春に芽吹く梅の花   作:プロッター

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もっとらぶらぶ作戦10巻のカバさんチーム高知上陸回に触発され、
高知に旅行していた結果投稿が遅れました。申し訳ございません。

今回は、劇場版のあるシーンを少し掘り下げた内容になっています。
しほさんメイン回で恋愛的要素は無いので、あしからず。


緋衣草(サルビア)

 戦車道西住流本家、つまり西住みほとまほの実家はとにかくデカいし広い。

 庭だけでも十分広いし、母屋の規模もそこらの家とはまるで違う。蔵や離れだっていくつもあり、少し離れた場所にある西住家が所有する戦車道演習場の規模も足したら、最早家というレベルではないぐらいの敷地面積を誇っているぐらいだ。

 しかし、広い分手入れが行き届いていない、と言うわけではない。庭はきちんと専属の庭師を雇って手入れしているし、頻繁に出入りする蔵は毎日とまでは言わないが割と高い頻度で掃除をしている。使わない蔵も、月に1度ぐらいは掃除をする。

 母屋、蔵を含めた建屋の掃除は住み込みの使用人及び家政婦が代行しており、常に建屋の中は清潔に保たれている。今はここを離れてしまったみほの部屋も、毎日欠かさず掃除されている。

 その普通ではない規模の西住家の一室に、西住流の家元・西住しほはいた。

 しほは、高校戦車道連盟の理事長を務めており、加えて最近になって日本戦車道プロリーグ設置委員会の委員長まで任命され、多忙に多忙を重ねる日々を過ごしていた。ある日は1日中書斎に籠りっきりで書類に目を通し、またある日は首都圏まで日本戦車道連盟本部や、戦車道プロリーグ推進を掲げている文部科学省まで赴き、会議に出席する事だってあった。

 さらに忘れてはならないが、しほは西住流の家元として、門下生を指導する立場にある。

 家元を襲名したのは全国大会が終わった後、7月に入ってからで、それまでは師範だった。家元になったから、門下生を指導するのは次代の師範の役目でもあるのだが、しほにとっては自分が自ら門下生を指導する立場の方が性に合う。だからしほは、今も直接門下生たちを指導していた。

 そんな東奔西走する日々を過ごすしほは今。

 

(・・・・・・どうしたものかしらね)

 

 ローテーブルの上に載せている便箋と万年筆、そして宛先が既に記されている封筒を前にして唸っていた。

 しほは大体、戦車道に関する書類を読む時、もしくは戦車道関係者への手紙を書く時は書斎を使う。書斎なら戦車道の記録やこれまでの書類が一通り保管されているので、何かを調べる際は書斎の方が効率がいい。しほの中では、書斎は戦車道に関する仕事をする際に使う部屋と定義づけている。

 だが、今しほがいるのは書斎ではなく私室だ。床は畳張りで、木製のローテーブルが1つ、壁には『公平無私』と力強く書かれた掛け軸、縁側と庭を隔てるのは障子と、純和風なイメージがある。娘二人の部屋はモダンな感じがするのだが、西住流は基本的に和風のイメージが強い。今しほがいる母屋も、全体的に日本の伝統的な木造建築物がベースになっている。

 では、私室で手紙を書くという事は、その相手は西住流とも、戦車道とも関係ない、プライベートな人物という事になる。

 だが、目の前にある便せんには、“拝啓”の文字はもちろん、何も書かれていないまっさらな状態だ。万年筆のキャップもはめたままで、準備をしたは良いが何を書けばいいのか分からない、といった様子だ。

 実際その通りで、これからある人物に宛てる手紙の書き出しがしほには分からなかった。

 書き出しにすら迷うような宛先とは、いったい誰なのか。

 その答えは、傍に置いてある封筒に記されていた。

 

(・・・・・・後回しにしなければよかった)

 

 その封筒には、『西住みほ様』と記されており、今みほが暮らしている学園艦の住所も書いてあった。

 

 

 しほが、みほに向けて手紙を書こうと思い立ったのは今日ではない。

 発端は1週間以上も前。夏休み後半に差し掛かって黒森峰戦車隊の練習が休みになり、まほが帰省した日の事だ。

 夕食の席でまほが、しほに『少し話をしたい』と切り出して、仕事の兼ね合いもあって20時半頃にしほはまほに客間に来るようにした。

『前進あるのみ』『紫電一閃』と書かれた掛け軸と、イギリスの戦車・Mk.Ⅳの水墨画が描かれた襖がシンボルのこの客間は、昨年の全国大会で“ミス”を犯したみほの事を叱責した場でもあり、また今年の全国大会準決勝前、しほがまほに『みほを勘当する』と告げた場でもある。西住流にとってこの部屋は、客間というよりも重大な話をする場という意味合いが強い。

 約束の時間の直前にまほは襖を開けて部屋に入り、既に待っていたしほの正面にテーブルを挟んで正座する。

 

「あなたから話とは、珍しい事ね」

「どうしても、お話ししたい事がございまして」

 

 交わされる言葉は、事情を知らない人から見れば親子の会話とは到底思えないだろう。2人は真剣な表情をしており、親が子に対しても、子が親に対しても敬語を使うケース事態稀だからだ。もっとまほが幼いころは砕けた口調で話していたものだったが、まほが成長して西住流の中では自分より立場が上だと認識してから、プライベートでも敬語を話すようになったのだ。時として成長は恐ろしいものだとしみじみ思う。

 

「何かしら?」

「・・・・・・みほの事についてです」

 

 まほの、ほんのわずかな躊躇いの直後に告げられたみほの名。それを聞いてしほの肩がピクッとわずかに跳ねる。それを見逃さないまほではない。

 

「みほの何を?」

 

 しほの口調は、変わっていないように思える。だが、相対するまほからすれば、しほの纏う空気が若干変わったのは肌で感じられ、その言葉にも何かの感情が上乗せされていると直感で思う。

 だが、もうここから戻る事はできない。自分の考えて、また不安に思う事を聞き、それからどうするのかを決める。

 

「・・・・・・全国大会でお母様は、みほを勘当するとおしゃっていましたが、その話はどうなったのかが気になりまして」

 

 みほ率いる大洗女子学園、全国大会2回戦のアンツィオ高校戦に勝利し、その功績が戦車道新聞に載っているのを見て、しほは今座っているこの客間で確かにまほにそう言った記憶がある。

 あの時は、確かにみほに対して憤りを感じていたし、西住流の恥をなお晒しているとも思っていた。

 では、今もそう考えているのかと言われると、そうではない。

 

「確かにあの時はそう言ったわ」

「・・・・・・」

「『もう戦車道を続けられない』と言ったにも拘らず大洗で戦車道を勝手に始め、西住を名乗りながらも違う戦いを見せて・・・」

「・・・・・・」

 

 しほの言葉は、一つの見方だ。師範と言う立場で客観的かつ現実的に見れば、みほの行いはそう見えてしまう。だからまほも反論はできず、ただ聞く事しかできなかった。

 

「そんなみほが、去年優勝したプラウダ、もしくは本来の西住流の戦い方をする黒森峰に負ければ、みほの戦い方も結局は間違っていたという事になる。そうなれば・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

「去年の全国大会での失態、勝手に戦車道を始めた事、間違った西住流の戦いを見せた事。これまでのツケを清算させる形で、あの子を勘当するつもりだったわ」

 

 そこでまほは『つもりだった』という過去形の言葉遣いに、疑問符を浮かべる。

 

「・・・・・・けれど、みほはプラウダに勝ち、さらにあなた達黒森峰にも勝利して、優勝をもぎ取った。それは、みほの戦い方が本来の西住流よりも強いという事を証明した」

「・・・・・・」

「・・・・・・私はそれを見て、みほの中には西住流を超えるほどの才能がある事を知った・・・。けれどその才能は、黒森峰では押さえつけられて表に出せず、ずっと腐らせてしまっていたとも同時に気付いた」

「・・・・・・」

 

 しほの言葉に、僅かながらにも嬉しさが含まれているのを、まほは敏感に感じ取った。その嬉しさは、西住流を率いる者としてなのか、それともみほの親だからなのか。それは分からないが、みほを認めているという事だけは分かる。

 

「・・・去年の全国大会と同じ、みほはまた勝ち負けを気にせず仲間を助けに行った。そして勝ったのだから、去年の行動も一概に全部間違っていた、とは言い切れなくなった」

「・・・・・・」

 

 要するに、としほは一区切りして小さく息を吐いた。

 

「みほも、戦い方が西住流とは違うとしても、戦車乗りとしてあなたに勝るとも劣らぬ才能を持っていた。そんなみほを、勘当するつもりはない、という事よ」

 

 目を閉じながら告げたしほの言葉に、まほは内心では大きく息を吐いて安堵した。

 今日まで、みほの事についてはしほが何も言って無かったので不安だったのだが、今こうしてしほから『勘当はしない』と明確に告げられたことで、その不安を抱く事も無くなる。

 まほにとってみほは大切な妹であり、唯一無二の、かけがえのない存在だ。だから、勘当と言う形で赤の他人となってしまうのはとても耐えがたい事だし、今まで通りの自分でいられるかも疑わしかった。

 だから、今のまほの安心感はひとしおと言うものだった。

 

「・・・・・・話はそれだけかしら?」

 

 しほが聞いてくるが、まほはみほの勘当が無くなった事でまた少ししほに聞きたい事ができる。

 

「・・・・・・聞いてもいいでしょうか?」

「?」

 

 しほが話を聞く姿勢になる。まほは自分の聞きたいことを、しほに直接ぶつけた。婉曲表現も、回りくどい聞き方もせず、直球で。

 

「お母様は、みほの事をどう思っているのですか?」

 

 随分と哲学的で、根本的な事を聞いてきたものだと、しほは思う。

 しほがみほの事をどう思っているか、という問いに対する答えは、正直に言うと既に見つかっていた。

 だが、普段の自分の印象からしてそんなことを言うのは柄に合わないし、恥ずかしい。今話を聞いているのはまほだけだから、言っても笑いはしないだろうが、気恥ずかしさはある。

 かといって何も答えなければ、何とも思っていないと捉えられかねないしそれは避けたい。

 だから、多少の恥を忍んで素直に答えるべきだろう。

 

「・・・・・・去年の、全国大会決勝でのみほの行動・・・。あの時私は師範として、みほの事を厳しく叱責しました」

「・・・・・・」

「ですが・・・。あの時の私個人・・・親としての気持ちは、人として誇るべき、立派な事を成し遂げたと思っています」

「!」

 

 まほが驚いたような顔をするが、対照的にしほは内心で顔を抑えるぐらいは恥ずかしい。こうして人の事を正直に褒めるというのは慣れていない事だし、それが実の娘となるとなおのことだ。

 そして、みほの事を『立派な事を成し遂げた』と誰かに言ったのは今が初めてだ。心の奥底ではそう思っていても口に出すのは師範として憚られたので、みほとまほにはもちろんの事、夫の常夫にもこれは言っていない。

 

「自分なりの戦車道を仲間とともに見つけ、西住流であるあなたを超えて、強さを証明したみほは・・・」

 

 相手を褒める自分の気持ちを正直に述べるのは思いのほか恥ずかしいので、急いで結論付けて話を切り上げようとする。

 

「・・・・・・自慢の娘でもあるわ」

 

 まほが笑った。

 自分の目の前では大体思いつめた表情か、キリっとした表情を浮かべていることが多いというのに。今のような話をしている時はもちろん、食事をする時だって表情を崩さないまほが、今まさに笑っている。

 馬鹿にされている、とは思わない。どうやらまほも、しほ自身と同じ気持ちらしい。

 

「それは・・・・・・みほに直接言った方がいいですよ」

 

 まほのアドバイスは、至極まともな事だと思う。

 だが、しほはそれを拒む。

 

「・・・そう言ってみほが驕り、つけ上がっては意味がないわ。みほの事を褒めて、それでみほが才能を失ってしまっては本末転倒。それではあの子がせっかく見つけた戦車道も―――」

「そうはなりません」

 

 しほの言葉を途中で遮り否定するまほ。その顔からは先ほど浮かべていた笑みを引っ込めて、真剣な顔つきでしほの顔を見据えている。

 しほの言葉を遮る事など今まで無かったので少し驚いたが、まほの表情を前にして、しほもそれを責める気は起きない。

 

「私は・・・・・・先月みほを黒森峰学園艦に招き、少し話をしました」

「話?」

「はい。去年のあの決勝戦の後、黒森峰で責め立てられていたみほの事を庇えなかったことを、謝ったんです」

 

 ここでまほは、しほの表情を覗う。しほがみほの事を認めていたのは先ほど理解したが、まほがみほの事を考えていて、みほを守ることができなかったのを悔いているのについてどう思っているのかは、また別の問題だ。ここで叱責の1つでも飛んできかねない。

 しほは、何も言わずに続きを促している。

 

「・・・あの時一緒に戦っていた戦車隊の隊員はともかく、戦車隊に属さない、本当に部外者でさえもみほの事を責め立てていた。それが私はどうしても許せなくて、憤りを抱いていました。けれど、戦車隊を立て直すので手いっぱいだった私は、みほを守ることができず・・・ただ状況を見ていることしかできませんでした」

「・・・・・・それについて、謝ったと」

「はい」

 

 自分のあずかり知らぬところでそんな事があったとは。しほは、少しばかり感心する。

とはいえ、黒森峰学園艦と言う海上の独立した場所にいるうえ、まほも毎日しほと電話をするわけでもないから、まほの近況についてはあまり知らないから仕方ない事だ。

 それにしても。

 

「・・・・・・あなたが、自分からみほを招くとはね」

 

 それが一番の驚きだ。

 自分の事もあるが、まほは親から見ても人付き合いについては少し不器用な感じがする。西住流の後継者、国際強化選手という肩書で敬遠されやすいというところもあるだろうが、それを差し引いてもまほは少々人付き合いが苦手な面がある。

 そのまほが、自分から思い切って人を招くとは思わなかったのだ。相手が妹と言う気心知れた血のつながりのある人だからというのもあるだろうが。

 

「・・・・・・ある人と少し話をして、みほに謝りたいという気持ちを素直に話したんです。それでその人は、誠意を持って謝れば、想いは伝わると」

「・・・・・・」

「その人と相談をして、私の中でみほに謝ろうという決意が固まり、そして私は、みほに謝りました」

 

 そのまほが相談した人物の大体の見当が、しほにはついていた。

 おそらくは、現在黒森峰に留学という前代未聞なケースで来ている織部春貴だろう。

 そう思ったのは、相談した相手の事を“その人”と表現したことだ。戦車隊のメンバーであれば、“隊員から”と言うだろうし、西住流を信奉する逸見エリカという少女だったらしほも知っているのでその名前を呼ぶはずだ。それらのどれでもなければ、おのずと答えは見えてくる。

 だが、どうして織部と言わなかったのかは、しほにとっても少し疑問だったがそれは置いておく。今は、まほの話が先だ。

 

「それで私はみほに謝ると・・・みほは・・・・・・笑ってくれました」

「?」

「私は優しいのだと。昔と変わらず優しくて、みほの事を思ってくれていたのだと」

「・・・・・・」

 

 みほは、姉であるまほの事を信じていて、さらにみほが去る前にまほが戦車隊の立て直しをしていてみほの事を気にかけられなかった事も知っていた。

 まだ2人が幼いころ、しほがいたずらをしたみほを叱る時もまほは庇ってくれた。だから、みほの言っていた、まほが優しいというのも間違ってはいないと、親であるしほは知っている。

 

「みほは、優しい心を持っています。そして、尊大な性格をしてはいません。そうであれば、決勝戦の前で各学校が応援に駆け付け、みほに激励の言葉を贈りはしないでしょう」

「・・・・・・・・・」

「だから、謝られていい気になったり、驕り高ぶるような事も無いと、私は考えています」

 

 まほの言葉からは、真剣さと真面目さ、そしてみほを信じる気持ちが十二分に伝わってくる。

 

「それにみほだって、お母様と仲直りはしたいと思っているはずです」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 それについてしほは、心当たりがある。というか心当たりしかない。

 去年の決勝戦の後、この部屋でみほの事をひどく咎めて以来、みほとはあまり会話をしていなかった記憶がある。電話はおろか、正月や長期休業で帰省した時も、大洗に転校するために荷物を纏めていた時でさえ。

 それは恐らく、みほがしほの事を恐れて必要以上に近づかず話しかけないようにしていたからだろう。これで親子の仲は良いとは、絶対言えない。

 

「みほは恐らく、自分の事を責めたお母様の事を・・・・・・少なからず恐れています。だからこそ、なかなか話を切り出せない・・・・・・・・・」

「だから、私から言うべき、と」

「・・・・・・・・・・・・はい」

 

 まほの言いたいことを先読みして告げると、まほは委縮するかのように顔を少し下に向ける。

 だが、まほの言い分はもっともだ。

 しほとみほとの仲が拗れてしまったのは、元をたどればみほの行動が原因だが、決定的なことは、しほがみほの事を責めてしまい、親としての『人として誇るべき、立派な事を成し遂げた』という気持ちを伝えず、ただ“親”としてではなく“師範”としてだけ厳しく接してしまったからだ。

 師範として厳しくと考えた結果がこれだ。これについては、しほに非がある。

 それにしほ自身、決勝戦でみほの試合を見届けて、そして今日まほの話を聞いたうえでも、みほには謝りたい、そして可能であれば仲直りをしたいという気持ちが自分の中に芽生えつつあった。

 まほの行動を真似るわけではないが、去年のしほが抱いていた本当の気持ちを伝え、そして新しくみほが見つけた戦車道についてはどう思い、しほ自身がみほに伝えたい言葉を伝える。

 その芽生えた気持ちはやがて決意に変わり、まほに向けてこう告げた。

 

「・・・・・・分かったわ」

「・・・・・・はっ?」

 

 しほの言葉に、まほは顔全体で『?』を表す。どういう意味での『分かった』なのかが理解できていないからだ。

 言葉が足りないのは自分も同じか、としほは心の中で嘆息して結論を述べた。

 

「・・・・・・みほに、話をします」

「!」

「私が本当はどう思っているのか、どんな言葉を伝えたいのかを」

 

 

 

 その時そう決意し、そう告げたのだが、しほは未だにその気持ちを伝えられないでいた。

 話をする気が失せてしまったとかそんな無責任な理由ではない。伝える手段が限られているからだ。

 しほのいる熊本の西住流本家と、みほのいる大洗女子学園艦の距離は遠く離れている。おまけにしほは多忙な身であるから、みほと会うためだけに時間を割くというのは難しい話だ。よって、直接会って話すという極めて有効な手段がいの一番に除外されてしまった。

 となれば残る手段の数は少ない。電話か、メールか、手紙、何らかの媒体で連絡を取る事だ。

 ただ、電話だと顔が見えない状態で話をするという事になる。それは少し気まずいし、相手の表情が見えないから緊張する(しほにだって緊張したりする場面はあるのだ)。電話は諦めた。

 メールも、あまり使いたくはない。言いたいことを全て書くとなると膨大な量になるのは必至だし、書いている本人ですら読みにくいという事になるだろう。逆に短くすれば誠意が伝わらない。それに何より、しほは機械音痴の気があり、メールを打つのもあまり得意ではない。だからメールと言う選択肢も諦めた。

 消去法で残ったのが手紙だが、これはこれで悪くない手段だとしほは思う。手書きであれば、書いている人がどれだけ真剣に書いたのかが筆跡で伝わりやすいし、何より自分が気持ちを込めて書けば、相手にだってそれは伝わるはずだ。そしてしほは、各方面へ送る暑中見舞いや年賀状などで、手紙を書く事自体には慣れっこだった。自分が一番しっくりくるやり方なら、苦労はしない。

 そう思ってしほは、みほに手紙を書く事にしたのだ。

 だがそれでも、しほの多忙なスケジュールは変わらず、ゆっくりじっくり手紙を書く時間など無かった。それで遅れた結果、まほと話してから1週間以上たった今日、やっと休める時間ができたのでその時間を使い書こうとしているわけだ。

 いや、正直に言うと多忙というのを言い訳にして、手紙を書く事を遠ざけていたところがある。

 と言っても、手紙を書くのが嫌だったから後回しにしていたというわけではない。むしろその逆で、早く書かないと仲が余計拗れると思っていたので、早く書かないとと思っていた。寝る前や昼食後の食休みなどのほんのわずかな空いた時間でも、せめてメモ程度でも書いてしまおうと思っていたのだ。

 しかし、自分の抱く感情をそのまま文字におこすというのは意外と難しいもので、中々思うように筆が進まず、メモも書けていないのに、普段の執務は驚くほどすらすらとこなすことができてしまった。宿題を前にして猛烈に掃除がしたい欲求に駆られ部屋を綺麗にしてしまう学生と同じ感覚だろうか。

 兎にも角にも、本当に今日1日は予定も無いので、今日こそが集中して手紙を書くチャンスだ。

 みほに何を伝えたいのかは頭の中にある。だが、どう表現すればいいのかが明確になっていない。そして、家族間での手紙と言うのは初めてで、定期的に送っているみほへの仕送りにも手紙など添えていない。故に、書き出しすらもどう書けばいいのか分からなくて、目の前にある便箋には今なお何も書かれていない。

 どう書けばいいのかが分からなず、今なお手紙が書けていない状況を、ついこの前夫の常夫にこぼしてしまったら。

 

『戦車道の事はきっちりしてるのに、他の事は不器用だからねぇ』

 

 と、苦笑しながら言われてしまった。間違ってはいないので、反論もできない。

 常夫は普段は寡黙なイメージがあるが、言う時は結構はっきり言うタイプだという事は百も承知だったし、そういうところがしほは好きなので何も言いはしない。

 話が少し逸れたが、しほは今なお何も書けずにいる。

 誰かにアドバイスをもらうというのも1つの手だろうが、それは少し憚られた。

 ・・・・・・1人、自分と同じく戦車道の家元で、自分と同じく年頃の娘がいて、その娘が戦車道を嗜んでいるという人物を1人知っている。知っているのだが、そいつに相談するというのは論外だ。腐れ縁ではあるが、娘との付き合い方で悶々としているなんて言えばそいつには絶対笑われるに決まってるし、しばらくの間は酒の肴としてネタにされる。実際、そいつは娘との仲は比較的良好なのだから。

 さて、どう書けばいいものかとかれこれ数回はしているため息をついたところで、人の気配に気付いた。

 横を見れば、家政婦の井手上菊代が、冷えた麦茶と氷の入ったポットとガラスのコップの載ったお盆を持って立っていた。

 

「随分と考え込んでいるようですね、家元」

 

 困ったように笑う菊代。だが、その前にしほは言いたい事があった。

 

「・・・ノックぐらいしなさい」

「しましたよ?何度も」

「・・・・・・・・・」

 

 菊代が嘘をついている様子は無い。どうやら、しほが気付かなかっただけらしい。まさか、ノックの音にすら気付かないほど集中し、思い悩んでいたとは。

 菊代はお盆を畳に置き、コップに麦茶を注いでしほの前に差し出す。しほは遠慮もせずに麦茶をひと呷り。それだけで心がスッと冷静になった気がする。

 

「・・・みほお嬢様への手紙ですか?」

 

 言われてしほは、みほの名前と住所が書いてある封筒がそのままになっていたのに今更気付いた。それを見られ、小さく咳払いするしほ。

 

「なるほど、最近の不調はそれでしたか」

「・・・・・・・・・何の事かしら」

「ここ最近、家元は何かとそわそわしているような気がしたので。執務中や食事中も、どこか悩んでいるように見えましたから」

 

 食事中(もちろんこの本家で食べる時)は、そんな自覚はある。みほへの手紙を考えているあまり、あまり料理の味に集中できないことが多々あった。だが、執務中とはどういう事だろう?それが気になったので聞いてみると。

 

「普段よりも書類を読むスピードとか書くスピードが、少し速いと思いまして。違和感があったんですよ」

 

 菊代は、しほが黒森峰で戦車隊に所属して隊長を務めていた時の後輩だ。そして菊代の性格と戦車乗りとしての腕前は、みほとまほを足して2で割ったよう、という表現がしっくりくる。つまり、性格は穏やかだが戦車乗りとしての腕は確かだった。

 そして同じ隊に所属していたからなのか、菊代は他の家政婦や使用人と比べると、しほに対して遠慮や謙遜なく話すことができる。しほもそれはありがたく、菊代の前では素でいられるので安心感を覚えていた。

 そんな菊代は、戦車乗りだったからなのかそうでないのかは分からないが、人の事をよく観察している。ここ数日のしほの様子からそこまで推察したとは。

 

「・・・・・・何故今みほに手紙を書いているのか、という理由は話しておくべきかしらね?」

「そうですね・・・・・・まあ、この前まほお嬢様と何か話をされていたので・・・大体見当はついてます」

 

 つくづく、菊代は洞察力が良いと思い、しほは苦笑する。戦車乗りのままだったら、今頃は優秀な選手だっただろうに。

 しほが黒森峰を卒業して少し年月が経ってから、菊代が黒森峰を卒業すると家政婦養成学校へ入学したと聞いた時には心底驚いたものだ。隊長目線で見れば戦車乗りとして秀でていた菊代が戦車道から離れるとは、と。

 その時、思わず連絡を取って聞いたところ、菊代は。

 

『女心は秋の空、って言うじゃないですか』

 

 大変抽象的でなおかつほんわかとした回答しか得られなかったので、しほは大いに理解に苦しんだ。

 とはいえ、その戦車乗りとしての腕は捨てがたいものだったので、ダメもとで西住家で働かないかと誘ってみたところ快諾してくれたので、こうして西住家でお手伝いをしている。

 しかし時には、西住流の訓練の監督もしてくれていて、しほにとってはありがたい存在だ。だから彼女の給料は他の使用人と比べると少し弾んでいる。

 

「・・・・・・誤解を招かないように言っておくけれど、私はあの子をどうこうするつもりはもうないわ。ただ、少しだけ謝りたいと思うだけよ」

「・・・・・・驚きです」

 

 菊代が、少し驚いたように口元に手を当てて微笑む。確かに、厳格だという自覚のある自分がみほに謝りたいというのは、普段のしほの人となりを知る菊代からすれば驚きだろう。

 

「みほとの関係が拗れてしまったのは、大体は私のせいでもある。だから、こちらから謝り、歩み寄るべきだと、まほに言われてね」

「・・・確かに、家元がみほお嬢様にもう少しやんわりと言っていれば、少し変わっていたかもしれませんからね」

「・・・・・・少しは否定しなさい」

「事実ですし」

 

 去年の全国大会決勝戦は、菊代は会場で直接観戦していたのではなく、テレビ中継を見ていた。だから、みほの行動も知っている。

 そして、みほの事をしほが厳しく責めた事も知っている。

 あの時のみほの行動は、みほとの付き合いがそれなりに長く、みほが仲間を大切にする優しい性格だと知っている菊代からすれば『みほならやりそうなことだ』と思っていた。

 それは親であるしほだって分かっていただろうに、みほの行動は人間としては誇らしいものだと思っていただろうにそれを微塵も伝えずただ責めた。それについては、菊代も少しばかり悲しいと思った。

 

「・・・・・・だからこそ、私自身からみほに伝えたい。とはいえ、電話は緊張するし、メールを打つのも慣れてないし」

「それで手紙にしたと」

「ええ。でも、身内へ送る手紙って初めてだし、どう書いたらいいものか分からないわね」

「それは分かります。私も、学園艦暮らしの時、親に手紙を書く段階でどう書けばいいんだろう、って悩んだ記憶がありますよ」

 

 菊代が昔を思い出すように話し、しほもうんと頷く。しほだって人の子だし、学園艦で生活していた時もあったのだから、菊代の言っていたような事だって経験している。

 だが、その時とは勝手が違う。学生の頃は単なる近況報告だったのに対し、今回のメインテーマはしほがみほに謝る事だ。それは近況報告とは言えない。

 

「何を書いたらいいのか分からないのよ。書き出しとか、文体とか・・・書きたいことはたくさんあるのになかなか取捨選択できないというか」

「無礼を承知で言いますが、面倒くさいですね」

 

 バッサリと切り捨てる菊代。しほも全く持ってその通りだと、苦笑して大きく頷く。

 しほ相手にこんな大胆なことを言えるのは、菊代以外では夫の常夫ぐらいだ。幼少期のみほも遠慮が無かったがあれはノーカンだ。だからこそ、こうして率直かつ的確な言葉が新鮮に思える。

 

「・・・ですが、まあ、そうですね・・・。あまり長ったらしい季節の挨拶やあとがきなんかは、必要ないと思いますよ」

「それは分かるけど・・・・・・」

「でも、家元が本当に伝えたいことだけは、省略したりはせず、正直に、素直に書くべきです」

「・・・・・・・・・」

 

 菊代の言葉に、しほも動きが止まる。

 それは、真理のようにも聞こえたからだ。

 

「そして何より、家元が本当にみほお嬢様に謝りたいという想いと考えを籠めて書けば、それはみほお嬢様にも伝わると思います」

 

 戦車道選手から家政婦の道を歩み始めた理由と同じで、これもまた随分と、非科学的な言い分だった。

 それでもしほは、なぜか菊代の言葉がすとんとお腹の中に落ちて、その通りだ、まったくだと納得できてしまった。

 

「・・・・・・そうね」

 

 そして不思議と、悩んでいる最中はずっと抱えていた黒い靄の様なものが、晴れた気がする。自然と、どんなことを書き、どんな文体で書けばいいのかが、頭に浮かび上がってきた。

 

「・・・・・・あなたのおかげで、どうにか書けそうだわ」

「それは何よりです」

 

 そう告げて菊代は立ち上がる。

 

「では、私は台所にいますので、何か御用がありましたらそちらまで」

「分かったわ」

「麦茶、そこに置いておきますね。では、失礼します」

 

 菊代は挨拶をして、部屋を出て行った。

 そしてしほは、もう1杯麦茶を自分て注いでひと呷りし、小さく息を吐く。せっかくイメージがまとまり、文章も浮かび上がってきたのだ。今のうちに、書いておこう。

 そう思い、万年筆のキャップを取って便箋に文字を書き進めていく。

 しかし、その少し後で庭の方から声と、足音が聞こえてきた。なんと言っているのかは分からないが、その声からしてまほだ。だが、足音は2人分聞こえる。となると、誰かを連れてきたのだろうか?犬の散歩に行くと言っていたはずだが。

 

「まほ?」

 

 そう思い、障子は開けずに声を投げかける。これで外を歩いているのがまほではなかったら恥ずかしすぎるが。

 

『はい』

 

 そう明確に答えたので、外にいる2人の内1人はまほだというのが分かった。となると、もう1人は。

 

「お客様なの?」

『学校の友人です』

 

 まほが淀みなく答える。

 親譲りで人付き合いが苦手、としほはまほの事を評していたが、学校にもちゃんと友人と呼べる人はいたらしい。戦車隊のメンバーを連れてくる事も何度かあったが、ただの友人を連れてくるとは、珍しいものだ。

 

「・・・そう」

 

 しほが納得したように言葉を洩らす。

 だが、その“友人”は何も言わずにまほと共にその場を離れてしまったようだ。

 ここでしほは、少しばかりに頭に引っ掛かりを覚える。

 まほの友人という事は、まほがどんな人物で、どんな家系にいるのかというのを知っているだろう。知らないとしても、この家の大きさを見れば普通の家ではないと思いまほに聞くはずだ。

 仮にそのどちらでもなかったとしても、普通は家の人に会えば(障子越しであっても)挨拶をするのが礼儀というものだろう。

 相当の礼儀知らずか、としほは思いかけたが、黒森峰でそんな不品行な人物はほぼと言っていいほどいない。何度かここを訪れた戦車隊の隊員だって、挨拶は欠かさなかった。

 とすれば、今来たのは誰だ?

 そんな引っ掛かりを抱えながら、しほは再び手紙を書く事に集中する。万年筆だから一文字でも誤字があれば全部書き直しになってしまうので細心の注意を払いながら書いているが、だからといって字が汚くなるという事も、文章が変になるという事も無く、書き進めていく。

 そうして書き進める事十数分。

 

『お母様』

 

 再び障子の向こう側から2人分の足音が聞こえ、その直後にまほの声が聞こえる。

 

『友人を駅まで送ってきます。Ⅱ号戦車をお借りしてもよろしいでしょうか』

「・・・・・・いいわよ。使いなさい」

『ありがとうございます。友人からのお土産を書斎に置いておきましたので、よろしければどうぞ』

 

 そしてまほと“友人”は、自家用戦車の格納庫がある方へと歩いていった。

 ここでもやはり、まほの“友人”は何も言わなかった。『お邪魔しました』の一言も無いとは、無礼を通り越して疑問を感じる。

 そして、“友人”を招いた割には滞在時間が短すぎる。しほの記憶している限りでは、最初にまほが“友人”を連れてきたと言った時間は今から12分前。たった12分しか滞在しないとは、何のためにここに来たのだろうか。

 そこでしほは、『もしや』と思い、万年筆のキャップを戻して立ち上がる。そして向かうは、書斎だ。外で何だか大きなヘリのプロペラの音が聞こえてきたが、それは後回しだ。

 書斎のドアを開けると、まず目に飛び込んでくるのは、西住家が所有する戦車演習場の立体的な全体模型図。そして壁際の大きな本棚には何十冊もの本が収められており、中には日本語ではないタイトルの本もあった。

 そして、自分の机の上には紙袋が1つと、『友人からのおみやげです まほ』とまほの字で書かれた1枚の紙。

 だが、その紙袋には『大洗銘菓 紅子芋(べにはるか)』とプリントされていた。

 大洗。

 

(・・・嘘が下手ね、まほ)

 

 まほの連れてきた“友人”の正体が、今やっと分かった。

 友人というのは真っ赤な嘘で、来たのはみほだったのだ。

 しほに隠れてこそこそ実家に戻ってくるとは、やはり自分はみほからは恐れられているのだなと思う。やはり、早いうちに話しておくべきだったと後悔する。

 だが、それでもみほが何のために、たった12分程度しか滞在しなかったのはなぜなのか。それがまだ分からなかった。

 その理由を考える前に、外から聞こえるプロペラの音が大きくなり、換気のために開けていた窓から風が吹き込んで、グラインドがバタバタと揺れる。

 外を見てみれば、陸上自衛隊のヘリコプター、OH-1が庭にゆっくりと着陸しようとしていた。

 

「家元」

 

 その声にドアの方を見れば、菊代が少し呆れた表情で立っていた。

 菊代は、この少し前に訪問客から急な連絡を受けて、先ほどそれを確認したところなのだ。そしてその訪問客がどんな人物なのかを知っている菊代は、苦笑しているのだ。

 

「蝶野様がお見えです」

「分かっているわ」

 

 無許可で人様の庭にヘリを着陸させる豪胆な人物など、しほの中では1人しか考えられなかった。

 

「客間に通しなさい」

「はい」

 

 そこで一つ、確認をしておく。

 

「あなたは知っていたのかしら?あの人が来る事」

「いえ、ほんの数分ほど前に西住家のパソコンにメールが来まして」

 

 なるほど、それならしほも分からないはずだ。数分前と言えば、まだしほは私室で手紙を書いていたし、しほの部屋にパソコンはない。なぜならしほが、パソコンがあまりできないからだ。

 それはともかく、知っていて言わなかったのなら菊代の事を流石に咎めるが、ものの数分前では仕方がない。

 しほは、そう自分に言い聞かせながら私室に戻り、来客用の服に着替える。と言っても今着ているのは普段と変わらず白いシャツに乗馬用の黒いズボンだ。これに黒いスーツを上に着れば外行の恰好に早変わりだ。

 普段からこの恰好なのは、私服を考えるのが面倒だからとか、私服のセンスに自信が無いからなどという理由ではない、としほは主張している。

 

 

 来客が客間に行った頃合いを見計らって、しほは私室を出て客間へと向かう。そして客間の襖を開ければ、客人・蝶野亜美が座布団に正座し、予め菊代が出しておいたお茶には口も付けていない様子で待っていた。

 しほがその正面に座ると、亜美の左脇には包装された酒瓶が置いてあった。恐らくは手土産だろう。それは常夫と夜にでも楽しむとして。

 

「・・・本日は突然お邪魔し、申し訳ございません」

 

 亜美が頭を下げる。確かにアポなしで、しかもヘリでいきなり訪問してくるというのは失礼極まりない事だ。亜美の人となりや経歴を知らなければ呆然とするだろうし、知っていても怒るだろう。

 

「あなたにしては急な訪問だったけど、それほど急を要する話、という事かしら?」

 

 亜美は西住流の門下生の1人でもあった。だが、豪放磊落な性格がそのまま戦い方に表れていて、西住流本来の戦い方とは少し違う戦い方をしていた。例えるなら、柔軟性に富んでいるみほの戦い方に近い。

 絵にかいたように破天荒な彼女は、黒森峰所属ではなく別の学校の戦車道を嗜み、西住流の分家で教えを乞うていたのだ。分家の様子をちょくちょく見に行くしほも、それを知っている。そんな彼女の学生時代に打ち立てた伝説は数知れず、しほの耳にも届いていた。

 だが亜美は、破天荒で豪放磊落でありながらも、戦車道では礼儀を重んじる性格だ。だからと言って普段の生活では礼儀を欠く行動を取るのかと言うとそうでもない。彼女は自衛隊に所属しているから、無礼な行動は滅多にしないと分かっている。亜美も過去何度か西住家を訪ねた事もあったが、その時はちゃんと事前連絡を怠らなかった。

 そんな性格と過去を知っているから、しほは亜美の今回の行動を失礼極まりないとはそこまで思わず、むしろ何か問題でも起きたのかと心配したのだ。

 

「お察しの通りです」

 

 亜美は、素直に頷き返す。

 多忙な日々に拍車がかかるだろうな、としほは内心ため息をつく。せっかく書き始めることができたみほへの手紙も、またしばらくはお預けになりそうだ。

 だが。

 

「率直に申し上げますと、みほお嬢様の学校が廃校の危機にあります」

 

 しほ自身、自分の目がピクッと震えたのが分かる。それを目の当たりにしても、亜美は全く怯まない。

 

「・・・・・・どういう事かしら」

 

 しほの声のトーンが少し低くなった。

 それでも亜美は臆さずに、大洗女子学園廃校の経緯を述べていく。

 文部科学省が大洗女子学園の廃校を強行し、脅迫とも取れる警告まで出して、何万という人間の生活を奪った。

 廃校撤回を信じて戦った大洗女子学園戦車隊全員の思いを踏みにじり、彼女たちの母校を無くそうとしている。

 だが、生徒会長である角谷杏は、本当に自分の学校を愛しているから、それをどうにか取り消したいと考え行動し、文科省まで足を運んだ。しかし結果は、担当の役人が杏の言葉を意にも介さないとばかりに躱し、無駄に終わってしまう。

 そして杏が次に赴いたのは日本戦車道連盟だった。今年の戦車道全国大会で優勝したのは他ならなぬ大洗女子学園であり、その学校をみすみす廃校にしてしまう文科省の考えと行動に反対してほしいと、懇願したのだ。

 亜美は、杏の言葉に賛成した。今年の戦車道全国大会は、大洗の快進撃もあって過去に類を見ないほどの盛り上がりを見せて、戦車道の人口もあれ以来少しずつだが増えてきている。大洗のおかげで、低下していた日本戦車道の競技人口も回復に向かっていると言っても、過言ではない。

 戦車道再興の立役者とも言える大洗女子学園をみすみす廃校にしてしまうとなると、それを認めてしまった戦車道連盟も、スポーツ振興の理念を掲げて、戦車道に力を入れるという国の方針と矛盾した行動をとった文部科学省も、面目丸つぶれとなってしまう。

 どう転んでも、戦車道のイメージダウンにしかつながらない。

 それを亜美は戦車道連盟の理事長・児玉七郎に伝えたのだが、児玉は相手が文部科学省という国のお役所である以上、迂闊に手が出せないと判断を渋った。

 そこで杏が、亜美と児玉の前で、どれだけ自分と、自分の学校の生徒が大洗女子学園を愛しているのかを話し、自分たちは廃校撤回が確かなものだと信じて全国大会を勝ち上がり優勝したと、力説した。そして、自分の学校を愛しているからこそ、廃校を撤回させたいと力強く告げた。

 その末、児玉も協力すると告げて、1つの可能性に賭ける事にした。

 

「文部科学省は、日本戦車道プロリーグ設置に躍起になっており、その設置委員会の委員長は家元、あなたです」

「・・・・・・・・・」

 

 しほは、黙って亜美の話を聞いていた。その顔は険しいが、別に怒っているわけではない。

 そして、亜美がしほの事を口にした時点で、何が言いたいのかが分かった。

 

「そこで、真に厚かましい事とは思いますが、私共にお力を貸していただければと」

 

 およそしほの考えた通りの結論を、亜美は言った。私共とは、亜美だけではなく児玉、そして杏も含まれているのだろうが、しほほどの洞察力があれば、亜美が“本当は”何を言いたいのかは分かる。

 要するに、高校戦車道連盟理事長及び文部科学省が推進するプロリーグ設置委員会の委員長のしほを味方につけ、その立場を利用し文部科学省に揺さぶりをかけてほしいという事だ。

 

(文部科学省、ね)

 

 そこでしほは、その大洗女子学園廃校を告げた文部科学省の役人・辻廉太の事を思い出す。しほがプロリーグ設置委員会委員長に任命されてから数回会った事があるが、言葉巧みで狡猾なイメージが強く、その手腕は強かで、あまり隙を見せるような男ではない。恐らく杏という少女も、辻に軽くあしらわれたのだろう。

 

(・・・・・・・・・)

 

 その辻の事は置いておき、亜美の話を改めて考える。

 亜美の言う通り、大洗女子学園艦に住む何万人もの住人の生活を考えずにいきなり奪うというのは身勝手と言える。

 加えて、奇跡、伝説とされる快進撃を見せて優勝を勝ち取った大洗の成果を、廃校という形で無にしようとしているのも、腹立たしい。大洗の隊員たちが、優勝できなければ廃校になってしまうという事を知っていたのなら、彼女たちの優勝への思いは他の学校と比べると遥かに強い。だから、あそこまで破竹の勢いで勝ち上がったのだろう。

 その強い思いを、一つになっていた思いを、(自分も大人ではあるが)大人の勝手な都合で踏みにじり、無に帰させるというのは、果たして許される事なのだろうか。いや、許されないだろう。

 そしてこのことが世間に明るみになってしまえば、廃校を強行した文部科学省と、戦車道大会の優勝校をみすみす廃校にさせてしまった戦車道連盟には非難の声が向けられる。そうなれば、戦車道の再興という明るい未来など夢のまた夢の話になってしまう。

 そして何より、しほの中に確固として存在するのは、みほだ。

 みほは黒森峰では自分の才能を開花させることができず、そしてしほを含め多くの人間から自分の行いを否定されて道を見失い、戦車道を辞めてしまった。

 そんなみほが再び大洗で戦車道を始め、その上自分だけの戦車道を見つけたのは、しほも今年の決勝戦を見て知っている。

 みほにとって大洗は、幼いころから触れていたのにもかかわらず嫌いになりかけていた戦車の事を再び好きになれた場所で、自分の戦車道を見つけることができた、大切な場所だ。

 その大切な場所を奪うなど、家元の前にみほの親でもあるしほが、黙っていられるはずが無かった。

 みほを追い込んだ張本人でもある自分が言うのは都合がいいと捉えられるかもしれないが、それでもいい。

 

(・・・・・・・・・少し、久々に、親らしいことをするか)

 

 今まで、しほがしてきた親らしいことなど、それほどない。料理を作ってあげた事は数えられる程度しかないし、西住流師範として忙しかったから一緒に遊ぶ事だってあまりできなかった。世間一般で言う母親のラインを超えているかも疑わしい。

 あまつさえ、みほには厳しく当たってしまって自分の道を見失うきっかけを作ったも同然なのだから、親と言うのも烏滸がましいかもしれない。

 だからせめて、今まで親として大したことができなかった分、みほを助けるために動こうと決意した。

 

「・・・・・・・・・いいでしょう」

 

 しほがそう告げると、亜美もほんのわずかに唇を緩める。

 

「この先の戦車道のために、力を貸しましょう」

 

 そう告げたのも、しほの本音だ。高校戦車道連盟理事長と言うそれなりに上の立場にいる人間は、所属する組織の現在よりも先を見据えて考え、行動するものだ。だから、この先の未来、戦車道が発展することを第一として考え、この言葉を口にしたのだ。

 『娘のために動く』とストレートに告げるのは少し恥ずかしいし、厳格なしほのキャラに合わないから、という意味も若干はあるが。

 

「・・・・・・ありがとうございます」

 

 そして亜美は頭を下げて、予め出されていたお茶を啜る。

 どうやら、みほへの手紙を書くのはまた後回しになってしまいそうだと、しほは心の中であきらめに似た感情を抱き、小さく鼻で息をついた。

 そして、まずはあの狡猾な男に会いに行かねばと思い、今後の予定を伝えるために菊代を呼び出した。




サルビア/サルビア・スプレンデス
科・属名:シソ科アオギリ属
学名:Salvia splendens
和名:緋衣草
別名:セージ
原産地:ブラジル
花言葉:家族愛、知恵、尊重など


菊代さん、確かリトルアーミーでしほさんと同じ黒森峰戦車隊のメンバーって言われてましたけど、今回は先輩後輩という形にしました。

感想・ご指摘等があればどうぞ。




余談
ガルパン総集編の特典の生コマフィルム、自分は戦車道PV直前のシーンでした。ものすごい微妙・・・
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