スプリングステークスを終えて。
チームメイトであるミホノブルボン先輩の勝利を祝して、祝勝会を執り行うことになった。
私はその準備のために現在、色々と用意をするため、あっちへ、こっちへと走り回って用意をしているのであるが、その道中の廊下での出来事であった。
私は部室に使う、飾り付けを抱えトレセン学園の廊下を歩いていた。そう、そこまではなんの問題もない。
しかしながら、その飾りを抱えて運んでいる最中の事だ。
曲がり角に差し掛かった瞬間、急に私の視界が奪われてしまった。フニョンッという音が聞こえた上に何か柔らかいものにぶつかった様な感覚が私の顔面を襲ったのである。
「ひゃぁ!? あっ…」
「ぶふっ…!」
そう、とてつもなく柔らかいものだ、それにはよく見覚えがある。この感触はいつも私が胸にぶら下げているものと一緒だ。
そして、私がぶつかったであろうその声の主はアグネスタキオン先輩の声質とどこか似通っている様な気がした。
私はひとまず、その柔らかく私の視界を奪った物からゆっくりと後退し離れる。そして、離れた事で私の目の前には二つのおっきい丘が現れた。
表現がまどろっこしいので、ぶっちゃけて話すけれど、早い話がデカイおっぱ○が二つ目の前にあるのだ。
なんだこのデカさ、私とどっこいどっこいかそれ以上だぞ。
そして、その持ち主は心配そうに飾りを持っている私にこう謝罪の言葉を述べはじめる。
「ごめんなさい、ちょっと考え事してて気づかなかったわ」
「いや、良いんですよ、怪我もありませんし」
そう言って謝ってくるのは、綺麗な栗毛の髪を左右に束ねた、どこか、勝気なウマ娘だった。
胸がここまで自己主張が激しいのだから間違いない、この娘は勝気である。私の直感がそう告げていた。
このウマ娘は確か、どこかで見覚えがあった様な気がするけれど、どこだっただろうか?
すると、ぶつかって来たウマ娘は安心した様におっきな胸をなでおろすと、何かに気づいたのか私にこう話しをしはじめる。
「あ! もしかして…アフトクラトラス先輩ですか! そうですよね!」
「え…っ!? あー、うん、そうですが…貴女は…」
「私はダイワスカーレットって言うんですけどっ! 見ましたよ!この間のレースっ! すごかったじゃないですか! あれ!」
そう言って私に興奮気味に話す、ダイワスカーレットと名乗るウマ娘、私はこの時ふと思い出した。
そう、そうだ、ゴールドシップがチームスピカであると聞いた時にそのメンバー表を見せてくれてその名簿の中に名前と写真が載ってあった。
ダイワスカーレット。
同世代のウオッカと激しい争いを繰り広げ、ともに牝馬ながら牡馬とも互角以上に渡り合った事はあまりにも有名だ。
そして、メジロ家が名家、名家と言われており、お嬢様と言われているが、何を隠そう、このダイワスカーレットもまた、名家の出である。
その名もスカーレット一族。
マイリーから派生する一族で主にイットー、ハギノトップレディやダイイチルビーなどの名ウマ娘が名を連ねる『華麗なる一族』。
ローザネイから派生したウマ娘の一族で、ローズバド、ローズキングダムなどのウマ娘達が有名な『薔薇一族』。
そして、スカーレットインクから始まる活躍するウマ娘を数々輩出している一族を『スカーレット一族』とされている。
その『スカーレット一族』の中でも、このダイワスカーレットとヴァーミリアン、そして、ダイワメジャーはエリート中のエリートなのである。
血統においても素晴らしく可能性に満ち溢れており、今後も活躍が期待されるウマ娘だ。
さて、そんなエリートな秀才ウマ娘に何故、私はこうして話しかけられているんだろうか、意味不明である。
しかも、ダイワスカーレットは何やら興奮気味のようだ。先日のレースというと、おそらく私が走ったデビュー戦の事だろうか?
やめたまえ、あまり声高に話すとまた私の株が上がって坂路の数が比例して増えてしまうでしょうっ!
いや、たしかに嬉しくはあるのだが、しかし、あのウオッカと大接戦ドゴーンやったあのダイワスカーレットがこんな可愛いウマ娘になってるとは思いもよらなかった。
しかも、奇しくも胸の位置が私の目前という身長差、普通に話しててもダイワスカーレットの胸に話しかけてるような錯覚を感じてしまう。
自己主張激しすぎでしょう! 私も人の事は言えないけど! 私は身長伸ばそうと頑張った結果がこうなっただけだから!
しかし、あの弾力性は多分、エアグルーヴ先輩のお尻と同じくらいはあった。
商品化待った無しですな、あの弾力性のある抱き枕をソファに置いてたらダメになりそうな気がする。
と、話はそれてしまったが、私は目前にいるダイワスカーレットにこう話をしはじめた。
「あのレース見ててくれたんですか…、光栄ですね、ありがとうございます」
「いえいえ! 15身差の大差っ! あんなの見せられたら私も気合が入っちゃいましたよ!」
「…ふふ…、それは嬉しいんですけど私的にはあのレースは黒歴史的な要素が盛りだくさんだったものでなんか複雑ですね」
私はそう告げる飾りを抱えたまま遠い眼差しを廊下の窓の外へと向ける。
誰にでも黒歴史というものがあるのだ、そう、私にしてみればまさしく大衆の前で披露したあの独自路線を貫いたパフォーマンスの数々。
私的には好感触に思っていたし、キレキレで踊っていたので受けは良かったように見えたのだが、現実はそう甘くはないのだ。
何かを悟ったような表情を浮かべている私にダイワスカーレットちゃんは容赦なく追い討ちをかけて来た。
「あ、それってウイニングライブの事ですよね、有名ですし」
「皆まで言うでない」
私はすかさず、ウイニングライブについて口走ろうとしたダイワスカーレットの口を塞いだ。
あれは開いてはならぬパンドラの箱、演歌を歌って、うまぴょい伝説を歌わさせられ、ついでにソーラン節や阿波踊りといった青いコアラのマスコットじみた事をやってしまった。
演歌担当、キタサンブラックさんが居ないばっかりに私が大恥をかいてしまった大惨事、翌日、姉弟子からチョークスリーパーされて反省させられたのは記憶に新しい。
しかも、トレーニング終了後、重石を手脚に着けてウイニングライブを踊るという練習も追加される羽目になったのだ。
おほー、身体が悲鳴をあげちゃうの〜と涙目になった。鬼か、いや、坂路の鬼でしたねそう言えば。
そして、私が飾りを持っていたのに気づいたダイワスカーレットちゃんはなんと部室まで一緒に運んでくれると言ってきてくれた。
見た目的にツンデレの素直になれない娘かなって思ってたけどめっちゃええ娘やないか…、私は思わず抱きしめたい衝動に駆られそうになった。
あ、抱きしめられるのはこの場合、私か、身長差から考えて。
そんなわけで、私はダイワスカーレットちゃんに協力してもらい飾りをなんとか部室前まで持ってこれた。
結構な量を運んでたんで目の前がいっぱいいっぱいだったからほんとに助かった。手伝ってくれたダイワスカーレットちゃんには感謝しかない。
私はひとまず、部室まで飾りを運んでくれたダイワスカーレットちゃんに提案するようにこう話しをしはじめる。
「ありがとう、スカーレットちゃん、よかったら祝勝会参加していく?」
「えっ? アンタレスのですか?」
「そうそう、タキオン先輩もいるしどう?」
「えー…、あ、あの人はちょっと…」
そう言って、若干、引き気味に私に告げるダイワスカーレット。
あれ? タキオン先輩といえば、ダイワスカーレットちゃんには縁深いウマ娘だと思うんだけどなぁ。
これは予想外の反応、割とマックイーンとゴルシちゃんみたいに仲睦まじいかと思ってだけれども。
すると、ダイワスカーレットちゃんは深いため息を吐くと、その訳について私に話をし始めた。
「あの人はなんていうか、変わり者だし、私に関して物凄く過保護なんですよね、何故だかわからないけど」
「ほうほう」
どうやら、それは、マックイーン達とはまた逆のパターンだったようだ。
なんとびっくり、タキオン先輩の方がダイワスカーレットちゃんに対してやたらと過保護だったらしい。
確かに可愛い娘って意味じゃ、関係上そうなってても何ら不思議ではないような気もする。
アンタレスが誇る超高速の粒子にも、意外な一面があった事に私も思わずほっこりしてしまいそうになる。
さて、長々と部室前で話をしてしまったが、ミホノブルボン先輩のために早く部室に飾り付けをしてしまわねば。
そう思い、私が部室の扉を開いた直後であった。そこに広がっていた光景は…。
「さあ! 懸垂追加200回! そんな事ではG1とれんぞ! G1!」
「はいっ!」
「ど根性ォォォ!!」
汗だくで部室で懸垂を行なっているウマ娘、バンブーメモリー先輩とミホノブルボン先輩の二人の姿とそれを指導しているトレーナーの姿であった。
そして、そのトレーナーの姿には見覚えがある。ジャージを着たあの熱血お婆さんは見間違えようがない。
そう、私の義理母である。
何故、あの人がトレセン学園にいるのかという疑問よりも先に私は身の危険を感じて、こそっと呟きながらそっと開いた扉を閉める。
あくまでも気づかれないように最低限の注意を払って慎重にである。バレたら命はないと思っておいたほうがいい。
「失礼しました〜…」
ガチャリとしっかりと扉を閉めた事を確認すると、私の身体全体からブワッと冷や汗が毛穴という毛穴から吹き出すのを感じた。
そう、あれは見間違えようがない。
嫌な汗がダラダラと止まらなかった。あの地獄のような日々が私の頭の中でフラッシュバックする。
しかも、バンブーメモリー先輩とミホノブルボン先輩が部室で懸垂していて、部室を開けた瞬間、すごい熱気が満ち溢れていた。あれは部室なのではない、まるでサウナである。
アカン! あれは下手したら私も間違いなくやらされるパターンのやつや、嫌や! マダシニタクナーイ!
冷や汗をダラダラと掻いている私の顔色を見ていたダイワスカーレットちゃんは首を傾げながらこう問いかけてくる。
「? …どうしたんですか? 先輩、凄い汗ですけど」
何も知らないダイワスカーレットちゃんからの質問に顔面蒼白の私は左右に首を振りながら必死に肩を掴む。
この場に居てはマズイ、死んでしまう。
そう私の生存本能が告げていた、ミホノブルボン先輩に義理母なんかが加わってしまえば鬼に金棒どころの話ではない。
私はダイワスカーレットちゃんの肩を掴んだまま、必死の形相で彼女にこう告げた。
「お願い! スカーレットちゃん! 私を連れて逃げて! お願い! 匿って!」
「えっ…!? えっ!? あ、あの、どういう事かわかりませんけれど…、わ、わかりました」
こうして、私はダイワスカーレットちゃんの力を借りて、その場から戦略的撤退をする事にした。
普通に考えて、あんな部室に足を踏み入れられるか!! 逃げるしかないでしょうよ!
祝勝会の準備をしてた筈なのに! おかしい! みんなでワイワイとニンジンジュース飲んで、乾杯して、美味しいご飯食べてミホノブルボン先輩おめでとうございまーす! ってする予定だった気がするんだけれど。
えっ? もしかして、そう思ってたの私だけ? まさかの私だけだった?
ダイワスカーレットちゃんが居てくれて本当に助かったと私も思わずこの時ばかりは思った。
あのまま、何も知らず、あの部室に入っていたらどうなっていたか、容易に想像がついてしまう。
そう言えば、アンタレスの専属のチームトレーナー居ないなとは前から思ってはいた。
思ってはいたが、まさかの予想外な展開に私もこの時ばかりは本気で死を覚悟した。
そして、タキオン先輩とナカヤマフェスタ先輩、サクラバクシンオー先輩が部室にいないとこを見る限り、あの人達は事前にこの事を知っていて雲隠れをしたのだ。
そして、何も知らない私は危うくあの地獄の特訓に巻き込まれる瀬戸際に追いやられていたのである。
危なかった、本当に危なかった。
よし! このまま、なんとかダイワスカーレットちゃんに匿って貰おう。
そうして、ダイワスカーレットちゃんと共に逃走を試みた私はチームスピカの部室に匿ってもらう事にした。
だが、この時の私は甘かった。
あの人達はこのような小細工が通用するような人達でない事を。
危機を回避し、チームスピカの部室に転がり込んで安堵した認識が甘かった事を私は思い知らされる事になる。