが、少し悲しかった。

 

「みほさんにも、友達や親友って呼べる人がいれば、また違っていたのかもしれないですね・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 みほには頼れる人が、親しい人が黒森峰にはいなかった。

 自分の姉であるまほも、自分を見捨てたと思い込んでしまい、誰かに助けを求めることもできなかった。

 その苦しさや悲しさは、常人には耐えがたいものであるに違いない。

 

「私が・・・・・・助けられたかもしれないのに・・・・・・」

 

 俯く小梅。

 織部は、身体の位置を少しずらして、小梅の横にぴったりとくっつく。

 そして優しくその肩を抱き寄せた。

 

「・・・・・・過ぎた事を、『かもしれない』って可能性の事を悔やんでも仕方がないし、そう思えるだけで小梅さんは凄いよ」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

「それに、みほさんは大洗でもどうにかやってるって話だから・・・。小梅さんが前の事に囚われて悩む必要はない、と思うよ」

 

 織部の肩に頭を預ける小梅。そして少しの間その体勢でいて、小梅は気持ちを落ち着かせた。

 そうして数分ほど経ち、小梅は織部に一言『ごめんなさい』とだけ言って謝るが、織部は笑って首を横に振る。そしてまた、残りの弁当を食べる事にした。

 2人が弁当を食べ終わったのは、5時限目の予鈴が鳴る20分前。

 

「ごちそうさまでした」

「お粗末様でした」

「すごく美味しかったよ。ありがとう」

「どういたしまして」

 

 聞けば小梅も、弁当を作る事は初めてだという。弁当箱を持っていたのは、母から念のためと持たされていたらしい。妙なところで役立ったのかな、と織部は思った。

 包装を元通りにして、洗って返すことを約束すると、少しの間沈黙が訪れる。

 

「・・・・・・なんか僕、小梅さんには世話になりっぱなしだね・・・」

「え?」

「いや、こうやってお弁当を作ってもらったのもそうだし、何度か夕飯をご馳走になってるのだって・・・男としてそれはどうなのかなって」

 

 織部が少し落ち込むが、小梅は織部の手を握ってそんなことは無いとばかりに首を横に振る。

 

「前にも言いましたけど、私が本当に、こうしたいと思ってしたことです。春貴さんが気に病むことは無いです」

「でも・・・・・・」

「それに、春貴さんはもう十分すぎるほど私の力になってくれました。私がここまで立ち直ることができたのも、春貴さんのおかげです」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

「だから、私に世話をかけさせてるなんて思わないでください」

 

 小梅の言葉は純粋に嬉しい。その言葉に嘘もお世辞も無いのは、小梅の目を見ればわかる。

 だけど、申し訳なさと言うものはあった。

 

「でも何か、僕は小梅さんにお礼がしたい。僕にできる事なら・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 小梅も、織部が心からそう思っているというのは、これまで織部と付き合ってきて分かる。だからこそ、そう決めた織部も簡単には折れないだろうというのは分かっていた。

 だから、ほんの少しだけ自分のお願いを聞いてもらうことにした。

 

「・・・でしたら、1つお願いしてもいいですか?」

「いいよ、言ってみて」

 

 すると小梅はまず、織部に少し体の位置をずらして小梅と離れるように言った。織部はそれに従い、人一人分だけ横にずれる。

 すると小梅は、座っている織部の腿に頭を乗せる形で寝転んだ。

 世間一般で言う膝枕と言うものであった。

 

「・・・・・・重くないですか?」

「・・・・・・いや、全然」

 

 お願いがこれとは、本当にいいのだろうか。

 小梅とこうして触れ合えることは願ってもいない事だったので問題ないのだが、唐突な事に少し織部も拍子抜けしたものだ。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 寝転ぶ小梅は安らかに笑って目を閉じている。うっかりすると寝てしまいそうなぐらいだ。

 その小梅の可愛らしい笑顔に、つい愛おしさを覚えた織部は小梅の頭を優しく撫でる。小梅は嫌がる事無く織部の手を受け入れている。

 

「・・・・・・小梅さんってさ」

「?」

 

 少しだけ、思った事を口にする織部。小梅は目を開けて、織部の顔を見る。

 

「・・・意外と、甘えん坊さんなんだ」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 小梅がそっぽを向くように目を瞑る。そう言うところもまた可愛らしいなあ、と思いながら織部は小梅の頭を撫でる。

 その間、織部は一応周りにも目を配っていた。もし見られてしまえば色々と面倒な事になりかねないからだ。ただ、例え戦車道履修生でも昼休みにここまでは来ないようで、人の気配はない。

 数分ほど経ったところで、小梅が起き上がった。あまり長時間の事でもなかったので、脚も痺れてはいない。

 すると。

 

「・・・・・・春貴さん」

「ん?」

「次は春貴さんの番です」

「へ?」

 

 また1人分のスペースを開けて、自らの膝をポンポンと叩く小梅。それは膝枕のジェスチャーなのだろうが、それはちょっと問題があるような気がする。

 

「いや、えっと・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 だが小梅は笑みを崩さずに自分の膝を叩いている。その有無を言わさずと言った形が少し怖い。

 どうやら先ほどの『甘えん坊』という言葉に、少し怒ってしまったようだ。それについては完全に織部に非があるので、抵抗はしないでおく。

 『お邪魔します・・・』と呟きながら、先の小梅のように頭を小梅の腿の上に乗せる。横向きではなく仰向けに寝ている形なので、小梅の顔を見上げる形になる。

 その小梅はと言うと、何だか優しい笑みを浮かべているのだが何も言ってこないのが少し怖い。そして先ほどの織部と同様に、頭を撫でてくる。

 

「・・・・・・重く、ない?」

「いえいえ」

 

 一つ忘れてはならないのだが、織部とは違い小梅はスカートだという事だ。そしてソックスも膝上までは無いので、織部が頭を乗せているのは素肌という事になる。なので、小梅の体温が直接伝わってくるので気恥ずかしい。

 さらに小梅に優しい眼差しで見つめられているのもまた少し恥ずかしく、小梅の顔を直視できない。かといって、ここで顔を逸らしたら小梅の気に障るかもしれないし、というより横に向けたら小梅のスカートの中が見えてしまう事になる。そんな事をして嫌われたりしたら一巻の終わりだ。

 消去法で、織部は目を瞑ることにした。目を合わせるのが少し恥ずかしいというのもあるし、小梅の膝枕にどこか安心感を覚えて、その上頭を一定のリズムで撫でられていて眠気が出てきたというのもある。

 それに気づいたのか、小梅が話しかけてきた。

 

「あ、眠かったら寝てもいいですよ。まだ予鈴が鳴るまで時間はありますから」

「・・・・・・予鈴の少し前に戻らないと、授業に間に合わないかな」

「そうですね・・・・・・じゃあ、予鈴の5分前に起こしましょうか?」

「・・・・・・大丈夫?寝ても」

「大丈夫ですよ」

 

 最終確認をして小梅がOKすると、織部も大人しく目を瞑った。女子校の、しかも人気のない格納庫で、女の子の膝枕で昼寝をするというのはいささか奇異な感じがするが、そんなことを考えている間にも少しずつ織部の意識は遠のいていった。

 格納庫にある時計を小梅は見上げる。5時限目の予鈴が鳴るのは15分後だから、10分間はこのままだ。

 織部は目を閉じて、僅かな間の仮眠を取ろうとしている。

 小梅は、そんな織部の寝顔を見つめる。

 寝顔とは、その人の素直な表情を見ることができると誰かが言っていた。今眠っている織部の寝顔も、いつも見せるような笑顔とは違って、穏やかな雰囲気を見せてくれる。

 今織部の見せているような優しい表情も好きだな、と思いながら小梅はまた、織部の頭を撫でる。

 そうして、静かで穏やかな昼休みは過ぎて行った。

 

 

 時間は少し戻って、昼休みが始まって間もなくの時間。

 食堂の一角にいつもの4人―――根津と斑田、三河と直下が集まり昼食を食べていた。だが、いつもいるはずの人が2人もいない事に真っ先に気付いたのは直下だ。

 

「織部君と赤星さんは?」

 

 それぞれ料理を頼んで席に着いてから問う直下。三河も気になっていた様で、当たりを見回して、いない2人の姿を探す。

 問われた根津と斑田は、お互いに顔を見合わせて苦笑し、言うべきか言うまいか悩んだが、直下と三河は茶化したり言いふらしたりするような奴ではないと知っているので話すことにした。

 根津が話す。

 

「2人で一緒にご飯食べてる」

「へぇ~」

 

 直下は納得したようにうなずいてカレーライスをスプーンで掬い、三河も納得したようにうどんを啜る。

 が、一拍置いたところで三河の動きが止まる。

 

「・・・・・・今、何て?」

 

 三河が、箸でうどんを挟んだまま真顔で根津に問いかける。それに答えたのは斑田だ。

 

「だから、2人だけでご飯食べてる」

「・・・・・・それは、お弁当って事?」

 

 直下の、半ば本能だけの質問に斑田は頷く。その隣に座る根津は、直下から視線を逸らし、少し気まずそうな顔で言う。

 

「多分、手作りの」

 

 三河の手に持っていたはずの箸が、音を立ててテーブルに落ちた。

 

「あ、くっついたんだ?」

 

 三河が今頃になって事態に気付く。直下はある程度そんな片鱗が見えていたのでそこまでショックを受けてはいない。三河の反応が逆に面白くて、斑田と根津はくっくっと笑う。

 三河と直下は、2人の反応を見て図星だと察したらしい。三河が箸を手に取りうどんを啜る作業に戻る。

 

「・・・・・・そっかー、2人ともくっついたのか」

 

 三河が感慨深そうにうどんを啜る。直下はカレーを一口食べると斑田に尋ねた。

 

「いつから付き合い始めたの?」

「たぶん最近かな。それより前から、それっぽーい感じだったけど」

 

 答えてから斑田はとんかつを一切れ口に含む。隣に座る根津は、回鍋肉を食べるのに集中している。

 

「いやぁ、赤星さんなら納得というか・・・・・・」

「まあ、それは分かるかも」

 

 カレーの海からじゃがいもを回収し、口に含む直下の言葉を聞いて、三河も頷く。そして油揚げを一齧り。

 

「赤星さん優しいから、織部君はほだされちゃったのかもね」

「・・・・・・それだけじゃないと思うぞ」

「え?」

 

 2人の事情をそれほど深くは知らない三河が推論でものを言うが、そこで根津が水を差した。

 

「ほら・・・・・・知ってるでしょ?赤星が去年の全国大会から、落ち込んでたの」

「ああ・・・・・・うん」

「それで、織部がここに来てから少しの間は大体前みたいな感じで、それで同じクラスの私らもちょっと避けられてたんだよね、赤星から」

「後で、ちょっと周りを信じられなかったって聞いたけど」

 

 斑田が補足すると、三河と直下も思うところがあったのか、箸を止める。スプーンを置く。

 

「・・・・・・それで、何を話していたのかは分からないけど、織部が赤星と話をして、赤星は立ち直れたらしいんだ」

「・・・・・・なるほど、じゃあ・・・」

「その事があって、多分2人はお互いに惹かれ合ったんじゃないかな」

 

 斑田がまとめると、なるほどとばかりに三河と根津は頷いた。

 確かに、最近の小梅は去年の全国大会決勝以前の時に近くなっている。そう感じたのは、やはり織部が来てからだ。

 とすると、根津と斑田の言う事は正しいのだと思う。

 

「・・・・・・先越されたか」

 

 根津が一足先に回鍋肉を食べ終えてボソッと呟く。何について越されたのか、それは聞かなくても分かる。その言葉を聞いて斑田たちは苦笑した。

 彼女たちも高校2年生。そう言う浮いた話については敏感だし興味津々で、自分たちもまたそうなりたいと思うものである。

 

 

 2日後、2回戦第3試合の黒森峰女学園対継続高校の試合は、湿地・平原エリアで行われた。

 1回戦同様、試合に参加しない小梅と根津、そして織部と数名の戦車隊員はまた観戦席で観戦だ。

 試合開始の挨拶の様子がモニターに映し出された時、織部は違和感を覚えた。

 まず、継続高校のメンバーが着ているのがおよそタンクジャケットとは言えないような服だった。着ているのは継続高校の校章がプリントされている水色のジャージだ。

 あれがタンクジャケットなのかと思ったが、横から小梅が説明した。

 

「継続高校は、ちょっと資金に乏しい学校で、タンクジャケットを買うお金も無いらしいんです」

 

 そんな学校もあるのか、と織部は思った。織部の元居た学校は進学校とも呼べる学校で貧乏というイメージはなく、黒森峰は言うに及ばず。

 何かしらの問題を抱えている学校もあるのだな、と織部は思った。

 黒森峰の隊長であるまほと、継続高校の隊長である水色と白のチューリップハットを被った少女が握手をする。

 そして両校ともにスタート地点へと移動する。

 継続高校の戦車のフラッグ車はT-34/85。その隊長はBT-42へと乗り込んだ。

 そして試合開始の号砲が鳴ると、両チームの戦車は動き出す。

 湿地帯を挟むように南北からスタートする黒森峰と継続の戦車隊。高い機動力を誇る継続のBTシリーズはそれぞれ左右に展開し、残りの車輌はフラッグ車を囲むように円形隊形で前進する。

 一方で黒森峰は綺麗なパンツァーカイルを描いて湿地帯へと向かう。この時、1回戦での反省を生かしてフラッグ車のティーガーⅠの前にはヤークトティーガーが先行している。これなら、前方からの攻撃からフラッグ車を守ることができるからだ。

 だが、今現在走行している草原は、湿地に近い事もあり地面はぬかるんでいて、速度があまり上がらない。隊全体の速度は、整地を走っている時よりも低かった。だが、速度を遅い戦車に合わせる事で隊全体のスピードは落ちるが、楔隊形を維持したまま進むことができる。

 少し時間が過ぎると、ヤークトティーガーが継続の戦車隊を捉える。すでに有効射程に入っていたので発砲する。しかし、継続の戦車はひょいっと横に避ける。

 そこで、黒森峰戦車隊の横合い、左右両方から砲撃を受けた。その砲撃の主はBT-5とBT-7だ。

 だが、モニターにBT-5とBT-7のスペックが表示されると、小梅の隣に立つ根津はフンと鼻で笑った。

 

「主砲45mmって、八九式以下か」

 

 八九式、とは大日本帝国軍の戦車だ。だが、中戦車とは名ばかりで貧弱な装甲と火力のせいでしばしば弱いと評価される、もはや軽戦車ぐらいのスペックだ。それは織部も小耳にはさんでいる。

 他の一部の隊員同様、根津も軽戦車を下に見る傾向があるらしい。

 それはさておき、肝心のBT-5とBT-7から砲撃を受けた黒森峰の戦車、主にパンターだが45mmで撃たれた程度ではびくともしない。ただ、鬱陶しかったので砲塔を旋回させてBTシリーズを狙い撃つ。ただし動きがすばしっこく、攻撃が当たらない。

 そして今度は、前方のT-34シリーズとBT-42で構成された主力の戦車隊が攻撃してくる。これにより黒森峰は注意力を二分される事になる。横に展開しているBTシリーズも放っておくと履帯を狙って動きを止めかねないし、ゼロ距離まで接近を許すと45mmと言えどただでは済まないので、無視を決め込む事も難しい。

 前進しながら側面と前方の敵と応戦する状態になっているが、行進間射撃もできないことは無いのでどうにか応戦する。渡河に適した場所を見極めて湿地帯を前進する黒森峰だが、そこに隊長車だがフラッグ車ではないBT-42が突っ込んでくる。

 BT-42をティーガーやパンターが狙うが、BT-42は不規則な動きをして簡単に照準が定まらない。

 

「あのBT-42・・・結構動きがいいですね。去年よりも動きが良くなってる・・・」

 

 織部の隣に立つ小梅が呟く。

 聞けば去年の練習試合には小梅も参加していたという。その時は全く動きの読めない相手だったために、かなり苦戦を強いられたらしいが、その時よりもあのBT-42の動きは良くなっているとの事だ。

 そこで状況が変わる。

隊列の後方にいたパンターの1輌が、横合いから攻撃を仕掛けていたBT-5の履帯と転輪を狙って砲撃し、破壊したのだ。

 BTシリーズはクリスティー式のサスペンションを利用しており、起動輪と接地転輪をチェーンで結ぶことで、履帯無しでも走行する事が可能となるらしい。その速度は、履帯をつけている時―――装軌時よりもはるかに早い、というのが小梅と根津からもたらされた知識だ。

 だが、先のBT-5は接地転輪もやられてしまっているため装輪状態にはできない。だから完全に動きが止まり、そこにとどめとばかりにⅢ号戦車が弾を撃ちこんで撃破した。

 

『継続高校、BT-5走行不能』

 

 まずは1輌継続の車輌が撃破され、観客席からは感嘆の声が上がる。

 だが、今度は継続のⅢ号突撃砲G型が発砲し、エリカのティーガーⅡの横を掠める。実際には、Ⅲ号突撃砲が発砲する直前でティーガーⅡが少し横に逸れて砲弾を避けたのだが、それは果たして予測したのか、はたまた勘なのか定かではない。

 黒森峰と継続の間の距離はどんどん縮まっていく。その間も先頭を行くヤークトティーガーは発砲を続けていたが中々攻撃は当たらない。

 反対に継続の戦車の多くは命中弾とはいかなくとも掠めたり弾かれる事が何度かあるくらいにはよく狙ってきている。

 そこで、隊の中ほどを走行中のパンターの1輌が、BT-42の砲撃を受けて白旗を揚げた。

 

『黒森峰女学園、パンターG型1輌走行不能』

 

 観客がどよめく。1回戦では知波単相手に圧勝した黒森峰の戦車が割とあっさり撃破されたことが、驚きだったらしい。

 さらにBT-42はまほのティーガーⅠに向けて突撃砲の名の通り向かってくる。そこでティーガーⅠのすぐ後ろに控えていたⅢ号戦車がティーガーⅠを守るように横に出てBT-42の進路を妨害する。

 BT-42はすぐに向きを変えて一旦黒森峰戦車隊から離れた。

 BT-42の闖入で黒森峰戦車隊は多少陣形が乱れたが、すぐに持ち直して再び前方のフラッグ車を狙う。

 横合いから撃ってくるBT-7を2輌のパンターが協力して狙う。一方の砲弾は外れたが、もう一方の砲弾は命中して、BT-7は走行不能となった。

 そして前方の主力に目を向ければ、KV-1という重戦車がフラッグ車を守るように走っている。さらに長距離攻撃を可能とするⅢ号突撃砲J型に、攻守優れたT-34シリーズ。

 そこでティーガーⅠとティーガーⅡ、そして先頭のヤークトティーガーが連携攻撃に出た。まず、ティーガーⅠとティーガーⅡがKV-1の左右の足元を狙う。

 足元に着弾したことでKV-1は少し動きが鈍る。そこをヤークトティーガーが狙い撃ち、撃破した。

 フラッグ車を守るように走っていたKV-1が撃破され行動不能となった事により、後ろを走るT-34も停止せざるを得ない。

 そこでBT-42が旋回して再び黒森峰戦車隊を狙ってきたが、そこでヤークトパンターが速度を上げてBT-42に不意打ち気味にぶつかる。

 すると、狙ったのかどうかは定かではないが、BT-42の起動輪の1つが外れて片側の履帯が止まり、割と速度が出ていたBT-42がスピンする。そしてついには横倒しになった。

 起動輪が無ければ履帯を回すことができず、走ることができない。クリスティー式特有の装輪走行も、起動輪が無事でないとできない。というかそもそも、横倒しになった15t以上ある戦車を起こす事などできるはずもない。

 BT-42からシパッと白旗が揚がる。

 

『継続高校、BT-42走行不能』

 

 継続高校の隊長車がやられたことで、観客席からも歓声が上がり、根津も『おっ』と声を上げた。

 敵の頭、隊長車を潰した事で指揮も落ちる。今のはファインプレーと言うべきものだ。

 指示が無くなったことで継続の戦車隊も動きが鈍り、黒森峰戦車隊の肉薄を許してしまう。

 後は、黒森峰戦車隊自慢の火力と装甲で敵を殲滅するだけだ。

 

 

 

『継続高校フラッグ車、走行不能。よって、黒森峰女学園の勝利!』

 

 決着がついたのは、BT-42が撃破されてから少し時間が経ってからだ。

 隊長車がやられたからと言って、あっけなくやられるほど継続高校の一枚岩は脆くなかった。

 黒森峰戦車隊に包囲されても最後の最後まで抵抗し、Ⅲ号戦車を1輌撃破してきた。

 だが、継続のフラッグ車であるT-34/85を撃破したのは、ティーガーⅠとティーガーⅡだった。具体的には、ティーガーⅡがT-34/85の履帯を切り、動けなくなったところを狙ってティーガーⅠがゼロ距離で撃ち抜いた。

 最後の方は混戦になったが、見ごたえのある試合だったようで観客席からは拍手が上がっている。試合を見ていた織部と小梅、根津や他の隊員も拍手を送っていた。

 パンターが2輌やられてしまったので、今回の撤収作業は少し時間がかかるだろう。

 撤収作業を手伝うために、織部たちは観客席から去って行った。

 

「次は準決勝か」

 

 根津が撤収に向かう最中で誰に向けたわけでもないだろうが呟く。根津の言う通り、次は準決勝だ。相手は確か、(セント)グロリアーナ女学院だったか。

 

「次も勝てるかね」

 

 その言葉には、織部も小梅も答えはしなかったが、勝てると2人は思っていた。

 知波単の試合を見ても、先ほどの継続の試合を見ても黒森峰は強いというのは分かるし、練習での洗練された動きだって個々の練度の高さの表れだ。

 その黒森峰が、負けるはずがないと織部も小梅も思っている。

 たとえ相手が強豪であってもだ。




ライラック
科・属名:モクセイ科ハシドイ属
学名:Syringa vulgaris
和名:紫丁香花(ムラサキハシドイ)
別名:リラ、花丁香花(ハナハシドイ)
原産地:ヨーロッパ島南部
花言葉:思い出、友情、謙虚
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