春に芽吹く梅の花   作:プロッター

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前の話で、試合の描写が薄かったと感じる方が多かったかもしれませんが、
前の話のメインはあくまで小梅とみほの事だったので、
それに加えて試合描写も長く書いてしまうと話全体が長くなり、
読みにくくなると思っての事でした。

理事長と役人の2人の描写があったのは、
出番がこの作品では非常に少なく、
今後登場させるのはだいぶ先or無理だと筆者が判断したからです。

そんなわけで今回は、前の話(=劇場版)で描けなかったシーンの
ちょっとした補完+αな話です。


紫苑(シオン)

 黒森峰の飛行船が熊本市内にある黒森峰女学園本籍地に戻った頃には、既に新学期の日付、しかも朝の7時になってしまった。

 小学校と大学だけでなく、中学校と高校も陸の上にあった昔のままであれば、このまま学校まで行って始業式に出るところなのだが、残念ながらここからさらに黒森峰学園艦まで移動しなければならない。

 飛行船を駐機すると、次は戦車を降ろして熊本港まで向かい、そこからさらに戦車などの大型貨物を載せることができる連絡船に乗り、天草灘に停泊している学園艦まで戻る。

 熊本港付近は地形が複雑で、学園艦が入港できるスペースが無いのだ。だから、黒森峰学園艦は母校を熊本港としているが、母校に寄港する際は天草灘に停泊してそこから連絡船を使うというのが常だった。

 これだけ時間と手間をかけていれば、普段の登校時間に間に合うはずもなく、始業式にも遅れてしまうのは避けられず、大洗の増援に向かっていた隊員たちが黒森峰に着いた時には既に始業式は終わってしまっていた。

 だが、大洗に短期転校手続きを出した事は黒森峰学園側も知っているし、まほも連絡船で移動している際に学園側に遅れることは連絡しているので、事なきを得たようだ。

 しかし織部は、試合に参加した小梅やまほたちは良いとして、大洗に転校した扱いにはなっておらず、かつ試合に参加してもいない自分は間違いなくアウトだと思った。

 留学先で遅刻と言う失態を犯すとは、と悲観したが、教室に遅れて到着した際に教師から『西住まほから話は聞いている』と言われ、何のお咎めも無かった。恐らくは織部の知らないところでまほが話をつけてくれたのだろう、織部は心の中でまほに感謝しながら大人しく席に座った。

 とは言っても、新学期の日は大体始業式と宿題の提出、そして連絡事項の通達だけで終わりだった。2学年に進級する際はもう少し色々あったが、今日はそれよりも少ない。

 織部たちが戻ったのは始業式が終わった後だったが、宿題を提出するのには間に合い、後日提出という面倒なことにはならなかった。

 

 

 上記の行事が全て終われば、生徒たちは午前中で下校する事になる。そして、戦車道の訓練も、新学期同様今日は無かった。まあ、昨日大学選抜と試合をし、今朝北海道から熊本に戻ってきたばかりで、疲れている小梅と直下他戦車隊員からすればありがたい事だった。

 そして、夏休みで長い間会っていなかった友人と再会したら、大体は夏休み中の話をすると相場は決まっている。だが、下校したのはお昼時だったので、皆は昼食を持ち寄って教室で食べたり、夏休み明けで開放された食堂で食べたり、あるいは学園艦の数少ないレストランで食べたりする。

 気心知れた仲となった織部と小梅、同じクラスの斑田と根津、そして直下と三河はドイツ料理店に行き、そこで思い出話でも語り合おうという事になった。

 そんなわけで、学校からそのままドイツ料理店へと直行した6人は、ピークギリギリの時間に滑り込み、どうにかグループ席を確保する事に成功した。ちょっと時間が経つとすぐに満席になってしまったので、タイミングが良かったと言える。

 全員が注文を終えたところで、三河が話を切り出してきた。

 

「夏休みどうだった?」

 

 夏休み明けに、友達と話す際の第一声はこれに尽きる。だが、ここは普通の学校とは違い戦車道の名門校・黒森峰だ。だから、夏休みの半分以上は戦車道の訓練だったのだし、それはこの場にいる全員が知っている。

 故に気になるのは、訓練が無かった夏休み後半の話だ。

 

「そう言う三河はどうだったんだ?」

「私は実家に帰ってた」

 

 根津が聞き返すと、三河は面白い事なんて何もないとばかりに苦笑する。

 学園艦で生活している間は、家事のほぼ全ては自分でこなさなければならない。けれど実家なら、その手間もなくなる。無論、ただ自堕落に過ごしているというわけではなかったようで、ちゃんと宿題もしていたし、時々親の手伝いもしていたと、三河は言っていた。

 

「私と斑田は学園艦に残ったな」

「うん。街に行ったり、2人で勉強したり、色々あったね」

 

 根津と斑田は、どうやら学園艦に残りつつも2人で少しの間一緒に過ごしていたらしい。同級生で、戦車隊でも同期で何かと付き合いが長いからだろう。

 2人が実家に戻らなかった理由は、親の監視下にいないから割と自由に過ごせるという理由で、学園艦に残っていたのだと言う。しかし親との仲が悪いわけではないと弁明したが、その気持ちは織部たちにも分かる。

 

「直下はどうだったの?」

 

 根津が聞くと、直下は『私はねぇ・・・』と、昨日の試合の事についてはあまり触れないようにしようとしたが、そこで三河がさらに聞いてきた。

 

「そう言えば今朝、遅刻してきたみたいだけど何かあったの?」

 

 そこで直下の動きが止まる。どうやら、始業式で友人の姿が見当たらなかったことを不審に思ったようだ。そして教室に戻ると、鞄を肩に提げた完全に遅刻しているようにしか見えない直下の姿を見て、変に思ったらしい。

 新学期初日から遅刻してくるなど、何かあったとしか考えられない。

 

「あれ、直下さんも?ウチも、織部君と赤星さんが遅刻してきたんだけど・・・・・・」

 

 三河の言葉に、斑田も今日の異変を思い出して思わず口にしてしまう。織部、小梅と同じクラスの斑田も、もちろん2人が遅刻したことと始業式に出なかった事には気付いている。

 そして斑田は、織部も小梅も真面目だから遅刻などしないと思っていたから、余計に怪しく思えた。

 

(ねえ、織部君)

 

 そこで、織部の隣に座る直下が耳打ちをしてきた。

 

(昨日の事、話しても大丈夫なのかな・・・)

 

 おそらく直下は、昨日の試合について、なぜそのような試合が行われたのか、なぜ直下が大洗の生徒として試合に参加したのかを、言い方が悪いが部外者に話しても大丈夫なのか不安なのだろう。

 

(・・・・・・大丈夫なんじゃないかな)

 

 織部も小声で返す。

 昨日の試合はもう過ぎてしまった事だし、あの試合の詳細は戦車道を嗜む者なら遅かれ早かれ知る事だろう。

 それに、昨日の試合は戦車道界の問題を多分に含んでいたのも事実だが、それを今この場にいる事情を知らない根津、斑田、三河の3人に話しても、彼女たちはこの問題をおいそれと世間に広めようとはしない性格をしていると織部は知っている。小梅と直下だってそれは分かっている。

 その織部の考えを直下に小声で伝えると、直下も納得したように小さく頷いた。

 

「直下?」

 

 根津が、織部と直下がこそこそと話をしているのを不審に思い問いかけると、直下は首を横に振って笑った。

 

「何でもないよ。実は昨日、大学選抜チームと大洗の試合があったんだけどね」

「・・・・・・ん?大洗?」

「大洗って、大洗女子学園?」

「なんで大洗の話に?」

 

 だが、直下の言葉を聞いても3人は首をかしげるだけだ。確かに、なぜ直下たちの事を聞いていたのに大洗の話が出てくるのか。

 

「それでねぇ・・・実は私ら、大洗側として参加するように西住隊長に言われて、出場してたんだ」

「「「・・・・・・・・・はい?」」」

 

 見事なまでに3人ハモった。

 だが確かに、直下の説明だけで全て理解しろというのも難しい。何で直下が大洗側として試合に出たのかが理解できないし、試合があったのならどうして自分たちにはその話が来なかったのかがまた分からない。

 なので直下の言葉を補足する形で、昨日の試合の内容をかいつまんで、織部と小梅が話す。

 大洗が廃校になり、それを撤回するために大学選抜チームと大洗は試合を行う事になった。だが、30輌もの戦車と戦うために黒森峰を含めた有志の学校の一部の生徒が大洗に短期入学して、戦車を持ち込み大洗に加勢したのだ。そして大洗は勝利し、廃校を撤回させることに成功した。

 

「私と赤星さんが呼ばれたのは、西住隊長から力になってほしいって言われてね」

 

 直下も『皆より練度が高いから』と正直には言わない。そう言ってしまうと、暗に他の3人の事を『練度が低い』と言っているように捉われかねないからだ。

 

「わっ、ホントだ。サイトにも載ってる」

 

 三河がスマートフォンを取り出して、戦車道ニュースサイトを見る。直近24時間の閲覧数トップのニュースは、その昨日の大洗対大学選抜チームの試合だった。

 そのニュースを開けば、見出しは『日本戦車道史に残る激戦!』と大きく書かれて、記事には昨日の試合の流れが要所だけではあるが記されていた。

 そしてその中には。

 

「カール自走臼砲・・・?」

 

 三河が記事を見てポツリと呟く。それに反応を見せたのは試合に参加しなかった根津と斑田、そして試合で実際そいつの餌食になった直下だ。

 

「あのカールか?」

「あれ戦車じゃないでしょ・・・」

 

 カール自走臼砲はドイツで開発・製造された戦車―――とは言えない代物である。黒森峰はドイツに縁があり、使用する戦車もすべてがドイツ製であるため、自然とドイツの車輌にも詳しくなっていく。

 だが、そのカールが戦車と呼べないようなものだというのは根津、斑田、三河の3人は知っていたから、戦車道の試合に出てきた事が驚きなのだ。

 しかし記事には実際にカールが試合に出たと書いてあるし、関連記事には『物議を醸すカール認可』とあった。

 

「まったくひどいのなんのって」

 

 そこで直下のスイッチが入ったらしく、織部が帰りの飛行船で散々聞かされた愚痴をこぼし出す。

 だが織部としても、直下の気持ちは分からなくもない。まほのような人物から実力を認められて試合に呼ばれたというのは名誉なことだとは思うし、はるばる熊本から北海道に来たのだから相応の結果は挙げたいと直下も思っていただろう。それをカールが全部ぶち壊してしまったのだから、憤るのも仕方がない。

 

「赤星さんだってあれはひどいと思うよね!?ね!」

「あはは・・・そうですね・・・。私もカールがいるなんて思わなかったです・・・」

 

 小梅も苦笑する。

 小梅からすれば、あのカールの砲撃でやられてしまったのは、小梅の中の覚悟や思いを全部踏みにじるほど無慈悲なものだった。あの後、何のケアも無ければ小梅は今なお落ち込んでしまっていただろう。また自信を失くしてしまっていただろう。

 それでも今こうしてあの時の事を笑っていられるのは、試合の後でみほと話をして、来たことが無駄ではなかったと分かったからだ。みほの口からその気持ちが聞けただけで、あの時感じた悔しさや空しさも、無くなってしまっていた。

 そしてそれでもなお落ち込むというのは、小梅の事を励ましてくれたみほに対して失礼だ。だからこれ以上落ち込むわけにはいかない。

 

「あれ、そう言えば・・・・・・」

 

 そこで斑田が何かに気付いたように織部の方を見る。

 

「織部君も行ったの?」

「・・・・・・うん」

 

 今朝、織部と小梅は遅刻してきた。そして織部は戦車隊に一時的かつ特別なケースで入隊している身でもある。

 とすれば、織部も昨日の試合が行われた場所へと向かったと考えるのが自然だ。だが、そうなると別の疑問が浮かんでくる。

 

「・・・・・・聞き方が悪いかもしれないんだけど、何しに?」

 

 斑田が、本当に申し訳ないとばかりに聞いてくるが、その疑問はもっともだった。

 ただでさえ織部は、戦車道連盟の計らいで特例として黒森峰に留学している身分ではあるのだが、流石に大洗にまで転校する事はできない。加えて戦車乗りでも無いため試合には参加できない。整備の腕も持たないために、本当に行っても意味は無いのだ。

 それは織部が一番知っているので、斑田の問いにも気分を害しはしない。

 

「・・・・・・西住隊長から来るようにって、言われたんだよ」

 

 織部も、まほからその理由らしき言葉は聞いた。けれど、それは正直に言ってはいけないと織部の勘が言っていたので、似たようなニュアンスの言葉を言っておく。

 

「まあ、いろいろ勉強になっただろ?昨日の試合」

 

 そこで根津が深く掘り下げずに話しかけてくれたので、話の向きが少し変わった事に織部は心の中で一息つく。そして、根津の言葉にももちろん返事はする。

 

「うん、色々と見どころがあったし、面白かったよ」

 

 そう言ったのは織部の本心である。カールに小梅がやられた時は心臓が止まりそうだったし、同時に久々に抱いた怒りの感情が燃えあがっていた。けれど、カールが小隊に倒された時は爽快感が身体を貫き、遊園地での遊撃戦は見ていて面白く、特に大洗連合の奇策―――観覧車による包囲網破壊、知波単と八九式の連携、橋の下からT28重戦車を撃ち抜くチャーチル、堀を飛び越えたクルセイダーなど―――も全国大会決勝戦を彷彿とさせて面白かった。それに、敵の隊長車のセンチュリオンが大洗の戦車を何輌も倒す姿も、目を見張るものがあった。

 総じて、あの試合が見れただけでもあそこに行く価値は十分あったと、織部は思っていた。

 ちなみに試合中、織部は試合のメモを取っておいた。ただ付いて行ってただ試合を観て楽しんで何もしなかったら本当に来た意味が無くなってしまうし完全なお荷物なので、せめてものという意味でメモを取ったのだ。

 そして、このメモは清書して正規の報告書に記載してまほに提出するつもりだ。そうでもしないと、そのメモも所詮は織部の自己満足となって、黒森峰的に見れば織部があそこに行ったのも無意味と決めつけられる。

 

「あ、そう言えば・・・エリカさんが大洗のポルシェティーガー、プラウダのT‐34と連携攻撃をしてましたね」

 

 試合を振り返るように織部が話していると、そこで小梅が思い出したように告げて、織部と直下も『そう言えば』と頷く。恐らく小梅と直下は、戦車が撃破された後で試合の様子を何らかの手段で見ていたのだろう。

 

「エリカさんがぁ?あのポルシェティーガーと?」

 

 だが、三河が疑わしいとばかりに苦笑する。確かに、エリカが他校の、それも急ごしらえのチームで組んだ戦車と連携攻撃というのは少しイメージしにくい。そして連携攻撃した戦車の内の1輌は、全国大会でエリカが“失敗兵器”と呼んだポルシェティーガーだ。なおのこと信じられない。

 あの時は、足回りが悪いはずのポルシェティーガーが、およそ戦車が出せないようなスピードでティーガーⅡとT‐34をスリップストリームで加速させ、そして連携攻撃でバミューダ三姉妹と呼ばれる大学選抜チームの副官3人のパーシングの一角を倒した。

 サンダースの車輌3輌と、聖グロリアーナのマチルダをいともたやすく倒したバミューダトリオの一角を落とせただけでもすごいと、織部たちは思っている。

 

「最後は隊長とみほさんが協力して・・・すごく、見ごたえがありました」

 

 小梅が試合終盤の事を思い出す。姉妹であるみほとまほが手を組み、天才少女の島田愛里寿に挑んだ時は、小梅は『負けないでほしい』と強く思うと同時に、『よかった』とも思っていた。

 みほとまほの仲がつい最近まではギクシャクしていたのは知っているし、この前まほが自分からみほを呼び謝って、本当の意味で和解できたことを、あの場にいた小梅は知っている。そしてその時その場にいなかった織部も、まほからみほとはどうなりたいのかを聞いたし、どうなったのかも聞いている。

 だからこそ、島田愛里寿と対峙した時にみほとまほのコンビネーションを見た時は、感動にも似た感情を抱いたものだ。あの2人の協力こそが、2人の仲の良さを、絆の強さを体現していると織部は思う。

 大洗女子学園が島田愛里寿率いる大学選抜チームを倒して学校を取り戻せたのは、助けに来た皆が勝利を目指して一致団結したというのもあるが、みほとまほが力を合わせて大将である島田愛里寿を討ったのも大きい。実際それが決定打となって大洗は勝利したのだから。

 そして、ここにいる6人は知らないが、昨日の試合中の事。

 カールを撃破し、大洗連合が高地・湿地帯から廃遊園地へと移動している最中で、自軍の戦力を見直している時の事。8輌もの戦車を失い、みほが自分の責任だと言った時だ。

 

『定石通りやりすぎたな、らしくもない』

 

 まほはそう指摘した。

 全国大会で見せたような破天荒な作戦ではなく、教本に載っているような基本中の基本の作戦を立ててしまい、大学選抜チームの策に嵌ってしまった。

 それはみほが、本来の大洗のように少数で戦うのではなく、30輌という大軍を1度に率いて試合に挑む事が初めてだったからだ。黒森峰にいた時でさえ20輌が関の山だったし、そもそも隊長ではなく副隊長だったので多数の戦車を指揮する機会も、今回が初めてだった。

 結果、どう運用すればいいのかが分からなくて、やむを得ずに定石通りの作戦で戦車を動かすしかなかったからである。

 

『みほの戦いをすればいいんだ』

 

 だが、みほにそう優しく言ったのも同じくまほだ。

 まほは、みほの持ち味が臨機応変な対応力と、柔軟な発想だという事を姉として、そして実際戦って分かっている。その持ち味を、廃校がかかる重要な戦い、不慣れな大連隊の指揮で、みほ自身でも忘れかけていた自分なりの戦い方で挑むという事を、まほは思い出させたのだ。

 その結果、廃遊園地からは大洗連合全体の戦い方がみほなりの戦い方に近づき、そしてそれは応援に来てくれた学校にも伝播して、元々大洗の車輌と応援に来てくれた他校の戦車が力を合わせて、型破りな戦いを見せてくれるようになった。

 おそらくだが、このまほの言葉が無ければ、大洗はさらに戦車を消耗してしまっていただろう。もしかすると、勝てなかったかもしれない。

 まほは、みほの性格や戦い方を分かっていたまほとの仲が良かったから、みほが忘れかけていたことにも気づき、それを教えることができたと言える。

 つまり、大洗が勝てたのは、ひとえに皆が協力したからと言うわけでもなく、みほとまほの仲の良さもあったのだ。

 

「へぇ~・・・私も見たかったなぁ・・・」

「皆、夏休みは結構満喫したんだねぇ」

 

 話を聞いて、三河と斑田が心底羨ましそうに言葉を洩らす。参戦するにしても、他の学校と連合を組むという稀な状況下で戦うというのも面白そうというのは一つの見方ではあるし、観戦するのも30対30の殲滅戦と言うのは盛り上がるものだし、見ている分にも面白い。現に、試合を観ていた織部も楽しむことができたのだから。

 

「ってか、もう9月なんだな・・・」

 

 根津がスマートフォンを閉じようとして、日付をちらっと見て呟く。

 昨日で8月及び夏休みは終わり、今日から9月だ。ざっくりとした季節の分類では、9月に入った今日から秋という事になる。

 だが、根津のその言葉に織部の表情が陰る。

 

「あ、そう言えば・・・・・・」

 

 斑田が、その根津の言葉で思い出したように織部の方を見る。

 

「・・・・・・今月末だっけ、織部君が帰っちゃうのって」

 

 ここで斑田の言う“帰る”というのは、もちろん寮の部屋に帰るというわけではない。留学期間が終わり、黒森峰から去り、元居た学校へと帰るという事だ。織部もそれは分かっていたので、小さく頷く。

 その事実に気付いて、織部の隣に座る小梅の表情が織部以上に陰る。それに気づかないほど、根津たちも鈍感ではなかった。

 だが、このままこの話題を投げっぱなしにして他の話題に移ると余計後味が悪くなるので、少しでも気持ちを盛り上げようと織部に話しかける。

 

「随分長かったねぇ、半年ぐらいかな」

 

 三河が感慨深そうにつぶやく。だが三河も、少しばかり寂しさを抱いてはいるようで、表情は少し暗くなっていた。

 確かに、2学年が始まってから今日に至るまで、織部は共にいたのだ。なぜか女子校にいる男子と言う異物感は否めなかったが、それでも接してみれば普通に話すことができたし、一緒に出掛けた事も、遊んだこともあった。違和感は、とっくの昔に消え去っている。

 だからこそ、自然にこうして溶け込むことができていた織部がいなくなるというのも、少ししんみりしてしまうものだった。

 

「戦車道の勉強をしに来たって言ってたけど、それはできた?」

 

 根津が聞いてくるが、その問いには織部はもちろんと答えることができる。

 戦車隊では最初の頃を除けば審判や監視員を務め、報告書だって欠かさず書いてきた。空いた時間を利用して黒森峰の書庫に所蔵されている書籍を読んだこともあったし、実際に戦車の動きを目で見て確かめる事で、紙の上の字だけでは分からないようなところも飲み込むことができた。

 織部は自分の中に、黒森峰にくる以前よりも、はるかに多くの戦車道に関する知識が蓄積されていると、実感していた。

 

「まさか、彼女までできるとは思わなかったけどね」

 

 珍しく斑田がおちょくるように織部と小梅を見ながら言うが、織部は苦笑するだけだ。この程度ではもはや動じもしない。

 織部からすれば、春休みに小梅に会った事は全くの偶然であったし、新学期から同じクラスに留学する事になったというのも、予想だにしていない事だった。

 だが、それら偶然の積み重ねで織部と小梅は仲を深め、遂には将来結ばれることを誓い合うまでに親しくなれたのだ。

 これまで、織部と小梅が過ごしてきた時間の中で、何か1つでも狂いや間違いがあったりすれば、2人の仲は拗れて、織部と小梅の関係もここまでには至らなかっただろう。そう考えると、男女の付き合いと言うものはバランス的な意味でも危なっかしいものなのだなと、感じざるを得ない。

 

「・・・・・・赤星さんの事はもちろんだけど、私たちの事も忘れないでほしいな」

 

 直下が、少し寂しそうに織部に向けて告げる。

 直下に限らず、根津たちとは、小梅ほどではないが随分と親しい間柄となることができた。特に同じクラスで、黒森峰の留学が始まってから間もなく織部と話し始めた根津と斑田からすれば、数少ない男友達ができて内心では少しばかり嬉しかったのだ。

 そうでない三河と直下も、戦車道の時間ではそれなりに織部と接する時間は割と長かったし、一緒に出掛けた仲でもあるので、ただの留学生、赤の他人とは思えない。

 だから、その織部がもうすぐここを去ってしまうというのも、寂しく感じられるのだ。

 親しい間柄となったからこそ、自分の存在がその人に忘れられるというのはなお寂しいし、自分の存在も結局はその程度だったのだと思うと、余計やるせない気持ちになってしまう。

 だから直下は、先ほどのようなことを言ったのだろう。

 そして、そう思うのは根津たちも同じだった。

 

「・・・・・・忘れるわけないよ」

 

 織部だって、忘れるつもりはさらさらない。忘れられるはずがない。

 黒森峰で過ごした時期は何物にも代えがたい大切な時間であり、そこで築き上げた人とのつながりもまた断ち切れないものだ。そしてここで過ごした時間、経験した事柄の中には辛い事もあったが、全て織部の血肉となって、織部の目指す将来で必ずや役に立つだろう。

 それをあっさり忘れるというのは、あまりにも残酷で、冷酷だ。

 

「・・・・・・?」

 

 その時、織部の左手がそっと握られる。握った人物の正体は、小梅だ。

 小梅は今、ここにいる誰よりも、織部との別れを寂しく思い、恐れている。

 その理由はわざわざ聞くまでも無い事だった。

 小梅が今こうして、織部、そして同期メンバーと食事ができるようになったのは、小梅が立ち直ることができるように織部が傍にいて、小梅の事を傍で支えていたからだ。小梅が戦車に再び自信を持って乗ることができて、新入隊員たちを育て上げ、全国大会決勝戦の参加や、(結果はともかくとして)大洗への増援に小梅の戦車が起用されるまでに強くなれたのも、織部に相談して助言を貰えたからだと、小梅は思っている。

 小梅がここまで成長でき、心に傷を負いながらも今日まで黒森峰でやってこれたのも、織部という心の支えがいたからだ。

 そして、織部に対して抱いていた感情も大きく変わった。自分の傷ついていた心を癒し、過去を聞いても小梅の事を拒絶せず逆に受け入れた織部には嬉しさや喜び、感謝の気持ちを抱いていた。やがて、その気持ちは胸を焼くほどの恋心へと変わった。

 そうして恋心を抱いていたのは織部も同じだったと知り、両想いだと気付いて、お互いに恋人同士になれた時は涙を流して喜んだ。

 そして今や、織部と小梅は将来添い遂げることまで考えている。2人の親は仲を認め、後は織部と小梅がそうなるように行動すれば、それは叶う。

 しかしそれもすぐではない。その前に織部と小梅は、1度離れ離れになってしまう。

 たとえまた会うことができると、将来は一緒になれると分かっていても、それでも離れ離れになってしまうというのが、辛く悲しい。

 そして、心の支えでもあった織部がいなくなってしまうと、自分はどうなってしまうのか、不安だった。また前みたいに孤独になってしまうのかもしれないと思うと、恐ろしくて仕方がない。

 その寂しさや不安を紛らわそうと、織部の手を小梅は強く握っている。

 その小梅の表情が寂しさに染まっているのも、織部には分かっていた。だから、その手を優しく握り返す。

 また少し、話をする時間がほしいと、織部も小梅も思っていた。

 だが、今はその時ではない。

 やがて店員が、6人分の料理をカートで運んできてテーブルに置き、辛気臭い話は一旦打ち切りとばかりに全員がナイフ、フォーク、スプーン、箸を手に食事を始めた。

 

 

 午後の授業と訓練が無いので、エリカはコンビニでサンドイッチを買い、学園艦のトレーニングジムへと訪れ、そこの休憩スペースでそのサンドイッチを食していた。戦車道の訓練が無いからと言って自由気ままに過ごそうと思えるほど、エリカも気楽ではない。

 全国大会も終わり、昨日の激闘も過ぎて、今年度も残すところ後半年となった。つまるところ、隊長のまほを含めた3年生が卒業し、黒森峰戦車隊を引退する日も近づいてきているという事だ。

 そして来年度からは、現在副隊長であるエリカが次の隊長へとなる。これはもう推測ではなく、まほ自身が口にしていたことだ。

 昨日飛行船で北海道から帰る時、まほと2人で話をしていた際にまほがそう言ってきたのだ。大洗への増援にエリカを選んだのは、副隊長と言う立場と実力があったのと、そしてあの試合でエリカの隊長としての資質を見極めるためだったと。

 序盤の高地でのカールによる砲撃には狼狽える事なく冷静に周囲の状況を把握し、廃遊園地の南正門での戦闘では、まほからの明確な指示なしでもどう動きどう戦えばいいかを考えて実際にパーシングを撃破した。そしてその後は、他の学校の車輌と協力して、バミューダ三姉妹の一角を撃破。

 他の車輌と協力したという点を含んでも、あの大学選抜チームの車輌を2輌撃破しただけでも十分だろう。特にそのうちの1輌は戦車道でも有名なコンビネーション攻撃を仕掛けてくるバミューダ三姉妹なのだから、その後すぐに撃破されたとはいえ悪くない戦果だ。

 その点はまほも評価していたし、もう1つ評価できる点があるとまほは前置きして言った。

 そのバミューダの一角を落とす際、エリカは大洗のポルシェティーガー、プラウダのT‐34の2輌と急造のチームを作り、ポルシェティーガーの車長発案の作戦を聞いてそれを遂行した。

 急ごしらえのチームでチームワークなどできるはずがないと鼻で笑ったエリカが、本当に急造の少人数チームで協力して戦車を倒し、たった今その場で決まった作戦を理解して成功させたという事は、エリカが柔軟に事態に対応できたという事になる。

 普段の黒森峰では、敵の攻撃で車両数が減った際に陣形を組み直す事は何度もあったが、それはマニュアルに従っての事であった。それに、黒森峰では試合の最中に今その場で作戦を新たに考えるという事が無い。そうなる前に試合の決着がつくケースがほとんどだったからだ。

 だから、その場で作った少人数のチームで協力したのも、その場で発案された作戦を即座に理解してそれを遂行したのも、全てはエリカの中にあった臨機応変な対応力の賜物だ。

 エリカ自身は気付いていないが、その臨機応変な対応力というのは、エリカがライバル視している西住みほと共通しているものだ。

 何はともあれ、昨日の試合でエリカの挙げた戦果や対応を踏まえた上で、まほは改めてエリカが次代の隊長となり得ると言った。

 まほはそれだけ、エリカに期待をしているのだと、エリカを信じているのだという事は、流石にエリカ自身でも分かる。

 だからその信頼と期待を裏切らないためにも、エリカは決して鍛錬を怠りはしない。

 隊長にもなると隊の皆を率いる責任に耐えられるほど強い心と、試合に集中するための集中力が必要になる。

 どこぞやの隊長の真似をするつもりはないが、『健全な精神は健全な肉体に宿る』というローマの詩人ユベナリスの言葉は至極その通りだと思うので、日頃からボクササイズに励んでいるし、時間が余るとこうしてジムに来ることが結構ある。

 その隊長に相応しい、西住流のモットーにもある鋼の心を宿すために、まずは自分の体を鍛える。そんなわけでエリカはこのジムに来ていた。

 サンドイッチを食べ終わり、そろそろトレーニングを始めようかと立ち上がったところで、テーブルに置いていたスマートフォンがメールの着信を告げる。表示されているのは、つい最近新しく追加されたアドレスだ。

 メールを開くと。

 

『送信者:ナカジマ

 件名:戻ってきたよ

 本文

 こんにちは。たった今、私たちは大洗に到着しました。

 私たちの学園艦、戻ってきてたよ!

 皆が駆けつけて来て、協力してくれたおかげです。

 エリカさん、本当にありがとう!』

 

 メールには写真が1枚添付されており、開いてみると学校の校舎らしき建物が映っている。恐らくはこの学校が、大洗女子学園の校舎なのだろう。校門の、通常は校名が彫られたプレートが取り付けられているであろう場所に何もないというのは少し疑問だったが。

 時計を見れば、丁度昨日の夕方に苫小牧港を出港した大洗行のフェリーが大洗に着いたあたりの時間だ。そこからさほど時間が経っていないという事は、どうやら彼女たちは、早く自分たちの取り戻した学校を見たくて仕方なかったのだろう。

 メールを見て、自然とエリカが笑う。

 昨日の戦いで、彼女たちは本当に自分たちの居場所を取り戻し、輝きもまた取り戻すことができたのだと、そう確信したからだ。

 このメールを送ってきたナカジマと言う人物は、エリカが全国大会で失敗兵器と罵り、昨日の試合でエリカが協力したポルシェティーガー―――レオポンさんチームと言うらしい―――の車長だった少女だ。身長は少しエリカよりも低かったが、3年生なので年上にあたり、先輩と呼んだ方がいいのかもしれない。だが本人は別に上下関係は気にしていないようだったので、試しに呼び捨てで呼んでも何も気にしていなかった。

 さて、なぜエリカがそのナカジマのアドレスを持っているのかと言うと、それはやはり昨日の試合が理由だ。

 エリカは昨日の試合で、廃遊園地でバミューダの一角を落とした後ですぐ撃破された。その後は、脱落したレオポンさんチームのメンバーと、T‐34に乗っていたカチューシャと一緒に試合の結末を見届けたのだ。

 その中でも一番小さいカチューシャが、『試合が見えないから肩車しなさい』とエリカに言った時は、例え相手が(あんなちんちくりんでも)プラウダの隊長で、自分より年上の3年生と言っても『はぁ?』と言わざるを得なかった。ただ露骨に嫌がったら泣きそうになったので嫌々ながらも肩車をする羽目になった。そこにはエリカよりも身長の高い、焼けた肌が目立つレオポンさんチームのスズキもいたというのに。

 そして勝利の瞬間を彼女たちと一緒に見届けて、その時はエリカも内心では本当によかったと思ったものだ。

 今回の騒動の中心でもある大洗に所属するレオポンさんチームのメンバーも喜びの表情を浮かべていたし、エリカと同い年の糸目とそばかすが特徴のツチヤという少女は変な踊りをしていた。ナカジマはわずかに涙をにじませていて、スズキも、小麦色の肌が特徴的なホシノも満面の笑みを浮かべていて、本当に嬉しかったのだという事が分かった。

 もちろん、エリカが肩車していたカチューシャも『ハラショー!ピロシキ!』と言いながら万歳をしていて、『落ちるわよ』というエリカの呆れたような注意も耳に入らないくらい喜んでいた(なぜロシア料理の名前を言ったのかはエリカには分からない)。

 そして、そこにいた全員で閉会式の場所へと戻る途中で、これも何かの縁という事でエリカはナカジマと、いや、ナカジマだけでなくレオポンさんチームの全員、そしてカチューシャともアドレスを交換したのだ。

 大学選抜チームと言う文句なしの強敵との激闘を制し浮かれていたのは否めない。それで、簡単に他人にアドレスを教えてしまったのだろう。

 だが、あの時のナカジマを含め、試合に勝った皆の嬉しそうな顔を思い浮かべるとこのアドレスを消す気も起きない。

 それにこうして、大洗女子学園の廃校は本当に撤回されたのだという事実を知り、そしてナカジマたちもそれを心から喜んでいるのだという事が分かっただけで、アドレスを交換した価値は十分あると思う。

 さて、エリカは至極真面目な性格をしている。だからメールの返信も早い方だ。特にまほから来たメールは、例え内容が赤紙のような恐怖を煽る内容だったとしても、メールを見た瞬間から返事のメールを考えるまである(最新のまほからの赤紙風メールは『非常召集』の4文字だけだった)。

 ナカジマから来たこのメールからも嬉しさがひしひしと伝わってきて、エリカ自身も本当によかったと思うのだが、エリカはナカジマに初めてメールを送るため、文章は慎重に考えて書く。

 

『宛先:ナカジマ

 件名:Re:戻ってきたよ

 本文

 よかったですね。あなた達の学校が本当に戻ってきたと今確信できて、

 私も安心しています。

 他の皆さんにも、よろしくお伝えください』

 

 あまり多くを書くと、携帯の画面が文字で埋め尽くされかねないので、安心したというエリカの気持ちは書いて、その上で送信する。

 しかし、とエリカは思う。

 試合の途中でみほの『チームワークを生かして戦う』という言葉を聞いて『急造チームにチームワークなどあるのか』と疑問に思ったのに、急ごしらえの3輌のチームで協力して敵を倒し、自分が全国大会で“失敗兵器”と馬鹿にしたポルシェティーガーの力を借りたというのも、おかしな話だ。エリカが軽んじていたチームワークと失敗兵器で敵を倒したと思うと、中々に皮肉なものである。

 だからこそ、昨日の試合で自分の中のものの価値観は大きく変わったと思う。まほに隊長としての資質はあったと認められたのも踏まえて、昨日の試合は出て正解だったと、今では思うことができた。

 と、そこでまたしてもスマートフォンがメールの受信を伝える。

 画面を開いて、メールの本文を見ると。

 

「・・・・・・なによそれ」

 

 エリカはクスッと笑みをこぼした。

 そのメールには何と書かれていたのかは、エリカと、送り主のナカジマだけが知っている。

 

 

 その日の晩、まほは寮の自室で電話をかけていた。その電話の相手は、必要以上には自分から連絡を取らない相手だった。

 その相手は1コール半で電話に出た。

 

『もしもし』

「こんばんは。夜遅くに失礼します」

 

 電話の相手はしほだ。家族同士なのだし、もう少し砕けた調子で話してもいいのではと思うかもしれない。だが、いくらしほがみほの事を認めたといっても、まほにとってのしほは母親であり、何より自分が敬意を払うべき西住流の家元だ。だからこの姿勢は、どうしても崩せない。

 

「今、少々お時間をいただいてもよろしいですか?」

『・・・・・・大丈夫よ』

 

 まほが問うと、しほの方から何かガサゴソと言う音がした後で、しほが答えた。

 

「実は少々、お伝えしたい言葉がありまして」

『何かしら?』

 

 まほは、小さく息を吸って気持ちを整えて、昨日みほと話をした言葉を思い返し、そしてその言葉に対するまほ自身の気持ちを伝える。

 

「・・・・・・昨日、みほと別れる前に、少し話をしました」

『?』

 

 昨日の試合の後、大洗行のフェリーが出港する苫小牧港のふ頭で、みほとまほは話をした。随分と久しい、姉妹で交わす遠慮のない話だ。

 駆けつけて来てくれた時は本当に嬉しかったとみほが言えば、大切な妹を助けないはずがないだろうとまほが自信ありげに告げて。

 みほが少しからかい交じりにまほの大洗の制服姿はあまり似合わなかったと言うと、まほはそんな気はしてたと言って2人で笑い合って。

 まほが少し不安げに黒森峰の一件での償いはできただろうかと問うと、みほは気にしないでくれていいと言って、そして私たちのために戦ってくれてありがとうとも言っていた。

 今回の試合、まほはみほの居場所を守るために戦ったという印象が強い。

 黒森峰でみほを守ってやれず、みほの居場所を作る事さえもできなかったまほだ。自分だけの戦車道を見つけた、大洗という新しいみほの居場所がなくなり、そのみほの居場所がまた無くなってしまう事など看過できるはずが無かった。

 黒森峰で居場所を作ってやれなかった身として、そしてみほの姉として、みほの居場所を守るというまほの決意が、今回の試合に参戦した一番の理由だ。

 この試合で黒森峰でのことを償うというわけではなかったのだが、それでも不安になってみほに訊ねるほかなかった。それでもみほは、笑ってくれた。

 だが、今重要なのはそれではなく。

 

「その時みほは、昨日の試合を行うことを許可した念書の中に、お母様の名前が入っていたと言っていました」

『・・・・・・・・・』

 

 今回の試合が行われるようになったのは、みほたちの学校の生徒会長である角谷杏が文部科学省と日本戦車道連盟にまで足を運び、人脈と話術スキルを駆使して、どうにか試合にまでこぎつけたからだ。

 その試合を行う際に杏が文部科学省から念書を取ってきたのだが、そこには5人のサインが書いてあった。

 

『文部科学大臣     牟田正志

 文部科学省学園艦局長 辻廉太

 日本戦車道連盟理事長 児玉七郎

 大学戦車道連盟理事長 島田千代

 高校戦車道連盟理事長 西住しほ』

 

「みほは、念書にお母様のサインがあった事を知ると驚いたと、そして同時にとても嬉しかったと言っていました」

『・・・・・・・・・・・・』

 

 電話越しのしほは何も言わない。直接顔が見えていないので、怒っているのか、それとも反応に困っているのかは分からないが、それでもまほは続ける。

 

「お母様もまた、みほの学校を無くすまいと、居場所を失わせまいと動いてくれたんだと、みほはそう言っていました」

『・・・・・・・・・・・・』

 

 だが、みほの言っていた通りなのかは、まほにも判別がつかない。

 みほの言葉は、あくまで事態をポジティブに捉えたものであり、本当はしほがどう思っているのかは分からない。もしそうでなかったのなら、みほのぬか喜びで可哀想だ。

 だが、まほと話をして、しほもまたみほの事を認めたから、そう思っている可能性は高い。

 

『・・・・・・あの時私が動いたのは、このまま事態を静観していては、日本の戦車道に未来は無いと思ったのもあります』

 

 思ったの“も”ある。

 その含みある言い方に引っ掛かりを覚えるが、まほはとやかく言いはしない。

 しほの言う戦車道に未来は無いという言葉も至極その通りだと思う。全国大会で華々しい成果を挙げた大洗の廃校を強行しては、戦車道と文部科学省のイメージダウンにしかつながらないからだ。

 

『ですが、親としてみほの居場所が失われるのをただ見ているだけというのもできませんでした』

「・・・・・・・・・・・・」

『要はみほの言う通りです。私もみほの、大洗の皆の居場所を守るという思いを胸に動きました』

 

 まほは、目を閉じて小さく頷いた。

 しほもまたみほの学校が無くなるという事を見過ごせずに、戦車道の未来のためというのもあるが、みほのために動いてくれていたのだと思うと、みほがそう思っていたように、まほも嬉しく思う。

 

「・・・・・・ありがとうございます」

『・・・何故あなたがお礼の言葉を』

「昨日の試合は、お母様の力無しでは実現しなかったものです。お母様が動かなければ、私はあの試合に参加する事もできず、今頃大洗の皆は散り散りになってしまっていたでしょう」

 

 そう、あの念書のサインが、誰か1人分でも欠けてしまっては、あの試合自体成立しなかったのだ。だから、その書類にサインして試合を行う事に貢献したしほに対しても、まほは感謝の気持ちを告げずにはいられなかった。

 みほたちが大学選抜チームに勝ち自分たちの学校を取り戻せたのも、ダージリンの呼びかけに応えまほたちがあの試合に参加できたのも、そもそもあの試合が行われる事が決定したのも、しほが動いたからだ。

 だからまほは、そのお礼をしほに告げたのだ。

 

『・・・・・・少しは、親らしいことができたかしらね』

「え?」

『何でもないわ』

 

 何かしほがボソッと言ったが、まほには聞き取れなかったし、しほが何でもないように取り繕ったので追及には至らなかった。

 

『ところで、まほ』

「はい」

『あなたの短期転校手続き書類にまでサインをした覚えは無いのだけれど』

「・・・・・・・・・・・・」

 

 まほの動きが止まる。

 あの時のまほの持っていた短期転校書類のしほのサインは、まほ自身で書いたものだ。みほが最初に持ってきた書類にサインしたのもまほだ。

 その事実を今更思い出して、まほは焦りを覚えた。しほに許可も取らずにこんな行動をとってしまい、叱責の1つでも飛んでくるかもしれない。その事を考えていなかったことを、まほは後悔した。

 

『まあ、いいでしょう。久々に、あなた達が力を合わせて一緒に戦うことができたのが見れて、私としても良かったので』

「・・・・・・お母様、今なんと?」

 

 なんか信じられないような、普段厳格なしほが言いそうにない言葉を聞いた気がしたので、念のために聞きなおすまほ。

 だが、2度目は無かった。

 

『・・・・・・ちょっと、キャッチホンが入ったわ。申し訳ないけど、切ってもいいかしら?』

「・・・・・・・・・・・・はい」

『・・・・・・では、また』

 

 逃げたな。長女の勘で、まほはすぐそう思った。

 電話が切れて、手の中にある携帯を見たまま、まほは先ほどのしほの言葉を思い出す。みほとまほが力を合わせて共に戦うのが見れて、親としてよかったと。

 みほの事を認めているという本心を認め、みほと仲直りをするために歩み寄り始めたしほも、少しずつだが角が取れてきた気がする。

 しほはみほに話をすると言っていたが、それが既になされたのかはまほには分からない。

 だが、まほとしては去年の全国大会以来ギクシャクしているしほとみほの仲が元に戻ろうとしているのが分かるだけで、それだけで嬉しい気持ちがある。

 自分の家族が世間一般とは少し異なるという自覚はまほにある。だが、それでも親子としての絆はあってほしいと同時に思ってもいる。

 だから今回の件で、しほがみほのために動いたというのを知ることができて、しほの中にみほを思う気持ちは確かにあったと知ることができて、本当によかった。

 暗くなった携帯の画面に、まほの慈しむような笑みが映り、それを見たまほは少し恥ずかしくなって携帯を閉じた。




シオン
科・属名:キク科シオン/アスター属
学名:Aster tataricus
和名:紫苑
別名:鬼の醜草(オニノシコグサ)十五夜草(ジュウゴヤソウ)
原産地:日本、中国、朝鮮半島、シベリア
花言葉:君を忘れない、追想、遠方にある人を思う、どこまでも清くなど


次回は、恐らく黒森峰組は未登場です。
代わりにあんこうチーム&しぽちよが出てくる予定です。
感想・ご指摘等があればお気軽にどうぞ。
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