春に芽吹く梅の花   作:プロッター

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過去作とは若干時間軸のズレが生じてしまいましたが、
大目に見ていただけると幸いです。

今回も、書きたいことが多くあったのでかなり長くなってしまいましたが、
最後まで読んでいただけると嬉しいです。

また、新たに2人ほど黒森峰の隊員に名前が付いていますが、
今回もまた熊本の地名由来のオリジナルです。予めご了承ください。


紫陽花(アジサイ)

 織部と小梅がそれぞれの実家への挨拶から黒森峰に帰った日の翌日、聖グロリアーナ女学園の戦車隊隊長・ダージリンから、まほに一つの連絡が入った。

 

『大洗女子学園が、廃校の危機にあるの』

 

 それを聞いたまほは最初、ジョーク好きなイギリスと提携している聖グロリアーナ特有の悪い冗談か何かかと思ったが、そうではなかった。ダージリンは大まじめだったし、聖グロリアーナ1のスパイ、もとい情報通が仕入れた情報なので確かだと言っていた。普段は若干高飛車な発言もするダージリンだが、その様子も無いのでそれが本当だと思えた。

 そして、ダージリンからすぐに、こうも聞かれた。

 

『あなた、大洗女子学園を助けたくはない?』

 

 問われたまほは、当然その問いには頷き返した。そしてすぐにでも大洗へと赴きたいところだったが、ダージリンは考えがあると言い、今は動かず指示に従ってほしいとまほに告げた。

 まほは、今年の全国大会準決勝で戦った時以前から、ダージリンとも面識がある。黒森峰戦車隊の実に7割を撃破した聖グロリアーナの強さは、まほのみならず黒森峰戦車隊のほぼ全員が知っているし、その聖グロリアーナを率いるダージリンの指揮官としての能力は自分に引けを取らないとまほ自身は評していた。

 そしてダージリンは聡明で、現在よりも先を見る頭脳を備えており、自らの持つ指揮能力と合わせて、みほ率いる大洗に2度も勝っているのだ。

 そんなダージリンが『考えがある』と言ってきたのだ。決して無策な事はではないだろうと思い、まほも大人しくそれに従った。

 その翌日、大洗女子学園の生徒会長である角谷杏(黒森峰との決勝戦でヘッツァーの車長兼砲手だった人物とまほは記憶している)が、文部科学省と日本戦車道連盟に赴いたという情報を聖グロリアーナは手に入れた。どこからそんな情報を仕入れているのかと、ここでまほは内心聖グロリアーナの情報網を恐ろしく思う。

 そこでダージリンは、協力の意思を示した学校に、大洗への短期転校手続きをするように指示を出した。

 戦車道連盟に杏が赴いた時点で、杏は自分たちが全国大会で優勝したという功績を利用して、戦車道を使い廃校撤回を目論んでいるという事はすぐにわかった。

 だが、もし仮に戦車道―――恐らくは戦車道の試合―――で大洗が廃校するか否かを決める段階にまでこぎつけたとしても、文部科学省もただで試合をしてやるつもりはないだろうし、恐らくは大洗が圧倒的に不利な条件で試合を組むとダージリンは踏んでいた。

 今日まで行われた戦車道の公式戦での最多戦車投入数は30輌対30輌の合計60輌で、恐らく文部科学省は、大洗が戦車を8両しか所持していないと知っていても、30輌フル投入するように自分たちがバックにつくチームに指示するだろうと、予見していた。

 だから、協力する意思を示している聖グロリアーナと黒森峰を含めた6校で大洗に加勢して、相手と同じ30輌にまで持ち込めるよう、ダージリンは6校それぞれから大洗に追加させる戦車の台数を決めて、各校に指示を出し、さらには念のため、大洗への短期転校の準備をするように指示を出した。

 そこでまほは、黒森峰戦車隊の一部のメンバーを、夏休みの間だけ地元熊本の天草灘に停泊している黒森峰女学園艦、その内部にある戦車隊員専用会議室へと呼び出した。

 呼び出されたのは、エリカ、直下、小梅、そして織部。さらに、織部を除いたこの3人の戦車の搭乗員と、まほのティーガーⅠの搭乗員だ。幸いにも、織部や小梅を含めごく一部のメンバーを除いた隊員たちは、自主的に黒森峰に残り新体制への移行と来年の全国大会に向けた戦車の練習をしていたので、すぐに集まることができた。

 

「貴重な休日に、呼び出してすまない」

 

 まずまほは、非常招集をかけてまで隊員たちを呼び戻した事に頭を下げて詫びを入れる。だが、エリカを含め隊員たちは非常招集など初めて発令されたものだからただ事ではないと分かっていたので、呼び出された事自体は気を悪くしてはいないし、むしろ心配だった。

 なぜ、非常招集なんてかけられたのかと。

 そして、ここに集まった者たちは、まほの口から大洗が廃校の危機にあると初めて聞かされた。

 聖グロリアーナのダージリンが大洗への加勢を目論んでおり、黒森峰もそれに協力するつもりでいるとも、まほは告げた。

 そのダージリンは、黒森峰からは4輌出すように要請してきた。つまりここに呼び出されたメンバーは、その黒森峰から参戦する4輌に選ばれた戦車の搭乗員だった。

 この4輌を選んだのはまほだが、この時なぜ織部まで呼ばれたのかは、織部自身には分からなかった。

 そしてまほは、織部を除くそれぞれに『短期転校手続き』の書類を渡す。これで、一時的に大洗の生徒になって、戦車道ルールにおける『他チームからの隊員及び戦車の貸与は認められない』という規定をクリアして、大洗に戦力を加えるつもりだ。これも、ダージリンから指示された事である。

 だが、全員に短期転校手続き書類が渡ったところで、まほが注目するように言った。

 

「・・・・・皆をここに呼んだのは、過去これまでの記録から皆が黒森峰の中でも練度が高く、大洗の力になるであろうと私が考えての事だ」

『・・・・・・・・・』

 

 もちろんここに呼ばれたメンバーは、自分たちが呼ばれたのはまほの気まぐれなどではないというのは、非常招集が発令された時点で分かっていた。

 だが、非常招集の内容は大洗を廃校の危機から救うためというのは予想をはるかに超えたものだったし、黒森峰の中で自分たちだけが呼ばれたのは隊内で比較的高い練度だからというのも全く予想していなかった。特に、根津と小梅はその理由を聞いて驚き、もっと驚いたのは1年生ばかりである小梅の戦車の乗員だ。

 しかし、その驚きは表情に出していても声には出さず、胸に秘めたまま、隊員たちは黙ってまほの言葉を聞く。

 

「だが、この短期転校と、大洗に加勢しに行くのは、命令でも、指示でもない」

『・・・・・・・・・』

「私個人の、嘆願だ。わがままと捉えてもいい」

 

 まほは普段の訓練で、指示や命令を下す事はあっても、『~してほしい』『~を頼む』というケースは極稀だった。織部はが報告書を書くようになったのも、まほからの指令だった。

 だから、まほが個人的なお願いをするというのは、今ここにいる隊員のごく一部を除けば初めての事だった。

 

「だから、皆にも当然断る権利はある。もし、これから始まるであろう試合に参加する意思がない者は、外れてくれて構わない」

 

 そう言って頭を下げるまほ。

 だが、まほの前に座っている隊員たちは、誰一人として席を立とうとはしなかった。

 ではどうするのかと言うと、先んじてエリカが懐からボールペンを取り出して、生徒の名前欄に自分の名前を書いていく。保護者の名前は、今から実家に戻って書いてもらう時間など無いので、自分で手早く書いてしまう。

 

「隊長」

「・・・・・・・・・」

 

 そしてエリカは立ち上がり、自分の名前が書かれた短期転校手続きの書類をまほに見せる。

 

「私は、隊長と共に戦います。例え、どんな場所であろうとも、どんな事情があろうとも」

 

 その後ろで、エリカのティーガーⅡ搭乗員たちもそろって書類に名前を書き、立ち上がり書類をまほに差し出す。

 いや、ティーガーⅡの搭乗員だけではない。小梅も、直下も、その2人の戦車の搭乗員も、全員が書類に名前を書いて、その書類をまほに差し出す。

 誰もが、怯えや不安などを抱いていないかのような、爽やかな笑みを浮かべており、まほの事を見る。

 これで、ここにいる全員が大洗女子学園への短期転校を決めた事になり、同時にこれから始まるであろう大洗の試合に参加する事が決定した。ただし、今回は大洗の敵ではなく、味方として。

 その様子を見ていた織部は、小梅やまほ、エリカなどみほと接点のある者を除いて彼女たちが試合に参加する意思を固めたのは、大洗に負けてしまったからなのかもしれない、と思っていた。

 今年の全国大会で優勝を阻まれた黒森峰にとって大洗は、宿敵とも超えるべき相手とも言うべき存在だ。あの時、大洗に負けた瞬間から、次戦う時は今まで以上に強くなり、大洗を倒し優勝旗を持ち帰るのだと、心に誓った。

 その倒すべき宿敵が、大人の都合で勝手にいなくなるなど、納得できるはずがない。

 大洗を倒すのは、黒森峰だ。

 だから、その倒すべき宿敵を守るために、彼女たちは戦いに参加することを決めたのだ。

 頭を上げて、皆の輪から少し外れた場所からまほを穏やかに見守る織部と、自信のある目でまほの事を見つめる隊員たちを前に、まほはできる限りの笑顔で、再び頭を下げて告げた。

 

「ありがとう」

 

 短期転校の準備が整い、さらに戦車道連盟が黒森峰の戦車4輌を大洗に持ち込む事を認めたのをダージリンに告げると、次の情報が出るまで指示を待つように言った。

 その指示を待っている間、なぜか聖グロリアーナから大洗女子学園の制服が届いた。まずは形から、という事なのだろうか。

 ともあれ、自分のサイズに合ったのをそれぞれ見繕い(当然ながら織部の分は存在しない)、後は時が来るのを待つだけとなった。

 

 

  そして、まほの母でありプロリーグ設置委員会の委員長であるしほも味方に付けて、杏は大洗女子学園が大学選抜チームに勝利すれば廃校を撤回するという言質を取り、廃校撤回のチャンスをつかみ取った。

 

 

 試合会場が行われる北海道大演習場へと織部を含む黒森峰の隊員たちは向かっていた。

 ただしその全員は今、地上にはいない。海の上にもいない。

 空にいる。

 

(まさか、飛行船を持ってる学校があるとはなぁ・・・)

 

 夏の夜空を飛ぶドイツの硬式飛行船・LZ129『ヒンデンブルク号』をモデルにした黒森峰が所有する飛行船・LZ130のキャビンで、織部はぼんやりとそんな事を考えていた。

 黒森峰は言わずと知れた戦車道の強豪校で、ドイツと所縁があり、かつお嬢様学校という事は知っていたが、まさかこんなものまで所有しているとは夢にも思わなかった。そして自分が今まさにそれに乗っているなど、それこそ夢としか思えない。

 さらに今、この巨大な飛行船を操縦しているのはエリカだ。乗り物の運転・操縦免許の取得年齢条件は昔と比べると低くなってはいるのだが、まだ成人していない女子高生がこんな空に浮かぶ巨大な飛行船を操縦しているとなると、エリカには申し訳ないが不安で仕方がない。

 その不安と、明日の大学選抜戦との試合に対する緊張感が高まりすぎているせいで、日付を超えようとしている時刻になっても織部は眠れなかった。隊長のまほは、エリカと交代の操縦士を除く隊員全員に睡眠をとるように言っていたのだが、織部はその命令には従うことができなかった。

 そこで。

 

「春貴さん?」

 

 横合いから声をかけられる。黒森峰のタンクジャケットではない、大洗の制服でもない、普通の黒森峰の制服を着る小梅だ。

 

「眠れないんですか・・・?」

「まあ、ね。飛行船に乗るのが初めてっていうのもあるし、明日の試合も緊張するしね・・・」

 

 苦笑しながら織部が窓ガラスの外に広がる夜空を見る。こちらの緊張などまるで考えていないかのように煌めく星が、存在感をアピールしている。

 

「私も・・・緊張してます」

 

 小梅が少し恥ずかしそうに告げるが、それは決して恥ずべきことではないと織部は思う。試合に参加しない自分でさえこれだけ緊張しているのだから、実際に戦う小梅が緊張しないはずがない。

 

「・・・・・・隊長は、後は試合が始まるのを待つだけだって言ってましたけど・・・」

「・・・・・・それだけじゃ、安心できないよね・・・」

 

 まほの言う通り、本当に後は試合が始まるのを待つだけとなったのだ。

 戦車道連盟は秘密裏に、黒森峰を含む大洗への加勢の意思を示す学校の戦車の持ち込みを認め、大洗女子学園側は大洗の戦車隊メンバーに知らせる事無く、そして文部科学省に気付かれる事も無く、今回大洗女子学園側に参戦する戦車隊員たちの短期転校手続きを受理した。

 これで、小梅たち黒森峰戦車隊のメンバーは一時的に大洗女子学園の生徒となり、大学選抜チームとの試合に参戦する事が可能になった。

 他の学校も黒森峰同様に準備が整い、各々の手段で試合会場の北海道へと向かっている。

 

「何せ相手は、あの大学選抜チームだから・・・」

 

 大学選抜チーム、というチームの存在は知っている。前に、大学選抜チームと、くろがね工業という実業団関西地区第2位のチームが試合をするというチラシを見たからだ。

 その後で試合結果を戦車道ニュースで見たが、まさかの大学選抜チームが勝利し、大学生が社会人に勝ったこの試合は、戦車道界隈にも波紋を生んだという。実際この結果を見た織部と小梅も、驚いたものだ。

 実業団、つまり社会人は、織部たち学生の身分からすれば、自分たちよりも長く生きている分経験も知識も上の存在だ。大学生たちは、織部たちより少し年上とはいえ、まだ社会人よりも若い。そして、くろがね工業は関西地区第2位と言うのだからそれだけ強いチームなのだろう。

 だがそれでも、その経験と知識と実力の差を大学選抜チームはひっくり返し、白星をあげた。つまり、その大学選抜チームの実力は高いという事だろう。

 ニュースサイトを見れば、大学選抜チームを率いているのは、島田流という戦車道の流派の次期後継者であるが、13歳で大学生に飛び級した少女・島田愛里寿。戦車道新聞にも彼女の事は“天才”と記されていた。

 この大学選抜チーム対くろがね工業の試合は、今後開催されるであろうプロリーグに合わせて20輌対20輌の殲滅戦ルールで行われたのだが、くろがね工業の車輌のおよそ5割、つまり10輌はまさかの島田愛里寿の乗る巡航戦車・A41センチュリオンが撃破したとあった。たった1輌で10輌も倒すなど、聞いた事が無い。ジャイアントキリングもいいところだ。

 その島田愛里寿及びセンチュリオンの驚異的な戦闘能力、3人の副官の連携攻撃、全体的に大学選抜チームの練度が高かったこと、これらの要素が合わさりくろがね工業は敗れたようだ。例え、くろがね工業の主力戦車が、長射程重装甲のソ連製重戦車・IS‐2であっても、歯が立たなかったのだ。

 総評すると、ただ強い、とにかく強い、滅茶苦茶強いという表現が相応しい大学選抜チームだ。

 そんなチームと戦うとなると、緊張しないはずがない。

 

「西住隊長も、これまで戦ってきたどのチームよりも強いって言ってましたからね・・・」

 

 織部が黒森峰に来てから今日に至るまでに黒森峰が戦ったのは知波単、継続、聖グロリアーナ、そして大洗。織部が来る前にはもっと多くの学校と戦っていたのだろう。

 最強と呼ばれる黒森峰を破った大洗よりも強いとなれば、過酷な戦いとなる事は想像に難くない。

 だが、そうなるのは承知の上で、小梅のみならず、まほも、エリカも、他の学校の皆だって決意を固めて大洗を助けに行くのだ。

 

「・・・・・・でも、どうして大洗は廃校になってしまうんでしょう・・・」

 

 小梅が、織部と同じように窓の夜空を見ながら、悲しげにつぶやく。

今回の騒動の発端は、文部科学省が大洗女子学園の廃校を強行したことにある。戦車道全国大会優勝を果たした大洗の偉業は知っているはずなのに、どうして廃校にしてしまうのか。それが、分からないのだ。

 

「せっかく、みほさんが立ち直ることができたっていうのに・・・・・・・・・」

「・・・・・・小梅さん」

 

 横に立つ小梅の声に、若干の感情の乱れを感じる織部。

 

「みほさんが、自分だけの戦車道を見つけられたっていうのに・・・・・・・・・・・・っ」

 

 織部が小梅の方を見る。肩は震え、拳は強く握りしめられている。

 そんな小梅が抱いている感情は、悲しみではなく、理不尽な事に対する怒りだ。

 小梅と出会ってから、織部は小梅の多くの表情を見てきた。泣いている顔は見ていて織部も悲しくなるし、小梅が笑えば自分も笑顔になれて、温かい気持ちも感じる。

 けれど、喜怒哀楽の中で怒りは未だかつて見た事が無い。それだけ小梅が穏やかで優しい性格をしているというのもあったのだが、今まさに、織部の目の前で小梅は怒りの感情を見せている。

 それだけ、何の罪もない大洗が廃校になり、みほがやっと見つけた自分の居場所と戦車道をまた失ってしまうということが許せなかったのだ。

 小梅がそう思う理由・・・それは夏休みで小梅はみほとまほが和解したのもあるし、全国大会の決勝戦でみほは自分の戦車道を見つけたと告げて、大洗が自分にとっても大切な場所だと言った事にある。

 小梅が怒る気持ちは、織部も痛いほど分かった。

 

「・・・・・・小梅さん」

 

 その小梅の肩に、織部は手を優しく置く。そこで、小梅は織部の顔を見上げた。肩の震えがわずかな時間を置いて収まり、握りしめられた拳も解かれる。

 

「・・・・・・怒りで周りを見失っちゃダメだ。それは決して、いい結果を生まない」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 怒りに任せて戦っても、行動を起こしても、後々の結果は良くはならない。確かに、怒りや憎しみのエネルギーは時としてすさまじい力へと変わるが、大抵は身を滅ぼす結果に、ろくでもない結果に終わってしまう。

 そして怒りは憎しみに変わり、自分を見失い、最悪の場合は周りも見失ってしまう。

 織部は、小梅がその怒りに囚われてほしくはなかった。いつもみたいに、優しく笑っていてほしかった。自分勝手かもしれないが、怒りに囚われて周りを見失い、過去とは別の意味で孤独になるというのだけは、止めてほしかった。

 

「・・・・・・・・・ごめんなさい」

「大丈夫だよ。でも、小梅さんの言い分ももっともだ」

 

 少し感情を荒げてしまい、織部に心配をかけてしまった事を小梅は素直に謝る。

 織部は小梅が謝った事は気にしない。何しろ織部だって、面には出していないが、自分の中で怒りがふつふつと湧いているのが自分でもわかる。それぐらい織部も、今回の文部科学省の強硬策には強い嫌悪感を抱いていた。

 

「そして、だからこそ・・・・・・・・・小梅さんは大洗に、みほさんに協力する。そうでしょ?」

 

 なるべく小梅を安心させるかのように、織部は小梅に微笑みかける。それで、小梅の中の荒立っていた感情も落ち着いてきて、最近見せるようになった笑みを小梅は見せてくれた。

 

「はい・・・・・・・・・もう、みほさんに悲しい思いをしてほしくはありませんから」

 

 黒森峰で糾弾されて悲しい思いを嫌というほど経験して、黒森峰を去ってしまったみほ。そんなみほに対して小梅は、自分が何かできたかもしれないというのに何もできなかったのが悔しかった。

 だから今度は、そんな後悔などしたくないと強く願い、みほへ協力することを決めたのだ。隊長のまほが、小梅と小梅の戦車の練度を高く評価して招集をかけたのは驚きだったが、願っても無い事だ。もし自分が選ばれてなかったとしたら、小梅は自分からまほに、自分も参加したい、行かせてほしいと直談判するつもりだった。

 

「みほさんの積み上げたこれまでの事を、無かったことになんてできません。だから私は、たとえ相手が誰であっても、全力で戦います」

 

 自分の強い意志を籠めて告げられた小梅の言葉に、その意気だ、と考えて織部も小さく頷く。

 織部は、この試合を全て見届けるつもりだ。なぜ自分がこの前の非常召集で呼ばれたのかは分からず、試合会場に行くのかもなお分からないが、これは好都合だった。

 こうして小梅の決意を聞くことができたし、小梅の傍にいられるからなおいい。何より、みほを取り巻く事情はまほやエリカ、小梅から聞いていたから、みほの事も気がかりだった。どんな結末になるのかは分からないが、この事態を知った以上は結末を自分で見据えたかった。

 

「頑張って、小梅さん。応援するよ」

「はい!」

 

 そう言って、小梅は振り分けられた自分の部屋へと戻っていった。

 この飛行船はかなりの魔改造が施されており、推進用の動力は高く、構成する材料は限界まで軽量化できるよう図られており、マウスを除く黒森峰所有の戦車は燃料・弾薬を搭載したままでも、組み合わせ次第では10輌積むことができるまでにグレードアップされている。

 そして、人間が乗り込むスペースにも仮眠用の部屋がいくつも設けてあり、部屋の中には2段ベッドが2台ずつ合計6部屋と、隊長・副隊長用の部屋が1つずつある。

 織部にも一応空き部屋を1つ用意されていたが、1人で部屋を占領するというのも少し気が引けたので、今はテーブルと椅子がいくつも用意されているこのキャビンにいる。

 しかして、眠気は一向に訪れないのでどうしようもなかった。あくびの1つも出てこないので、明日の試合中に眠ってしまわないことを祈るほかない。

 そんなことを思っていると、コックピットへとつながるドアを開けてまほが現れた。手には小さな紙を持っている。

 

「・・・まだ起きていたのか」

「・・・・・・・・・緊張してなかなか眠れないので」

 

 織部に声をかけるが、それは怒っているのではなく、少しばかりの心配が混じっているような声だった。織部が素直に、恥ずかしそうにその理由を告げるとまほは小さく『そうか』と頷く。

 織部の隣に立って、先ほどの小梅と同じように夜空を見渡すまほ。そして、手に持っていた小さな紙に目を落とす。

 何かが書いてあるのが織部にも横目で分かったが、カタカナばかりが書かれていて、薄気味悪い気がする。ホラー映画でよく見るような恐ろしさがあった。

 

「・・・それは?」

 

 たまらず織部が聞いてみると、まほはその紙を織部に見せる。

 

『アキノヒノ ヰ゛オロンノ タメイキノ

 ヒタブルニ ミニシミテ ウラガナシ

 キタノチニテ ノミカワスベシ』

 

「ダージリン・・・聖グロリアーナが発信してきた暗号だ」

「暗号・・・?」

 

 まほ曰く、この暗号文はどこで試合が行われ、どのようなルールで試合が進むのか、その意味が込められているという。前半の部分は、試合が行われるという合図らしい。

 そう説明を受けても、織部はこの3行のカタカナの文にそれだけの意味が込められているなど微塵も思えない。詩的表現をしていても、詩に傾倒しているわけでもない織部には分からないし、すさまじい脳内変換としか思えなかった。こうして織部のような一般人が、これを見ただけでは何のことだか理解できない、と思わせるのがそもそものダージリンの狙いだったのだが。

 織部が説明を受けても困惑している様子をみて、まほも小さく息を吐く。それは決して、織部に呆れているというわけではなく、むしろ逆に同情しているような感じだ。

 

「これによれば大洗と大学選抜チームの試合は、殲滅戦で行われるらしい」

 

 殲滅戦、と聞いて織部も頭の中で『はぁ?』と言わざるを得なかった。

 殲滅戦は、敵チームの車輌を全て倒した方が勝ちという至ってシンプルなルールだ。それは織部も知っている。

 だが、大洗の戦車は元々8輌しかいないのに対し、大学選抜チームはその3倍以上の30輌投入すると発表された。

 社会人チームとの試合によれば、大学選抜チームの主力戦車はパーシング、隊長車はセンチュリオン、斥候はチャーフィーと、大洗のどの戦車よりも比較的性能が良く、センチュリオンは恐らく大洗のみならずどの学校の主力戦車よりも強い。

 そんな戦車30輌を相手に戦うなど、いかに大洗であっても自分から死にに行くようなものだ。

 

「・・・それは、あまりにも残酷では・・・?」

「それは十分わかっている。だが、他に大洗が助かる手はないんだ」

 

 そう、本当にもうこれしか大洗が助かる術はないのだ。

 全国大会の黒森峰との決勝戦など目じゃないぐらいの圧倒的かつ絶望的な戦力差をひっくり返して勝利するという奇跡に近い勝利を収めるほかに、大洗が存続する方法は無い。溺れる者は藁をもつかむ、という表現が相応しく思える。

 

「それで、黒森峰はどうするんですか?」

「何も変わらない。みほを、大洗を助けて勝利し、みほたちにとっての大切な場所を取り戻す。それだけだ」

 

 基本方針に変わりはない。まほの言った通り大洗に加勢して勝利をもぎ取り廃校を撤回させる。たとえ相手が大学選抜チームという最強の敵であっても、だ。

 まほほどの人物がこのぐらいで怯むとは到底思っていなかったし織部も、その通りだと静かに笑って頷いた。

 それにまほだって、小梅同様、いやそれ以上にみほの事を大切に思い、身を案じている。だからこそ相手がどれだけ強くても、みほを助けるためにこうして試合に加勢し、例え文部科学省に目を付けられるというリスクを背負ってでも加勢に向かう。

 

「・・・・・・一つ、聞いてもいいですか?隊長」

「なんだ?」

 

 けれども織部の中には、まだ解決していない疑問があった。それはどうしても、まほしか知らない事だ。

 

「どうして、僕を呼んだんです?」

 

 冷静に考えてみれば、まほが織部にみほとの事について相談したのであっても、今回の試合と織部は無関係に近い。正確に言えばみほの事を知っている織部にとっては無関係ではないのだろうが、試合に参加できず、大洗に短期入学する事も不可能な織部は今こうして試合会場に向かう意味も無い。できる事など何一つ無いのだから。

 それなのに、まほは小梅たちと同様に織部に非常招集をかけ、その上で試合会場に来るように言った。

 なぜなのか、それが全く分からない。

 

「・・・・・・君にみほの事を話したから、だけでは少し説明不足か」

 

 よほど理解力が高くなければ、それだけでは納得できない。確かに、みほの事情はまほから聞いているが、それだけではこの試合にまで呼んだ理由にはならない。

 

「正直な話だが・・・・・・・・・」

「?」

 

 まほが、織部と目を合わせようとはせずに、窓ガラスの外に広がる空を見つめながら言葉をポツリと呟く。

 

「君と話をしてから、安心感を抱くようになったんだ」

「・・・・・・はい?」

 

 唐突な言葉に、織部もまほの横顔を見るしかない。失礼とは思ったが、腑抜けた声を出さざるを得ない。

 だが、それでもなお、まほは織部と目を合わせようとはせず、空を見つめるままだ。

 

「君には何度か色々と相談をしたが、それは皆、普通の人からすれば聞かされても迷惑な事ばかりだっただろうと、自分でも思う。だが、君は真面目に話を聞き、そして真剣に考え、人間として真っ当な答えを私に示してくれた。それだけの事だったが、私にとっては新鮮で、何より嬉しい事だった」

「・・・・・・・・・」

 

 そして、織部の方を向く。

 その顔には、これから始まる熾烈な試合の事などまるで予感させないほどの穏やかな微笑みだった。

 

「君がいると、安心できる。だから、呼んだんだ」

 

 今、自分の目の前にいるのは、本当にあの西住まほなのか?

 西住まほに成りすました誰かではないのか?

 そう思えるぐらい、今のまほの言葉は穏やかで、純粋で、それこそまるで普通の女の子のような言葉だった。少し失礼かもしれないが、普段の謹厳実直たるまほとは程遠い言葉と表情だ。

 なぜ、どうして、そんな言葉をかけてくるのか。それは織部には皆目見当がつかなかったが、そこでまほは踵を返した。

 

「・・・・・・私は少し休む。エリカから休むように言われたからな」

 

 いつものような口調に戻るまほ。だが、織部は返事もできずまほの背中を見ていることしかできなかった。

 

「・・・・・・まだ起きているんだったら、操縦室に行ってエリカの話し相手にでもなってやってくれ。1人で操縦するのは寂しいみたいだからな」

 

 そう言ってまほは、隊長室へと入りドアを閉めた。

 だが、どうにも、腑に落ちない。

 確かにまほの言う通り、織部はこれまでまほの話を聞いていた際、自分でも真面目に、そして真剣に話を聞いていたつもりだった。それは織部自身が元々真面目な性格をしているのはもちろん、相手がまほという偉大な人物だったからでもあるし、相手が本当に悩んでいるというのもある。

 だから、『話ができてよかった』とか『安心して相談できる』とか、それぐらいの社交辞令に過ぎないような言葉を貰えるだけで、十分だと思っていた。いや、そんな言葉を期待して相談に乗っていたつもりはさらさらないが。

 だが、まほからの『君がいると、安心できる』という言葉は、先に述べた社交辞令とは少し意味が違うと織部にも分かる。

 話をして安心できるというのと、いるだけで安心できるというのは全く違う事だ。だからなぜ『いるだけで安心する』とまほが告げたのか織部には理解できなかったのだ。

 ともかく、この場に留まり続けると考えがごちゃごちゃになってしまいそうだったので場所を移す事にする。

 何処へ行くのかと言うと、操縦室へだ。

 ノックして中に入ってみると、驚くほどに静かだった。

 そして、よくテレビで見る旅客機のコックピットのように細々としたスイッチとメーターが付いているというわけでは無く、最低限のメーターや何らかのスイッチが設置されている程度だ。

 操縦室の中央には昔の船舶のような舵がついていて、正面の窓の外に広がる夜空を見ながら、その舵をエリカは静かに握っていた。

 

「・・・・・・何か用?」

 

 エリカが織部の方を見ずに声をかけてくる。

 

「西住隊長から、起きているなら逸見さんの話し相手になってやってほしいって言われてね」

「話し相手、ねぇ・・・」

 

 エリカが呆れたように笑い、舵から手を離して織部の事を真正面から見る。危なくないかと思ったが、どうやら自動操縦システムが搭載されているようで、別に手を離しても問題はないらしい。見かけによらず随分とハイテクだ。

 さて、ここで無下に『さっさと寝ろ』と突っぱねられるのか、それとも『なんか面白い話でもしなさい』と無茶振りをされるか、そのどちらかのビジョンしか織部には見えない。エリカには失礼だが、そんなことを言うイメージを織部は抱いていた。

 

「・・・・・・・・・あの島田愛里寿と戦う事になるとは、思わなかったわね」

 

 ところが腕を組みながら、肩をすくめて呟くエリカの口を突いて出た言葉は、そのどちらでもなかった。

 まほから言われてここにきた織部を放っておいたり追い返すのも、エリカが心酔するまほの意に反する事になると思ったのかは分からないが、一応話しかけてきてはくれたのでとりあえず安心する。黙って2人きりになったり、無茶振りをされたり、追い返されるよりずっとましだ。

 

「島田愛里寿の事、知ってるんだ?」

「当然じゃない。戦車道のニュースはいつも見てるし、社会人チームに勝ったってのも知ってるわ」

 

 確かに、エリカは戦車道の申し子と言ってもいいぐらい戦車道に心血を注いでいる。故に、戦車道の情報は逐一調べているし、次代の黒森峰隊長として黒森峰をより強くするために、他の戦車道チームの戦い方も、黒森峰に取り入れる余地のある戦略を使うチームの試合もマークしている。

 ついでに言えば、エリカの日課のネットサーフィンも戦車道について調べまくった故のものなのだが、それは織部も知らなくていい事だ。

 

「前に、黒森峰は大学選抜チームとも戦ってたね」

「そうなの?まあ、私が入学してから戦ったことはないし、もうメンバーも大分変わっているだろうしね」

 

 織部が言った、過去の黒森峰対大学選抜チームの試合は、中学生で不登校になっていた時、織部が生まれて初めて見た戦車道の試合の事だ。

 だが、エリカの言う通りあれから実に4年以上経っているのでメンバーも総変わりしているだろうし、仮に情報があったとしても役には立たない。

 

「・・・まあ、あの強さは普通じゃないわね」

「それは確かに」

 

 ため息をつきながらそう言うエリカは、島田愛里寿の戦いを思い出したらしい。といっても、実際に見たわけではなく、あくまで仕入れた情報だけで感じた事なのだろう。けれど、織部も戦車道ニュースを見ただけで島田愛里寿の強さは尋常ではないという事が分かった。

 

「副官3人のバミューダアタックとか言う連携攻撃も侮れないし・・・戦車はパーシングとかセンチュリオンとか固いのばっかりだし・・・・・・はぁ」

 

 考えるだけで気が滅入る、とばかりにエリカがまた一つため息をつく。強気なエリカにしては、いつになく弱気になっているように見えた。

 いつもは強気な人の普段は見られないような表情を見れるのは貴重だが、其れだと逆に調子が狂うという気持ちも織部にはある。

 

「不安なの?」

「冗談。隊長とみ―――あの子が手を組めば、相手が天才少女だろうと何だろうと、恐るるに足りないわ」

 

 調子づかせようと思ったのと、心配なのが相まって聞くと、エリカはいつも通りの気丈な態度で言葉を返してきた。

 だが、今のエリカの言葉にはみほの事を高く評価しているかのようなニュアンスがある。

 まだ織部と小梅が2人の両親に挨拶に行く前に、小梅、エリカ、まほの3人はみほと会って、まほはみほに過去の事を謝って、そして最終的に3人はみほと和解したと、小梅から聞いていた。写真も見たので、織部もそう確信している。

 とすると。

 

「逸見さんも、みほさんを助けたいと思ったんだ?」

 

 ところが、エリカは。

 

「バカ言ってんじゃないわよ。私はただ、隊長が戦うのなら私も共に戦うのであって、別にあの子の事なんてそんなに・・・・・・・・・まあ、ちょっとは心配だけど・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・素直じゃないなぁ」

「なんか言った?」

「空耳じゃないかな」

 

 いつか聞いたツンデレのようなエリカの言葉に、ついぽろっと本音を洩らしてしまう織部。その直後に割と本気の殺気を孕んだ鋭い目で睨まれたので、笑って誤魔化す事にする。

 エリカもフンと息を吐き、それ以上は追及してこなかった。

 

「ところで」

「?」

 

 そこで、次にエリカが織部に質問をしてきた。

 

「どうしてあんたまで付いてくるのよ」

 

 試合会場についてくるのはどうしてなのか、という意味だ。

 けれどその質問は、織部自身が知りたいことだった。その答えらしき言葉は一応、まほから受け取っているが、それで織部は全く納得していない。

 

「とりあえず、隊長から来るように言われた」

「ふーん・・・・・・ま、隊長も何か考えがあるんでしょうね」

 

 確かにそう言われたので、先ほどまほから言われた事については黙っておき、そう織部は伝える。織部自身も把握できていないからか、エリカは責めたりはしてこなかった。

 何しろ『安心する』と言われただけなので、本当に意図が掴めない。

 しかしながら、黒森峰を含め多くの高校戦車道の強豪校が大洗に加勢して大学選抜チームと戦うとなれば、見ごたえのある試合になるだろうと、織部は不謹慎かもしれないと感じながら思う。そう言う意味では、来ることができたのは僥倖だ。

 そこで、ノックの後で操縦室のドアが開く。入ってきたのは、エリカのティーガーⅡの砲手だった。長い黒髪をポニーテールにしたその少女の名は、泗水だったか。

 泗水は、操縦室に織部がいる事に少し驚きを見せたが、すぐに表情を戻してエリカに話しかける。

 

「副隊長、交代の時間です」

 

 言われてエリカも、壁に掛けられた時計を見る。織部も見上げると、時刻は既に夜中の2時を回っていた。知らない間に、随分と長話をしていたらしい。

 

「分かったわ、操縦頼むわよ」

「はい」

 

 エリカが泗水に操舵を譲ると、エリカは操縦室を出た。副隊長室に戻って仮眠をとるらしい。織部は泗水とは面識があまりなかったので、エリカと共に戻ろうとする。

 

「明日、頑張って」

 

 一応、エリカが部屋に戻る前に社交辞令程度の励ましの言葉を贈る。するとエリカの動きが止まり、織部を見て不敵に笑った。

 

「言われるまでも無いわ」

 

 そう言ってドアを閉めるエリカ。

 だが、あれでこそエリカだと織部は思う。言葉を受け取っても決して素直には返さずに、若干皮肉を交えて返事をするのが、織部の知るエリカだ。それは皮肉屋と言えるが、つい先ほどや、全国大会期間中にツンデレ的な反応を見せたのでそう言うところもあると見える。

 さて、既に時刻は2時を回っており、北海道の演習場近くの駐留場所には、試合が始まる2時間前の8時に着く予定だ。つまり後6時間はあるのだが、流石にその間キャビンで突っ立っているわけにもいかないので、割り振られた部屋で待機する事にした。ついでに、少し眠っておかないと明日の―――もう今日になったが―――試合は眠気で集中できなかったなんて事にもなりかねない。だから、気は進まなくても眠る事にした。

 だが、到着時刻ギリギリまで眠るという怠けた事はせず、ちゃんと準備を整えて戦車を降ろす際は手伝うべきだ。

 そう考えながら、携帯のアラームをセットして、2段ベッドの下段に織部は横になった。

 

 

 北海道は日の出の時間が本州よりも早いので、黒森峰の飛行船が北海道に到着した時には、もう太陽は朝とは思えないほど高い位置にあった。

 到着の1時間前には、休憩していた隊員たちは起床し、操縦士を除いて全員がキャビンに集合。ミーティングを行い、到着後の段取りと、昨夜ダージリンから受けた試合内容を説明する。

 もちろんその段階で織部は起きてミーティングにも参加したが、織部を除いて、まほとエリカを含めた全員が大洗女子学園の制服を着ていたのが驚きだった。普段は暗い色合いの制服やタンクジャケットを着ている黒森峰の隊員が、白と緑という明るい色の制服を着ているのを見ると変に感じる。

 だが、小梅は普通に似合っているし、直下も別にアンバランスではない。特に小梅の大洗の制服姿は写真に収めておきたいぐらいだったが、今はそれどころではないので後でこっそりお願いしてみようかと画策する織部。

 それはさておき、飛行船は戦車道連盟から秘密裏に指示された場所に駐機された。このすぐそばはもう戦車道演習場なのだが、開会式を行う場所までは大分離れている。加えて、到着予定地は少し風が強かったので、飛行船を固定するのに時間がかかり、戦車を降ろす時間が予定よりも少し遅れてしまった。

 飛行船の格納スペースから降ろされたのはティーガーⅠとティーガーⅡ、そして2両のパンターだ。ティーガーⅠとティーガーⅡにはそれぞれまほとエリカがいつも通り搭乗し、残りの2輌のパンターには小梅と直下が乗る。

 直下の普段乗る車輌はヤークトパンターなのだが、今回の大学選抜戦では恐らく固定砲塔は不利になるとまほが判断したので、整備はしていたが余っていたパンターで挑むことになった。

 それなら普段からパンターに乗る斑田を呼べばよかったのが、戦車隊の中でも直下たちの実力はそれなりに高く、加えて直下の車輌の操縦手は隊内でもマウスを除く車輌のほとんどを操縦できるスキルを持っていたので、今回呼ばれたようだ。

 ともかく、ほとんどの作業が当初の予定よりも大分遅れてしまっていた。今すぐにでも出発しないと開会式に間に合わない。試合前に間に合わなければ全ての策も無駄になってしまう。

 試合に参加するメンバーは、戦車に乗りこむとすぐにエンジンをふかして試合会場へと向かう。

 さて、織部は戦車に乗って行くというわけにもいかず、自力で試合会場まで向かわなければならなかった。けれど歩くにしては遠すぎる。

 幸いにも駐機場の近くには『大演習場東入口』というバス停があり(利用者は全くいないし時刻表もスカスカだが)、運よくバスにも間に合ったのでそれで試合会場最寄のバス停まで向かった。北海道大演習場は度々大規模な戦車道の試合が行われている場所でもあるので、専用のバス停と観戦席が設けられていたのだ。

 織部が試合会場に到着すると、多くの売店が出店しており、観客席には多くの客が座っている。そしてちょうど、織部が到着した時に今回の試合のルールが正面の特設モニターに表示された。それを見て、観客たちはざわついている。

 それはもっともなことで、8対30の殲滅戦など不公平にもほどがあるからだ。だが、なぜだか大洗女子学園側の戦車は表示されたのに対し、大学選抜チーム側の所有する戦車の情報は表示されなかった。

 モニターの上部には、今日の試合は『高校生と大学生の親善試合』と書かれている。どうやら、対外的な試合目的を設けて世間に問題が明るみに出ないようにしているらしい。

 織部は観客席でも比較的人の少ない後ろの方に座った。近くには、『関係者専用観戦席』とロープで仕切られた場所があり、その内側には織部も知る西住しほと、しほの近くには赤い洋服を着た誰かが座っていた。専用観戦席の外側には、自分と同い年ぐらいのスーツを着た青年が座っている。だが、織部の周りにも試合開始直前になるとすぐに観戦客が座った。

 ちなみに今、織部は支給された黒森峰の制服に上着を着て、制服を隠す形になっている。下は普段通りのスラックスだが、上だけ黒森峰の服となると悪い意味で注目を集めかねないので、その対策だ。

 

 

 開会宣言の直前で、黒森峰の戦車4輌が姿を現し、大洗女子学園の制服を着たまほとエリカが戦車から降りた事で観客席は困惑に包まれる。

 だが、大洗女子学園の戦車一覧表に黒森峰から参戦した4両の戦車が追加され、ここで観客たちも黒森峰が大洗の味方に付くと理解し、観客たちは盛り上がり始めた。今年伝説を打ち立てた大洗と、高校戦車道最強と謳われる黒森峰が手を組むのだから、その試合が面白くないはずはないと。

 だが反対に、審判部本部から観戦している文部科学省の辻は憤りを見せていた。

 

「戦車まで持ってくるのは反則だ!」

 

 その隣に座る戦車道連盟理事長の児玉は涼しい顔で扇子を仰いでいる。何しろ、児玉は黒森峰たち他の学校が大洗に加勢しに来る事を知っている、というか児玉が手を回したも同然なのだから。

 

「みな私物なんじゃないですか?私物がダメってルールありましたっけ?」

「卑怯だぞ!!」

 

 児玉が笑いながら言い、辻が食って掛かるが意にも介さない。

 児玉としても、大洗が廃校になってしまうというのは可哀想であり同情せざるを得ないし、また気の毒に思っていた。そして廃校になるよう仕向けた文部科学省の下に戦車道連盟があるため、何かを意見したり反対する事は難しかったのだ。悪い言い方をすれば、戦車道連盟は文部科学省の言いなりになっていたところもある。

 さらに児玉は、今回の大洗廃校の件で目の当たりにした、国のお役所の集う霞が関で染み付いた性格なのだろうが、辻の狡猾で姑息なやり方が気に食わなかった。

 だから、その辻に一杯食わすことができたので児玉は満足しているのだ。

 そして黒森峰を皮切りに、サンダース、プラウダ、聖グロリアーナと言う戦車道四強校、さらにアンツィオ、継続、知波単と言う強豪校が一堂に会し、22輌あった大学選抜チームと大洗女子学園の車輌の差はすぐに埋められて、大洗も30輌揃った。これでようやく、対等な条件で戦うことができる。

 だが、それでもなお辻は文句をつけてきた。

 

「試合直前での選手増員はルール違反じゃないのか!!」

 

 納得がいかないとばかりに辻が喚き散らす電話の相手は、今回審判長を務める蝶野亜美。

 確かに辻の言う通り、これは認められるかどうかがはっきりとしない、極めてグレーラインの加勢だった。

 だが、試合開始前であればこれについて意見することができるのは実際に相手と戦うチームだけであり、主催者と審判はチームの意見を尊重する形になっている。試合中であれば審判及び主催者も異議を唱えることができ、没収試合もしくは退場とすることができる。

 そして児玉は、島田愛里寿と大学選抜チームはこの加勢を認めると、確信していた。

 島田愛里寿は天才と言われているが、同時に彼女は島田流戦車道の後継者、つまり西住まほ同様に島田流の代表でもある。ここで加勢を拒否してしまうと、島田流の名誉に傷がつきかねないので、高確率で加勢を承認するだろう。

 さらに、この試合で大学選抜が勝利しても、この試合を行う“本当の理由”が世間に知れれば、大多数で少数の大洗を蹂躙し、そして彼女たちの居場所を奪ったと批判されてしまう。そうすれば、大学選抜チームとそのチームを率いる島田愛里寿及び島田流も矢面に立たされる。それを考慮する可能性も十分高い。

 何よりも、島田愛里寿も戦車乗りの1人であり礼節を重んじ、試合には平等な条件で挑みたいと思っているはずだ。

 これらの事は全て可能性の話だが、それでも確信に近いレベルの可能性だ。

 そして辻は、亜美から芳しい返事が得られなかったようで舌打ちしながら携帯を切った。

 島田愛里寿は、やはり加勢を認めたらしい。30対30の殲滅戦で、確定した。

 いつになく焦り不満げな辻の様子は見ているだけで愉快だったので、児玉はしてやったり顔で笑っていた。

 

 

 作戦タイムの間、戦車の整備を進めている各校の戦車の中で、小梅はパンターの整備の合間に周りを見回していた。

 小梅のパンターの右隣にはエリカのティーガーⅡ、左隣には聖グロリアーナのクルセイダー、前には大洗のM3リー、後ろにはプラウダのT-34/85。他にも多くの学校の戦車がここで整備を進めている。

 そしてここにいる黒森峰を含めすべての学校は、みほと繋がりのある学校だ。練習試合をした聖グロリアーナ、全国大会で戦ったサンダース、アンツィオ、プラウダ、大洗のエキシビションマッチで手を組んだ知波単、そしてみほが黒森峰にいた時に戦った継続。

 どの学校も強豪校と呼べるほどの強さを誇り、これだけいれば天才少女・島田愛里寿率いる大学選抜チームにも勝てるかもしれない。

 ここにいる誰もが、聖グロリアーナの隊長・ダージリンの提案で大洗を助けに来たのだという事は知っている。

 だが、ここに来たのは強制ではなく、紛れもなくそれぞれの意思だ。皆それぞれが、みほたち大洗がこのまますごすごと戦車道の世界から姿を消してしまうのを、黙って見過ごすことができないからだ。

 大洗に、みほに負けた者は、敗北を糧にして成長し、大洗に勝つために日々研鑽を重ねている。

 大洗に、みほに勝った者は、大洗が成長して、いつか自分たちを超える日を待ちわびている。

 皆にとって大洗とは、ライバルであり、越えるべき存在であり、そして何より同じ戦車道を歩む仲間だ。

 その仲間を守るために皆ここへ集まったのだ。

 そう思うのは、小梅だって同じ。いつかまた成長して大洗に勝つために、そして大洗でみほが見つけた戦車道を守るために、小梅もまた戦う。

 

(今度こそ、みほさんを守るんだ・・・)

 

 夜中、飛行船の中で織部に告げたように、この試合で今度こそ、みほと大洗の皆の居場所を守ると心に誓っていた。

 そして、まほだって同じことを思っている。エリカも口ではそうは言っていなかったが、多分心の中ではそう思っているのだろう。直下もみほの事は認めていると聞いていたから、直下だって気持ちは同じのはずだ(その直下が近くに止まっているヘッツァーを見て歯ぎしりをしていることを小梅は知らない)。

 そこで、操縦手の玉名が整備が完了したことを伝えると、それとほぼ同時に作戦会議を終えた各校の隊長クラスの人たちが戻ってきた。

 整備をしていた小梅たち及び黒森峰の隊員は、自然とまほの下へ集まり、大隊長であるみほが立案した作戦“こっつん作戦”を真剣に聞く。ただ、大真面目にまほが “こっつん作戦”と言った時は、一部の隊員は思わずくすっと笑ってしまったが。そしてなぜか、エリカがしょんぼりとした顔をしている理由は、小梅たちには分からなかった。

 ともあれ、作戦は決まり、中隊の編成も決まった。自分たちの属する“ひまわり中隊”はまず高地を奪取し、高地左右に展開する予定の中隊をサポートする。

 作戦を聞き届けると、全員は戦車に乗りこみ、試合開始地点へと移動して試合開始の合図を待つ。

 その試合開始地点へと向かう合間に、小梅の車輌の砲手である泉が小梅に話しかけてきた。

 

「私たちの腕が・・・大学選抜に通用しますかね・・・」

 

 全国大会決勝戦に出た時もそうだったが、小梅の車輌の乗員は、小梅を除き全員が今年入隊したばかりの新人だ。決勝戦だけとはいえ、全国大会に出場できただけでもすごいのに、こうして大学選抜チーム戦、しかも大洗の廃校撤回をかけた重大な試合にまで参戦するというのは、気後れするものだろう。

 

「でも西住隊長は、皆の腕を信じて、今回私たちに大洗の手助けをしてほしいって言ってくれたんです」

「それは、そうですけど・・・・・・・・・」

「つまりそれは、西住隊長が皆さんの戦車乗りとしての腕が先輩の皆さんよりも秀でていると評価しているという事です」

 

 泉が、その事実に今気付いたように小梅の事を見る。

 小梅は基本的に人を悪く言いはしないし、先ほどの発言も先輩や他の隊員たちの腕を甘く見ているというわけで言ったのではない。泉と、恐らく泉同様緊張している他の乗員の不安を和らげるために言ったのだ。

 そしてこの言葉は、小梅自身にも言い聞かせている。小梅だって、相手が大洗よりも強いとなると気が抜けないし、そんな相手と戦うのは正直不安で仕方がない。その自分自身の不安も抑える形で、小梅は先の言葉を口にしたのだ。

 

「それに、皆さんより1年長く戦車隊にいる私から見ても、皆さんは入隊した時よりもずっと上手くなっています」

「本当・・・ですか?」

 

 泉が不安げに聞くが、ここで嘘をつく理由はない。だから小梅は迷わずに『はい』と言って頷く。

 

「もっと、自分に自信を持っていいんですよ。皆さんは強いんですから」

 

 その言葉に、戦車の中の緊張した空気が緩んだのを小梅は感じた。皆は小梅の言葉で、自信を持つことができたらしい。

 

「・・・・・・全力で挑みましょう。そして、大洗の皆さんの居場所を守りましょう!」

『・・・・・・はいっ!』

 

 戦車に乗る全員から、はきはきとした返事を受け取り、小梅も笑う。

 どうやらもう、緊張や不安は無くなっていたようだ。

 そこで玉名がパンターの速度をゆっくりと落とす。どうやら試合開始地点に到着したらしい。

 小梅はそこで、キューポラから身を乗り出す。前を見れば小高い山―――高地が見える。あそこを先に取れるかどうかが、作戦遂行のカギになる。

 続けて周りを見渡す。既に30輌の戦車は3つの小隊ごとに分かれており、小梅の所属するひまわり中隊は黒森峰とプラウダ、そして大洗のⅢ号突撃砲とヘッツァーが所属する。黒森峰の厚い装甲と高い火力は言わずもがな、プラウダには長射程重装甲高火力のIS‐2、さらにⅢ突とヘッツァーも長射程高火力と、高地からの支援砲撃にはもってこいだ。

 試合開始時刻が迫り、これから始まる激戦に向けて、小梅は気を引き締めて、前を見据えた。

 今度こそ、みほの居場所を守るために、みほが見つけた戦車道を見つけるために、絶対にこの試合には勝つ。

 やがて、試合開始を告げる号砲が鳴った。

 

 

 それはあまりにも唐突で、残酷だった。

 最初の戦闘で、知波単の戦車を2両失いながらも先に高地を奪取した大洗連合チーム。

さあ支援砲撃を始めようとしたその背後で、『ドゴゴッ!!』という巨大な爆発が突然起きた。それはさながら火山の噴火にも見えて、織部の座る観客席では『噴火したぞ!』と勘違いした誰かが叫んでいた。

 そして、またしても高地で大爆発が起きた時、信じがたい、受け入れたくない場面を織部は見てしまった。

 その2回目の謎の大爆発は、パンター2両の近くで発生し、爆風に煽られて、2両のパンターは横転して――――

 

 

『パンターG型2輌、行動不能』

 

 

 

『大洗女子学園

 残存車輌:28→26輌

 行動不能車輌:九七式中戦車(旧砲塔)

        九七式中戦車(新砲塔)

        パンターG型

        パンターG型』

 

 告げられたアナウンス、大洗女子学園側の車輌が2輌失われた事を示すモニター。

 その非情な結果を視覚と聴覚で認識し、織部は一切の表情を失ってしまった。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 あの吹き飛ばされた2両のパンターの内、1両には小梅が乗っている。中は特殊カーボンでコーティングされているので、例え横転しても決して乗員は怪我をしないと知っていたのだが、織部にとって重要なのはそこではない。

 みほに悲しい思いはもうさせないと意気込んでいて、大洗が廃校になるという事実を聞いて普段は見せないような怒りの感情を露わにした小梅が、あのパンターの中にいる。

 どれだけの覚悟を背負い、決意をもってこの試合に小梅は参加したのか、それは小梅の理解者であり、恋人である織部はよく知っていた。

 だから、あんな訳も分からない爆発1つでその小梅の決意と覚悟が踏みにじられたのを目の当たりにして、織部の中でマグマのようにグラグラと煮えたぎるほどの怒りが込み上げてきたのが、自分でも分かった。

 歯ぎしりをして、ギリギリと小さく音を立てている。

 スラックスを、強く握り、皴になる。

 こうでもしないと慟哭を上げてしまいかねない。それほどまでに、織部の中の怒りは大きかった。

 そのすぐ後に降ってきた雨なんて、まったく気にしなかった。

 

 

 その後、大洗女子学園側が急ごしらえの小隊を編成し、あの大爆発の原因について偵察に向かわせた。

 その結果、あの大爆発を起こした車輌の正体は、カール自走臼砲などと言う戦車と呼んでもいいのか分からないような代物と判明し、そのカールの映像が画面に写されると、観客席からはブーイングや野次がそこかしこから飛んだ。

 だが、織部もモニターに向けて、晴らす事のできない怒りの感情を、声にならない大声にのせて発した。

 過去に理不尽な理由で心に傷を負い、普段は穏やかな織部でさえも、これは許すことができなかった。

 

 

 観客席から、戦車道の試合では聞いた事のないブーイングを聞いて、轟音と共に大洗に向けて1トン以上もの砲弾を放ったカールの映るモニターを、審判部本部の児玉は渋い表情で見る。

 

「これを直前になって認可させたのは、この試合のためだったんですな・・・!」

 

 一昨日突然、文部科学省がカール自走臼砲を戦車として認め、試合投入を許可するように申請を出してきた。いや、申請というより命令に近い形だったし、戦車道連盟は、大洗と大学選抜チームの試合が近い今、文部科学省の機嫌を損ねてはせっかく掴んだチャンスを潰されかねないと危惧し、大人しく承認してしまった。

 その結果がこれだ。

 

「言いがかりはよしていただきたい」

 

 隣に座る辻が、足を組んで『計画通り』とばかりに下衆な笑みを浮かべてしれっと返事をする。

 ここで辻を責めても何の解決にもならないので、児玉は不必要に責め立てはしない。

 

「しかし、オープントップなのに戦車と認めていいんですか?」

 

 だが、それだけは聞いておきたかったので児玉が尋ねる。

 戦車道ではオープントップ、つまり選手が車体外部で作業する必要のある車輌は使用できない。カールだって実際は、砲弾の装填と発射は元々乗員が外で作業するものだった。

 

「考え方次第ですよ」

 

 だが文部科学省は、人が外にいなければ使えると判断し、カールに改造を施した。

操縦手席と車長席が設置されている車体下部に新しく砲手席を設け、さらに砲弾の装填を自動装填システムにして車外に人を出さないようにした。

 戦車道の規定で戦車に搭載できる装備は、終戦までにその車輌に搭載する予定だった装備と記されている。しかし目の前のカールの自動装填装置は“装備”ではなく“機構(システム)”であり、乗員の安全を確保するために搭載したものだと主張した。

 そしてこのカールの装甲は10mmの装甲を除けば無いも同然だし、速度は極めて遅く機動性は最悪なため、決して倒せない車輌ではないと理由を付けて強引に認可させてきた。

 だが、結果このカールはこの試合で3輌もの戦車を撃破し、用心深くパーシングを3輌も護衛につけ、確実に大洗を敗北へと近づけている。

 今さらながら、文部科学省の強引で非道なやり方を思い知り、児玉も苦虫を嚙み潰したよう表情を浮かべる。

 ちなみに、大学選抜チームの島田愛里寿を含む大半の隊員は、試合直前で強引にカールを編入させて、フォーメーションや小隊の再編成を余儀なくされた。それが原因で、文部科学省に対して嫌な感情を抱いているのに、当の文部科学省は気付いてはいない。

 

 

 だが、大洗の小隊がカールを護衛小隊ごと全滅させたのは流石の辻も度肝を抜かれたらしく、小さく舌打ちしていた。その横で児玉は小さくガッツポーズをとる。

 観客席では、カールが撃破されて白旗を揚げた瞬間大歓声に包まれる。中には『ざまーみろ!』と叫ぶおっちゃんもいた。

 織部も、両腕を突き上げて『やった!』と声を上げる。

 あんな理不尽な兵器で、大洗を助けたいと願ってここまでやってきた小梅を含めた隊員たちの乗った車輌を3輌も葬ったのが許せなかった。

 だからこそ、そのカールが撃破されて、せいせいした。

 

 

 そして大洗は遊園地に大学選抜チームを誘い込んで試合を有利に運んでいく。地形を最大限に活かし、時には欺瞞作戦を使い、またある時は遊具まで利用して大学選抜チームを翻弄していく。

 大学選抜チームの残存車輌数が10を下回った時には織部も勝てると思っていた。だが、大学選抜チームの島田愛里寿の乗るセンチュリオンが本格的に参戦し、大洗の戦車を瞬く間に次々と撃破していく様は、見ているだけで寿命が縮まるようだった。

 倒し、倒され、また撃破し、撃破され・・・。

 一進一退の攻防が繰り返されているうちに、気付けば残る車輌はみほのⅣ号戦車とまほのティーガーⅠ、そして島田愛里寿のセンチュリオンの3輌だけになっていた。

 織部を含め、観客席の誰もが息をのみ、モニターをのめり込むように見る。モニターの中で戦車が動き回り、砲弾が放たれ、時に接触して火花が散る。Ⅳ号戦車のシュルツェンが剥がれていき、握る手に汗が滲む。

 Ⅳ号戦車とティーガーⅠがセンチュリオンに向けて突進する。そこでティーガーⅠが空砲を放ち、それを後ろにもろに受けたⅣ号戦車が急加速。島田愛里寿の不意を突く形で急接近し、右の履帯と転輪を粉砕されても勢いは止まらず、ゼロ距離でⅣ号が狙撃。

 センチュリオンとⅣ号戦車から白旗が揚がった。

 

 

 

『大洗女子学園 対 大学選抜チーム

 残存車輌:1    残存車輌:0 』

 

 試合が終わり、集計の結果がモニターに映し出される。

 この試合は殲滅戦。先に相手の残存車輌数を0にした方が勝つ。

 という事は、つまり。

 

『大洗女子学園の勝利!!』

 

 審判長の嬉しさを隠しきれないほどの試合結果を聞くと、ほとんどの観客が立ち上がり、声を上げ、腕を突き上げ、抱擁し、喜びを露わにする。

 織部だって、声を上げて喜んだ。

 この試合は本当に見ごたえのあるものだったし、大洗の常識にとらわれない戦いをまた見ることができて嬉しかったし、何より大洗の廃校が撤回される事になったのが、一番嬉しかった。

 しかして、織部の心には突き刺さって抜けない不安がある。

 カールに倒されてしまった小梅の事が、気がかりだったのだ。

 まだ試合が始まって間もないのにリタイアさせられて、みほの力になれたとはとても言えない結果に終わってしまったのだから。

 ほぼ間違いなく、小梅は落ち込んでしまっているだろう。

 そんな小梅に、自分はどんな言葉をかけることができるのか、織部には分からない。もしかしたら、今度ばかりは無理かもしれない。

 織部の周りの人たちはみな純粋に勝利を喜び大洗に拍手を送っているが、織部はそんな不安を胸に抱えながら勝利を称え拍手を送った。

 

 

 

「わーっはっはっはぁ!!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 大洗の勝利が決まった瞬間、年甲斐もなく立ち上がって腕を振り喜びを体現する児玉。

 その隣でこの世の終わりのような表情で暗澹たる雰囲気を醸し出し俯いている辻。面白いぐらいに対照的だった。

 島田愛里寿の無双と言うべき戦車の連続撃破には児玉も息をのみ、辻がまたしても悪意のある笑みを浮かべていた。

 だが、その島田愛里寿を倒し、大洗の廃校が撤回されることが決まった今、児玉の心は喜びに満ちており、反対に辻は完全に絶望していた。

 大洗の廃校を強行し、さらに大洗を潰すためにカールを無理やり認可させた文部科学省を出し抜けたのは爽快だし、大洗の生徒たちが自分たちの力で自分たちの居場所を取り戻すために戦うというのは、年を食ったせいかもしれないが本当に感動的なものだ。これほどまでに戦車道で喜び興奮したことは、随分と久しい。

 そんな児玉は、文部科学省の失態と言っても過言ではない事態を巻き起こした自分の今後を想像して座ったまま落胆する辻の事など放っておいて、閉会式を行う場所へと鼻歌を歌いながら向かって行った。

 

 

 関係者用に区切られた観客席には、2人の人物が座っている。

 1人は、高校戦車道連盟理事長であり、プロリーグ設置委員会の委員長でもある西住しほ。黒いスーツと乗馬用のズボンがフォーマットの彼女は、この大洗女子学園対大学選抜チームの試合を組むように仕向けた人物の1人でもある。

 そしてもう1人は、しほとは対照的にワンピースにも似た赤い洋服を着る、薄い色素の長い髪の女性。彼女は、大学戦車道連盟の理事長であり、大学選抜チームの隊長・島田愛里寿の実の親で、現島田流戦車道家元の島田千代だ。

 

「次からは蟠りの無い試合をさせていただきたいですわね」

 

 千代もまた、この試合が行われた本当の理由を知っている。

しほから話を受け、文部科学省の辻からも『日本戦車道の発展のために大洗は廃校になるべきだから、何としても勝ってほしい』と言われていた。

 だから、この試合自体が文部科学省と戦車道連盟及び大洗女子学園の思惑が交錯した、何とも靄がかかったように気分の悪い試合だったと思う。試合の内容自体は面白かったのだが。

 もしも、またこうして大学選抜と大洗、というよりは高校選抜の試合を行う事が叶えば、それは政治の蟠りとは全く関係ない試合であってほしいとねがい、そんな言葉を口にした。

 

「・・・・・・まったく」

 

 そう短く返事をするしほは、千代と同じような事を考えてはいたが、内心ではガッツポーズをとっていた。

 みほの学校の廃校が撤回されたのは嬉しいし、みほとまほが協力して戦ったというのも親としては嬉しい。

 加えて、こうしてみほの下にこれまで戦ってきたライバルたちが集まったのを見ると、みほには人望があるという事がよくわかる。まほが、全国大会の決勝戦前に多くの学校の隊長たちがみほに激励の言葉を贈ったと言っていたが、あれも本当なのだと気付かされる。

 しほが素直ではない態度をとってしまったばかりにみほを追い詰めてしまい、黒森峰と戦車道に背を向けるきっかけを作ってしまったしほだが、結果的に今こうしてみほは多くの仲間と戦友を手にし、天才と言われている島田愛里寿に、姉の力もあったとはいえ勝利した。この試合を見ると、みほは本当に強く逞しく成長したのだと実感せざるを得ないし、親として娘の成長を見ることができて嬉しかった。

 みほを突き放す発言をしたことは後悔しているし、そのおかげで今のみほがいると開き直るつもりも毛頭ない。だが、自分が突き放した結果みほは自分の戦車道を見つけ強くなったのだと思うと、人生とは数奇なものだとこの歳で気付かされる。

 みほに宛てて書いている手紙はまだ途中だが、新しく書くことが増えたなと、共に戦った仲間たちと笑顔で言葉を交わしているみほを見ながら、しほはそう思った。

 

 

 閉会式を終えて加勢に来た学校の生徒たちは、次に会うのは敵として戦う時だ、とばかりに大洗のメンバーに向けて不敵に笑いかけ、それぞれの方法で帰って行く。

 だが、まほのティーガーⅠと小梅のパンターだけはそのまま飛行船の駐機されている場所に直帰せず、大洗の戦車隊が乗って帰るフェリーの港まで付いていった。まほが付いていったのはまほ自身の意思でみほも気にしていなかったが、小梅はしっかりとまほに許可を取って、エリカにも断りを入れてある。

 港に着くと、人気の少ないふ頭でみほとまほが言葉を交わす。それを小梅と、みほの乗るⅣ号戦車のメンバーは遠目から見ていた。

 楽しそうに笑って話しているので、険悪な雰囲気はしない。まほが、本当に屈託のない笑みを浮かべているのも、小梅は初めて見た。やはり妹の前だから、本当に素で接することができるのだろう。

 その途中で、まほが何か思いつめた表情でみほに言葉をかける。だが何を言っているのかは、小梅たちには聞こえなかった。

 やがて2人はまた笑い、握手を交わす。そこで大洗のメンバーは、ホッとしたように息を吐き、微笑む。どうやらまだ彼女たちは、みほとまほの仲がギクシャクしているのだと思い込んでいたらしいが、2人が握手を交わしたのを見て、仲直りできたというの実感して安心したようだ。

 みほとまほが握手を解き、話しが終わったのを確認すると小梅はみほの下へと足を踏み出す。

 それにみほは気付いたようで、小梅が十分に自分へと近づくのを待った。

 

「みほさん・・・・・・・・・」

 

 大隊長として、自分のチームの戦車がどうなったのかを大まかに知っているみほは、小梅の乗るパンターがどんな事になってしまったのかを知っていた。

 小梅は、この試合にどんな気持ちと覚悟を抱いて挑んだのか、自分でもわかっている。だからこそ、早々にリタイアして、何の力にもなれなかったことが申し訳なかった。

 もしかしたら、自分は来なくても何も変わらなかったんじゃないかとさえ思える。

 

「私・・・・・・みほさんを助けるためにここまで来たのに・・・・・・ほとんど力になれなくて・・・」

「・・・・・・・・・ううん、そんな事無いよ」

 

 悔しさと哀しさが混ざるような声で、俯きながら小梅が謝ろうとして言葉を紡ぐが、みほはいつもの優しいふわりとした声でそれを否定する。小梅がみほの顔を見ると、みほは笑ってくれていた。

 

「私たちを助けようと来てくれただけで、十分嬉しい。その気持ちだけでも、本当に、嬉しかった」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・小梅さんのパンターが倒されたって聞いた時、私は思ったの。助けに来てくれた小梅さんの思いを無駄にしないために、絶対に勝たなきゃって」

 

 みほは、小梅の事を名前で呼んでくれた。同じ大洗のチームメイトであっても、よほど親しい相手でもない限りは名字で呼んでいたみほが、この前黒森峰に来た時はまだ小梅の事を名字で呼んでいたみほが、小梅の子を名前で呼んだ。

 だが、それについての嬉しさは後回しだ。みほの先ほど言った言葉を思い出す。

 

「お姉ちゃん、ケイさん、カチューシャさん、ダージリンさん、アンチョビさん、ミカさん、西さん・・・皆が助けに来てくれた時、本当に嬉しかった。嬉しくて、本当に嬉しくて、涙が出るくらい・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

「それで、皆が私たちを助けに来てくれたから、皆の気持ちは絶対無駄にしないために、絶対この試合に勝つんだって心に決めた」

 

 あの時、試合開始直前で他の学校の戦車が応援に駆けつけて来てくれた時の事を、みほは思い出して顔がほころぶ。

 あの時、黒森峰は最初に到着したので、小梅も他の学校の戦車が駆けつけてきた時は感動にも似た気持ちになった。

 

「だから・・・・・・小梅さんが来てくれたのも、本当に嬉しかったし、小梅さんの気持ちも無駄にしたくなくて、私たちは戦った」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

「小梅さんも、私たちを助けたいと思って駆けつけて来てくれたって、私は思ってる」

 

 そうだ。小梅は強くそう考え、決意して、ここまでやってきたのだ。結果はどうであれ、小梅がそう思っていたことに、覚悟を決めていたことに変わりはない。

 みほは、明るい太陽のような笑顔を小梅に向けて言った。

 

「小梅さんが来てくれなかったら、例え小梅さんがそう思っていたのだとしても、その気持ちに気づけなかった。でも小梅さんは来てくれたから、私たちの事を本当に助けたいと思っていたんだって分かったよ」

「・・・・・・・・・」

「その思いがあったから、私も全力で戦って、私たちの学校を取り戻すことができた・・・!」

「・・・・・・・・・」

 

 

「だから・・・・・・来てくれて、本当にありがとう・・・!」

 

 

 ほとんど役に立てなかった自分に対して、こんな温かい言葉をかけられて、嬉しくないはずがない。

 耐えられずに、小梅は涙を流す。それでもみっともなく泣くのが恥ずかしくて堪えるが、みほが優しく抱きしめてくれたことで、もう抑えが利かなくなり、大粒の涙を流す。

 小梅が泣き止むまで、みほは小梅の事を抱き締めて、背中をさすってくれた。

 その様子を、まほは慈しむかのような笑みを浮かべて見ていた。

 小梅のパンターの乗員たちも、本当によかったとばかりに笑い、2人の様子を見つめていた。

 Ⅳ号戦車のメンバーも、一部がもらい泣きしてしまっていたが、それでも二人の様子を静かに見守っていた。

 

 

 日没前に北海道を出発した黒森峰の飛行船は、陽が完全に沈み真夜中と表現するに相応しい時間帯になった今、日本上空を飛行している。

 その飛行船のキャビンに、織部と小梅はいた。2人とも、テーブルを挟んで向かい合って椅子に座っている。日没前にはエリカとまほが話をしているのを見たが、何を話していたのかは2人の知るところではない。

 そしてつい先ほどまで、織部は直下に絡まれて愚痴を聞く役に徹していた。

 せっかく熊本からはるばる助けに来たのに、カールとか言うふざけた車輌にイチコロにされ早々にリタイアしたので、フラストレーションが解消されていないのだ。大洗の勝利が決まり、廃校が撤回されたと聞いた時は、それは直下も喜んだ。けれども、やはりあの撃破は忘れられないものだったらしい。

 そんな直下の愚痴を時間にしておよそ1時間ほど聞かされて、愚痴を吐き出し終わると疲れが出てきて眠くなったのか、織部に『悪かったね』と言いながら自室に戻っていった。あれは恐らく熊本に着くまで起きないだろう。

 絡み酒ってああいう感じなのかな、と苦笑しながらため息をついていると、小梅が部屋から姿を見せて、今現在に至る。

 

「・・・・・・・・・試合、大変だったね」

 

 だが織部は、小梅にどう言葉をかけていいのかもわからなかった。小梅が今回の試合でどんな事態に陥ってしまったのかは忘れてはいないし、それで小梅が凹んでいないとは到底思えない。

 そのことは、小梅にとっても辛い事だろうし、迂闊に触れてほしくは無いような事なのかもしれないが、それでも心が押し潰されてしまいそうなほど心配になった織部は、そう言って話を切り出してきた。極力小梅を傷つけないように配慮しての言葉だった。

 

「・・・・・・ええ、まさかあんな車輌を持ち出して来るとは思いませんでした・・・」

 

 だが、小梅の表情はそこまで落ち込んではいないし、喪失感や劣等感に囚われているような様子も無い。

 織部は、試合の後で小梅とみほが話をしたのを知らない。だから、みほと直接話をして、例え小梅のパンターが序盤でやられたとしても、応援に来た事で小梅の気持ちは伝わったと知り、小梅の中の喪失感や劣等感はもう無くなっていた。

 けれどそれを織部は知らないから、まだなお小梅は落ち込んでいると思い込んでいた。

 

「・・・でも、いくらなんでもひどすぎるよ、あんなの」

 

 試合開始前の夜中に、この飛行船で小梅の気持ちを聞いていたから、織部も小梅の気持ちを分かっていたつもりだ。もう2度と、みほに悲しい思いはさせまいと決意し、過酷な戦いに身を投じる覚悟を決めて試合に挑んだという事も、理解している。

 だから、その小梅があんなバカみたいな車輌に倒された事に憤りを覚え、怒り心頭に発した。そして、その仇のカールが撃破された時はスカッとした。

 だが、にっくきカールがやられたからといってそれまでの過程が帳消しになったわけではなかったので、途端に空しくもなった。

 大学選抜チームに勝った時は達成感を抱くことができたが、それでも小梅がやられた時の事を思い出し、突っかかりを覚えてそれが抜けずにいた。

 

「・・・・・・小梅さんが、どれだけの思いで試合に挑んだか、僕は分かってるつもりだ。だから、あんな車輌にやられたのが、悔しくて仕方ないんだ・・・」

「春貴さん・・・」

「だから、小梅さんも・・・・・・悔しいと思ってるんじゃないかって・・・・・・落ち込んでるんじゃないかって、思ってる」

 

 織部の心配はもっともだった。小梅だって、恐らくあの後でみほと話をしていなかったら、今も立ち直る事なんてできなかったかもしれない

 

「・・・実は私、さっきみほさんと話をしたんです」

「え?」

「助けに行ったのに、あんな有様で・・・。何もできなくて謝ろうとしたんです」

 

 そう言えば、撤収作業をしていた際、まほのティーガーⅠと小梅のパンターだけ帰りが遅かったような気がした。

 試合が終わり、閉会式が終了した後で織部はすぐに飛行船が駐機された場所へと戻っていった。だから、戻ってきたのがエリカのティーガーⅡと直下のパンターだけだったのを疑問に思い直下に聞いてみたのだが、首を横に振っていた。

 いなかったのは、それが理由だと今織部は知った。

 

「ごめんなさい、話してなくて・・・・・・」

「いや、それは別にいいんだけど・・・・・・」

 

 小梅が頭を下げるが、それは織部も気にしてはいない。気になるのは、みほとどんな話をしたのかだ。

 

「それでみほさん・・・私たちが助けに来なかったら、助けたいと思っているのにも分からなかったって言ってました」

「・・・・・・」

「助けに来たから、本当に私たちがみほさんたちの学校と居場所を守りたいと思っていたんだって・・・その気持ちが伝わったって」

 

 気持ちを証明するには行動を伴わなければならない事が多い。

この試合に介入しなければ、試合の前後を問わず、例え誰かが『廃校なんて許せない』と言っていたり感じていても、それは当人には伝わりにくい。

 だが、黒森峰を含め、多くの学校が大洗に加勢したことから、みほたち大洗も、皆が本当に大洗を救いたいという気持ちが直接伝わった。みほが言いたかったのはそう言う事だ。

 

「私たちが駆けつけて来てくれたから、その気持ちを無駄にしないためにみほさんは全力で戦うことができて、絶対に勝つと決意することができて、それで戦ったんです。あの試合で勝てたのは、皆のおかげだってみほさんは言ってくれました」

 

 単純に戦車と隊員が増えて戦力の底上げをしてくれただけではなく、誰もが大洗を救いたいと切に願っていたからこそ、大洗は勝利することができたのだと、そう言っていた。

 

「私が駆けつけてきたのを見て、みほさんも私が本当にみほさん達を助けたいと思っていたんだって気付いてくれました。その思いがあったから勝つことができたんだって・・・」

 

 小梅が笑い、瞳に涙をにじませる。あの時のみほの言葉を思い返して、あの時感じた嬉しさを思い出して、それで涙を見せた。

 

「それで、みほさんは私に、ありがとうって言ってくれたんです」

 

 そうか、と織部は心の中で呟いた。

 小梅の気持ちは、晴れていたのだ。小梅がどれほどの思いを抱えて大洗の応援に駆け付けたのか、みほは分かってくれた。そしてその思いは、確かにみほたちの力となって、勝利という結果を生み出した。

 それを小梅はみほから伝えられて、そこでもう喪失感や劣等感は心の中から消え去ってしまったのだ。

 

「・・・・・・春貴さん」

「?」

 

 織部が感慨深げに頷き、目を閉じていると小梅に声を掛けられて、慌てて顔を小梅に向ける。

 

「春貴さんも私の事、心配してくれてるんだろうなって、思ってました」

「えっ・・・・・・」

「だって、真面目で優しい春貴さんだから、多分心配してるんじゃないかな、って」

 

 まさしくその通りだったので、逆に笑えてしまう。まさについ先ほどまで、小梅は落ち込んでいるのではないかと考えていて、何とか慰めようとしてこの話を切り出してしまったのだから。

 

「みほさんと話をしたって事をすぐに伝えられなかったのは、ごめんなさい・・・それで、春貴さんに心配を掛けさせてしまって」

「謝る事なんて無いよ。僕がただ単に知らなかっただけなんだし」

 

 織部は首を横に振る。確かに心配していたことは事実だが、小梅の話を聞いた今では心配は無用だったと気付き、安心しているのだ。

 

「小梅さんの中の暗い気持ちが晴れているんなら、それだけで十分だよ。みほさんと話をして、小梅さんの気持ちも無駄じゃなかったって気付くことができたのなら・・・」

「・・・・・・・・・」

「僕は、それで十分だ」

 

 あまり、あの時の事を何度も蒸し返したりすると、小梅の中で消え去った暗い感情が蘇りかねない。そうして小梅が落ち込んでしまうのは、織部も望んではいないし、小梅にとっても良くはない。

 それに織部の言葉も紛れもない本心だった。

 小梅が落ち込んでしまっているのなら、その小梅を慰めるのは恋人であり、婚約者(と言うのは些か恥ずかしいが間違っていない)でもある自分の役目だと、織部は自負していた。

 だが、小梅が助けたいと思っていたみほ本人から、来てくれて嬉しかったという気持ちを聞き、小梅が悲しさから脱することができたのであれば、それでよかった。

 小梅の気持ちを救えるのは自分だけだ、というのは思い上がりだし、妄信とも言える。実際には、小梅の周りには手を差し伸べる人が何人もいるのだ。織部とてその内の1人でしかない。

 だから織部は、みほの言葉で持ち直すことができた小梅の笑顔が見られるだけで十分なのだ。

 

「よかったね、小梅さん」

「・・・・・・はい」

 

 そう言って、小梅は優しく笑ってくれた。

 その笑顔だけで、織部は小梅の覚悟と気持ちは報われたのだと、心底思わされる。

 それで十分だった。




アジサイ
科・属名:アジサイ科アジサイ属
学名:Hydrangea macrophylla
和名:紫陽花
別名:ハイドランジア、西洋紫陽花(セイヨウアジサイ)
原産地:日本、アジア、北アメリカ
花言葉:辛抱強い愛情、元気な女性、無情、冷酷など


これにて、この作品のいくつ目かの山場である劇場版編は終了しました。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
ですがこの作品は、まだ少しだけ続きますので、
最後までお付き合いいただければ幸いです。

小梅とみほが話をしたのはオリジナルの描写ですが、
小梅を慰める役目はみほの方が、小梅が報われるし後味も悪くないと思い、
こうしました。お気に召さないようでしたら申し訳ございません。

感想・ご指摘等があればお気軽にどうぞ。




余談
役人のシーンは見ていても書いていても楽しいと思うのは筆者だけですかね?
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