こちら呉鎮守府第9司令分室   作:S?kouji

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窓から見える景色は艦これの画面を参考にしています。


脈拍

提督が戻ってきた時には、薄暮の海を窓から眺められるようになっていた。

丸い卓袱台と座布団が増えた部屋の中、瓦解したダンボール箱ベッドを、時雨が元通りに直している。

 

「おかえり、提督」

「や、ごめんごめん」

 

彼女と共に、箱を壁際に寄せて並べる。力むと腹が鳴る。

作業が終わると、雷蔵はいっとき、暮れなずむ海を見つめていた。

 

高所から見えるのは、入り込んできた水路(船渠)と、規則正しく並ぶ舟留め。向かい側には、ぼんやりと白く続く並木が見えた。桜だ。

 

「桜でも見に行こうぜ」

 

振り返った提督が呼びかける。対して、時雨は首を横に振った。

 

「僕はここで待ってるよ」

「どうして?」

「提督《ヒト》と艦娘、馴れ合うべからず。それが、守るべきルールだから」

「ルール……」

 

そう言われても、いまいちピンとこない。磯風は彼女の司令に油カレーを食わせていた。そして司令は雷蔵と同じように、先刻までトイレで格闘していた。

それを馴れ合いというかは別にして、どうしたって、そこに『ヒト』と『艦娘』という垣根を見出すことはできない。

 

時雨が何を守らんとして、提督と距離を置こうとしているのか。今日着任したばかりの雷蔵には知る由もない。

 

時を重ねればいつか、その抱えた想いに辿り着く日が来るのかもしれないけれど。

少なくとも今、目の前にいるのは、彼女が自称するような兵器でも、深海棲艦《バケモノ》の類型でもなく。

 

意外と胃腸が丈夫な、年頃の少女だった。

 

「時雨、こうしてみてくれ」

 

提督は彼の手首を、逆の手で掴む。

 

「……こう?」

 

少し訝しみながら、時雨も彼を真似る。

 

「そうそう。で、何か動いてるモノがあるだろ?」

「……?」

「ここ。動脈のあたり、親指を当てて」

「動脈?」

 

いかんせん雷蔵の説明の仕方が悪いのか、時雨は彼の意図するところを汲みとれてない様子だった。

提督はどうしたものか少し悩み、それから時雨に歩み寄って、手の配置を示してみる。それでも上手く噛み合わない。

 

彼女は脈の取り方、もとい“脈拍”を知らないのだろうか?

 

「僕にはないのかもしれないね」

 

やや自嘲気味に微笑みながら、時雨は一回り小さな、華奢な手を提督に差し出した。

 

その手首の動脈に、彼は躊躇いを含みつつ親指を乗せる。

そこには確かに、波打つ彼女の脈動があった。

 

ものすごく当たり前のことのようだけど、きっちりある。それはきっと、時雨の方も感じ取れているはずだった。

 

「わかるだろ? 何か勝手に動いてるの」

「……うん」

 

確認が済むと、提督はさっと手を引いて、頭の後ろで両手を組んだ。

そうしてあっけらかんと、彼は中学生みたいなセリフを吐く。

 

「その鼓動《リズム》が、俺もお前も同じ、生命の証さ。それだけわかりゃ十分だよ」

「深海棲艦にもあるのかな」

「そりゃ調べてみないとな」

 

結局のところ、提督《かれ》も艦娘《かのじょ》も等しく同じ、というスタンスは上手く伝わってない気もするけれど。

 

「さ、よかったら桜、見に行こう」

「……そうだね。行こうか」

 

時雨は後をついてきてくれた。




次回で第1章は終わりそうです。
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