凱旋門賞のスタートは荒れた。
先行を取ろうと、様々なウマ娘が入り乱れる形で乱戦のようになっていたのである。
うわぁ……私、今回、追い込みにしといてよかったなと改めてそう思った。
おそらくは一番人気の私を警戒しての戦略だったんだろうが、当てが外れて残念でしたね。
あんな中に私が居たらいくら私とはいえ、ひとたまりもなかっただろう事は容易に想像できる。思わず冷や汗が出てしまった。
「へぇ……先行を捨てたのか……」
ハイシャパラルさんはニヤリと私が背後にいる姿を見て笑みを溢す。
本来得意とする走りを捨て、追い込みにシフトした走り。それは、レースの展開次第では博打にも近い走り方だ。
下手をすればそのまま上がれずに終わることだってザラにある。
そんな中でアフトクラトラスは追い込みを選択してきた。先日といい、完全に博打だらけである。
アフトクラトラス、どれだけの走りができるのか楽しみだ。
ハイシャパラルは笑みを浮かべ、今は静かに差すには絶好のポジションを確保しに動く。
何はともあれ、全ては残り400mで決まる。
(アフトクラトラスは追い込み、ハイシャパラルは差し……ね……)
シンボリクリスエスもまた、他のライバルを牽制しつつ、アフトクラトラスの取った追い込みという戦法に視線を向けていた。
自分とやり合うのは結局、ハイシャパラルとなる。そういう確信は彼女にはある。
ただ、未知数なのはダラカニとアフトクラトラスの二人だ。
あの二人に関しては今回が初めての対戦レース、冷静に見てもあの二人がハイシャパラルと自分を含めて飛び抜けてやばいことは理解していた。
警戒はしているつもりではあるが、背後にポジションを取られてはそうそう観察もできそうに無い。
ダラカニに関してはアフトクラトラスではなく自分の後ろにぴったりと付いている。
追い込みの戦法を取るアフトクラトラスをマークするのはあまりにリスキーだと判断したのだろう。
「……私をマークしてへばらなきゃいいけどね」
「…………」
クリスエスの呟きが聞こえてるかどうかは定かでは無いが、ダラカニは無言でそれに応える。
ダラカニには当初、アフトクラトラスを完全マークし、最終的に背後から差すという計画があった。
先行でなら、ピッタリと張り付くつもりであったのだが、アフトクラトラスは最後方に位置を取っている。
当初の計画に狂いが生じた、だが、逆に前の位置で現在、アフトクラトラスをマークするという方向で計画を修正したのである。
アフトクラトラスが勝負に動いたと同時に仕掛ける。
これが、このレースを攻略するにあたり最善だと判断した。
だから今はシンボリクリスエスを牽制しつつ、ハイシャパラルを視界に入れることができ、アフトクラトラスのポジションを確認できる場所に居る。
おそらく、位置的には一番良い位置を取れたのでは無いかとダラカニは判断していた。
そして、それはまさにそうである。
「ダラカニ、良いポジションで牽制しております、これは良い位置だ」
外部から見たポジションでも、このままレースが進めばダラカニで決まるのもおかしくは無いというのが会場のウマ娘やトレーナー達が見た感想であった。
しかし、アフトクラトラス、ハイシャパラル、シンボリクリスエスはそうは思ってはいない。
そして、それは、義理母を含めた他の一部のトレーナー達も勘付いていた。
「これは難しいレースになるぞ……」
「ペースをハイシャパラルが上げましたね」
「あぁ……」
そう、ハイシャパラルがペースを上げ始め、背後から底上げしてきたのだ。
もちろん、それについていこうと無茶な走りをするウマ娘は潰れていくのは必然だ。
ペースが変われば、走り方も変わってくる。
早々にハイシャパラルが他のウマ娘に対して揺さぶりをかけてきたのである。
「……あーあ、皆ひっかかっちゃって……、少し考えればわかるでしょう、あのくらい」
「…………」
だが、差しで控えてる二人は動じなかった。そして、最後方で走ってる私もそれは一緒です。
問題は先頭との距離が大事ですからね、序盤から揺さぶりをかけてきたとしても大事なのは自分の走りを崩さない事。
その点においては私はもう出来てますからね、さて、そろそろ、上がっていきましょうかね。
「おっと最後方だったアフトクラトラスがスルスルと縫うように上がっていく、中段から抜ける形で現在、先行の方に位置を取りました、これはどういう事でしょうか」
アナウンサーの方が実況で私の様子についてコメントする。
うん、追い込みと思ってました? 終盤まで? いやいやまさか、あくまで私が序盤から先行を取りにいかなかったのはスタートが荒れるのを見越してたからに過ぎません。
私が今上がってきたきっかけはハイシャパラルさんが上手く他のウマ娘を揺さぶってくれた事です。
正直、最悪ゴリ押しで行くつもりでしたが非常に運が良かった、スルスルッとスムーズに崩れた群の中を抜けられたんで変に妨害されずに済みましたからね。
ダラカニちゃんもその証拠に私の背後に張り付き始めてます。
流石にもう大勢が整ってしまったので、ハイシャパラルさんの揺さぶりに応じて無かったですが、私のいきなりの先行取りには不意を突かれていた様子でした。
なので、完全マークとはいかず、ダラカニちゃんの前方には私との間に一人ウマ娘を挟む形で走る事になってしまいました。
これは悔しいでしょうねぇ。
「だからついでにクリスエスさんも背後に控えてればいいものを……」
「……ふふっ、そんなに甘くいくわけないでしょ?」
だけど、私もしてやられて悔しかった。
シンボリクリスエスさんが勘付いて私に並ぶようにして先行まで上がってきたのである。
クリスエスさんはそのまま足を溜めると踏んでいましたけど、そうは問屋が許さなかったですね。
完全にペースの読み合いですね。
誰が抜け出してくるのかわからないし、それがレース全体に大きな影響を与えるのは間違い無いです。
これでは私も下手に仕掛けられませんね、とはいえ、先行は何事もなく取れたんですけども。
ゴールまでの道のりはまだ長いです。
どうにかして、この状況を打破する何かを考えなきゃならないです。
「んで? このまま行くつもり?」
「さあ? どうでしょうね」
クリスエス先輩の言葉に笑みを溢しつつ、そう答える私。
ポジションは私の本来得意とする位置になりました。
実はギアもひっそりと変えています。いきなり変えたら警戒されますからね、ゆっくりとペースを先程よりかは上げています。
後続にはすぐ側にクリスエス先輩が居て、ちょっと前にはハイシャパラルさんが居る。
これはまたやり辛いポジションになったかなとは思いますが、やれない事はなさそうですね。
「レースの展開が序盤からコロコロと変わっていきます凱旋門賞、半分を切りました」
残り半分、だが、序盤から中盤にかけてすでに高度な読み合いが繰り広げられている。
一つでも、対応が違えば大惨事だ。
それだけの実力があるウマ娘が揃っているし、私もその事は重々理解している。
これまで走ったどのレースよりも攻略難易度が高い、それがこのレースである。
(追い込みに関して言えば成功と言えましたけどね、おかげで今は苦労せず先行まで上がって来れましたし)
レースの展開にも今のところ恵まれている。
問題は最後の直線に入る手前で前にいるハイシャパラルをどれだけ早く捕まえられるかが勝負の分かれ目になってくるだろう。
なんせ、私の背後には化け物が二人、目をギラつかせて虎視眈々と私をマークしてますからね。
悪寒が走るどころの話ではありません、ミホノブルボンの姉弟子はいつもライスシャワー先輩の恐ろしいプレッシャーにいつも晒されていたんだなと思うと本当に尊敬できますよ。
私は気を引き締め直して、集中し直す。
余計な事を考え過ぎない様にしておかないといけないですね。
私は私だ、この凱旋門の主役なのだから、しっかりと目の前のレースに集中しておかないと。
先行に位置どりをした私の目の前には残り800mの表記が目に飛び込んでくる。
さて、そろそろ、ここらへんから仕掛けていくとしますかね。
私は力を込めている脚にチラッと視線を向けると大きく息を吸い込んだ。