春に芽吹く梅の花   作:プロッター

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書きたいシーン・描写がいくつもあり、
取捨選択できなかった結果このような長さになってしまいました。
予めご了承ください。

黒森峰モブガールズのシーンは書きたかったんです(土下座)


鈴蘭水仙(スノーフレーク)

 両校挨拶の時間が間もなく迫ってきている。

 天気は快晴、夏が近づいているものの気温は暑すぎず寒すぎずと、過ごしやすい陽気で絶好の試合日和だ。

 第63回・戦車道全国高校生大会決勝戦が行われる、富士演習場の外に設けられた観戦席の近くには、多くの出店が並んでいた。軽食系の屋台に違和感はなく、応援グッズもさほど不思議ではない。だが、戦車のプラモデルまで売っている出店もあってそれについては驚いた。

 さらにその近くには撮影用の戦車まで停められている。小さな子供が戦車の上に乗って、保護者らしき女性が写真を撮っている。

 そして、“報道”と白く書かれた赤い腕章をつけた、大洗女子学園の生徒らしき女生徒がマイクを握って、同じ制服を着たカメラを肩に担ぐ生徒の前で何やら熱心にインタビューをしていた。

 それらを横目に見ながら、織部は観客席に向かい、その最後列に立つ。準決勝まで一緒に見ていた小梅や根津も今回は試合に参加するのでここにはいない。他の隊員たちはまた別の場所で観戦している。

 改めて観客席を見ると、これまでの試合以上に多くの観戦客が詰め寄せていた。やはり、高校戦車道最強と謳われる黒森峰と、奇跡の快進撃を見せる大洗の試合の結末が気になる者が多いのだろう。今や、戦車道ファンや試合に参加する生徒の親族に限らず、戦車道の事を深く知らない一般人までもがこの試合を観に来ていた。

 そしておそらく、黒森峰の関係者を除けば、ほとんどの観客たちがこの場で応援するのは大洗女子学園だ。

 戦車は一概に強いとは言えず、構成する隊員はほぼ全員が今年始めたばかりの新人同然、対する相手はどこも強豪校という、絶望的な戦局を幾度となくひっくり返して勝利を勝ち取り、ここまで上り詰めた。

 普通に考えても奇跡に近い大洗の戦いは、誰もが惹かれるものであり、その集大成となるこの決勝戦を一目見ようと、これだけ大勢の人間がここへ観に来たのだ。

 画面が切り替わり、両校の生徒が挨拶をする草原が映される。

 そこで自然と、観客たちの声も小さくなっていき、すぐに誰もが黙り込んでこれから始まる試合に意識を集中させる。

 織部も、固唾をのんで試合開始を待った。

 

 

 

『両校隊長、副隊長、前へ』

 

 審判が告げると、隣に立つ西住隊長と私が前へ歩き出す。同様に、大洗からもあの子ともう1人、黒髪ショートボブに片眼鏡の少女が歩いてくる。その子が副隊長なのだろう。

 そして、審判長の前で私たちは立ち止まり、相対して。

 

「・・・お久しぶり」

 

 私が先に“挨拶”をすると、みほは力なく項垂れる。ルクレールの事を未だに覚えているのだろうか、それとも何かほかに後ろめたい事があるのか。いや、むしろ後ろめたい事ばかりなのだろうが、そんな事はどうでもいい。

 

「弱小チームだと、あなたでも隊長になれるのね」

 

 みほが少し表情を曇らせ、片眼鏡の副隊長がムッとした表情をする。

 

「・・・本日の試合の審判長を務める、蝶野亜美です」

 

 私が“挨拶”を終えたところで、緑色の軍服を着た長身の女性が前に出る。確か、去年の全国大会決勝戦でもこの人が審判長を務めていた気がする。

 それが私の記憶違いだったとしても、この人の事は元々知っている。今は陸上自衛隊の富士学校富士共同団戦車教導隊の教員で、階級は1等陸尉。元々戦車乗りで、学生時代は数多の伝説的な戦歴を残し、今では実業団チームでその力を振るっている戦車道のスペシャリストだ。しかもこの人、西住流に教えを乞うていた時代があった。だから同じ西住流を信ずる者として、戦車乗りとしても見習うべき場所がたくさんある。

 

「一同、礼!」

 

 その蝶野教官が姿勢を正し、号令をかける。

 隣に立つ隊長はもちろん、私も自然と姿勢を正す。たとえ目の前にいるのが憎たらしい倒すべき相手だとしても、こうして一度冷静になって礼を尽くす準備をする。このあたり、普段の戦車道の活動で身に染み付いているものだ。

 

「よろしくお願いします!」

 

 最初にみほが挨拶をして頭を下げる。そして、私を含めたその場にいる全員が、挨拶をした。

 

『お願いします!』

 

 そして頭を上げると、蝶野教官は笑みを浮かべて頷く。

 

「それでは、両チーム試合開始地点へ。お互いの健闘を祈るわ」

 

 そう言って蝶野教官は、副審を連れて審判の立つ場所へと向かって行った。

 

「行くぞ」

「はい」

 

 隊長に促されて、私もみほたちから背を向けて、自分たちの乗る戦車へと向かう。

 ただしその前に。

 

「・・・・・・たまたまここまで来たからって、いい気にならないでね」

 

 まだみほがこちらを見ているのに、私は気付いている。だからその上で、私はくぎを刺しておく。みほに限っては無いだろうが、今まで勝利してきたからと浮かれて、自分たちの力を過信しているとは思わせないように。

 

「見てなさい。邪道は叩き潰してやるから」

 

 みほの事を一瞥して、私は言い放つ。

はっきりと、みほの戦車道が西住流にとって邪道であるのだと改めて認識させる。

 これでいい。

 こうしてみほの、大洗の敵意を煽り、全力を出させる。みほと大洗が邪道ではないと必死に否定してもがき、戦えばいい。

 そしてその上で、黒森峰の圧倒的な力をもって叩き潰す。みほの邪道な戦い方は間違っていて、黒森峰の、本来の西住流の王者の戦い方こそが正しいと思い知らせる。

 もっとも、みほがこの程度の煽りに乗らない可能性だってあるが、彼女だって曲がりなりにも戦車乗りの1人だから全力で試合に臨むだろう。

 だから私は、“念のために”大洗を煽り全力を引き出させ、さらに私たちを倒すべき相手と認知させて闘気を引き出させる。私が大洗、ひいてはみほを煽ったのはそう言うわけだ。

 だけど私は、私たちはその闘気も押し返し、蹂躙して、みほの戦い方を真っ向から否定する。最も強く正しいのは本来の西住流の戦い方なのだと、知らしめる。

 それで私のこの大会の、優勝とは別のもう1つの目標・・・邪道を行く西住みほを叩き潰すという目標は成就する。

 小さく息を吐き、これから始まる試合に向けて気を引き締める。

 そうして、私の戦車の搭乗員が待つ場所へと向かおうとしたところで、1人の隊員が私とすれ違い、大洗の方へと駆けていった。

 

「待ってください、みほさん!」

 

 

 

 私は、みほさんの下へと駆け出していた。そして名前を呼ぶと、みほさんは振り向いてくれた。

 およそ半年ぶりの、みほさんとの再会。少し、背が伸びているような気がした。それは単に身体が成長したからと言うのもあるだろうし、別の面でも成長したところがあるのかもしれない。

 

「あの時はありがとう・・・」

「・・・・・・・・・・・・あ」

 

 みほさんの事は慕っていたけれど、付き合いはそれほど多くはなかった。隊内の模擬戦で同じチームになった時や、食堂で食事を共にしたことが数回あるだけ。そしてあの大会で助けてもらった時。友達とまではいかない、顔見知りといった具合の関係だ。

 そしてみほさんは、私の言葉を聞いて思い出したのだろう。去年の全国大会の事を。

 大事な試合前に、酷な事を思い出させてしまうかもしれないと思ったけれど、止まる事はできない。

 

「あの後、みほさんがいなくなって、ずっと気になってたんです・・・。私たちが迷惑かけちゃったから・・・・・・」

 

 迷惑、どころではすまないような事態に陥ってしまったのだけれど、それ以上の言葉が今の私には見つけられなかった。

 でも今、みほさんに会って言いたかった言葉はそれじゃない。

 春貴さんには、みほさんという強敵と戦う事をずっと望んでいたと言ったけれど、それでも他に言いたいことはあった。

 

「でも・・・・・・」

 

 今、直接みほさんに言いたい言葉は。

 

「みほさんが、戦車道辞めないで良かった・・・!」

 

 幼いころから戦車と共に成長してきて、戦車とは切っても切れないような関係だったみほさん。

 でも自分たちのせいで、その戦車のそば、戦車道から逃げ出すきっかけを作ってしまった事が申し訳なかった。

 だから戦車道を辞めず、また新しい地で戦車に乗っていることが、本当に嬉しくて、喜ばしかった。

 そして黒森峰で戦車に乗っているみほさんの姿は、普段のおどおどした様子と比べてもはるかに凛々しくてしっかりしていて、逞しかった。それこそ私の目には、西住隊長よりも輝いて映っていた。

 みほさんがその輝きを失わずに、今も戦車に乗っている。そのことが嬉しかった。

 言っている途中で、嬉しさのあまり涙が浮かんでしまったけれど、それは今は気にしない。

 みほさんは、私の言葉を聞いて少し驚いたような顔をしていたけど、やがてにこりと笑った。

 

「・・・私は、辞めないよ」

 

 その言葉を聞いて、私は少しホッとした。

そして涙を指で拭い、みほさんにまた一歩、近づく。

 

「・・・みほさん、すごいです・・・。サンダースやプラウダを倒すなんて・・・」

「ううん・・・結構、皆に助けられたところがあったから・・・皆の力があって、私たちはここまでこれたんだよ」

 

 決して胸を張らずに謙遜して、仲間の力があってこそと、仲間との協力を大切にしている、みほさんらしい言葉だった。

 変わってないなぁ、と私は思う。

 黒森峰での模擬戦の時も、西住隊長もそうだけど、みほさんは決して手柄を自分によるものとせず、皆のおかげと言っていた。

 自画自賛、我田引水と言う言葉とは程遠かったみほさんは、今目の前にいる。

 

「赤星さんも・・・戦うん、だよね。ここにいるって事は」

「はい・・・・・・全力で戦わせてもらいます」

 

 私が右手を差し出すと、みほさんは少しだけ戸惑いながらも右手を差し出して、握手を交わす。

 

「私も、全力で戦うよ」

 

 上手く笑えていると思う。

 何せ私は、恩人とも言うべき人と全力で戦うと宣言してしまったのだから。恩義を感じているならば、ここはみほさんに花を持たせるべきだ。

 けど、戦車道は常に全力で挑むことが礼儀だ。手加減や接待なんてもってのほか。だから私も、全力で戦わないといけない。

 そしてそれは、みほさんも分かっているはずだ。

 

「赤星さん・・・・・・少し変わったね」

「へ・・・?」

 

 握手を解くと、斜め上の言葉を受けて、私は首をかしげる。どこか変わったようなところがあっただろうか?

 

「何だか・・・前よりも自信がついてるって言うか」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 みほさんは黒森峰にいた間も、チームメイトとして私の事を見ていてくれたのかもしれない。そのことに今さら気付いて、少しばかり感動の涙を流してしまいそうだ。

 だけどそれは必死に堪える。

 そして、自信がついてるという言葉については心当たりがあった。

 

「・・・・・・大切な人のおかげで、自信を持つことができましたから」

「大切な・・・人?」

 

 もちろん、その大切な人の名は言わない。

 今度はみほさんが首を傾けたところで。

 

「みぽり~ん!」

「行きましょう!」

 

 大洗のメンバーがみほさんを呼んでいた。

 みぽりん、というのはみほさんのニックネームだろう。黒森峰ではそんなニックネームすら付けられる事も無かったのに、そう言った気の置けない仲間、友達ができたという事だ。

 黒森峰ではできなかったものを新しい場所で掴み取ることができたのを知り、それも嬉しかった。

 

「じゃあ行くね」

「はい」

 

 そう言ってみほさんは、私に背を向けて大洗のメンバーが待つ場所へと小走りに向かって行った。

 私も、黒森峰の皆がいる場所へと踵を返して戻って行く。

 

 

 観戦席に設置されたモニターには、その“挨拶”の一部始終が映されていた。だが聞こえたのは、両校の挨拶の『お願いします』という大きな声だけで、エリカがみほに向けて放った言葉も、小梅とみほが何を話していたのかも、観戦席には聞こえない。

 だが、小梅とみほが話しているのを見て、織部は自然と顔がほころぶ。

 みほのおおよその事を小梅の口から聞き、みほもまた壮絶な経験をしたであろうことは織部も分かっている。もしかしたら、去年のみほが取った行動は、みほ自身でも疑問視しているのではないかと、織部は考えていた。

 だが、こうして小梅と再会して、小梅から何かの言葉を受け取ったみほが晴れやかな顔を浮かべていたのを見るに、小梅から告げられた言葉はきっと、そのみほの中にある疑問を晴らすものだったのだろうと、推測できる。

 みほと再会して、小梅は恐らくみほに直接言いたかったであろう言葉を言うことができ、みほもそれで少しでも自信がついたのだと思うと、織部は自分の事でもないのにとても嬉しかった。

 そしてみほと小梅の関係が拗れることなく、お互いに正々堂々と戦えるのだと思う事で安心感を覚えた。

 後は小梅たち黒森峰と、みほたち大洗が全力で戦うだけだ。

 

『試合開始まで、あと10分です』

 

 

 

 試合開始の号砲が鳴る。両チームの戦車が前進を始めて、観客席は静かに盛り上がり始める。

 さて、恐らく今最も注目を集めている大洗だが、車輌数が8輌に増えているし、元々いた車輌も少し変わっている。正確には、三式中戦車チヌとポルシェティーガーが新たに追加されており、隊長車でありフラッグ車でもあるⅣ号戦車に増加装甲―――シュルツェンが装備されて色も変わっていて、さらに38(t)が駆逐戦車ヘッツァーに改造されていた。

 試合開始直後の両者の距離はさほど近くはなく、両陣営が真正面からぶつかるとすれば、その両陣営の中間あたりにある森になるだろう。だが大洗は、森の中は視界があまり利かないので、敵の動きを認識しづらい事を知っている。そして、大洗は黒森峰よりも戦力が低いという事を承知しているだろうし、森は迂回するだろう。

 だが黒森峰は、得意とする速攻の電撃戦を仕掛けるために森の中をショートカットして最短距離で大洗へと接近する。

 知波単の時もそうだったが、敵は恐らく、両者の距離は離れているからそこまで早く接敵することはないだろうと思っている。その油断を突く形で仕掛けるのだ。

 そして試合開始からわずか十数分で、黒森峰の全車輌は大洗の全ての車輌を有効射程内に捉えられる距離まで近づき、早くも整然とした砲撃を始めた。

 ただし、正面からではなく大洗の横合いから。正面からだと敵に見つかる可能性が高くなってしまい、奇襲が失敗する確率が高くなる。横からなら、前から攻めるよりも奇襲の確率が高くなる。

 大洗の戦車隊は、予想外に早い奇襲を受けて戸惑い、動きが鈍っている。すぐにジグザグ走行を始めて、黒森峰の戦車から捕捉されないように動くが、黒森峰の砲撃は激しく、どこを走っていても当たりそうな勢いだ。

 そんな中、新しく大洗に投入された三式中戦車が動きを止めた。この状況で止まるのは自殺行為に等しいのだが、戦意喪失と言うわけではないだろう。早くもトラブルだろうか。

 すると今度は急にバックして、大洗のフラッグ車・Ⅳ号戦車の後ろに出てくる。そこで、黒森峰のティーガーⅡの砲撃を受けて三式中戦車はスピン、白旗を揚げた。

 

『大洗女子学園三式、走行不能!』

 

 だが、あの三式がバックしたおかげで大洗はフラッグ車が撃破される事も無かったので、決して無駄死にではなくむしろファインプレーと言うべきだ。観客席からも拍手が上がっており、もしかしたら黒森峰の砲撃を読んでいたのだろうか。だとしたら、やはり侮れない。

 

 

 

「・・・・・・すみません、外しました」

 

 エリカの車輌の砲手が、心底申し訳なさそうにエリカに告げるが、エリカが獰猛な笑みを浮かべていることに気付き、砲手は少し疑問を抱く。

 エリカがそんな顔をしているのには、2つの理由がある。

 1つは、大洗の貴重な戦力を早い段階で削ぐことができたからだ。黒森峰の20輌と比べて、大洗は僅か8輌しかいないから戦力差は単純に2倍以上。なのでたとえその性能が悪くても1輌1輌が貴重な戦力だ。おまけに三式中戦車はスペックもそこそこいいので、これで大洗の戦力は大分落ちる。

 

(・・・そうこなくては、ね)

 

 そしてもう1つの理由は、ここであっさり勝負がついてしまっては面白くないからだ。

 まだ自分たちは、強豪校を幾度と破った大洗の戦いを見ていない。その戦いを見ずに勝負がついてしまっては面白くはない。そして何より、邪道を歩むみほたちがこの程度で潰れてしまっては倒し甲斐が無い。

 

「・・・・・・三式を仕留めただけ上出来よ。これで大洗の戦力は落ちるわ」

「・・・・・・はい」

 

 砲手は、エリカも少し変わったと思っている。

 ちょっと前までのエリカなら、みすみすフラッグ車を仕留めるチャンスを逃したからと叱責してくるだろうに、こうして怒らなかった。

 それが不思議だな、とだけ思う。

 

 

 黒森峰の集中砲火から逃れた大洗は少しでも黒森峰を撒くために森を抜け、一斉に煙幕を張って黒森峰の視界を鈍らせる。これで大洗の戦車隊の様子は、観客すらも分からなくなった。

 大洗の向かう先には土でできた高地があるため、そこへ陣取って上から黒森峰を狙うつもりだろう。だが、大洗にはポルシェティーガーがいる。ポルシェティーガーは足回りが弱く速度も遅いので、高地を登るにはどうしたって大洗の足を引っ張る事になる。すぐに高地へ到達することはないだろうと思い、弾薬の節約も兼ねて黒森峰も追撃は急がず機銃掃射だけで、砲撃はしない。

 だが、煙幕が晴れると既に大洗戦車隊は高地の中腹よりも上あたりまで登っていた。よく見ると、ポルシェティーガーをⅣ号、Ⅲ突、M3がワイヤーで引っ張り上げていた。煙幕を張っている間に仕掛けて、登る速度を速めていたという事か。

 続けて大洗は、先行する八九式とルノーが煙幕を張りながら蛇行運転をして、大洗戦車隊全体を見えないように煙で覆う。これで追撃の可能性を完全に無くすというわけだ。

 黒森峰も、大洗が想定していたよりも早く進んでいることに少しばかり焦りを感じたのか、榴弾で煙幕を払おうとする。

 だが、進撃する黒森峰戦車隊の横合いから砲撃があった。砲撃してきたのはヘッツァー。ヤークトパンターに命中して履帯を切断する。また直下が愚痴るだろうなぁ、と織部は心の中でだけ思う。

 続けてヘッツァーは近くを走るパンターを狙い砲撃し、またしても履帯を切る。そこで流石に頭にきたのか、黒森峰の戦車がヘッツァーに向けて発砲する。だが、上手い具合にヘッツァーが後退してしまい射線を外れる。仕方なくヘッツァーの撃破は諦めて、大洗の本隊を追う。

 ヘッツァーの奇襲と言う名の時間稼ぎによって、黒森峰が高地麓に到着した時には既に大洗は陣地を構築していた。だが黒森峰はその程度で勝ち目を見失うほどやわではないので、じりじりと前進して大洗を追い詰める。

 大洗は黒森峰が登ってくる間に砲撃を続け、遂にⅢ突がⅢ号戦車を1輌撃破した。さらにⅣ号戦車がⅢ号戦車を撃破する。そしてⅢ突がさらにラングを1輌撃破。いかに最強の黒森峰と言えど、地の利を得ている大洗相手には少し苦戦するようだ。

 数の上では圧倒的に不利な大洗が黒森峰の戦車を3輌撃破したことで、観客席は盛り上がっている。あまり戦車道に明るくない一般人は、もうこの時点で大洗が勝てるかもしれないと思い込んでいた。

 ところが、黒森峰はフラッグ車の前にヤークトティーガーを出し、前を守る。これまでの試合で、速度の遅いヤークトティーガーを前に出してそれに合わせるように進めば、陣形を乱すことなく、そしてフラッグ車を守ることができると学んだ。黒森峰でもトップクラスの装甲の厚さを誇るヤークトティーガーで前を守れば、フラッグ車がやられる心配も無い。

 大洗の戦車もヤークトティーガーを狙って撃つが、弾かれるばかりでまるで効いていない。

 黒森峰の陣形は、大洗を取り囲むように展開されているので逃げ道は無い。後は、十分に近づいたら一斉に発砲して、それで終わりだ。

 

 

 履帯と転輪を直して、ようやく動けるようになった直下のヤークトパンターは高地を目指して進んでいた。通信を聞く限り、まだ決着はついていないらしい。

 

「ふぅ~、間に合ったぁ」

 

 黒森峰の勝利の時、全国一に返り咲いた瞬間に、自分は履帯を直していましたと言うのも情けない話だ。せめて勝利の瞬間はその場にいたい。

 そう思い、今なお砲撃戦が繰り広げられている高地へと直下たちは急行していた。

 ところが、後ろの方から別の戦車の駆動音が聞こえてきた。その音のする方向へ目を向けると、そこには先ほど履帯を切ったヘッツァーがいた。

 

「あっ、またあんなところに!7時の方向、例のヘッツァーよ!」

 

 ヤークトパンターは前面固定砲塔であるがゆえに、前方以外の方位にいる敵戦車を狙うには車輌ごと向きを変えなければならない。だから後ろにいるヘッツァーを狙うためにヤークトパンターは信地旋回をするのだが、その速度は遅い。

 のろのろと信地旋回をしている合間にヘッツァーがまたしても履帯を狙って撃ってきた。憎らしい事にそれは命中し、またも履帯が切れる。

 

「うわぁぁ!直したばっかりなのにぃ!」

 

 車内から『また切られたの~?』という疲れ切ったような呆れたような乗員の声。そしてその横を勝ち誇ったかのように悠然と突き進むヘッツァー。

 ただ撃破するのではなく、こちらの労力と根気を削り取るような戦略がそこはかとなく腹が立つ。

 

「このー!ウチの履帯は重いんだぞー!!」

 

 腕を振って抗議の声を上げるが、それがヘッツァーに聞こえるはずもない。

 そしてこの時直下は、履帯を切られた事に対する憤りと、早く履帯を直して戦線に復帰しなければと思い込んでしまったせいで、ヘッツァーが主戦場に向かっているという報告を怠ってしまった。

 

 

 ヤークトティーガーの動きに合わせるように徐々に登っていく黒森峰の戦車隊。既に3輌撃破されてしまったが、こちらにはまだ17輌もいる。“あれ”を除けば16輌だが、特に支障はない。

 それに、フラッグ車の前にヤークトティーガーがいる以上やられる心配も無い。

 だから落ち着いて、大洗の戦車隊へと近づいていく。

 そこでパンターに乗る斑田は、自軍の戦車のエンジン音とは違う、異質なエンジン音が聞こえたので、ちらっと外を見る。すると、真横に。

 

「な、何!?」

 

 ヘッツァーがいた。しかも自分たちと同じような向きで、大洗側に砲塔を向ける形で。後ろから来たという事か。

 だがこのヘッツァーがどこから来たかと言うのは些末な問題だ。敵戦車が自分たちの隊列にしれっと混ざっている事自体おかしいし、ここまで接近を許してはどの戦車もいい的になってしまう。唯一の救いはフラッグ車のティーガーⅠより少し離れた場所にいることぐらいだ。

 だが、とにかくこのヘッツァーは早く始末しないと取り返しのつかないことになる。

 

「11号車、15号車!脇にヘッツァーがいるぞ!」

 

 普段、斑田は穏やかな話し方をしているのだが、この時ばかりは焦ってしまい荒々しい話し方になってしまった。ついでに余りの驚きで、砲手の肩を何度も踏みつけているのだが、その砲手も今の状況に驚きを隠せないので何も言ってこない。

 ようやく事態を飲み込んだ周りのパンターがヘッツァーを狙おうと旋回させるが、そこでヘッツァーは発砲する事無く前進し、黒森峰の隊列を縫うように走り抜ける。

 

「くそっ、同士討ちになるから撃てない!」

 

 ヘッツァーの動きが不規則過ぎて、下手に発砲すると味方に当たって撃破しかねない。だから迂闊に撃つことができなかった。

 

『こちら17号車、自分がやります!』

 

 そこで、隊列の外側にいたパンターが向きを変えてヘッツァーを狙い撃とうとするが、その隙を突かれて大洗のⅣ号戦車に側面を撃たれて撃破されてしまった。

 

『申し訳ありません!』

『私がやります!』

『待て、Ⅲ突こっち向いてるぞ!』

 

 17号車がやられた事で他の戦車がヘッツァーを狙おうとするが、頂上にいる大洗が完全に動きを止めたわけではない。別の戦車がヘッツァーを狙おうとする戦車に忠告し、指揮系統が乱れ始める。そこでさらに、一度砲撃を止めていた大洗の戦車隊が砲撃を再開してきた。

 

『うわぁまた撃ってきた!』

『何やってるんだ!』

『ヘッツァーどうにかして!』

『Ⅲ突が先だろ!』

『ちょっとこっちこないで!』

 

 完全に指揮系統が崩壊してしまった。無線はしっちゃかめっちゃか、陣形もごちゃごちゃになっていて、普段の黒森峰からすれば考えられないような失態だ。

 継続高校戦でも敵の戦車が陣形を乱して来ることはあったが、今回のようにいつの間にか隊列に混ざっているという事態ではない。だから不意を突かれて、こうして余計混乱しているのだ。

 やはり黒森峰は、基本に忠実で訓練を幾度となく繰り返してきたのだが、それはどこかマニュアルやルール、決まり事に頼りがちなところもあった。そのマニュアルに無い事態に陥ってしまった事が、混乱を生んでいる原因だろう。まほの言っていた『搦手に弱い』と言う言葉の通りだ。

 

 

 

「車長、どうしたら!?」

 

 小梅のパンターの通信手が、顔を困惑に染めて小梅に指示を仰いでくる。今も無線機からは混乱している仲間の声が聞こえてきているが、小梅はまだ冷静さを保っていた。

 

「落ち着いて!冷静に、ヘッツァーを先に狙いましょう。ヘッツァーの75mmは向こうにとって貴重な高火力砲です。残しておくと後々厄介になってしまうので、早めに倒しておくべきです。ですが、仲間に当てる事だけは絶対に避けてください」

「分かりました!」

 

 砲手が返事をする。そして小梅は、操縦手の玉名に指示を出した。

 

「敵のⅢ突は固定砲塔ですから、射線上に入らないように注意して、お願いします」

「・・・やってみます!」

 

 玉名も自信のある返事をしたので、小梅はひとまず安心する。

と言っても、ヘッツァーは縦横無尽に走り回っているので、あのすばしっこい戦車を狙うのは難しいし、それに加えて味方に当たらないように撃つというのはハードルが上がる。

 撃破は難しいと、小梅は思っていた。

 

 

 陣形が崩れたのを大洗は見逃さず、大きく乱れた黒森峰の右側へと大洗の戦車は一目散に向かう。ポルシェティーガーを先頭にしてⅣ号がそれに続き砲撃から守る。ヘッツァーは大洗が逃げ出したのを見ると、またしても姿をくらませてしまった。

 黒森峰が隊列を立て直す間、エリカのティーガーⅡが先んじて大洗を追いかける。それと同時に、まほは三河の乗るⅢ号戦車を市街地付近の森林へと偵察に向かわせた。

 エリカのティーガーⅡは大洗の戦車を追うが、途中で動力系に異常が発生。履帯と転輪が外れてしまい、停止してしまう。だが修理可能な故障なので白旗は上がらない。

 ティーガーⅡはティーガーⅠの改良型として主砲口径が大きくなっていたり前面装甲が厚くなっているが、やはり車輌の重量故に足回りやトランスミッターの故障が相次いでいた。今回もそれが原因だろう。

 エリカが癇癪を起して地団太を踏むが、隊員たちはそれについては何もコメントせずに黙々と足回りを直す作業に集中した。

 

 

 黒森峰を振り切った大洗の戦車たちは、川を渡りさらに距離を引き離そうとする。その先には石橋があり、さらにその向こうには市街地がある。局地戦に持ち込んで有利に立つつもりだろう。

 ゆっくりと川へと入り進みだす大洗の戦車たち。ところが、そこで思わぬ出来事が起きた。

 M3が川を渡っている最中に停止したのだ。

 織部は最初、これもこの試合で既に多くの奇策を披露した大洗の作戦かと思ったが、他の車輌も同時に止まったのを見て、どうもそうではないらしい。

 盛り上がっていた観客たちも、上げていた歓声を抑えて、心配そうにどよめき始める。そこで、M3は恐らく何らかのトラブルに見舞われて動きを止めてしまったのだという事に、会場の誰もが気付いた。

 だが、戦車が止まったからと言って川の流れは止まるわけでもない。しかも川を流れる水の色が濁っていることから、昨日はどうやら上流の方で雨が降ったようで、川の水量も勢いも増しているようだ。

 その2つの要素が重なり、M3が川の流れに押されて傾き始める。このまま何もしないでいると、M3は横転してしまうだろう。そうなれば、密閉されてるわけでもない戦車の内部に水が入り込み、中の乗員は溺れてしまうだろう。最悪の場合は命に係わる。

 ここで織部は、去年テレビ中継で見ていた黒森峰対プラウダの決勝戦の事を思い出した。

 あの時も、戦車が水辺で窮地に立たされ、その時あの場所にいた隊内で高い地位にいるみほが決断を迫られた。

 勝利か、仲間か。この究極の二択にみほは立たされた。

 そして今の状況は、みほにとってはかつて経験したものと似たシチュエーションになっているだろう。

 ここでみほは、どういう行動に出るだろうか。仲間を見捨てて先へ進むか、それとも仲間を助けるために留まるのか。

 織部は自然と前のめりになって、モニターを見つめる。

 やがてモニターが俯瞰図に変わると、黒森峰の戦車隊が近づいてきている様子が映された。このまま速度を変えずに進めば、ものの10分程度で追いついてしまう。

 観客たちは声を上げて『来るな黒森峰ー!』と叶うはずもない願いを叫んだり、『早く早く!』とまくしたてたりした。

 織部は今現在黒森峰の人間なのだから黒森峰を応援するべきなのだが、今織部の頭からどちらを応援するかなどと言う考えは完全に抜け落ちてしまっていた。

 今気になっているのは、これからみほがどうするのかだ。

 

 

 戦車の中で、みほは葛藤を抱えていた。

 ウサギさんチームのM3がエンストを起こし、進めなくなってしまった。だが、車長の澤梓は『自分たちの事は良いから先に行ってほしい』と言った。

 けれど戦車は川の流れに押されて傾き始め、このままでは横転する。かといって助けに行くと、引き離した黒森峰がまた迫ってくる。

 このままぐずぐず迷っていては、ウサギさんチームは助からないし、どころかこのフラッグ車も撃破されて大洗は負ける。そうなれば、これまで積み重ねてきた事は全て水泡へと帰して終わりだ。

 合理的にも戦略的にも考えれば、このままウサギさんチームは置いてそのまま前進する方が正しいのだろう。もしも、今この場にいるのが自分ではなく、西住流たる自分の姉のまほであれば間違いなくそうする。

 けれどみほの本心は、助けたいと叫んでいた。仲間を切り捨てて、犠牲にしてまで勝利するなんて非情なことは、みほにはできない。

 だけど思い出すのはやはり、去年の全国大会の事だ。あの時みほは、助けたくてあの行動に出た。しかし結果的に黒森峰は負け、自分の母親からも責められ、姉には見捨てられ、黒森峰では糾弾されて、最後には耐えられず去ってしまった。

 今回はまた少し事情が違うが、負けてしまうと自分が絶望的な事態に陥ることに変わりは無い。いや、今回は自分だけではない、自分の学校の人たちを最悪の事態に陥れてしまう事になる。

 でも、みほ自身は―――

 

「行ってあげなよ」

 

 頭の中がぐるぐると渦巻き、正しき答えの無い問いの答えを出そうと必死に頭を働かせているみほの耳に、優しい口調の言葉が滑り込んできた。

 見れば、そこには穏やかな笑みを浮かべる沙織の顔があった。

 

「こっちは私たちが見るから」

「沙織さん・・・・・・」

 

 沙織は、優しく笑う。その笑顔には、どこか安心感を覚えるようなものがあった。

 思えば、彼女が声を掛けてこなければ、みほはずっと友達もできなかっただろうし、こうして戦車に乗る事もできなかったかもしれない。

 大洗で一番付き合いの長く、気の置けない、親友である沙織から告げられて、みほの中に淀む葛藤や悩みが晴れたような気がした。

 そして、改めて皆の顔を見てみれば、誰もが自信に満ちた顔を浮かべている。穏やかな表情が目立つ華も、普段は眠そうにしている麻子も、物腰の低い優花里も、皆がみほの事を見てくれている。

 そしてそれは、みほの事を信じていると、言葉に出さずともそう言ってくれている。

 それで、みほの中で踏ん切りがついた。

 息を吸って、そして優花里に告げた。

 

「優花里さん、ワイヤーにロープを!」

 

 優花里は、少し瞳を潤ませたが、その言葉を待っていたとばかりに大きく頷き、そして大きな声で返事をした。

 

「・・・はいっ!」

 

 

 

 沈黙していた大洗に動きがあった。フラッグ車のⅣ号戦車のハッチが開き、中から隊長のみほが姿を現したのだ。そしてもう1人の搭乗員からワイヤーとロープを渡され、ロープの先端をワイヤーに結び付け、もう1つの端を自らの腰に結び付ける。

 観客たちが、またもざわつき始める。一体、何を始めるつもりなのかと。

 みほは、傾き始めているM3を見据えて、一歩踏み出す。

 そしてみほは。

 

「!!」

 

 跳んだ。

 観客たちが歓声を上げる。立ち上がってみほの事を応援する者まで現れた。中には手を合わせて祈る者もいる。

 織部も、目を見開いてみほの行動を見る。多分だが、別の場所で試合を観ている黒森峰の隊員たちも、同じように驚いているだろう。

 みほは、Ⅳ号から隣のルノーへと飛び移り、さらに跳んで隣のⅢ突へと飛び移る。そしてさらに跳び、乗員たちが車外に出たM3へ飛び移る。みほは、腰に結んでいたロープを解き、M3の乗員と力を合わせて引っ張りワイヤーを手繰り寄せる。

 そこでモニターが切り替わり、黒森峰戦車隊が川の近くにある丘を越えようとしている映像が流れた。

 観客たちがどよめき、大洗を急かすような歓声を、黒森峰に止まるように叫ぶ声を上げる。

 モニターが再び大洗の戦車に変わり、大洗の、少し離れた場所にいるヘッツァーと固定砲塔のⅢ突を除いて他全ての戦車が、黒森峰の迫る丘に向けて砲塔を回転させて牽制射撃をしている。これで黒森峰の動きを止めるつもりのようだ。

 

 

 黒森峰ほどの強豪校であれば、川と言う足下の不安定な場所から放たれる牽制射撃程度、避けて進んで大洗へと肉薄する事など造作もない事だ。

 そして冷静に考えてみれば、今フラッグ車の車長であり隊長であるみほは、自分の車輌を離れて故障車の救助に集中している。つまり指揮系統が鈍っている今は、フラッグ車を仕留める絶好のチャンスだ。

 けれど黒森峰はそのチャンスを前にしても、進まず、攻撃もせず、丘の手前で停車していた。

 その理由としてはやはり、先ほど述べたようなチャンスを狙う事がアンフェアだと分かっているからだ。

 黒森峰は言わずと知れた戦車道の強豪だ。だからこそ戦車道に対しては何処よりも誰よりも礼儀を尽くすし、正々堂々と、汚い手は使わずに戦う。

 確かに今のフラッグ車は牽制射撃をしているとはいえ無防備だ。そして、そのフラッグ車に車長はいない。

 けれど車長のいないフラッグ車は、決して万全な状態とは言えない。そんなフラッグ車を狙って撃破して勝利し、優勝して日本一に輝いたところで、それが胸を張って誇らしげに自慢できるかと問われれば、恐らく黒森峰の誰も首を縦には振らないだろう。

 極論を言えば、整備もままならないボロボロの状態で試合に出場した敵の戦車を撃破して、ただ達成感や勝利した喜びだけを感じられるかと問われるのと同じことだ。

 それに、去年の決勝戦で勝利よりも仲間の命を優先したみほの行動はスポーツマンの鑑と評価されていた。今の行動もまた、恐らくこの試合を観ている多くの人からすればスポーツマンとして、戦車乗りとして、いや人として、間違った事は何一つしていない素晴らしい行為だろう。

 だがそのみほの行動を逆手にとってフラッグ車を撃破すれば、黒森峰には恐らく称賛などないだろうし、むしろ逆に責められる。みほの人間性とスポーツマンシップを利用して、非情な勝利を掴んだと。

 事実、去年の全国大会で、みほが救助に行った隙を突いてフラッグ車を撃破し優勝したプラウダ高校には、ファンや一部の評論家から多くの批判と非難の声が向けられた。

 だがこれに関しては、プラウダが一切動じなかったのと、敗北した黒森峰が抗議せずむしろこの結果をすんなりと受け入れてしまった事で自然と沈静化してしまった。

 けれど今度は、しばらくは沈静化しないだろう。何しろ今救助をしているのは、去年と同じみほなのだから。そしてみほの来歴も既に戦車道新聞で知られているし、これまで起こした奇跡から知名度も去年より高くなっている。どんな言葉が黒森峰に浴びせられるか分かったものではない。

 強豪校の戦車乗りとして、戦車道を愛しているからこそ、黒森峰はみほが戦車の救助が終わるのを待った。

 

 

 キューポラから身体を乗り出して、みほがM3を救助するのを見届けた小梅は、目に滲む涙を指で拭った。

 

(・・・・・・やっぱり)

 

 さっき挨拶をした後で会った時は、少し背が伸びたとか成長したなと思っていた。

 けれどやはり、根っこの部分は変わってはいなかった。

 仲間を大切に思い、勝利よりも仲間を助けることを選択したみほの本質は、黒森峰の時と変わっていなかった。

 それが小梅は、嬉しかったのだ。

 あの時のみほは、まだ死んでいない。

 大洗で、生きていると。

 

(・・・・・・みほさん、素敵だな)

 

 

 

 大洗は全ての車輌をワイヤーでつなぎ、全車輌でM3をけん引する。そして、みほが準備を終えて再びⅣ号に乗り込んだのを確認すると、同時に大洗の牽制射撃も無くなったので黒森峰は再び前進を開始。追撃するも、M3のエンジンが元に戻って再び動き出したため、撃破は叶わなかった。

 そして大洗は林へと進路を変えて、別行動をとっていたヘッツァーと合流して石橋を渡る。だが、最後尾を行くポルシェティーガーがスピードを上げて石橋を崩してしまった。これで黒森峰は迂回せざるを得なくなる。

 やがて大洗の戦車たちは市街地へとやってきた。

 大洗には射程の長い長砲身のⅢ突や、機動力の悪さを除けばティーガーとほぼ同格のポルシェティーガーがいる。けれど数の上では圧倒的に不利なため、開けた場所で戦うと形勢が悪い。だから視界の利かない市街地で敵の意表を突き、少しでも有利に戦うのだ。

 だが、市街地に入ったところで大洗の前方に、黒森峰が偵察に出させていたⅢ号戦車が姿を見せた。市街地戦に入る前に片付けておこうと決めた大洗はこのⅢ号戦車を追撃する。

 Ⅲ号戦車は、廃墟と化した団地の中を不規則な動きで走り回る。後ろからの大洗の砲撃も軽々と避けて突き進む。そして角を曲がり、交差点を過ぎたところで停止した。

 Ⅲ号戦車が追い詰められて停止したと思い込んだ大洗は、交差点の手前で停車してⅢ号戦車に狙いを定める。

 だがそこで、大洗から見て左方向から『ズゴゴゴ・・・』と言う音と共に何かが出てきた。

 

(・・・・・・来た・・・)

 

 この時織部は、自分の頬が緩んでいることに気付いていた。

 ゆっくりと横から姿を現してきた、迷彩模様が施されたそれは最初、壁とも門とも見えた。だが、やがて履帯と砲塔、砲身が姿を現してそれが戦車なのだと誰もが理解する。

 観客席がざわつき『・・・何アレ』『あんな戦車いるの・・・?』などと言う困惑した声が上がる。

 織部だって、最初にこの戦車の存在を知った時は驚愕したものだ。だがこの戦車は実際に試作されたもので、実在する。空想上の兵器ではない。

 あれこそが黒森峰の隠し玉にして切り札の、史上最強の超重戦車・マウスだ。

 どうして織部が笑っているのかと言うと、やはり男としてはあのようなデカくて強い鉄の塊が動いているところを見ると、男心をくすぐられるからだ。

 そして大洗が、このマウスを相手にどう戦うのかが楽しみで、自然と笑みをこぼしているのだった。

 その大洗はマウスの存在を認めると後退を開始。マウスの128mm砲の威力はすさまじく、近くの窓ガラスが砕け散った。惜しくもヘッツァーより少し外れた場所に着弾したが、その威力は大洗を震え上がらせるには十分だ。

 果敢にも、大洗の先頭にいたルノーはマウスに向けて発砲するが、前面装甲240mmに空しく弾かれて、逆にゼロ距離射撃を喰らいひっくり返って白旗を揚げてしまった。

 そしてマウスは前進を開始し、大洗へと追撃を仕掛ける。Ⅲ突がルノーの仇とばかりに発砲するがこれも弾かれ、返り討ちに遭い撃破された。

 これで大洗は残り5輌。

 

 

 マウスから2輌撃破したと報告を受けて、エリカはニヤリと笑う。

 先ほどの高地ではⅢ号を2輌、ラングとパンターを1輌撃破され、他にも多くの奇策によって随分と振り回されてしまったが、これで決着がつくだろう。

 先ほどは簡単に勝負がついては面白くはないと思ったが、これ以上戦いが長期化するとこちらがやられかねない。

 もう十分、大洗の戦いは見届けた。

 これで決着をつける。

 

 

 マウスの後ろにつくⅢ号戦車に乗る三河は、得も言われぬ優越感を覚えていた。

 奇跡を何度も起こしてきた大洗を、自分の目の前にいるマウスが圧倒している。

三河の役目は偵察と、大洗をマウスの前におびき寄せる事だったので既に目的は達し、後はマウスのサポートだけだ。

 三河からすれば、尻込みしている大洗を見ているのは楽しいし、必死で砲撃して抵抗する様子もまた面白い。

 三河は恐らく指摘されると怒るだろうが、中々にS気質だった。

 大洗はマウスを相手に後退し続けて、遮蔽物に身を隠してもマウスによって遮蔽物が破壊されてさらに逃げる。そして全車輌で力を合わせて砲撃しても全くの無意味。大洗で一番火力の高いポルシェティーガーの砲撃すらも焼け石に水。

 どうやらこのⅢ号戦車の操縦手もこの状況を楽しんでいるようで、マウスの後ろで蛇行運転しながらチラチラと自分の車体を見せている。

 

「お前らの火力で装甲が抜けるものか!」

 

 遂には楽しさのあまり得意げに宣言し、高らかに笑う三河。

 けれど少し悪ふざけが過ぎたようで、蛇行運転している最中にポルシェティーガーに撃ち抜かれて自分のⅢ号戦車は撃破されてしまった。

 前を行くマウスの車長の根津が『アホ』と言っていたような気がした。

 

 

 廃墟の団地を抜けた大洗の戦車隊5輌は、広い道に1列に並んでいた。

 マウスが団地を抜けてその大洗の戦車たちを視認すると、そちらに向きを変えて前進する。

 そこで大洗の戦車も前進を開始。中でもヘッツァーが速度を上げて向かってくる。近距離まで接近して一発お見舞いするつもりだろうか?そう思ったが、ヘッツァーとマウスの距離は縮まっていくのにヘッツァーが速度を全く落とさない。このままでは衝突するぞ、と誰もが思った矢先。

 ヘッツァーとマウスが正面衝突を起こした。いや、ヘッツァーがマウスの下に砲身をねじ込み、さらにヘッツァーの全面傾斜装甲を使ってマウスの前面を持ち上げている。織部は『!?』と驚きを顔に表し、観客席もどよめいた。

 

「なんだ!?」

 

 マウスに乗る根津は、突如マウスが後ろに傾いた事に驚く。他の乗員も困惑しているようで、操縦手が『前に進めません!』と叫んでいる。

 外では、M3とポルシェティーガーがマウスの側面に回り、機銃と主砲を撃ってマウスの注意を逸らそうとする。撃ち抜かれるはずはないと分かっていても鬱陶しかったので、砲塔を右に向けて2輌を撃破しようとするが、発砲と同時に避けられて不発に終わった。

 そして、マウスの砲塔が右に向いた隙を突き、八九式がヘッツァーを踏み台にしてマウスに乗っかった。

 マウスの内部にもその振動が伝わり、根津を含めた乗員はさらに混乱する。何だ、一体何が起きているのだ。

 八九式は、マウスの上という極めて狭いスペースで、驚異的な操縦技術で旋回し、マウスの砲塔の横にぴったりとつける。

 この一連の動きに、観客たちは『おおお!』と歓声を上げる。大洗が無駄にこのような事をするとは誰も思っていないので、もしかするとマウスを撃破するつもりなのかと誰もが期待していた。織部も、のめりこむようにモニターを注視する。

 一方、車体の上に八九式が載っていると知った根津は気が気じゃなかった。こんな方法で足止めされるとは思っていなかったし、それに自分の戦車の動きの邪魔をしているのは、あの中戦車とは名ばかりの貧弱な八九式だ。

 

「おい軽戦車!そこをどけ!」

 

 だからキューポラから身を乗り出して、八九式に文句をつける。

 だが、のぞき窓から黒いショートヘアの少女と金髪の少女が顔をちらっと見せて。

 

「ヤです。それに八九式は軽戦車じゃないしぃ」

「中戦車だしぃ」

 

 根津の頭の中で何かがプチンと言う音を立てて切れたような気がした。

 

「くそッ、振り落としてやる!この!」

 

 砲塔を強引に回して八九式を落とそうとするが、八九式も履帯を回転させてその場に留まる。

 そしてマウスの足元からはメキメキと何かがきしむ音が聞こえてくるが、それは恐らくヘッツァーによるものだろう。何せ、マウスの重量は188tもある。その重量に耐えられる戦車などそういない。

 だが八九式に気が向いている間に、敵のⅣ号戦車が土手に上がってマウスの後部にあるスリットを上から狙い砲撃した。そしてマウスは炎上、白旗を揚げて擱座することとなった。

 その瞬間、観客席からは大歓声が上がった。何せ、化け物じみたスペックを持つマウスを撃破したのだから。やはり、これまで幾度となく窮地を乗り越えて勝利を掴んできた大洗の実力は本物なのだと、誰もが痛感する。

 そして織部も、一時とはいえ黒森峰の人間なのだから黒森峰の応援をしなければならず、マウスがやられた事について悔しがったりするべきなのだが、織部は素直に大洗に向けて拍手をしていた。

 これを他の黒森峰生に見られたら何を言われるかは分からないが、そうせずにはいられなかった。

 しかし大洗は、代償として、マウスの重量によって動力系が壊れてしまったヘッツァーを失うこととなってしまった。

 

 

 

「マウスが!?市街地へ急げ!!」

 

 まさかマウスまで撃破されるとは思わなかった。悔し気な根津の報告を受けて、エリカは追従する戦車たちに急いで大洗のいる場所へと向かうように命令する。

 大洗がこれまで多くの奇策と閃きで窮地を幾度となく乗り越えてきたのは周知の事実。その上完全無欠と思われていたマウスさえも倒したとなると、いよいよもって黒森峰の旗色が悪くなってくる。

 そしてもしかしたら、黒森峰が負けてしまうかもしれない。そうなれば、まほの最後の全国大会で有終の美を飾るということもできなくなってしまう。

 と、黒森峰が勝つビジョンが見えず負けてしまうと思い込んでしまったエリカは、自分の膝を叩く。まだ勝負はついていない、気弱になってどうする。そんな事を考えてると本当に勝てなくなる、と自分を奮い立たせる。

 やがて、街道をゆく大洗の戦車隊を発見し、これを追跡する。だが、狭く入り組んだ住宅街を走り回るせいで中々攻撃できない。攻撃して敵戦車を撃破すると、道を塞いでしまうからだ。

 

 

 大洗が市街地に黒森峰を誘い込んだという事は、おそらくここで決着をつけるつもりなのだろう。観客席に座る誰もが、勝敗が決まるのはもうすぐだと気付いて、前のめりになり、モニターを凝視する。

 織部とてそれは例外ではなく、瞬きの頻度が少なくなったように自分でも感じる。

 序盤の奇襲を最低限の犠牲で切り抜け、高地包囲網をかいくぐり、川では仲間との絆を見せて、さらにマウスを仕留めた大洗の戦いには、今や誰もが引き込まれている。織部だって、目を離せずにいた。

 そしてさらに、大洗は驚きのプレーを見せる。

 住宅街を行く黒森峰の後方にいたエレファントの前に突如、M3が姿を現して発砲。即座に姿を消す。エレファントはこれを追撃するが、M3は住宅街を高速で移動し、角を3つ曲がってエレファントの後ろへと移動。エレファントはこれに気付き信地旋回で迎え撃とうとしたが、道幅が狭すぎてそれができない。

 そして、エレファントの背後を撃ったが厚い装甲に阻まれる。が、直後に装甲の薄い薬莢排出口を集中攻撃してエレファントを撃破した。

 

 

 

『エレファント、M3にやられました!』

「何やってんの!!」

 

 鏡車長からの報告にエリカは食って掛かる。

 マウスに続き重駆逐戦車を1輌やられるとは流石に想定していない。これで黒森峰の戦力もまた下がってしまった。

 

「フラッグ車だけを狙え!」

 

 まほがいつもと変わらないような口調で隊に命令を下す。まほは、恐らくエレファントが挑発に乗せられM3を相手にしてしまい返り討ちに遭ってしまったと思った。

 ならば早めにフラッグ車を倒して決着をつけなければ、この先黒森峰は翻弄され続け、戦力は確実に減っていく。

 

 

 フラッグ車と引き離されてしまったティーガーⅡと2輌のパンターが、八九式と遭遇する。最初、ティーガーⅡの車長の宮原は相手にしようとしなかったが、機銃掃射共に車体をこすりつけてきたので、無性に腹が立った。その相手が、自分のティーガーⅡとは違う、貧弱な八九式と来たらなおさらだ。

 宮原は、同じく行動をしていた斑田と協力して八九式を挟み撃ちにしようとするが、躱されてしまう。そして八九式は、蛇行運転をしながら逃げるので追撃することとなった。

 フラッグ車だけを狙えと言う、まほの命令は頭に入ってこなかった。

 

 

 M3は、今度はヤークトティーガーに狙いを定めた。一本道を行くヤークトティーガーの背後を取ってM3が発砲するが、厚い装甲に弾かれる。

 するとヤークトティーガーは速度を上げて、次の交差点を右に曲がった。そして、M3に気付かれないように超信地旋回で向きを180度変えて、交差点の傍でM3を狙う。

 だが、M3は交差点前で急停車しヤークトティーガーの砲撃を避けた。観客たちは、M3の驚異的な洞察力と危機回避能力に感嘆の声を上げる。

 だが、ヤークトティーガーはじりじりとM3に迫り、一本道を押し戻すような形でM3と向き合いながら前進する。ここでM3はヤークトティーガーにくっつくいて距離を詰め、128mm長砲身が車体に向かないようにした。その間もM3は発砲し続けるが、前面装甲250mmはゼロ距離でも抜けない。

 だが、モニターが俯瞰図に変わると観客たちは『おっ』と声を上げる。

 そしてM3は突き当たったT字路で左に曲がり、そこでヤークトティーガーに撃ち抜かれて横転、撃破された。

 ところがヤークトティーガーは、M3が曲がったT字路の先にあったのが干上がった人口の川であることに気付き、直前でブレーキをかけるが時すでに遅し。ヤークトティーガーは川へと転落し、砲身が根元からへし折れて上下逆さまにひっくり返り行動不能となった。

 重駆逐戦車を2輌も撃破したM3に観客席から拍手が送られる。

 

 

 

『こちらヤークトティーガー!M3を撃破しましたが、川に転落して行動不能!』

「はぁ!?」

 

 ヤークトティーガーの車長・水俣からの悲痛な報告に、エリカは顎が外れそうな勢いで口を開く。頭に血が上っていく。

 あんな中戦車如きに重駆逐戦車が2輌もやられるなど信じられない。ヤークトティーガーに至っては何たる間抜けとしか言いようがない。もはや、黒森峰の戦力は半減してしまったと言っても過言ではなかった。

 一方でエリカたちは今、まほを先頭に、逃げるⅣ号を追っている。Ⅳ号が向かう先は学校で、どうやらここまでおびき寄せて決着をつけるようだ。

 校舎の脇を抜けて、やがて中庭へと続く通路にⅣ号が入っていく。まほのティーガーⅠがそれに続き、エリカたちも付いて行こうとしたが、ティーガーⅠが入った直後にポルシェティーガーが脇から現れこの通路を塞いでしまった。

 エリカたちが困惑するが、ポルシェティーガーが発砲してきた。

 大洗の本当の狙いは、フラッグ車同士の一騎打ちだったという事か。

 しかし、この程度で怯むほど黒森峰も軟弱ではない。この番人の如きポルシェティーガーを倒してまほの下へ向かうだけだ。

 エリカのティーガーⅡと、共についてきたラング、パンター2輌、ヤークトパンターでポルシェティーガーを集中攻撃する。途中でさらにラング2輌とパンターが1輌ずつ応援に来て、合計8輌でポルシェティーガーと戦う。けれどポルシェティーガーの装甲は厚く、火力も高いので簡単には撃破できない。そして、ラングを1輌撃破された。

 

「何やってんの!失敗兵器相手に!」

 

 いつまでたっても撃破されないポルシェティーガーに腹が立ち、エリカがとんだ逆方向に毒づくが、それでも倒せないものは倒せない。

 

「隊長、我々が行くまで待っていてください!」

 

 エリカがまほに向けて、勝負を早まらずに仲間の到着を待つようにアドバイスをするが、当のまほからの返事が来ない。

 そして、エリカと共にポルシェティーガーに向けて発砲する戦車の中には、小梅の乗るパンターもあった。

 小梅は、キューポラから身を乗り出して、今なお砲撃を受けながらも反撃しているポルシェティーガーを見る。具体的には、そのポルシェティーガーの奥にある中庭の方向を。

 

(・・・・・・この先で、みほさんと隊長が・・・)

 

 共に全力を出して戦っている。

 だが、エリカの言う通り自分たちの到着を待ってからみほの相手をした方が、勝率ははるかに上がる。

 それなのになぜ、まほは勝負を急ぎ1人で戦うのだろう。

 だが、その理由が小梅には少しだけわかるような気がした。

 まほは恐らく、奇跡を見せてここまで勝ち上がってきたみほの力を試し、その目で見てみたいのだ。

 その気持ちは、みほの事を戦車道の実力者として少なからず評価し、みほの事を強敵と認めているからこそだと思う。

 試合開始直前、まほが黒森峰の全車輌に向けて言っていた言葉がある。

 

『グデーリアンは言った。“厚い皮膚より速い足”と』

 

 あの言葉は、迅速な行動が勝利の鍵を握るという、黒森峰の電撃戦を得意とするドクトリンを改めて隊員たちに再認識させる言葉だ。

 そしてこの言葉を言うのは、まほが真に強者と戦う時だけ。だからまほも、みほと大洗を強いと認めたという事だった。

 そして黒森峰も、王者と呼ぶにふさわしい戦い方と実績があると自負している。その王者が、強者相手に仲間の到着を待ってから戦いを仕掛けるというのは、怖気づいたと感じられてしまうかもしれない。

 まほだって、自分がどんな肩書を背負い、どんな立場に立っているのか、その自覚はある。だからこそ、勝負を急いでしまったのだろう。

 それは悪い事ではない。

 けれども、それは危険だ。

 

「装填スピード早めに。ターレットリングを中心に狙ってください。あのポルシェティーガーを早急に撃破し、一刻も早く隊長の下へ増援に向かいましょう」

「はい!」

「分かりました!」

 

 小梅が指示を出すと砲手と装填手からはきはきとした返事が返ってきて、小梅は小さく頷く。そして小梅の指示通り、ポルシェティーガーのターレットリングを狙い始める。だが距離が少し離れているのでなかなか撃ち抜けない。

 十数分もの間、ポルシェティーガーもしぶとく砲撃を続け、近くにいた別のパンターとラングまで撃破してきた。これでこの足止め役のポルシェティーガーだけで、3輌もの戦車を失ってしまった事になる。

 だが、ポルシェティーガーを撃破しようとする黒森峰の戦車たちは、必死に装填と砲撃を繰り返し、砲弾の雨をポルシェティーガーに向ける。

 流石に前面装甲が100mmと厚くても、マウスに劣る装甲では何度も何度も滅多撃ちにされては装甲が削れて行く。そしてついに、エリカのティーガーⅡが装甲を貫き、さらにダメ押しで小梅のパンターがターレットリングを撃ち抜き、ポルシェティーガーは黒煙を上げて行動不能となった。

 それと同時に、八九式に振り回されていたもう1輌のティーガーⅡとパンター2輌から八九式を撃破したと連絡が入った。

 これで残りの大洗の車輌は、フラッグ車のⅣ号戦車ただ1つ。対する黒森峰の残りの車輌はティーガーⅠ1輌とティーガーⅡ2輌、パンター4輌、ラング1輌、ヤークトパンター1輌の合計9輌。随分と削られたが、これだけあればいかに相手が奇跡を何度も起こした大洗であっても、Ⅳ号1輌撃破する程度容易い事だ。

 エリカは八九式を撃破した小隊に、急いで学校へ向かうように指示を出し、自分たちはまほの下へと向かおうとする。

 ところが。

 

『ポルシェティーガーが邪魔で通れません!』

 

 パンターに乗る波野車長が報告したように、中庭へと続く通路は撃破されたポルシェティーガーが塞いでしまっていた。大洗はここまで計算して、ポルシェティーガーに道を塞がせたという事か。

 

「回収車急いで!」

 

 エリカが無線機に向けて怒鳴りつける。

 だが回収車が置かれている地点から少し離れてしまっているので、回収車が来るのは相当先だろう。

 エリカだってそれは分かっているようで、少しの間は腕を組んで貧乏ゆすりをして待っていたが、すぐにしびれを切らして無線機を掴んだ。

 

「赤星、八代、協力なさい!」

 

 まずエリカは、車高の低い八代のラングをポルシェティーガーの前に移動させ、エリカのティーガーⅡが砲身を後ろに向けてそのラングの横に垂直につける。そして後ろから小梅のパンターがティーガーⅡを押し、ポルシェティーガーを強引に乗り越えようとした。

 

「今行きます!待っていてください、隊長!!」

 

 ポルシェティーガーとラングの上をガリガリと不快な音を立てながら前進するティーガーⅡのキューポラから、エリカが上半身を出して必死の形相で叫ぶ。もうちょっとで天井に頭を擦りそうになるのも気にせず。

 ここまでエリカが必死になるのには当然理由がある。それは最後の大会でまほを優勝させたいという陳腐な理由ではない。

 まほは、昨年の大会の結果みほを守り切れずにいた事に後ろめたさを感じていて、ずっと後悔をしているし、少なからず責任も感じている。

 その上で、この大会で妹であるみほに負けて優勝を逃したりしては、まほは恐らく自分に自信を無くしてしまうだろう。

 そうなってしまえば、まほはこれまでの鉄の強さを保てなくなり、周りからの評価も見直されてしまうかもしれない。

 それどころかエリカの尊敬して敬愛して心酔する、鉄のように強い意志を持つ“西住まほ”と言う存在が無くなってしまう。

 そうなってしまえば、エリカはこれまでのようにまほと接する事などできないだろう。

 それだけは、絶対にダメだった。耐えられなかった。

 だからエリカは、まほとみほが撃ち合いを繰り広げている場所へと突き進む。

 そして、中庭に到達する直前で、巨大な砲撃音が2つ聞こえた。

 

 

 黒煙が上がり、僅かな間視界が利かなくなる。戦車道で鍛えた耳目も、今この時だけはさほど役に立たない。

 だが、その黒煙も時間が経つにつれて収まっていき、風に流されて薄くなっていく。

 そして私の目に入ったものは、2つ。

 1つは、キューポラに身を隠して、怯えるような目で顔の上半分を見せるみほ。

 そしてもう1つは―――

 

(・・・・・・・・・そうか)

 

 今の私は、どこかすっきりしている気がした。

 黒森峰でみほを守れず、みほが戦車道を辞めて黒森峰を去ると決めた時も大した言葉もかけられず、そのまま送り出してしまった。

 その時から、私は心のどこかで、みほに対する申し訳なさを感じていた。

 その暗い思いと共に私は戦車道を歩み続け、今こうしてそのみほと力の限りを尽くして戦った。

 その結果は、目の前にある。

 

(・・・・・・・・・みほ)

 

 この試合に限った話ではないが、みほのチームは、皆強い絆で繋がっている。仲間を信頼し合い、助け合い、手を取り合って勝利を目指して戦って。そして誰一人として仲間を見捨てることなく、勝利する。

 それが、みほのチームの戦い方。

 みほが黒森峰では見つけることができなかった、みほの戦い方。

 大洗と言う新しい地で見つけた、“西住流”と言う戦車道ではなく、“みほ”の戦車道。

 そしてその見つけた戦車道は、本来の西住流を超えるほどの強さを持っていた。

 

(・・・・・・・・・本当に)

 

 黒煙が晴れる中で、私は目を閉じて、そうしみじみと思う。

 私のティーガーⅠの砲撃は、Ⅳ号戦車の動力部より少しズレた場所を撃っていた。

 みほのⅣ号戦車の砲撃は、ティーガーⅠの動力部を確実に撃ち抜いていた。

 

(・・・・・・・・・強くなったな)

 

 ティーガーⅠの上で揺らめく白旗が、みほの強さを証明していた。

 

 

 

『黒森峰フラッグ車、走行不能。よって・・・・・・・・・』

 

 観客席からは声の1つも上がらない。観客の誰もが、瞬きをしない。ただじっと、静かに、告げられる試合の結果を待つ。

 そして審判長から告げられたのは。

 

『大洗女子学園の勝利!!』

 

 瞬間、大地を揺るがさんとするような大歓声が観客席から湧き上がった。

 誰もが立ち上がり、拍手で大洗の優勝を祝福し、応援グッズを天に向けて放り投げ、それでもまだ興奮は収まらずに雄たけびを上げる者までいる。

 出店の方からも歓声が聞こえて、彼らもまた何らかの媒体を使って試合を全て観ていたのだろう。

 そして、織部はと言うと。

 

「・・・・・・ふぅ―――――――」

 

 大きく長く、ため息をついた。

 モニターに、まほとみほの一騎打ちの様子が流されて、Ⅳ号戦車のシュルツェンが弾け飛ぶたびに、その最中で大洗の戦車が撃破されたというアナウンスが流れる度に、つばを飲み込み、心臓が跳ねた。

 それほどまでにこの試合に夢中になり、集中してしまっていた。恐らく、これほどまでに引き込まれるような試合は無かっただろう。

 そして、この試合を観ていて別に自分が参加していたわけでもないのに尋常ではないほどの緊張感に支配されていた。それが試合が終わった事で、その緊張から解放された事で息を吐いたのだ。

 観客たちの歓喜の様子も少し落ち着いたようで、溢れんばかりの拍手を大洗へと送る。織部もそれに倣い、激戦を制した大洗へと拍手を送った。

 織部も本来なら黒森峰の味方をしなければならないところだろうに、大洗を応援してしまっていたのだが、言わぬが花だろう。

 

 

 黒煙を上げて擱座したティーガーⅠに背を向けて、まほとティーガーⅠの乗員がその場を離れる。後ろの方では、ボロボロのⅣ号戦車から身を乗り出したみほと、他の乗員たちが抱き合って勝利を喜び分かち合っていた。

 そんなみほとまほの両者を視界に入れながら、エリカはまほにどう言葉をかけていいのか分からなかった。

 想定しうる中でも最悪の結末となってしまった。まほの最後の全国大会は優勝で飾れず、みほに敗れた事で自信を失ってしまっているかもしれない。

 まほだって戦車乗りの1人なのだから悔しがっているだろう。そんなまほに何か気の利いた事でも言えたらいいのに、自分の不器用さがこんなところで露呈するとは。

 

「行くぞ、エリカ」

「・・・・・・・・・」

 

 まほが、いつものように、変わらないような風で呼び掛けるが、今のエリカにはそれが無理をしているようにしか見えない。

 何も答えられずに硬直していると、

 

「・・・・・・エリカ」

 

 まほが、エリカの肩にぽんと手を置いてきた。慌ててエリカがまほを見ると、まほの顔には笑みが浮かんでいた。満面の笑み、と言うものではないが、僅かに微笑むその姿は、エリカもあまり見た事がなかったものだ。

 

「・・・・・・私の事は気にしなくていい。大丈夫だ」

 

 どうやらエリカの心配事は、見透かされてしまっていたようだ。そしてそのまほの言葉には、無理をしているようにも取り繕っているようにも聞こえない。

 戦車道の世界は厳しい。西住流と言う流派に身を置いているのならなおさらだ。

 その世界の中で、まほが国際強化選手として、全国大会常連として、西住流後継者筆頭として生き抜くことができたのは、自分自身に強い自信を持っていたからだ。過信や妄信ではない、自分を強く保ってきたから。

 自分に自信を持てなくなったら、その時点で終わりだ。この先この世界で生きていく事など難しいし、西住流を継ぐことなどできないだろう。

 まほがみほの事を気にかけていたことは知っているし、そのみほに負けた事でまほはショックも受けている。だが、みほの成長と強さを見ることができて、嬉しさの方が悔しさに勝った。

 それに、戦車道に限らず勝負の世界での敗北はつきものだ。1度負けただけで全て終わりと思い込んでしまっては、心はすぐに潰れてしまうだろう。

 この敗北を機に、自分たちの戦いの欠点を浮き彫りにして、次に向けて学習する。たとえ泣きたくても、それはその後でも遅くはない。

 

「・・・・・・さあ、行くぞ」

「・・・・・・はい」

 

 エリカも、まほが多くのものを背負っているのを知っているし、だからこそ心が強いという事に、改めて気付く。

 そうだ、自分の尊敬するまほはこの程度でへこたれはしない。まほの事を過小評価してしまった事を自省し、エリカはまほの後を追った。

 

 

 試合前の戦車の整備をしていた場所から、最後に決着がついた市街地までは大分距離が離れてしまっていた。なので、回収車を待って格納庫に帰ってきたころには既に陽も傾き始めていた。

 別の回収車でⅣ号と共に帰ってきたみほたちは、同じ大洗のメンバーから多くの賞賛の言葉をかけられて迎え入れられていた。

 まほは回収車を降りて、待機していた大きな荷台のついたトラックに乗ろうとする。荷台には既に、黒森峰の一部のメンバーが乗っていた。他のメンバーは、既に閉会式を行う場所へと向かっている。このトラックも、閉会式の会場へ向かう予定だ。

 だが、後ろから声を掛けられた。

 

「お姉ちゃん!」

 

 先ほど、廃校舎の中庭で撃ち合いをする前も聞いた、そして忘れる事の無い声。振り返ってみれば、みほがこちらに向けて小走りに寄ってきた。

 そしてみほは、まほの前に立つと何を話せばいいのか分からないような、困惑した表情を浮かべる。

 まほとしても、話したいことは山ほどあった。ずっと言えなかった、“あの時”の本当の事も話したかった。

 けれど、みほはたった今黒森峰を破り、全国優勝を決めたばかりだ。だから、あの時の事を思い出させて暗い気持ちにさせるのも酷だったし、それに話をするにはここは人が多すぎる。

 

「・・・優勝おめでとう」

 

 だから言うべきは、みほの実力を素直に称える言葉だ。

 まほからその言葉を受けたみほは、驚いたように顔を上げる。

 

「・・・完敗だな」

 

 できるだけ優しい表情で、できるだけ優しい声で、告げる。

 みほは少し困ったように笑っている。

 黒森峰の事を覚えているから、その黒森峰と一戦交えた事に対して後ろめたさを感じ、その上で姉を負かしてしまったのだから、余計にまほとの距離感が掴めずにいるのだろう。

 そんなみほの事を安心させるために、まほは右手を差し出す。

 みほは、まほの意図に気付いて少し遠慮がちに同じように右手を差し出し、そしてお互い優しく、そして力強く握手をする。

 少し、手が大きくなったかな、とまほは思った。

 

「みほらしい戦いだったな・・・。西住流とはまるで違うが」

「・・・そうかな?」

「そうだよ」

 

 何をとぼけたように言うのか。この試合で見せた大洗の戦いは、西住流で教わるような事ではない。どう考えたって、みほが独自で編み出したものだ。

 黒森峰を去っても、自信の無さや自分を過小評価するところは変わっていないな、とまほは思った。

 そこでみほは、自分の後ろの方を見る。そこにいたのは、みほと同じⅣ号戦車に乗っていたメンバーだ。そしてその全員が、少し不安そうな表情をしている。

 確かに、あの4人とまほが実際に会ったのはあの戦車喫茶ルクレールだったし、その時の印象はエリカの発言もあって最悪そのものだった。それに恐らく、あの4人はみほの黒森峰での出来事を知っている。だから余計に、その黒森峰のまほと話をしているみほの事が心配なのだろう。

 

「・・・じゃあ行くね」

「ああ」

 

 みほも、その4人を心配させまいとすぐに戻って、安心させようとする。それをまほは分かっていたので、引き留めもしなかった。

 だが、みほが皆の下へ向かおうとするところで、振り返って笑顔を見せた。先ほどのように困惑が混じったものではない、純粋な笑顔だ。

 

「お姉ちゃん」

「ん?」

 

 みほは、笑顔で告げた。黒森峰では決して見せる事の無かった、心からの笑顔だ。

 

 

「・・・やっと見つけたよ!私の戦車道!」

 

 

 その言葉は、みほが自分の道を見つけて、この先も迷うことなくその道を進むことができると感じさせてくれるように、力強かった。

 

「・・・うん」

 

 まほは、みほの成長を実感して、頷いた。

 

 

 トラックの運転席で2人の会話を聞いていたエリカも、小さく笑った。

 黒森峰でみほの犯した失敗を目の前で見て、その失敗を無かったことにしようというつもりで新しい場所・大洗で戦車道を再び始め、あまつさえ黒森峰の敵として現れた時は、それはもう憤ったものだ。

 だが、この試合で黒森峰の予想をはるかに超えるような戦いを見せ、さらに去年の全国大会でみほが取った“勝利よりも仲間を選ぶ行動”を見せられ、そして本来みほがいるべき黒森峰、ひいては西住流を体現するまほを超えて、勝利をもぎ取った。

 こうも勝利を目の当たりにさせられ、自信を持ってみほが自分の戦車道を見つけたと言うと、かつて感じた憎しみや怒りと言った感情も湧いてこない。これ以上みほに対して恨みや憎しみを抱くのは、最早僻みや逆恨みと言うものだ。

 あるのは、ただ大洗とみほの事を認めるという気持ち、決意だけだ。

 ただし、『みほは凄かった』とか『私たちの完敗ね』とストレートに言えるほどエリカも素直ではない。

 織部にも見せたが、エリカは若干ツンデレの気がある。

 

「・・・次は、負けないわよ!」

 

 だから、こうして一度負けを認める事でみほの実力を認める。そして、次に戦う時は今度こそ勝つという意志を込めて、言葉を投げかける。

 これが今のエリカにできる、精いっぱいの賞賛だ。

 それに対してみほは、『はい!』と返事をして、大洗の仲間の下へと戻って行った。

 

 

 トラックの荷台で小梅は、静かに涙を流していた。

 去年の全国大会でのみほの行動は、黒森峰で否定され、拒絶され、悪と決めつけられてきたが、この試合でもみほは同じ行動を起こして、その上で勝利を勝ち取った。

 みほの掲げ信じる戦車道をこの試合で見て、そしてみほがそれを自分の戦車道だと胸を張って言い張ることができるようになったのが、嬉しかった。

 そして小梅は、去年の全国大会でみほのとった行動を無駄にしないために黒森峰に残り、そして“仲間を見捨てない”というみほの戦車道が間違っていなかったことを証明するために今日まで黒森峰の戦車道で生きてきた。

 そして今日、そのみほの戦車道が間違っていなかったことが証明されて、それもまた嬉しかった。

 だが同時に、黒森峰は優勝を逃してしまったのもまた事実で、それが少し悔しくもあった。

 嬉しさと悔しさが入り混じって、小梅は泣いているのだった。

 隣に座る斑田も、小梅の気持ちが少なからず分かっているからか、優しく肩を撫でてくれた。

 やがてまほが助手席に乗り込んで、トラックはゆっくりと動き出す。

 

 

 

『優勝、大洗女子学園!!』

 

 観客席前に設けられたモニターの手前で、大洗のメンバー全員が表彰台に立ち、隊長のみほが大きな戦車の刺繍が入った優勝旗を手に持ち立つ。ふらつきそうになったが立て直して、しっかりと観客席を見る。

 そして観客席からは、割れんばかりの拍手が送られ、大洗の隊員たちもそれに恥じないように誇らしい表情を浮かべている。ただ1人、副隊長は涙を流して他の人の陰に隠れていたが。

 少し離れた場所では、合流した織部を含む黒森峰の隊員たちが同じように拍手を送る。優勝できなかったことに悔しさをにじませる者、全力で戦ってすっきりしたと笑う者、来年こそは優勝するという意志を固めた者。誰もが、大洗やみほに対して悪い感情を抱いてはいないように見えた。

 この中にはみほの事を恨んでいた人もいたのだろうが、この試合でどうやら認識を改めるようになったらしい。やはりこうして華々しくみほなりの戦車道を見せつけられてその上優勝を取られたとなると、その実力を否が応でも認めざるを得ない。

 王者であるが故に、力のある者の実力を素直に認めるものなのだろう。

 織部もまた、大洗に向けて惜しみない拍手を送った。

 そして織部の隣に立つ小梅も、涙ぐみながら拍手を送っていた。

 

 

 その表彰式が行われている場所から少し離れた場所に、しほはいた。

 この試合の一部始終を見て、みほは大洗で自分なりの戦い方を、戦車道を見つけて、そしてそれは黒森峰、西住流よりも強いという事をしほは知った。

 勝利よりも仲間を優先したみほの行動をまた見て、やはりみほはそう言う優しい心の持ち主だったのだという事を、改めて知ることとなった。

 優しい心の片鱗と言うものは、西住流の名を背負う者としての鍛錬が始まった時から見えていた。戦車を動かすときや敵を撃破する時、どこかしら躊躇いが見て取れたから。それは、みほが優しすぎるからだと、みほの師である前に母親でもあるしほには分かっていた。

 だが、みほの中には優しい心の他に、本来の西住流とは違った才能が眠っていたのだと、しほはこの戦いで気付かされた。

 おそらく、その才能は黒森峰にずっといたままでは開花することはなく、腐らせるだけだったのかもしれないと、今では思う。

 だから大洗に転校して、そこで新しく戦車道を始めた事は、その才能を開花させる結果につながったのだから間違ってはいなかった、と考えられる。

 勘当すると宣言した自分が、今になって少し恥ずかしく思えてくる。随分と大人げなかったな、と。

 今こうして、みほの才能は西住流をも超えるものだったという事を知って、もうみほの事を勘当しようなどとは微塵も思っていない。

 しほは、去年の全国大会でみほが犯した失態を西住流の師範として厳しく批判した。

 しかしみほの母親としては、誇らしい行動をしたと思っていた。けれど、師範として厳しく接しなければと思い込んでしまった結果、みほを責めるだけになってしまった。

 あれも今思えば、褒められたものではないなと思う。

 だけどこの決勝戦では、そのしほが叱責した行動をまた繰り返し、その上で今度は勝利したのだから、去年のみほの事も全部が全部間違っているわけではなかったのだ、と思う。

 西住流に属しているのだから相応の戦い方をしろと一方的に責めたが、西住流と言うしがらみもまた、みほの才能を殺してしまっていたのだという事を痛感する。

 西住流の直系の娘だからと厳しくした結果、その才能を発揮する場所を与えられず、色々とプレッシャーを押し付けるばかりで、みほの本当の力や才能を認めようとはしなかった。

 だが今はもう、みほの事を、みほの力を認めるしかない。

 

(西住流・・・ではないわね。これは・・・・・・)

 

 これまでの試合でみほが見せた、度肝を抜き、予想の斜め上を超えるような戦い方を思い出して、少し考える。

 みほの戦いは、みほ独自で編み出したものだ。

 そう、言うなれば。

 

(西住みほ流・・・かしらね?)

 

 だが、自分のネーミングセンスの無さに自分で可笑しくなる。

 

「・・・・・・・・・ふふっ」

 

 しほは、大洗に向けて、才能を開花させその結果を見せてくれたみほに対して、しほにしては珍しく優しい笑みを浮かべて、拍手を送った。

 夕焼けに照らされるみほたちの背中は、とても誇らしいものだった。




スノーフレーク
科・属名:ヒガンバナ科スノーフレーク属
学名:Leucojum aestivum
和名:鈴蘭水仙
別名:―
原産地:ヨーロッパ中南部
花言葉:汚れなき心、皆をひきつける魅力、純粋、純潔


これにて、この作品での1つの山場である全国大会編が終わりました。
あの全国大会を黒森峰目線で書いたつもりでしたが、いかがでしたでしょうか。

さて、山場を一つ越えましたが、まだこの作品は続きますので、最後までお付き合いいただければと思います。
次回からは全国大会のクールダウンのような感じで、少し暗めだったりシリアス(当社比)だったりな話ではなく、明るくて、ほんのり甘い話になるかと思いますので、
今後ともよろしくお願いします。

感想・ご指摘等があればお気軽にどうぞ。


ここから小梅のターン。
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