邂逅
その男、市川雷蔵。24歳。歌舞伎役者ではない。
深緑のバンダナを頭に巻き、人を食ったドラ○もんのような風貌、上は紺色に下は若草色の袴という出で立ちでイカダに揺られるその様は、まさに不審者という文字をその双肩に負うが如し。ちなみにヒゲはない。
そんな彼が自前のぷかぷか丸に揺られて、ここ広島県にある呉鎮守府第9司令分室に着任したのは4月の初め、また桜の咲き誇る頃だった。
書類選考と簡単な研修映像だけ見せられて、提督として着任。鎮守府だかなんだ言われても、軍属にはほど遠い身分だ。どこも人手が足りてないから似たような状況なのかもしれない。
コの字型に入り組んだ波止場にイカダをつなぎ、赤煉瓦の立派な建物に目をやる。ここが、日本が誇る、対深海棲艦用海上兵器を運用する組織の拠点というわけだ。
これから、あんなメカニカルなマッコウクジラだかサメだかわからん生物(兵器?)とぶつかることになるのだ。
自然と緊張もする。
赤絨毯のしかれた広い廊下をのっしのっしと歩き、『第九司令分室』と書かれたプレートを掲げる、木組みの重厚な扉を開ける。
目の前には山と積まれた段ボール箱と、中学生がいた。
中学生(女子)がいた。
その明るく蒼い双眸は、淡い水面を思わせる。
下ろした髪を三つ編みに束ね、制服を着た彼女は、およそ戦えるようなものを一切持っていない。
事態を飲み込めず立ち尽くしている不審者(提督)にも物怖じせず、彼女は落ち着いた声で話しかけた。
「僕は白露型駆逐艦、『時雨』。これからよろしくね」
そこまで言って、尋ねられる。
「あなたが、今度の提督?」
***
どうしよう、というのが率直なホンネだった。
ダンボールが事務机という劣悪な職場環境しかり、こんな厳かな建物の中で中学生に出会うとは。この国は一体何と戦ってるんだろうか?
一通りの挨拶を済ませた後、彼は胸のあたりまで積まれたダンボールに目をやる。気になることはいくつもあるが、まずは目についたものから片付けていこう。
「時雨、これは?」
「前提督の置き土産だって。中身は———うん、僕にも分からない」
なるほど、それはありがたい。雷蔵は早速取り崩してふたを開ける。
これは……ペンギン?
「開発に失敗した装備だね。どれも」
横で箱を開けていた時雨が、しゃがんだまま謎ペンギンのぬいぐるみを片手に言う。
ペンギンが装備? こいつの成功形はどうなってんだ?
ううむ、考えても仕方ない。訳知り顔の時雨に聞くのが早かろう。
「このペンギンはどうすりゃいいの?」
「燃えるゴミの袋に入れて、ゴミ置場に持っていけばいいよ」
「りょ」
提督は手にした産業廃棄物をまじまじと検分する。やたらカオスなツラしたペンギンだと思ったが、要はゴミなのか。なぜご丁寧に箱詰めまでして積んどいたんだ。こいつぁ許せねえぜ。
「前提督様はどこにいる?部屋の前にこのダンボール置いて塞いでやる」
雷蔵がそう意気込む傍ら、ビミョーに呆れた笑顔の時雨が、彼を諭した。
「第二司令室だね。やめておいたほうがいいんじゃないかな」
「え、ああ。だいに……」
第二、だいに。第一司令室から第九司令分室まであるうちの、ウチが一番下で、相手は上から二番目。
悲しいかな、組織においては、そのしがらみに囚われるのが常のこと。それでも……。
「指紋拭いて、軍手して、深夜二時くらいにこっそり持ってけば……」
「ダメだってば」
浅はかな計略にふける提督を、時雨は今度こそ制す。
彼女は雷蔵が広げた分のペンギンを戻すと、ダンボール箱を部屋の端に寄せ、綺麗に積み上げ始めた。
「これは僕が処分しておくから、提督はゆっくりしてて」
「あ、ドーモ」
時雨がせっせとダンボールの中身を改め、戻し、積み上げる。雷蔵は棒立ちする。
休むと言ったって、この部屋じゃ窓から夕暮れの港を眺めるか。後で絶対痛くなるのを承知で、板の間に寝転がるくらいが限界だ。
それに、彼女ばかり働いているのも、いささか面映ゆい。
ということで、雷蔵は手近なダンボール箱に手をかける。
「おれもやるよ。こっちの箱からか?」
「えっ」
それまでの落ち着いた様子とは打って変わって、らしからぬ、少し驚いたような声がした。座って中身を改めていた時雨の、水面のように透き通った青い瞳と真っ直ぐ目が合い———。
その後すぐ、彼女ははっとして答えた。
「うん。ありがとう」
そうしてまた、時雨は優しげな笑顔を見せた。
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