春に芽吹く梅の花   作:プロッター

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久々に劇場版ガルパンを4DXで鑑賞したところ、
首を痛めてしまいました・・・。


今話中の各キャラクターのコスチュームですが、
戦車道大作戦ともっとらぶらぶ作戦を参考にさせていただきました。


深夜テンションで書いたので少しおかしなことになっているかもしれませんので、
予めご了承ください。


芍薬(シャクヤク)

 夏休み前最後の避けられないイベント、期末試験。中間試験と比べると試験科目が多く、勉強のバランスと方法を中間試験よりも考えないと、失態を犯してしまう可能性が高い。

 試験前だから戦車道の訓練も一時中断となっているが、やはり学校から自分の部屋へ戻ってから勉強できる時間とはどうしても限られていて、少しの時間で全てを叩き込もうと必死にあがく。

 試験勉強の仕方は人それぞれで、ちゃんと準備期間よりも前から復習を繰り返しバランスよく勉強する用意周到な者もいれば、準備期間から勉強を始める者もいるし、前日に一夜漬けで頭に入れる者もいる。それに加えて、自分なりに効率の良い勉強法を持っていればより知識が頭の中に入ってくる。

 度重なる努力の末に織部も自分なりの勉強法を見つけて、効率よく勉強ができている。

 肝心の試験当日も、特に躓くところはなく無事に試験を終えることができた。苦手な理数系科目も、理解に苦しんだドイツ語も、自己採点でのミスがせいぜい3つか4つという結果だった。

 テストが帰ってきても、満点の科目はなかったが、全体的に高い点数を取ることができ、織部の周りの女子は『おぉ~・・・』と小さく呟いていた。

 学年成績も中間試験の47位から39位に上がっていて、小梅や斑田も『すごい』と言ってくれた。根津はまた、思うように成績が上がらなかったようで織部の事を嫉妬と羨望の混じった目で見ていたが。

 三河も、中間試験での解答欄がズレるという失態はやらかさずに赤点はどうにか回避。直下も問題なかったようだ。

 そして1位は、中間試験と変わらずエリカ。こうして1位を維持できるのは凄いものだと、織部たちは素直に思う。

 さて、期末試験も終わった事で、生徒たちは緊張感から解放されて、夏休みまでの少しの間はいつもの学生生活に戻る。戦車隊の隊員たちも戦車に再び乗るのだが、試験勉強によるプレッシャーと緊張感で不満が溜まっていたのか、初日の砲撃訓練では皆憂さ晴らしとばかりに力強く砲撃し、戦車の動きも少しばかり勢いがいい。

 規律や風格を重んじるエリカは黙っていないだろうな、と織部は高台で訓練を監視しながら思った。けれど、表情を表に出していないのもあるかもしれないが、報告書を提出した際、特に不満を抱いている様子は無かった。最近も、エリカは少し丸くなったように感じる。織部が報告書提出のために隊長室を訪れた際などは、エリカと業務的な話ではなく、雑談程度の話も多少するようになった。前に小梅とのデートを見られ、エリカの知られざるプライベートを見て、お互い気遣う事も無くなったからだろうか。

 そして中間試験が終わった後の日の夜、小梅から一通のメールが織部の下に届いた。

 内容を確認すると。

 

『次の寄港地に、大型のリゾート施設があるのですが、

 もしよろしければ次の日曜日、

 2人でそこに行きませんか?』

 

 プールでのデートのお誘いだった。

 

 

 最後にプールに入ったのはいつだったか。

織部は、目の前の広いプール、そしてそこで遊ぶ大勢の人たちを見渡してそんな事を呆然と考える。

 中学では体育の授業の一環でプールがあったし、数少ない親友たちと学園艦のプール施設―――市民プール程度の規模だが―――に遊びに行ったこともある。

 けれど高校に入ってからはプールの授業が無くなり、加えてプール施設のようなものも無かったため、風呂以外で水に入る事が無かった。それに、黒森峰に留学するために学力をさらにつけなければならなかったので、遊ぶ暇なんて最低限しかなかった。

 さらにくどいようだが織部は体力がなく、運動音痴だ。だから小・中学校の水泳の授業では専ら初心者用のコースで練習し、初心者用の課題をこなしていた。

 中学の時はどうにか中の下くらいのレベルにまで成長することができたが、それ以来泳いでいないので恐らくは鈍ってしまっているか、あるいは完全に泳げなくなっている。だから、自発的にプールへ行こうともしなかった。

 それにこうして、大型のプール施設に訪れたことはない。中学校で親友と行ったプールも所詮は市民プール程度の規模だったのでそれほど大きくなかったし、夏場のピークで芋洗い状態だったから泳ぐこともままならなかった。

 今いるこのリゾート施設はそれとは比べ物にならないくらい広くて、スライダーとか飛び込み台とか様々なアトラクションもある。

 今織部の目の前で遊んでいるのは、休日だからかもしれないが、家族連れやカップル、グループ等多くの枠組みだった。

 

「・・・・・・・・・さて」

 

 そんな事を考えていたのだが、やはり頭の大部分を占めているのは、今日、ここで、小梅と、デートを、するという事だ。

 プール施設でデートとなれば当然水着となる。織部は元々、黒森峰でプール授業がない事は聞いていたので水着の類は持ってきていなかったから、今着ているのはレンタルのパーカーとトランクスの水着だ。

 そして水着なのは小梅も同じ。織部はもちろん小梅の水着姿など見た事がない。だからどんな水着なのかというのは、織部の想像をかきたててやまない。

 そして自分の恋人の水着とは、ある種男のロマンのようなもので、生涯で一度は目にしたいものだ。

 だがまだ見ぬ小梅の水着の事ばかり考えていると助平と思われかねないので、別の考え事をしていたのだ。

 そしてついに。

 

「・・・お待たせしました、春貴さん」

 

 忘れることはない、小梅の声。そして間違いなく、小梅は今水着を着ている。

 見てみたいという男の本能と、見ていいのだろうかという織部の本質が葛藤を生み、やがて覚悟を決めて振り返る。

 そこにいたのは。

 

「・・・あれ?」

 

 水着姿の小梅がいる。それは分かり切った事だ。

 ところが、小梅以外にも人はいた。

 それは織部のクラスメイトの根津と斑田、戦車道で付き合いの増えた三河と直下。

 そして驚きなのは。

 

「やあ、織部。たまたまそこで皆と会ってな、どうせだから皆で楽しもうと思ったんだ」

 

 他ならない戦車隊隊長のまほと、珍しく、本当に珍しく申し訳なさげな曖昧な表情をするエリカがいた。

 織部は頭の中で『え、ええ~・・・・・・・・・』と落胆の声を上げるしかなかった。

 

 

 事の発端は5分前。

 水着に着替えた小梅は、鏡の前で自分の姿を何度も見直して変なところがない事を確認して、いざと思い足を踏み出そうとする。

 と、そこで。

 

「あれ、赤星さん?」

 

 自分を知っているかのような声。そしてその声にも聞き覚えがあるのでそちらを見れば、自分同様水着の三河たちいつもの4人がいた。

 

「皆さん・・・・・・・・・」

「赤星さんも遊びに来たんだ?」

 

 直下が聞くと、小梅は『えーっと・・・』と顔を赤くしてどもる。

 その瞬間、直下たちは察した。

 小梅の性格は1年生の頃に一緒に入隊して(一時距離を置いていたとはいえ)一緒にここまできたから、小梅がどういう性格なのかをある程度理解している。だから、小梅がたった1人でこのような大型リゾート施設に遊びに来るとは考えにくい。とすれば誰かと来ていると自然に考えられる。

 そこまで考えれば、おのずと答えは見えてくる。

 小梅にできたかけがえのない存在、織部と一緒に来ている。

 つまり小梅は、織部とのデートでここに来たのだ。

 

「あー、ゴメンゴメン。私らには構わなくていいから、赤星はゆっくり楽しんでいいからね~・・・」

 

 根津がわざとらしい口調ではぐらかそうとして、小梅も自分がどうしてここにいるのか、気づかれてしまったと気付いた。

 そして根津たちは、自分と織部を気遣ってわざと別行動をとろうとしているのだ。その気遣いに感謝し、多くは言わないで根津たちと別れようとするが。

 

「・・・ああ、聞き覚えのある声がしたと思ったら、赤星たちもいたのか」

 

 黒森峰戦車隊の者ならば、忘れるはずの無い、聞き間違うはずの無い声。

 そして反射的に全員気を付けの姿勢をとってその声の主へと振り返る。

その人物はやはり、西住まほその人だった。そして後ろに控えるように、エリカもいた。

 

 

 

「そう言う事ね・・・」

「はい・・・・・・・・・」

 

 織部はプールサイドに立って、ビーチボールで遊んでいる根津たちを眺めながらどうしてこうなったのかを小梅の口から聞いた。

 確かに、貴重な休日に、期末試験の後で息詰まっていた学生たちが息抜きのために、寄港地のこのような大型施設に来る事は何らおかしくはない。

 だから今のように小梅と織部が、根津やまほたちと鉢合わせる事だって十分にあり得る話だった。その可能性を考えていなかった織部たちが迂闊だったという事だ。

 

「すみません・・・・・・・・・」

 

 だがそれは小梅が謝る理由にはならない。

 織部はすぐに小梅をフォローする。

 

「小梅さんは何も悪くないよ。こういう時もあるって事にしよう」

「・・・・・・そう、ですね」

 

 小梅も織部の言葉で落ち込みからは脱したらしい。

 

「・・・・・・それで、ですね。春貴さん」

「・・・・・・何?」

 

 改まって小梅が織部に話しかける。そこで、もじもじと何かを躊躇う様子を見て、織部も小梅が何を言いたいのか、おおよその想像がついた。

 

「・・・・・・水着、変じゃないですか?」

 

 織部の目の前に映る小梅は、濃い目のピンクに白のドット柄の、白いリボンとフリルのホルタービキニに身を包んでいる。先ほどは、小梅以外に人がいたのを見てあまり注目してなかったが、今こうして改まって聞かれると目視せざるを得ない。

 

「・・・・・・」

 

 よく、男性は女性の裸あるいは裸に近い恰好を見ると興奮のあまり鼻血を出すというが、あれは興奮による過度な血圧の上昇によるものだと医学的に理論づけられたが、実際そうなるケースは稀、というか全くないらしい。

 そして今の織部だが、普段よりもはるかに肌を露出させている小梅を見て・・・正直興奮はしている。うっかりすると『おぉ・・・』と声を洩らしてしまいそうだ。しかし、血圧が上昇して鼻血を出すという事態にはならない。

 自分の胸に手を当てながら、縋るような目で織部を見る小梅。

 織部からすれば、スラリと伸びる手足も、そこそこ大きく形の良い胸も、戦車道の成果なのか引き締まったお腹も、全てが魅力的で煽情的だ。

 けれどそれを悟られたくはないので、頭の中でパンツァー・リートを大音量で鳴らしまくって、湧き上がる欲望や興奮を冷ましにかかる。

 落ち着いたところで改めて小梅の水着を見るが、織部からすれば変なところなんて1つも無い。だからその問いに対する答えは決まっている。

 

「・・・変じゃないよ。すごく似合ってる。可愛い」

 

 素直に答えると、小梅は嬉しそうに笑って、顔を少し赤くした。

 

「ありがとうございます・・・よかった・・・」

 

 安堵するように息を吐く小梅。

 そこへ、1人の人物がこちらへスイーッと泳いでくるのに織部と小梅は気付いた。その人物は、織部たちの傍まで来ると水面から顔を上げて織部たちを見上げた。

 

「どうした、2人は入らないのか?」

 

 黒のクロスホルタービキニを着たまほだ。先ほど、最初にここで会って見た時は驚きのあまり何も思わなかったのだが、まほは十分に魅力的なプロポーションをしている。かつて三河から、まほは学校内外男女を問わず皆の人気者だと言っていたが、確かに容姿端麗、文武両道、謹厳実直と、男と女どちらも惹きつけるような要素を兼ね添えている。

 とはいえ、織部はもう一筋だとはっきりと言えるぐらいには小梅の事を好きでいるので、小梅以外の女性の身体に興味は全くと言っていいほど無い。

 

「そろそろ入ろうと思ってました」

 

 立ったままだとまほを見下すような感じになってしまうので、しゃがみ込んでできる限りまほに目の高さを合わせようとする。

 

「今、皆でビーチボールで遊ぼうとしていたところなんだ。一緒にどうだ?」

 

 まほが親指で後ろを指差す。その先には、ビーチボールを持って何かを話しているエリカと、そのエリカの話を真剣そうに聞いている根津たち4人。一体何をしているのだろう?

 ともあれ、織部は元々ここには小梅とのデートで来たのだし、本音を言わせてもらえば『小梅と2人きりになりたい』と正直に思う。だが、まほから誘われた以上断るわけにもいかないので、大人しくついていく事にした。

 

「そうですね・・・。そうします」

「良いですね」

 

 小梅も同じ考えらしく、織部と共に頷くと、まほは納得したように皆の場所へと泳いで戻っていった。

 そんなわけで、織部はパーカーを脱いでプールサイドに畳んで置いておく。流石にこれを着たまま泳ぐのは難しい。

すると小梅が、なぜかキラキラした目で織部の事を見ているのに気づく。

 

「・・・え、どうかしたの?」

 

 当然の疑問をぶつけると、小梅がポツリと呟いた。

 

「・・・細い」

 

 言われて織部も、そう言う事かと納得する。確かに、本来の織部がいる高校では、体育の着替えの最中にクラスの男子からは『細っ!』と何度も言われてきたし、女子からも『羨ましいぐらい腕細い』とまで言われる事もあった。

 織部としては細すぎて不健康な感じがするし、もっと筋肉をつけていきたいのだがどうも上手く行ってない。

 ともかく織部はパーカーを脱いで軽くストレッチをすると水に入る。そして小梅も同じように準備運動をして水に入ろうとするが、そこで織部は1つ気になった。

 

「小梅さん、水とか大丈夫?怖くない?」

 

 それは、去年の決勝戦でのことを思っての事だ。あれが原因で水に対して恐怖を抱く事だってあり得る。でもそれは杞憂に過ぎなかったようで、小梅は笑って首を横に振りながら水に入った。

 

「大丈夫です、心配してくれてありがとう」

 

 そして2人はまほやエリカ、根津たちと合流し、早速ボール遊びに混ざろうかと思ったのだが、直下が織部を見るなりこちらに近づいてきて、腕をグイッとつかんだ。

 

「え、な、何?」

「私よりも細い!」

 

 直下が驚愕したかのように叫ぶ。何かと思えば、腕の細さに驚いたのか。そして直下は、織部の腕を触って『ほうほう』と呟く。

 

「確かに織部細いな。肉食べた方がいいぞ」

「羨ましいな・・・」

 

 根津と斑田が好き勝手なことを言ってくる。織部自身、自分の身体が細い事は気にしているし、肉を食べたりしているのに一向に身体に還元されない。ストレスで胃を痛める事が多いからだろうか。

 そして織部の背中に悪寒が走る。確か、今織部の後ろには小梅がいたはずだ。そしてちらっと振り返ってみれば、いっそ恐ろしさすら感じるほどの優しい笑顔を浮かべた小梅がいた。

 間違いなく怒ってる。なぜか?それは織部が直下に身体(腕)を触らせているからだ。

 嫉妬しているに違いない。嫉妬してくれるほど好いていてくれるのは嬉しい事なのだが、今の状況は織部の望んだことではないから織部自身に非はない、と思ってる。

 そこで、小梅の様子に気付いた三河が『あー』と声を直下にかける。

 

「直下、その辺にした方がいいよ。織部君困ってるし」

「え?ああごめんね、急に触ったりして」

「いや、別に大丈夫だけど・・・・・・・・・」

 

 気を取り直して、織部と小梅が合流し、まほとエリカ、根津と斑田、三河と直下と共にビーチボールで遊ぶ。

 織部と小梅もそうだが、根津たちだって休日と言うプライベートの時間をまほやエリカと過ごすというのは初めてだろうし、何より普段戦車隊では隊長・副隊長と部下と言う立ち位置なのだから一緒に遊ぶ事など無理とまではいわずとも難しかっただろう。

 それでも、今織部の目の前では普通に一緒になって遊んでいる。多少のぎこちなさや遠慮のようなものはあるものの、表情が硬くて普段の戦車隊の雰囲気と同じということはない。言うなれば、特に気兼ねなく付き合える普通の先輩後輩といった感じだ。

 そしてプールで皆と遊んでいるとなれば、嫌でも皆の水着が視界に入る。

 先ほど会った時にも見たが、根津は黒と青の競泳水着。飾らないデザインだけれど、根津に似合っている。

 斑田は、後ろで結ぶタイプの緑のバンドゥビキニ。フリルやフリンジ、ズレ防止の紐も無い、シンプルでありながらも少し攻めたデザインの水着を選ぶとは、意外なことだ。

 三河は、濃い紫のIバックワンピースの水着。遠めに見るとスクール水着に見えなくも無いのだが、それを口に出すとろくな目に合わないのは確実なので言わないでおく。

 直下は、黄色いチューブトップの水着。こちらも斑田と同じく飾り気のないシンプルなものだったが、普通に似合っている。

 そしてエリカは、黒に近い紫の三角ビキニ。この前見た私服は清楚系だったのだが、打って変わって大人っぽい水着だ。

 

「皆水着とか持ってたんだ。意外」

 

 飛んできたビーチボールをトスして斑田に渡しながらぽろっと呟く。黒森峰にプールの授業はないし、そもそも授業があってもこのような水着はNGだろう。黒森峰のトレーニング施設にはプールがあるが遊ぶためではないし、不可解だ。

 

「いやぁ、乙女の嗜みだよこれは」

「そう言うものなの?」

 

 三河が斑田からのボールを打ち返して直下に渡すと、得意げに人差し指を立ててドヤ顔で語る。その理屈だと、エリカやまほのような戦車道の世界に生きる真面目な2人まであのような水着を用意していたのもまた驚きだ。だが、確かここに入場する前に水着ショップがあったのでそこで買ったのかもしれない。

 しかして、この前の白系で纏めていたエリカのイメージが強くて、逆に暗い色の水着を着たエリカが変に見える。プライベートのエリカを知らない人からすれば“イメージ通り”なのかもしれないが、織部からすればアンバランスに見えてしまった。

 と、そこでエリカの強烈なスパイクが織部の顔面に直撃して後ろにのけぞり、背中から水に沈む。先ほどまでトスだったのに突然スパイクとは、しかも顔面とは。

 

「何すんの逸見さん・・・」

「・・・何か失礼なことを考えてるような気がして」

「冤罪だ」

 

 体勢を立て直して誰にボールを渡そうか織部が考えてると、三河が口元抑えて笑っているのが見えた。どうやら織部が顔でスパイクを受けたのが面白かったらしい。

 そんな三河にお返しとばかりに、織部は三河にボールを渡した。トスではなく、普通に投げて。

 そこからなし崩し的にバレーからドッジボールへと変わって、身体が水に浸かっていて動きが鈍るはずなのにまほの投げた剛速球が根津にヒットして根津を唸らせたり、その次に皆でウォータースライダーを滑った後で三河のメガネが行方不明になって皆で探したり、一休みの際にかき氷を食べた直下が頭痛に苛まれたり。

 だが、悪い思い出ではない。どれも可笑しくて、最後にはみんなで笑い合うことができた。どれも楽しい思い出、良い思い出として蓄積することができる。

 織部がいじめから立ち直れず、小梅も過去に囚われて落ち込んでいれば、これらの思い出は全て悪い事と認識して楽しむ事などできなかっただろう。

 だが、織部は戦車道に巡り会って立ち直ることができ、そして黒森峰で戦車道をさらに詳しく学んで、小梅という恋人もできて、幸せな気持ちでいられる。小梅も、織部が小梅自身の過去や信念を否定せずに認め、そして寄り添いこの先ずっと共にいると言ってくれたから希望を持つことができるようになった。

 だから今、2人はとても楽しかった。そしてそれは2人だけではなく、今この場で遊ぶ根津たちも同じのようで、誰もが生き生きとした顔をしている。あまり表情を面に出さないまほでさえ、僅かに笑っていて楽しそうだ。

 小梅と2人きりでのデートを最初は望んていたが、こうして皆で楽しく遊ぶのも悪くはない。

 だからもう、織部は落胆したりはしていなかった。そして小梅はどう思っているのか、それは小梅もまた笑って遊んでいるのを見て聞くまでもない事かと、織部は思った。

 

 

 昼近くになり、織部たちは全員水から上がって昼食にする事にした。と言っても、店に入って食べるのではなく、屋台が出ているのでそこで適当に食べる事にした。代表して、織部と根津が焼きそばやたこ焼きなど、フライドポテトなどの軽食を買う。手首のICタグで買い、帰る際に代金を精算するシステムだ。後で割り勘にしようと根津たちは満場一致で決め、織部も大人しくそれに従った。

 そして織部たちは、プラスチックのガーデンテーブルと椅子が置かれている休憩スペースへと移動し、そこで昼食にした。ただ、エリカとまほだけはここだけ別行動となり、別の場所で食べている。なんでも、エリカがまほのために好物のカレーを作ってきたらしく、2人で昼食にするらしい。

 遊び疲れたのか、それぞれは大きく息を吐く。

 

「えーと、なんかごめんね?織部君、赤星さん」

「?」

 

 焼きそばを一口食べた斑田が突然謝ってきて、織部は小首をかしげる。

 

「デート、邪魔しちゃって」

 

 たこ焼きを食べていた小梅の手が止まる。織部が箸で挟んでいた焼きそばがプラスチックの器に落ちる。

 

「あれ、2人でデートじゃなかったの?」

 

 根津が飲んでいたコーラをテーブルに置いて違うのかとばかりに目で問うが、それは実際当たっているので否定はしない。

 

「・・・そうだったんだけどね」

「でも、皆さんと遊ぶのも楽しいですよ」

 

 小梅が言ったのは紛れもない本心だろうし、織部も同じ気持ちだから同調して頷く。2人が本当にそう思っているというのが顔で分かったのか、斑田たちも深入りはせずに食事を再開する。

 そこで織部は、気になった事があった。

 

「西住隊長や逸見さんと普通に遊んでたけど・・・意外と皆抵抗はないんだね」

 

 普通なら、隊長クラスの人とプライベートを過ごし、あまつさえ水着で遊ぶというのは気まずいし、遠慮しがちなものだろう。それに皆の反応からして、まほたちとは事前に約束をしていたというわけではないのも分かる。

 だが、この4人は順応して、戦車隊の隊長と隊員という枠組みを超えたように隔たりなく共に遊んでいた。

 

「さっきエリカさんから言われたんだ。隊長は、皆と“横のつながり”を作っていきたい、もっとみんなと打ち解けたいんだって」

「だから積極的に、私たちに声をかけて遊びに誘ったんだって。本当は隊長とエリカさんの2人で来たらしいんだけど」

 

 根津と直下が説明する。さっきまほが織部と小梅を遊びに誘った際に、エリカが根津たちと話をしていたのが見えたがそう言う事か。

 

「信頼関係を作って戦車隊をまた違った方向で強くしたくて、西住隊長はそうしているんだってことも聞いたよ」

「そう言う事なら協力するのはやぶさかじゃないし、まあ西住隊長とも少し仲良くなりたいかなー、って思ったり」

 

 斑田が小さく笑い、三河も少し気恥ずかしそうに笑って告げる。確かに、自分の所属するチームを率いるトップが怖いと、力や実績があれば信頼はされるだろうが、トップとメンバーの信頼関係が築けているとは言えない。まほも恐らく、上下関係を大切にし過ぎている黒森峰戦車隊の風潮を改善するために、こうして隊員たちと接し、信頼関係を気付いていこうとしているのだ。

 それを根津たちはエリカから聞いて知り、そして彼女たちもまた本心では、まほやエリカと打ち解ける事を望んでいた。お互いに根っこのところで相手と打ち解けたいと思っていたからこそ、先ほどのように一緒に遊ぶことができるのだ。

 その事実に気付いて、織部と小梅は小さく笑った。そしてまた、皆と一緒に食事を再開する。

 少しすると織部の隣に座る三河が、小さくため息をついた。

 

「どうかしたの?」

「いや・・・・・・ね」

 

 そこで三河が、自分の胸に手をやり、たこ焼きを食べる小梅と、フライドポテトを美味しそうに頬張る直下の事を見る。具体的には首の下あたりを。

 織部もそれで察しがついた。

 普段は制服やタンクジャケットで分からなかったが、意外にもその2人は着やせするタイプのようで、胸が存外大きい。それは根津と斑田も思うところがあるようで、何か舌打ち的な音が聞こえたのは空耳だろう(2人も十分標準サイズなのだが)。

 当の小梅と直下は困惑した様子で三河の事を見ているが、その自覚のない様子がなおの事三河は悔しかったらしく、苦悶の表情を浮かべている。

 

「あー、そうだ織部」

「何?」

「三河見てて思ったんだけどさ」

「?」

 

 根津が焼きそばの器をテーブルに置き、織部の方に身を乗り出す。

 

「男的に、胸が大きい方が好きなの?」

 

 ところが、その話題はあまりにも唐突で、男の織部を一瞬で窮地に追いやるほどのインパクトがあり、なおかつ他の女性陣のデリケートな面に触れる質問だ。事実、今このテーブルに座る根津と織部を除いた者全員が織部の方へと視線を突き刺すように向けている。ついでに言えば、三河だけは『私を見てってどういうことだよ』と邪念を根津に送りつつも視線は織部に向けている。

 根津は、黒森峰が女子校で、周りに歳の近い男がいないから、同い年の織部がいる今という状況で、先ほどのような男についての純粋な疑問をぶつけることができるのだろう。それに先ほど、打ち解けたいという言葉が出てきて気が緩んだからかもしれない。

 そして根津は、割と大雑把な性格をしている。たまにスカートで胡坐をかいてる事があるので、女の子としてそれはどうなんだろうと織部は度々思っていた。

 さて、先ほどの根津の質問に対する織部の答えは。

 

「あー・・・結構意見が分かれるね。僕の元居た学校でも、たまにそう言う話題はあったけど意見は割れてた」

 

 織部は、休み時間に織部の元居た高校のクラスの男子が『胸は大きいのと小さい、のどっちがいいか』という答えの無い議論で盛り上がっていたのを思い出す。そしてクラスの女子が白けた目でその議論していた男子どもを見ていたのも同時に思い出す。

 

「へぇ~、織部君って進学校から来たって聞いたけど、結構のんびりしてるんだ?」

 

 織部の言葉に食いついたのは斑田。どうやら、勤勉で真面目な黒森峰同様進学校はお堅いイメージがあるらしい。

 

「そうだねぇ。競争意識も少なくはないけど、意外と休み時間とか昼ごはんの時とかはのんべんだらりとしている人も多いし、周りの人を敵対視するって考えもそんなに無かったよ」

「ほぉ~」

 

 根津も頷く。自分の中に根付いていた進学校のイメージが少し変わったようだ。

 

「部活とか文化祭もあったし・・・まあ、勉強漬けの学校生活の息抜きってニュアンスだったけどね」

 

 織部が苦笑気味に言うと、一同は乾いた笑いを浮かべる。

 けれども織部の話は、根津の問にきちんと答えたというわけではなくて。

 

「で、織部君はどっち派なの?大きいのか、小さいのか」

 

 三河が本気で気になっているようで聞いてくる。上手い事はぐらかしたつもりだったが駄目だったようで、つくづく自分は恵まれないと思う。

 正直に答えるわけにもいかないので、織部は仕方なく答える事にした。

 

「ノーコメントで」

 

 

 

 昼食が終わって、流れるプールで遊ぼうと直下が提案し、皆もそれに同意して早速向かおうとするが、そこで織部と小梅はエリカに呼び止められた。

 少し聞かれにくい話があるそうで、皆とは少し離れた場所に行く。そして、あまり人目につかないところで。

 

「なんか・・・ごめんなさいね?今日は2人の邪魔したみたいで」

 

 ああ、その事かと織部と小梅は思った。それに関しては、根津たちからも謝られているのと、既に織部たち2人もこの状況を楽しんでいるので別に問題はないと告げる。そして、まほがどうして皆と遊ぼうと誘ったのかも聞いた事も教える。

 

「隊長、ちょっと鈍感なところがあって・・・。あんたたちが付き合ってるのにも気づいてないっぽいのよ。特別なつながりがあるって事には気づいているけど、付き合ってるとまでは思ってないみたい」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 それは、幸いと言うべきか、そうでないのか。分からないが、まほも悪意があって皆と遊ぼうと提案したわけではないのは百も承知。責める気などさらさらない。

 それにしてもあの西住まほが鈍感とは、意外と面白い一面を持っているものだ。

 

「でも、隊長は本当に黒森峰の戦車隊を強くしたいと思っている。だから、私を昼食に誘ってプライベートな話をいろいろして、誕生日まで教えてくれて、こうして皆と遊びたいって提案して・・・信頼関係を築きたいと思ってるの。それは分かってほしい」

「・・・・・・それは、もちろん」

 

 必死さや、まほの事を本気で案じているかのようなエリカの言葉に嘘や偽りはないのだろう。だから、織部も小梅も素直に頷く。

 みほの戦いを見て、実際にみほと戦い、まほは考えを改め、戦車道の本当の強さとは何なのかを見直した。そして、その答えは皆の協力や信頼関係、さらには分け隔てない繋がりだと、まほは見つけた。

 それを根津たちやエリカから聞いて、織部と小梅は『やはりまほは変わったのだ』と、改めて思った。

 エリカの話はどうやら、織部たちへの謝罪とまほの考えを伝えるだけだったようなので、織部たちはまほたちと合流しようとする。流れるプールで遊ぶと言っていたのだが、どのあたりにいるのかは分からないので、流れていれば会えるだろうと思い、プールへ入ろうとしたのだが。

 

「隊長・・・?」

 

 意外にも、すぐそこ―――流れるプールの外側に皆はいた。だが、なぜかまほと三河が斑田を囲むようにしているし、その斑田は顔を真っ赤にして俯いている。そして一緒にいたはずの直下と根津の姿が見えない。

 何かトラブルでもあったのだろうか。織部は心配になって斑田たちに近づこうとした。

 

「何かあったの?」

 

 その声で、織部が近くにいると気付いたまほと三河、そして斑田。織部の姿を視認するとまず第一声は。

 

「待って!今近づかないで!」

 

 斑田が叫ぶ。突然拒絶された事に織部は動揺するが、逆に本当に何が起きたのかが気になってやまない。

 すると今度はまほが。

 

「来るな!」

 

 割と真剣な、それでいて必死な、戦車道の試合中と多分変わらないようなトーンと顔で告げられて流石に織部もたじろぐ。

 だが、織部より少し前を歩くエリカは、斑田の様子と声、そしてまほの必死さから、何が起きたのかに気付いた。

 織部は斑田に近づきすぎている。このままいけば、恐らくは“見えてしまう”。

 ではどうするべきか。

 コンマ5秒ぐらいでそこまで考えたエリカは足をいったん止める。

 織部はすぐ目の前を歩くエリカが急に立ち止まったのを不審に思ったが、すぐにエリカがこちらを振り返り、次の瞬間脳を貫くほどの激痛が両目に走る。

 そこで織部は、目つぶしを喰らったのだとようやく気付いた。

 声にならない声を上げてのたうち回る織部。目つぶしをされた事など生れてこの方一度もない。ものすごい痛みだ。

 

「目が・・・目がぁ・・・」

「ごめん、本当にごめん!」

 

 有名なアニメ映画のようなセリフを吐く中でエリカが謝るのが聞こえてくるが、視界を潰されてどうする事もできない織部。両目を抑えながらどうすればいいのか分からなかったが、誰かに右腕を握られる。

 

「ちょっと、場所を移動しましょう!」

 

 その声から、織部の腕を握るのは小梅だと分かる。そして織部は、激痛に目を固く瞑り、左手で目を抑え、小梅に右手を引かれて歩き始める。

 その後ろから、直下の『見つけたよ!』とか根津の『早く着けろ!変なことになる前に!』などと声が聞こえてきたが、何がどうなってるのか全く分からない。

 そしてその織部の耳に、三河の『もう十分変なことになったけどね・・・』というぼやきは聞こえなかった。

 

 

 やがて小梅は、人工芝が敷かれた休憩スペースへとやってきた。昼時であればレジャーシートを広げて弁当に興じる客もいるだろうが、その時間帯を過ぎた今は人気はあまりない。

 とりあえず小梅は、未だ目の激痛に苛まれている織部を芝生に仰向けに寝かせ、予め持ってきていたタオルを水道水で濡らす。

 そして織部の傍で正座し、織部の頭を持ち上げて自分の腿の上に乗せる。さらに、目を抑える織部の手を優しくどけて、目の上に冷たいタオルを置く。

 織部の目に心地良く冷たさが伝わり、痛みが和らいでくる。そこでようやく、激痛から解放された織部は改めて今の状況を確認する。

 今、織部はタオルと目を閉じているゆえに視界が断たれている。目を開けようとすれば途端に激痛が走るからだ。だから織部は視覚以外の感覚で状況を捉えるしかない。

 織部は今、わずかな時間だけ仰向けに寝ていた芝生とは違う感触が頭に伝わっている。少し温かく、やわらかい。

 それだけで織部は、今自分は小梅の膝の上で寝ているのだと気付く。

 だったらなおの事、目を開けられない。タオルを払えない。今目を開ければ、水着のせいで布面積が狭く逆に肌が多く露出している小梅を超至近距離で見る事になってしまう。織部の本心としては嬉しいのだが、平静を保ってられるかは分からないし、多分無理だと思う。

 タオルで覆われていても、目を固く瞑って意地でも目を開かないようにする。

 

「斑田さん・・・多分、プールで水着が流されちゃったんだと思います」

「ああ、そう言う事ね・・・・・・」

 

 やはり、ズレ防止の紐がない攻めた水着の辺りで一抹の不安がよぎっていたのだが、こうなってしまったか。

 それなら、斑田の様子も、まほの必死さも、エリカが目つぶしで視界を閉ざしたのも分かる。恐らく男の織部がいなければエリカも目つぶしまではしなかっただろう。

 ともあれ、一連の流れに納得できたので織部も一先ず安心する。何も理由が分からずに激痛にのたうち回るのは、ものすごい損だからだ。

 

「目、痛みますか?」

「うん・・・まだちょっとズキズキする。少しの間は、開けられそうにない」

 

 気遣う小梅を安心させるように、痛みを感じさせないような口調で織部は症状を説明する。

 

「せっかくの休日で遊びに来たのに・・・災難でしたね・・・」

「まあ、こんなアクシデントもあるって事かな」

 

 苦笑する織部だが、小梅はその織部の様子が不思議に思えてならない。

 いくら斑田の姿を見られないためとはいえ、目つぶしなど喰らえば多少なりとも憤るだろうに、織部は怒る様子も見せない。

 思い返してみれば、織部が怒っているところなど見たことがなかった。覚えている限りでは、小梅が初めて織部に全てを話した際に、小梅が学校からいわれのない批判を浴びたという事を聞いて、顔に怒りを見せていた。それ以来織部は、憤りを見せる事も無い。

 

「春貴さんって・・・」

「ん?」

「・・・・・・あまり怒りませんね」

 

 それは織部も思うところがあったようで、織部も『あー、そうだねぇ』とつぶやいた。少し考えこむと、口を開いた。

 

「真面目だからっていう理不尽な理由でいじめられていたからかなぁ。ちょっとやそっとじゃ怒らなくなったような気がする」

「・・・・・・・・・・・・」

「さっきの逸見さんの目つぶしも、斑田さんを守るための事だし、逸見さんも謝ってきたから別に怒っちゃいないよ」

 

 先ほどのエリカの目つぶしも、斑田のあられもない姿を織部に見られないためという、それなりの理由があったから織部も憤りはしなかった。そして、視界が断たれた織部の耳にはしっかりとエリカの謝罪の声は聞こえていたので、怒りも湧きはしない。

 普通目つぶしなんてされたら怒るだろうに。小梅は織部の事を心の強く、そして何よりも心の広い人だと心底思う。

 少しの間、織部は冷たいタオルで目を休め、痛みを引かせる。その最中で、小梅は織部の髪を優しく撫でてくれていた。少しでも痛みが引くようにと願っての事なのか、それともただそうしたかっただけなのか。それは分からない。

 けれども、タオルの冷たさと撫でられる心地良さで、いつしか痛みも無くなっていた。

 やがて、タオルの下で目を開いても痛みが無くなったので、小梅に話しかけた。

 

「小梅さん、ありがとう。もう大丈夫」

「そうですか?よかった・・・」

 

 織部は起き上がり、タオルを小梅に渡す。小梅はそれを受け取り、持っていた小さな防水バッグに入れる。

 

「そろそろ、戻ろうか」

「そうですね」

 

 そう言って小梅も立ち上がろうとするが、少し長い間正座をしていた上に織部を膝枕していたせいで、足が痺れてしまっていた。おかげで上手く立ち上がることができず、力も入らない。

 見かねた織部が、右手を差し出して小梅が立てるように手助けする。

 小梅は手を借りて何とか立ち上がったが、それでも足の痺れは収まらず、むしろ立ち上がった事で否が応でも痺れを全身で感じ、足元がふらついてしまう。

 小梅は思わず、織部の右腕に抱き付いたが、それは織部からすれば非常にマズい事だった。

 重ねて言うが、小梅は今水着で肌の露出度が極めて高い。おまけに今、織部の右腕に小梅は抱き付いている。そして織部は小梅の事を見ていたのだから、今まさに自分の腕に小梅が抱き付いている様子が目に映っている。

 つまり、制服や私服の時は全く気にしていなかったのだが、意外にも大きめな小梅の胸が、織部の腕に当たっている。服越しではあまり感じられなかった未知なる柔らかい感触と、織部と小梅の肌が触れ合っていること、さらに小梅の胸の鼓動が腕を通して伝わってくるのを感じ、織部の脳がショートしそうになる。

 そしてそれは小梅とて同じ。今や小梅の顔はさくらんぼのように赤し、瞳も恥ずかしさでぐらぐら揺れている。だが、ずっとこのままの体勢でいると取り返しのつかないような事態になりかねないので、痺れる足を無理やりにでも奮い立たせようとする。

 けれど織部が先に提案した。

 

「し、痺れが治るまでちょっと休もうよ。そんなに焦らなくていいと思う」

「そ、そうですね・・・・・・・・・」

 

 そこでやっと、小梅は織部の腕を離して、人工芝に座る。小梅は横座りで足に負担をかけないようにし、織部はその横に胡坐で座る。

 織部が座ると。

 

「あの、春貴さんは・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・?」

 

 小梅が織部に話しかけてきた。先ほどまで恥ずかしい事になっていたのに恥ずかしさや気まずさを振り払って話しかけてくるとは、随分と立ち直るのが早いと織部は思った。自分なんてまだ恥ずかしいというのに。

 だが、小梅が立ち直っているのなら、織部もいつまでも恥ずかしさに悶えていないでそれに合わせるべきだと考え、小さく息を吐いて肩を上下させ、気持ちを整える。

 そして小梅は。

 

「大きい方が好きですかっ?」

 

 ものすごい動揺していた。見れば、小梅の顔はまだ赤く瞳も揺れている。思いっきり動揺していると、顔に書いてあった。

 何を血迷ったのかと思ったが、先ほど織部の腕と小梅の胸が接触していたのは紛れもない事実で消せない過去だ。それで、昼の根津の質問をふと思い出してしまったのか、さらに悪魔が囁いたのかもしれない。

 そしてその質問、織部はその時は正直に答えるのも気まずかったから『ノーコメント』と返した。

 だが今、同じ答えは2度と通用しないと織部の勘が叫んでいる。ここは正直に答えるべきだと、織部の理性は判断している。

 

「あー、えっとね・・・・・・・・・」

 

 正直な話、織部の『好み』については誰にも打ち明けた事のない事だ。家族は当然、学校の知り合いや友人などにも話していない。昼食で思い出した、織部の元居た高校のクラスメイトの男子にだって話してはいない。

 やはり織部は根が真面目だから、否定されたり非難されるのが恐ろしくて、そう言った個人の嗜好を開けっ広げにする事無くただ自分の心の中にとどめていたのだった。それが今、崩されようとしている。

 だが、素直に答えた方が身のためだと思った織部は、打ち明けるしかなかった。

 

「・・・・・・特にこだわりはないよ。大きくても小さくても、別に気にしない」

「・・・・・・本当ですか?」

「本当だよ」

 

 よく、身体から始まる恋愛と言うものを聞くが、織部はそのような恋愛に関しては否定的だ。

 確かにそれも一つの手段ではある。だが、一時の感情に任せたり場の雰囲気に流されたりして関係を持っても、相手の本質、腹の底の底はその時は分からない。

 人に限らずあらゆるものの本質は、それに向き合っている時間が長くなれば長くなるほど明瞭となっていく。織部と小梅がそうであったように。

 身体の付き合いだって、何度か付き合いを重ねるたびに相手の良い本質が見えてきてさらに惹かれる、というパターンもあるだろう。だが、逆に相手の本質をしって失望あるいは幻滅し、関係が途絶えるという可能性だって十分にあり得る事だ。その失敗を人生の経験と処理するか、一生モノのトラウマとみなすかは人それぞれだが、織部は絶対後者のパターンになるという自信がある。

 それが怖いから、織部は別段スタイルや容姿にこだわりはない。

 むしろこだわるのは内面、性格の方だ。どれだけ美人でも性格が悪ければ付き合いたいとは思えないし、逆に多少見てくれに難があっても優しい性格をしていればそれでいいと、織部は思っている。

 だから正直言って、織部にとって胸の大小などは些末なことだ。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 小梅はその織部の考えを聞いて、ぽかんとした表情になる。

 何を女の子にダラダラと語っているんだと織部は今更になって自虐気味になるが、そこで織部の右の指先が優しく握られる。

 何の意図があっての事なのかは分からないが、小梅を見ると少し呆れたような困ったような笑顔を浮かべている。

 なんでそんな顔をしているのか気になったが、そんなの、胸の好みについて語ったからに決まってる。こんなこと急に話されて、女の子が困惑しないはずがない。

 また一つ、自分の価値を自分で下げてしまった事に織部は気付いて、自分の情けなさに涙しそうになる。

 その横で、小梅は小さく息を吐いた。だが、それは呆れや侮蔑を孕んだものではなく、逆に安心感を表すかのようなものだ。

 

「・・・・・・良かったです」

「良かった?」

 

 何をどう解釈すれば“よかった”なんてことが言えるのか織部にはさっぱり分からない。だが、小梅は恥ずかしさと安心が入り混じったように頬を赤くして、織部の事を見ていた。

 

「春貴さんが・・・・・・大きい人は嫌いなのかなって心配で・・・・・・」

 

 大きいという自覚はあるのか、と織部は思ったがそれは置いておく。

だが、小梅の心配事は杞憂に過ぎない。

 

「・・・・・・胸が大きくても小さくても、僕は小梅さんが好きだよ。嫌いなんてことはない」

 

 今の自分のテンションがおかしいという自覚はある。見慣れない水着姿に浮かれてしまっているのだろうか。だから発言が多少踏み込み過ぎてぶっ飛んでしまっているのかもしれない。

 一旦冷静になろうと深呼吸をする。今日の自分は変だ。

 

「・・・・・・ありがとう、ございます」

 

 小梅の恥ずかしそうなお礼の言葉も、織部を好いているから当然と言える。

 

 

 少しして、小梅の脚の痺れが引いてから、2人はまほたちと合流した。エリカが目つぶしのお詫びと織部にジュースを一本奢ってくれたのと、斑田がしばらくの間織部と目を合わせようとしなかったこと以外、問題はなかった(ちなみに水着が脱げてしまった斑田の姿を織部は見ていない)。

 その後は気を取り直して、貸し出されている水鉄砲で遊ぶことになった。イメージ通りというかなんというか、まほの命中率がほぼ百発百中を誇り、プロのスナイパーや暗殺者(アサシン)と言っても過言ではないぐらい正確だった。

 他の客の迷惑にならない程度に水鉄砲で戦い、それが意外にも面白すぎて、楽しすぎて、気づけば17時に近づいてきていた。

 目一杯楽しみ、疲れも出てきたのでそろそろ上がろうという事になり、織部と女子陣がそれぞれ更衣室に引き上げていく。だがその前に、織部は小梅と少し話をする事にした。

 小梅以外の女子陣が全員更衣室に戻ったが、更衣室の前で、ただし邪魔にならない場所で2人は向き合う。

 

「今日はその・・・・・・色々とゴメン」

 

 織部が謝るべき箇所は多くある。変な話をしたり、小梅と密着したりと、色々と際どい事が幾度となく起きた。全てに織部の落ち度があるというわけではないが、一応は謝っておかなければなるまい。

 だが、小梅は首を横に振る。

 

「謝る事なんてないですよ・・・私たち2人で遊べなかったのは少し残念ですが、それでも皆さんと遊べてよかったです」

 

 それは確かに言えてる。こうして戦車隊の皆と遊んだことで、距離がまた近くなれたような気がしたし、まほの言っていた隔たりを無くし、横のつながりを作るという事もできたと思う。最後の方の水鉄砲合戦では皆普通にまほやエリカを狙撃していたし、まほも別に怒る事無く真剣に撃ち合いを楽しんでいた。

 無駄な時間だった、とは微塵も思っていない。

 

「でも今度は、2人で遊びたいですね」

「・・・・・・そうだね」

 

 少しだけ、寂しそうにプールの方を振り返る小梅に、織部も同じようにプールを向く。

 織部と小梅が一緒にいられるのは後2カ月と少し。短くも長くもない時間が残されているのだが、それでも2人はできるだけ一緒にいたい。欲を言えば、2人だけの時間を過ごしていたかった。

 だから、今日のプールデートに根津やまほたちが合流したのは、別に悪い事ではなかったのだが少々残念だった。

 だからこそ、また“2人だけ”でこのような場所で遊ぶことを望み口にした。

 それは果たして、織部が黒森峰にいる間にできるのかどうかは、分からない。

 それでも、約束せずにはいられなかった。




シャクヤク
科・属名:ボタン科ボタン属
学名:Paeonia lactiflora
和名:芍薬
別名:貌佳草(カオヨグサ)、ピオニー
花言葉:恥じらい、謙遜、はにかみ

水着回やデート回を書いていると、
女性の服装の名称と言う現実ではほぼ使い道のない知識を得て、
複雑な気持ちに・・・。

この先の構成を立て直す必要ができてしまったので、
次回以降投下が少し遅れる可能性があります。
予めご了承ください。
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