こちら呉鎮守府第9司令分室   作:S?kouji

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ここの磯風さんは料理の天才です。
レシピ通り作るための監督(浜風、浦風)が必要なだけです。


合理のカレー

 

磯風がまた黙々とカレーを口に運び始めた一方、時雨は手を止めたままだった。雷蔵は早速、配慮を見せる。

 

「気になることがあるのか?」

「うん、大したことじゃないんだけど」

 

時雨はじっと、皿に注がれたカレーを見つめている。本人の言葉を裏付けるように、表情は普段通りだった。

 

「このカレー、なんというか、一口で胸がいっぱいになるような……」

「胸? 腹じゃなくて?」

 

提督は聞き返してしまったものの、その表現は的を得ているように感じた。

そう、確かに、このカレーは胃のあたりが重くなってくる気がする……。

 

何かに気づいたらしい時雨が、磯風に顔を向けた。

 

「磯風、このカレー、何か特別な作り方とかしてない?」

「心当たりはないが。強いて言えば」

 

続いて彼女の口から飛び出したカレーのレシピに、場の空気は凍りついた。

 

「味を引き延ばすのに、水ではもったいないだろ? だからサラダ油を入れたんだ」

「うわ」

 

それくらいだな、と呟いてまたカレーを食べ始めた磯風に、当然、時雨から追及が入る。

 

「油の方が、たぶん高いよね」

「違う、違うぞ。私が言っているのはカロリーの話だ」

 

カロリー?

事態が飲み込めてなさそうな二人のため、磯風は解説を開始し、時雨が聞き手に回る。

 

「腹が減っては軍《いくさ》は出来ぬ」

「それで?」

「だが水では腹が膨れない」

「うん」

「そして食える液体のうち、油が最も、対重量比のカロリーが優れている」

「そうだね」

「故、水を油に代えれば、最高の戦果を上げられるということだ」

「……そう、かな」

 

磯風なりの論理に基づき、カレーは油分がその液性を担うという、前代未聞の代物だった。

真実が明らかとなり、時雨はやんわりと、提督に忠言する。

 

「僕は平気だけど、提督はちょっと、食べない方が良いかも……」

「大丈夫、大丈夫。美味いメシは体に良いんだ」

「油無くして艦は動かん。況んや人をや」

 

躊躇なく油カレーを浚《さら》えてく二人を前に、一抹の不安を感じつつ、時雨もそれに倣った。

 

雷蔵が皿を空にする。すると奇跡的なタイミングで、彼の腹の方からぐるぐると音がしだした。

彼は額に脂汗かきながら、よろよろと中腰で立ち上がる。

 

「アッごめんちょっとトイレ行ってくる」

「奇遇だな。第五司令室《われわれ》の司令も、ちょうど厠にこもっている。これから出撃だと言うのに」

 

磯風さんの料理は美味しい。美味しいがそれはおそらく、艦娘仕様なのだろう。提督は震える足取りでトイレに向かいながら、そう、思った。

 

「さて、あらかた夕食は済んだな。私はこれで失礼する」

 

磯風が食器を重ねて、空の鍋に入れる。それを抱えて、彼女は開きっぱなしの扉から部屋を後にしようとした。

 

「待って」

 

今にも敷居を跨ぎそうな磯風を、時雨が呼び止める。

『なんだ』、と半身、磯風は振り向いた。

 

「磯風は、何の為に戦うの?」

「私か? そうだな」

 

彼女は抱えた鍋を一瞥すると、すぐに顔を上げた。

 

「実艦の名に恥じぬよう、この国を護り抜くだけだ。私はな」

「……立派だね」

 

呟くように、時雨は床へ言葉を投げかける。

視線を外してしまった時雨に向け、磯風はいつもの少し得意げな微笑をしてみせた。

 

「艤装を今、背負えずとも。守れるものはあるさ。時雨」

 

言い終わると、今度こそ磯風は敷居を越えて廊下に出た。

そこでまた、先ほどと同じように、半身振り返って別れを告げる。

 

「では、また来る。そちらの司令にも、よろしく言っておいてくれ」

 

閉まりかけた扉の向こうから、彼女は少し顔を出して、時雨と目を合わせた。

 

「大丈夫。私が護ってあげる」

 

静かに、扉が閉まった。

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