春に芽吹く梅の花   作:プロッター

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誤字報告をしてくださった方々、本当にありがとうございます。
筆者の確認不足と、筆者の使うPCの変換の悪さが引き起こしてしまったものです。
誠に申し訳ございません。


雛罌粟(ポピー)

 激戦が繰り広げられた、全国大会決勝戦から一夜明けた翌日。黒森峰女学園は通常通りの登校日だった。例え戦車に乗って決死の戦いを繰り広げたとしても、学園艦に戻ってきたのが夜になって疲れ切っていたとしても、授業は普通にあるのだ。

 だが、少なくとも今織部の周りにいる小梅、根津、斑田の3人は疲れなど感じていないかのように、いつも通りに振る舞っている。ただ、少し肩や首を回しているのを見るあたり、少しばかり疲れを感じているようだ。

 織部も、観戦席で試合を観ていただけなのだが、何度も繰り広げられる急展開のおかげで無闇に緊張し、精神的に疲れてしまった。だが、実際に試合に参加した小梅たちと比べれば自分の疲れなど小さなものだろう、と思いここは耐える。

 そして4人が校門をくぐったところで、後ろから直下と三河に声を掛けられた。

 

「おはよー・・・」

「おお、お疲れのようだね」

 

 覇気のない挨拶を三河が駆けて、根津が苦笑気味に答える。直下もあくびをしながら手を挙げて挨拶をする。2人は疲れがあまりとれていないようだった。

 昇降口で靴を履き替えて教室に向かうが、学校の雰囲気はいつもと変わらない。

去年の全国大会決勝戦でも敗北したが、その後は負け方が負け方なだけにギスギスした雰囲気が漂っていた。

 だが、今年はその様子はない。今年も黒森峰は優勝を惜しくも逃してしまったが、黒森峰が力の限りを尽くして戦った結果の敗北なのだから、受け入れるほかないのだ。

 そして、かつて黒森峰にいたみほが大洗に転校してそして黒森峰から勝利を勝ち取ったと聞いても、怒り狂う者はほとんどいなかった。流石にここで、黒森峰と全力でぶつかって優勝を修めた大洗とみほを責めるのは、負け惜しみにもほどがあるし、そして醜いと自覚しているからだ。

 だったら去年、戦車隊に属してもいないのに流言飛語を鵜呑みにしてみほを責めた事も、みほがいなくなったからとその矛先を小梅に向ける事も十分醜いと思える。けれど、彼女たちはまだ身も心も完全に成長し切ってはいない高校生なのだから、仕方ないと言ってしまえば仕方がない。

 織部たちは何事もなくクラスに到着した。織部は自分の机について鞄を置き、教科書を机の中に入れて、全国大会は終わってしまったのだということを改めて思い出す。そして、昨日の全国大会の後の事をふと思い出した。

 

 

 閉会式も終わって黒森峰の隊員たちは、全員最初に戦車を運んできた格納庫に集まったが、未だに戦車は全て戻ってきてはいない。

 その理由は、ここから遠く離れた場所で撃破されてしまっている戦車もいるからだ。特に、干上がった川に転落して上下逆さまになってしまったヤークトティーガーと、入り組んだ住宅街のど真ん中の狭い道で立ち往生してしまっているエレファント、そして188tにも及ぶ重量のマウスの回収には手間取っている。

 おかげで本来の完全撤収完了時刻を1時間以上過ぎて陽も落ちた今も、まだ撤収は終わっていない。

 しかもその予定時刻を大幅に過ぎたせいで、清水港へと向かう特別列車のダイヤにも乱れが生じ、今は鉄道会社と相談してダイヤを組み直している最中だったので先に帰るという事もできない。完全に足止めを喰らっていた。

 戦車の回収は戦車道連盟が代行しているので手を抜いているということはないだろうが、それでもやはり遅かった。

 そして、回収班の班長から完全撤収まで後1時間ほどかかるとの連絡を受けたまほは、学園艦に戻ってからやろうと思っていた、反省会を含めたミーティングをこの格納庫ですることにした。

 近くにいたエリカを呼び、待機していた隊員たちを集合させて整列させる。織部は、列の外側で皆と同じ姿勢で立ち、まほの話に耳を傾ける。

 

「皆、疲れているところで申し訳ないが、撤収にはまだ時間がかかるようなので、今からミーティングを行う」

 

 それについては隊員としても別に問題ない。何しろ1時間以上待機していたので、そろそろ暇を持て余してしまっていたところだ。その待ち時間を有効活用する事に関しては、特に異論はない。

 

「まずは皆、ご苦労だった―――」

 

 そうして、ミーティングは始まった。

つい先ほど、黒森峰の優勝は夢と消えてしまったのにもかかわらず、それを嘆く事も悲しむ事も悔しがる事もせず、こうして心を切り替えて試合を冷静に見返し、次の糧にしようとしている。

 その切り替えの早さ、そして失敗を嘆かずに次に生かそうとする姿勢は、同年代の織部から見ても本当に立派なものだと思う。普通なら、悔しさに打ちひしがれてしばらくは立ち直れないだろうに、ここにいる者は多少涙を流して目を赤くしてしまった人はいるものの、話も聞けないほど悲しんでいるというわけではない。

 肝心のミーティングだが、最初に反省するべき点は大きく分けて2つだとまほは言った。

 それは、『挑発行動にあっさり乗せられたこと』と『不測の事態にすぐに対応できなかったこと』だ。

 前者に当たるのは根津のマウス、鏡のエレファント、水俣のヤークトティーガー、そして宮原のティーガーⅡだ。

 マウスは、ヘッツァーの足止めを受けた時にM3とポルシェティーガーの挑発砲撃に乗せられて砲塔を横に向けた結果、八九式が車体に載るスペースを作ってしまい撃破に繋がった。

 エレファントは、M3の挑発に乗せられて住宅街に誘い込まれ、さらにM3の機動力で後ろに回り込まれ、そして発想の転換によって薬莢排出口を撃ち抜かれて撃破された。

 ヤークトティーガーもまた、M3の挑発砲撃を後ろに受けて、正面から戦いM3を撃破したものの川に落ちて走行不能となった。

 ティーガーⅡも、八九式の接触と機銃の挑発に乗せられて、する必要も無いのに相手をしてしまいフラッグ車から離れてしまった。

 フラッグ戦は、フラッグ車を仕留めればすべてが終わりである。だから、マウスはともかく他の3輌はフラッグ車ではないM3と八九式の挑発に乗せられず、フラッグ車を狙う事だけに専念していれば、結果は違っていたかもしれない。

 そして『不測の事態にすぐに対応できなかったこと』については、試合序盤での高地包囲戦の時だ。あの時、ヘッツァーが隊列に混ざってしまっていたことで混乱してしまい、さらにその混乱を突いて大洗が発砲したことで余計混乱し、陣形を崩してしまい大洗の逃走を許してしまった。

 継続高校戦のように、目に見える範囲から陣形を崩すかのように突撃してきたのにすぐに対応できたのは、そうなった場合の訓練をちゃんと受けていて、その時どう対処するかのマニュアルがあってそれに従ったからだ。だが、今回は気付かれずに、そして他の戦車に混ざるように、後ろという注意力のあまり及ばない場所から来た事で、不測の事態に陥ってしまったのだ。

 この2つの点についてまほは、今までのマニュアルや規則に頼りきりだった訓練から、もう少し柔軟性に富んだ訓練を取り入れようという事になった。

 その後の評価点で挙げられたのは、試合の本当に序盤、森の中をショートカットし、大洗の不意を突く形で奇襲攻撃を仕掛けた時の事。あの時は迅速な行動をすることができ、あそこで三式中戦車を撃破できたのは上々の戦果だとまほは評価した。

 各戦車の動きも、挑発に乗せられたことと不測の事態に陥って混乱した時のことを除けば、皆迅速な移動をすることができ、キレもあってこれまでの戦いより動きが良くなっていたと評価した。

 そして、最後に。

 

「・・・・・・・・・私のティーガーも、勝負を急がず仲間の到着を待ってから相手と戦っていれば、負けなかったのかもしれない」

 

 いつになく気弱なまほの発言。普段とは違う言葉に、隊員たちは少し戸惑う。

 まほは続ける。

 

「・・・・・・・・・皆は、私の指示に忠実に従ってくれた。そして勝利を目指して戦ってくれた。だが、フラッグ車を守れなかったのは私の責任でもある」

 

 そして。

 

「・・・すまなかった」

 

 頭を下げたのだ。これについては流石に隊員たちも動揺を隠せず、ざわつく。エリカに至っては必死に『頭を上げてください!』と駆け寄る。

 そして、まほが顔を上げると、本当に心の底から悔しそうな顔を浮かべていた。

 まほの同期すらも、まほのこんな顔は見た事がなかったし、頭を下げるという行為もまた初めての出来事だ。

 だがまほは、自分を信じて皆が付いてきてくれたことを知っている。だから、その皆の信頼を裏切る形になってしまった事を悔やみ、謝ったのだった。

 もっとも、この行為はまほを信頼する人からすればあり得ないような行動だったため余計に心配する結果となってしまったのだが。

 

 

 

「春貴さん?」

 

 小梅の呼び声に、織部はハッと顔を上げる。見れば、小梅が心配そうな顔をして織部の事を覗き込んでいた。

 

「・・・・・・どうかしたんですか?」

 

 どうやら、小梅の事を心配させてしまっていたらしい。織部は笑って首を横に振った。

 

「何でもない、大丈夫だよ」

 

 だが、小梅はそれだけでは納得してはくれなかったようだ。やはり以前に、まほからみほの勘当騒動についての話を聞かされた際に、他全ての事がおろそかになって小梅を心配させてしまった前科があるからだろう。

 あの時織部は『何でもない』と言って小梅たちを余計に心配させてしまったが、今回は別に聞かれると色々と面倒な話でもないので、素直に打ち明ける。

 

「昨日の事を思い出してね」

「・・・試合の事、ですか?」

「それもあるし・・・隊長の事も」

 

 隊長の事、と言う言葉だけで小梅は何の事なのかを理解したようだ。

 

「・・・西住隊長があんなことをするとは・・・」

「・・・・・・小梅さんも見た事がなかった?」

「ええ・・・。入隊してから一度も」

 

 やはり、まほが頭を下げるというのは相当貴重、というか無かったことらしい。そして小梅よりも1年長く戦車隊に属する先輩たちも見た事がないというのは、反応を見れば分かった事だ。

 

「隊長・・・・・・少し変わった気がします」

「・・・そうだね」

 

 まほが変わったのには、恐らくみほが関係しているのだろう。試合が終わった後、まほとみほが話をしていたのを小梅は知っているし、みほが西住流ではない、自分の戦車道を見つけた事もまた知っている。

 そして、みほの戦いをその眼でしかと見届けて、みほが自分の戦車道を見つけた事を口から聞いたまほも、自分の中で何かが変わったのかもしれない。

 そこで織部は、一旦思考を切り替えて手の中にある弁当箱に目を落とす。箸で小さなハンバーグを取り、口に放り込む。美味しい。

 時刻は昼休み、場所は戦車の格納庫。いつかのように織部と小梅は、2人だけで昼ごはんを食べていた。そして手の中にある物から分かるように、小梅が今回もお弁当を作ってきてくれたのだった。

 試合で疲れているのは小梅も同じだろうに、わざわざこうして織部と2人きりの時間を作るために弁当を作ってきてくれたことに、織部は涙しそうになる。

 残すなんて真似は断じてしない。

 

「・・・・・・みほさん、自分の戦車道を見つけられたようで、良かったです」

 

 小梅が白いご飯を口に含み、咀嚼して呑み込んだところで小さく呟く。

 まほが変わった理由を考えて、そこで自然とみほの事に思い至ったのだろう。織部はその場にいなかったので知らなかったが、みほは自分の戦車道を見つけて、もう迷いはしなくなったらしい。

 だが、織部もみほの試合中の行動は見た。勝ち負けにこだわらず、川で動けなくなったM3の乗員を助けに行ったあの行動は、観客席の誰もが応援し、称賛していた。織部自身も、つい心の中で『頑張れ』とエールを送っていた。

 その行動は、去年の決勝戦、まだ黒森峰にいた時のみほのとった行動と同じだ。そしてその行動の上でみほは勝利した。

 去年と大きく違うのは、みほと大洗のチーム全体の絆が深く、固かったことだ。大洗の誰もがみほの事を信じ、みほがどんな人物なのかを知っているからこそ、背中を押して助けに行くようにし、そしてみほを守るために牽制射撃をしてきた。

 黒森峰では、先輩方から反感を受けていたことと、みほ自身他人とのつながりが薄かったから、あのような事態に陥って、結果を残せなかったのだろう。

 

「・・・やっぱり、去年みほさんが小梅さん達を助けに行ったことも、本当は間違いじゃなかったのかもしれない」

 

 そう告げると、小梅も頷く。

 前に小梅が言っていた、小梅が絶望的な状況に置かれていても黒森峰に残る理由は、『みほのあの時の行動が間違っていなかったことを証明する』ため。

 そして昨日の決勝で、みほはあの時と同じ行動をして、その上で勝利を収めた。それはすなわち、みほの行動は間違っていなかった事の証明にもつながる。

 だから去年のみほの同じ行動も、様々な要因が合わさって悪い結果になってしまったが、本当は間違っていなかった、かもしれない。まだ“かもしれない”と表現するのは、本当の正解が明確ではないからだ。

 ただ、恐らく、それは正しいことだろう。みほが大洗で築き上げたチームでの信頼と絆、みほが主体となって戦ってきた大洗というチーム、そしてみほの『仲間を見捨てずに最後まで戦う』と言う信念。

それが、みほが見つけた戦車道だ。

 みほはもう、西住流と言う枠組みの中にはいない、別の道を歩んでいる。その道の上では、正しい事なのだ。

 だけどそれでも、織部は1つ気がかりな事があった。

 

「・・・・・・でも、悔しくは、ないの?」

 

 小梅も試合の前には『みほと戦いたい』と言っていたし、何より一人の戦車乗りなのだから、試合に負けた事について少なからず悔しいと思っているだろう。

 

「・・・ちょっとだけ」

 

 小梅は控えめにそう告げる。だけどその小梅の顔には、悔しそうな表情ではなく、優しい笑みが浮かんでいた。

 

「・・・でも、みほさんが自分なりの戦車道を見つけられたのがそれ以上に嬉しくて・・・そこまで悔しくはないです」

 

 それに、と告げて箸を置く。

 

「みほさんの去年の行動が間違っていなかったって証明されたから、それだけで十分ですよ」

 

 織部はその小梅の頭を、優しく撫でる。

 勝負に負けた事に大して悔しがらずに、相手の成長を素直に喜ぶ小梅は、やはり優しく強い人なのだという事を改めて理解した。

 そこで2人は、この話はおしまいとばかりに再び弁当を食べる。

 黙々と弁当を食べ進み、昼休みの終わる10分前辺りで2人とも食べ終わった。

 

「ごちそうさまでした、美味しかったよ」

「お粗末様でした、そう言っていただけて嬉しいです

 

 美味しかったというのは紛れもない本心だが、同時に申し訳ないと思っている。何しろ、小梅だって昨日は試合に参加して疲れているだろうから。

 それでも小梅はこうして織部のために、労を惜しまず弁当を作ってきてくれた。

 それだけ織部が、小梅にとって大切な存在であるという事が嬉しくて、熱い気持ちが胸の奥から込み上げてくる。

 織部としては、何か小梅にしてあげたかった。それを小梅は望まないかもしれないが、それでも何かしたいと思わずにはいられなかった。

 だがそう思っていると、先に小梅が呟いてきた。

 

「・・・・・・今日から少しの間・・・訓練、ありませんよね」

 

 その言葉を聞いて織部が小梅の方を見ると、小梅は少しだけ、顔を赤くして視線を下に向けていた。

 小梅の言う通り、今日からおよそ4~5日の間訓練はなかった。それは大洗との戦いで損傷してしまった戦車の修理と、隊員たちの疲れを癒すための休養期間でもあるのだ。

 普通なら、来年優勝するために、今からでも少しでも強くなるために訓練を始めると思ったのだが、意外としっかり休みは設けてあるようだ。週1で休みがある辺りでそれは分かっていたのだが、真面目な校風だから隊員=生徒の事もちゃんと考えているのだ。

 

「・・・・・・・・・」

 

 そこで織部は、ふと思い出した。確か、次の土曜は学校も訓練も休みだったはずだ。そして、その日は学園艦が寄港する日。昨日も清水港に寄港したのだが、その際は戦車道履修生は休むこともできなかったし、物資の補給もしていなかった。だから履修生を労う形で寄港する事になっている。

 少し前までは、全国大会期間中で忙しかったからと遠慮して、一緒に出掛けることも憚られた。だが今は、その遠慮の必要も無い。堂々と、小梅を誘うことができる。

 

「「・・・・・・あの」」

 

 そう思い、小梅に声をかけたが、ほぼ同時に小梅からも声をかけられた。気まずくなってお互い顔を逸らすが、先に気まずさから戻ったのは小梅の方だ。

 

「・・・春貴さん」

「・・・ん?」

 

 織部も気まずさから脱し、小梅と向き合う。

 

「・・・・・・もし、よろしければ・・・何ですけど・・・」

「・・・・・・・・・」

 

 小梅の表情と、何か少し申し訳なさそうな感じがする話し方。そして先ほど訓練がこの先少しの間無いという事を確認したことから、小梅が何を言いたいのかを織部は察する。

 

「・・・今度の、土曜・・・」

「待って」

「え・・・?」

 

 流石にそれを、女の子に言わせるのは格好悪すぎる。

 だから、多少強引に小梅の言葉を遮るが、それでも織部は優しい表情を崩さずに、小梅の顔を見る。

 

「僕から言わせてほしい・・・」

「・・・・・・・・・」

 

 小梅も、織部の意図に気付いて口を閉ざす。

 

「小梅さん」

「・・・・・・はい」

「・・・・・・次の、土曜」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 息を吸って、告げた。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・僕と、デートしてください」

 

 それに対する小梅の答えは。

 

「・・・はい」

 

 花が咲く、と言うありふれた表現しか織部にはできなかったけれど、そんな表現が似合う、実に可愛らしい笑顔を小梅は織部に向けてくれた。

 

 

 織部と小梅が戦車の格納庫で昼食を共にしているのと同時刻、食堂で根津、斑田、直下、三河のいつもの4人は食堂で昼食を摂っていた。

 だが、4人の顔は苦渋に満ちている。

 その原因は、昨日の全国大会決勝戦で4人が犯した失態(?)が原因だろう。

 まず、豚の生姜焼き定食をもりもり食べている根津。普段よりも食べるペースが速い気がする。

 彼女はマウスに乗って大洗のルノーとⅢ突という比較的良性能の戦車を2輌撃破して、大洗の戦力を大きく低下させた。だが、大洗の連携攻撃によって最強と思われたマウスも撃破されてしまった。

 根津は別に、撃破されてしまった事について不満はない。大洗全体の力が、マウス単体の力を上回っていたという事にしている。

 それでも根津が許せないのは、あの八九式だ。軽戦車のような貧弱なステータスしかないにもかかわらず、マウスの上に載って砲塔を動かせなくさせられた。

 しかもその八九式の乗員からも煽られた。まさに屈辱だ。

 要するにあんな軽戦車(正しくは中戦車だが)に一杯食わされたことが気に食わないのだ。

 

「軽戦車め・・・・・・軽戦車め・・・・・・軽戦車め・・・」

 

 白米をかき込んではそう呟き、みそ汁を啜ってはそう呟き、肉を食べてはそう呟く根津の姿は、さながら呪詛を唱えているようにも見える。

 その隣の三河は、『ずーん』と言う効果音と額に縦に引く線が似合いそうな顔でうどんをちびちびと啜っていた。

 彼女のⅢ号戦車は大洗の偵察と誘導のために先行して市街地に張り込んでいたが、マウス登場後に調子に乗ってマウスの後ろから挑発行動をした結果、隙を突かれて撃破された。

 あの時Ⅲ号戦車が撃破されなければ、マウスを単独にさせる事も無く、大洗の連携攻撃を妨害する事だって可能だった。

 結果的に三河のⅢ号戦車撃破が、マウス撃破につながったとも言える。

 

「私はなぜ、あんな馬鹿なことを・・・・・・」

 

 あの時の事は、三河の中の黒歴史ファイルにしっかりと保存される事になるだろう。

 そんな三河のはす向かいに座る斑田。彼女はサバの味噌煮定食をもそもそと食べている。

 斑田は試合序盤での高地包囲戦で、ヘッツァーが隊列にしれっと混ざっているのに一番最初に気付き、他の戦車に知らせたのだが、焦ったあまり砲手の肩を足蹴にしてしまった。

 それだけならまだしも彼女の焦った様子の報告が原因で、他の戦車の焦りを助長させるような事になり、結果的に戦車隊全体の列を乱す結果となってしまった。

 自分のせいで包囲網を解いてしまったのだと思い込んだ斑田は、それで少し落ち込んでいるのだった。

 

「ヘッツァーめ・・・次会ったらただじゃ済まさないんだから・・・」

 

 恨みがましく呟き鯖の身を解す斑田の横で、直下はため息をつきながら並盛りのカレーを一口食べる。

 直下もまた、昨日の試合で苦汁をなめた記憶がある。

 彼女のヤークトパンターは、試合序盤でヘッツァーからの奇襲攻撃を受けて履帯を切られ、隊列から遅れる事になってしまった。

 そして履帯を直して高地へと向かっている最中でもヘッツァーにまた履帯をやられ、置いてけぼりを喰らい、序盤は全くと言っていいほど戦力にはならなかった。

 自惚れているわけではないが、自分がいれば高地でももう少し戦果を挙げられたのではないかと思うと、悔やむに悔やみきれない。

 

「・・・あそこで、私がもっと・・・・・・・・・」

 

 ぶつぶつ言いながらカレーのルーを白米にかける直下。

 そして全員が、タイミングを合わせたかのように大きなため息を1つ吐く。

 そのため息と、4人の醸し出す暗い雰囲気が合わさって、彼女たちの近くのテーブルには誰も座っていなかった。

 

 

 その4人の様子は、食堂に入った時から見えていたが、あまりにも近寄りがたい雰囲気なので少し離れた場所に座るエリカ。

 彼女の前には、鯖の味噌煮定食。

そして彼女の前に座るのは、大盛りのカレーを食すまほだ。

 

(隊長と一緒にプライベートで食事・・・それは嬉しいんだけど・・・何かしら、この緊張感は・・・)

 

 普段、エリカは1人で、あるいはクラスで気心の知れた仲の人と昼食を摂る。

 まほと昼食を共にすることもこれまで何度もあったが、それは戦車道に関する話し合いをする時だ。戦車道の訓練メニューについて話し合いながら、次の試合での作戦を練りながら、大体その傍らで食事をしていたのだ。

 だが今日は、戦車道の訓練はなく、この先数日も訓練はない。それでもまほがエリカを食事に誘ったという事は、まほのプライベートでエリカを誘ったという事だろう。

 戦車道ではなく、プライベートで誘ってくれたことに関しては、エリカにとってはとても嬉しい。だが、そのプライベートでまほと接する事など今まで無かったので、どうすればいいのか分からずにいたのだった。

 

「・・・どうした、エリカ。食べないのか?」

 

 目の前に置かれた定食に一切口を付けないエリカを不審に思ったのか、まほがカレーを食べる手を止めてエリカを見る。

 

「あ、いや・・・何でもないですよぉ~・・・」

 

 不意に話しかけられたので少し声が裏返ってしまう。その反応を見て、エリカも緊張しているのだとまほは理解した。

 

「・・・急に誘ったりしてすまなかった」

「い、いえいえ。隊長が謝るような事では・・・!」

 

 いきなり誘われた事については流石に面食らったが、それでまほが罪悪感を抱く必要はない。エリカは必死に手を横に振ってまほは悪くないとアピールする。だが、まほは少し哀し気な顔をする。

 

「・・・昨日、みほたち大洗に負けて、自分たちはどうして負けたんだろうと、私なりに考えていたんだ。それはこちら側が挑発に乗せられたこと、私自身が勝負を急いだこと・・・それら全ては忘れてはならない敗因だ」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 エリカは、昨日のミーティングでそのどちらもまほが指摘していたのを覚えているので、否定するのは単なる慰めにしかならないと思い何も言えなかった。

 

「だが・・・・・・・・・黒森峰と大洗には、戦車の数や性能、練度とは違う、大きな差があるのに気付いたんだ」

「?」

「それは、つながりだ」

 

 水を飲んで、喉を湿らせるまほ。

 

「・・・黒森峰は上下の繋がりを重んじているのに対し、大洗は横のつながりを大切にしている。川で動けなくなったM3を助けに行ったのも、恐らくはみほの独断ではなく、みほの仲間が信じてみほの背中を押したものだ」

「・・・・・・・・・」

「あの時の牽制射撃も、恐らくはみほの命令ではなく、みほを信じた大洗の皆の意志だ。それこそ、上下関係だけで成り立っている隊ではできないようなことだ」

 

 エリカはふと、去年のあの忌まわしい全国大会決勝戦の事を思い出す。

 あの時、みほが自分の乗るフラッグ車を降りた後、みほの戦車は身動き一つとれなくなった。司令塔となるみほがいなくなったことで、何をすればいいのか分からなくなってしまったからだ。

 あの時、乗員とみほとの間に信頼関係が築けていなかったから、みほの突然の行動に困惑して、どうすればいいのか分からなくなったのだ。

 

「・・・・・・戦車の火力や装甲、緻密な作戦も大事だ。しかし、ただそれだけで勝ち上がれるほど戦車道の世界も甘くはない、という事かもしれないな」

 

 そう言ってまほが肩をすくめて小さく笑う。信じがたいが、まほの言っていることはあながち間違っていないのかもしれない。みほのいる大洗がそれを実践したのだから。

 

「・・・だから私たちも、戦車道での訓練を変えるだけじゃなくて、横のつながりを作る事も始めていきたいと思っている」

 

 もちろん、横のつながりが皆無と言うわけではない。エリカの同期の根津や斑田たちは仲がいいし、今年新たに入った1年生たちも、独自のコミュニティを作っている。だが、まほの言いたいことはそう言う事ではなく、隊全体で、学年の差も気にせずに繋がりを作りたいという事だろう。

 

「・・・まずは、私とエリカの2人で始めていきたい」

「・・・はい」

 

 まほの意図が分かり、エリカも笑って頷く。

 だから今日、まほは自分を誘ったのかと。昼食を共にして、隊長副隊長の関係ではなく、少しでもエリカと親しくなりたいと、思っていたという事だ。

 そこで、まほが右手を差し出してきた。その意味をすぐに理解してエリカも、右手でその差し出された手を握り返した。

 ようやく緊張が取れたことで、エリカが箸を取り少し冷めてしまった鯖の味噌煮を口に含む。味噌の甘辛さと鯖の味が口に広がる。

 

「・・・ではまず手始めに・・・エリカ」

「あ、はい」

 

 そこでまほが話しかけてきたので、エリカは一旦箸を止める。だがまほが、『食べながらでいいぞ』と言っていたので、お言葉に甘えてみそ汁を啜る。

 ところが。

 

「私の事を名前で呼んでみてくれないか」

「げほっ、げほぉ!?」

 

 みそ汁が変なところに入り込み思いっきり咽る。幸いにも鼻から吹き出すという事は無かったので、乙女(?)の尊厳は死守した。

 

「ああ、すまない。驚かせたな」

「・・・はぁ、けほっ・・・いえ、大丈夫です・・・こほっ」

 

 少し咳き込み、滲んだ涙をハンカチで拭いながらも、首を横に振るエリカ。

しかしいきなりにもハードルの高い要求をしてきた。一体どうしてそうなったのか。

 

「・・・手っ取り早く、他人と打ち解けられる方法をクラスの友人に聞いてみたんだが・・・皆『名前で呼び合う・・・とかかな?』と言われてな」

 

 まほは武人、戦車道の世界に生きる人間と言う印象が強いが、人付き合いだってちゃんとしている。彼女が隊長を務める戦車隊では隊の皆から敬われる存在ではあるが、クラスの中では普通に級友と接する事が多いし、友達だっている。

 そんな当たり前のことにエリカは気付いたが、それは一先ず置いておく。

 

「だから、戦車隊でも親しいエリカには名前で呼んでもらいたかったんだが・・・」

「た、確かにそうですけどダメです!そんな、隊長は私が尊敬する人で、そんな人をファーストネームで呼ぶなんてそんな恐れ多いというか・・・」

 

 中途半端に大きな声で力説してしまって、周りから好奇の視線に晒されるが、エリカは縮こまるように手をもじもじと合わせて小さくなる。

 まほは『ふむ・・・』と顎に手をやって考える仕草を取る。こうした仕草もまほがやるとやけに絵になるのはどうしてだろう。

 

「・・・そういうものか。いや、すまなかった。自然とエリカの事は名前で呼んでいたから、誰でもそう言うものだと思っていたんだ」

「・・・尊敬しているというか、その前に私は隊長よりも一つ年下ですから名前で呼ぶのも少し変です」

「確かに・・・・・・・・・難しいものだな」

 

 唸るまほ。どうやって打ち解けられるのかを考えているのだろう。

 エリカもまた、白いごはんを食べて少し考える。こういう時は率先して部下であり後輩でもある自分が何か意見を出さないと、と思い考えた末にエリカは『あっ』と言って箸を天に向けた。

 

「?」

「・・・隊長、カレーライスがお好きなんですか?よく召し上がっているところを見ますが・・・」

 

 何の脈絡もないエリカの質問。ただ、エリカが投げやりに聞いているようには見えないのでまほは正直に答える。

 

「え?ああ、そうだな。私が好きなのは・・・カレーだな。辛口でもいける」

「そうなんですか・・・私は中辛が精いっぱいですね・・・」

「まあ、普通はそうなんだろうな。そう言うエリカは何が好きなんだ?」

「私は、ハンバーグが好きです。ちょっと子供っぽいと思われるかもしれませんが・・・」

「いや、好物は人それぞれ自由だ。とやかくは言わないさ」

 

 まほが言ったところで、エリカが箸をいったんご飯茶碗の上に置いて仕切り直す。

 

「と、こんな感じで話していけば自然と打ち解けるのではないでしょうか?」

「・・・ああ、そう言う事か。急に話を変えたから、エリカがこの話題にうんざりしてしまったのかと思ったぞ」

「それについてはすみません・・・ただ、一度こういう話をしましょうって言ってしまうと身構えてしまうかもしれませんでしたので」

「そうか・・・・・・」

 

 そしてまほは、にこりと笑ってエリカに言った。

 

「・・・じゃあ、これからもっといろいろな事を話していこうか」

「・・・はい、もちろんです」

 

 そうしてエリカとまほは、これまでする事も無かった他愛も無い雑談をしながら、昼休みの時間を過ごしていった。

 近くで黒いオーラを噴出する車長4人組を視界から逸らしながら。

 

 

 戦車道の訓練は昨日のまほの言葉通り無かったので、織部と小梅、そして根津他いつものメンバーを含む戦車隊員たちは、陽が沈む前に帰路に就いた。全国大会期間中は、陽が完全に落ちて夜空の下で帰ることが多々あり、そうでなくても訓練がある日は大体陽が落ちる直前まで帰れなかった。だからこうして、まだ陽の高いうちから帰るのがとても新鮮だったし、元々黒森峰戦車隊にいる人にとっては随分と久しい事だ。

 そして皆と別れて自室に戻った織部は、鞄を置いたところでベッドに腰かける。

 昼休み、織部は小梅と次の土曜にデートをする約束をした。

 異性と2人きりで出かける事なんて全くなかったし、ましてやその相手が自分の好きな人となればなおさらだ。

 まだその当日は先なのに、もう織部の心は踊りだしてしまっている。下手すれば身体も踊りだしそうだった。

 だが、織部だって高校2年生、年頃の男の子だ。人生初のデートと言う一大イベントを前にして、浮ついてしまっても誰も責められまい。

 織部は数分ほどふにゃけた顔を浮かべていたが、やがて徐々に普段の表情に戻る。

 浮ついてしまったが、冷静に考えてみれば自分だけが楽しむようではいけない。ちゃんと、相手―――小梅の事も楽しませなくてはだめだ。

 だからまずは、土曜に寄港する港を調べて、その近くで小梅も気に入りそうな場所を探す。

 絶対に、小梅をがっかりさせたり悲しませたりするような事は避けなければならない。

 お互いに告白してから、すぐに戦車道全国大会に向けての練習と、その大会期間に入ってしまったせいで、恋人としてできることをあまりできなかった。だから明日、今までできなかった分を帳消しにできるぐらいの事をしないとならない、織部はそう思っていた。

 実際には、もう既に色々と恋人らしいことをしてきたし、それ以上の事もやったのだが、その事実は今だけは考えていなかった。




ポピー
科・属名:ケシ科ケシ属
学名:Papaver rhoeas
和名:雛罌粟
別名:虞美人草(グビジンソウ)、コクリコ、シャーレイポピー
原産地:ヨーロッパ
花言葉:いたわり、思いやり、陽気で楽しい、恋の予感


変わっていく黒森峰
その兆し、的なものを書いてみました。


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