春に芽吹く梅の花   作:プロッター

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吾亦紅(ワレモコウ)

 西住まほは、黒森峰女学園の戦車隊の隊長を務めている3年生だ。

 西住の姓から分かるように、まほは日本戦車道における二大流派の一つである西住流の師範・西住しほの直系の娘であり、後継者として期待されている存在だ。

 去年の全国戦車道高校生大会では優勝を逃すも、大会でのMVPに選ばれ、さらに国際強化選手としてメディアから注目されており、全国に名を馳せている。

 小学生の頃の戦車道大会ではドイツ代表と戦い勝利し、最優秀選手に。才覚は幼いころからあったらしい。

 性格は西住流の跡取りと言う事と、黒森峰という強豪校のリーダであるがゆえに生真面目で厳格、かつ冷静沈着。戦場では取り乱さず、例え不測の事態に陥っても慌てることなく的確な指示を味方に下す。

 まほの家系、経歴、性格全ては戦車道の世界では広く知れ渡っており、専門家曰く『高校戦車道において彼女の右に出る者はいない』らしい。

 そんなまほは今。

 

「・・・・・・」

 

 食堂で、織部の目の前で黙々とカレーライスを食べていた。

 いきなりあの超がつくほど有名な西住まほに呼び出されたことに驚く暇もなく、『君と少し話がしたい』と言われた。

 何を言われるのかと思いおっかなびっくりついて行けば、食堂でそれぞれメニューを注文して、こうして席に向かい合って座り食事を食べている。

 話をしたいと言ってきたのはまほの方なのだが、肝心のまほがカレーライスを食べるのに集中していて、話しかけるタイミングがまるで掴めない。織部の手元にあるフライ定食には全く手が付けられていない。

 

(・・・・・・・・・気まずい)

 

 今も周りからの視線は感じる。

 何しろまほの総じてクールな性格は、校内の非戦車道履修生からすれば『カッコいい憧れの人』、戦車道履修生からすれば『尊敬する頼れる隊長』と捉えられている。故に同性からの人気も非常に高く、熱っぽい視線をまほは多方向から向けられている。

 加えて織部は、本来黒森峰にはいないはずの男子だ。だから余計に注目を集めやすい。

 しかし、あの西住まほと面と向かって座っているだけで緊張感マックスだというのに、その上他から視線を集めているなんて、織部の心は押し潰されそうだ。

 どうしたものかと思っていたところで、まほが最後の一口を食べ終える。口をナプキンで拭き、水を飲んで一息ついたところでまほが織部の事を見据える。

 

「織部君」

「あ、はい」

 

 姿勢を正し、話を聞く態勢に入る。何を言われるのかはまだ分からない。その口からついて出る言葉が聞く前から怖い。

 けれどここで印象を悪くしてしまえば、今後この黒森峰での生活が保障されず、最悪元居た学校に送り返されてしまう。

 とにかく、一言一句聞き逃さず、どんなことを言われても動じないでいよう、そう決意した。

 

「改めて、黒森峰戦車隊隊長の西住まほだ。よろしく」

 

 普通に右手を差し出される。最初はどうしていいのか分からず戸惑ったが、織部は単純に握手を求められているのだと思い至り、慌てて汗が滲んだ手をハンカチで拭いてから、そっと差し出された右手を握る。

 

「・・・・・・初めまして・・・織部春貴です」

 

 握手をした直後、遠い方から黄色い歓声が聞こえた気がする。だがまほは気にせず、そして織部もその声を聞きつつも意識はそちらには向けず、まほの顔を見つめる。

 やがて手は解かれ、お互いの差し出されていた手はそれぞれの膝の上に置かれる。

 

「いきなり呼び出してしまってすまない」

「いえ・・・それで、話とは一体・・・?」

 

 まほの謝罪を聞きつつ、やっと本題に入れると思いながら織部は用件を伺う事にする。まほは、織部の顔を見つめながら告げる。

だが、まほは織部が緊張しているのを感じ取り、大人でも怯むような険しいものではなく、女性的な穏やかな表情を浮かべる。

 

「いや、大した用ではないんだ。ただ、君が黒森峰に戦車道を学ぶために来たという事を聞いて、直接話をしたくてね」

 

 学校の先生は、織部が黒森峰に戦車道についての事を学ぶために留学してきた事は当然知っている。そして、黒森峰の誇る戦車隊の隊長であるまほに話が行くのもまた当然と言える。そのまほが、黒森峰に『戦車道を学びたい』と言ってやってきた男に直接話を聞きに来るというのは、あまり変な話とは言えない。

 どうやら自分は、無茶振りをされることも詰問されることも無いようだと思い、織部は一先ずホッとする。

 

「・・・・・・君は、『戦車道を学びたい』という理由でここに来たのは聞いた。だが、なぜ黒森峰に来ようとしたんだ?戦車道を学べる学校は他にもあるのに」

 

 まほの疑問は誰もが抱く事だろうと思う。

 日本において戦車道のカリキュラムがある学校は至る所にある。その中には無論、共学の学校だってある。しかし、なぜ織部はそれらの学校に行かず黒森峰に来たのか。しかも、2年生から。

 その理由は、今朝根津には話さず、昨日小梅には少しだけ話した事だった。

 

「・・・僕は、日本戦車道連盟と個人的なつながりがあるんです」

「日本戦車道連盟と?」

「はい・・・。僕は将来戦車道連盟に就きたいと思っています。それを日本戦車道連盟に相談したところ・・・・・・日本戦車道連盟の理事長は黒森峰は高校戦車道連盟の理事長を務める西住しほさんがバックについていて、しほさんともつながりがあるという事で黒森峰に掛け合ってみた結果・・・留学という形で僕がここに来ることが許可されたんです」

「・・・・・・にわかには信じられないが・・・」

 

 まあそれも仕方がない、と織部は苦笑した。

 何しろ、戦車道は乙女の嗜み、女の世界だ。戦車とは無縁の男であるはずの織部が、簡単に日本戦車道連盟とかかわりを持つなど身内に関係者がいない限りできないだろう。

 それはまほも思ったようで。

 

「・・・どうやって、日本戦車道連盟に繋がりを作る事なんてできたんだ?」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 まほがそう尋ねてきたのは、純粋な興味からだろう。

 だが織部にとって、そもそも日本戦車道連盟とかかわりを持つきっかけとなった出来事は、織部が思い出したくもないような過去が原因だ。

 織部が口を閉ざしてしまうと、まほは『ああ』と声を上げて話しかける。

 

「何か話したくない理由があるというのなら、話さなくてもいい」

「?」

「皆、何かしら心に抱えているものがあるからな・・・」

 

 そう語るまほの顔は、先ほどまでの穏やかな表情とは違い、僅かに暗かった。

 まほは黒森峰の戦車隊隊長で、西住流師範の娘であり後継者だ。自分のような一介の高校生には分からない葛藤や悩みを抱えているのだろう。

けれど、まほの『話さないでいい』という言葉はありがたかった。織部だってなるべくあの時のことは話したくなかったから。

 

「・・・すみません」

「いや、気にしなくていい。本当ならもっと色々話したいところだったのだが・・・もう時間が無いな」

「色々?」

 

 まほの言葉を問い返すと、まほは先ほどまでの暗い表情を消してふっと笑う。

 

「黒森峰に男子が来たのは初めてらしいからな。戦車隊の隊長としてでも西住流の後継者としてでもない、1人の学生として純粋な興味があったんだよ」

 

 織部は少し安心する。

 まほの肩書は西住流後継者、国際強化選手、戦車隊隊長とどれをとっても織部には程遠い存在だった。そんな肩書を3つも持つまほなど、やはり自分の様な一学生とはまるで違う、遠い世界の人間だと思っていた。けれど、こうして留学生―――しかも黒森峰ではありえないはずの男に興味を抱く辺り、まほも自分と同じ学生なのだなと、少し安心したのだ。

 まほは名残惜しそうに食堂の壁にかけられている時計を見る。

 昼休みの時間は限られているし、まほは戦車隊の隊長だ。おそらく何か別の用件があるに違いない。まほも学生の1人であるというのに、休み時間もろくに休めないとは気の毒に思える。

加えて織部はまだ昼食に口を付けていない。織部の昼食を摂る時間も考えてまほは、話を打ち切ってしまったのだ。

 

「・・・・・・今日の6時限目は選択科目だ。君は戦車道を見るのだろう?」

「もちろんです」

 

 まほの質問に織部は当然と言わんばかりに答える。

 

「今日の予定は、殲滅戦ルールの模擬戦だ。君には、今日は隊員と一緒に審判をやってもらおうと思う」

 

 新学期が始まって一番最初の戦車道の授業からいきなり殲滅戦の模擬戦とは、流石強豪校。初日から厳しいものだ。

 それにしても、他の隊員と一緒とはいえ織部が審判をやるというのは寝耳に水。いくら戦車道についての勉強をしているとはいえ、審判まではマークしていなかった。初日は見学ぐらいだと思っていたのに。

 

「集合は授業開始時刻の5分前だ。それまでに格納庫の前に集合するように」

「あ、はい」

「じゃあ、またあとで会おう。いきなり呼び出して、済まなかった」

 

 そう言うとまほはトレーを持って席を立ち、返却口へと言ってしまった。

 随分と足早に去って行ってしまった気もするが、やはり他に用事があったのだろう。

 織部は心の中で『西住隊長頑張れ』と思いながら、すっかり冷めてしまったフライ定食に手を付けようとする。しかし、そこで自分に向けられている視線を感じた。

 その視線を感じ取り、織部が辺りを見回す。やがて自然と目に入ったのは、空の食器が載ったトレーを持っている小梅だった。

 小梅は何か不安そうな目でこちらを見ていたが、織部が小梅の姿を視認したことに気付いたのか、逃げるように返却口に食器を返し食堂を出ていってしまう。

 

(・・・・・・何なんだ?一体・・・)

 

 

 教室へと戻る間も、織部は多くの生徒からの注目を集めてしまう。やはり、女子校という場所に男という異分子がいるのが目立つ原因となっていて、こればかりはどうしようもない。皆がこの状況に慣れるまでどれだけの時間がかかるか分からないが、ともかく今は視線に晒されるのを耐えるほかない。

 まるで無数の視線が矢のように突き刺さる中で、織部は何とか教室にたどり着く。それは教室に着いても同じだったが、こちらに寄ってくる人が2人。

 1人は根津。もう1人は根津より少し背の高い、緑がかった薄茶色のミディアムヘアーの少女だ。頭のてっぺんで跳ねているアホ毛が特徴的。

 彼女の名前は斑田。彼女もまた戦車道履修生であり、パンターG型の車長だ。アホ毛が特徴的だったので織部は斑田の事は覚えていた。

 

「織部、大丈夫だった?」

 

 根津が聞いてくるが、織部は別に死地に赴いたわけでも、尋問を受けたわけでもないので笑って言葉を返す。

 

「別に何もなかったよ。普通に話をしただけ」

「でも隊長と2人っきりで話するって、相当ハードル高いよね・・・」

 

 織部の言葉を聞いて、斑田が苦笑する。確かに、戦車隊の隊長であり国際強化選手やら西住流の跡取りやら肩書がすごすぎる人物と2人だけで話をするなんて、緊張しないはずがない。下手すると面接なんかよりも緊張するんじゃなかろうか。

 それから授業開始の予鈴が鳴るまでの少しの間、織部は根津と斑田と話をした。別に内容は他愛も無いもので、戦車道や黒森峰の事を話した。黒森峰の練習は大変だとか、少し校則が厳しすぎないかなとか。強豪校であっても、勤勉で真面目と評されていても、やはり学生らしい悩みは抱えているようだ。それを知って織部は安心に似た感覚を得る。彼女たちもまた、自分と同じ高校生なのだ。

 だが、ここでも織部はなぜか視線を感じてしまう。その視線の主は、顔を見なくても、その視線の下を辿らずともわかるような気がした。

 

 5時限目終了の鐘が鳴ると、続く6時限目の選択科目に向けて各々準備に取り掛かる。しかし、織部と同じクラスの小梅、根津、斑田を含めた十数名の生徒は、授業終了の号令が終わるや否やすぐに鞄を持って更衣室へと走っていく。他のクラスメイトはゆっくりと席を立ち他のクラスメイトと雑談をしている。

 だが、織部は次が選択科目であるのと、自らを戦車道履修生と言っていた根津と斑田が出て行ったのを見て、今教室から出て行ったのは戦車道を選択している人か、と織部は納得する。

 それと同時に、織部は小梅も戦車道履修生だったのかと気づいた。

 これまで何度か話をしてきたのに、そんな話は聞いていない。いや、小梅が自分から話さなかったし、織部が聞かなかったのもある。けれど、織部がここに来た理由が『戦車道を学ぶため』と言ったのだから、その場で小梅が『自分も戦車道履修者です』と言っても別に違和感はない。

 だが、小梅は言わなかった。単に自分の事を話すのが苦手なタイプなのか、それとも自分が戦車道履修生だと知られたくないのか。

 そんな当てもない事を考えているが、織部は自分も5分前には格納庫前に集合するように言われていたのを思い出し、自分も急いで格納庫へと向かう。

 織部が着いた頃には既に何十人といる戦車道履修生が、襟と袖が赤く縁取られた黒のタンクジャケットを着て整列しており、さながら本物の軍人のように姿勢を正して立っている。

 どこに並べばいいのか分からなかった分からなかった織部は、とりあえず端に立つことにする。

 ここでもやはり織部は女子校にいる男子と言う異分子であるがゆえに注目を集めてしまう。だが、その注目も次の瞬間消えてしまう。

 

「全員、気を付けッ!」

 

 突如聞こえた声。それを聞くとその場にいた全員が、視線を前に向けて姿勢を正す。

 織部も他の皆と同じように姿勢を正すが、やはり自分以外の人はこの戦車隊に入って1年以上経っているのだから、自分と違ってきっちりしているように見える。

 ちなみに1年生は、どの選択科目を取るか決める期間が1週間設けてあるため、新入生が戦車隊に入るのは最短でもあと1週間後だ。

 話を戻し、今皆の前に立っている生徒を見る。その少女は、銀髪を肩まで伸ばしたつり目の少女だ。

 彼女の名は逸見エリカ。春休み前に黒森峰戦車隊の副隊長になった人物だ。だが、織部はその顔をここではないどこかで見た覚えがある気がする。けれど、どこで見たのかは思い出せない。

 そのエリカの隣には、昼休みに織部と食事をして話をしたまほがいる。その顔には先ほど見せたような穏やかな様子はなく、凛とした表情をしている。

 やがて6時限目開始の鐘が鳴ると、直後に点呼が始まる。エリカがクリップボードを手に、1人1人点呼を取っていく。最初に呼ばれたのは小梅だったので、恐らくは五十音順で呼んでいるのだろう。

 

「赤星小梅!」

「ハイッ!」

 

 小梅は、初日の自己紹介の時とはまるで違うような、はきはきと大きな声で返事をした。織部は『あんな声も出せるんだな』と感心した。

 その後も順調に点呼は続いたが、織部の名は呼ばれなかった。初日なので名簿に載っていなかったのかもしれない。

 

「隊長、点呼終わりました。全員います」

「よし」

 

 そこでエリカは一歩引き、代わるようにまほが前に出てくる。

 

「新学期になり、皆それぞれ新しい生活が始まって何かと慌ただしいと思うが、戦車道の訓練はいつも通り行う。心してかかるように」

『はい!』

 

 まほの言葉に全員が声を上げて頷く。

 全員の返事を聞くと、ちらっと端に立っている織部を視界にとらえる。織部は、まほが自分の事を見たのに気づいた。

 

「・・・そして今日より、新たに1人戦車隊に加わる事になった者がいる」

 

 そう言ってまほが、今度ははっきりと織部の事を見て、そして頷いた。それは恐らく『前に出て来い』というわけだろう。

 逆らえるわけもないので織部はゆっくりと前に立つ。簡単な自己紹介だけで済ませる事にする。だが、前に出た織部は当然ながら注目を集める。ましてや女子校にいるはずの無い男なのだから、興味深げな視線を向けられるのも仕方がない。

 昨日の新学期初日の自己紹介や今日の食堂の時など比ではない数の視線に晒されながらも口を開く。

 

「初めまして、織部春貴です。戦車道の事を詳しく学びたくて、留学してきました。よろしくお願いします」

 

 織部が頭を下げると、整列している隊員も頭を下げる。そこで、『これで大丈夫ですか』という意味も込めてまほの方を見ると、まほは小さく頷く。問題ないらしい。

 織部は安心して列に戻り、それを見届けるとまほは今日の訓練内容を説明する。

 今日の訓練は模擬戦で、試合形式は殲滅戦、場所は荒野だ。

 黒森峰学園艦の甲板上の、住民の居住スペースは最小限に抑えられており、それ以外のスペースは全て戦車道の演習場になっている。演習場の種類は荒野、草原、市街地。話によれば聖グロリアーナも戦車の演習場を所有しているらしいが、あそこは居住スペースと演習場を半々で分けているために演習場の広さは黒森峰よりも狭い。

 

 織部は黒森峰に来る前に、戦車道に関して一通りの勉強はしてきた。歴史や起こりはもちろんのこと、ルールやレギュレーション、戦車道連盟の組織形態まで幅広く学んだ。それら全てを覚えているかと言われるとその自信はないが、まったくの無知と言うわけではない。

 だが、いきなり審判を務めるというのは予想外だった。戦車を操縦しろと言われるよりは幾分マシではあるが。

 そして今、審判用の高台に織部は立っている。

 その隣には、今回の試合の審判長である小梅が立っていた。

 審判は基本1人では行わず、最低でも3人以上で行うものだ。今回模擬戦を行う場所は荒野“のみ”なので試合を行う範囲は狭く、審判も最低限でいいという結論になった結果、3人+織部が審判を行う事になった。ちなみに、黒森峰は試合を行う場所が広いため、時には荒野、草原、市街地全てに跨って試合を行う時もある。その時には審判の人数も増やす。

 黒森峰同様戦車道の強豪校と知られている聖グロリアーナは、1人でも多くの履修生を試合に参加させるために、審判役は1人と決めている。けれど、やはり聖グロリアーナと黒森峰では戦車隊の規模が違い、黒森峰の方が人員は多い。だからこうして模擬戦にも審判を3人に任せることができる。

 審判役は、首には双眼鏡とホイッスル、そして襟の部分には通信用のマイク、耳にはイヤホンを装備している。各審判が状況を俯瞰し、戦車が撃破される度にそれを審判長へ連絡。最終的に審判長が試合を行っている選手へ通達するシステムだ。

 審判用の高台は、試合会場の周りにいくつか設置されており、1つの高台につき1人の審判が立つ。

 つまり今、審判用の高台には織部と小梅の2人しか立っていない。

 

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 お互いに何も話さず試合開始を待つだけ。

 何かを話しかけようとは、思わない。小梅は恐らく、これから審判を務めるにあたり、どのようなプレーも見逃してはならないから、集中している。

 織部はその集中を乱すような真似をするわけにはいかない。自分はあくまで今日は見学で、サポートをするわけではない。それに、審判を見学させるという事は近々織部を審判に命ずる可能性が十分に考えられる。だから今後の為にも、小梅の一挙手一投足は目に焼き付けておかねば。手にはメモとペンを装備している。

 織部自身も集中しようとするが、そこで。

 

「・・・・・・織部さん」

 

 当の小梅から声を掛けられた。織部はハッとして小梅の方を向く。

 試合場を見据えている小梅の顔はどんな風なのか、後ろに立っている織部には分からない。

 

「・・・織部さんが良ければ、何ですけど・・・」

 

 小梅は目の前に広がる荒野を見たまま、織部の方は見ずに言葉を紡ぐ。織部は、その言葉をちゃんと聞き届ける。

 

「・・・・・・今日、一緒に帰りませんか?」

 

 小梅の言葉は、なんてことはない、ごく普通のお願いとも言えるものだった。

 けれど、織部にはそれが不自然でならない。

 春休みに一度出会ったものの、昨日は沈んだ表情を幾度となく見せ、今朝は根津と一緒にいた織部を避け、昼休みはやたらと織部の事を見ていた、およそ良好な信頼関係が築けているとは言い難い小梅が、急に『一緒に帰ろう』と言ってきたのが、不自然だった。

 けれど、小梅にも何か考えがあるのかもしれないし、もしかしたら小梅の本心を聞けるかもしれない。そう思って織部は、小梅のお願いを聞き入れた。

 

「・・・いいですよ。一緒に、帰りましょう」

 

 そこで、腕時計が試合開始時刻である15時を指したので、小梅が無線のスイッチを入れる。

 

「試合開始!」

 

 

 西住流は何があっても前に進む流派。

 そんな言葉をどこかで聞いたような気がする。だが、それはどこで誰が言っていたのかなどというのはどうでもよくて、先ほどまで行われていた試合はまさにその言葉通りのものだった。

 どちらのチームの戦車も、整然と並んで前進し、敵とぶつかりそうであっても怯まず前進。後退という文字はない。高火力を持って相手を叩き潰し、沈黙させる。

 黒森峰の所有する戦車の大半は重戦車と言う事もあり、どれも装甲は厚く火力は高い。そんな戦車隊の猛攻に耐えうる戦車隊はそうそういない。さらにその戦車隊を率いる隊長も、いかなる事態に陥ろうとも冷静に策を練り、指示を出すというのも相まって、黒森峰はまさに“王者”と呼ぶにふさわしい風格を漂わせている。

 先ほどまで行われていた模擬戦も、決して退かない戦車同士のぶつかり合いがあちこちで起きた。上から見ているだけでも、白熱した試合が行われたのが分かった。あくまで織部は審判の小梅の見学もといサポートだったが、それを忘れてつい試合に没頭してしまっていた。小梅が他の審判係と通信を交わしていたのは覚えているが、何て言っていたのかは覚えていない。勉強しに来たというのにこれでは本末転倒ではないか。結局メモも半分ぐらいしかかけていない。

 そんな模擬戦の事を思い出し、自分の行いを反省しながら、織部は小梅と一緒に帰路に就いていた。

 今の時刻は18時過ぎ。模擬戦が終わったのは17時すぎなのだが、審判長である小梅は試合を俯瞰的に見ていたということで戦闘詳細を書いておくように指示を受けていた。小梅によれば、もっと遅くなる時もあるらしい。

 小梅は、模擬戦終了後の全体ミーティングが終わった後で着替えて、教室に戻り戦闘詳細を書いた。手書きなのは、筆跡が書いた本人の証明になるのと、万が一データを紛失した場合に取り返しがつかなくなってしまうかもしれないからだ。これも恐らく織部が後にやらされるのではないかと思うと、ちょっと不安になる。

 そして30分ほどで詳細を小梅が書き終えると、小梅はまだ残っていたまほとエリカに報告書を提出し、織部と合流して2人で学校を後にした。

 帰り道で、同じ黒森峰の生徒に会うことは無かった。他の選択科目は既に終わってしまっているし、戦車道の履修生も既に帰ってしまっているだろう。

 家路を歩く2人の間に会話はない、と思ったのだが。

 

「・・・どうでしたか?最初の戦車道の授業は・・・」

 

 意外にも、小梅が話しかけてきてくれた。

 先ほど小梅から『一緒に帰ろう』と誘われるまでは、小梅の言動に不可解な点があったので戸惑っていたのだが、今こうして普通に話しかけられたのが意外だった。

 織部は驚いた様子を見せずに言葉を返す。

 

「・・・いきなり、サポートとはいえ審判なんて、ハードル高いなって思いました」

「ですよね。西住隊長、結構厳しいところがあるから・・・」

 

 厳しいところがあるというのには同意する。何せ西住流の跡取りで黒森峰の隊長なのだから、なよなよしていては隊長など務まらないし、優しすぎては真剣さに欠けてしまう。

 

「でも多分、織部さんも今後審判をする事になると思いますよ」

「やっぱり、そうですよね・・・」

 

 織部がこの先の事を考えて少し落ち込むが、小梅は微笑んで織部を励ます。

 

「何か分からないことがあったら、何でも聞いてくださいね。私も戦車道履修生ですから」

「・・・・・・・・・・・・はい」

 

 小梅の言葉は素直に嬉しかったが、同時に織部の頭には痛烈な違和感が生じていた。

 その違和感の正体は、なんとなくわかる。

昨日小梅は自分の事を話すのを躊躇い、今朝は避けるような態度を取っていて、日中は織部に対して視線を向けるだけで話しかけても来なかった。

 だが急にさっき『一緒に帰ろう』と誘ってきて、さらに『何でも聞いてほしい』と言ってきた。

 この前日から今日の夕方までと、その後の小梅の2つの行動がどうしてもかみ合わない。

 他人からすれば織部の考えすぎだと思うかもしれないが、織部はその“過去”故に疑り深い性格をしている。

 だからこそ、小梅のさっきの言葉に違和感を覚えたのだ。

 そこで後ろから声を掛けられる。

 

「織部君、赤星さん」

 

 振り向いてみれば、そこにいたのは斑田だった。手にはコンビニ袋を提げている。

 

「今帰り?」

「はい、戦闘詳細を書いていて」

 

 斑田の質問に答えるのは織部。

 その質問に答えるべきは、実際に詳細を記録していた小梅だと思うのだが、当の小梅は胸の前で小さく手を握っている。

 

「斑田さんは?」

「夕飯のおかずが足りなくて・・・ちょっと買い足しに」

 

 何気なく織部が斑田に話しかけると、斑田は普通に答えてくれる。

 そこで。

 

「あの、織部さん・・・」

「はい?」

 

 小梅が突然、会話に割って入る。

 

「ちょっと、急用を思い出しちゃって・・・これで失礼します・・・」

「あ、はい・・・・・・」

 

 小梅は、織部の返事を聞いたか聞いていないか微妙なタイミングでその場を去って行ってしまう。

 あとに残されたのは織部と斑田のみ。

 

(・・・・・・)

 

 やはり、小梅の行動には不可解な点がいくつもある。

その中でも、斑田と出会った直後に、『急用』と言って織部と別れてしまったのが最大の疑問だ。誘ってきたのは小梅の方だというのに、一体どうしたことか。

 

「・・・・・・最近ね」

 

 織部が頭を働かせていると、斑田が声を掛けてきた。織部は一旦思考を中断して斑田の話に耳を傾ける。

 

「・・・・・・どうも赤星さん、そそっかしいというか危なげというか・・・」

「どういうことですか?」

 

 織部が問うと、斑田はうーんと悩むような仕草を取って、自分の考えを述べ始める。

 

「ずっと前・・・私たちが入学して戦車道を始めた時は、こんな感じじゃなかったのよね。そりゃ、入学したての入隊したてで緊張はしていたけど・・・。今は・・・それとはまた違う感じがするの」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 まるで、と斑田は付け加えてから、言った。

 

「何かに怯えてるみたいで・・・・・・」

 

 

 早歩きで寮の自室に戻った小梅は、鞄を床に置き、ベッドに倒れこむ。

 

(・・・・・・何してるんだろう、私・・・)

 

 今日一日の自分の行動を振り返り、嘆息する。

 朝は根津と仲良さげに登校していた織部を避け、昼食の時間はまほと何らかの話をしていた織部の事を見ていて、昼休みの終わりの方でも、根津、斑田と話をしていた織部を注視していた。そして戦車道の時間、織部に『一緒に帰ろう』と言ったにも拘らず、途中で斑田が現れたら自分だけ帰ってきた。

 小梅にも分かる。これは、自己中心的と言うものだ。

 

(・・・・・・・・・・・・)

 

 小梅は、恐れていたのだ。

 もしも、織部がまほや根津、斑田と話をして、小梅の素性や過去の過ちが知られてしまったら、真摯に向き合おうとしていた織部もまた小梅から離れ、他の黒森峰の生徒のように自分を責めるかもしれなかったから。

 だから小梅は、織部に対して少しでも良い印象を持ってもらいたいと思ったから、一緒に帰ろうと誘い、『分からないことがあったら聞いてほしい』と言ったのだ。

 けれど、その帰路でも斑田に会ってしまい、怖くなってその場から逃げてしまった。

 斑田は根津同様、去年小梅が入学した時から一緒に戦車道を始めた生徒であり、去年の全国大会決勝戦にも参加していた。終盤で起きたあのイレギュラーの事も当然知っている。

 だからこそ、小梅は斑田にどう思われているのかが怖くて、面と向かって話す事もできなかった。故に、さっきは『急用』という名目で逃げ出したのだ。

 それは根津に対してもそうで、だから今朝、小梅は織部と根津の事を避けてしまった。

 あの忘れもしない全国大会決勝戦から実に10カ月ほど経過しているが、小梅の心はその10カ月前のイレギュラーと、そこから派生した辛い過去に縛られてしまっている。

 

「・・・・・・・・・・・・はぁ」

 

 その日、小梅は制服から着替えず、食事もせずにそのまま眠りに就いてしまった。




ワレモコウ
科・属名:バラ科ワレモコウ属
学名:Sanguisorba officinalis
和名:吾亦紅、吾木香
別名:地楡(チユ)
原産地:日本、朝鮮半島、中国、シベリア
花言葉:変化、もの思い、愛慕


斑田・・・アニメ本編11話に登場したパンター車長。
『脇にヘッツァーがいるぞ!』の人。

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