遥かな、夢の11Rを見るために   作:パトラッシュS

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積み重ねた努力の果てに

 

 凱旋門も凄まじい読み合いからいよいよ残り800mに差し掛かる。

 

 この地点まで来れば、他のウマ娘達も痺れを切らして次々と動き出してもおかしくない距離だ。

 

 仕掛けのタイミングを今か、今かと待ち構えているライバル達。

 

 誰かが動き出せば、一気に流れが変わる。

 

 

「誰だ……動くのは」

「ここがターニングポイントだからな」

 

 

 ルドルフ会長もナリタブライアン先輩も冷や汗を垂らしながら、レースを緊張の面持ちで見守っていた。

 

 ここの仕掛けの一瞬でほぼ決まる、前にいるのはハイシャパラル、このまま抜け出してくれば背後は差し切るのにかなり苦戦するだろう。

 

 だが、動いたのはハイシャパラルでもダラカニでも私でもない。

 

 仕掛けたのは同じく日の丸を背負い海を渡ってきたシンボリクリスエスさんでした。

 

 眼の色が変わったのが、側にいた私にはすぐに分かりました。

 

 思わず鳥肌が立ちます、あれが、シンボリクリスエスさんの本気への切り替え。

 

 バシュンっとまるで消えるようにウマ娘達の間を縫ってすぐにハイシャパラルさんに並びました。

 

 

(……仕掛けるか? いや、まだ早いッ!)

 

 

 シンボリクリスエスさんが上がったんですが、私はそれに釣られず上がろうとはしませんでした。

 

 違う、この場面じゃない、ここで仕掛ければ、おそらく力負けして最後まで伸びきることが出来なくなる。

 

 まだ、まだだ、残り600mの表記が眼に飛び込んできます。

 

 

「アフトクラトラスまだ仕掛けないッ! シンボリクリスエスはハイシャパラルに並ぶ! 先頭は僅かにまだハイシャパラルッ!」

 

 

 レースを上げるタイミングはすぐに来る。

 

 焦るな、ギアを入れるタイミングを損なえば終わりだ。

 

 私は静かにその時を待つ。ならば、何を待っているのか? 

 

 皆はわからないでいる、だけど、私にはわかる、このレースの流れというものが手を取るように感じる。

 

 今までなら絶対にそんな事はなかったが、今の私にはそれがわかった。

 

 そして、私が感じるそれは、もうじき、皆も分かる事だろう。

 

 

「アフッ! 何故上がらないんだあいつ⁉︎」

「早く上がらなきゃ置いていかれるわッ!」

 

 

 テレビ越しで声を上げるゴールドシップちゃんとサイレンススズカ先輩。

 

 明らかに先頭はラストスパートの構えをとっている。早く仕掛けないと手遅れになるというのは誰が見ても明らかだった。

 

 それはレース場に来ているオカさんと姉弟子も感じていた。

 

 このままだと手遅れになってしまう、何を考えているんだと。

 

 だが、その中で唯一、私を平常心のまま見守る人物が居た。

 

 

「おっとここでダラカニも流石に動いたッ! 先頭のシンボリクリスエスッ! ハイシャパラルに迫るッ!」

 

 

 だが、ダラカニからしてみればこれは不本意な選択だ。

 

 何故なら、完全にマークしていた私が未だに動き出そうとしてなかったからである。

 

 彼女は苛ついた表情を浮かべ、内心で思わず舌打ちをしていた。

 

 

(チィッ‼︎ あのドチビッ! 結局動きやがらなかったっ! だが、このまま付き合うわけにはいかないわ‼︎)

 

 

 そう、本来なら、動くはずだと踏んでいたアフトクラトラスがあまりにも仕掛けないので流石に動かざるえなくなったのだ。

 

 これは、ダラカニにとっては大きな誤算である。

 

 本来なら三人を射程圏内に収めておきたかったのだが、ハイシャパラル、シンボリクリスエスとてかなりの実力を持ったウマ娘であることは彼女も重々把握している。

 

 だから、このまま捨て置くわけにはいかなくなった。

 

 残り400m差し掛かり地点、私はニヤリと笑みを浮かべた。

 

 そして、そんな私の姿を遠目で見ていた人物は確信したように頷き笑みを浮かべる。

 

 

「行ってこい、アフ、お前なら勝てる」

 

 

 それは、長らくずっと私の隣で見守ってくれていた義理母であった。

 

 私は脚に力を入れると、徐々にギアを上げていき加速していく。

 

 私が仕掛けなかったのはこのための布石だ。前を見れば、三人の姿が入ってきている。

 

 私にとって完璧なシチュエーションだった。何度も何度もこの光景を私はこれまで思い描いてこの一週間過ごしてきた。

 

 それを出すのは今だ、今しかない。

 

 実況者も思わず席から立ち上がり、食い入るようにレースを見ながら声を張り上げた。

 

 

「アフトクラトラス動く! ここに来てアフトクラトラスが動きました! 

 だが、差はどうだ! いや、これは凄まじい速さだッ!」

 

 

 ここが、勝負どころだ! 全力を出し切る場面だ。

 

 グングン加速する私は姿勢を低くし、得意としているフォームに切り替える。

 

 釣られずに先行で控えていた甲斐があった。これが、私の走り、私がずっと背中を追い続けていた二人の走りだ。

 

 三冠を取ってこいと背中を押してくれた姉弟子、どんなに逆境でも決して勝つ事を諦めなかったライスシャワー先輩。

 

 私の今はあの二人が居てくれたからこそ、出来たものだ。

 

 だから、私は二人に見せたい、私は貴女達の背中を越えたんだと。

 

 

「アフトクラトラスッ! 地を這う走りッ! 速い速い速いッ! 三人にもう並びそうですっ!」

 

 

 実況者も周りにいる観客達もその光景に盛大に湧いた。

 

 差を一気に縮めるその地力、そして、私がこれまで培ってきた全てをここでぶつける。

 

 残り200m、人気上位ウマ娘の四人は完全に横並びになった。

 

 ピリピリとヒリつく会場は大盛り上がりだ。誰が一体ここで抜けてくるのか。

 

 

「おっと! ハイシャパラルが抜けるか! いや! 三人がすぐに並ぶ! これはどうだ! 誰が行くのかッ!」

 

 

 残り100m、私はさらにギアを上げる事にした。

 

 風を切るように徐々に三人を引き離すように上がる私、だが、それでも他の三人は負けじと食らいついてくる。

 

 やはり、強い、完全に抜けれると確信があったのに彼女達はそれを上回ってくる。

 

 

「強いッ!」

「あそこでまだ食らいついて来んのかよあいつらッ!」

 

 

 アグネスタキオン先輩とナカヤマフェスタ先輩も思わず身を乗り出す。

 

 あの場面で更に私に食らいつくように差を詰める三人の粘り強さは驚異的だった、異様なプレッシャーを背中に感じる。

 

 まるで、とてつもない何か大きな怪物から逃げているような気分になる。

 

 

「大丈夫、アフちゃんならきっと……」

 

 

 レースを見守っているメジロドーベルさんはそう呟いた。

 

 今までそばにいたからわかる、私がどれだけの苦難を乗り越えてきたのか、メジロドーベルは知っていた。

 

 こんな事、何度も味わってきた事だ。今回ばかりの話なんかじゃない。

 

 きっと、この三人なら誰が勝ってもおかしくはないだろう。

 

 そう、この場に私がいなければの話だけどね。

 

 

「アフトクラトラス! アフトクラトラスが僅かに抜けてきた! 抜けてきた! 強い強い! 他の三人も負けじと食いつくがどうだ!」

 

 

 ギアを限界近くまでもう上げてしまっている。

 

 これ以上はデッドゾーンに近い、だけど、もう迷うまでも無い、ここで振り切らないと勝負がつけられないですからね。

 

 私は空気を大きく吸い込むと、地面を更に深く踏み込んだ。

 

 ガツンッと、飛び出るように身体が三人を引き離す。

 

 

「あああああああああああぁぁぁ‼︎」

 

 

 身体の能力を極限まで引き上げた。私の全力全開である。

 

 他の三人は更に上がる私のスピードに目を見開いた。

 

 この場面で更に上がある。そんな馬鹿な話はない、ハイシャパラル、シンボリクリスエス、そして、ダラカニの三人からしてみれば、これ以上無いトップスピードだ。

 

 アフトクラトラスの僅かに見える背中を見た三人は食らいつこうと足掻くが、もはや、ここまでくるともう勝負は見えていた。

 

 

「際どい! 三人が迫るッ! 僅かにアフトクラトラス! 行くか! 行くのかッ! い、今! アフトクラトラスがゲートを抜けたァッ‼︎

 アフトクラトラスゥ‼︎ 前代未聞の欧州三冠達成ィィィ‼︎ 世界よ! 見よ! これが日本の誇る最強の魔王だァ!」

 

 

 その瞬間、会場は一気に爆発したかのように全員が立ち上がり、歓声をあげた。

 

 私はゴールを駆け抜けた瞬間、空気が微かに止まったように感じた。私は思わず、ゴールを駆け抜けてしばらく歩いた後にその場にペタンッと尻餅をつく。

 

 呼吸が荒々しく、意識が朦朧としていた。

 

 大きく深呼吸して呼吸を整える私、すると、レースを見守っていた観客席スタンドへとふと視線を向けた。

 

 そこには見たことが無いような大歓声で湧いている、観客席の姿があった。

 

 

「やりやがった! やりやがったぞあいつ!」

「うわああああ‼︎ アフちゃん先輩ぃぃぃ!」

 

 

 大号泣しながら私の名前を叫び涙を流しながら抱き合うヒシアマ姉さんとドゥラメンテちゃんの二人。

 

 日本の各地では、その光景に皆が釘付けになり、中には涙する者さえいた。

 

 私はまだ実感が感じられないでいた。

 

 レースは果たして、どうなったのか? 駆け抜けた結果、誰が勝利を手にしたのか。

 

 私にはその時の状況が全く飲み込めてなかった。

 

 そして、私の元に駆け寄ってくるトレセン学園の皆の姿が見える。

 

 それで、彼女達から抱きつかれた瞬間に私はこのまるで夢のような光景が、現実だとようやく悟る事ができた。

 

 涙を流しながら抱きしめてくるブライアン先輩とルドルフ先輩の二人。

 

 

「よくやった! よくやったぞっ!」

「散々、問題児だった癖に! よくここまでッ!」

 

 

 日本のウマ娘達が何度も何度も挑戦して破れていったこの舞台で偉業を成した事はどのウマ娘達にとってもとてつもない意味を持つ。

 

 成す事が出来ない唯一無二の偉業を私は成してみせたのだ。

 

 ずっと死ぬ思いで走ってきた毎日。

 

 挫折は数え切れないほどたくさんあり、心も何度も折れかけた。

 

 何度も何度も陰で涙を流した事かわからない。

 

 姉弟子が負けた、あの瞬間、そして、ライス先輩が皆から言われも無い誹謗中傷を浴びせられた天皇賞。

 

 私はあの二人の背中を見てここまで来れた。

 

 辛い日々を乗り越えて、あの日思い描いた夢を追いかけ続けて、今がある。

 

 私の頭の中に走馬灯のようにその日々が蘇ってくる。

 

 それから、私の前にミホノブルボンの姉弟子とライス先輩の二人がゆっくりとやってくる。

 

 そして、二人はゆっくりと私の事を抱きしめると涙を流しながら何度も頭を撫でてきた。

 

 

「アフ……、これまでよく頑張ったな。お前は私達の」

「……自慢の後輩よ、アフちゃん……!」

 

 

 二人は身体を震わせながら涙声で私にそう告げてきた。

 

 普段は絶対に涙を流さない、姉弟子が涙を流していた。

 

 どんなに苦しくても弱さを見せないライス先輩が嬉しさのあまり、大粒の涙を流していた。

 

 二人のその言葉に私も思わず堪えていたものが全て吹き出そうになる。

 

 

「うあああぁ‼︎ あああああぁぁ‼︎」

 

 

 私の目からは溢れんばかりの涙が溢れ出てきた。

 

 私は抱きしめてくれた二人の身体をギュッと抱きしめる。

 

 それからは、人目を気にせず、全てが報われた気がして決壊したように次から次へと涙が溢れ出てきた。

 

 そんな私を皆は取り囲んで優しく迎えてくれた。

 

 そして、大画面の電光掲示板には大々的に紛れもない事実が流れてくる。

 

 

 フランス、ロンシャンレース場。

 

 凱旋門賞、一着。

 

 アフトクラトラス。

 

 


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