こちら呉鎮守府第9司令分室   作:S?kouji

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いよいよロシア杯が開幕ですね。
女性士官の名前はわりと考えてつけてます。


夜桜

 

陰の帳と陽の残滓が混じり合うさなか、桜並木も淡く白く二人を出迎える。昼間の日の下で見る、透き通るような桜も美しければ、こういう輪郭のおぼろげな花もまた、風情があった。

もっともこの薄明の中じゃ、何にしたってぼやけて見えるだろうとも思えてくる。

 

しばらく歩いて行くと、やけに眩しく感じられる街灯の下、桜を眺めている先客がいた。

濃紺の作業服に身を包み、焦茶色の髪を飾りっ気のないサイドテールで束ねた女性士官。

 

角縁の黒眼鏡をかけ、済ました横顔と物静かな佇まいが、涼しげな上品さをその立ち姿に纏わせる。

 

「時雨、あのヒトも艦娘?」

「僕は見たことないかな。けれど……」

 

近くになると、こちらに気づいた彼女は顔を向け、挨拶を投げてきた。

見た目はだいぶ若いのに、不思議なくらいの威容と、頼もしさを感じさせる人物だった。

 

「第八司令室麾下、第八駆逐隊司令、か……沢金です」

「か?」

「気にしないで頂戴。あなたは?」

 

雷蔵がバンダナを外して、第九司令分室の室長であることを告げる。

女性士官は眼鏡越しの瞳を少し細め、その奥に不審者(提督)を写して、言った。

 

「……そう。期待しているわ」

 

***

 

街灯の下、並んで桜を眺める三人。

しばし黙って花を見上げていると、沢金さんが口を開いた。

 

「……変わってますね」

 

誰に向けた言葉なのか、彼女の喋り方のせいか少しわかりにくい。

『おれが?』と提督が自分を指差すと、『ええ』と彼女は首肯した。

 

「ここでは、上官《うえ》ほど艦娘を遠ざける」

「そうか。なんでだろうな」

「さあ……。あなたは違うみたいだけれど」

 

言葉を濁されたが、心当たりはあった。提督は時雨の言を思い返す。上層部にしてみれば、『艦娘は深海棲艦の亜種』ぐらいの認識なのか。

気がつけば、時雨がさっきから一言も発していない。そんな彼女を見かねたのか、沢金さんは時雨にも声をかける。

 

「珍しいわね、時雨」

「……うん。いい、桜だね」

「そうね」

 

それだけ言葉を交わすと、二人は押し黙った。

この女性士官はどうも、積極的に話しかけてはくれるが、そのあまりのリアクションの薄さのために会話が途切れがちである。感情表現が苦手なのだろうか。

 

あとは、そう。さっき聞いた限りでは、時雨の方に面識はないようだった。

にもかかわらず、互い知己のような口ぶりだな———。

 

「桜は好きです。始まりの花だから」

 

雷蔵のふとした疑念を遮るが如く、また唐突に、沢金さんが独《ひと》り言《ご》つ。

始まりの花。それは単に、新年度を象徴する花というよりは。

 

落ち着き払った、囁《ささや》くような声が、耳の奥底を伝って、二人の脳裏に深く沈み込んで行く。

 

 

聞いたこと、あるかしら。

ソロモンの海には、それは見事な桜が咲いているそうよ。

 

 

「……風が冷たくなってきました。私はこれで」

「ああ、ドーモ」

「うん、またね」

 

女性士官は踵を返し、ゆっくりと宵闇に後背が紛れる。

花冷えだろうか、確かに寒くなってきた。時雨にも悪いし、早く戻ろう……。

 

と、提督はここで、ある重大な懸念に思い至る。

 

「そういえば門限大丈夫? ごめんな遅くまで連れ回して」

 

彼女を相手にすると、いよいよアブない発言であったという自覚はある。

とはいえ、このシチュエーションでは何をどう取り繕っても通報待った無しだろうから、彼はその辺りについての思考を放棄した。

 

突然慌て始めた提督の横で、時雨は苦笑する。

 

「大丈夫だよ。僕たちも、ここに住んでるから」

「あ、そう……。その、勤務時間は?」

「提督が寝るまで、かな」

「ええ……」

 

つまりは彼の就寝時刻が彼女の退勤時刻となるらしい。ブラックもいいとこだ。

ついでに給与体系も気になる。予算200円でどう人件費を捻出しろってんだ。

 

何度目か襲いかかる不条理に、彼は再び頭を抱えた。

 

***

 

今日一日、聞かされていたのとは随分、違う話をされた。

この後に何が待ち受け、何を目指して進めば良いのか、それすら見失いそうになる。

 

第九司令分室へ戻る道すがら、提督はそんなことを考える。

辺りは一段と闇が濃くなり、コンクリートの陸《おか》と、その先で揺れる海の区別も怪しい。そもそも、何をしにここへ来たんだったか———。

 

春の風が吹き抜ける。と、手にしたバンダナを攫っていく。

そのまま波止場を超え、海へ出ようとしたところで、追いかけた時雨が波の上で捕まえた。

 

「あ」

 

なにかばつの悪そうな顔で、薄暮の海に佇む時雨へ、提督は歩み寄って声をかける。

 

「お前、すげえな」

 

さっと、表情が変わった。それは驚きであり、期待であり。

そしてもう一度、にこやかに笑って彼女は言う。

 

「僕は白露型駆逐艦、『時雨』。これからよろしくね」

「ああ、よろしくな」

 

差し出されたバンダナを受け取って、波間の時雨と、波止場の雷蔵が向かい合った。

 

***

 

今度の提督さんはどんなヒトっぽい?

 

うーん、なんというか、変わった人だったよ。

 

変わった?

 

うん。鳳翔さんみたい。

 

どうせクソ提督に変わりはないんでしょ。

 

わからない。あと、明日の秘書艦は曙、君にするって。

 

はあ!?

 

大丈夫。僕には、うまく言えないけれど。

 

……ったく。明日、私が解体されてても知らないから!

 

ええー!? 曙、いなくなっちゃうっぽい?

 

大丈夫だって。あの提督なら、きっと……。




これにて第1章は完結です。お付き合いいただきありがとうございました。
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