遥かな、夢の11Rを見るために   作:パトラッシュS
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祝勝会(鬼)

 

 

 チームスピカの部室。

 

 そこにて、ダイワスカーレットちゃんに懇願した私は匿ってもらっている。いや、匿ってもらわなければならない状況になっていた。

 

 体操座りでガクブルと震えている私は部屋の隅にて、冷や汗を垂らしながら、息を殺していた。

 

 目には既にハイライトが無くなっている。

 

 

「坂路…坂路…坂路…坂路…坂路…坂路…坂路…筋力トレーニング…坂路…坂路…坂路…坂路…坂路…追い込み…坂路…坂路…」

「あのぉ…アフちゃん先輩?」

 

 

 ブツブツブツと呪文のように唱える私に顔を覗き込むように肩を揺すってくるダイワスカーレットちゃん。

 

 筋トレに次ぐ筋トレ、坂路に次ぐ坂路、追い込みに次ぐ追い込み、おまけ程度に重石がつけられたまま踊り歌うウイニングライブの特訓。

 

 さらに、それに上乗せされる地獄メニュー、これが超絶武闘派チームアンタレスが死のサイクルと化してしまった現在、私の目には希望の光は写っていなかった。

 

 間違いなく、見た限りチームトレーナー的な立ち位置に義理母の姿を見た私が取る方法といえばこうして少しでも死期を伸ばす事くらいである。

 

 この私の様子には、ダイワスカーレットちゃんも困惑している様子であった。

 

 そんな中、鹿毛で跳ね毛の多い、短髪で男勝りなウマ娘は苦笑いを浮かべながらこう話をしはじめる。

 

 

「いやー…アンタレスってやっぱやべーのな、トレセンじゃ有名な話だけどさ」

 

 

 そう告げるウマ娘は私の様子を見て尚更、その話が事実である事を確信しているようだった。

 

 地獄を見たことはあるかい? そうだよ、あのアンタレスの部室が今、まさにそうなんだよ。

 

 私は虚ろな目を苦笑いを浮かべているウマ娘へと向ける。そして、力なく笑みを浮かべると彼女にこう告げた。

 

 

「ウオッカちゃん、私の代わりに入って来ても良いよ、あの部室」

「先輩、それは流石に勘弁してください本当」

 

 

 そう言って、割と本気で頭を下げてくるウマ娘、ウオッカちゃんの言葉に私はニッコリと微笑むしかなかった。

 

 このウマ娘はウオッカちゃん。

 

 東京優駿に勝利するなどGI通算7勝を挙げ、史上最強牝馬とも言われており、同世代のダイワスカーレットとは激しい争いを何度も繰り広げ、ともに牝馬ながら牡馬と互角以上に渡り合った。

 

 アンタレスのヤバいは大体、ミホノブルボン先輩とかライスシャワー先輩とかが主で、あとは別の意味でキャラがヤバい人達がいるという事なんだろうな、タキオン先輩とか。

 

 あ、大事な事忘れてた、チームトレーナーもヤバい人でしたね、いやー凄いなーアンタレスはー。

 

 そんな中、ガチャリとスピカの部室の扉が開く音が聞こえ、私は思わず、ヒィ!? と声を上げてしまう。

 

 そうして、扉を開いて現れたのは…。

 

 

「おーい、お前達ー、何してんだ? おっ?」

「あ、トレーナー」

「んあ? あぁー! アフちゃんじゃーん! 何してんのさぁー! こんなところでー! もがっ!」

「シー! お願いだからトーン落としてトーンッ!」

 

 

 そう言って、私は大きな声で名前を呼んでいるゴールドシップの口を慌てて両手で塞ぎにかかった。

 

 馬鹿野郎! バレたらどうすんの! バレたら!

 

 血相を変えて、慌てたような様子の私にゴールドシップは理解したのか、コクコクと二回ほど頷いた。

 

 ひとまず、それを見た私は安堵したように胸を撫で下ろすと、塞いでいたゴールドシップの口からそっと手を離す。

 

 ほんの小さな綻びが生死を分けるのだ。そう、こんな大きな声で私の名前を呼ばれたんじゃ、私の命の灯火は一瞬にして消え失せてしまう。

 

 すると、しばらくして、何やらゾクゾクっと背中に悪感が走るような感覚に襲われた。

 

 ふと、背後を振り返ってみると、私の太ももを撫で回すように確認しているチームスピカのトレーナーさんの姿があった。

 

 

「うぉ!? なんだこの足!? 凄い足だなぁ! お前!」

「………!…せいっ!」

「ちょっ! ぐふぅ!」

 

 

 私はすかさず、痴漢してきたチームスピカのトレーナーさんに凄まじいボディブローをお見舞いする。

 

 普通ならここで、後ろ足でスコンッ! っと蹴りをかますところなのだが、私の鍛えられた足だと軽く時速160km以上出てしまうので下手すると常人なら首が吹き飛んでしまう可能性がある。

 

 なので、敢えてボディーブローにした、だが、これではもちろん生ぬるい。

 

 私は悶絶して頭を下げるチームスピカのトレーナーの頭をガッチリとホールドすると、その身体を持ち上げる。

 

 小さな身体の私がチームスピカのトレーナーを持ち上げる事に驚いたように目を丸くするダイワスカーレットちゃんとウオッカちゃん。

 

 普段から地獄のようなトレーニングをやってきた私にしてみれば、こんなのは朝飯前である。

 

 私はその技をかけたまま、決めに入る。

 

 その名もアフトクラトラス式、垂直落下式DDTである。

 

 一応、スピカのトレーナーさんが受け身が取りやすいように投げつつ、ゴスンという鈍い音がスピカの部室に響き渡った。

 

 

「ガハァ!」

「何さらしとんじゃコラァ!」

 

 

 そして、すかさずスピカのトレーナーさんが綺麗に受け身を取ったところで、サソリ固めに入った。

 

 この技の見事な入りに思わず、ダイワスカーレットちゃんとウオッカちゃんからは拍手が上がる。

 

 ギチギチという関節の音が聞こえてくる中、苦悶の表情を浮かべて地面に伏すスピカのトレーナーにゴールドシップが駆け寄ると顔を伺いながらこう問いかける。

 

 

「ギブ? ギブ?」

「ぎ、ギブアップぅぅ!」

 

 

 そう宣言したスピカのトレーナーの言葉を確認したゴールドシップは両手を広げると左右に振る。

 

 どこからか、カーンッカーンッカーンッ! という、ゴング音が聞こえて来たような気がしたが多分、気のせいだろう。

 

 そして、ゴールドシップから立たされた私は右腕を掴まれ、上げさせられた。

 

 

「ウィナー、アフちゃん」

 

 

 私は誇らしげにゴールドシップから右手を掴まれたまま、それを挙げる。

 

 長く苦しい戦いだった。スピカのトレーナーさんにプロレス技かけて大体、1分もかかってないけれども。

 

 そんなこんなで、私はスケベにも不用意に私のモチモチしている太ももを揉んだり触ったりして来た痴漢を撃退することに成功した。

 

 尻まで触ってたら多分、ブレーンバスターもついでにかましてたかもしれない。

 

 すると、倒れていたチームスピカのトレーナーさんはサッと立ち上がり、頭を抑えながら私の手を握ってきた。

 

 この人、ゾンビか何かだろうか。

 

 

「君! 名前は!? 所属は!! どこのウマ娘!! そのもの凄い足に小さな身体でその筋力!! 凄い逸材だ!」

「…えーとっ…、この人なんか別の意味で怖い…」

「その気持ち、よくわかるかも」

「だな」

 

 

 そう言って、苦笑いを浮かべるダイワスカーレットちゃんにウオッカちゃん。

 

 だが、このトレーナーさんが言っている事と慧眼は間違いないと彼から手を掴まれている私は思った。

 

 単に足を触って、私から投げられた事だけで筋力や能力を測れるトレーナーはなかなか居ない。

 

 そこに関しては間違いなく、オハナさんと同様にこのスピカのトレーナーさんは一流のトレーナーではないかと私は感じた。

 

 そんな彼の情熱的な問いかけに先程まで、プロレス技をかけていた私も思わず、ため息を吐くとニコリと笑みを浮かべる。

 

 

「大したものですね、貴方」

「それだけの筋肉量だ、触るだけでわかるさ」

 

 

 そう言って、私の言葉に同じく笑みを浮かべて応えてくるチームスピカのトレーナーさん。

 

 多分、この人はまっすぐな人なのだろうと思った。情熱的でウマ娘の事に関してよく理解している。

 

 だが、生憎な事に私は既にアンタレスというチームに所属しているので、これに関しては残念にも縁がなかったなと感じてしまう。

 

 おそらく、チームスピカのトレーナーである彼は私を勧誘したかったんだろうなという意図を理解した上で、私はスピカのトレーナーさんにこう話をしはじめた。

 

 

「すいません、私、実はアンタレスに所属してまして」

 

 

 その瞬間、私の手を掴んでいたチームスピカのトレーナーさんの身体が凍りついた。

 

 そう、チームアンタレスという言葉を聞いた途端にである。

 

 あのチームどんだけ学園の中で有名なんだよと思ってしまった。

 

 まあ、確かにあんな馬鹿げた量のトレーニングやってたらそれはそうなるだろうなぁとは私も思う。

 

 だが、スピカのトレーナーさんは真っ青になったまま、ゆっくりとこう話をしはじめた。

 

 

「アンタレスってぇと…、あれだよな、遠山さんとマトさんとこの…」

「そうなりますかね、はい」

「いや、マジでごめんなさい、あの人達本当に怖いんで勘弁してください

 

 

 そう言って、スピカのトレーナーさんがなんと私に土下座して謝ってきたのである。

 

 なんでこんなに恐れられてるんですか! 私の義理母!? 何したのあの人!!

 

 いや、理由は大体わかってる、あの人は有名なトレーナーで別名、坂路の鬼と言われるほど、義理母の名が至る所に轟いているのは周知の事実である。

 

 そんな中、スピカのトレーナーさんは苦笑いを浮かべたままこう語りはじめた。

 

 

「スパルタといえば、遠山トレーナーと言うのはトレセンでも有名な話だ。実力があるウマ娘に関しては他の特別トレーナーに任せてはいるが、己が鍛えて伸びるウマ娘は徹底して鍛えて鍛え抜くのがあの人の信条だからなぁ…」

「おっしゃる通りです…はい…」

「なんだ…、その、大変かと思うが強く生きろよ…、な!」

 

 

 そう言って、私の頭を同情した上に優しく撫でてくれるスピカのトレーナーさん。

 

 この人、めっちゃ良い人やないですか! 本気で泣きそうなんだが、いや、これは超一流トレーナーですわ、私は好きですよ、はい。

 

 オハナさんといい、この人といい、トレセン学園にいるトレーナーさんは良い人ばかりだな、私は正直、優しくされて、オハナさんにもスピカのトレーナーにも惚れそうですよ。

 

 そんな感じでスピカのトレーナーさんと仲睦まじく話をしている最中であった。

 

 バンッ! とスピカの部室の扉が勢いよく開く。

 

 その瞬間、私は身体が完全に硬直してしまった。

 

 

「ここに居たか! アフトクラトラスゥ!」

「…あっ…」

 

 

 そこに立って居たのはバンブーメモリー先輩の竹刀を担いだジャージ姿の私の義理母であった。

 

 義理母の姿を見たスピカのトレーナーさんと私の顔色は一瞬にして真っ青になり、スピカのトレーナーさんは私から離れると、すかさず義理母の元へと駆け寄っていった。

 

 そして、素早く義理母の元へ近づくとにこやかな笑顔を浮かべるとこう話をしはじめる。

 

 

「いやぁ! お久しぶりですっ遠山さん! 凄いですね! おたくのお嬢さん!」

「この娘が迷惑をかけたみたいだね、申し訳ない」

「いやいやいや! たまたま帰ってきたらウチの部室に居たので! 迷惑なんてとんでもないっスよ!」

 

 

 そう言いながら、引きつった笑顔を浮かべて義理母に頭を下げつつ、話をするスピカのトレーナーさん。

 

 あっ、終わった。これは流石に終わりましたわ。

 

 私の身体からは冷や汗がダラダラと吹き出しており、助けを求めるようにゴールドシップちゃんの服を掴んでいた。

 

 私の生存本能がこの状況はやばいと告げている。だが、逃げればもっと恐ろしいことが待ち構えているので下手に逃げ出すこともできない。

 

 すると、スピカのトレーナーと一通り話を終えた義理母は私の服の襟をガシッと掴むとズルズルと引きずりはじめる。

 

 

「行くぞ! アフトクラトラス! 坂路追い込みだ! 坂路!」

「うあああああ! ゴルシちゃん! スカーレットちゃん助けてぇえええ! うああああ!」

 

 

 先輩の威厳も何にもない。

 

 本気のガチ泣きで私は二人に助けを求めるが、二人は私から冷や汗垂らしながら視線を逸らしていた。

 

 ズルズルとスピカの部室から回収されていく私の背後にはドナドナが流れている事だろう。

 

 もう恥も何にも関係なく助けを求める私の去り逝く姿を見送ったゴールドシップ達はスピカの部室の扉がガチャンと閉まるのをこう話をしはじめる。

 

 

「あれはヤバイな」

「本気泣きだったもんな、アフちゃん先輩」

「あの人は本当に厳しいからなぁ」

 

 

 そう言いながら、苦笑いを浮かべるスピカのトレーナー。

 

 坂路の鬼と知られ、トレーナーの間でも遠山トレーナーはレジェンドとされている。

 

 凄まじい量のトレーニングを積むあの人のトレーニング方法をこなしていればあのアフトクラトラスの身体についていた筋肉量もスピカのトレーナーには納得がいってしまった。

 

 

 その後、義理母から連れ去られた私は義理母とミホノブルボン先輩の鬼が二人いる中、バンブーメモリー先輩と共に地獄のトレーニングをやらされる事になった。

 

 

 あ、祝勝会ですか? そんなものあるわけないでしょう。この地獄のトレーニングが祝勝会代わりだそうです。鬼ですね本当に。

 

 

 坂路を登り、筋力トレーニングをみっちり行って、追い込みをし、さらにウイニングライブの練習では重石を付けて踊った。

 

 さらにそこからが、義理母の本領発揮である。

 

 この凄まじい量のトレーニングに上乗せさせられる形で手足に重石を付けて、地獄の坂路併走トレーニングが追加された。

 

 併走なので、手を抜けば一発でわかってしまうので、全力である。しかも、ミホノブルボン先輩とバンブーメモリー先輩とだ。

 

 バンブーメモリー先輩は途中でついていけなくなり、完全にダウンしてしまった。そりゃそうなる。当たり前だ。

 

 よって、最終的には私とミホノブルボン先輩との併走坂路トレーニングである。

 

 

 本気で今回ばかりは死ぬかと思いました。はい。

 

 

 こうして、ミホノブルボン先輩のスプリングステークスの祝勝会は幕を閉じる事になった。

 

 今回の私の教訓としては、今度から祝勝会に関しては全く期待しないでおこうということくらいだろう。

 

 アンタレスではそれが当たり前なのである。








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