春に芽吹く梅の花   作:プロッター

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蓮華草(レンゲソウ)

 翌日の10時前に、織部は寮の前で、黒森峰の制服を着て待っていた。

 これから向かう戦車道博物館は黒森峰女学園の管理下にあるので、この博物館を訪れる黒森峰の生徒は大体制服を着ている。制服で入場しなければならないというルールがあるわけではないのだが、この博物館はラフな格好で入れるような空気ではないので、皆自然に制服で入場するようになった。

 織部はその暗黙のルールのようなものは知らなかったのだが、留学中の身である織部が下手な私服で学園艦内を出歩き、妙な印象を抱かれると厄介なので、今日も織部は制服にすることにした。

 根津と待ち合わせていたのは10時だが、その5分前には織部は寮の前で待つ。やがて時間になると根津が降りてきた。根津もまた、黒森峰の制服を着ていた。

 

「お、時間ぴったり」

「根津さんこそ」

 

 根津が手を挙げて挨拶をしてきて、織部はペコッと頭を下げる。

織部は根津に案内される形で博物館に向かう。途中までは黒森峰女学園への通学路と同じだったが、黒森峰女学園近くの交差点を曲がり脇道にそれると『艦内連絡階段』という看板が掲げられた階段を降りて学園艦の内部に入る。

 艦の内部は車の行き来はできないものの、多くの人が通行できるように道は広い。ここよりさらに下層―――船底に近くなるともっと道は狭くなり、それこそ“通路”と表現するに相応しいぐらいの幅になる。

 『あっちには戦車の部品倉庫』『あそこは緊急用備蓄品』と簡単に根津から案内をしてもらいながら織部が進んでいくと、やがて博物館の入口に着いた。真面目な黒森峰の雰囲気と、戦車道特有の厳かな空気が合わさって、全体的に暗い感じの入口だったが、それが逆にこの博物館は“本物”だという印象を与えてくれる。

 入口の前では既に小梅と斑田が待っている。まだ待ち合わせの5分前だというのに、やはり黒森峰の真面目な校風に中てられているのだろうか。この2人も、黒森峰の制服だった。

 

「待たせたね」

「全然、今来たところだから」

 

 根津が声を掛けると、斑田が小さく手を振って応える。

 小梅は、織部の姿を認めると深々とお辞儀をする。小梅が織部に対して、丁寧すぎるような気もする挨拶をしたのが変に見えたので斑田も根津もキョトンとする。

 しかし織部だけは、どうして小梅がそのような態度を取ったのか分かるような気がした。

 織部は小梅に対しては何も言わず、ただ笑いかける。小梅も、返すようにニコッと笑った。昨日までのようにどこか愁いを帯びたものではない、純粋な笑顔だ。

 根津と斑田は、小梅の笑顔を見てどこかホッとしたように一息つく。

 そして4人は、入場料を払い(黒森峰生なので割引)博物館の中へと入っていった。

 

 入場してから最初の方は、戦車道とは、戦車道の始まりとは、戦車道の歴史とはどのようなものか等を展示している。

 このあたりに関しては、織部が戦車道連盟の本部を訪れた際にも学んだことなので流して見てもいいのだが、既に訪れた事があるであろう斑田と根津は真剣になって戦車道の年表や概要を見ている。メモまで取っている徹底ぶりだ。

 織部と小梅は、2人を置いて先に行くというわけにもいかなかったので、戦車道の遷移を読む事にする。

 やがて根津と斑田がメモを取り終わると、4人は次のブースへ向かう。

次は、黒森峰女学園の戦車道の歴史だ。これは織部も初めて見るものなので、注意深く読む事にする。根津と斑田も、先ほどと同様に真剣に年表を見てメモを取っている。

 黒森峰女学園設立の経緯は複雑なものであるが、実に興味深いものだった。第一次世界大戦の頃にまで遡るとなると、流石に歴史を感じる。

 織部と小梅は、並んで年表や説明文を読んでいく。その中で、黒森峰女学園の歴代の戦車隊隊長が記されているスペースを見つけ、そこには現・西住流師範の西住しほの名もあった。

 黒森峰女学園設立に西住流が関わっているところで何となく予想はついていたが、やはり黒森峰戦車隊の隊長は、西住姓の人が多かった。西住姓ではない人もいたが、その人たちも恐らくは、西住流の門下生なのかもしれない。

 織部と小梅が表を見ているその横で、根津と斑田はやはり一心不乱にメモを取っている。お互い一言も話さずにパネルを見つめてメモを取るその集中具合ときたら、授業中とさして変わらないような気がする。

 やがて2人がメモを取り終えたのを見計らって、織部が2人に話しかけた。

 

「随分、真剣にメモを取っているね」

 

 その言葉を聞いて、根津が苦笑する。

 

「実は西住隊長から、今度新しく入隊する子たちにここを案内するように言われてね」

「そうなんですか」

「ああ。それで、事前調査って事で一応重要なポイントだけでも抑えておこうと思って」

 

 しかし、事前調査だけでもメモまで取るとはやけに真剣だと織部は思う。そんな事を聞いてみると、斑田がはにかみながら答える。

 

「まあ、先輩なのにどもったりしたら格好悪いし、それに・・・ウチの戦車道の事をよく知ってもらいたいから」

 

 なるほど、先輩や経験者としてのプライドもあるし、何より純粋に黒森峰の戦車道を知ってもらいたいという気持ちもあるのか。

 確かに自分の学校の良さを知ってもらいたいという気持ちは分かる。それに新しく入隊するという事は、やはり黒森峰の戦車道に憧れているからだろう。だから、そんな人たちに少しでも自分たちの良さを知ってもらいたいから、根津と斑田はこんなにも真剣になっているのだろう。

 

「案内は斑田さんと根津さんで?」

「いや、私らの他に後2人、一緒に案内する人がいる」

 

 そこで織部は小梅の方を見るが、小梅は首を横に振る。小梅は案内をしないらしい。

 少し歩けば、『歴代隊長のコメント』というコーナーが顔写真付きで設けられていた。どの隊長も、現隊長の西住まほのようにきりっとした表情で写っている。微笑を浮かべている人も何人かいるが、大半は凛々しい表情だ。変な風に笑っている人など1人としていない。

 その中には西住しほの写真もある。コメントでも触れられているが、どうやらしほが隊長を務めた際に全国大会で黒森峰が初優勝を成し遂げたらしい。

 織部はしほには、実際に会ったことは無い。いずれは会って、自分の黒森峰留学を認めてくれたことにお礼を言いたいのだが、しほは西住流本家のある熊本にいるだろうし、中々会うのは難しいだろう。

 なんて事を思っていると、メモを終えた根津が『次行こうか』と言って歩き出す。斑田がその後ろに続き、織部と小梅もその後に続いた。

 次のゾーンは、黒森峰の戦車のレプリカが展示されている場所だ。レプリカと言うよりも、使用しなくなった戦車からエンジンや通信機器、実弾を取り外しただけ―――いわば静態保存されている状態だ。

 展示スペースの一番最初に展示されていたのはティーガーⅠ。今現在の隊長の西住まほの乗っている車輌で、今のところ実践投入されているのは1輌だけだ。

 次に展示されているティーガーⅡはティーガーⅠの発展形で、ティーガーⅠと比べると斜め向きの装甲が目立つ。これは副隊長の逸見エリカの搭乗車輌で、これも今のところ1輌だけ実戦投入されている。

 その次は、黒森峰の主力戦車とされているパンターG型。斑田が『私の戦車だ』と小さく呟く。

 その隣にいるのは、

 Ⅲ号戦車J型。

 

「あっ・・・・・・」

 

 その戦車を見た瞬間、小梅の全ての動きが止まり、根津と斑田も少し気まずそうな目で小梅の顔を見る。織部もまた小梅の身を案じるように、隣に立ったまま小梅の事を見る。

 ほんの少し前までの和やかな空気が変わってしまった理由は分かる。このⅢ号戦車は、去年の全国大会決勝戦で小梅が乗っていた車輌だ。そしてあの時、川に落ちた車輌だ。

 当事者の小梅はもちろん、試合に参加していた根津と斑田、そして小梅から話を聞いた織部もそれは覚えていた。

 この戦車を見た事で、小梅はあの時の事を思い出してしまったのだ。

 小梅以外の3人の誰もが、そう思っていた。

 チラッと織部が小梅の方を見る。小梅の瞳は揺らぎ、息が早く、手は小さく震えている。

 そこで織部は、自分の言った言葉を思い出す。

 

『僕は小梅さんから離れたりしない、傍にいるよ』

 

 そうだ、あの時は言い方が少しストレート過ぎたが、そうすると自分に誓ったではないか。小梅に言ったではないか。

 ああ言った以上小梅の傍にいなければ、また小梅は自分は孤独と思ってしまうかもしれない。せっかく持ち直してきた小梅の心が、また傷ついてしまうかもしれない。

 だから織部は、震えている小梅の手を優しく握る。

 小梅は少しビクッとして織部の方を見ると、織部は小梅のに優しく微笑みかける。

 その様子を見ていた根津と斑田は気付いた。

 織部は、小梅の“事情”を知っている。

 そしてそれは、誰かから言われたのではない、小梅自身から言われたのだと。

 

「・・・・・・ありがとう、春貴さん。大丈夫です」

 

 やがて落ち着いたのか、小梅が織部に告げると織部は頷き、次の戦車のレプリカの方へと移動する。

 根津と斑田はお互いに小さく息を吐いて笑うと、2人の後についていった。

 ほかにあるレプリカはヤークトティーガーやヤークトパンター、ラングにエレファントと、重戦車と駆逐戦車がメインだった。しかしマウスのレプリカだけは無く、あるのは原寸大のパネルだった。根津は残念がっていたが、所有数が1輌しか無いのだから仕方ない。

 その次のコーナーは戦車の部品や機器類だ。戦車本体から取り外されたエンジンも展示されている。

 戦車道の勉強をある程度してきた織部でも、エンジンの名前に関しては『呪文か何かかな?』という印象しか持てなかった。通信機器についても同じで、多分このボタンはこれをするためなんだろうな、という事しか分からない。

 

「そう言えばさぁ」

 

 根津がヤークトパンターに搭載されていたエンジンを見ながら思い出すかのように言う。

 それは、先ほど小梅が落ち込んでしまった事により少し重くなってしまった空気を明るくしようとしている風にも思えた。

 

「西住隊長、小学生の頃から戦車のエンジンとか装甲とかの基本スペックを覚えさせられたんだって」

「えっ」

 

 いくら西住流の後継者だとしてもそこまでするかと織部は思ったが、師範のしほは相当厳しい人物だというのは聞いていたので、それぐらいするのかと、ある種納得に似た気持ちになる。

 斑田が根津の言葉を聞いて思い出したように言った。

 

「あー、確か自家用戦車が何台もあるんでしょ?」

「そうそう。それでもう小さいころから乗り回してたって」

「家大きかったよね。もう城かって言うくらい」

 

 ちょっと一般家庭―――というか戦車道界隈でも聞いた事の無いような単語が聞こえた気がするのだが、『西住流だから』という理由で何でも通りそうな気がする。

 かといってこれ以上普通とは違う西住家の話を聞いていると、感覚が可笑しくなりそうだったので話を強引にでも変えることにする。

 

「根津さん達もエンジンの種類とか覚えてるの?」

「いやいや、流石にそこまでは」

「装甲の厚さとかなら覚えてるかな」

 

 織部が聞くと根津と斑田は手を横に振りながら苦笑して応える。小梅もあははと乾いた笑い声を出していたので、恐らくは同じなのだろう。

 その後も根津と斑田は主要な機器類の名前と説明をある程度メモし、織部と小梅は2人で一緒に様々な展示品を見て回った。

 時折小梅が、『この通信機は扱いが難しいんですよ』とか『ポルシェティーガーって言うエンジンがハイブリッド形式の戦車もあって・・・』と説明をしてくれた。普通に勉強しているだけでは分からないような事を教えてくれるので、織部はその小梅の話を真剣に聞いた。

 そして、『大体こんな感じかな』と斑田がメモを見返しながら根津と話をする。根津もうんと頷いて『本番はよろしくね~』と笑いながら斑田の肩を叩く。斑田は『あんたもやるのよ』と呆れ気味に言ってから笑う。

 どうやら事前準備は無事に終わったようだ。織部も小梅もホッとする。

 博物館を出て通路を歩いて階段を上り、甲板上に出て時計を見れば時刻は13時過ぎ。根津と斑田が入念に調査をしていたことで、割と時間が経っていたらしい。

 

「このままみんなでお昼食べにいこうか」

 

 振り返りながら斑田が言うと、根津は『いいね』と同意、織部と小梅も笑ってその意見に賛成した。

 ここで小梅は、自分がごく自然に昼食に誘われたことが、とても嬉しかった。少し前までは自分は孤独だと思っていたので、こうして友達に食事を誘われるというごく当たり前のことに縁が無かったのだから。

 初日に織部から食事に誘われたことがあったが、あれはカウントしていない。あの時はまだ織部と小梅は友達という関係ではなかったし、春休みに出会った時のお礼をしたいという気持ちがあったからだ(お礼は果たせなかったが)。

 ともあれ、4人は黒森峰学園艦にある3つの食事をする店の内1つ、チェーンのファミレス店にやってきた。ドイツ料理店と比べるとこちらの方がリーズナブルだし、ドリンクバーもある。

 4人掛けの席に通されると、織部は小梅の横に、斑田は根津の横に座って、各々メニューを開いて何を食べるのかを決める。全員がメニューを決め終えると、織部が店員を呼んで注文する。最後には全員でドリンクバーを頼む。

 そして、4人がドリンクバーで思い思いの飲み物を持って再びテーブルに座ると、根津と斑田が息を吐く。

 

「とりあえず、事前準備はこれでオッケーかな」

「重要なポイントは抑えてあるしね」

 

 斑田と根津がメモを見返しながら呟き、飲み物をストローで飲む。2人とも飲んでいるのはカフェオレにアイスティーと、織部の偏見的なものはあるが女性的な飲み物の気がする。そんなことを思っている織部の飲み物はアイスコーヒー、その隣に座る小梅も同じくアイスコーヒーだった。

 

「2人とも、1年の時から戦車道を?」

 

 織部が聞くと、斑田はメモから目を離して織部の方を見る。

 

「そうよ。ウチの学校は、1年で選択科目をどれにするかを決めて、卒業するまでは基本変えられない。ひたすら極める感じね」

「まあ、皆大体戦車道を選ぶね。ウチは戦車道の強豪校で通ってるし、戦車隊に憧れて入学する子も大勢いるよ」

 

 そして斑田が、自分が入学した時のことを思い出すかのように、微笑む。

 

「私もここの戦車道に憧れて入学したんだよね。でも、最初は何度もくじけそうになったよ」

「あー、私も同じ。私たちが入隊した時から西住隊長だったんだけど、隊長容赦なくてね~」

 

 根津も腕を組みながら苦笑して過去の事を思い返す。

 やはり、西住流の後継者というのだから戦車の指導に関しては徹底しているのだろう。

 そこで織部は、隣に座る小梅の事を見る。小梅も、始めたての頃は斑田や根津と同じ感じだったのだろうか。その時その場にいない織部は推測するほかない。

 

「実際、何人か辞めちゃう子もいたしね」

「え?」

「選択科目は基本変えられないって話だけど、戦車道に限ってはその限りじゃない。ウチの戦車道のきつさで辞める子も結構多いから、戦車道が始まってから1週間の間は猶予期間って事で、他の選択科目に変えることも認められてるんだ」

 

 という事は、この場にいる織部を除く3人は、まほの厳しい訓練に耐えてこうして戦車道を続けているという事になる。それだけで織部にとっては驚嘆に値するものだ。

 思わず織部はつぶやく。

 

「よく、乗り切れたね・・・」

「まあ、簡単じゃなかったよ。斑田の言う通り心が折れそうになった事も何度だってある」

 

 根津がカフェオレを飲んで喉を湿らせてから、腕を組んで振り返るように話す。

 

「でもそういう時、支えになったのは・・・・・・同じ道を歩く仲間だな」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 そう言って根津は小梅の事を見る。斑田もまた、小梅の事を見ていた。その2人が小梅の事を見ているのに、織部は少し遅れて気付く。

 

「覚えてる?赤星」

「?」

「私らは赤星と一緒に戦車道を歩み始めて、挫けそうになってもお互いに励まし合って・・・支え合ってここまでやってきた」

 

 根津が言うと、斑田もうんと頷く。

 小梅は、急に話を振られたことに若干戸惑うが、根津と斑田が世間話のような軽いノリで話しているような事ではないのは小梅にも織部にも分かった。なので2人は、ストローから口を離して根津と斑田の事を見る。

 

「ずっと一緒に頑張っていたからこそ・・・・・・気になってたんだよね。赤星の事」

「えっ・・・・・・?」

 

 突然の根津の告白に驚く小梅。隣に座る斑田が根津の言葉に頷いて、小梅の事を見て話す。

 

「去年の全国大会の事は、試合に参加した私たちも当然知ってる・・・。その後、元副隊長とあなたがどんな目に遭ったのかも」

「・・・・・・・・・・・・」

「あの時私たちは、あなたの事を助けることができなかった・・・。同じ1年生で、一緒に戦車道を始めた仲間だったのに・・・・・・」

 

 根津と斑田も、小梅の事は救いたかった。けれどやはり2人も、責められるのが怖かったのだ。

 黒森峰の中には小梅も、みほも間違った事はしていないと言う人は少なからずいた。けれどその人数は、2人の事を間違っていると責めた人の数よりも圧倒的に少なかったため、次第に埋もれていってしまった。

 みほと小梅を擁護する人の中に、根津と斑田も含まれていたという事だ。

 

「だから、さ・・・赤星、ずっと1人で思い悩んでいたみたいで・・・中々声かけ辛かったんだけど・・・」

「・・・昨日織部君と2人でいるのを見て、少し心を開いたのかな・・・って思ったの。それで昨日、赤星さんが自分から、私たちと一緒に博物館に行きたい、って言ったのを聞いて・・・本当に安心した」

「・・・・・・・・・・・・」

「それで博物館でⅢ号戦車を見て・・・赤星さんがあの時の事を思い出しそうになった時、織部君が赤星さんと手を繋いで、赤星さんは落ち着いて・・・・・・あの時の事を、乗り越えられたんだな、って思った」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 今思い返すと、織部もあの時は少し恥ずかしい事をしてしまったなと思う。

 いくら落ち着かせるとはいえ、恋仲でもない小梅の手を意識して握ってしまうとは。おまけに周りには根津と斑田もいたというのに。

 誤解されるのではないかと思ったが、根津と斑田はどうやらそこまでの関係とは思っていないらしい。

 

「赤星。私らは今、ホッとしてるんだ」

「そう。赤星さんが前みたいに明るさを徐々に取り戻して、元の赤星さんに戻りつつあるのがね」

 

 元の小梅、という言葉を聞いて織部はふと思う。

 最初に会ったのは泣いている小梅だったので、本来小梅がどのような性格なのかを織部は知らない。だが、みほを守れなかったことを悔やんでいるあたり、仲間想いな性格だというのは分かる。

 しかし、それは今すぐに知るべきではない。それほど長い期間ではないが、自分が黒森峰に留学している間に、ゆっくりと知って行けばいい事だ。

 

「・・・・・・根津さん・・・斑田さん・・・」

 

 小梅が、震えるような声で2人の名を呼ぶ。

 

「今まで助けてあげられなくて、ごめんなさい・・・」

「また・・・・・・一緒に頑張ろう」

 

 斑田が謝り、根津が少し恥ずかしそうに言って、2人はにこりと笑う。

 それを見て小梅は、泣き出しそうになるが堪えて、はにかむように笑って返事をした。

 

「・・・・・・はいっ」

 

 織部は心の中で安堵する。

 これで小梅も、もう自分の事を孤独だと思う事も、皆から嫌われていると思う事も無くなるだろう。

 初めて会った時のような泣き顔を浮かべる事も、恐らくは無い。

 小梅の傍にはちゃんと、小梅の事を案じ、見てくれていた人がいたのだ。

 小梅は孤独などではなく、小梅の事を見てくれていた人はちゃんといて、自分から遠ざけてしまっていただけの事だ。

 だが、織部から根津と斑田が心配していたと聞かされ、その2人からも直接心配していたと告げられたことで、小梅の心に突き刺さっていたものも取り除かれたに違いない。

 その証拠に。

 

「はぁ・・・・・・にしても新入隊員の説明、上手くいくかね・・・」

「根津さんと斑田さんなら、絶対上手くいきますよ」

「・・・赤星さんがそう言うのなら、大丈夫かな・・・」

 

 今小梅は、怯える事も、距離を置こうともせず、気軽に根津と斑田と話をしている。そしてその顔には悲しみを帯びているような笑みではない、穏やかな笑みが浮かんでいた。

 織部はその笑顔を見て、小梅は本当に、あの去年の全国大会から続いていた負の連鎖から抜け出せたのだと実感した。

 織部も少しだけ笑いながらアイスコーヒーを一口飲む。

 

「織部はどう思うよ?」

 

 根津から急に話を振られた。

 織部は感傷に浸るのは後にしようと考えて、3人の会話に混じる。話題はさっきと同じ、新入隊員への説明会だ。




レンゲソウ
科・属名:マメ科ゲンゲ属
学名:Astragalus sinicus
和名:紫雲英(ゲンゲ)翹揺(ゲンゲ)
別名:翹揺草(ゲンゲソウ)蓮華(レンゲ)
原産地:中国
花言葉:あなたと一緒なら苦痛が和らぐ、心が和らぐ


これにて、前編は終了と言った感じです。
次回からは、黒森峰の日常も織り交ぜて物語を進めていこうかと思います。

感想・ご指摘等があればお気軽にどうぞ。







黒森峰モブガールは後2人残っています。
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