さて、凱旋門賞まであと一週間。
私は最後の追い込み、あと記者会見が待ち受けてます。
追い込みに関してはもういつも通りなので特に言うことは無いです。
凱旋門の最後の直線を後は攻略できるかどうか、それだけだと思います。
「あふん」
「もー、アフちゃん先輩、またこんなに脱ぎ散らかしてー」
下着姿でベッドにバタンキューする私にそう言って私の着替えをそそくさと回収するドゥラメンテちゃん。
あー……、今なら女の子が下着姿で部屋を彷徨き回る理由がわかる気がするー。
だってこの格好めちゃくちゃ楽だもん。
だらしなさが滲み出てる。まるで、ダメな仕事終わりのOLみたいだ。
そんな姿の私をドゥラメンテちゃんがジト目で見つめてくる。
「……早く服着ないとそのお尻に顔を埋めますよ」
「へっ! やれるもんならやってみろー」
そう言いながらわざとらしくお尻をベッドの上でフリフリと振り挑発する私。
そんな私のお尻を凝視し、履いている水色のパンツに注目するドゥラメンテちゃん。
うん、あの……そんなに見られると恥ずかしいんですけど。
「では、遠慮なく」
「ファッ!?」
そう言って、私の尻尾をガシッと掴むとそのまま私のお尻に顔を突っ込んでくるドゥラメンテちゃん。
あ、私、これどっかで見たことあるわ、えーと、どこだっけな? あ! そうだ!
犬がよく新しい犬に会った時にするやつ! って冷静に考えとる場合か!
ていうか私、そもそもウマ娘なんだけども。
尻尾を掴まれた上にドゥラメンテちゃんから顔を尻に埋められた私の背筋は飛び上がる。
「ひゃあっ!? ……っん……! だ、ダメっ! 尻尾は掴んだらっ! ……あんっ!」
「むふーっ、あふひぇんぱいおひりもやはらかい」
「ひゃあっ! 変なとこに息掛かってる! 掛かってるからっ!」
あひゃー! 挑発しすぎたなり! 背筋がゾクゾクするのー! おほー!
そんなアホな事を言ってる場合じゃないな、本気でやばくなってきた。尻尾は敏感だし、ウマ娘にとっては性感帯も同然なのだ。
前に悪戯でルドルフ先輩の尻尾を掴んだ時は……うん、可愛い声上げてましたね、後でマジ切れされましたけども。
しかもこいつ、私のSiriを揉んできてやがる。へい! Siri! そこ敏感だからヤメテッ!
しばらくドゥラメンテちゃんから弄ばれた後、私はシクシクと泣きながらベッドの端に体操座りする。
「ぐすっぐすっ……うえーん、もうお婿に行けない……」
「それを言うなら嫁でしょ? 大丈夫ですアフちゃん先輩には嫁の貰い手なんてありませんから」
「辛辣すぎワロエナイ」
後輩が私に厳しい件について、しかも心なしかドゥラメンテちゃんなんかツヤツヤしているような気がする。
なんだそのご満悦みたいな表情は、顔面にパイ投げつけるぞ!
おい! パイ食わねぇか!
おい誰だ、お前には新郎の服よりウェディングドレスが似合うとか言ったやつ! 怒らないから出てきなさい!
……新郎の服着たブライアン先輩とドーベル先輩を想像しちまったじゃないか、どうしてくれる。
しかも心なしかそれが似合ってるからなんとも言えない。
「さて、アホやってないでレースのDVD見ますよー」
「むぅー……はぁい」
私は後輩に促され、仕方なく欠伸をしながらテレビの前へ。
さてさて、どんな走りかしっかり分析しとかなければですね、まずはハイシャパラルさんから。
印象的だったのはそのしなやかな脚だろう、キリッとした美しい顔立ちはもちろんなんだけど、『樫の高木の密林』と言う渾名に恥じないくらいに金色じみた鹿毛の髪がターフに映えていた。
風を切るようなその差し脚は戦慄するほど美しかった。
眠気が一気にぶっ飛んだ、なんだこの差し脚は……! 私は嫌な冷や汗が頬を伝うのを感じた。
完成形の差し脚、理想的な姿だと言っても過言ではない。
「……早っ! これやばいですよね……」
「ハイシャパラルさんのあの脚力は異常だと思います、勝てる気がしないですねー」
ドゥラメンテちゃんから見てもそう感じるならきっとそうなんでしょう。
私もそう思う、勝てるとか言ってた馬鹿はどこのどいつだ。
それでもって、次に目を通したのはシンボリクリスエスさんですね。
あらー、エゲツない、なんだこの脚。
こちらもまた差し脚なんですけども、勝てる気が全然しませんでしたね。
どうやって二人に勝てばええんやろうか。
「見といて良かったですね、じゃなきゃボコボコにやられてたかもわかりませんし」
「これで戦略が練れますね、さて、じゃあ、スタートなんですけど」
そう言って、私はドゥラメンテちゃんと共に戦略を練る事にしました。
うん、勝てる気はしないけど、この二人とあとダラカニさんが控えてますからね、どうにかして攻略法を考えつかなくては。
戦法はある程度固まってはいるんですよ、先行で走って逃げるのではなく、今回は追い込みでごぼう抜きするといった感じです。
なので、ヒシアマ姉さんに協力も仰ぎましたし、その練習も重ねてきたつもりです。しかしながら、それだけやってれば勝てるほど、凱旋門は甘くはありません。
厳しい戦いになるのは間違い無いですけどね、どうしたもんか。
「アフ先輩? 明日のトレーニングどうします?」
「そうですね、闇雲に鍛えても仕方ないかなとは感じました、なのでちょっと絞ってやってみようかなとは考えてます」
「なるほど」
私の言葉に頷くドゥラメンテちゃん。
うん、ぶっちゃけ、ひたすら坂登ったり走ったりするのは変わらないんだけど、それだけだと凱旋門は取れないですよね、それに対してまた一工夫加えないといけないのは間違い無いでしょう。
一筋縄ではいかない相手がズラリといるわけですからね。世界からG1ウマ娘達がやってくるわけですからこれをどう倒すのかを考えておかなければなりません
G1クラスがゴロゴロいる事には変わりないのも事実、ならば、同じようにG1クラスのウマ娘とのトレーニングを通して何かしら身につけておかないと。
「とりあえず、ブライアン先輩とかに頼んで併走しながら、仮想ハイシャパラルをやってみるしかないですよね」
「ハイシャパラルさんとシンボリクリスエスさんかぁ……」
ドゥラメンテちゃんは顔をしかめながら再び、DVDの映像を凝視する。
この二人の走りとダラカニをどう攻略するかが鍵ですしね、それくらいはわかってますよ、私とてね。
イギリスに来たばかりの時の洗礼を忘れた事はありません、あれから私はだいぶ危機感を抱くようになりましたから。
そして、DVDを眺めていたドゥラメンテちゃんも理解したのだろう、世界で活躍するウマ娘がどれほどのレベルなのかという事を。
私とてね、ただそれに圧倒されるわけではありません。
やれる事は全て出し切るつもりです。
それから、トレーニングを積み重ね、ついに凱旋門賞前日の記者会見の日がやってきた。
様々なところでG1クラスのウマ娘達が様々な国の記者にインタビューを受けている。この凱旋門は世界最高峰と言っても過言ではないレース、それに対する期待も皆大きい。
そして私もまた、周りを記者に囲まれながら、今回のレースについてのインタビューを受けている最中である。
「アフトクラトラスさん! 三冠に向けた意気込みをお聞かせください!」
「はい、……やれる事は全てやりました、後は出し切るだけです」
「やはり、ライバルはハイシャパラル、ダラカニ、シンボリクリスエスでしょうか?」
興奮した記者は次々とマイクを向けては質問を投げかけてくる。
一流のウマ娘達ばかりの中、今回の凱旋門賞、なんと私が1番人気です。それがどういうことを意味するか、よく分かりますよね。
1番人気というのは勝って当たり前を要求されるプレッシャーを常に持ち、それと戦わなくてはいけないのです。それは、私とて例外ではありません。
インタビューしてくる記者達には悪いんですが、少しナーバスになっています。なるほど、姉弟子が背負ってたプレッシャーが今ならよく分かりますね。
いや、確かに気持ちはわからんでもないが、今は少しピリピリしてますので質問攻めは控えてほしいんですけどね。
私はため息を吐きながらそれらの質問に適度に答えていく。
そんな中、記者たちを押し分け、1人のウマ娘が私の前にやってきた。
「はぁい、アフちゃん。年末のマラソン以来かしらね?」
「貴女は……」
私の前に現れたのは同じく日本から来たG1ウマ娘、シンボリクリスエスその人である。
障害レースも良し、平地を走っても良し。
国内G1レースを勝ちまくり、そして今回、私と同じように凱旋門にやってきた強者である。
その圧倒的な強さは説明するまでもないだろう、間違いなく怪物級の大物である彼女がわざわざ私の元にやってきた。
もちろん、彼女は凱旋門賞で走るライバルである。
しばらく睨み合った後、ゆっくりと私は口を開いた。
「あの時よりも、私、強くなってますよ? クリスエス先輩」
「ふふっ、それはたのしみねぇ、でもまぁ……」
腰まである黒鹿毛の綺麗で艶のある髪を靡かせ、余裕ある上品な言葉遣いで私の耳元にそっと口を近づける。
そして、意味深な笑みを浮かべると静かな声色で忠告するようにこう告げた。
「……ハイシャパラルを倒すのはこの私よ、貴女じゃないわ」
「……ッ!」
私はその言葉を聞いてクリスエス先輩を睨んだ。
それは、彼女の目を通して訴えかけてきているのがよくわかった。お前など相手にしてる暇はないというメッセージが込められている。
思わず私は拳を握りしめる。
そして、踵を返したクリスエス先輩は飄々とした様子で私の元から去っていった。
「あの……アフトクラトラスさん」
「悪いですが、記者会見はこれで終わりです、すいません」
記者からの質問に答えきれてないが、私はこの記者会見を早々に打ち切る事にした。
とはいえ、明日になれば結果はわかる。だからこそ、抱えているプレッシャーは大きくなっていく。
早く帰ってすこしでもトレーニングを積んでおきたい。私は早足で会場から立ち去ろうと思っていた。
そして、そんな私を待ち構えていたのは。
「ヘイ、君が、アフトクラトラスかい?」
金色じみた鹿毛の髪を靡かせる『樫の高木の密林』の異名を持つウマ娘だった。
彼女は私をジッと見つめ、やがてこちらに足を進めてくる。
これが、私と強敵、ハイシャパラルさんとの初めての邂逅だった。